激動の文化祭が終わり、冬休みを目前に控えた俺達。
大学生の長期休みというのは世間一般的には長いイメージがある人が多いのではないだろうか。だがそれは文系の大学に限られている。理系の大学はカリキュラムの問題で休みの長さは高校生とあまり変わらない。
まぁそれでも3週間程度の長期休暇があるだけましであろう。社会人になればそんな休みは取れない。今から考えても労働という国民三大義務の一つには大きな嫌悪感を感じる。
しかし、社会人には存在しない苦労も俺たちにはある。
「……う゛、……ぅう゛」
「いかん! 西代が机に向かいすぎて泣き始めたぞ!!」
「私もー、勉強のしすぎで視界が霞んできたー……」
「それは眠気だ、今寝たら死ぬぞ。単位的な話で」
冬休み前、つまりは中間テストの時期だ。
1週間のテスト地獄。俺たちの血を吐きながら続ける悲しいマラソンは始まっていた。
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大学の中間テスト。それは科目にもよるが、単位の成績30%を占める手の抜けない真剣勝負。40%は2月末の期末テスト。残りの30%は、出席点というものがあるのだが、普段から講義をサボりまくっている俺たちにはほぼ存在しない。
大学の単位習得条件は成績が60%以上だ。
つまり、俺たちは馬鹿のくせにテストで点数を稼がなければいけないという事だ。
「う、……ぐ、我、酒飲みたくなってきた」
「馬鹿か安瀬! 今、飲んだら──プシュッ──絶対に止まらなくなるぞ!」
「いや、陣内君。無意識にビール開けてるよ」
うぉ……!? 気づいたら体が勝手にビールを開けていた。何を言っているのか分からないかもしれないが、俺も分からん。俺の頭ではシュワシュワと炭酸が光る金色の液体の事しか考えられていない。
「さ、酒、……酒、……酒」
「ちょ、ちょー、陣内!! テスト期間は断酒しないとー! マジで単位落とすよ!!」
「っは……!? あっぶね! 助かったぜ、猫屋」
俺たちはテスト期間中、断酒していた。それは普段の生活を考えれば、狂気の苦行であることがよく分かるだろう。俺たちはここ半年間、休肝日すら碌に取っていなかったのに。
「今日で断酒4日目じゃな。明日のテストが終わるまでの我慢でありんす……」
「僕きのう、肝臓から仕事を寄こせってテロを起こされる夢をみたよ」
「くそ、酒飲みながら勉強したい」
「それ、前期でやってー、酷い目にあったじゃーん……」
安瀬の言う通り俺たちのテストは明日、金曜日を最後に終わる。ただ、教授の仕事の都合で金曜日にテストは集まっていた。その科目数はなんと6科目。普通ならあり得ない量だ。
もちろん予習、復習などという言葉は4人の辞書には存在しない。俺たちは一夜漬けでこの難局を乗り切ろうとしていた。だが、まぁ、しかし……
「うぐ、ヤバいぜよ。……我、マジで眠い……」
「僕も……もう英単語覚えられない……」
俺たちの体は連日のテスト勉強による寝不足とバイトでボロボロだった。テスト期間であろうとバイトは休めるものではない。俺たちは今、全員バイト後に集まって勉強会を開いている。正直、体力の限界が来ていた。
「………………あれ? 私、目開けながら寝てたー?」
「それやばいな。寝てても起こせないぞ」
時刻は深夜3時。だが、まだまだ対策しなければいけない事は山ほどある。テスト範囲に包囲されての四面楚歌、そして体は満身創痍。デスウィークの最終関門を前にして、俺達は永遠ともいえる眠りに落ちようとしていた。だが、それだけは何としても、防がなければならない。
俺は意を決して、ある覚悟を決めた。
「なぁ、安瀬。これはもうアレをやるしかないと思うんだ」
「じ、陣内……まさか禁忌に手を染めようと言うのでござるか……!?」
安瀬の眠そうだった眼が驚愕に開かれた。
「やろうぜ、
カンニング。それは大学生にとっての禁断の果実。
成功すれば楽してテスト点数を稼げるが、バレた時のペナルティはあまりにも重い。
「バレたら、後期の単位全没収でありんすよ!?」
