僕は、何も間違っていない。
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中学生まで僕の世界は光に満ちていた。
それは決して比喩なんかじゃない。
体が弱かった僕が中学生までお爺様と風見と一緒に過ごした小さな集落。子供なんて毎年1人生まれれば御の字の寒村だったけどそこには綺麗な自然が広がっていた。
少し走ればすぐに息切れを起こすようなこの貧弱な体が、一般の人と遜色ないくらいに育まれたのはその環境のおかげだろう。
木々に、田畑と川。少ない学友、小説とゲーム……お爺様と風見。
僕は外で遊ぶことはしなかったけど、それでも同じ年代の子たちは優しく僕と遊んでくれた。まぁ、お爺様がその辺りの土地の大半を持っている大地主で、親から仲良くするように言いつけられていただけかもしれないけどね。
それでも僕の人生は確かに中学までは光り輝いていた。
ただ影すら知らずに育った若木に
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中学3年生になった時、僕の過ごした町村でダムが開発されることになった。一等地となったのは小中学校、農協、郵便局が密集した心臓部と言える土地。
4年連続で小学校への入学者が0人だった小さな集落にとって、それは事実上の廃村宣言。
このダム開発の発案者は、僕のお爺様だった。
それは良い事ではないが、別に悪い事でもない。移住する人には国から大量の支援金が出た。それも田舎の町村などにはあり得ない金額だった。
元より先のない限界集落。いずれ朽ちて枯れていく定めなら利用価値があるうちに介錯してやろう、という思想を主にお爺様が剛腕を振るわれた。
当然、大人たちの間では幾つかの衝突があったらしい。だけど子供だった僕らにとって、そんなのは神々が住まう天空での出来事だ。親から離れて生きられる年ではない僕らは神々が下した決定に従うのみ。
僕の場合は本家に住まいを移し、香川で一番大きな進学校へと入学を決めた。親戚である東城リクと同じ学校だ。
彼とは違って遠い中学校から入学した僕には、高校在籍中に友と呼べる人物は出来なかった。
15歳の僕は根暗で、無口で、人見知りで、運動が苦手で…………要するに自分から積極的に友人なんてのを作れるようなタイプではない。
本、スマホ、風見が作ってくれた弁当。休み時間になるとそれらを持って真っ先に教室から出て行き、1人になれる空間で、自分の世界に満たされていたんだ。
僕はひどくつまらない人間だっただろう。周囲も僕をそう認識したようで、高校生活が半年を過ぎても僕に友達と言える人間は1人もいなかった。
だけどそう悲観する物でもない。両親が常に居なかった僕は、孤独には耐性があり、1人を楽しむ術は知り尽くしている。
問題があったとすれば、それはやはり僕があまりにも周囲の世界に無頓着だった事だ。
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「す、好きなんだ。もし良かったら付き合ってくれないか?」
夕暮れ時の放課後。体育館裏のベンチで、僕は見た事もない上級生から告白された。
「いつもここで、お昼休みとか放課後に本を読んでいるだろ? だから、その……何と言うか…………読書している姿が、知的というか……あの、目からは離れなくって…………」
上級生は照れくさそうに、僕にそう語った。
体育館から僕を見ていたって言う彼はバスケ部……いや、ここの体育館を主に使っているのはバレー部だったかな? ……まぁ何にせよ、その辺りの部活動に所属し、練習中に横目で本を読んでいた僕なんかを見初めてしまったらしい。
「…………」
緊張した面持ちで僕の返事を待つのは、背が高く、顔は整っていて、サラブレッドのように美しい筋肉の付き方をした彼。
「……すみません」
悪い気分ではなかったはずだ。
僕の母親は女性としての魅力に溢れていた。そんな母から正常に生まれなかった僕には、あまり女性的な魅力はないと思っていたが、それは案外違うのかもと思えたから。
