こましゃくれり!!   作:屁負比丘尼

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20歳などこんなもの

 

 大人になる、とは一体どういう事なのだろうか?

 

 時刻は夜22時過ぎ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を背負って十月の肌寒い道路を歩いていると、唐突に、自分が20歳を迎えて既に半年以上が経過しているのだと気がついた。

 

 俺、陣内梅治(じんないうめじ)は大学一回生。まだ学生の身分とはいえ、成人年齢が18歳に引下がった今、世間で20歳はもう立派な大人として扱われる年齢。

 

 ガキの頃の俺は無邪気にも、歳をとれば勝手に大人になれるのだと本気で思っていた。

 

 だが20歳になっても、俺に自分が大人であるという自意識はまったく芽生えておらず、子供心の延長線上をそのまま歩んでいる。

 

 今日だって、大学に行きはしたが何も考えずにボーっと過ごした。勉学に励んだ、というより板書をノートに写す労働をした気分。大学が終わりのバイトの方がまだ精力的だった。

 

 両親に学費を出してもらっているのに、とても申し訳ない。

 

(あぁ、止めだ止めだ……。こんなこと考えてどうする)

 

 親に感謝している人間が全員勤勉であるというのなら、この世の人間はみな学費の安い有名国立大学に受かっている。だから、こんな事を考えるのは無意味。最終的に卒業して、就職さえできれば親不孝ではないはずだ。

 

 下らない思索を振り払うようにずかずかと歩く。すると、直ぐに下宿している賃貸に着いた。見た目は少しだけボロっちいが、この物件はとても素晴らしい物だ。

 

 まず家賃が安い。2DKで一万八千円。

 

 この賃貸の管理者が俺の叔母なので、身内割引で下宿させてもらっている。それに加えて防音も効いており、大学から徒歩五分。大学生として理想的な住まいだと俺は思う。

 

 今日もバイトで疲れた。その疲れをこの素敵すぎる借宿で解消しよう。

 

「さて、鍵、鍵……ん?」

 

 玄関の前に立ち、ポケットから鍵を取り出したところで、ふと気が付く。

 

 部屋の小さな窓から、明かりが漏れていた。今朝はきちんと部屋の電気は消して出たはずだ。

 

「……まさか」

 

 鍵をポケットに戻し、ドアノブをひねる。施錠していたはずの扉は何の抵抗もなく開いた。

 

「ん、陣内? 帰った、であるか」

 

 ドアを開けてまず目に入ったのは、台所でビールを飲みながら料理を作っている女。酒を呷る彼女の風貌は独特だ。色素の薄い長髪を後ろにまとめ、桜のワンポイントが入った紺色(こんいろ)甚平(じんべい)を身に纏っている。

 

安瀬(あぜ)、お前何でいるんだ……?」

 

 彼女の名前は安瀬(あぜ)(さくら)。同じ大学に通う同級生だ。

 

「? スマホを見ていないのでござるか?」

 

 彼女の口から時代錯誤すぎるバグった口調が飛び出した。

 

 これは決して彼女がふざけているのではない。

 

 安瀬桜はド変人だ。日本の古い文化に強くロマンを感じているらしく、自宅や俺の家では和服を羽織って、おかしな言葉遣いをする。

 

「今日はお主の家で飲む約束であろう?」

「え?」

 

 急いでスマホを取り出して、画面を確認する。そこには一時間ほど前にメッセージが送られていた。バイト中だったので気がつかなかったようだ。

 

『今日は鍋の気分でありんす』

 

 短文には可愛らしいスタンプも添えられている。

 

「こ、これが約束だと?」

「はっはっは、面目ない」

 

 安瀬はたいして悪びれもせずに謝りビール缶に口を付け、それを一気に呷った。『んっんっ』と小気味よく麦の炭酸が流し込まれていく。

 

 いや、おい……。

 

「あ゛ぁ゛ーー!! 今日もおビール様が美味しいのう!」

 

 万悦の表情でロング(500ミリ)缶を飲み干しやがった。もったいない飲み方しやがって…………美味そうだ。

 

「というか、安瀬が来ているって事は……」

 

 俺は安瀬を無視してずかずかと台所を横切り、リビングに通じる引き戸を開けた。

 

