自分の書いたゲーム転生小説の主人公に成り代わってしまった主人公の話   作:ぱgood(パグ最かわ)

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前回のおまけに関して

音長・棚加「「どうやって燃やそうか」」
と書いたのですが、正確には、音長・毒ノ森です。

感想と誤字報告ありがとうございます。励みになります。

また、同じく、おまけに「そのもの何人も殺すこと違わず」と書いたのですが、正確には「その者、何人も殺すこと叶わず」です。


それでも私は信じたい

この前まで一緒に何気ない会話を楽しんで、戦いのときは背中を任せたパーティーメンバー、棚加君の顔だった。

 

しかし、棚加君と瓜二つであっても瘴気だけは隠せない。

魔物が魔物である限りこの法則は絶対だ。

 

そして、棚加君の姿をした魔物ということは恐らくだが、相手はあの時の強化種だろう。

癒羽希さんもそれが分かったのか、即座に魔法を使う。

 

「⁉棚加君…………。いえ、≪アースバリア≫」

 

≪アースバリア≫

 

≪シャドーモール≫や≪アースモール≫を初めとした、地中や水中などに潜伏した魔物を炙り出したり、逆に地上に上がってこられないようにすることが出来る対抗魔法だ。

 

効果が限定的なため、雑兵級ダンジョンなどの使用魔法が限られる魔物を相手にする際はあまり使われることは無いが、恐らくこのダンジョンに潜るにあたって念のため用意していたのだろう。

 

この魔法により、目の前にいる強化種は≪シャドーモール≫使うことは出来なくなった。

 

更に、地面からズズズと、もう一体の強化種が現れる。

 

こいつは弧囃子さんの姿をしていた。

 

「二体か」

「やっぱり…………」

 

癒羽希さんは二体いたことに気が付いていた、いや、前回も二体で行動していたため警戒していたのだろう。

 

ナイスアシストだ。

 

 

俺は空になった≪アクアバインド≫を抜き、≪マナシールド≫をセットする。

更にもう片方のチップには≪アクセラレーター≫を選択する。

 

因みにこれが最後の≪アクセラレーター≫だ。

 

後、≪アクアバインド≫≪フィジカルオーガ≫≪シャープネス≫に関しては俺が使うよりも、癒羽希さんに使って貰った方が効果が高いため癒羽希さんに渡しておく。

 

「このチップはお前が持っておけ」

「……≪フィジカルオーガ≫に≪シャープネス≫、≪アクアバインド≫ですね。分かりました。お預かりします。

…………≪フィジカルオーガ≫と≪シャープネス≫念のためかけ直しますね。」

「ああ、好きにしろ」

 

一応、まだ、効果は切れていないが、戦闘中に切れないようにかけ直してくれるようだ。

 

「≪フィジカルオーガ≫≪シャープネス≫」

 

≪フィジカルオーガ≫と≪シャープネス≫をかけ直したし、現状の中で万全の状態を整えた。

 

「≪アクアバインド≫」

 

更に、癒羽希さんは魔物に≪アクアバインド≫を使い、動きを阻害する。

これ以上、出来ることは無いだろう。

 

俺は結界を出て敵に突っ込む。正直言えば、序盤で≪アクセラレーター≫を使い、敵を速攻で倒すべきなのかもしれないが……………………切り札をここで切っていいのかと、ちょっと迷ってしまう。

 

勿論、それ以外にもこちらには凄腕の回復魔法士がついているため、長期戦にし、敵が消耗してきたタイミングで≪アクセラレーター≫を使い、倒すという思惑もある。

 

どっちの選択が良いのかは戦いが終わるまで分からないし、悪くない結果になることを祈るしかない。

 

敵は≪アクアバインド≫により動きが阻害される中でもこちらの動きに対応し、≪創剣≫を使い応戦してくる。

 

武器は以前とは違い、一振りの刀だった。

棚加君の記憶か何かに影響を受けているのだろうか?

 

俺がそう考えていると、もう一体の敵もこちらに接近してくる。

こちらも持っている武器は刀だ。

 

しかも、アクアバインドで動きを阻害しているのに…………速い‼

 

初めから≪アクセラレーター≫を使うべきだったか?

