こましゃくれり!!   作:屁負比丘尼

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絶対に真似しないでください

 

「すぅ……すぅ……」

「ん…………ぁがっ」

 

 軽い衝突で、熟睡の暗闇から一気に意識が覚醒する。

 

「んだよ……」

 

 目を開くと同時に、朝日が窓から眼球を射してひどく鬱陶しかった。

 

 安眠を妨げた要因を探るべく、寝転んだまま胸部に視線をやる。そこには、緩く握られた小さな手が添えられていた。

 

「……すぅ」

「──────」

 

 浅い呼吸音が耳に入り、今度は一転して視線を右方に向ける。

 

 ……昨夜は楽しかった。

 

 安瀬が用意してくれたお高い日本酒を鯨飲しながら部室でどんちゃん騒ぎ。煙草と酒精に身を任せた結果、最後は電源を切るようにしてパタンと眠りについたような気がする。

 

 7月の熱い朝。かけ布団代わりの薄い毛布だけを共有して、俺と安瀬は寝床を共にしていた。

 

 俺を叩き起こしたであろう小さな手は、寝返りをした際に当たってしまったのだろう…………そんな物が当たってしまうくらいには、距離が近い。柔らかい感触と、女物のシャンプーの匂いがする。

 

(最悪だ。う、動けねぇ)

 

 彼女は俺の右腕を枕にして眠っており、長時間血流が止まっていた腕は石化したように固まっている。

 

「……ん」

(おいおいおい……!!)

 

 右腕は動かないくせして、その感触だけはきっちりとこちらに伝えてくる。彼女の頬は柔らかく、深酒をした次の日だと言うのに肌は恐ろしいほど瑞々しい。

 

 だがそれ以上に問題なのが、あと数ミリほど安瀬が下を向いてしまえば、ピンク色の唇が肌に当たってしまいそうな事だった。

 

「………………」

 

 ドクン、ドクン、と血が下腹部で固まる。

 

 俺の肝臓の性能はかなり良い。起き抜けには酔いは冷めてしまっている。手の届く範囲にお酒がないので、血潮の高鳴りを止める方法は存在しない。

 

 ……そういえば、金欠騒動のせいでもう2週間近く発散できてない。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ごくり」

 

『俺の代わりに桜を頼む』

 

 唾を飲み込むと同時に、彼女の兄の顔が思い浮かんだ。

 

(お、俺には、果たすべき責務と、陽光さんからの信頼が、あるっ……!!)

 

 俺は、この幸せ状態からの大脱出を決意した。

 

************************************************************

 

「んっ、んっ……ぶはぁっ!! あぁ、朝から飲む日本酒が美味くって仕方ねぇやっ!!」

 

 枕と腕を交換する作業に没頭する事、実に30分。昨日の飲み残しを持って、俺は無事に部室外への逃亡に成功した。

 

 生ぬるいアルコールが喉を通るたびに、やり遂げた充実感を感じて堪らない。

 

(あぁ、朝から疲れた…………寝る時にはちゃんと、酒瓶を抱くのを忘れないようにしないとな)

 

 部室暮らしをしていた時は習慣付けできていたのだが、新居に引っ越してからは忘れがちになっていた。気を付けよう。

 

「今、何時だよ…………げっ、まだ5時半か」

 

 朝日は既に昇っているが、如何せん何をするにも早すぎる時間帯。興奮と少しだけ回った酒精のせいで、二度寝する気にもなれない。

 

(どうすっかなぁ。安瀬に書置きだけ残して、先に帰ろうか………………ん?)

 

 手持ち無沙汰で部室棟の周囲をウロウロしていた時、視界の隅で奇妙な物体を捉えた。

 

 部室棟の背面にある馬鹿でかい裏山。 

 

 俺たちの大学は土地代を安くするためか台地に建てられている。校舎を超え、部室棟のより奥へと進めば傾斜が跳ね上がり、木々が生い茂る山地が存在した。

 

 山の斜面と土砂崩れ防止コンクリートのちょうど境界線。

 

 小さな茂みから、()()()は顔を覗かせていた。

 

「あ……」

 

 俺が意識を向けた瞬間、それは縄状の体をくねらせて山に戻っていく。

 

