こましゃくれり!!   作:屁負比丘尼

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ラブコメの邪神

 

 半荘1回勝負。飛びなし。オープンリーチなし。終局時のチーム合計点棒が多い方を勝者とする。最初に垣蔵さんが語った麻雀のルールはそんな物。

 

 これからその細部を詰めていく所だ。

 

「このテーブルでやるってことは手摘みですか?」

「あぁ。ここの入り口はとにかく狭い。ばらすのが簡単な木のテーブルならともかく、自動卓を運び込むのは手間だったからな」

 

 絶対に嘘だな。その気になれば持ち込めたが、この爺さんは手摘みの楽しさを優先したのだろう。

 

「おっと失念していた。手摘みだからな。不正があった場合の処分を決めておかねば」

 

 俺の予想通り、爺さんは早速布石を打とうとする。

 

「イカサマは役満と同等の罰符とする。ただし、現行犯や確固たる証拠を指摘した場合のみだ。綾をつけて罰符を押し付けるような行為を防ぐためにな。異論はあるか?」

 

 異議を唱えることなく、俺を含めた全員が無言でルールを承諾する。

 

 要約するとイカサマありだ。ペナルティを強制敗北にしない時点で語るに落ちている。

 

「………………」

 

 ルールを把握した俺は脳内で自身の立ち位置を再確認する。

 

 俺はこの夫妻の事が別に嫌いではない。

 

 娘をいきなり海外移住に誘おうとしているあたり世俗とずれた感性はしているのだろうが元々が非凡な家系だ。常識の違いは気にしない。それに以前西代から両親の話を聞かされた際、彼女は誇らしげな微笑を浮かべていた。珍しい表情だったのでよく覚えている。

 

 過ごした時間は少ないのだろうが、きっと家族仲じたいは綺麗な糸で結ばれているのだろう。

 

 そんな夫妻には礼儀正しく接しておきたかったが、現状を維持したいという俺の身勝手なエゴのため、勝負が終わるまでは鼻もちならない人間を演じる事にする。

 

 怒りは冷静さを欠かせ、嘲りは慢心を産みやすい。

 

 ……まぁでも、何の意味もないが自己中のクズですいませんと心の中では常に謝罪しておこう。

 

「さて、ではリク。渡しておいた雀牌をここへ」

「待て親父。牌は俺たちが持参した物を使わせてもらう」

「なんだと?」

 

 実質イカサマを容認するルールを認めたと言うのに、ここにきて牌の方には物言いが入った。

 

「儂が用意した牌など信用できんと?」

「当たり前だ。この世であんたほど信頼できん人間はいない」

「はっ、随分と嫌われた物だな」

 

 居心地の悪い不和の空気が2人の間で流れる。過去に何があったのかは知らないがこの2人の確執は相当に深そうだな。

 

 勝負前のせいか梨鈴さんは仲介に入らない。俺も、今度はフォローはしなかった。

 

「……これを持参した。仕掛けは一切ない事を保証する」

 

 五歛さんは掛け声と共に、バックから取り出した未開封の麻雀牌をテーブル中央に置いた。

 

「竹牌、ですか」

 

 出された牌を見て思わず呟いた。

 

 練り牌とは違い、裏面が竹の牌は傷や経年劣化度合いによるガン付けイカサマが比較的にやりやすい。もちろん出されたものはビニールで包装されていた新品の物だが、わざわざ持参してきたのだ。どう考えても怪しい。

 

「竹牌か……まぁよいだろう」

「え、垣蔵さんいいんですか? 確かにぱっと見は何の仕掛けもなそうですけど……」

「構わん。麻雀初心者の梨鈴さんにはちょうどいいハンデになる」

「はい?」

「あらあら。何をおっしゃっているの分かりませんわ」

 

 やり取りの内容が分からず首を傾げたが、すぐに美術商という異色の経歴に思い至る。

 

 真贋入り混じる絵画を見極める慧眼があってしかるべき職業。観察眼と絵柄に対する記憶力は常人の比ではないだろう。

 

(ま、まさか竹の木目を全部覚えてたりしないよな。いや、それは流石に人間技じゃないか……)

 

 だけど三元牌(白 發 中)や場風牌となる東南くらいは覚えてきているかもしれない……ちょっとヤバいな。少しだろうが牌を透かされたら直撃を取るのが一気に難しくなる。

 

「……垣蔵さん。この2人はどの程度打てるんですか?」

「さっき言ったが梨鈴さんは初心者。五歛は若い頃、儂が直々に仕込めるだけ仕込んだ。この麻雀が決まったのは2週間前だったからな。事前の練習で腕の錆びは落としてきただろう。儂も本気でやらねば」

「げぇ」

 

 これまた厄介な話だった。爺さんの麻雀の腕がどの程度の物か知らないが、今朝やったポーカーでのイカサマを見る限りきっと並ではない。

 