 

俺がそう考えていると、光の輪が魔物の動きを捉えた。

 

「≪ホーリーバインド≫」

 

癒羽希さんが拘束魔法で援護してくれたようだ。

 

しかし、既に使用した魔法の効果が切れるわけでは無く、更に…………。

〈バキッ〉その音共に魔物が≪ホーリーバインド≫の拘束から解かれる。

 

効果時間が極端に短いから仕方ない。

 

ただ、一端引くのには十分な時間でもあった。

俺は相手を切り裂きながら、結界の中に入る。

そこで、癒羽希さんの様子が少しおかしいことに気づく。割と長い間一緒にパーティーを組んでいたから分かった変化だった。

 

「…………どうかしたか?」

「……………………すいません。友達に、似ていたもので」

 

ふむ、成程、棚加君と弧囃子さんの姿をしているから動揺しているということか。

まあ、普通そうなるよな。

 

仲間の姿をしていて動揺するなっていう方が難しいか。

 

「……それでも、あれはお前の仲間ではない。」

「…………はい、分かっています」

 

癒羽希さんはそう言いながらも、俯く。

……………………道理の問題ではないから仕方がない。

 

俺は再度、棚加君の姿をした魔物に向かって駆け出す。

先程までは、どうにか長期戦に持ち込み倒そうと考えていたが、どうやら俺の実力で長期戦に持ち込むのは無理そうだ。

 

俺は≪アクセラレーター≫を使い、加速する。

 

敵がスローになる世界の中に入る。しかし、ここで俺は気づく。

 

相手との実力の差に。

 

勿論弱くはないと思っていた。

しかし、雑兵級ダンジョンにいるため元を正せば雑兵級の魔物であり、そこまで強くはないと踏んでいた。

 

しかし、この魔物たちは俺の動きを目で追っている。

そして追従してくる。

 

ハッキリ言って、≪アクセラレーター≫と癒羽希さんの≪フィジカルオーガ≫を付与されている状態で恐らく同速、もしくは俺が少し早いくらい。

 

そのため、こちらの攻撃にも反応される。

これでは勝負がつかない。

 

俺は何合も棚加君の姿の魔物と、弧囃子さんの姿の魔物を交互に相手にする。

 

剣を打ち合ったことによる火花がそこかしこで舞い散る。

 

…………このままじゃ、≪アクセラレーター≫が切れたと同時に殺される。

 

俺が内心で焦っていると、相手もまた、痺れを切らしたのか、弧囃子さんの姿をした魔物………長いから魔物(弧)って訳すけど、魔物(弧)は今までとは比べ物にならない程の力で剣を振り下ろしてきた。

 

俺はそれを魔剣でもって受ける。

 

これにより、鍔迫り合いのような形になったのだが、鍔迫り合いになると膂力の差によってこちらが押し込まれそうになる。

 

そこを癒羽希さんが≪ホーリーバインド≫を使い、敵の動きを封じてくれる。

 

俺は動きが止まった魔物(弧)の腕を斬り飛ばそうとする。

 

しかし、そこで、≪ホーリーバインド≫による拘束が解けてしまう。

更に魔物(弧)は一度身を引くことで、魔物(棚)と位置を入れ替わろうとする。

俺はそれを魔物(弧)の足を踏みつけることで防ぎ、その場に押し留める。

 

そして、動揺した所に再度剣をふるう。

完全に捉えたと思ったのだが、相手は強引に足を跳ね除け、後ろに下がった。

俺はそれによりバランスを崩す。

相手からすれば攻撃を繰り出す絶好の機会だ。

 

俺の背中に冷や汗が伝う。

 

ただ、いつまで経っても敵の攻撃は来なかった。

控えていた魔物(棚)が追撃を仕掛けてきてもおかしくないと思うのだが、

そう言った様子は一切なかった。

 

どうやら、魔物たちは真正面からの、連携に関してはそこまで鍛えていないようだ。

 

まあ、≪シャドーモール≫なんて初見殺しを使えるので、今まで必要が無かったのかもしれない。

 

それに、剣術における連携は基本的に難易度が高い。

息が合わなければお互いが邪魔で百パーセントの力を発揮できない。

その点を踏まえれば、危なくなったらフォローに入るという魔物たちのやり方は技術体系が確立していない中では上手くやっている方なのかもしれない。

 

俺がそう思っていると、敵の動きが加速する。

いや、≪アクセラレーター≫が切れたのだ。

 