「すぅーー、ふぅーーー…………。あ、お疲れー、陣内。お邪魔してるよーー」

 

 居間で、炬燵に入った婦女が酒精と紫煙に溺れていた。

 

 詩的な表現をしてみたが、要するに煙草吸って酒を飲んでいるだけだ。炬燵台の上に置かれたシケモク山盛りの灰皿と空のビール缶が品の無さを露呈している。

 

「ねぇー陣内、煙草のフィルターどこにやったか知らなーい? あと三本くらいでラキスト切れちゃうからー、手巻き煙草作っとこうと思ってさーー」

 

 語彙をやたら伸ばしているこの女は猫屋(ねこや)李花(りか)。彼女も同じ大学の同級生だ。

 

 セミロングの金髪にパーマをかけた、ゆるふわな女。すでに少し酔っているのか顔までゆるふわとしている。

 

「…………知らないけど」

 

 何故か猫屋の居るリビングでは、プカプカと白煙が躍っていた。煙が台所に入り込まないように、俺は手早く引き戸を閉める。

 

「そっかー、どこやったかなー。私、昨日からチェ(タバコ葉)をジンで香り付けしてたんだよねー」

 

 会って早々なんてマニアックな話をしやがる。一瞬、何の話か分からなかった。

 

「陣内も吸うでしょー? 無添加無香料のチェに、ボタニカルな香りが合わさってちょー美味しいよー。宿代代わりに巻いたげるから、一緒に探してーー」

「あ、あぁ、それは別にいいぜ。……でもな、猫屋!!」

 

 彼女らの不法侵入については一旦後回しだ。俺には、それよりもっと言いたいことがあった。

 

「換気もせずに人の部屋でヤニとはどういうことだ! 部屋が汚れるだろ!!」

 

 俺も喫煙者であるが、吸う時は必ず窓を開けて部屋を換気する。でなければ、壁紙が黄色くなってしまう。

 

「え、えぇー? いや、だってそれはさー」

 

 彼女は慌てた様子で俺に向き直った。どうやら弁明があるようだ。

 

「陣内、私たちが退去時のクリーニング代に3万置いていったのー、忘れちゃった感じーー?」

「…………そう言えば」

 

 秋になって換気が面倒になり『もうお金を払うから好きに吸わせろ』という話になったのだ。たしか、叔母さんにもその場で連絡を送って許可を取った。

 

「やっぱり忘れてたー? あの時は陣内、一升瓶を空にしちゃってベロベロに酔っぱらってたもんねー」

「あ、あぁ、すまん。そうだったな。怒鳴って悪かった」

 

 俺は素直に彼女に頭を下げた。どうやら自分が撒いてしまった種らしい。

 

「騒々しいね、どうしたんだい?」

 

 俺が謝っていると、ガラッと扉が開かれる。安瀬が居た台所に通じている物はまた違う、風呂場方面の扉だ。

 

「あ、陣内君帰ってたんだ、おかえり。お風呂頂いたよ」

 

 今度は別の女が現れた。彼女は風呂上がりのようで、体からホカホカとした蒸気が立ち昇っている。

 

「……なぁおい、ちょっといいか」

「なんだい? 藪から棒に」

 

 ぶっきらぼうで男勝りな口調で返事を返したのは、西代(にししろ)(もも)。彼女も同い年の同級生だ。

 

 ショートの黒髪であり、ボーイッシュな格好をする小柄な麗人…………いや、服装に無頓着なズボラ女。今もクソダサいロンティーに芋ジャージを履いている。顔面の素材の良さが台無しだ。

 

西代(にししろ)、何でお前は俺の知らない内に、俺の家の風呂に入ってんだよ……」

「あぁほら、僕って冷え性だろう? だからご飯前に体を温めてた。ここ最近の夜は冷え込むからね」

 

 それは人の家で勝手に風呂に入っている事の理由にはならない。彼女は俺の恋人とかではないのだから。

 

「にしても西代ちゃん、随分と長風呂だったねーー」

 

 片手に缶ビール、もう片手にラッキーストライクという無敵状態の猫屋が、西代に声を掛ける。

 

「1時間くらい入ってたんじゃないのー?」

「そんなに経っていたのかい? 週末にあるアキテン(天皇賞(秋))の予想をしていたから気がつかなかったよ」

 