 その爺さんが直々に仕込んだと言っているのだ。俺が真正面からやりあっても勝ち目はない。梨鈴さんとのコンビ打ちも考慮するとゾッとする。正直言って油断していた。

 

「ちょっと垣蔵さん、なんで竹牌なんて許したんですか」

 

 西代夫妻に聞こえないように、爺さんに小声で耳打つ。

 

「通しの符丁も決めてない即席コンビじゃ厳しいですよこれ。3対1でも良いって言ってたから、俺はてっきりカモよりなのかと」

「これは最終試験と言っただろう」

 

 俺の小さな非難は、思ったよりも厳しい声音で返された。

 

「儂は友人(おもちゃ)には実力を求めるタイプだ。孫の伴侶なら尚更よ。人柄には満点をくれてやるが器量はまた別。ちゃんと儂を勝たせろよ、梅治」

「…………色々とツッコミ所がありますけど、あんた絶対に友達少ないタイプでしたよね」

「ふふっ、血だな。あの子と一緒だ」

 

 嫌味を獰猛な笑みで返しながら垣蔵さんは雀牌の包装を破り捨てた。

 

 それがこの親権麻雀の開戦合図となった。

 

************************************************************

 

 窓のない地下室。カバーがされていない剥き出しの蛍光灯だけを光源とした寂れた雰囲気の中で俺たちは牌を打ち続けていた。

 

 麻雀は既に東二局1本場(三回戦目)に突入している。

 

 俺は手牌を見ながら、ここ2戦で得た情報を冷静に解析する。

 

 山を積む速度というのはそのまま麻雀の熟練度に直結している。そしてその平均速度は爺さん、五歛さん、俺、最後にかなり遅れて梨鈴さんとなった。事前情報通りの結果。梨鈴さんが初心者というのに偽りはない。

 

 卓の席順は俺と爺さんが隣り合わせだ。西代夫妻も同じく。四角のテーブルを斜めに切る形でチームが分かれている。

 

 この場合、もっとも気にするべきは麻雀における東西南北の自風ではなく、対面に誰が座っているかという点だ。

 

 垣蔵さんが親だった初戦の第一局は、対面に座している五歛さんが入念にイカサマを見張り、その間に梨鈴さんに安手で上がられた。

 

 怪物ジジイの親があっさりと飛ばされたのを鑑みるに、両者の技量はほぼ等しいと考えてよい。

 

 そして、サマがバレた際の罰符は32,000点。飛びなしとは言っても重すぎるペナルティ。安易な積み込みやすり替えはできない。このペアは達人の読み合いみたく互いのイカサマを見張って牽制し、同時に停滞している。

 

 で、そうなると手が進みやすいのは俺と梨鈴さんだけになるのだが……。

 

「ツモ。役牌、ドラドラ……ごめんなさい、これって2000点オールで合ってるわよね?」

(またかよ……!! これで3連続だぞ!? この人ヤバすぎる!!)

 

 既に三連荘。梨鈴さんは第一局で垣蔵さんの親を飛ばしてから、自分の親を継続させていた。

 

 とにかく聴牌までの速度が異常に早い。本当に竹の目なんかを読んでガン牌している。それも役牌28枚だけじゃなく、136枚中の半分は覚えてきているだろう。

 

「大丈夫だ、梨鈴。点数は合っている。次もその調子で頼んだ」

「任せて。次もしっかり、私が頂くわ」

(ば、化け物め……)

 

 俺は以前に西代が『僕の両親はかなり規格外だよ?』と言っていたのを思い出していた。あの言葉に誇張など一切ない。人間としての作りの違いを思い知らされている。

 

 早い上がりを目指しているせいか鳴きが多くて点数は安いが、このまま連荘が続くとそれだけで勝負が決まりかねない。

 

「…………ふん」

 

 荒い鼻息を聞いてそちらを向くと、垣蔵さんが責めるような視線で俺を見ていた。

 

 自分の親が飛ばされ連荘されているせいか、明らかにイラついている表情だ。早くどうにかしろとこちらを急かしている。

 

(はいはい、分かってますって……ちゃんと対策は打ってます)

 

 無言の催促を軽くいなし、俺は次局のため手牌を崩した。

 

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 東二局2本場。続く梨鈴さんの親。

 

 好調に連荘をする梨鈴さんは鼻歌交じりに山から牌を取り、ゆっくりと手牌を作っていく。裏面から牌が透けて見えるのだ。俺とは違い自分の積んだ山を少しでも暗記しておこうとする必要はない。

 

「…………あ、あら?」

 

 しかし、梨鈴さんが視線を手牌から場に移した瞬間、ご婦人の手は行き場を失ったように中空に留まり固まってしまう。

 

「ん、んん? えぇっと、これは、えっと…………あれ?」

「梨鈴、どうしたんだ?」

 

 頭痛をこらえるように梨鈴さんは額を抑え、同時に目頭を何度も揉みしだく。その様子を夫である五歛さんは心配そうに見つめる。

 