俺は迫ってくる魔物(棚)の攻撃を何とか受ける。

但し、魔物(棚)の猛攻は止まらない。

 

上からの振り下ろしや手首を狙った斬撃、はたまた、胴目掛けての薙ぎ払い、しかも、魔物(弧)が後ろで黒色の矢、≪シャドーアロー≫を放ってくる。

 

刀での連携を諦め、完全に後衛に集中することにしたのだろう。

 

戦いの中で魔物たちの連携が洗練されてしまった。

 

俺は後ろから弧を描き飛んでくる≪シャドーアロー≫を≪マナシールド≫で防ごうとする。

しかし、魔物(弧)の≪シャドーアロー≫は俺の展開する≪マナシールド≫を容易に貫通する。

 

そして、俺の右肩を貫く。

 

「っ‼」

 

しかし、例え肩に大怪我を負っても敵は手加減なんてしてくれない。

魔物(棚)は刀を大きく薙ぎ払う。

俺はその攻撃を防ぐため魔剣を盾にする。

 

腕に鈍い衝撃が走り、宙を浮く。

 

どうやら、防ぐことには成功したがその余りの威力に癒羽希さんのいる場所まで飛ばされてしまったようだ。

 

「大丈夫ですか‼」

「…………ああ、問題ない。怪我を治してもらえるか?」

「は、はい!あ、あのもし良ければ、こば、後ろの魔物の攻撃が飛んで来た際に結界を張りましょうか?

 

そ、そうすれば、もっと上手く戦え「お前はその状態で自分を守れるのか?」

……そ、それは」

「なら、良い。お前は自分の身を守っていろ。俺は俺で何とかする。」

 

癒羽希さんが防御魔法で援護しようかって言ってくるけど、俺はそれを断る。

前にも同じことを言ったが仮にそれで癒羽希さんが死んだら、ここまで来た意味がない。

 

頼むから自分の命を大事にしてくれ。

 

とはいえ、正直お手上げである。

というか、≪アクセラレーター≫がある状態でようやく互角だった相手に今の俺がどうやって太刀打ちするのかって話だ。

 

仮に癒羽希さんが≪ホーリーバインド≫を使ったとしても、直ぐに拘束を解いて、逆に俺が返り討ちに遭うだろう。

 

俺がそう思っていると、魔物(弧)はじっと己の手を見る。

 

本当にただ手をじっと見ている。

 

しかも、二体ともだ。

 

一体何をしているのか。

 

ただ、チャンスでもある。

向こうが何に考えているのか知らないが、今がチャンスだ。

傷の癒えた俺はそんなやけくそな思いで敵に突っ込んだ。

 

魔物(棚)に斬りかかる。

魔物(棚)はこちらの攻撃を刀で受ける。

俺は鍔迫り合いの形になったと同時に今度は一度距離を離し、突きを放つ。

 

相手はそれを間合いのギリギリを見極め、後ろに下がる。

 

俺は、そこで魔剣を離す。

これにより、魔剣は魔物が見極めた間合いの外まで範囲が伸びる。

 

魔物は一瞬だけ眉をピクリと動かすと、片手を刀から離し、人差し指と中指で白刃取りをする。

 

ここで押し切る‼

 

俺は掌底で魔剣を押し込みにかかる。

 

しかし、びくともしない。

 

こちらが全力で魔剣を押し込みにかかっているのに一切魔剣が押し込まれる気配がない。

 

膂力が違うとは思っていたが、まさかこれ程とは…………。

 

俺は魔剣の柄を握り、今度は魔剣を引く。

先程まで、押し込まれないように力を入れていた魔物は急に引く力が加わったことで体勢を崩し、それにより魔剣を離す。

 

俺はそれと同時、今度は刀を横に倒した状態で突きを放つ。

先程までは刀身を縦にしたまま突きを放っていたが、こうすれば人差し指と中指で白刃取りをしようにも、指の方が斬れてしまうだろう。

 

取った‼

 

俺はそう思ったのだが、相手はこちらの突きをギリギリの所で半身をずらし避ける。

しかも、いつの間にか後衛を務めていた魔物(弧)が≪シャドーアロー≫を用意し、こちらを狙っていた。

 

俺はその攻撃を今度は、魔物(棚)の陰に隠れることでやり過ごす。

 

魔物(棚)はその行動に苛立ったのか、直ぐに俺を蹴り上げる。

俺はその衝撃で、遠くまで飛ばされてしまう。

 

