光と殻   作:すからぁ

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第十三話 光と殻 その3

ミリナが部屋を出た個室内は、当然ながらレイとシィナのみがいる状態となる。だが人が一人減る事で、目に見えぬ雰囲気が変わるのは言うまでもない。

 互いに交際している関係ではあるが、シィナは独善的と言える歪んだ愛情をレイにぶつけていた。レイはそれに応えたいと思うが、彼女の矛盾に満ちた行動が腑に落ちずにいた。

 ベッドの上で病衣に身を纏っている彼女の姿も麗しく、美しい。銀色の髪に朱色の眼はレイを包むかのように魅了している。

 一方の少年も金色の髪、青色の眼を宿している。それは彼女に負けず、美しい。男性のような猛き者という印象を与えない麗しさだ。

 その両者は交際に至った。彼は彼女に翻弄されながらも、今、改めて二人で話す機会を得たのである。

「二人きりでいられるの、やっぱり嬉しいよ。ミリナの様子がおかしかったのは気になったけど、レイが居てくれるだけでも私、幸せなんだよ――」

「さっきの話の続き、させて貰うね。」

レイがシィナの言葉を遮った。それは、彼女に翻弄されてばかりだった少し前までのレイからすれば考えられない事だった。

 それ故に、シィナの表情が変わる。何があったのだろうかと、思ってしまう。

「過去にあった人の話?」

シィナの問いに、レイが頷く。

「今のシィナが矛盾に塗れた行動をとるようになってしまった原因となった人物……それは、エファン・ドゥーリアだ」

レイの言葉が個室内に響き、シィナの妖艶な印象を持った朱色の眼が見開かれた瞬間だった。

 何故、レイがその名を知っているのかと言わんばかりの表情の変化。驚嘆の表情は彼女の変化した心境を物語るのである。

「エファン……あの人の名前をレイの口から出るなんて思いもしなかったな……」

まさかと言った様子だ。しかしレイは言葉を止めない。彼女に確認しなければならない事があるから。それを彼女に聞き、真相を伝える必要があるから。

「ミリナさんから全部聞いてる。シィナがあの人過去に会っていた事も、全て知ってるから。」

「ミリナが……?」

それも、シィナにとっては予想外だったようだ。

「だから、彼女は慌ててたってワケか……そこまで慌てるような内容じゃないと思うのだけど……」

と、シィナは考える素振りを見せる。

「だけど、同じ人に会ってたなんて。凄い偶然だね。私、嬉しいな。」

と、喜びに満ちた表情を見せたのだが、レイはそれに対して真剣そのものの表情で言った。

「あの人は矛盾した行動を取り続けている人だった。だけど、あの人はあの人なりに色々な葛藤を抱えていたんだろうと、今になって思う。」

「それって、どう言う意味?あの人は今もいるんじゃないの?」

下手にはぐらかすのも良くはない。彼女には事実を知って貰いたい。シィナの過去の事情、今に至る矛盾に満ちた行動を止めるには、荒い方法もしなければならないと、彼は考えていた。

 それは恐らく戦争の体験をしたが故に、人に常に優しさを見せる訳にはいかないという価値観が生まれたのだろう。レイは元々温和な人間だ。しかし戦争が人を変える。彼の中にある価値観は体験した現実によって大きく変えられる事となる。

 それは言葉となり、シィナに放たれる。言葉は人を動かすのに大きな役割を果たす。物理的な効力以外にも大きな魅力を持っている。それは、関係性が出来ているのならば尚の事力を発揮する――

 

「僕が、あの人を殺した」

 

レイの口から言葉が出た。包み隠さない、紛れもない、直球の言葉。オブラートに包むという手段すらしない、レイの言葉がシィナによって浴びせられた。

 憧れの人間の死というのは大きな影響を与える。それが狂信的になればなるほど、現実を受け入れられないのが自然の摂理というものか。

 彼女も人間だ。エファンの存在が彼女の中で大きく存在しているのならば、尚の事衝撃を与えるだろう。

 今の行動のきっかけを作った人間であり、シィナにとっての憧れの人間。エファン・ドゥーリア。レイにとって最大の敵でもあり、彼との一騎打ちの果てにエファンは倒された……いや、殺されたのだ。

 言葉の意味合いは同じだ。エファン・ドゥーリアがレイの手によって葬られた事に変わりはない。だが、彼は敢えて「殺した」といつ言葉を用いた。それ程印象に残る言葉である為だ。

 「倒された」と「殺された」では印象が違い過ぎる。「倒した」だけでは相手の命はまだあるものと定義付ける事が出来る。しかし「殺された」となれば相手の命はないものと定義出来る。その事実はより絶望を与える事になるのだ。