 よく見ると、風呂上がりの西代の手にはタブレット端末が握られている。どうやら彼女は入浴をしながら競馬の予想をしていたらしい。

 

「あのなぁ、西代。風呂に入るのはこの際もういいよ、諦めた……」

 

 安瀬(あぜ)猫屋(ねこや)西代(にししろ)

 

 この三人の学友たちは、大学から近い俺の部屋をたまり場にしている。

 

 彼女たちは週4という頻度でこの家に集まり、深夜まで酒盛りをして、朝ギリギリの時間に登校していくのだ。日によってはそのまま大学をサボる日すらある。大学から徒歩五分という神立地な俺の御座所が、まるで格安ホテル扱いだ。

 

「諦めたけど、せめて風呂に入る時は俺の許可を取ってくれよ。まして、タブレット持ち込んで競馬の予想までするとか、ここはお前の自宅か? 自重してくれ」

「細かい事をぐちぐちと言わないでくれ。別にいいじゃないか」

 

 西代は俺のお叱りを軽く流して、猫屋と同じよう炬燵に入り込む。

 

「それに、君だって風呂によくビールを持ち込むだろう?」

 

 西代はそう言ってセブンスターを咥えて火を点けた。風呂上がりの気だるそうな雰囲気に吐煙が漂っていて退廃的。

 

 良く似合っている、とは思う。

 

「ふぅー…………電子機器より、酒の方がイメージ悪いと僕は思うけどね。実際、君の後に風呂に入るとほんのりビール臭いんだよ? それに何故かお湯が減っているし」

「俺は家主なんだから別にいいだろ」

 

 賃貸の狭い湯船で半身浴をしながらビールを飲むのが俺の日課だった。アレをすると肩まで湯船に浸からなくても講義やバイトで溜まった疲れがスカッと霧散する。

 

 なお、そんな俺の癒し空間は外敵からの侵略を受け既に植民地と化している。

 風呂場と脱衣所には彼女たちの歯ブラシや女性物のシャンプーが複数設置されており、男の一人部屋とはとても思えない。

 

 一切合切、女物の物資を捨てなければ家族を招く事は不可能だろう。

 

「ねぇー、それより、週末の天皇賞にはどの馬が来るって予想したわけー? 私も一口乗らせてよー」

「くくくっ。猫屋、それは自分で考えなよ。賭け事の醍醐味は、如何に自分の知性を信じられるか、だろう?」

 

 ギャンブルやってる奴に知性なんかあるのだろうか?

 

「相変わらずお前はギャンブル大好きだな。今回はその知性とやらに幾らつぎ込むつもりなんだ?」

「単勝に()()

「「………………………」」

 

 1時間も考えてそれか。

 

 衝撃の金額が西代の口から飛び出したせいで、猫屋と俺は黙り込む。

 

 一介の大学生としては重たすぎる賭銭。それに賭け方も男らしすぎる。レース終盤のひりつき方は想像を絶するだろう。

 

「G1レースだから盛大にいかないとね。ふ、ふふふっ……こ、これを外したら、暫く飯は抜きだ。今からスリルで震えるよ……」

 

 ドロドロに目を曇らせて、西代は不気味に笑い始める。その様は悪霊にでも取りつかれているようだ。率直に言って怖い。

 

「に、西代ちゃんよくやるよねー。私なんて2万くらいが限界なのにー」

「お、俺もその程度が限度だ」

「僕から言わせれば、君たちは賭け方が生温いよ。やっぱり、大勝負の時は生活費までつぎ込まないと」

「そ、そうか。念のために言っとくが、消費者金融にだけは手を出すなよ……」

 

 西代のヤバさを再確認して、俺も同じ炬燵に入る。同時に重たいリュックを下ろして一息つく。外を歩いた体にじんわりと熱が広がって心地いい。

 

「煙草、煙草っと」

 

 懐からウィストンを取り出して火を点けた。薄甘い煙が肺を満たしていく。

 

「ふぅー……話を戻すけど、そもそもお前たち一体どうやって家に入ったんだ?」

 

 一服付けたところで、俺は二人に今日一番の問題点を投げかけた。

 