「…………早起きって、マジで三文くらいの徳になるんだな」

 

 不意の遭遇に、俺の飲酒欲求はふつふつと沸きあがり始めた。

 

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 ──ミンミンミンミンミンミン

 

 くそ暑い中、くそ五月蠅い蝉の鳴き声が響く。

 

「暑い……暑すぎる。ビールが飲みてぇ……」

 

 7月15日の、お昼過ぎ。気温は40度近く。

 

 山麓(さんろく)の道路は、遠くのアスファルトが陽炎を生じさせるくらいには蒸し暑かった。

 

「これ、陣内。この猛暑の中、お主は一体何をしておるのじゃ?」

「急に講義を抜け出したと思ったらー、裏山の道路なんかをぶらつき始めてさー」

「それになんだい、その恰好? もの凄い()()じゃないか」

 

 坂道を登る俺の背後にはいつもの3人。

 

 日焼けが嫌なのか1つの日傘を共有する安瀬と猫屋。逆に美容意識がないのか、1番色白であるのに全く日焼け対策をしようとしない西代。

 

 彼女たちもこの猛暑には辟易としてるのか、いつもより機嫌が悪そうだ。

 

「うるせぇよお前ら。俺は付いて来いなんて言ってないぞ」

 

 ぼやきながら、少しだけ空いていた3人との距離を詰める。

 

「いいから僕たちの質問に答えなよ。答えを聞かないと気になって帰るに帰れな────ふみゅっ!?」

 

 自分が被っていたベースボールキャップを叩きつけるように西代に被せる。彼女は俺達の中では殊更に体力がない。日射病にでもなられたら面倒だ。

 

(まむし)を探してんだよ、(まむし)を」

 

 俺は3限の講義を抜け出して、朝に見かけた蝮を捕獲しようと裏山を昇る道路を練り歩いていた。マムシ酒は普通に買うと高額なので、野生の物で蛇酒を自作しようという魂胆だ。

 

「…………やれやれ。講義を抜け出して何をやりだしたかと思えば、結局お酒絡みかい」

 

 西代は乱雑に帽子を被せたことに対して、意外にも文句を口にしない。

 

 つばの大きな男性用のキャップを少しだけ照れ臭そうに被り直したのを見るに、存外に気に入ってくれたようだ。

 

「別に抜け出しても問題ないだろ、あんな選択講義」

 

 選択講義というのは専門的ではないが故に、低レベルで下らない物があったりする。スマホ弄って時間を潰すくらいなら、蛇でも探していた方がいくらか有意義。それにサボっているのは彼女たちも同じだ。

 

「昨日の夜激しい雨が降ってただろ? 蝮って雨が降った次の日は昼でも出るらしいんだよ。実際に今朝も見かけたし、今日はチャンスなんだ」 

「はいはーい。アル中の陣内にー、蛇の生体以外で質問がありまーす」

「……なんだよ、ニコ中の猫屋」

「噛まれたら危ないとか考えないんですかー? 飲酒欲求に負けて危機管理能力なくなっちゃったのかにゃー?」

「だからこのクソ暑い中、着込んでるんだろうが」

 

 長靴、牛革の手袋に、先が遠い火箸(ひばし)。末端をしっかりと防御しているため、蛇の対策としては完璧に近い。

 

「いいか? 一昔前はな、年端もいかないガキでも蛇を捕まえて酒造に売りに行ってたんだ。それを道具を揃えた成人ができない訳がないだろ」

「昭和50年代の石垣島でござるな。まぁ、昭和50年を一昔とは言わんがの」

「…………驚いた。まさにトリビア(無駄な知識)だね。今のは酒と歴史オタクコンビでしか成り立たない受け答えだよ」

「うんうん、気持ちは分かるよー、西代ちゃん。無駄に博識すぎて軽く引いちゃうよねー」

「「…………」」

 

 自然な流れで、俺と安瀬が貶された。

 

 当然、俺と安瀬のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「例え蝮が見つかってお酒にできたとしても、お前ら2人には飲ませてやらないから。絶対に分けてやらねぇ」

「そうじゃな。無教養者どもは放っておいて、拙者たち2人で楽しむとしよう」

「ちょ、ちょっ!? も、もーう冗談じゃーん……本気にしないでよー?」

「そ、そうだよ。可愛い茶目っ気ってやつさ」

「っけ、調子の良いこと言いやがって」

 

 急に焦りだした酒飲みモンスター2名を尻目に、道端の落ち葉溜まりをガサゴソと火箸で崩す。

 

「しっかし、全然いないな。この際、蛇なら何でもいいんだけど」

 

 側溝や湿気た木陰を注意深く観察しているが、それらしい物は抜け殻ですら見つからない。

 

 人里付近で見かける事ができたので、山あいまで足を運べば大量にとれると思っていたが考えが甘かったか?