「ハハハハ、安瀬。オールオアナッシングって言葉知ってるか?」
勉強不足で単位を落とせば来年、3つも年下の学生と一緒の授業を受ける羽目になる。ならここで綺麗に散った方がはるかにましだ。
「いいね、陣内君。僕はその話乗ったよ……!」
俺の危険で無謀な話を聞いて、半死していた西代が覚醒する。さすが、イカれたスリル
「わ、私も乗ったーー! ここまで頑張って単位落としたらー、死んでも死にきれなーい!!」
「よし、後は安瀬だけだ。どうする……?」
「う、うぬぅ……」
安瀬は眉間に眉を寄せて悩んでいた。ノミ虫のような小さな善性と強大な悪性が脳内で戦っているのだろう。その勝敗は既に決まっているはずだ。
「……ええい、いいであろう。死なばもろとも。一度死ねば二度は死なぬ。武士道と云うは死ぬ事と見付けたりじゃっ……!!」
安瀬もこの話に乗った。今、頭働いてないからよく分かんない口調で話さないでほしんだが…………まぁいいや。
「よし、陣内家非常事態宣言を発令し、カンニング作戦の開始をここに宣言する!!」
珍しく、俺が仕切ってみる。気分が高まってテンションが上がる。いいなコレ。
「「「やーやー!!」」」
ノリよく彼女達が相打ちを打ってくれた。我が軍の士気は十分なようであった。
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「じゃあ、安瀬。カンニングのやり方教えてくれよ」
今回のテストはカンニングで乗り切ろうという事に決まった。
なので、俺はその道のプロ、先駆者に助言を請う。
「ちょっと待ちなんし。なぜ我に聞くんじゃ……?」
安瀬は何故か俺の問いに顔をヒクつかせていた。
「なんでって、そりゃお前が前期のテストでカンニングを────」
「この
安瀬が大声をあげて自信がまだ清い身であると主張しはじめた。
おいおい、誰が信じるというのだ。
「えー、噓でしょー」
「嘘だね」
二人も同意見のようだ。
「
安瀬は頬ふくらまし大きな声で怒鳴った。
うん、流石にふざけすぎたか。安瀬は本当に自力で勉強し前期の単位を全て獲得した。その事実は到底受け入れがたいものだが、いい加減受け入れよう。
「まぁ、不本意ではあるがお前の要領の良さは認めざる負えない」
「安瀬ちゃんて何というかー、努力の効率がいいタイプだよねー」
「自頭は間違いなくいいだろうしね」
さっきとは正反対に安瀬を褒めだす俺達。
「……ふふふ。で、あろう?」
そう言うと安瀬はまんざらでもなさそうに得意気になった。ちょろいな。
「じゃー、頭の良い安瀬ちゃんに何か案を出してもらおうかー?」
「え、……?」
隙を見せたな安瀬。いや、別に競い合っているわけではないのだけれど……。正直、頭が回っていないので、皆何も考えたくない。
人が考えてくれるなら、それに越したことはない。
「う、うーーーむ」
安瀬は頭を抱えて悩みだした。彼女は虹色に光る狂った脳細胞の持ち主だ。常にイカれた罰ゲームや企画を発案してくる。そのビッグバンレベルの閃きを俺たちは期待していた。
「まず、カンニングペーパーは効率が悪いの」
「そうだな」
安瀬はポツポツと呟き、ロジカルに頭を回す。俺は相槌を返して彼女のアイデアを引き出そうとする。
「となれば時代はペーパーレス。電子情報媒体を使用するのは確定じゃな……」
「安瀬ちゃん、かしこーい。私もそう思ーう」
猫屋も音頭を取るように返事を返す。
「そして、我らは四人おる。コレを不利とはとらえず利点と考えるでござる」
「と、いうと?」
西代もノリノリだ。
そうして、ついに安瀬が何かを思いついたようにパッと顔を上げた。
「我らの背中にスマホを張り付けるでありんす!」
ニッコリ満面の笑みで笑ってそう告げた。
うん、やっぱり頭おかしいコイツ。
「おい! 途中まではいい感じだったろ!!」
「まぁ待て陣内。少し説明を飛ばしすぎたぜよ」
そう言うと、ノートを取り出し。何か図を描きだした。
そこには、教室と思われるものが書き出された。
