昨夜の出来事から、だいたい12時間ほどが経過した。
夜はとうに過ぎ去り、そろそろ太陽が真上に昇っていそうな時分。白いカーテンを下ろした窓からは夏真っ盛りの強い日差しが布越しにも眩しさを主張している。
(死ぬほど面倒な事になったな……)
太腿のサイズが倍に膨れ上がったように見えるガチガチのギプス、裂けた側頭部を保護するための包帯、点々とした火傷に張られたハイドロコロイド絆創膏。
そんなミイラ状態で、俺は個人病室の天上を仰ぎながら頭を悩ませていた。
傍から見れば今は思考なんてせず安眠するべき重症に思えるだろうが、実のところはそんなに苦ではない。
たしかに微熱があるせいで怠さはあるけれど、こっそりとウーバーで頼んだウイスキーボンボンを食べているおかげで思考にノイズはなく、おまけに体中を駆け巡っていた痛みもぽんっと取れた。
手術終わりに目を覚ました時は痛みが酷すぎて意識を保つことすら億劫だったが、これなら普段と変わらなく頭を回せそうだ。やはりアルコールは神様が作られた偉大なる超飲料である。
(でも流石にこの仕打ちは恨むぞ神様……)
確かにこの前の麻雀勝負でどんな不幸にあっても文句は言わないと神様に縋った。だけどこれがあの勝負の代償というのなら負けていた方が良かったのではないかと思わざる負えない。
俺の頭を悩ませているのは体の状態なんかではなく、この怪我を招いた張本人。
通常なら心をへし折られて終わるはずだった復讐から黄泉かえり、墓地の石畳を食い破って這い出てきた不死身のバケモノ。
あいつが持ち込んだ問題は複雑怪奇で多種多様だ。これからどういった方針で動いていくかは幾ら考えても考えすぎという事はきっとない。
松葉杖で歩けるようになった瞬間、無理やりにでも退院するつもりなので短い入院生活になると思うがその間はずっと大場の対策を練らなくては。
(でもとりあえず、今は目の前の問題を解決しないとな……)
俺は視線を病院の天上から、お見舞い人の方へと移す。
「あのさ、母さん……その辺りで泣くの止めてくれない? ほら、俺はこの通りピンピンしてるわけだし」
「そ、そんな事言っても、あんたねぇ……」
ベットに横たわる俺の隣で母親がさめざめと泣いていた。
母さんは足が未だに変な方向にひん曲がっている息子の姿を見て、すぐにこうなってしまった。入室して暫く経っているが未だに涙がちょちょぎれている。
(この年になって親を大泣きさせるとか、もう、本当に、俺死ねば? 息子ガチャ大外れすぎてごめんなさいぃ……)
罪悪感で胸が張り裂けそうだった。この状態でも動けそうなので、泣いてる母の背を今すぐ摩って落ち着かせたい心情だ。それをやったらもっと泣かせてしまうだろうからやらないけど。
「…………梅治」
母さんが来ているという事は、当然父さんも来ている。
父はしかめっ面のまま厳格に俺の名を口にした。
「少し、聞きなさい」
「はい」
お説教の時間だ。心の背を正し、傾聴しよう。
「お前はもう私たちの庇護下で育つのではなく、1人で物事を判断できるよう、自立というのは何かを学ぶ年だ。話した事はなかったが俺は大学生活とはそういう環境だと思っているし、そう言うつもりでお前の大学費用を払っている」
「はい」
「もちろん、単車を乗り回して遊ぶのはお前の自由だ。何よりバイクはお前がアルバイトで稼いだお金で買った物だしな。それに初めて稼いだお金で私たちにプレゼントを買ってくれた事もちゃんと覚えている。父親として、お金という物の使い方を考えてくれてるようで安心したよ」
「はい」
「だけどな? こう立て続けに事故を起こして病院に搬送される事になると親としては心配になる……言ってる意味、分かるよな?」
「はい」
俺はただ、父を無言で肯定し続けた。
父さんは子供の頃から優しくって正しい。俺が間違った事をするとこちらに寄り添いながらも、冷静に過ちを諭してくれる。手を上げられたのなんて、働きも勉強もせずにふらふらと遊び歩いていたあの頃に一度だけだ。