 

「…………使()()()()、これは」

「? 安瀬ちゃーん、なんか言ったー?」

「……このやり方では少々効率が悪い、と言ったのじゃ!!」

 

 日傘を共有している安瀬と猫屋の方から、なにやらお喋りが聞こえてくる。

 

「のう、陣内。お主もそうは思わぬか?」

 

 振るわない蛇探しを見かねたのか、安瀬は意味深な疑問符を俺に突きつけた。

 

「なんだ。考えでもあるのか?」

「うむ。どうせなら詳細に計画を練って、本気でやってみるぜよ」

 

 安瀬は俺たちの視線を集めるため、猫屋と共有している日傘から一歩だけ外へと躍り出る。

 

「実は昔、大学の図書館でこの裏山の詳細な地図を見たことがあるのじゃ。読み漁れば蛇が好みそうな古井戸やかれ川(ワジ)が見つかるやもしれん」

「はい? なんで大学の図書館に山の地図が?」

「この山は大学の私有地なのじゃ。場合によるが山林は平地よりも安いからの、校舎を建てる時にまるごと買い取ったのであろう。ついでじゃから、山を闊歩する手前、大学側に山入りの許可も取っておくでござる」

「安瀬、それは無理じゃないかな? どう考えても、僕たちには山に入る正当な理由がないよ」

「西代、忘れておるのか? 我らは一応、郷土民俗研究サークルで候。この山に関する民間伝承をでっちあげ、その調査とでも銘打てばまず許可はおりる」

「……なるほどね」

「そうじゃ、この山の木々で罠を自作しようか。馴染みある素材であれば獲物も掛かりやすいであろうし、材料費も浮く」

「えぇー? 蛇を捕まえられるような罠なんて作れないでしょー?」

(かさ)、わらじ、(かご)。この辺りの編み物は女子の手習いとして修めておるよ。蓋付きの籠に返しでも付ければ、それらしい物が出来上がるであろう」

「……おぉ」

「な、なんていうかー……」

「安瀬って凄いよね、色々と。僕、その頭の回転の速さだけは尊敬してるよ」

「ふふん、そう褒めてくれるな。こそばゆいではないか」

 

 安瀬の蛇捕獲作戦。思い立ってここまで30秒である。

 

 思わず感嘆の声が漏れてしまう。やはり俺たちと安瀬では器の違いを感じざる負えない。

 

 というか、編み物とは一般的に毛糸を使う物を言うのだと思っていたが、彼女の中では木竹(ぼくちく)で作品を造ることも編み物の範疇らしい。流石だ……令和の女子大生とはとても思えない。

 

「で、どうするのじゃ? 立案してみたが、実際にやるかどうかはお主ら次第でありんす。いくら将が優れていようが、万卒が居なければそも戦にすらならんからの」

「俺は乗ったぞ」

 

 間髪入れず、俺は安瀬の誘いに答えた。元より、蝮を探していたのは俺だ。安瀬が指揮を執って手伝ってくれると言うのなら、俄然やる気がわいてくるという物。

 

「それに、もうすぐテスト期間だしな。勉強地獄の前に楽しみが欲しかったところだ……!!」

「僕も手伝おうかな。山を歩くのは面倒だけど、蛇獲りはスリルがあって面白そうだ」

「んー……正直、私はそこまで興味ないけどー……まぁ3人がやるっていうなら参加しよっかなー」

「…………よし」

 

 猫屋の同意を得られた安瀬は控えめに頷く。

 

