光と殻   作:すからぁ

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第二話 シィナ・ソンブル その2

昨夜見た夢は何だったのだろうかと、思う。彼が戦争の果てに倒した存在。それが今になって亡霊の如く現れた。奇妙な体験と、言えた。

 この日、彼は授業後に部活動に励んでいた。彼は今水泳部として活躍している。運動する事は嫌いではない。何か、運動をしたいと思うレイの意志がそうさせるのだろう。

 今、彼は50メートルの自由形泳いでいた。自由形と言えば何を泳いでも良いとされる競技ではあるが、大半の人間はクロールを泳ぐ。レイもその一人だ。

「29.54!ちょっと調子悪いか、キレス。」

そう言うのは一人の男子学生。ノレッド・アルバ。レイと同い年の少年。茶色の短髪が特徴的な少年である。

 この学校に於ける数少ないレイの知人。部活動を通じて知った間柄だ。

「うん、そうなのかな……」

昨夜の夢などが関係していたのかは分からないが、彼の中では記録としては今一つな様子だった。彼は選手として出場する事もしばしばあるが、全体で見ればレイの成績は優秀とは呼べないものがあったのだった。

 

部活動が終わり、レイは何気なく一人でプールを泳いでいた。記録が伸びなかった事を悔いていると言うわけでもない。分からない感情を拭いたいと言う気持ちでレイは泳いでいだ。50メートルのプールを、何度も、何度も。

 その頃になれば部員は誰も居なかった。最後の一人になったレイは一人、シャワーを浴びる為に移動する。

 キャップを取り、水滴を浴びる。長い金色の髪が濡れており、身体を伝って床に落ちる。

 顔貌を見る限り、レイは少女そのものだ。しかしそれを否定しているかの如く、レイの身体は華奢ではあるが男性だ。競泳用の水着の存在が、何よりもその証明と言えた。

 去年までのレイとは全く異なる生活。平和そのものの生活。かけがえのない日常を送るレイ。こうしてシャワーを浴び、身体への爽快感を残して家に帰る事が出来るのは幸運な事なのだろう。

 

 だが、その時だ。レイの近くでもう一つ、シャワーが流れる音が聞こえた。どう言う事だ?今、ここには自分一人しかいない筈。なのに何故音が聞こえるのか?

 疑問を抱いたレイはそっと視線を左側にやる。すると、そこにいたのは――

「わぁ!?」

レイは思わず感嘆の声を上げた。と言うのもそこに居たのはスレンダーな身体を持つ少女であったからだ。

 黒地の競泳水着を着ているその少女は余りに彼女に似合いすぎている。すらりと長い脚線美に豊満な胸、そして麗しい顔貌。伸びた銀髪に朱色の綺麗な眼。

いや、待て。この少女はどこかで会ったような……

「あれ……?レイだ。」

疑問を抱いたと同時に、レイは少女に声を掛けられた。

「シィナさん……!?」

まさか、ここでシィナ・ソンブルと出会うとは思いもしなかったのだ。

「え、どうして!?なんで!?部活動やってるとか言ってなかったよね!?」

たじろぐレイ。

「うん、けどあれから体験入部してみたよ。なんかジロジロ見られるけど、泳げるっていいね。スッキリする。運動不足の解消は大切だね。」

レイとは対照的に自身の事を語るシィナ。ぐそして、この状況は余りに偶然にしては出来過ぎている。

「レイは練習をしていたの?」

「う……うん。ごめん、出るね……知らなかったから……」

流石に男女が同じシャワー室内にいるのはまずいと判断したレイは、急いで部屋から出ようとするが――

 

「出ちゃダメだよ」

シィナの柔らかくも強い言葉が、シャワーの滴る音よりも先にレイの耳に聞こえた。

「な、何を言って――」

恥じらうレイだが、シィナの手が彼の腕を掴み、離さない。突然の出来事にレイは戸惑っている。

「せっかく2人きりなのに、嫌だな。」

何を言っているのだろうか。彼女とは昨日知り合ったばかりなのに何故そのような発言をするのだろう。そして、何故自分は彼女に止められている状況を嬉しく思っているのだろうか。