「……梨鈴?」

「い、いえ、その…………ごめんなさい、あなた。慣れない事をしたせいで目に疲れがでちゃったのかもしれないわ」

「そうか……まぁ初めての事だ。仕方がない」

(よし、効果が出てきたな)

 

 突発的な梨鈴さんの不調には当然理由がある。

 

 俺が十徳ナイフを使って竹の目筋を偽装し増やしたせいだ。

 

 自然に見えるような精密さと、細工がバレない隠密性が求められたせいで3局もかかってしまったが、効果は覿面。

 

 もちろん全ての牌に細工など出来ていないが竹の目なんて物を利用した精密なガン行為に少しとはいえノイズが混じったのだ。途端に全体像は崩れだし、段々と自分の記憶を信じられなくなってくるはず。

 

「えぇっと……これかしら」

 

 先ほどの自信満々な打牌とは違い、恐る恐るといった様子で梨鈴さんは河に牌を捨てる。

 

 いい傾向だ。このまま牌への細工を続けていけば、麻雀初心者の梨鈴さんはあと数局で置物となるだろう。

 

 そして実際に、この局は流局となり梨鈴さんの連荘はここで終わった。

 

 早くも8000点(満貫相当)を稼がれてしまったは中々に痛手だったが無双される前に対策を打ててよかったぜ……。

 

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 次局、五歛さんの親番。

 

 もちろん俺の警戒度はマックスだ。手牌が悪かったので早々にベタ降りを決断をする。

 

 ツモ上がりはどうしようもないとして、チーム合計点が勝敗に繋がるこの麻雀では相手チームからの直撃は何としてでも避けたい。

 

 牌が分からなくなってきた梨鈴さんも狙われるのが怖いのか俺同様に降りの姿勢。この局は実質、爺さんと五歛さんの一騎打ちになっている。

 

(本当は垣蔵さんの手助けに回るべきなんだろうけど、この2人が裏で何やってるか分からねぇしな……)

 

 単純に技術のレベルが違う。度々、何かをやったであろう痕跡は見受けられるがそれ以上は踏み込めない。そもそも山作りの段階で圧倒的な速度差を付けられた時点で俺にできる事など皆無。プロの試合に、道楽でやっているだけの選手が混じっているような物だ。

 

(ここは余計なことをせず、垣蔵さんを信じて見に回ろう)

 

 まぁこの怪物ジジイなら俺の手助けなしでもこの局を無事に乗り切ってくれるだろう。結果として1回くらいはツモ上がりされるかもしれないが必要経費だ。

 

 俺はとにかく放銃してしまわないよう安牌を吟味しよう。

 

「ロン」

「……え!?」

 

 だが終局間際、俺の予想を裏切って事態は恐るべき方向へと発展する。

 

「立直、断么、三暗刻、ドラ4……親の倍満で24000だ」

 

 捨て牌が三列目に届き流局になりそうになった局面。

 

 五歛さんが、爺さんから直撃を取った。

 

(おいおいその点数はまずいって……!!)

 

 何が起きたのかは俺程度では理解できなかった。

 

 平打ちで幸運が舞い込んだのか、はたまた垣蔵さんがミスをしたのか、それとも五歛さんが技術で上回ったのか。

 

 俺は答えを求めて反射的に垣蔵さんの顔を見た。

 

「む、ぐっ……」

 

 垣蔵さんの顔には屈辱と困惑が浮かび上がっていた。こちらも何故振り込んでしまったのか理解できていない表情。

 

 それを見る限り、平打ちでのミスはない。

 

「ふん。耄碌したな、親父」

「き、さ、まぁ……!!」

 

 老翁の相貌に鬼が宿る。息子に出し抜かれた事実に垣蔵さんは憤慨し、歯を噛みしめていた。

 

(やっべ、煽られてクソキレてる……!! これは何とかしないと後に響くぞ)

 

 ここで冷静さを欠き、親の連荘でもされて2人の格付けが済んでしまえばあとは技量差で蹂躙されるだけだ。

 

 緊急事態を前にして、俺は相方のフォローに全心血を注ぎこむ。

 

(技術的な土俵での勝負は俺には分からない。なら俺が精査するべきはそれ以外か?)

 

 対局に集中していた爺さんの心理的な死角……爺さんの意識から外れていそうな物は何かないか?

