そこに居たのは金髪の少年の姿があった。華奢な体躯であり、少女に見間違えるような顔貌の少年、レイの姿がそこにあったのだ。
「レイ……!?」
この時、シィナの表情は喜びと同時にどこか戸惑いを感じているようにも見えた。
「貴方は……どうしてここに?私は貴方に場所は教えてないのに……?」
寡黙な印象のミリナが、明らかに狼狽している。この姿は、シィナ自体も見た事がない姿だ。
「シィナの場所が分かるようになりました。不思議な感覚です。まるでセンサーに新しい機能が追加されたような感じ……。」
それは、力を持つ人間特有の感覚なのだろう。だがレイは以前はシィナの存在を感じる事はなかった。だが、今は彼女の存在が分かる。それは一体、何故なのだろうか。
「それも、アドバンスドタイプと言う訳ですか……」
ミリナの表情に、余裕がない。寡黙な表情が崩れている。
「多分、これって科学的に説明とかは出来ないと思います。第六感のようなものがあって、それが僕とシィナを繋げました。出会った時は全くシィナからアドバンスドタイプの力を感じなかったのに。」
この言葉に対し、ミリナが口を開こうとした時、同じタイミングでシィナは微笑して言った。それを察したミリナは口を紡ぐ。
「フフフ……やっぱり、レイは私を意識してくれているんだね。だから私の事が分かる。実際、私は光を放ったんだよ。それで意識を失って今に至るの。もしかしたら、私自身、「死」を意識した経験をしたから、レイが私を認識するようになったのかも知れないね」
力を持つ存在同士は惹かれ合う。それは、レイがかつての戦争の中でエリィ・レイスに言われた台詞。その根拠などはないが、実際彼は多くの力を持つ人間と出会っている。
今回のシィナもその内の一人。そして、最初は分からなかった彼女の事を把握出来るようになった。それら力を持つ者同士が引き合せた結果なのだろうか。
「レイが病院に来てくれたのは嬉しい。だけど正直、今の姿は見られたくなかったな。だって、こんな怪我している姿なんてキミに見て欲しくなかったから」
レイを好きでいるシィナは完璧であろうと振る舞う。彼を魅了する存在として、あり続けたいと願う。
「その言葉は自分で矛盾してるって気付かないの?」
今度はレイが言った。家の時と違い、どこか強い言葉だ。
「何が?」
「シィナは僕を傷付けて血を流して喜んでいる。僕だってシィナにそんなのを見られたくない。なのにシィナは僕にそれを見せたくないなんて不平等だよ。僕達は交際しているのなら、そういうのも受け入れる必要があると思うんだ」
シィナはレイの前では完璧を振る舞う。性行為をしたとしても、その容姿や声、独占欲等は彼に向けられたもの。だが、その全ては彼女の中で計算されたもの。それも含めて完璧なのだ。
だがそれを完璧というのは違う。怪我をしている所を見せないというのは彼女の独善だ。
「確かに矛盾してるね。」
と、彼女は開き直るように言った。
「だけど矛盾は人だからこそ出来る感情の一つなんだよ。言ったでしょ?世の中はダブルスタンダード。結局矛盾だらけで出来ている。だから、それらを受け入れて行動するしかないの。」
髪を掻き上げてシィナは語る。自身の哲学を、愛する少年の前で語るのだ。
「それは、本当にシィナの言葉なの?」
レイの言葉に、シィナとミリナの二人がぴくりと反応した。
「何を言ってるのかな?」
シィナが朱色の眼を瞬きさせてレイを見る。
「僕を傷付けて、自分が傷付いている姿を見せたくないなんて矛盾も、ボランティア活動をしていて反社会行動をしている事も、全て矛盾していて、それらを受け入れた上で自分の美学、哲学として行動しているんだよね。その結果、恨みを買ってしまったんだね……」
憂いの表情を見せるレイ。それを見たシィナはやや、表情を曇らせている。
「そっか……聞いてたんだ。私が怪我をしてしまった経緯とか。ミリナと話していた内容、聞いてたんだね」
個室の前まで既に来ていたレイは、二人の会話を盗み聞きしていた。本来このような事はしたくないと思っているレイだが、矛盾に塗れたシィナの情報を知りたいと思うレイは耳を立ててタイミングを伺っていたのだ。
「だから僕は知っている。シィナが撃たれて怪我をした理由とかも、全て。」