「なんか、不思議だね。」

シィナが口を開いた。

「昨日知り合ったばかりの関係なのに、次の日になればもう裸に近い付き合いになってるって面白い関係だと思わない?」

確かに今は互いに水着姿だ。それを脱ぎ捨ててしまえば互いに生まれたばかりの姿となってしまう。

 互いに顔貌は美麗ではあるが、身体はそれぞれの特徴となっている。シィナは麗しい少女らしく、そしてレイは少年から大人の男性に近づきつつある身体。 

「そんなの偶然だよ……それよりこんな状況を誰かに見られた方が大変だよ……」

「別に見られたって良いと思うな。人間はいつか誰かと共に過ごしていくんだから。誰かがしている下らない噂話なんて気にする事ないよ。犯罪をしている訳じゃないし」

それはそうなのかも知れないが、やはりこの場では気恥ずかしさ以外の何者でもないのだ。

「それよりもレイは私を見て、どう感じてくれてるの?」

シィナの言葉が続く。何故これ程にレイに関心を持っているのかは不明だ。

「まだ、分からない……知り合いとして見てはいるけれど……」

「知り合い程度、なんだ」

シィナはどこか寂しげに言った。

「私はレイともっと仲良くなりたい。」

「そりゃ、僕だって、仲良くはなりたい……でも、ちょっとアプローチが過激というか……」

「じゃあ、どうしたら良いと思う?」

分かる筈がない。目の前にいる美麗な少女に対し、どう振る舞えば良いか分からないのだ。それも当然の事。レイは彼女を知って2日しか経っていない。知る筈がないのだ。

「分かる訳ないよ……」

自分の言葉を言った。

「そっか。でもね、私は思うのだけれど、一つ言える事があるとすればね、もっとスキンシップを増やしたりするのも一つの手段なのかなって思う事があるんだ。」

と言った時、ひたひたと水滴を弾く音を鳴らし、レイの距離に近付いて来た。

 金髪の少年と銀髪の少女の距離が、一気に縮まる。シャワー室の一室で、裸に似た格好の少年少女が共に居る状況だ。

「スキンシップって……?」

レイは躊躇いながらも話をする。

「身体の触れ合いとか。」

自らの示指を口元に立てて、レイを見る。何故この少女はこれ程にレイに関心を抱いているのか。その妖艶な印象は彼を捉えている。

「例えば赤ちゃんって言葉でコミニケーションは取れないけれど、あやしたりマッサージしたりして意思疎通が何となく図ったりするじゃない?」

確かにそうなのだが、今のこの状況で言われてもどこか違和感しかない。彼女がレイに「何か」を求めているようにも見える。

「もっと、別の形でも良いと思うんだ……いきなり触り合いなんて言い方するのは正直、びっくりする……」

「何か、私に期待しちゃったりして?」

くすりとシィナが微笑する。

「そんなのじゃない!ここで話をしなくても、外に出て、喫茶店とかで話をしたら良いと思うんだよ!」

恥じらうレイは言った。この場で意味深な言葉を言うのはやめて欲しいと願う。意味ありげな彼女の視線はレイを捉えて離さない。

 が、一方でレイの方もシィナを見ている。彼女の麗しい姿はレイを虜にしているのもまた、事実なのだ。

「私ね、知りたいものがあるとその人の多くを分析したいって思うんだ。どんな性格なのか、どんな事が好きなのか。それが、スキンシップだったりコミニケーションだったりする。それが、その人との繋がりに繋がる。」

彼女は何を望んでいるのか、レイにはこの時理解出来ないでいた。今その話をする理由も分からない。

 すると、シィナはレイの頬に触れた。細い指に、白い肌。そして滑らかな感触がレイの頬を伝う。シャワーの水滴の感触も相まって、妙な心地よさを生み出しているのだ。

「レイは今、こんな風に触られて嫌に思う?」

嫌じゃない。だが躊躇うのだ。

「レイはこんな風にされるの、慣れている感じみたい。経験はあるんだね。余り緊張している感じでもなさそう。」

彼女が何故これ程に饒舌にレイと話すのかが分からない。興味がある対象と見ている割にはどどこか達観しており、まるでレイを口説くような言い方をしている。

「シィナさんは一方的だよ……僕はまだ、シィナさんを理解出来ていないのに……」

彼女のペースに飲まれては行けないと思い、レイは反論した。

「じゃあ同じようにすれば良いよ。レイも私の頬を触って。」

指示されて触るのと、自らの意思で触るのとでは差が生まれる。それで彼女は人を理解しているつもりなのか?

