こましゃくれり!!   作:屁負比丘尼

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デッドロックは破られるためにある

 

「えぇー、彼女さんきーびーしーいー!! 私ならぁーそんなに束縛しないんっすけどねー」

 

 シーブリーズに刺さった紙ストローが手慰みに指で弾かれる。

 

 カクテルを前にしてバーカウンターの座る女は、眼帯のせいで片目になっている瞳をこちらに向け、嘲るように笑っていた。

 

大場(おおば)。テメェなんだよ、それ」

「いえ、とりあえず言っておかないとなぁ、と思っただけっす。特に意味とかは無いんで気にしないでください」

「……あっそ」

 

 彼女が意味不明なのは今に始まったことではないので、適当に流す。

 

 蝮捕獲作戦が失敗に終わった次の日。俺は以前の約束通り、バイト終わりに大場をバーに連れて来ていた。

 

「でもやっぱりパイセンは良い所知ってるっすね」

 

 毛先だけが青いウルフカットの髪がふわりと揺れる。大場は紙ストローに口をつけながら店内を漫然と見渡した。

 

 内装のテーマは妖精の隠れ家といったところだろうか。店内のそこかしこに大小の人形が飾られており、薄暗い照明と相まって非日常を演出している。

 

「この……場末感? てやつが私の琴線に触れて止まないっす!! あ、もしかして常連だったりしますか?」

「いいや、ここに来るのは初めてだ。というか大場がそうリクエストしたんだろうが」

「あれ? そうでしたっけ?」

「お前な……」

 

 一応、行ってみたい店がないか事前に聞いてみた際に『んー、行きたいところは特にないっす。ですけど、彼女さんたちが知らない所がいいっす。既知の店はデート先を使いまわされてるみたいで、なんか嫌』などと宣った。

 

 別に、これはデートというわけではない。

 

 向こうもそれは分かってふざけているのだろうが、女のプライドという物が彼女のような不思議系にもあったという点だけは少しだけ意外だった。

 

「まぁ、なんでもいいか」

 

 どうでもいい思考を放り投げ、俺も自分のグラスに手を伸ばす。

 

 生クリームとコーヒーの層が綺麗なルシアンのホワイトを、無遠慮にガバーっと流し込んだ。

 

「ふぅ…………濃くて甘くてうっま」

「……男の人って、もっと渋そうな物を頼むんじゃないっすか? えぇーっと、ギムレットとかマターニとか?」

「マティーニな。あそこら辺も好きだけど、甘いのが好みなんだよ。あとでお前のもちょっと分けてくれ」

「いいっすよ」

 

 大場が飲んでいるシーブリーズはグレープフルーツの酸味とクランベリーの甘みが上手く混ざり合った、飲んでいて楽しいタイプのカクテル。

 

 奢る立場で分けてもらうのは忍びないが、俺のルシアンよりも度数が低いのでチェイサー代わりについ飲みたくなってしまった。

 

「その代わり、いっちょ進展でも聞かせてくださいよ、パイセン」

「またそれかよ。進展なんてあるわけないだろ。それよりもっと楽しい話しようぜ」

「えぇ? 例えばなんっすか?」

「あぁー……大学とかバイトの話?」

「それはそれは、ずいぶん平凡な話題っすね」

 

 微塵も興味が湧かないのか大場はグラスの氷に目を移す。

 

 ありふれたその仕草だが、妙な違和感を感じざる負えない。落とされる視線の数が、常人よりも1つだけ少ないのだ。

 

 眼帯なんて意味不明なファッションしているせいだ。

 

「毎度思うけどよ。それ、よく店長が許してるよな」

「ん? 単純に人手不足なんすよ」

 

 名詞すら口にしなかったが、彼女は要領よく話を繋げてみせる。似たようなことをよく聞かれているのだろう。

 