 

 俺はこの人のことをそこまで詳しく知っている訳ではないが、それでも必死で頭を捻り、手掛かりになりそうな何かを掘り起こす。

 

『そもそも、親族で儂に文句を言う奴なんて桃くらいしかおらん』『劣等感をバネに自分を必死に磨き上げ、研磨する……どうだ、愛くるしいだろう?』

 

『今日はリクの誕生日だ。何か不手際があっては可哀そうだ』

 

 少ない過去の記憶を手繰り寄せ、俺はそこにあった歪な愛情を見つけた。

 

「垣蔵さん、東城リクは何で立会人なんかに選ばれたんですか?」

「…………」

 

 俺の一言で、怒髪天が瞬く間にして凪ぐ。

 

「なるほどな」

 

 それだけで垣蔵さんはこのイカサマの全容を把握した。

 

「リク、儂の後ろには立たないようにしなさい。梅治の方にもな。要らん誤解を招く」

「……はい。分かりました」

 

 自分に不利益を働いたとは思えない声音で、東城垣蔵はやんわりとそれを遠くへ追いやった。やはりどんなに化け物じみた人間でも孫には甘いらしい。

 

(西代同様に可愛がっている孫を使った通し……まぁシンプルに強力だわな)

 

 通しによって手牌を把握し、将来浮いてきそうな牌を予想して誘導するように河を作り、それを掠めとる強手をじっくりと育てる。いつかは絶対に直撃を取れる手段だ。

 

 ただ、相手の親でそれが炸裂してしまったのは不運としか言いようがないな。

 

「まさかリクが儂に歯向かってくるとはな。搦め手は苦手だと思っていたが中々どうして。男子三日会わざれば……か」

「爺さん、複雑な心境な所申し訳ないんですがさっきの質問に答えてくれませんか? 勝負で知らない事は減らしておきたいので」

「ん、あぁ。実はな、この勝負儂が負ければ遺産の相続先を桃からリクの父親に変えることになっている。負ければ十中八九、あの子は海外に連れ去られてしまうからな」

 

 やはりか。立会人は風見さんでも十分だったはずだ。なのに東城リクが出張ってきているのは少し違和感があった。

 

(……でも西代を嫌ってる癖してその両親はちゃんと使うんだな)

 

 西代と東城リクは嫌悪し合っているので、てっきり両親とも敵対しているのかと…………いや、単純に西代夫妻は何も知らないのか? 外国にいる2人が実家内の政治に詳しいとは思えない。西代も両親が不安になるようなことは口にしないだろう。

 

(意外と狡猾で厄介だな、東城リク)

 

 ぶちのめす計画は慎重に練らなければ……爺さんの手前もある。大っぴらには手出しができない。

 

 本当に面倒な野郎だ。知れば知るほど報復が遠のいていくな、クソッ。

 

「それに五歛が生意気にも桃を縛る遺産など要らんと強く反対した。金はともかく土地や建物など渡されても邪魔なだけだと」

「当然だ。ジジイの絞りカスを託されようとして、きっとあの子は迷惑している」

「ふん、それは自分たちの事か?」

「俺たちはあの子の意思を最大限尊重する。無理やり押し付けようとしてるあんたと違って、桃が移住を拒めば俺たちは喜んで諦める」

「ズレとるのぉ、お前は。まぁ所詮は偶に顔を出すだけの父親もどき。その程度しか桃を思いやれんのは当然か」

「あの、その辺りは俺抜きでやってくれません? 聞いててシンプルにウザいんで」

 

 親と祖父の醜い言い争いに嫌気が差し、つい本音がぽろっと漏れでる。

 

 現時点でチームの合計点棒差は64000点。ただでさえこちらはとんでもなく劣勢だ。今は麻雀だけに専念にさせてくれ。

 

「……部外者は気楽でいいな」

「あぁん?」

 

 予想していない所から俺への非難が絡んでくる。

 

 サマがバレて入口近くに立たされた東城リクだ。

 

「なぁ自分が仲間に入れなくって寂しいの分かるけどさ、外野は黙っててくれないか? こっちはこれでも集中してるんだ」

「俺は、この勝負お前だけ何も失わないのが気に入らないと言っている」

 

 俺の言葉など耳に入っていないのか、東城リクは自分の不満だけを強引に語った。

 

「…………へぇ、そう」

 

 ついている。

 

 今朝ボロ負けしたせいか、特大の運が俺の方に向かって雪崩れ込み始めてきやがった。

 

「うんうん、そうだな。確かにお前の言う通りだ。でもその話長くなるなら後にしてくれないか? 見ての通りまだ勝負の途中だ」

「この勝負に負けたら、お前はもう東城家の問題に関わるな。桃とも別れろ。どうだ、これでお前にも失う物ができる」

「分かった分かった。もうそれでいいって。俺にはどうでもいい話だ」

 

 桃とも別れる、どうでもいい。その投げやりな言葉を聞いて西代夫妻は不愉快そうに眉をひそめた。

 

 だが逆に俺の心は歓喜に荒れ狂う。

 

(来た、来た、来た……!! 獲物が自分から狩場に躍り出て来やがった!!)

 

 勝っても負けても、本当に西代の益になるのか不透明な麻雀。そこに明確な光が射しこむ。

 

「ただな、お前も何か賭けろよ」

 

 西代にあんな暴言を吐いたクソ野郎。そいつを心の底から後悔させることができるチャンスが目の前に現れた……!!