「テストの席順は学籍番号順に決まるであろう。我らの学籍番号は近い」
「……あぁ、そうだな」
学籍番号は本来なら名前順に決まる。しかし、生まれた年が同じ中でだ。
まず現役で大学合格した人から名前順に番号をつけられて、俺らの様な浪人組はその後だ。俺たちは2浪している。なので4人の学籍番号は一番最後に固まっていた。
「つまり、我ら4人は縦に一直線に座ることになるでござる」
「まー、そーだけどー……」
「そこで、背中にスマホを張り付けるんじゃよ」
「いや、見回りの先生いるしバレると思うよ。というか、まず操作できない」
前の席の奴の背中に頻繁に触ってたら、怪しいとかいうレベルではない。
「いや、スマホは検索エンジンさえ操作できればよい。服の袖に無線のマイク機能付きイヤホンを仕込めば小声で操作できる」
そう言われればそうだ。最近の音声認識は本当にすごい。
音声で文字を打ち込み、記事を書くライターなどがいるくらいだ。
安瀬は自身の考え付いたカンニング方法について話を続ける。
「見回りの先生からスマホを隠せるように今から服を改造するぜよ。糸で引いたら布で隠れる仕掛け……みたいなやつじゃ」
「なんか、違和感がでそうだが」
「なに、多少不思議がられても、女の背を触ろうとする教授は今の世にはいないであるよ。陣内は知らん、筋肉とでも言って誤魔化せ」
おい。……しかし、うーむ、確かにそう言った改造道具も我が家にはある。主に安瀬が持ち込んだ小道具だが。俺の仕掛けを他よりクオリティ高く作ればまぁ誤魔化せるか……?
「いや、それだと一番前の席の奴はカンニングできないだろう」
「1人くらいはいいんじゃないかい? 僕らも1科目ぐらいは何とかできるものがあるだろう」
「そーだねー。私、英語なら余裕だよー」
席順は決まっているが、先生方も俺らの内で入れ替わったぐらいでは気づかないだろう。そして、カンニングの必要がない科目がある奴は、4人の一番前に座ってもらうと。
……あれ? 可能ではないだろうか。
「問題は全部解決したかえ?」
「あ、あぁ、何かできそうな気がしてきた」
「安瀬ちゃんて、マジで悪い事には頭回るんだねー……」
俺と猫屋は素直に感服した。この短時間で割と隙の無さそうなプランを練りあげるとは……。
「安瀬、本当に前回カンニングしてないのかい?」
「あぁ、なんか発想が常習犯のソレだ」
「してないと言っておろう!!」
安瀬のプンプンとした可愛らしい怒り声が響いた。
安瀬に謝った後、俺たちはカンニングのためコソコソと準備を始めたのであった。
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俺たちのカンニング改造服の作成は深夜5時まで行われ、そして完成した。
悪くない出来栄えだ、後ろから見ても違和感は特にない。
最初のテストの開始時刻は9時からだ。我が家ならテスト開始10分前に出ればいいので、当然俺たちはギリギリまで寝ていたかった。
しかし、朝8時にスマホに着信があった。佐藤先生からだった。
テスト前に研究室に顔を出すようにという急な連絡だった。
そうして俺たち4人は佐藤研に集まっていた。
「佐藤せんせー、私たち死ぬほど眠いんですけどー」
「僕達、呼び出し食らうようなことやってませんよ……ふぁー……」
「行儀悪いから口を閉じろ、西代」
俺たちはローテンションで佐藤先生に呼び出された理由を聞く。
正直、本当に眠いのでテストギリギリまでもう一度寝なおしたい。
そんな俺達を見て少し申し訳なさそうに佐藤先生は話し出す。
「いえ、ごめんなさいね。私の研究室に所属する生徒には毎年、確認していることがあるのよ」
「確認?」
「それ、今どうしてもやる事でありんすか?」
安瀬の意見はもっともだ。佐藤先生の頼みなら快く受けたいとは思うが、今はテスト前だ。タイミングとしては最悪に近い。
「いえ、今しか確認できないのよ。
「「「「ぶ、゛゛!!」」」」
俺たちは仲良く卒倒しかけた。あまりにタイミングのいい佐藤先生の言葉。
な、なぜだ。まだ何も怪しい事などしていないのに……!