「あそこって業務の忙しさと時給が見合ってないんっすよ。入ってくる人は多くても、続く人あんまりいないじゃないっすか」

「そうか? そんなに忙しいっけ?」

「先輩は異端中の異端じゃないっすか。嬉々としてドリンク作ったり、やたらと良い笑顔でビールサーバーをピカピカにしたりして……一種の病気ですよ、あれ」

「え、だって楽しくないか? 綺麗にリキュール配合したり、ビールの通りをよくするの」

「だからそれがおかしいんっすよ……パイセン、時給いくらでしたっけ?」

「1028円だけど? お前も同じだろ」

「それ私より50円低いっす」

「…………はぁ!?」

「いつもイキイキと働いてるからっすよ。今度、一緒に時給アップの交渉しましょうね」

「あ、あぁ。その時はマジで頼む」

「ぷっ……くく、あはははは……!!」

「笑わないでくれ……」

 

 真面目に頼んだのが笑いのツボを付いたのか、彼女は屈託なくゲラゲラと笑う。恋バナから話題が逸れたのは良いが、どうにも複雑な気分だ……。

 

「…………俺もお前も、あそこに勤めて長いよな。よく考えたら1年以上の付き合いになるか」

「ん? そっすね」

「でも大場って、大学では全然見かけないよな。大学で話したことなんて2回くらいしかないだろ?」

 

 もう一度話題を変えるために今度は大学内での話を彼女に振る。

 

 こいつがバ先に入ってきたのは、西代と仲良くし始めた頃。黒歴史多い新入生オリエンテーションの後に、俺は大場と話すようになった。

 

 知り合ってからの時間だけで言えば、大場はうちの3女と変わりない。だがその親密度に雲泥の差がある。

 

 今日はせっかく、さしで飲みに来ているんだ。少しだけこの眼帯っ娘について理解を深めてみるのもいいだろう。

 

「学食でも全然見かけないけど、昼飯はどうしてんだ?」

「私こう見えて弁当派なんっすよ。昼の学食は混むんで、基本的に外のベンチとかで食ってるっす」

「へぇ、弁当か。意外にマメなんだな」

「まぁ昨晩の残り物と米を詰めてるだけっすけど」

 

 存外に家庭的な大場に俺は感心した。

 

 俺たちも節約のために弁当を持参しようと画策したことが8回ほどあったが、誰が弁当を用意するかで毎度口論になり、そのたびに不毛すぎる潰しあいが発生したためもう誰も提案しなくなってしまった。

 

「そういう訳なんで、大学で出くわすことはマジで稀だと思うっす。もし私が見かけても、彼女さんたちが居る時は挨拶しませんでしょうし」

「あん? なんで?」

「誰だって地雷原でタップダンスは嫌ですよ。『あの女はどこの誰!?』なんてドロドロの昼ドラ展開に巻き込まれるのはごめんっす」

「いやいやいや。ねぇよ、馬鹿。お前は俺たちの事をどう見てんだ」

「あと一手で完成するN²爆弾(架空の兵器)

「なんだそりゃ」

 

 面倒なことに、また話が恋愛方面にずれようとしていた。

 

 少々辟易としたが、普段から無茶苦茶やっている身としては"爆弾"という例えは妙に的を射ているのであまり強くは言い返せない。

 

「ははっ、流石に冗談っすよ」

 

 俺の不満を感じ取ったのか、大場はすわりが悪そうに頭を掻いた。

 

「まぁパイセンみたいな男性に告白なんて大それたことは不可能でしょうし、これ以上面白そうな話を聞き出そうとするのは諦めるっす」

「あのさ大場。ここまで散々否定しておいてなんだが、流石にチキン野郎扱いなのは屈辱的なんだけど、俺」

「だってそうっしょ? 隣に私みたいな天使ちゃんが居ながら、未だに口説き文句の1つも出てこないなんて……!!」

 

 ニヒルに笑いながら、大場はこちらを挑発するように下から俺を片目でのぞき込む。

 