「ではここに中間テスト直前、蝮捕獲大作戦の決行を宣言するでござる。各々、単位を落とさない程度に精進するがよい!!」

「よっしゃ!! 気合入れて行くぞ、お前ら!! 目標は酒に詰められないくらいの大量の蝮だ!!」

「いや、暑苦しいよ陣内君……」

「ただでさえ暑いんだからさぁー、今回はカロリー控えめで行こーよー……」

「例年通り、猛暑であるからな。今から力むと倒れてしまうぞ、陣内?」

「…………確かに、叫んだら少しクラっときたわ。暑すぎてダメだな、こりゃあ。今日はもう残りの講義はサボって帰っちまおう」

「「「賛成」」」

 

 いつも通りの、善良からは少し外れた企み事。悪事を働く際、俺たちのやる気はその性分故に高いことが多いのだが、流石にこの暑さには勝てない。

 

 日本の夏は何をするにもエアコンの効いた部屋でビール飲みながら、という事だ。

 

************************************************************

 

 蝮捕獲大作戦が宣言されて、2週間が経過した。

 

 1週間目は、ただ準備に費やされた。

 

 安瀬が罠を作り、俺は地図を見て設置場所の選定、西代は大学の事務に提出するサークル活動許可書をそれっぽく書き上げ、猫屋は全員のサポートを担当。そして、無事に出来上がった罠をテスト期間直前にめぼしい場所に設置した。

 

 2週間目はテスト期間&待機時間。罠というのは獲物が掛かるまでに時間がかかる。テスト期間はその待ち時間にちょうど良かった。蛇は1週間くらいなら飲まず食わずで平気なので餓死の心配もない。

 

「……け、結構大変だったよな、ここ2週間」

 

 テスト明け当日。時刻は深夜0時。場所は裏山の入り口。

 

「僕、少しだけ寝不足だよ……」

「あははー。テストあけはどうしてもこうなるよねー?」

「せ、拙者、ここまで頑張ったのは本当に久しぶりでござる……」

 

 裏山の入り口に集まった俺たちは、各々疲労具合に差があるものの全員お疲れ気味だった。

 

「猫屋、お主は平気でござるか?」

「うん、だいじょーぶ!! みんなに比べてサポートだけだったしー、そこそこ楽させて貰ったよー。蛇なんてワンパンでよゆー!!」

 

 設置した罠の数は全部で10個だ。数が多いので罠の確認は二手に分かれて行う手筈になっていた。

 

 俺、西代チームと猫屋、安瀬チーム。運動能力の高さを基準に班分けはされていた。

 

「蛇の捕獲ぐらい、この天才猫屋ちゃんにまかせといてよー!!」

「なぁ、ほんとに大丈夫なのか? やっぱり、時間を掛けてでも4人まとめて行った方がよくないか?」 

「むっ……じんなーい?」

「それについては事前に何度も話し合ったでござろう? 集中して短時間でやった方が危険は少ないと」

「まぁ……そうだけどよ」

 

 安瀬が練ってくれた素晴らしき蝮捕獲大作戦。よくできた計画だと思うが、唯一この一点だけが不満だった。

 

「まったく。心配性でござるな、お主は」

「本当にねー。というかー、心配なのはこっちの方なんですけどー? 陣内こそ細心の注意を払ってよねー。私よりどんくさそうなんだからー」

「…………うっせ。とにかく気を付けろよ」

 

 たしかに、俺と猫屋、どちらの負傷率が高いかと問われればそれは圧倒的なまでに俺の方なのだろう。

 

 だけど、とにかく心配だ。優秀極まる安瀬が付いてるとはいえ、不安な気持ちが拭いきれない。

 

「君は猫屋の心配より、自分のパートナーの心配をしてくれ」

 

 ちょんちょんっと、俺の服の袖が引っ張られる。

 

「な、何か不気味な物がでたら僕の事を担ぎ上げて逃げてくれよ? 頼むからさ」

「は?」

「人気のない夜の森ってかなりこわっ…………い、いいや、やっぱり何でもない。ともかく、僕から10センチ以上離れないようにしてね」

「…………」

 

 普段頼りになる西代は、残念ながらお化け嫌いの西代ちゃまモードのようだ。落ち着かないのか、暗い周囲を隠すように、俺がくれてやったベースボールキャップを深くかぶり直している。