「困ったことに、この時期になるとカンニングする生徒が多いのよ」
「へ、へーー、そうなんで、で、ですねー」
猫屋が尋常ではない量の汗を垂らしている。口調もしどろもどろだ。
バレるから頼む、黙っていてくれ。
「ほら、情報工学生って電子機器に強いでしょう? 彼ら、自分が用意した方法ならバレないって思いこんで、カンニングをして単位を没収されるのよ。だから私の担当生徒からそんな子がでないように毎年確認するようにしてるのよ」
なんて優しい先生なんだろう。
先生の生徒を想いやった対策に俺は思わず涙が出そうになった。
「ハ、ハハハ、世の中無謀な事に挑戦する奴もいるんですね」
「そうねぇ、そういった物に一番詳しいのって私達、教授なのにねぇ」
言われてみれば、その通りだ。なぜ理系の大学で技術力に頼ったカンニングができるなどと思いあがったのだろうか。
「とりあえず、荷物を全部見せてもらうわよ」
佐藤先生は俺たちの所持品チェックを始めた。
俺達の所持品は財布とスマホに筆箱、それに小さな無線のイヤホンのみ。
これではまだ流石に見破られないだろう。背中をチェックされればアウトだろうが。
「んー、おかしいわね。貴方たちなら今日絶対に何か仕込んでると思ったんだけど……」
大正解です先生。流石、若くして女だてらに助教授まで上り詰めた才女。考察力が並ではない。俺達が悪の道に行く事をきちんと見越していたようだ。
「ぼ、僕達でも流石にカンニングはしませんよ……」
「……うーん」
西代の弁明を受けても、佐藤先生はまだ納得していない様子だった。
唸りながら、俺たちの事をつぶさに観察している。
そして、どこか諦めたような顔をし不満げに口を開いた。
「はぁ、あまりこの手は使いたくなかったんだけど、ね。身銭を切ることになるわけだし……」
先生はよく分からない独り言を言いながら、研究室備えつきの冷蔵庫を開きそこから何かを取り出した。
ドンっと重い重量のソレを机に置く。
俺達はその薄赤い内容物を込めた瓶を見て絶句した。
「うっ!? ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、」
驚きで体と口が固まる、安瀬。
「
「ぼ、僕、前買おうとして諦めたんだよね。う゛眩しい……!」
断酒している俺たちになんてものを見せるのだろうか……!!