とはいえ、魔物(棚)から距離を取れたのは僥倖だろう。

更に、俺はそのままの勢いで、≪シャドーアロー≫の着弾点へ向かう。

そこには少しずつ形が崩れていく、≪シャドーアロー≫が刺さっている。

 

俺はそれを抜き、魔物(棚)に向かって、投擲する。

魔物(棚)はそれを斬りはらうつもりなのか刀を上段に構えた。

 

「≪ホーリーバインド≫」

 

しかし、そこで、癒羽希さんが≪ホーリーバインド≫を使い、動きを止める。

その拘束自体は直ぐに解かれてしまうが、その間にも俺が投擲した≪シャドーアロー≫は魔物(棚)に向かって弧を描きながら進む。

 

そして、魔物(棚)は急遽、刀を下げ、避ける方向にシフトする。

とはいえ、完全に避けることは出来ずに半身をずらし、致命傷だけは避けたようだ。

 

致命傷は避けられたが、代わりに左肩に深々と≪シャドーアロー≫が突き刺さる。

俺はそれと同時に魔物が下げた刀の峰を足で踏む。

 

魔物(棚)は踏みつけられた刀を力任せに振り上げる。

俺はその勢いを利用し、天井まで跳び上がり、反転。

天井を足場に急降下し、魔物(棚)に斬りかかる。

 

そして、再度、刀と刀の衝突により、火花が散り始めた。

鍔迫り合いになった所で俺は魔剣を離し、未だ、敵に突き刺さったままの≪シャドーアロー≫を掌底で押し込む。

突然、手を離したことで魔剣は後ろに飛んでいってしまうが、相手も≪シャドーアロー≫を押し込まれた痛みで距離を取ったので、こちらも魔剣を取りに行く。

 

どうなることかと思ったが、活路が見えてきた。

 

 

☆☆☆

 

その戦いに私は違和感を抱いていた。

 

はっきり言ってしまえば、まるで大人が子供の遊びに付き合っているかのような、そんな茶番のような印象を受けたのだ。

 

魔剣師Pを名乗っていた彼はハッキリ言ってしまえば、それほど強くない。

≪アクセラレーター≫を使った際は雑兵級を圧倒していたが今の彼はそれこそ、雑兵級四体を相手にして辛勝できる程度ということが先ほどの戦いで分かっている。

 

間違ってもこんな特殊個体を相手に二対一で戦っていい人ではない。

 

その彼が、目の前で雑兵級を超える二体の魔物相手に渡り合っている。

ただ、それは彼が戦いの中で成長しているわけでは無い。

 

いや、勿論彼も頑張ってはいる。

 

空になったマジックチップを投げつけたり、相手の意識が刃に向かった瞬間、足払いを仕掛けたりと敵の意識の隙をつくトリッキーな戦いで魔物を翻弄している。

 

………でも、あの魔物たちなら力づくでどうにかできるのではないか?

 

私はそう考えてしまう。

 

もし、私の仮説が正しいのであれば、今互角に渡り合えているのは魔物の方に原因があるのではないか?

 

勿論、馬鹿な考えだとは分かっている、

それでも、私は他の魔物と比べてあの魔物たちは殺意が薄いように感じるのだ。

 

……………仲間の顔をしているからそう感じるだけなのかもしれない。

 

そんなことは分かっている。それでも私はそう信じたかった。今目の前で起こっている奇跡を、只の奇跡として片づけたくなかった。

 

棚加君たちが私たちを守るために今も戦っている、そう信じたいのだ。

 

☆☆☆

 

俺は何とか敵の猛攻を捌き続ける。

本来ならあり得ないことだが、何故か生きている。

第六感でも働いているのではないか、そんな風な考えが頭に浮かぶ。なんかそう考えればそんな気もする。

 

「行きます。」

 

何か覚悟を決めた声が後ろの方で聞こえる。

一体どうしたのか、しかし振り返って何をしているか確認する時間など俺にはない。

 

それから、どれだけの時間が流れたか………というかマジで何してるの?

後ろで何が起こっているの?

 

なんかすごい大魔法とか発動している感じ?