 

「おーい、2人とも何してんのー?」

「モタモタするでない。我らは先に行っておるからの?」

 

 西代に気を取られている間に、勇敢な2人はずかずかと山道に入っていく。

 

「あいよ!! 2人とも、何かあったらすぐに連絡しろよな!!」

 

 距離が開いていたため大声で注意喚起を促す。2人は返事も返さずに手だけを振って、そのまま暗闇に消えていった。俺の忠告がちゃんと耳に入っていればいいのだが……。

 

「あ、あの2人ってさ、世の中に怖い物ってあるのかな? 同性として、もうちょっと怖がってもいい気がしてるんだけど」

「ギャンブルしてる時のお前もあんなんだぞ? 向こう見ずの恐れ知らずって感じ」

「そ、そうかい? それはちょっとだけ嬉しいかも……」

(重症だな……しっかり見てないと危ないぞ、これ)

 

 たしかに、俺が心配すべきなのはあの2人ではなく西代のようだ。揺れる木枝にでも驚いた拍子にすっ転んでしまいそうだ。

 

 怪我させないためにも、今は彼女に最大限の気を配ろう。

 

************************************************************

 

「満月のおかげでー、森の中でも結構明るいねー」

「で、あるな。明かりはスマホのライトで十分で候」

 

 陣内たちと別れた安瀬と猫屋。他愛もない雑談を交わしながら、2人は誰の目にもつかない森の奥へと入っていく。

 

「……こうやって森の中を歩いておると、入学したての頃を思い出すの」

「ん? なんでー?」

「ほれ、新入生オリエンテーションで一緒に陣内たちを追い立てた事があったろう?」

「あぁー、あれかー……」

 

 もう1年以上前の出来事を思い出して、2人は表情を変える。猫屋は過去の蛮行に呆れて遠くを見つめ、逆に安瀬は山狩りを懐かしんでいるのか頬を緩めた。

 

「くくっ、思い返せばあれは中々楽しい一時であったな!! 最後に足を挫いたのを除けば、全てが我の掌の上で踊っていたでありんす!!」

「入念に準備してたもんねー。相手に発信機つけたりー、カラーボール用意したりしてー…………安瀬ちゃんって意外にああいうコツコツとした下準備大好きだよね」

「そういう性分なのである!! ふふっ、今回もそうであるしな…………ん、そんな話をしていればもう着いたぜよ」

 

 既に蓋で閉じれて苔むした、もはや誰にも使われていない小さな井戸。井戸を掘る手前、整地する必要があったせいかそこら一帯は比較的になだらかで開けている。

 

 1つ目の罠は、井戸のすぐ脇に設置してあった。

 

「夜に見ると雰囲気あるよねー、この古井戸。別に怖くはないけどー…………よし。それじゃあ早速、蛇捕獲担当、チェックに行って参りまーす……!!」

()()、猫屋」

 

 意気揚々と罠に近づこうとした猫屋を、安瀬は短くはっきりとした言葉で押し止める。

 

 安瀬の声音は先ほどまでとは違い、どこか緊張感を含んでいた。

 

「ん? なーにー? どったのー?」

「残念であるが、罠には何も掛かっておらん」

「……?」

 

 猫屋から距離を取りながら、安瀬はまだ誰にも分かるはずのない事を口にする。

 

 当然、猫屋は不思議に思って首を傾げた。

 

「なんで、中を見てないのにそんなこと分かるのー?」

「仕掛ける前に、煙草を使って徹底的に燻しておいた。蛇どころか羽虫の類いすら寄りつきはせん」

「え?」

「罠を自作したのは我であったからな。それくらいの細工は容易であった」

 

 安瀬は喋りながらも、猫屋から距離を取り続ける。

 

 そして、そこが目的地であったかのように、何の変哲もない平地でごく自然に立ち止まった。

 

「え? えぇ?? そ、それって……どういう──」

「さて、これで2人きりじゃな。宣戦布告をさせてもらおう」

 

 もはや誰にも曲げることができない決意を秘めた両目が、いまだ事態を把握できていない恋敵を容赦なく穿つ。

 

「…………我は、陣内のことが好きじゃ」

 

 月夜の下。呆気なく火蓋は切られた。

 

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