「殺した……レイが……?」

シィナの表情が変化していく。朱色の瞳孔が縮まっている。明らかな動揺を彼女は感じている。強い言葉は人を追い込むのに持ち入りやすい。特に、レイのような、普段は温和な人間が強い言葉を述べる事は、より相手に大きな印象を残すのだ。

 シィナは余程の事がなければ動じない人間だ。先日の武装勢力に襲われた時ですら、彼女は自分を見失う事はなかった。テロリスト襲撃の時も、彼女は演技をした。常に演技を続け、人を魅了してきた彼女のペルソナがレイの言葉によって崩れたのである。

「う、ウソツキ」

声が震えている。

「レイが「殺す」なんて物騒な言葉言うワケない。戦争に参加してたのは事実でも、レイがそんな事言うワケないよ。それにあの人を殺したなんて――」

「事実だ。僕はあの人を殺したんだ。もうあの人はこの世にいない。僕が直接戦ったから。この手で、僕が殺したんだよ」

強い言葉は更に浴びせられる。レイ自身も本心ではない。シィナに対する嗜虐心からその言葉を選んでいる訳ではない。

 これは手段だ。彼の中で統合し、解釈した結果。それがこの強い言葉だ。

言葉は言う者の印象で大きく変わる。普段から同様の言葉を連呼している人間と、普段その言葉を言わない人間が言うのとでは説得力、印象が大きく異なる。それが人間という存在なのだ。

「もうあの人はいないよ。僕が殺したから」

「嘘を吐かないでよ……証拠がないよ……」

「証拠なんて出せない。だから誠意を持って伝えるしかないんだ。僕はあの人を殺した。あの人は本当に強い人だった。戦っていて僕がやられそうになった。だけど、辛うじて殺した。」

その臨場感のある台詞は恐らく本当なのだろうと、シィナは察していた。それと同時にシィナの表情が弱まっていく。信じられない。自分の支え、憧れだった人間は目の前にいる少年によって「殺された」という事実があるのだ。

「シィナはあの人の詳細を知ってる筈だよね。あの人が火星で生み出されたEVEシステムの意思を継いでるって話も全部。」

「え……うん……」

シィナの声が弱々しくなっていく。この彼女の姿はレイにとって今まで見た事がない。

 そして、エファンの事情を知っていると言うことはレイにとっても都合が良い事だ。当人を理解しているという事は、回りくどい話をしなくて済む。彼の身辺の話をし、事実を伝える。レイが成すべき事は、それだけ。その事が、今は大切なのだ。

「あの人とは僕が小さい時に一度会っていたみたいなんだ。その時は何も知らなかったけど、そこから再び会った時があった。お互いに兵器の中でだけど……ただ、怖かった。怖い印象しかなかった。」

レイはエファンの事について語る。シィナとレイの立場が少しずつ逆転していっているかのように。

「何度かあの人と会った。殺されそうになった事もあった。逃げたいと思う事もあった。だけど、あの人の出生とか自分の事実を知って行った時、僕はあの人の事を理解出来るんじゃないかって心の隅で感じた事があった」

シィナは自らの手を胸に当てて、話を聞き続けている。

「それがあの壮大な戦いの話。あの人はEVEの遺伝子を継いでいる。そして、僕もその遺伝子を人工的とはいえ引き継いでいる。つまり、あの人と僕は同じ遺伝子で作られている人間って事なんだ。」

事実だ。レイはEVEのディヴァインセルを新生児の時に移植させられて今の力を得た。突然変異とも呼べる力は今の彼を形成している。

「だからあの人は僕にとってのご先祖様のような存在と同意義だと思ったりもした。だけど、あの人は結果的に地球を滅ぼそうとする行動を取った。だから、止めなきゃならなかった。」

「だから……?」

「だから、殺した」

再び語られた言葉。シィナの震えが止まらない。視線が明らかに泳いでいる。レイからどこか、怖さを感じている。愛おしいと感じていた筈の人間から感じるこの得体の知れない恐怖は一体、何か。

「シィナにとって憧れの存在だったんだよね。だけどこの事実は変わらないよ。僕があの人を殺したという事に……」

淡々とレイは語る。まるでそれはいつもの穏和なレイの姿ではない。どこか残酷な、まるで敵を殺す時のレイの表情だ。

 戦争の時、レイは戦闘中の記憶が無くなる事があった。その際、彼の眼は真紅に染まり、敵を蹂躙していった。その原理は不明。その力は彼の敵であったエファンも持っている力とされている。

 今のレイはどこか、その時の表情をしているように見える。それがシィナにとっては恐ろしく感じられるのだ。

 レイに対する恐怖と、憧れの存在だったエファンの死。そして、レイから語られる事実は彼女の覆い隠されていた心の柔い部分を大きく刺激する事になっていき――

 

「嫌……嫌だ……私……私は……うあ……あああああ……あああああ……」

 

心が、砕けた。母親が死んだ事を知ったあの時のような感触に、シィナは陥った。

 

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