 

「そうだな……俺が勝ったらお前は東条家の跡目になるのを諦めるって言うのはどうだ?」

 

 暗に、金輪際西代と関わるなと強く宣言する。負けた時のことなど考えない。こんなチャンスは二度と来るか分からないのだから。

 

(前回の爺さんとの勝負に加えて、これで東条家からの全てのやっかみを西代からシャットアウトできる……!!)

 

 いつも何も解決できなかった俺が!! 事態を悪化させるだけだった俺が!! この勝負に勝つだけでやっと!! やっと1つ!! 目に見える何かを返せるかもしれない!!

 

「…………ムカつくんだよなぁ、お前」

 

 異常な心拍数を叩きだす心臓をなんとか抑え、勝利のために自分の立ち位置をもう一度頭に叩き込む。西代夫妻の前での俺は、鼻もちならないクソ野郎だ。

 

「顔が良くって、背も高くって、金持ちで。見てて自分が惨めになるんだよ。だけどそんな奴の足をな、引っ張ってやるのが俺の小さな喜びってわけ。分かるか?」

「…………」

 

 とことん矮小。東城リクの目は、明らかに俺を下に見ている物だった。雲客であられる身分からすれば、俺は路上に捨てられた生ゴミに等しいのだろう。

 

 そしてその腐臭はこの部屋全体を包み込み、垣蔵さん以外の人間は不愉快そうに顔をしかめる。

 

「いいだろう。その条件を飲んでやる。お前のようなカスがここから勝てるわけがないしな」

「よし。吐いた唾は飲むなよ……垣蔵さん、そう言った訳でいいですよね?」

「お、おい梅治。あまり老人の楽しみを減らさんでくれ」

 

 順調に悪だくみが進む中、垣蔵さんが珍しく焦ったような顔を俺に向け小声で耳打つ。

 

「リクは儂に認められようと足掻いている時が一番伸びるというのに……桃もリクも、人として歪んでいるからこそどんな大輪を咲かせるのかが老い先短い儂の貴重な楽しみであってな?」

 

 相変わらず歪み切った育成論だな……。獅子は我が子を千尋の谷に落とすを地で行ってやがる。

 

「あのね垣蔵さん。人をこんなことに巻き込んでおいてそれは流石に言いっこ無しじゃないですか? それにこれはお孫さんも望んでいる事です」

「…………はぁぁ。お前たちを会わせたのは失敗だったな。見誤ったわ」

 

 垣蔵さんは深いため息を吐きながら渋々といった様子で首を縦に振り、皆に見える形でこの賭けを了承した。

 

「なら再開ですね。いやぁ、個人的な趣向に付き合わせちゃってどうもすいません」

 

 卑屈気に謝り、俺は麻雀を再開させるため手牌を崩した。

 

(……細い道だが、勝ち筋はある)

 

 強い酒のおかげで手の震えはない。梨鈴さんは無力化したし、仕込みも上々、五歛さんのヘイトは十分に溜まった。

 

 俺の親番で仕掛ける。

 

(お願いします、神様)

 

 威勢よく本筋とは違った賭けを追加した身で、俺は情けなくも神に祈る。

 

(これからどんな不幸があっても文句は言いません)

 

 なので、あとほんの少し、一局を上がれるだけの幸運を俺にください。

 

************************************************************

 

 倍満を上がった五歛さんの連荘をかけた東三局1本場。

 

 これ以上の点差の開きは即敗北に繋がるので、俺は早々に爺さんの手に振り込みその場を流した。

 

 チームの合計点棒を競うこの麻雀では味方への振り込みはノーダメージとなる。もちろん相手へのダメージもないのだが、こればかりは仕方がない。

 

 そうして迎えるのは俺の親番、東四局。

 

 ここが俺が暗躍できる唯一の機会だ。

 

(よし、行くぞ……)

 

 俺は自分が積んだ牌の手前で、賽を振るふりをしながらそのままサイコロを自由落下させた。

 

 置き賽と呼ばれる不正に出目を操るイカサマ。腕を大きく振って本当に賽を振ったように見せかけるのがポイントだ。

 

 積み込み等のイカサマはそもそもサイコロの目を自由に操作できないと話にならない。出目によって取る山が変わるので当たり前だ。

 

「出目は5ですね。では俺の手前の山から──」

「おい」

 

 俺の賽振りに、五歛さんの待ったがかかる。

 

「サイコロは俺たちによく見えるようにして振れ……次はイカサマとして指摘する」

「分かりました」

 

 指摘されるのは織り込み済みだった。

 

 しかし、このサマは賽を振った置いたの言い争いになるから1回は見逃されやすい。それに元禄積みなどの大掛かりな積み込みをした形跡がなかったのも大きな要素だろう。

 

「あ、垣蔵さん。煙草吸ってもいいですか」

 

 山から牌を取り終え理牌に移ろうとするその瞬間、俺はこの部屋の持ち主に喫煙の許可を問いかけた。

 

「いいぞ。どうせここは偶にしか使わん」

「ありがとうございます────すぅ」

 

 手中に白を握りこみ、煙草に火を付ける。

 

「ふぅ」

 