ジャックダニエルという名前は聞いた事がある人は多いだろう。コンビニにでも売っているアメリカ産の有名酒だ。ウイスキーの中に確かに感じる事ができるバニラのような甘みが売りの一品だ。ウイスキーとしてはかなり甘い部類に入る。値段からは考えられないほど美味い。飲みすぎて中毒になる人は後を絶たない。
だが、シングルバレルとなると別世界の話となる。その名の通り、この酒は1つの樽から詰められている。それが普通ではないかと思われるが、本来は味の均一化を図るために複数の樽の酒を混ぜて瓶詰するのが一般的だ。さらにシングルバレルが作られる樽は熟成しきった特別なものを使用するように厳選している。つまり、オーク樽の豊潤な風味がガツンと聞いた物になっている……らしい。
俺でも飲んだことはない。先ほど話した製法故、生産数が少ないためか非常に高い。700mlで1本、7000円近くする。
う゛、う゛、飲んでみたい。
「このお酒、
俺達の脳天に雷が落ちた。
佐藤先生が提案してきたのは悪魔の取引。俺達が今禁酒している事を佐藤先生はその優れた観察眼見抜いたのであろうか。比喩表現ではなく、本当に喉から手が出るほど欲しい。
というか、まずい!!
「し、シングルバレルー……シングルバレルーー……うぅーー……」
猫屋はあまりの衝撃で目が虚ろになり、意識が朦朧としているようだった。まるで夢遊病を患ってしまったように、酒瓶に近づいていく。アルコール依存症の為、飲酒欲求が極限まで高まり脳を完全に支配したようだ。猫屋はジャックダニエル信者だった。
「おい、猫屋を止めろ!」
「分かった……!」
俺の言葉に反応して、西代が猫屋を羽交い絞めにする。
異性の俺が抑え込む訳にもいかなかったので、彼女の迅速な行動は助かった。
「は、離して西代ちゃーん……! シングルバレルが私を呼んでるのーー!!」
「猫屋落ち着いて! 目先の利益にとらわれちゃだめだよ……!」
西代の言う通りだ。
このまま酒に釣られて自白したら、昨日の努力がみずの─────
「いまなら、ジョニウォカのグリーンラベルも付けてあげるわよ?」
「服の背中にスマホ入れ作ってきました!!」
気づけば、俺の口が勝手に動いていた。
「ぅー?」
「え、……?」
「陣内、お主……」
女子3人が俺の顔をあり得ないといった顔で見てくる。
や、やってしまった。
「あぁ、なるほどねぇ。どうりで少しダサい服を着てると思った」
そう言って、佐藤先生はスタスタと放心した俺の背後に近づいて来た。
そして、布地に隠れたスマホ入れスペースを発見する。
「へぇー、結構凝った作りになっているのね……工作的だから、これならもしかして他の教授陣も騙せたかもしれないわねぇ」
「ハ、ハハ。どうも……」
俺は先生のお褒めの言葉に乾いた笑いしか返せなかった。
「とりあえず全員、上着を脱ぎなさい。没収よ」
「え、……でも、着替えとか持ってきてな───」
「早く」
「「「「……はい」」」」
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俺たちは上着を没収され、上半身を露出していた。
俺に今アルコールは入っていない。つまり、性欲は平常運転だ。
しかも、ここ1週間は忙しく自分で処理もできていない。
そのせいか、隣のブラジャー姿が可憐な女性陣の破壊力はとんでもなかった。
安瀬はやっぱり胸大きいなとか、猫屋は細身でくびれた腰してるなとか、煩悩が脳を駆け巡り続けていた。心臓がバクバクいって、血流を体の一部分に集めようとしている。
「ちょ、ちょっと! 陣内、こっちみないでよーーー!!」
「わ、悪い! マジでごめん!!」
「む、むぅ、
恥ずかしがる、安瀬と猫屋。それに比べて西代は平然としていた。
「ふっ……
「お前は俺も平気だわ。もっとヤバい物みてるからか?」