だって話した事もない女性に惹かれる要素は外見以外にはないはずだ。
でも、同時にそれが少し嫌だった。孤独を良しとしてきた身で何を贅沢な、と言われそうだが僕はもし恋人を作るなら、自分というつまらない人間を知って、理解し、隣でただ黙したまま一緒に読書に耽るような人ならと考えていた。
目の前の上級生はどう見てもその手の部類には入らない。
だから僕は告白を断り、そのまま無言でその場を後にした。
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『〇〇先輩が1年にフラれた』
2日も経てばその話は学校中に広まっていた。
どうやらあの上級生は学校で一目置かれているような存在だったらしい。
『なんかよ、かなりバッサリと断ったらしいぜ。貴方では私に釣り合わない、とか言って』
教室の隅っこで、クラスの男子たちはそんな下世話で騒いでいた。
『うっひょ~。めっちゃ強気じゃーん。西代ってマジで高嶺の花だな』
『まぁ実家が金持ちらしいし、あの顔なら実際にそうだろうよ。5組の東条君って知ってっか? 大金持ちの。西代ってあいつの親戚なんだぜ』
『え、そうなんだ。そりゃあ俺たち庶民はお呼びじゃないわな、ははははっ!!』
人の噂とは本当に恐ろしい。
中途半端に正しい情報が混じり、そのせいで愚かな誇張が幅を利かせる。
被害を被るのは渦中の人間だというのに。
「ねぇ西代さん。ちょっといいかな?」
その女生徒たちは、初めだけは人を安心させる柔和な笑顔を浮かべていた。
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女子トイレに連れられた僕はそれらの女生徒たちに囲まれていた。
彼女たちにこんな所に連れ込まれた理由は、どこにでもありそうな陳腐な物だ。
僕に告白した先輩の所属している部活にはマネージャーがいた。僕を囲んでいる女子たちの内の1人がそのマネージャーらしい。
そして、彼に片思いしていた。……なんとも良くある話だ。
件の彼女はとても複雑な表所を浮かべて僕を見ていた。泣きそうなのか憤慨しそうなのか、当人にでもきっと説明が難しそうな表情。
彼女は僕に何も言わなかった。怒りに湧き上がっていたのはむしろ周囲の方。
僕は彼女の親友を名乗る人物から激しい詰問を受ける。
そいつは正義は自分にあると言わんばかりに僕を苛烈に責めた。
『あんた一体どういう神経してるわけ!? 告ってきた上級生に対してあんな振り方して!!』『ちょっと実家が金持ってるからって調子乗ってんの!?』『ていうか〇〇が先輩を好きなのは知ってたよね!? 私たち教室でそういう話してたし!! あんたも聞いてたよねぇ!?』
この世で生きているのは自分たちだけだと言わんばかりの一方的な主張。頭が悪くて眩暈がしそうなほど支離滅裂な糾弾。
思わず呆れてしまったけれど、僕は事を穏便に済ませるために極めて冷静に事情を説明した。
その子が彼を好きな事は知らなかった。酷い断り方をした覚えはない。少し呆気ない返事だったかもしれないけど噂のような言葉は言っていない、と。
だけど僕の弁明は何も彼女たちには通じなかった。
嘘だ。お前は嘘を付いている。〇〇を傷つけたいがためにやった。自分よりはるかに人気者な彼女が気に入らなかったんだ。だってあんたには友達の1人もいないのだから。
僕がどんな弁明をしようが、それらは普段の僕の態度を持ち上げられて全て封殺された。友が傷ついたという大義名分と集団という優位性に浮かされ異常ともいえる怒りが僕に向けられる。
その異常性は、そもそも僕が体育館裏なんかで本を読んでいたのは先輩の気を引くためだったなどとまで中傷を発展させた。
もはやこの場は魔女裁判。魔女が火炙りにされるまで彼女たちの怒りは収まる事はない。僕はそう判断した。
『僕は何も悪いことはしていない』
最終的に、僕は囲まれた状態でそう啖呵を切ってその場から立ち去った。