「バイクにはもう二度と乗りませんし、買いません。免許を一部返納して、運転できないようにもします」
俺は敬語でそう答えた。
実は本当に事故を起こした事はないのだが、半年間で二度も病院沙汰を起こしたのだ。当然のケジメである。
「分かった。そこまで考えているのなら、私からはもう何も言わない」
「ごめんな心配かけて」
「いいや、いいんだ。お前がちゃんと私たちの気持ちを分かってくれるのならそれでいい」
「………………」
どうしてこんなにまともな両親から俺のような物が生まれてしまったのだろうか。せめてあと1人でもまともな兄弟がいてくれればと思わなかったことはない。
馬鹿で、嘘つきで、自己中心的な考えしかできない愚か者。今この瞬間ですら事故の真相を偽り、両親を欺いている。
(もはや病的だよな。虚言癖と言っても差し支えない。本当に終わってる……)
「明後日には再手術だったな。足にボルトを入れるんだって?」
「そうらしい。幸いな事に折れたのは太腿の中間辺りだったから腰と膝には影響なくって、それだけの処置で繋がるってさ」
「はぁ……それだけってなぁ、お前」
「あぁごめんごめん。分かってる。もう心配をかけるような目には合わないようにするよ」
大場と、あの藤田とやらを殺す時は完全犯罪でなければダメだ。両親にだけは迷惑を掛けられない。
西代は未成年だったとはいえ、その辺り本当にうまくやった。感心する。
俺は、西代よりも深慮しながら人の道を外れよう。
「すん、すんっ…………梅治、私たちの他にお見舞いに来てくれる人はいるの? ほら、西代ちゃんとか」
「え」
ようやく涙が収まった母さんの口から何故か西代の名が出てきた。
「あぁー……」
幾ばくか置いて、俺はその理由を思い出す。
正月に西代を連れて俺の実家に帰った時、俺は諸事情により彼女を恋人として紹介した。なんなら婚約者だと宣った覚えすらある。
時期を見て『別れた』とでも言いこの嘘に収拾をつけるつもりだったが忘れていた。そして、これ以上両親に嘘を付き続けることを俺は良しとは思えなかった。
「あのさ、俺って西代の事を恋人とか言ってたじゃん? あれ、嘘なんだよ。ごめんな、母さん。アイツの家、色々と複雑でさ。正月は実家に帰りたくないって言って俺についてきたんだ」
泣いてる母に嘘を白状するのは胸が痛い。
「でも西代は悪くないんだ。ほら俺って昔は遊び歩いてふらふらしてただろ? 恋人でもない女性を家に連れ込んでたあの頃に戻ったと思われたくなくってさ……」
「…………そう」
悲しみと受容を交えた表情で母さんは俺の嘘を聞き入れてくれる。自分が蒔いた種とはいえやはり心苦しい。
「それじゃあお見舞いには父さんくらいしか来てくれそうにはないわね……」
「? 母さん、お盆はいつも休みだろ? いや別に父さんだけでも十分ありがたいんだけどさ、今年は見舞いにこれないほど仕事が忙しいの?」
「そうなのよねぇ。今年は急な仕事が入っちゃったのよ……」
母さんの仕事は税理士だった。
俺なんかとは違ってかなり良い大学を卒業しており、大手の税理士事務所に勤務している。福利厚生がしっかりとしている所なので、今までは休みを返上して働く事なんてなかったのに……どうしてだろうか?
「実はね? 地方の大富豪様が、急に、遺産相続の担当をうちの事務所に変えたいって言いだしてね? しかも顧問税理士として何故か私を指名してきたのよ」
「…………」
地方の大富豪と聞き、猛烈に嫌な予感がした。
「前任者からの引継ぎとかもないから、資産整理とか節税対策の業務がどっと舞い込んできて……ちょっと今、事務所全体が大慌てなのよ……。心当たりがないのに社長や上司からはあんな太客をどこから捕まえてきたんだって詰問されっぱなしだし……この見舞いの後もすぐに事務所に帰らないといけないの」
「あの、さ。その地方って…………どこの県の事?」
「え? 香川だけど、それが?」
(あっっっっっのクソじじいっ!!)