「それでシィナさんは僕を理解出来るの?」

「少なくとも、何もしないよりは良いと思う」

即答だった。レイは疑問に抱きながらも彼女の指示に従う。まるでそれは彼女のペースに乗せられているかのようで……

「肌の感触、触れられた感覚とかはこれで分かるよ。これで、互いに素肌の感覚を理解出来た訳だよ。」

これを理解と呼ぶのか不明だが、彼女なりの解釈をしたのだろう。

「何もしないよりは良い……か。」

レイはこの時、自らの過去を思い出した。

 

 彼はかつて人型兵器のパイロットだった。成り行きで乗ったそれに乗り、人の役に立ちたいと思い、無我夢中で行動した事があった。

 ある時、レイが危機的状況に陥った事があった。その際にレイは助け出された事がある。

 彼は助けてくれた恩を返したいと思っていた。そうした原動力があり、結果的に彼は行動し、活躍したが後で叱責を受けた。

 この時彼が言葉を選ばずに言った台詞。それが……

 

「何もしないより、何かをする方がましだから!」

 

今は状況が違う。命を賭していた時と、平和な日常での奇妙な一場面。この対比をレイは感じていた。

「レイは、何かを思い出していたみたい。それは私にはない経験だよね。」

それは当然なのだがシィナは何故か物悲しそうにしている。その理由は不明だ。

「じゃあ、「その先」のコミニケーションはどうなのかな?」

「先って……?」

「親密になる為には段階があるって言うよ。頬を触れた。次は口唇でのスキンシップかな。」

「そんなの……!?」

彼女は何を望んでいるのか、理解が出来ない。仲良くしたいと言う事にしては、少々過激な印象を持つ。

「ほっぺとかへのキスは初めて?」

シィナは更にレイに近付き、その、口唇を頬に近付けていく。

「そう言う訳じゃ、ないけど……」

「へぇ、ちょっぴりヤキモチ。だけど良いよ。」

実際、彼は接吻の経験はある。あの壮大な体験の中でレイは何人かと接吻を交わした。確か、いずれもが歳上の女性だった。そして、彼は全てリードされている。やはり彼の容姿や雰囲気などが、影響しているのかも知れない。

しかし今回の場合、まだ出会って2日しか経っておらず、尚且つ2回目の出会いの少女に突然親密過ぎるスキンシップを求められている。

 それが、違和感でしかない。妙な感覚以外の何者でもない。なのに、レイは彼女とのスキンシップに対して嫌な感覚は覚えなかったのだ。

 その証拠が、今の行為。シィナはレイの頬にそっと口唇を当てた。柔らかな感触はレイに伝わる。頬からの表在感覚は過敏だ。彼女の行動にレイは顔を赤め、恥を感じているようだ。

「はぁ……」

思わず溜息が出る。妙な感覚はレイを翻弄するかのよう。

「レイは本当に、女の子みたいだね……可愛いよ、レイ。」

シィナのペースに飲まれている。彼女の朱色の眼がレイを捉える。

「ねえ、今度はレイの唇、欲しい。」

次にシィナはレイに自らの頬を口唇で触れさせるように促す。魅惑的な容姿はレイを捉えていく。

「経験があるのなら、自分からやってみてよ。受け身じゃなくて。」

彼は確かに異性との交友では受け身になりやすい。リードされる事が多いのだ。それが彼にとっては合っているのかも知れないが……

「……ごめん……ちょっと、分からない……」

これ以上の関係は分からないと判断したレイはシィナから視線を逸らした。彼女のスキンシップが、どこかエスカレートしていくような気がした為である。

「どうして?」

シィナは寂しそうに、レイを見る。

「こういうのは、まず付き合ったりとか……それからした方が良いと思うんだ……だから……」

これ以上、彼女のペースに乗る訳には行かない。レイは思い切って言葉を発した。彼女の意図が分からない以上、迂闊な事は出来ないと判断した為である。

「……ごめん!」

困惑していたレイはそのままシャワー室を去った。妙な体験をしたレイは、ただ、彼女に翻弄されてばかりだった。

 残されたシィナは、レイの去った後の姿を見て静かに笑みを浮かべていた。

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