本心からの言葉だ。馬鹿馬鹿しくってとてもこれ以上は付き合っていられなかった。よく覚えていないけれど苛立ちから睨みつけるくらいしたかもしれない。
そうして彼女たちの
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それは緩やかに、巧妙に、真綿で首を締めるように丁寧に為された。
初めは本当に下らない物から始まった。少し腹立たしいけれど声高に反発するほどの事ではない些細な嫌がらせ。
人の噂も七十五日だ。僕はそう思い、その嫌がらせをただ耐えきることにした。
昔の僕はプライドが高かった。今でもその傾向は強いけれど、昔は体が弱かったり両親が傍に居なかったせいか心だけは強くありたいなんて思っていたんだろう。
教師などの大人に頼る事を恥ずかしいと思い、自分だけで問題に立ち向かって打ち破りたいと考えていたんだ。
耐えることなど、何もしていないのと同義だとは欠片も思わずに。それが奴らのやり口なのだと思いもせずに……。
初めは私物を隠された。
耐えて過ごせば、目の前で教科書を破られ、鞄には虫を詰められた。
陰口を叩かれた。
耐えて過ごせば、それは人格否定へと発展し、僕だけではなく母親さえ淫売だと蔑まれた。
集団に囲まれた場で無関係なそいつらに形式的な謝罪を要求された。
耐えて過ごせば、謝罪は土下座に変わり、最終的にトイレの床に頭を押し付けられた。
スカートを下ろされ下着を晒された。
耐えて過ごせば、次は上着を剥ぎ取られ、断りもなくその姿を写真で撮られた。
脅されて金を要求された。
耐えて過ごせば、あの頃は長かった髪を粗雑に切られ、写真のせいで逆らえない僕へ暴力が振るわれるようになった。
その程度の事が、半年ほど続いた。
月日を経る事にその苛烈さは増していき、なんてことない嫌がらせから発展した空気感はそれが日常風景であると周囲に認識されていた。だから誰も声を上げて止めようとはしない。助けなんてどこにもない。
だけど僕は何も…………何も、苦しくなんてなかったさ。
あんな奴らに、あんな低俗な、奴らに、僕が、この僕が、屈すると? あんな知性の欠片も感じられない、他人を貶める事でしか快楽を感じられそうにない真の不幸者に僕の心を殺せるとでも? 狭い世界で王様を気取って正当性なんて微塵も存在しない迫害に躍起になってしまい、こんなことして後でバレたら社会的に終わるというのが分かってない本物の愚か者どもに僕が、僕が────────。
『ねぇいつも1人で恥ずかしくなんないの? 私だったら絶対ムリ。だってそんなの普通にキモいし』
『いやいやいや、それ前提が間違ってるって。そもそもこんなのに友達が出来るわけないじゃん』
『あはははは!! そ、そっか!! ごめん、そりゃそうだったね西代さん? ごめぇんねぇー? ゴミ溜めみたいな性格してるもんねぇー?』
『…………おい、なんか言えよクソビッチ。無視してんじゃねぇよ』
『前みたいに頭から水ぶっかけられたい? それともまた裸にしちゃおうか?』
『西代さんそんなに男子にチヤホヤされたいんだぁ……マジでウケる』
『てかさー、そろそろ学校辞めてくれない? 性病とか移されそうだからさぁ。あ、いやそもそも汚物なんだから肥溜めにでも突っ込んで死ねば?』
『あ、それって自殺教唆的にやばくない?』
『いやいや、こんなの冗談だって。そもそもそんな勇気ないでしょ、このブスに』
『それもそっか!!』
『『『『アハハハハハハハハハハハ!!』』』』
「う…………ぁ…………ぅ、くそぉ………ぅ、う……ぇ……うぅぅうぐっ、ぁ…………くそぉ、くそぉぉ…………」
今日の事を思い出して、自室のベッドで涙を流す。
悔しさと恥ずかしさと…………明日が来ることの恐怖で涙が止まらなかった。
「泣くなよぉ…………泣くなよぉぉ……ひっ、ぅ…………ぁぁあ……泣くなって……泣いたって……泣いっ、たってぇぇええぇぇ……」
誰も、助けてくれない。
だってそもそも僕は恥ずかしくて情けなくって、誰にも助けを求めていないのだから。