 

俺がそう思っていると、遂に癒羽希さんが魔法を発動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「≪イモータルウォーリアー≫」

 

その声は空間全体に響き渡るほど大きな声であった。

癒羽希さんの覚悟が分かる声。

 

とはいえ、その、癒羽希さんが使った魔法はそこまで特別な魔法ではない。

精神強化魔法だ。

 

まあ、この場ではありがたい。

確かに劣勢すぎて、心が折れそうになっていないと言えば嘘になる。

 

「たすかっ」

 

そこまで言いかけて気づく。

俺の精神には何の以上もない。

 

何の干渉も受けていない。

では、一体誰に使ったのか。俺は後ろを振り返る。

 

彼女は両手を祈るように握りながら、魔物たちを見る。

 

まさか、まさかっ‼

 

「お前は馬鹿なのかっ‼魔物に付与魔法をかけるなんて何を考えている」

 

精神強化とは言え、魔物に付与魔法をかけるなんてどうかしている。

ダンジョン、一人で潜った件と言い彼女は一体何を考えているのか。

 

俺がそう思っていると、魔物たちの動きが止まった。

頭を抱え、唸りだす。

 

蹲り、血涙を流す。

 

何が起こっている?癒羽希カルミアは何をした?

 

俺の知っている≪イモータルウォーリアー≫とは別の魔法か?

それとも、口に出した魔法名はブラフで別のマジックチップを使った?

何のために?

 

俺が混乱していると事態が動き出す。

 

「………………………………オ、オレハ、オレハ、コ、コロシタク、ナイ」

「……………………ワタシ、ハ、タイ、マモリ、タイ、カゾク、ヲ、コドモ、タチ、ヲ」

 

魔物たちが声を出す。

 

言葉を発する。

 

あり得ない。

 

魔物が喋るなんて、強化種に食われたものの魂が宿るなんて、あり得るのか?

 

ただ、確かに目の前でその、あり得ないことがあり得ている。

 

 

「……………ウゥゥゥ、ナンデ、ナンデ、コンナ、コト、二」

「ごめんなさい。私に、私に勇気が無かったから…………」

 

そう言いながら癒羽希カルミアは結界の外に出る。

肉体強化も付与魔法も使っていない、それどころか、杖すらも手放し、棚加君の頬をその両の手で触れる。

 

…………こいつはやはり、馬鹿、なのか?

仮にここで、棚加君が豹変し、襲ってきたら抵抗することすらできずに殺されるんだぞ?

 

何で動じないんだ。

何でそんな表情を浮かべられる。

 

「……………ソンナ、コト、ナイ、ソンナ、コト、イッテ、ホシクテ、オレハ……………」

「………………棚加君は優しいんですね。」

 

そう言うと、ゆっくりと棚加君を抱きしめその頭を撫でる。

そして、次に弧囃子さんに視線を向ける。

 

その視線を受け、弧囃子さんは自嘲気味に笑う。

 

「…………マモル、ガワ、ノ、ワタシ、ガ、コンナ、ジャ、タヨリ、ナカッタ、ワヨ、ネ」

「そんなことは無いです。弧囃子さんがいたから、私は今こうしてここに立っています。だから、そんなこと、言わないでください。」

「………………アナタ、ハ、ヤサシイ、ノネ、アア、アア、ダケド、コンナ、カラダ、ジャ、ヒトヲ、ダキシ、メル、コトモ、デキナイ」

 

弧囃子さんは魔物となった自らの手を見ながらボロボロと涙を流す。

そんな弧囃子さんに癒羽希さんは近づいていく。

 

「抱きしめても良いんです。……………それでも、もしあなたが否と言うのなら、私が貴方を抱きしめます。瞳に溜まった涙は私が代わりに拭います。」

 

癒羽希さんは弧囃子さんを抱きしめ、その両目の涙を拭う。

それから、暫くの時間が経ち、弧囃子さんが決心を決めた様子で顔を上げる。

 

「……………………ネェ、オネガイ、ガ、アルノ。」

「……………………オ、オレモ、ダ」

 

「………なんですか?」

 

「「……オレヲ(ワタシヲ)、コロシテ、クレ」」

 

その言葉に癒羽希さんは目を大きく見開くと、一度下を向く。

 

そして、再度顔を上げると、覚悟を決めた目つきをする。

 

「初めから、そのつもりです。

私は魔物となったあなたたちを初めて見たときから、この手で殺してやろうと思っていました。

 

恨んでくれても構いません、憎んでくれても構いません。薄情だと罵ってくれても構いません。それでも、私は魔物という存在が許せないんです。」

 