レイはこの時、握り拳を作っていた。矛盾に満ちていつつもそれを正当化しようとしている彼女の一連の言動に、どこか怒りを見せているのだ。
「レイ、怒ってるの……?」
シィナがレイに聞いた。
「シィナがこんな事を繰り返していると、いつか大変な目に遭うんじゃないかとは思ってたんだ……それが今回起きた。その事が起きても、まだ矛盾している行動を美学としているシィナに僕は怒ってるんだよ!」
これも彼女を想うが故。レイのシィナに対する感情は本物だ。好意を持つが故にレイは怒っている。シィナの矛盾に満ちた行動は止めないと行けないと思っていたレイ。それ故に従者のミリナにも説得をしたが、それに応じない。
どうすれば良いかと思った矢先に起きた今回の事件はレイが動くのに十分な機会と言えたのだ。
「こんな事を繰り返して、自分が怪我をしてもそれを省みないで正当化して!それで僕を愛するなんて独善を言って!それが本当の愛だっていうのならそれは間違ってる!!」
シィナの矛盾に対してレイは言葉を浴びせていく。それは彼女に関する真実を知っているからこそ言える言葉なのだろう。
「説得のつもり?だけど私には関係ないよ。レイ、すぐにこの怪我を回復させたらまた一緒に暮らせるからね。楽しみにしてて……」
言葉をはぐらかすシィナ。これに対し――
「シィナが矛盾に塗れるようになったきっかけ、僕は知っているんだよ」
この言葉を発した瞬間、ミリナの表情が大きく変わった。眼が見開かれている。
「何のコトかな?」
シィナは首を傾げ、レイに言った。
「シィナは“ある人”と過去に会っているでしょ。その人はシィナにとって重要な人間。」
これを口にした時、シィナは考える素振りを見せる。そして、ミリナの表情が青ざめているのが見える。
ミリナはレイの発言に対して明らかに警戒している様子だ。やめろと言わんばかりの表情を浮かべ、そして、発する。
「やめて!!!」
寡黙な女性が豹変している。明らかに異様な雰囲気であるのはシィナにも理解出来るのだ。
「ミリナ、さっきから気になっていたけど、どうして貴方の表情は血相を変えているの?貴方らしくないよ」
シィナの抑揚のない声が部屋を伝う。ミリナは視線をシィナに僅かに向けて口を開く。
「それは……」
狼狽する事のなかった女性が、明らかに異変を察知しており、それに動じてしまっている。明らかな異常だ。それをシィナが見過ごす筈がない。
「良いよ、ミリナ。部屋を出て。レイと二人でお話ししたいから」
今度はシィナがミリナを部屋から出るように命じた。その言葉は、彼女をショックに追い遣るのだ。
「そんな!私はシィナ様と一緒にいます!」
「大好きな人と一緒にいるのがどうしていけないの?」
「行けない訳じゃありません!ですが!」
血相を変えてミリナはシィナを説得する。だが、肝心な内容が伝わらないのではその必死な言葉も通じる筈がないのだ。
「そんなミリナ、嫌いだよ。レイと私の間に入らないで」
冷ややかな言葉がミリナに浴びせられた。シィナの従者として存在していた彼女はこの言葉を聞き、どう反応するか。
今、ミリナの中では何か物が突き刺さったような感触に襲われていた。シィナの事を大切に思っていた筈なのに、その肝心の少女に「嫌い」と言葉を浴びせられた。
ミリナはシィナを大切に思っている。彼女の殻が割れた過去も知っている。
故にシィナの言葉は常に肯定してきた。彼女の行動を肯定し続けた。その彼女に否定されたのだ。やはり並ならぬ衝撃があったのだろう。
「そんな……シィナ様!」
「私はレイと一緒に居たいの。貴方は恋人と二人でいたい時に勝手に秘め事を見続けるタイプなの?秘め事関連の事を話題に出すのと、それを直接見るのでは印象が異なるのは分かるよね?」
これ以上の言葉は何も出ないと、ミリナは思った。彼女の従者であるミリナ。だが彼女の事を想って発言をしている。それを、否定されてしまってはもう、彼女にはどうする事も出来ないのだ。
「……すみません……」
シィナの言葉に折れたミリナは、部屋を去ると言う選択肢をした。その際に彼女は僅かばかり、レイを睨むように見た。
その視線はレイに強い印象を残した。それが何を意味するものなのかは、レイも分かっている様子だったのだ。故に、彼は改めて唾を飲み、シィナと二人きりで話す事を決めたのである。