撮られた写真とか、両親を悪く言われても怖くて何も言い返せなかった事とか、体にできた痣とか。
恥ずかしくて誰にも言える訳がなかったんだ。
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その日は、暴力と謝罪だった。
放課後の資料保管室前で、僕は生きててごめんなさいと言うまで、蹴られて、面白半分に首を絞められ、髪を引っ張られていた。
彼女たちが僕を連れ込むのはトイレかこの資料保管室前の廊下だ。生徒も教師もここには滅多に近寄らないし、放課後なら尚更人は来ない。
「うぐぇっ……!?」
お腹を強く蹴られて息が止まり床に這いつくばった。体が全く動かなくなって、半開きの口から涎がぽたぽたと落ちる。
周囲はそれを、汚いと嘲笑う。
(…………だいじょうぶ……僕は、これくらい平気…………なんて…………なんてことないんだ…………)
嘲笑を浴びる中、こんなものは作業だといつも通り自分に言い聞かせる。こいつらが飽きるまで、涙と震えを抑え込むだけの作業。
「ぉぇ、くっ……………………ぁ?」
苦痛に苛まれ呼吸が出来ずに意識が遠のきそうになる中、僕は見覚えのある人影を見つけた。
視線の先にある遠い廊下に親戚のリクが通りかかったのだ。
手には大きな段ボールを持っていた。リクは生徒会に属していたから、溜まった資料でも保管室に運んでいたのだろう。
「……ぁ」
そして、遠くにいるリクと目があった。
もちろん嫌われていることは知っていた。
お爺様が僕の何を気に入ったのかは分からないけど、僕は東城家の跡目として選ばれ、リクからその利権を奪ったのだから。
でも……それでも僕たちは従兄弟だ。確執はあるけど血で繋がっているんだ。他人とは違う、特別な関係性なんだ。
僕はつい、本当に何も考えず反射的に
お願いだから助けてと、目で言った。
「……はっ」
あいつはそれを鼻で笑った。
鬱陶しい蠅が水に溺れて死にそうになってる、いい気味だ。そんな目をしていた。
彼は何も見なかった事にして、僕以外に気が付かれないよう音も立てずに引き返す。
(…………あぁ)
その時、脳みその中で切れてはいけない線が切れた。
世界を映す視界がグルグルと回りはじめ、暗雲が立ち込めるようにして水晶体が黒く濁っていく。
僕の世界に満ちていた日の光は、こうして完全に沈みこんだ。
この世に絶望した……とかセンチメンタルな事を言うつもりはないよ。ただただ悪い血が騒いで毛細血管を突き破り、この目に映る景色への価値観を別物へと変化させただけさ。
安瀬のように先天性ではなく、猫屋のように幼少期から暴力への英才教育を受けたわけもなく、陣内君のように酒でゆっくりと
僕はこうして、正義とか悪とか倫理とか法律とか道徳とかが。
全部どうでもよくなった。
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翌日、僕はお爺様に養子縁組の申請をねだった。
僕がこれから起こす事に両親を巻き込みたくなかったからだ。
特に父は演奏家、人気商売だ。きっと口さがない者たちが挙って娘の凶行を囃し立てる。西代の名のまま、お父さんの子供のまま、不道徳を貫くわけにはいかない。
東城の庇護下でなければこの計画はなしえない。
「ふふっ、よかろう」
お爺様は僕を見て何故かほほ笑んだ。
久しぶりのおねだりだったせいか、それとも僕の雰囲気が少し変わってしまったせいかはその時は分からなかった。
「やはりお前ほど儂の血を感じさせる者はおらんな」
「…………」
僕が何かしらの問題を抱えていることを一緒に暮らしているお爺様は気づいていただろう。そして、僕がされた事を知ったのならお爺様は絶対に助けてくれたという確信がある。
でも僕は詮索されることを拒んだ。だからお爺様は何も言わずに待ってくれた。
「儂のあらゆる伝手を使い、一月程度でお前の親権をもぎ取ってやる。それまでは待て」
「うん。ありがとね、お爺様」