癒羽希さんの声には震え一つなかった。

ただ、何故だか、その声がとても空虚なものに俺には感じた。

 

「…………ソウ、ヤッパリ、アナタ、ハ、ヤサシイノネ」

「………………ユウキ、サン、ヲ、スキ二、ナッテ、ヨカッタ」

 

そう言う二人を前に、癒羽希さんは置いてきたワンドを取りに行き、マジックチップをセットする。

 

「≪スティンガーレイ≫」

 

 

それはとても静かな声だった。

癒羽希さんが光の杭を生み出したと思ったら、次の瞬間には、目の前には胸を穿たれた二人の姿があった。

 

余りにも呆気なかった。

長い間、死闘を繰り広げた魔物の死体が転がっていた。

 

 

いや、棚加君がピクリと動いた。

生きていたのか。

 

「ハハ、ソウ、イエバ、サイゴニ、イイワスレテ、タ、コトガ、アッタ、ダカラ、シヌマエニ、ヒトツダケ、ソコ、ノ、パプリカ、二」

「俺か?」

 

何だろう。

流石に既に死に体であり、危険も無いだろうと思い、無防備に棚加君に近づく。

 

すると、棚加君は俺の手を引き、自らの方に近づける。

不味いっ‼

 

反応できない。

 

 

 

 

 

だが、棚加君は何もしなかった。

ただ、最後に俺の耳元で。

 

「オトナガ、ユウキ、サンヲ、シンデ、モ、マモレ」

 

被りものをしているため、正体は分からない筈だが、確かに棚加君はそう言い、静かに息を引き取った。

 

「魔剣師さん、棚加君はなんて?」

「……いや、たいしたことじゃない」

 

俺はそう言って言葉を濁す。

守れるかも分からない、約束を口に出すことは出来ない。

 

「そうですか…………」

 

そう言うと癒羽希さんは少し寂しそうな顔をする。

きっと、棚加君の最後の一言を聞きたかったのだろう。

 

俺がそう思っていると、癒羽希さんがマジックチップを交換し始める。

 

「……それは一体何をしている?」

「ただのおまじないです。おばあちゃんから教わった。

……≪輪魂≫」

 

俺の知らない魔法だ。

少なくとも、俺の設定にこんな魔法は無かった。

 

「これは、戦場で死んでしまった魂が再度転生できるようにするためのものなんですって。

……まあ、おばあちゃん曰く、信憑性は高くない、気休めみたいなものだそうですけど」

 

転生、俺はそんな設定は作っていない。

作っていないが、確かに、そうなってくれれば嬉しいと思う。

 

「……そうだな。きっと、また会える」

 

そしたら、あんな無茶な約束を一方的にしてきたことに文句を言ってやる。

一発殴っても良いな。

 

俺が癒羽希さんの方を向くと、彼女はどうやら目を瞑り静かに祈っていた。

 

どれだけ、時間が経ったかは、時計が無いので分からないが、それから暫くし、彼女瞼を開ける。

 

「では、行きましょう。魔剣師さん」

「……ああ……………いや、俺はもう少し残る。もう、お前一人でも大丈夫だろうしな」

「そんなことは無いですが…………いえ、分かりました。」

 

癒羽希さんは俺の提案を断ろうとするが、こちらが訳ありであると察してくれたのか、一人で帰ることを了承してくれる。

 

あ、あと、その……………………。

 

「…………ああ、それと最後に、その、………………マジックチップを分けてくれないか?」

 

俺はそう言い、彼女に≪フィジカルオーガ≫と預けていた≪シャープネス≫そして、彼女が持っていた≪ジェネリックシールド≫を分けてもらい。

 

彼女が出てから暫くしてから、外に出た。

 

 

「目的は達せたのか~?」

 

ダンジョンの管理人がそう言いながら話しかけてくる。

それに対し、俺は小さく頷くのだった。

 

☆☆☆

 

後に二代目戦巫女と呼ばれる癒羽希カルミアは学生時代に教師にも言わず、ダンジョンに潜ったことがあるそうだ。

 

この事件の詳細を彼女は余り語りたがらない。

しかし、この日の出来事が自分の考え方を変えたと彼女は良く口にしていた。

 

そして、彼女はこのような言葉を残している。

 