 自然に牌から手を放し、理牌で五歛さんの視線が切れる瞬間を狙う。いくら警戒しようがこの瞬間ばかりはどうしようもない。それに俺は所詮、爺さんに呼ばれただけのおまけ。警戒はまだ薄い。

 

 俺は顔を上に向け煙を吐き、それに乗じて隣に座る爺さんの手配に手を伸ばした。

 

 理牌終わりの右端。つまりおおよそ浮いてるであろう牌を俺の白とすり替える。

 

「?」

「じゃあ親の俺から」

 

 何事もなかったかのように俺は不要牌を切り飛ばす。

 

 ツモ番は淀みなく回り、すぐに垣蔵さんの手番まで回ってくる。

 

「…………」

 

 俺が渡した白に未だ困惑しているのか、垣蔵さんは山から牌を引いたものの手が止まってしまっていた。

 

「爺さん、何ボーっとしてるんですか。早く打ってください。どうせ字牌でしょ?」

「……分かっている」

 

 そう言って、爺さんは俺が押し付けた白を切り飛ばした。

 

 ……先ほどのすり替えに意味はない。

 

「ポン」

 

 だがそれを鳴いたら話は全く変わる。

 

 この瞬間、西代夫妻の目に強い疑惑が走った。

 

 イカサマをほぼ容認している麻雀で俺が不審に賽を投げ、俺が爺さんを催促し、俺がその白を鳴いた。こうすることによって猛烈に匂い立つ強手が1つある。

 

 白、發、中での大三元。役満だ。

 

(まぁ当然ただのコケおどしなんだけど)

 

 俺が自身の山に仕込めたのはたった3枚の白だけ。中と發は相手に3枚引かせないように、2枚づつ王牌(引かない牌)となる方へ飛ばしておいた。

 

 これで他家の動きをかなり鈍らせられる。中と發は絶対に打てないとして、真ん中辺りも嫌なものだろう。

 

 まだ中盤戦という事もあり、西代夫妻は早々に今局を降りた。出来る事は俺のツモ順をずらそうとする鳴きのみ。十中八九ブラフだとバレているだろうが、万が一にでも親の俺が役満を上がれば勝負は振り出しに戻るどころか逆転まであり得る。

 

 これで伸びていくのは俺を気にしないくていい味方の爺さんの手牌だけだ。

 

「ツモ」

 

 策略にツキが乗った。

 

「立直、平和、断么九、ドラドラ。3000と6000だ」

 

 まさに育てあげたと言わんばかりの完璧なメンタンピン。先ほどの倍満とは比べれば微々たる点数だが、着実に相手を追いかけられる一手。

 

「爺さん、そりゃないですよ。俺けっこう強い手だったのに」

「はっ、強い手だろうと止められていれば無意味だろう?」

「いやまぁそうですけど。親番まで飛ばされちゃ文句も言いたくなりますよ」

「……っち」

 

 こちらのチームが初めて上がったまともな手を見て、五歛さんは面倒が増えたと言いたげな表情で舌打ちした。

 

************************************************************

 

 酔った振りをして積んだ牌を崩し、符号を思わせる世間話を爺さんと繰り広げ、唐突に意図が分からない(カン)をする。

 

 どれも意味深に見えるだけで、何の意味もない。だけど俺はイカサマ合戦に参加している風を必死に装った。

 

 これで爺さんだけではなくこちらを警戒させて相手の手を遅くすることはできる。

 

 残念ながら次の爺さんの親番は警戒され流局になってしまったが、実際にその次の梨鈴さんの親では垣蔵さんが親から直撃を取った。

 

 断么九のみの安手だったので爺さんは申し訳なさそうな顔をしていたが、失点=敗北必至の状況で相手チームの親を飛ばせただけありがたい。

 

 これでチーム間の合計点差はなんとか5万点を切った。このまま相手が俺のブラフに怯えて悠長に構えてくれれば針の先で突く程度には楽になりそうだが……。

 

「下らん小細工だな」

 

 当然、そんなハリボテの嘘は長くは続かない。

 

 南三局、五歛さんの最後の親番。終わりが見えてきたこの麻雀に終止符を打つ気概を感じさせる一打が場に舞い戻る。

 

「そういうのがやりたいならもう少し技量を磨いた方がいいぞ、ジジイのお気に入り」

(バレたか。まぁ二局なら持った方だな)

 

 五歛さんの打ち手に淀みがなくなった。俺の雑すぎる三味線と麻雀の技量は丸裸にされた模様。これで五歛さんが警戒するのは爺さんだけに戻る。

 

(けど、時間稼ぎは十分できた)

 

 俺はこの手牌が来るのを待っていただけだ。

 

「ポン」

 

 数巡後、俺は不用意に場に出た中を鳴いた。

 

「俺って白色が好きなんですよね」

 

 鳴いた次の手番、左隣の五歛さんがツモろうと山に手を伸ばそうとした瞬間、俺はそう呟く。

 