「鍵はちゃんと閉まってただろ?」

 

 実を言うと、自宅で好き勝手をして欲しくないだけで、俺は彼女たちが遊びに来る分には許容している。

 

 普通なら男女の貞操観念を疑われる特殊な状況であるとは思うが、俺がこのモンスター共に手を出す事は無いので、そこは問題なし。それに、こいつ等は俺の家を溜まり場にしている代わりに酒を提供してくれたり、ご飯を作ってくれたりする。

 

 配慮に欠けるがそこまで悪い奴らでもない。

 

 しかし、進入方法だけはハッキリとさせておきたかった。酔ったはずみでスペアキーを渡していた、なんて事が起きていれば大変だ。その場合はきちんと鍵を回収しておきたい。

 

「あ、あぁーー、か、鍵、鍵ねーー……その件については安瀬ちゃんにどうぞー」

「あらかじめ言っておくけど、僕たちは無関係だからね?」

 

 猫屋は中空に舞う煙を虚ろに見つめて、西代はどうでも良さそうにタブレット端末に視線を移した。

 

「は? それはどういう──」

「我、見参でござる!!」

 

 安瀬に話題が移った瞬間、当の本人が台所から鍋を持って現れる。どうやら調理が終わったようだ。

 

 彼女は炬燵テーブルに置かれていたガスコンロに鍋を置き、俺たち同様に炬燵に入った。

 

「今日はおでんじゃ! 皆の衆、拙者のポン酒(日本酒)はちゃんと用意しておるであろうな!!」

 

 元気溌剌(はつらつ)。もう夜も深いというのにも関わらず、安瀬のテンションは非常に高い。

 

「……なぁ、安瀬。今日は俺、鍵をちゃんと閉めて家を出たと思うんだがどうやって入ったんだ?」

「ん? なぁに、簡単な話ぜよ」

 

 俺の問いかけを受けて、安瀬は甚平のポケットに手を突っ込んだ。そこから取り出されたのは、カラフルな鍵状の物体。プラスチック製に見える。

 

「お主が泥酔した隙に鍵の型枠をとって、スペアキーを自作(DIY)したでござる。毎回お主のバイトが終わるまで部屋の外で待っているのは億劫であったからな!!」

「うっ、うぐおおおぉぉぉぉ……!!」

 

 思わず頭を抱えて額をテーブルに擦りつけた。その程度の理由でそこまでやる安瀬の異常性にドン引きしたのだ。

 

「そ、それはマジでヤベーって……! 普通に犯罪行為だろうが!!」

 

 再度紹介するが、安瀬(あぜ)(さくら)、彼女はそのバグった口調と同じように思考回路がバグっている。

 

 ずば抜けた行動力と発想力を携え、常人が越えられない一線を容易に飛び越えてしまう。耽美(たんび)主義を具現化したような女だった。

 

「もし俺が警察に駆け込んだら捕まるんだぞ!! そこんところ分かってんのか!?」

「うむ、そうならぬようにちゃんと対策は考えておる。……ほれ」

 

 安瀬は悪びれる様子を一切見せず、高圧的で淡々と俺にガラス瓶を差し出した。

 

「賄賂ぜよ。これで黙認するがよい」

「これは……」

 

 タコ墨のように真っ黒な液体。事実、そのラベルには大きなタコの化け物が描かれていた。

 

クラーケン(KRAKEN)か!!」

 

 クラーケンというのはダークラムの一種。

 その特徴はとにかく甘い事だ。その圧倒的糖度の証として、開封してしばらく置いておくと瓶口に結晶化した砂糖が出来上がってしまう。そのせいで瓶の蓋がかみ合わなくなり、すぐに壊れてしまうほどだ。

 

「あ、安瀬、卑怯だぞ……!!」

 

 俺は左党(酒飲み)でありながら、半分ほどは右党(甘いもの好き)。なので甘いお酒は超大好物。

 

「酒で俺を懐柔しようなんてのは反則だ!! 許すしかなくなる……!!」

 

 俺はそのままひったくる様に安瀬から酒を受け取った。

 

 そこそこ値段が張る物だ。鍵の件をチャラにする代わりとしては十分に魅力的だと、俺は思ってしまった。

 

「ははっ、アル中は扱いやすいでありんす」

 