勇気とは、人を殺すことに非ず、人を生かすことに非ず、ただ、救おうと、守ろうとする意志である、と。

 

 




おまけ

この日、学校中にいる生徒が屋上に集まって来ていた。
何かの催しが企画されていたわけでは無い。

しかし、多くの生徒が屋上に集まっていた。

何故なら………。

学園長「雪白殿、一体何をしているんだ?」

雪白「私気づいたのですよ~。この前、一人バーベキューをしている時に。」

学園長「気づいた、とは?」

雪白「この屋上に足りないものです~。」

学園長「足りないものなどないと思いますが?」

学園長は雪白狂実を睨みながらそう告げる
しかし、雪白は何食わぬ顔で話を続ける。

雪白「いいえ、あります~。ありすぎですよ~。ズバリ、お洒落レベルが足りません。全く、足りてません。だから~、私がお洒落にしてあげることにしました~。」

そう、現在屋上は本来の姿からほど遠いものになっていた。

コンクリートで出来ていた床には土が敷き詰められており、更に、屋上の一番奥にはウッドデッキが設置されている。
また、屋上へ上がるドアからウッドデッキまでの道にはレンガが敷き詰められている。

学園長「屋上から土が落ちたらどうするんだ?」

雪白「そのための対策に~、透明のビニールを床に敷いて柵にかけているのですよ~。ほら~」

雪白狂実はそう言うと柵にかかっているビニールシートを掴む。確かに土が落ちないような工夫はしているようだ。しかも、一応、柵からビニールシートが落ちないようにビニールシートに穴を開け、シャックルで柵とビニールシートを繋いでいた。

学園長「……成程、だがな、ビニールシートが破れたらどうするんだ?」

雪白「大丈夫ですよ~。昔の伝手を頼って作ってもらった特注品です~。学園長のへなちょこパンチでも破れませんよ~。ま~、へなちょこパンチなので破れないのは当然ですが~」

その瞬間、体感ではあるが周囲の温度が下がった。
しかし、雪白狂実は一切気にしていない。

それを察すると学園長は大きく深呼吸をする。

学園長「……もう好きにしろ」

学園長は既に諦めていた。彼女の傍若無人ぶりに。
そして、学園長が去っていくを雪白狂実は手を振りながら見送る。

雪白狂実「それじゃ~、最後の仕上げと行きますか~。」

そう言うと魔剣を突き刺し、魔法を発動させる。それと同時に草木が生えだす。
魔法で既に植えていた植物を急成長させたのだ。

下から、誰かが駆け上がってくる足音がする。

学園長「…おい‼ここまでするとは聞いていないぞ」

雪白「そうですか~。それじゃあ、私はここでキャンプをするのでどっか行ってくださ~い。」

学園長「はっ?何を言っている。」

雪白狂実は学園長の問いに答えず、黙々とテントを組み立てていく。

学園長「……ま、まて、どこから持ってきた。朝は持っていなかっただろ⁉」

雪白「寮からですよ~」

学園長「な、なるほど寮か…………寮?うちに教師用の寮はなかった筈だぞ?」

その言葉に反応したのは女子生徒たちだった。
それを見ていた学園長は彼女たちが何かを知っているということに気づく。

学園長「……何か知っていることがあるなら教えてくれ」

疲れ切ったその様子に同情したのか、一人の女子生徒がある事実を学園長に教える。

女子生徒A「え、えっと、そ、その、女子寮の一番左の部屋とその隣は一階、二階、三階ともに先生の部屋になってます。」

学園長は教えてくれた女子生徒に感謝を宣べると雪白狂実に向き直る。

学園長「……………これは、どういうことだ。雪白殿」

雪白「話すことでもないですよ~。女子寮の端っこが空いてたから、折角なので私の部屋にしただけです~。
あ、一応、伝えておきますと~。同じ階にある部屋は~、壊して一つの部屋にしました~。あと、部屋内に階段を設置しました~。お風呂と、お手洗いと、キッチンも設置しました~。
それでは~、私は~、キャンプを楽しむので出て行ってくださ~い。」

その言葉を聞いていた学園長は天を仰いでいた。

後、屋上を身に来ていた音長たちは

棚加「いつか、俺らもあそこでキャンプしたいな」

音長「何か良さげだよね。」

毒ノ森「キャンプ道具どうしよっか?」

三人でキャンプをする約束をしていた。



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