俺の脳内に浮かんだのは、したり顔で白髭を撫でる老境の金柑頭だった。
ブルーに落ち込んでいた心が一気に沸騰し、やかん蒸気のように噴き出す。
(何考えてやがる!? 俺と違って母さんは超まともなんだぞ!? テメェみたいな人種が関わっていい人間じゃねぇんだぞ!? なのに俺だけじゃなくて俺の家族まで巻き込んで遊ぶつもりか!? ていうか俺の母さんが税理士やってる事をどこから聞きつけやがった!?)
ふっ、ふっ、ふざけるなよ!? マジでふざけんなよ!?
(ならこっちにも考えがあるからな!? 孫娘に二度と口をきいて貰えなくなるぐらいの悪行を暴露してやる!! 生きがいを奪って1人寂しい棺桶にぶち込んでやらぁ!!)
「まぁ悪い事ではないんだけどね。向こうは『末長いお付き合いを期待している』なんて言ってくれて、相談料を相場の5倍以上払ってくれているし。ふふっ、そのおかげで母さん、社長さんに今年の昇給とボーナスは大いに期待してくれって言われちゃった」
(ほんとに何が狙いなんだよあのジジイぃぃいぃいいいいいい!! 弄ぶのは俺だけにしてくれよぉぉおおおおおおお!!)
入室して初めて笑顔を見せてくれた母を前にし発狂しそうになる。
相場の5倍って、それって払い続けたら一体幾らになるんだよ!? メリットが絶大すぎて怖い!! 多分、俺の大学費用とか一瞬で賄える額だぞそれ!!
「はぁ……はぁ……!!」
「梅治? えっと大丈夫? 息が荒いけど、ナースコールしようか?」
「へ、平気。ちょっと考え事して知恵熱が出てるだけだから……」
「あなた子供のころから知恵熱なんて出した事ないでしょ」
「ぐっ」
幼少期の頃から何も考えず生活していたのがよく分かるお言葉だった。でもその通りだ。俺は複雑な事を考えるのは昔から大嫌い。
(お、お願いだから、これ以上考える事を増やさないでくれ…………もう俺の小さな脳みそはパンク寸前なんだよ……)
「じんなーいっ!!」
甲高い声と共にがらがらと病室の扉が勢いよく開かれる。
何事かと目をやれば、扉前には俺の学友である猫屋李花さんが居た。
何故か、学生服なんかを身に纏って。
「バイクで事故ったって聞いたけどだいじょーぶ!? わ、私、びっくりして飛んできちゃったよー!!」
「「「………………」」」
俺を含めた陣内一家の視線は、いかにも遊んでいそうな金髪の不良女子高生に集まる。
爪をネイルで彩り、スカートを短く折っているその恰好は現役の時そのままなんだろう。女子校っぽい青と白のシンプルなセーラー服と、彼女の肌艶の良さも相まってコスプレとはとても思えない。
「ぁ」
視線を一身に受けた猫屋が真っ先に意識を向けたのは、俺の両親だった。
「え、えっと…………か、家族団欒中の所いきなりすいません」
彼女は借りてきた猫のようになって一瞬で縮こまる。
「は、初めまして。私、猫屋李花って言います。じんな……梅治さんが事故を起こしたって聞いて居ても立っても居られなくなって、急いで来て、あの………お、お見舞いに参りました。そ、そ、その…………よ、よろしければ名前なんかを覚えておいて頂けると幸いです、はい……」
猫屋は顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに、けれど丁寧に俺の両親に挨拶をしてくれた。だが、やたらと畏まったその姿勢には『それよりも先に言うべきことがあるだろうが』という感想を抱かざる負えない。
「……おい、梅治」
父が困惑した様子でゆっくりと俺の方へ振り向く。
「お前はまだ若いとはいえ……未成年に手を出すのは…………ど、どうなんだ?? ゆ、許されるんだっけか? 父さん、ちょっとそこらへんよく知らな──」
「猫屋ぁ!! 今すぐ事情を説明しろぉおおおおお!! 今すぐにだぁぁああああああ!!」
俺は血を吐く勢いでそう叫んだ。
