光と殻   作:すからぁ

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第二話 シィナ・ソンブル その3

結局シィナは何がしたかったのかが分からなかった。彼に興味があると言ってはいたが、何故彼女はレイにあのような振る舞いをしたのか。

 この日の夜、レイは自室のベッドの上であの、シャワー室の事を思い返していた。

(確かに今まで僕はたくさんの経験はしてきた……けど、普段の日常の中であんな、妙な人に会ったのは初めてかも知れない……)

レイは女性の経験もある。特殊なケースではあったが。しかしだからと言って人はすぐに冷静に対処出来る訳ではない。特に、シィナのように翻弄されてしまってはかつての戦争を生き抜いた経験があれど彼は困惑する。いや恐らく誰もがそうだろう。

 この学校にきて初めての体験。向こうから妙なスキンシップを求められるレイ。妙な感覚はレイの脳裏に焼き付くのだ。

 この事を幼馴染のリルムに相談しようかと、レイは思う。しかしこれは恐らく男女の関係のような話。リルムに話すのは違う気がすると、レイは思っていた。

(もし学校でシィナさんに会ったら……駄目だ、どう接したら良いのか……)

普通の日常の中の妙な体験はレイを困惑させる。学校から離れている筈のプライベート空間であるこの部屋でも彼はシィナの事が気になってしまっていたのだ。

 まるで童貞のような感覚。しかしこれは紛れもない現実。男というのは何故、こうも単純なのだろうと思ってしまうが、それでも彼女の事が気になってしまう。そのような自分が情けないと、彼は思うのだ。

 

「あれ……着信?」

その時レイのEフォンに連絡が。名前を見たら、そこにはシィナ・ソンブルの名前があったのだ。

『レイ、今日の事はごめんね困惑させちゃったね』

シィナが開口一番謝罪してきた。特別不快な思いをした訳ではないのだが、彼女なりに思う所があったのだろうか。

「あ、うん……全然大丈夫だよ……」

『良かった。でね、お詫びも兼ねてレイをちょっと友達とのクリスマスパーティに誘おうと思ってて。どうかな?』

シィナからの提案。彼女の友達とはどのような人物なのか。想像が出来ない。

 だが、彼女のSNSを密かに見ていたレイは彼女の情報は知っていた。恐らくそこに映っていた誰かが彼女の友人なのだろう。

「ありがとう……誘ってくれて。でも、大丈夫かな?僕、男だし……こういうのって同性の友達とかの方が良いんじゃないかな?」

気を遣うレイ。しかしーー

『ううん、レイはレイのままで良いんだよ。ただ、ちょっとだけ。その「格好」だけ気になるかな。』

「え?」

『だから、またちょっと会って欲しい。大丈夫、2人きりじゃないから今日みたいな事はないよ。じゃあね。』

と言われ、電話は切れた。シィナからの謝罪からの、パーティの誘い。彼女と出会ったからどこか奇妙な青春が動き始めたような気がしたレイだった。

 この妙な感覚を落ち着かせようと、レイはコンピュータの電源を付け、ジャズ・ミュージックを流す。この緩やかな曲調はレイの不安定な心境を落ち着かせる効果があるのだ。

 シィナ・ソンブル。美麗で神秘的ではあるがその意図が分からない、レイに関心を抱いている様子の少女は今のレイを困惑させるのに十分な魅力を秘めていたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 翌々日。この日は学校が休みの日。レイはシィナと連絡を取り、彼女の友人の家に向かう事になっていた。

 土地勘が分からないレイはシィナが来るまでバイクの前で待っている。いつものライダースーツは少女の風貌をしているレイをせめて男らしくさせる効果を持っているのだ。

 

「お待たせ」

 

まるでドラマのワンシーンの如く、シィナが現れた。銀色のロングヘアーはポニーテールに束ねられており、黒いタンクトップ、ズボンは水色のホットパンツという、どこか過激な印象を持つシィナ。背中にはリュックを背負っている。それでいても彼女の姿は綺麗に見えてしまう。

「レイの格好は変わらないね。けど、髪型はそれで良いよ。」

「うん……まあ。今日はバイクで来たから。」

それを聞き、シィナは口元に指を置いた。

「ねえ、ちょっと時間ある?」

朱色の眼がレイを捉えた。

「バイク、乗ってみたい。レイの後ろで。」

「え、でも待ち合わせは?」

「まだ30分あるよ。少しだけ良い?海沿いを走って欲しいな。」

甘えるような声。どこか自分勝手な印象を持つシィナ。

 だがそれでもレイは彼女の要望に従ってしまう。それは何故なのかは分からない。少女の欲求を飲むのは男のサガなのだろうか。

 