 安瀬は笑いながらメビウスとマッチを取り出し、煙草を吸い始めた。

 

「おい誰がアル中だ。頭のネジが飛んでるテメェらと違って、俺はノーマルなただの酒好きだろうが」

「「「……はぁ?」」」

 

 炬燵の四角いテーブル、その三辺ほどから呆れた声音が飛び出した。

 

「真正の飲んだくれが戯言をほざくでないわ」

「そーそー。いっつも酒浸りの癖してさぁー」

「同感だね。さっき置いたリュックの中身、見せてみなよ」

「あ、ちょ──」

 

 西代は許可も取らずに、床に置かれている俺のバックを勝手に開いた。

 

「うわっ」

 

 バックを開いた瞬間、西代は露骨に顔をしかめる。

 

梅錦(日本酒)iichiko(焼酎)CHOYA(梅酒)赤玉(ワイン)スミノフ(ウォッカ)タンカレー(ジン)クエルボ(テキーラ)メーカズマーク(バーボン)マイヤーズ(ラム)VO(ブランデー)……この量はとても正気とは思えないね」

「ぐっ」

 

 な、何故だろう。常備しておきたいラインナップというだけなのに、ちょっとだけ恥ずかしい。

 

「有名どころがずらり、君はここでバーでも経営するつもりかい?」

「あはは!! マジそれーー!! 陣内こそ頭おかしいよねーー!!」

「脳みそがアルコールでビタビタであるな! 早く病院に行くべきで(そうろう)!!」

「うっせ!! お前たちもしこたま飲むだろ!!」

 

 飲酒量は確かに俺がぶっちぎりの一位だ。しかし、肝臓(キャパ)は彼女たちの方が強い。この寄生虫たちも相当飲兵衛。十分、大酒飲みの領域に入っている。

 

「あとな!!  気狂いとヤニカスとギャンブル依存症が俺を馬鹿するな!!」

「気狂い、じゃと?」

「ヤニカスー?」

「ギャンブル依存症だって?」

 

 俺の正当な俗称を聞き、ピクリと三女の眉が吊り上がった。

 

「陣内、他2人に対しては適切な表現じゃが、我をそんな風に(のたま)うな。問題など何も起こしてはおらん。即時、撤回を所望するでありんす」

「安瀬ちゃーん? 冗談は言葉遣いだけにしとこーねー? それ、私のセリフだからー。私以外はみんなクソの社会不適合者じゃーん」

「ふふっ、自覚がない人間ほど哀れな物はないね。君たちは酒カスにヤニカス、それとシンプルなカスだろう? この中で正常な人間は僕だけさ」

 

 ドブみたいに汚い言葉が、スラスラと流麗に吐き出される。

 

「「「「……………………………………………………」」」」

 

 10秒程度の重い沈黙。

 

 その後で、各々が無言のまま灰皿に置いてあった煙草を手に取り、噛みつくようにフィルターを咥えた。

 

「「「「すぅぅぅぅう…………ふぅぅぅぅぅーーーー…………」」」」

 

 殺気と副流煙が部屋に充満する。

 別に他人にどうこう言われようが俺は気にしない。だが、彼女たちのような人間に誹られるのは流石に我慢できない。むかっ腹が立つ。

 

「ふむ。どうやら、飯の前にやらなければいけない事があるようじゃな」

 

 そう言って、安瀬は自身の荷物スペースから酒瓶を取り出した。

 

 透明な瓶に、水のように透き通った液体。白いラベルに書かれたポーランド語が酒というより薬品のような無機質さを演出している。人を寄せ付けない危ない雰囲気が俺たちを一瞬で圧倒した。

 

 アルコール度数96%、スピリタス。

 

「……なるほどな。それなら俺は"べく杯"を取って来る」

 

 べく杯とは、高知県発祥の特殊な盃だ。その特徴は杯の独特な構造にある。

 杯底に小さな穴が開いている、または机に置くことができないような歪な形状をしており、その性質上、内容物を全て飲み干すまで盃を手放す事が許されない。

 

「じゃあ僕は4面ダイスを」

 

 そして、べく杯には伝統的なお座敷遊びが存在する。内容はシンプルで、サイコロを投げ、出た目に該当する者が()()()()()()()()()()()()()という物。