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誤解は案外すぱっと解けてくれた。
俺と猫屋はお盆終わりに学生服で遊園地に行くつもりだった。なので彼女は押し入れから引っ張り出してきた昔の制服を試着していたらしい。
そのタイミングで手術から目を覚ました俺の事故連絡が炸裂。彼女はそのまま財布とスマホだけ持って家を飛び出してきたという訳だ。
『大した怪我じゃないから見舞いは別にいい。特に安瀬と西代は帰省してて遠いからマジで大丈夫』と言っておいたが、そこに猫屋も加えておくべきだった。
両親は猫屋の説明に納得し、早々に俺と猫屋を2人にして帰った。だが去り際、母さんが見せた嬉しそうな顔が目に焼き付いて離れない。
絶対に誤解された。付き合うまで秒読みだとか思われてる……。
「ねぇー、変に思われてないかなー? 父さんとお母さんにー」
「思われてるに決まってるだろ……」
「そうだよねー……あぁ、やっちゃったなぁー」
猫屋と俺の頭を痛くしているのはまた別種の事柄だろう。
俺の方は新たな両親の誤解の出現であり、猫屋は変な恰好を友達の親に見られたと言う恥じらい。
はぁ……また考える事が増えてしまった。
「てか陣内、見かけよりも元気そうだねー?」
「まぁな。大怪我に見えるかも知れないけど、こんなのかすり傷みたいなもんだ。骨は綺麗に折れてたしよ」
お見舞いのリンゴを皮から齧りながら、俺は何でもないように答えた。
本当はまだ固形食を食べちゃいけないらしいが、まぁ、別に問題ないだろ。ボルトを入れる手術は明後日。その間、飯を抜けば胃は空っぽのはずだ。
「お医者様が言うにはすぐに退院できるらしいぜ? 一週間程度だ」
太腿骨折での退院は最短で2週間。怪我の度合いが酷ければ最長3カ月。俺の場合は他の怪我との兼ね合いがあるので本来なら1カ月の入院が必要だった。
「そっかー。良かったー……」
猫屋は簡単に騙されてくれた。その程度で済んで良かったと言うように1つ息を吐いて、彼女もお見舞いのリンゴを手に取る。
猫屋は大怪我を二度経験し、怪我の度合いの感覚がマヒっている。それは普段の言動からも察せられた。それに俺と彼女は一緒に入院していた事もある。あの時も俺の怪我は骨折だったし、同じような物と思っているのだろう。
「それでー? ついにやっちゃったのー陣内?」
「ん? なにを?」
「飲酒運転」
「ふ゛っ!?」
リンゴが気管を直撃し、強烈にむせる。
「お、おい!! テメェ、なんてこと言いやが──」
「いいって、いいってー、そういう嘘は。別に人を轢いてないのなら私は気にしないよー? ただ、これからは絶対にやっちゃダメだよ? 心配する人、いっぱい居るんだからさぁー」
「………………あ、あぁ、分かった。肝に銘じておく」
「うんうん。素直に犯行を認めるのは猫屋さんポイント高いよー?」
不本意すぎるが、今回はそういう事にしてしまおう。どうにもそっちの方が都合が良さそうだ。
ただ、死ぬほどイラつくがな。俺が飲酒運転にどれだけ気を遣っていたと思ってやがる!!
(大場のクソ野郎が。いや、これは藤田とやらのせいか。あいつ、マジで許さねぇ)
「と、ところでさー、この格好、どうかなー?」
殺意を膨らませていると、唐突に猫屋が不安そうな声をあげた。
「無理してるように見えてなーい? サイズは変わってないんだけどさー、やっぱり、久しぶりすぎてちょっと違和感、みたいなー?」
「あぁ?」
服の下に隠したイヤリングに手を添えながら彼女は、答えなんて決まりきった問いかけを俺に向ける。
(はぁ……んなもん、言うまでもないだろ)
腹の底に溜まっているチョコが混じったアルコール。それを意識しながら俺は猫屋のセーラー服姿をまじまじと眺めた。
(いやぁ超エロいな!! 目が至福すぎる!!)