「桃よ、良く聞きなさい。お前がやろうとしていることは間違いではない。失敗でもない。しかし成功でもない。だがお前は、その黒い胸の内に従って思うがままに生きなさい。儂はそうやって生きてきた。そうやって全てを手に入れられたのだ」
瞳が、もっと濃く濁っていくのを感じた。
「うん……僕もそうやって生きるよ」
僕はこの歪な祖父の事が好きだ。
きっとお爺様は何十年も前からこの光の当たらない世界の住人だ。それが今この瞬間はっきりと理解できた。
父さんと母さんには申し訳ないけど、きっとこの世で僕という化け物を理解して受け入れてくれるのお爺様だけだろう。
心の底からそう思え、僕は世界に1人きりじゃないんだという暗い安心感を覚えた。
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それから一月ほど、僕はまた耐えた。
決行までの日々はとても充足していた。これまでとは違って終わりのない暴虐に耐えるのではなく、目的意識を持って耐えているのだから当然だよね。
初めからこうしておけば良かったと思うほどだよ。
「でさー、昨日藤田とカラオケに行ったんだけどさぁ」
「…………ねぇ」
「?」
僕はホームルームが始まる前、姦しく談笑する女生徒に近づいた。
彼女は僕に告白してきた先輩が好きだった女生徒の親友を自称していた女。
いつも僕を率先してイジメていた主犯だ。
「……なに? え、てかなに普通に話しかけてんのお前?」
「きっとこれは取り返しのつかない失敗じゃない。僕の心が死んでしまう前に必要な儀式だったんだ。むしろこれで僕はこれからの人生を胸を張って生きていける」
「は?」
「復讐は前に進むために必要な儀式だ」
そう言って
ぐちゃ。
腕に全体重をかけて、力いっぱい深々と抉り取るように突き刺す。鋏越しに肉を押しつぶしながら進むブチブチとした感触が伝わってくる。
今まで受けた屈辱の全てをぶつけるように、僕はそれを破壊した。刺した凶器を捻り、ノコギリで木材を引くように何度も短く前後に揺すった。
時間にして1分が経過した頃。深く突き刺さった血まみれのそれを引き抜いたと同時に、教室内は阿鼻叫喚の地獄へと変わる。
鮮血が噴き出し、クラス中の誰もが僕の蛮行に震えあがり、異常者を見る目を僕に向けて恐怖する。
その中には僕が刺した女生徒の取り巻きも混ざっていた。僕が視線をそっちに向けると、そいつらはひっと小さな悲鳴を漏らし、ガタガタ震えた。
それはまるでこの世の全てを支配しているかのようで、どこか心地が良かった。
「はぁ…………すっきりした」
悲鳴と恐怖の坩堝の真ん中で、僕を清清しくため息を漏らす。心に溜まった汚らわしい澱物を全て輩出しきった気分だった。
「おっと、ごめんごめん。早くしないとね」
僕は血まみれの鋏を放り投げ、ポケットからゆっくりとスマホを取り出す。慣れた所作でロックを外しとある所へ電話を掛ける。
「あ、もしもし。すいませんが救急車を一台お願いします…………えっと僕、救急車を呼ぶの初めてなんですがこれで合ってますか?」
先に警察だったのかな。
僕は血だまりに足を浸しながら微笑みを浮かべ、そんな間の抜けた事を考えていた。
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復讐の代価は、全て計画的に支払われた。
『少女Tの復讐。その正当性はどこに』
翌日の新聞にはそんな見出しで僕がやった復讐が大々的に報じられる。思った通り、どの情報媒体でも僕のイニシャルはNではなくTとして報道されていた。
世間の反応は僕に同情的だったよ。
ニュース番組では頭の固そうな人たちが現代教育の不完全さに文句を垂れ、SNSではイジメの加害者などはこうなって当然でありむしろ勇気を振り絞った少女Tに敬意を表するという投稿が乱立。おおよそ予想通りの展開となる。
そのおかげか僕の傷害罪に対して科せられた罰刑は非常に軽微なものとなり、1年の執行猶予と3年の保護観察期間で済んだ。多分、お爺様が裏で色々と手を回してくれた事もプラスに働いたのだろう。