「……それが何だ。あからさまな符丁でのコンビ打ちは咎めるぞ」

「いえ、そう言った訳ではなくってですね。白も俺が好きなのか、勝手に集まってくるんですよ」

「? ……さっきから気持ち悪いやつめ」

 

 俺に真っ当な罵倒を投げかけた五歛さんは途中で止まっていた手を動かし、山から牌をつかみ取る。

 

「っ!!」 

 

 そして、引いてきた牌を見て硬直した。

 

 五歛さんがツモったのは白だった。

 

「こ、れは……」

「気持ち悪いって、酷いじゃないですか五歛さん。俺はただ好きな色の話をしただけなのに」

 

 俺に何故、他人が引いた牌が分かるのかは単純明快。

 

 先ほど白を3枚鳴いた時に、煙草の灰で少し汚れをつけておいたからだ…………いや、マジでそれだけ。梨鈴さんに比べたら低レベルにもほどがあるガン牌である。

 

「でもまぁ今日はどうにもその白の集まりが悪いみたいです。あと1枚がどうしても足りないんすわ」

 

 当然、こんなセリフも全部嘘。俺の手配はバラバラ。中を鳴いただけの三向聴(さんしゃんてん)

 

 しかし場にはまたも大三元を思わせる流れがちらつく。

 

「な、何故……積み込む素振りなんて何も……そもそも賽は親の俺が振って……いや、おいこの裏面の汚れ!!」

 

 不審に思った五歛さんはすぐに裏面に薄っすらと付着していた灰に気が付いた。

 

 まぁそりゃバレるわな。だってあからさまだし。

 

「あぁごめんなさい。煙草を吸った時に着いちゃったみたいですね。すいません、後で拭いておきます」

「そんな苦しい言い訳が通ると思っているのか……!!」

「通る」

 

 俺は激しい追及とは真逆の、一本筋の入った否定を返した。

 

「イカサマの指摘は現行犯や確固たる証拠を指摘した場合のみ。言い訳を用意させた時点で、これはそっちの落ち度です」

「そ、そんなバカな話が──」

「五歛さん、あんたサマの腕は凄いんだろうけど対人経験が足りてないよ。桃さんならその局で現場を咎めただろうし、そもそもこれが認められないのならあんな不完全な取り決めに彼女は同意なんかしませんよ」

「…………っ」

 

 娘を引き合いに出された事により、五歛さんは苦々しそうに閉口する。最後に煽りも付け加えておこう。

 

「さぁ、なんでもいいから早く打ってくださいよ。俺こんな勝負は早く終わらせて、娘さんたちと飲むつもりなんですから」

「……お前、結局娘とは一体どういう関係なんだ。本当にお前のような奴が桃と恋仲なのか」

「安心してください。お父さんが思っているような関係じゃなくって、もっと友好的な方のやつです」

「俺をお義父さんなんて呼ぶな。ぶっ殺すぞ」

「はははっ、すいません」

 

 ムカつく奴を演じるため適当に笑って見せる。

 

 で、でも本当にそういった意味で呼んだ訳じゃないんだけどな……。まぁ煽れたから今はそれでいいか。ここで俺の思惑通り白を打つのは癪だろう。

 

「っち、クソ」

 

 予想通り、五歛さんは白を持ち換えて別の牌を切る。

 

「ロン」

 

 乱暴な強打の後、垣蔵さんが手牌を倒した。

 

「なっ……!?」

「一盃口、清一色、ドラ4。24000点、三倍満だ。……これで先ほどの振り込みと無様なノミ手は帳消しにしてくれんか、梅治よ」

「そんな手を見せられて不満が言える奴なんてこの世にいませんて」

 

 イェーイ、流石おじいたま。ブラフ頼りの俺より遥かに強い。

 

 おそらく俺と五歛さんが口論になった隙を伺って自身が積んだ山から色々と抜き取ったのだ。ついでと言わんばかりに裏ドラもすり替えているあたり抜け目ない。

 

 相手にすると恐ろしいが味方だと頼りになりすぎる。

 

 詰まる所、この一連の騒動の狙いは五歛さんの手作りを邪魔する事でなく、爺さんにイカサマする余裕を作らせる点にあった。あのクソみたいな詭弁は何とか罰符を誤魔化せればそれだけで十分。

 

 これで西代夫妻との点棒差は僅か1400点。2度の仕掛けで逆転一歩手前まで漕ぎつける事ができた。

 

「それじゃあ次の俺の親でラストですね」

 

 気持ちを立て直す時間を与えないため、俺はそう言って手早く手牌を崩した。

 

「…………くそ、が」

 

 もっと何か言いたそうな顔をしていたが、五歛さんは短い悪態を吐いただけで洗牌に交じる。ここで遅れを取れば、牌を操作する時間が俺たちに増えるだけ。

 

 それが分かっているからこそ、彼の集中力はオーラスを迎えへて一気に跳ね上がる。

 