「およよのよ…………あぁ、私はなんて可哀想なのでしょうか!! 穢れた下界に落ちた身なれどこの姿形は神の御使い!! 本来なら世の男性を魅了してやまないのに、このような酒にしか興味が持てない男性と夜に密会なんてぇ…………神は死んだ!!」

「口説かれたいなら、その取ってつけたような中二病はやめてくれよ……」

 

 暗黒堕天使ヒカリちゃん、が彼女の真なる通名らしい。

 

 スゲー馬鹿。ウルトラ馬鹿だ。

 

 だが彼女の場合、これをわざとやっているのだからちょっと扱いづらい。おどけるにしたって、もうちょっと他に選択肢があったと思う。

 

「んん……自分では結構カワイイと思うんっすけどね、この中二設定。萌えません?」

「この際はっきり言うが困惑の方が大きいぞ。今からでも普通の女子大生に戻れよ」

「いやぁそれが、やってるうちに抜け出せなくなっちゃったというか、もうきっと元には戻らないと言いますか……やめられないと言うか」

「役作りの深淵に飲まれてんな……」

「おっ、パイセン、今の中二ポイント高いっす」

「うっわ。なんかすげぇヤダ、それ」

「……ふふ」

「……はは」

 

 そう言って、何が面白いのか俺にも分からなかったが、2人してケラケラと控えめに笑った。

 

 ……なんというか、中身のない会話がのっぺりと続いている。

 

 でも全然、それが嫌じゃない。むしろ超楽しい。

 

 酒に揺られ、頭空っぽで死ぬほどどうでもいい話をするのが俺はたまらなく好きだった。

 

 こういう時にこそ、無上の幸せを感じる。

 

「……そうだ大場。今日、どのくらい飲むつもりだ?」

 

 空になったグラスを横に置き、追加の酒をオーダーするためメニュー表を手に取る。

 

「酒、初めてなんだろ?」

 

 大場は20歳になったばかり。

 

 今日のお題目は、この前奢ってくれた飯へのお返しと、大場に初めてのお酒を楽しませるという物だった。

 

「もちろん、行けるところまで行くっす。お隣に、この世で一番信頼のおける大先輩が付いてるっすからね」

「ははっ、持ち上げてくれるねぇ。安心しろ、潰れてもタクシー代くらいは出してやるから」

「へへへっ、どうもどうもっす」

 

 実際、大場の様子には結構注意を払っていた。

 

 チビチビ飲めよと酒が来た際に釘を打っておいたので、彼女の飲むペースは非常にスローリー。言動も普段と同じ通りにイカレている。隣で見ていて何も問題はない。

 

 まだ確証は得られないが、おそらく彼女は結構飲めるタイプの人間だろう。

 

「あ、パイセン、甘い煙草分けてください。お酒と一緒にやってみたいっす」

「やめとけ。ニコチンとアルコールの同時摂取は一気にくるぞ」

「ちぇー……またヤニクラしたかったっす」

 

 本当に残念なのか、彼女は口を尖らせて紙ストローを咥え、いじけた様子でカクテルを飲み下す。

 

「………………」

 

 酔う兆候がまるで見えない大場を横目で観察しながら、ふとした所感に至る。

 

 もしもの話、大場がこのまま酒と煙草にハマってしまったその時はアイツらを彼女と引き合わせてみるのも面白いかもしれない。

 

 あの3人には姉御肌じみた所がある。後輩であり、酒と煙草初心者である大場をきっと名一杯可愛がることだろう。

 

 そうなれば、安瀬と猫屋と西代と、大場の4人で、女性だけでしかできない飲み会なんてのを開いて大いに盛り上がる事もあったりするのかもしれない。

 

(……ふふ)

 

 酔いのせいか、そんな笑顔が絶えなさそうな飲み会を1人で妄想し、無性に心が温かくなった。

 

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