そこから僕は通信制の高校に再入学してほとぼりが冷め世間が僕という存在を忘れるまで自室に籠った。保護観察期間の3年が過ぎるまで、ひたすらに読書とネットで暇を潰し続ける日々。
でも息苦しさを感じた時なんかは、顔を隠して気晴らしにお爺様が経営しているパチンコ店に足を運んだ。
僕は罪を犯した。でも僕は自分がどうしても悪事を働いたと思う事ができなかったのだ。
現実と胸中とのすれ違い。それは僕を本物の非行へと誘い、とにかく熱中させた。
『こんなことお爺様以外にバレたら執行猶予なんて容易に吹き飛ぶ』なんて考えながら興じる賭け事は堪らなかった。最高にスリリングで病みつきになれるほどに。
無意味に減っていくお小遣いへの罪悪感と、軽犯罪に対する背徳感。
人生の下り坂をノーブレーキで転がっていくようなスリルは強烈な窒息感を僕に与え、大勝ちして誰にもバレず無事に帰宅できた際の安堵は絶頂以上の快楽で僕の脳をぐちゃぐちゃにした。
破滅という行為には陶酔をも超える悦楽が存在し、僕はそれを青春時代を捧げながら大いに楽しみつくしたんだ。
こんな風に、僕はあんな事をしたけれど何の反省もせずに自由気ままに生きていた。
凶器を振るったことに対して何の負い目も感じなかったし、罪悪感なんて物に苛まれる事もなかった。
ただ唯一後悔があるとすれば、それは両親に不必要な罪悪感を背負わせてしまった事だけだ。
『お前が辛い目に遭っている時に、何もしてやれなくてすまなかった』
自身の不甲斐なさに拳を震わせているように見えた父の姿は今でも目に焼き付いて離れない。傍に居たお母さんがさめざめと泣いている姿もだ。
悪いのはこのような体と性格を持って生まれてしまった僕だと言うのに、お父さんとお母さんに謝らせてしまった。この事だけは未だにずっと後悔している。
両親と顔を合わせるたびに、大事にならないようもっと上手くズタズタにしてやれば良かったと思った。
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とどのつまり僕はこういう奴だったという事さ。
僕を侮蔑し、貶め、辱め、存在すら否定する人間。そんな奴らには相応以上の報いを受けさせて必ず後悔させる。暴力だろうが親の権力だろうが、何を使ってでも相手の膝を折り砕き地面を舐めさせる。
自分の尊厳を汚す奴を絶対に許さない。
そんな子供のような愚かな意地を声高に主張して実行し、宿敵の血だまりの中で笑えるような人間。
だけど僕はこんな自分が嫌いじゃない。
僕の短慮に顔を
そんな奴らに、僕は『黙れ』と強く言える。
世界が光を失ったあの日、僕はあの行動のおかげで間違いなく強くなれた。何も間違っていないのだから自己を反省して自分を変える必要などない。
それにこんな僕にも大学に入れば自然と気の合う友人ができたんだ。
僕は友達なんて作るつもりはなかったし自然体に振る舞っていたつもりだったけど、奇特なアル中から向こうから勝手に近づいてきたんだ。ヤニカスと真の化け物もセットで、ね。
彼らは、ほんっっっとうに常識知らずで下品で騒がしい奴らさ。あのクズどもの乱痴気騒ぎに巻き込まれたせいでどれだけ酷い目にあったか僕は数えきれないよ、まったく……。
まぁ、だけど…………ね。
完全に暗闇だった世界に半分だけ光が射したような気がした。
影を知らなかったあの頃とは違って、そこは完璧な場所。暖かな日差しと厳しい影が調和した世界。
自分を変えずに貫き通した事によって、僕は幸せを感じられる時間を得ることができた。
だからあの時の選択は、間違いなどではなかったんだ。
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「なん、で?」
陰陽の調和が完璧に取れていたはずだった僕の心を、再び影が支配しようとしていた。曇った眼にあり得ない光景が映ったから。
「え? どうし、て……?」
僕は間違っていない。
その結論は今でも変わらない。
でもはたして彼はこんな僕の全てを知った時、何を思うのだろう。
そう考えた瞬間、寒さで震えが止まらなくなった。