 バイクのエンジン音が掛かり、レイはシィナを後ろに乗せ、バイクを走らせた。

 妙な関係性が出来た……と、レイは彼女を乗せながら思った。3日前までは学食で少し喋る関係なのに、もうバイクを後ろに乗せている。この車体にレイは今まで誰かを乗せた事は無かった。愛車の後ろに乗ったのは、シィナが初めてである。

 側から見れば美少女同士がバイクで二人乗りをしているように見える光景。実際はレイが運転しており、シィナは景色を見ているだけだが。

「綺麗!」

海岸線を走るバイク。レイはそれを見つつ、前を見る。金色の髪が靡く。その間、シィナはレイの肩を持ち、身体が車体に翻弄されないように固定している。

 その中で、あるものが彼女の目に映った。それは、青系統の色で彩られた人型兵器である。

 ここ、オーストラリアのダーウィンでは去年に大きな戦争があった。当時地球内の軍は二つに分かれており、それぞれの勢力がぶつかり合った過去がある。

 一見美しいように見える沿岸沿いではあるが、現実は違う。激戦の跡が所々見えている。

 この戦いが行われていた時は避難勧告が出されており、直接的な被害者は最小限で済んでいる。だが全高約18メートルの人型兵器同士の戦闘は被害の爪痕を残した。レイ達が乗るバイクはこの海岸線を走る。肩部にスパイクのような突起物が残っている人型兵器はその、名残だ。頭部のカメラは一つ目。ギリシャ神話の巨人、サイクロプスのような存在がこうして朽ちた姿を見せているのだ。

「あれを除けば戦争があったなんて、嘘みたい!」

高揚しているシィナに対し、レイは言った。

「実際にあったんだよ……戦争。けれど、これだけ復興が進むなんて……やっぱりギア・ジェッパーさんの力が強いのかな。」

運転しながら呟くレイ。

 今の新平和国連盟の議長であるギア・ジェッパーは元々豪州に於いて影響力を持つ人物であった。そして、彼が混沌としていた地球圏の中で新たなる勢力を決起するきっかけとなった。

 そうした関係もあり、豪州の復興は一年で驚く程に進んだ。時折存在している人型兵器の残骸はあれど、それでも人々が日常を送る上で何の影響も与えていない。環境汚染と呼ばれるものはあれど、生活が成り立っている事に変わりはないのだ。

「難しい事、知ってるんだね。」

「そんなの、現代事情を知ればこれぐらいは分かるよ。」

「レイは頭も良いんだ。可愛くて頭脳明晰って素敵。」

「ううん、僕は馬鹿だよ。世間知らず過ぎた。平和ボケしてたから……」

彼は先の戦いでは日常と非日常の行き来をしていた事があった。非日常の光景を経験しているからこそ、日常のありがたみを理解出来ていた。

 彼なりには多くの事を経験し、学んだ。だがそれは所詮、一部に過ぎない。だからこそ彼は出来る事をしたいと思い、勉学に励んでいる。今はこうして、知り合ったばかりの一つ上の少女とバイクを乗せ、遊んでいるかのようには見えるが。

 すると、シィナはまるで自らの胸を押しつけんとばかりにレイの背中に体重を乗せた。突然の行動にレイは一瞬だがハンドルを奪われそうになった。

「危ないよ!」

と、レイは声を荒げる。

「これ、男の人は喜ぶのかなって思った。」

シィナは呆然とした様子で言った。

「しっかり持ってて欲しい……シィナさんを怪我させたくないから……」

運転するには責任が伴う。怪我のリスクは常に付き纏うから。故に、レイは彼女の事を気遣う。

「優しいんだ、レイ。」

「そんなの。当たり前の事をしているに過ぎないよ。」

やはり彼女の事が分からない。彼女のアプローチは好意と捉えるべきなのか?

 愛らしいようでどこか悪戯をしているように見えるシィナのレイに対する態度は、まるで以前彼が出会ったエリィ・レイスに似ているような感覚だった。小悪魔的というのか、小さな悪戯をしてレイを困らせる事を好むのだろうか。

「レイみたいな人がもっと増えたら良いのに」

どこか寂しげなシィナの言葉が聞こえた気がした。

「何か、言った?」

「ううん。別に」

まるではぐらかすかのようにシィナは振る舞った。

 バイクで走る水平線の光景は風も相まって美しい。その幻想的な光景を見る為にライダーが時にツーリングをしている姿も見かける。ドライブをする車の姿も数台見かけた。

 これが、平和。あの歪んだ世界からこれ程変わった。今、レイは平和を謳歌している。奇妙で麗しい少女を後部座席に乗せながら。

 


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