 一切の積み込みを許さない、鬼の眼光。爺さんだけではなく、俺の手つきにすら敏感に反応して忙しなく瞳を動かし続けている。

 

 そんな警戒されている中で、俺にできることなど当然ありはしない。賽子も適当に放り投げる他ない。なにより俺の仕込みは初めに白を鳴いた時点でもう終わっている。

 

 後はただ……小さな幸運を祈るばかりだ。

 

************************************************************

 

 最後の一局は、始まったその瞬間からポンとチーの宣言が四方から止むことなく飛び交っていた。

 

 なりふり構わない鳴き麻雀。きっと誰もが早い手が欲しいのだろう。

 

 どんな手だろうと先に上がったチームがこの麻雀を制する。

 

 いつも余裕な態度を崩さない垣蔵さんも、気品溢れる梨鈴さんも、西代に似てクールそうな五歛さんも、今ばかりは必死の形相で卓上に張り付く。

 

 複雑な色をした家族愛は異常な熱を帯び、ただただ勝利を追い求めていた。

 

 そしてそれは俺も例外ではない。

 

「ポン」

 

 断么九を目指しているであろう梨鈴から1索を鳴いた。

 

 ツモ順は変わり、俺が牌を捨てた後の手番は五歛さんとなる。

 

「……っ」

 

 一瞬、五歛さんと目が合った。

 

 言いようがなさそうな気色悪さ。焦りを滲ませる瞳からはそんな感情が伝わってくる。

 

 俺が五歛さんに引かせたのは、本日2度も焦点になった白。

 

(……その白の裏面には、最初に白を鳴く前にナイフで小さな印をつけておいた)

 

 少し注意を払えば直ぐに露呈するイカサマ。だが、事前に暴かれた灰汚れがそれを許さない。

 

 あの煙草の灰は、背面の印から視線を逸らすためのフェイクだった。

 

 二重底のガン付け。例え相手の方が技術が上だろうと、相方の目がどれだけ凄かろうと、そもそも見ようと意識しなければ気付きようがない。

 

(そして白が関わったサマは1つ目も、2つ目もブラフだった)

 

 どちらも実際に上がったのは垣蔵さん。俺はこの対局中まだ一度も上がっていない。勝負はオーラス。点数は僅差。娘の親権が掛かっている勝負。一刻も早く勝ち切りたい。もたもたしていたら他家に先を越される。

 

 何より、相手は先ほどから失礼な言動を繰り返す威勢だけのクズ。

 

 故に、その白は落ちた。

 

「ロン」

 

 積み上げてきた物が実る。

 

 俺は冷静に振る舞う事などできず、緊張に震えながら牌を押し倒した。

 

「混全帯么九、2000点。逆転です」

 

 妖怪まみれの半荘で俺が神に縋ってまで欲しかったのが、この一翻役のゴミ手だった。

 

「ぐっ……っ、ぐ、ぁ」

「そ、そんな……!!」

 

 決着は付いた。自らの敗北が受け入れがたいのか、西代夫妻は顔を青くして呆然とする。賭けている物の重さと、途中まで優勢だった勝負内容を鑑みるに、そのショックはきっと大きい。

 

「ぶはぁ……!!」

 

 だけどそんな傷心中の2人を気遣う余裕は今の俺にはなかった。緊張から解放された安堵感に身をゆだね、堰を切るようにして重い空気を吐き出す。

 

(さ、最後に白の単騎待ちに構えられてよかったぁ……そこだけがマジで運ゲーだった。俺が分かってたのって傷をつけておいた白3枚の位置だけだし……)

 

 やれるだけのことは全部やりましたが負けてしまいました、すいません。そんな適当な謝罪が許されるはずもない重たすぎる勝負。

 

 そのラストが運否天賦とか、もう、本当に勘弁してくれ。

 

 酒のおかげで何とか虚勢を張り続けられたがもう限界だ。酔いなんか最後に牌を倒した衝撃で吹っ飛んでしまった。

 

(マジでギリギリにもほどがある…………10回やったら9回は負けてたな、これ。というか酒が入ると後先考えなくなるのいい加減にどうにかしないと────)

「よくぞ掴み取った!!」

「いっ!?」

 

 気を抜いていた俺の背中がバシンッと強く打たれる。

 

「グハハハハハ!! お前は勝負強い男だな梅治!! 締めるべき要所という物がちゃんと分かっている!! ほれ、儂が直々に酒を注いでやる……!! 飲め、飲め!!」

 

 サイドテーブルに除けていた梨鈴さんの酒瓶とグラスを勝手に取って、垣蔵さんは勢いよく酒を注ぐ。

 

 この勝利は爺さんの楽しみも1つ減ることになっているはずだが、そちらよりも孫娘が遠くに行かずに済んだ事が相当に嬉しいようだ。

 

「……ははっ、そう褒めないでください。運が良かっただけですって」

 

 俺はグラスを受け取り、景気よく勝利の美酒を飲み干した。

 

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