西代の半裸姿を見ても俺は平穏を保つことができた。手ブラ姿を見た事があるせいだろうか。むしろ落ち着いてくる。強い刺激を受けると弱い刺激になれるって本当なんだな。
「あ、あのーせんせーい? 寒いし恥ずかしいんでー、服返してくださーい……」
「うむ、もうカンニングなど卑劣な企みはしないのである……」
「だめよ。あの服は二度と使えないよう私の方で処分します」
俺たちの懇願は受け入れられず、徹夜で作った服は燃やされるらしい。
カンニングしようとした不届き物に容赦はないようだ。
「え、じゃあ、僕たちこの格好でテスト受けるんですか? もうテストまで10分切りましたよ」
「え!? うっわ本当だ……!」
俺は西代の言葉を聞いて慌ててスマホで時間を確認した。
すでに試験開始8分前。テストに遅刻はもちろん許されていない。
この時間では俺の家に着替えを取りに行く暇はない。そもそもこの格好で外をうろつく勇気もないが。
「あら、着替えならあそこにあるじゃない」
そう言って、佐藤先生は部屋の隅に置いてある
安瀬はそれを見て後ずさる。
「あ、あれは……!」
「この間、安瀬さんが私の研究室に忘れて帰ったダンボールよ。中身を見たけどアレは宴会用の変身グッズかしら?」
文化祭、前祭の記憶が蘇る。
たしかあの中身は、鼻眼鏡、バーコドのカツラ、馬面の被り物、バニースーツ、スクール水着、
碌な服はなかったはずだ。
その事実に気づいた俺たちの顔はサァーと青くなった。
「先生!
「だめです」
西代撃沈。
「せんせーい!! あんなの着てたらテストで結果が出せませーーん!!」
「どうせ、たいして勉強してないでしょう」
猫屋惨敗。
「先生! 我らが単位を落としても良いというのでござるか!!」
「カンニングがばれて、単位全没収よりはましだと思うけど」
安瀬自爆。
どこかで見たこの流れ。歴史は繰り返される。デジャヴュとはこの事か。
だが俺は歴史から学ぶ男、陣内梅治。同じ失敗は二度と繰り返さない。
俺は我先にとダンボール箱に近づいた。その姿はまさに疾風迅雷の電光石火。
そして、その中で
「あ、!」
「ちょ、!」
「ま、!」
出遅れた間抜けどもの、呆気に取られた声が遅れて聞こえてくる。
「では皆様方、お元気で。アデュー……!!」
捨て台詞とともに、扉を勢いよく閉めた。
背後から聞こえてくる仲間達の怒声を置き去りにするように、テスト教室まで走り抜ける。気分はまるで新選組。逃げるが勝ちだ。
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その後、俺よりも後にやってきた彼女たちの恰好は爆笑ものだった。
安瀬のバニースーツ、猫屋のスクール水着、西代の踊り子衣装。
俺に出し抜かれたのが悔しいのか、3人の表情は屈辱にまみれていた。
美少女3人の露出の多いコスプレ衣装に周りの生徒は狂喜乱舞の大騒乱。男子比率も多いので、場のテンションはテスト前に関わらず最高潮に達した。口笛を吹いて拍手する者もいたくらいだ。彼らも俺たち4人の奇行に慣れてきたようだ。
恥ずかしがるあいつらの顔を見て、俺はただただ笑っていた。
馬鹿みたいな恰好だ。頭のネジが何本か外れているのだろうな。
その姿を周りに見られたせいか、俺の悪名に"鬼畜変態組局長、陣内梅治"が追加されたらしい。あのコスプレは俺が命令してやらせていると思われているようだ。
不名誉極まりないんだが……?
そして一番重要なテストの結果だが、意外にもそこまで悪くなかった。金曜日にテスト科目が集中することを教授たちは見越していたのか、問題の難易度は優しかった。
どうやら、俺たちは睡眠時間を削って恥をかいただけだったらしい。
だが恥と交換で手に入れたお酒は、禁酒明けの俺たちにとって頬が溶けるくらいに美味しかった。その夜の飲み会はよく盛り上がった。
ちなみに、抜け駆けした罰として俺はスピリタスをショットで10杯飲まされた。
死ぬかと思ったぜ……