学生服なんて高校生の時はなんでそんなに人気なんだ? って思ってたけど、卒業して3年も経つと不思議とよく見える。背徳感がスパイスになっているのか男心をくすぐって止まない。それにさっきから猫屋が足を組み替えるたびに白磁のような太腿が強調されて堪らねぇわ!! スカートが短いからパンツ見えそうだし!! 寝返り打つ振りしてこっそり覗き込もうかな!!
(────────────────────ん??)
瞬間、思考が真っ白になってフリーズする。
(な、なんか俺、今、変な事考えなかった?? めちゃくちゃ気持ち悪い方面で)
いつもギリギリの所で俺を押し止めていたつっかえ棒が、今日に限っては何故か感じ取れなかった。あまりに素通りすぎて、初めて新幹線が目の前を駆け抜けたあの頃の衝撃を思い出す。
俺、今、猫屋を見てなんて思った?
「……じんなーい?」
猫屋の不安そうな声を聴き、ハッと意識が内側から戻る。
すぐさま自分がどういう奴だったかを思い出し、凍った胸の内が返答を急げと俺に告げる。
「安心しろ。誰が見ても現役にしか見えねぇって。お前その恰好のまま煙草吸うなよ? 絶対に補導されるから」
「んー……陣内はそう思うー? 私の学生服見て、陣内はそう思ってくれるー?」
「俺? 俺は……お前と高校一緒だったらヤバいくらい楽しかっただろうなって思った」
吹雪が吹き続ける胸の内は『これを言え』と俺に命令した。
「……えへへ、うん。そうかも……」
それに従ったおかげか、猫屋は煙草を吸っている時以上のふにゃりとした微笑みを浮かべた。
「あ、いや、私は別にそんな事思わないけどねー!! だって陣内、どうせ高校の時は私みたいな一軍女子に話しかけられなかったでしょー?」
「自分で自分を一軍女子とか言うなよな。信憑性が落ちるぞ」
「ふふーん。私、こう見えても高校の時はイケイケだったんだよねー。友達とか超多かったしー。いやぁ今からは想像もつかないかもしれないけどー」
(余裕で想像つくわ。俺らの中で陽キャなんて人種はお前だけだよ)
西代は陰キャ……大人しい性格だっただろうし、安瀬は狂キャだ。真正の根明は猫屋くらいの物だろう。
ちなみに俺は超普通だった。一般的で、常識的で、ちょっと頭が悪かったくらいか?
「あぁしかし、昔の事を思い出すと酒が飲みたくなるな。あと煙草も」
「むっ、ダメだからねー。怪我が治るまでお酒と煙草はー」
「おいおい、一度はそこら辺を求めて病院を抜け出した仲だろ? 2人の時は見逃してくれよ」
「絶対ダメ。これでも結構心配してるんだからー。遊園地に行けなくなった埋め合わせと思って我慢しなよー」
「……はいよ」
酒はこっそり飲むとして、こりゃあ半年くらいは煙草は吸えそうにないな。
だがそのことを嘆く前にちゃんとした補填をしないといけない。
「でも埋め合わせって言うのなら、遊園地はまた、冬休みにでも行こうな。高校の時の冬服を着て。その時の遊び代は俺が全額奢らせてもらうから」
俺はおしゃかになってしまった約束を再び取り付けた。
猫屋はそれを聞いて、満足気にほほ笑んでくれる。
「うんうん!! 約束ねー!! それまでは安静にして早く治しなよー? 私、超楽しみにしてるんだから!! 看病だって毎日してあげるー!!」
綺麗な金髪がお日様のように眩しい猫屋を見て、俺も自然と笑顔を返す。彼女はお見舞い人としては最適すぎる。明るい気性が部屋に充満し、陰気な怪我の不便さなんかを吹き飛ばしてくれた。
(……そんなに心配してくれなくっても大丈夫だ、猫屋)
冬が訪れる前には、最低でも1つは問題を解消できている。そうなれば遊園地を楽しむ余裕もできるだろう。
(全部、1人でやりきる。失敗なんて絶対にしない。もう2度と、間違えない)
安瀬の心を癒し、猫屋の後遺症を見守り、西代の怨敵を全てぶち殺す。
俺はこの使命を全うし、3人が何の不安もなく笑える日常をこの手で掴んで見せる。