 

「最後に鍋の火切ってー、準備かんりょーー……」

 

 猫屋がカセットコンロの火を消した。おでんは寝かせて味を染みこませるべきだ。それに、こいつ等をぶちのめした後で食べた方が殊更に美味しいだろう。

 

「うむ、それでは酒比べと参ろうか」

「本来のルールとは少し違うけどな……。でも俺、正直このゲームマジで好き」

「ふふっ、僕もだ。賽を振るたびに感じる、生と死の狭間を彷徨うようなスリルが堪らない……!」

「現代に許された唯一の決闘法だよねーー!」

 

 準備が整い、場はそれなりの盛り上がりを見せ始める。全員が戦闘態勢だ。

 

「あぁ、無論、飲酒の強要などは無しでござるよ?」

 

 安瀬は表面上ニコニコと笑い、俺たちに注意を促し始めた。

 

「ただ、限界になってゲームを降りる時に、誠実に、一言、先ほどの中傷を謝ってくれればそれでよい!」

「さっすが安瀬ちゃーん! 超慈悲深ーい!!」

「飲酒リテラシーにしっかりと配慮がなされているね」

「強制飲酒なんてのは悪しき時代の因習だからな!」

 

 安瀬の勧告に、俺たち3人はうんうんと頷く。

 

 安瀬が言っているのはつまり、プライドを賭けろという事。誠実が意味するのは土下座であり、一言とは『私めが一番のクズでございました』だ。

 

「では初手は家主殿に譲ろうではないか。(みな)もそれで異存はないな?」

「うん、いいと思うよ」

「今日は落ちる人がでちゃうだろうしー、家主様を尊重してあげないとねーー」

「そうか。悪いな、気を遣わせて」

 

 煮えたぎる気持ちを託すように、俺はギュッとサイコロを握りしめた。

 

「……先に言っとくけど、早めに降参した方が身の為だからな?」

「で、あるな。お主らはひ弱なのじゃから無理はせぬようにの?」

「ふふっ、そうだね。僕はお酒強いから平気だけど君たちは身の程を弁えるべきだ」

「皆、ご忠告ありがとねー!  でも大丈夫だよー? 私、皆みたいな雑魚じゃないからー!!」

 

 絶対に降参なんて宣言しない。酒クズと罵倒されたにも拘わらず、こいつ等に頭を下げるなんてのは死んでも御免だ。

 

(全員、ぶっ潰してやるッ!!)

 

 不退転の覚悟を持って、俺は勢いよく賽を振った。

 

************************************************************

 

「う゛お゛お゛゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛け゛」

 

 3時間後、俺は便器に顔を埋めていた。

 

「は、早く出てくれ。もう……僕も吐く。ここでぶちまける……」

「そ、それをやると出禁になるでござるよ。……う゛っ!」

「し、しぬー…………。マジでゲロでる三秒前ぇー……」

 

 トイレの外には俺と同じように顔を青くした、死屍累々の女たち。

 

「う、う゛っげッ……も、もうちょい待ってくれ、ま、まだでっ、う゛お゛お゛゛け゛うおげげげげげげげげげげげげげげげげ」

「や、やばいでござる。お、音聞くだけで、気分が…………」

「うっぷ……わ、私も、ギブが、ち、ちか、近いぃー……」

「じ、陣内君。も、もう何も気にしないから、とりあえずドアを……ん゛ぐっ!? はぁ、はぁ……ど、ドアを開けてくれ……」

 

 こうして、俺の家のトイレが交代制で汚された。

 

************************************************************

 

 便器をゲロまみれにした後、俺たちは気絶するように眠りについた。

 

 深酒の代償は大きく、翌日は当然のように全員が二日酔いにより大学をサボり、布団の上で半日ほど苦しむ羽目になった。

 

 …………20歳(はたち)になる、とは一体何なんなのだろうか。

 

 世間ではもう立派な大人として扱われるが、加年に伴って精神的に成長する者は絶対にいないと、俺は断言する。人間が年を重ねるだけで突然変わる訳がない。

 

 ただ、子供のまま酒と煙草が楽しめるようになるだけだ。

 

 過去の自分が思っていたよりも、20歳というのは大人ではない。

 

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