赤を基調として作られた外装。個室の天井に設置された
「まずは皆さん、中間テストお疲れ様でした」
佐藤先生が俺たちに労いの言葉を掛けてくる。
「いえ、教授達の方がテスト期間は忙しいかと……」
俺は目上の方に気を遣わせる言葉を頂くのが申し訳なく、急いでおべっかを使う。
「そうでござるよ、採点とか大変そうである」
「まぁ毎年、研究をしながら問題作成とか採点とかやってられないって感じはするわね」
佐藤先生は苦虫を噛みつぶしたような顔をして憂鬱そうだ。
まだ、冬休みに入ったばかり。採点の方は終わっていないのだろう。
「まぁー、嫌な事は忘れてパーっと飲んじゃいましょーよー」
「そうですよ先生。せっかくこんな豪華な中華料理店なんですし」
俺たち4人は佐藤先生に飲み会に誘われた。
先生行きつけの都内の高級中華料理店にである。しかも個室だ。
「そうね、とりあえず注文しましょうか。会計は私が全て出すわ。今日は気兼ねなく飲み喰いして頂戴ね」
「「「「はーーーーい! ありがとうございます!!」」」」
太っ腹な事に今日は佐藤先生の奢りだ。こんなお高い所、普段なら俺たちは遠巻きに眺めることしかできないだろう。俺達4人は楽しみすぎて朝から断酒断食をしていたほどだった。
この集まりは中間テストのお疲れ様会と、ちょっと早めの忘年会を兼ねたものだ。冬休みに入れば、年明けまで俺たちは大学には行かなくなる。その前に全員で集まって楽しく飲みあおうという趣旨だった。
「さぁ、何を飲むでやんすか……」
「とりあえずー、私、紹興酒が飲みたーい!」
「いいね。でも僕は先にプーアル茶と小籠包で
「おいおい、先生の注文が先だろ」
我先にと、落ち着きのない酒飲みモンスターズ。
「ふふふ、気を使わないでいいわ、今日は無礼講よ。貴方たちとの飲み会は遠慮しなくていいから楽でいいわ」
主催のありがたいお言葉。相変わらず取っつきやすくて優しい先生だ。
「ならお言葉に甘えまして……」
口では冷静を装ったものの、俺も楽しみで仕方なかった。
メニュー表を熟読する。つまみには餃子、焼売、小籠包によだれ鳥。主菜は回鍋肉に担々麺、油淋鶏。甘味に杏仁豆腐とゴマ団子もある。他にも多種多様な中華が書かれている美食の教本。
中華料理と飲み会の相性は驚くほど高い。つまみが豊富で飲みがいがある。
胃袋の大きい男として生まれた事をありがたく思う。
まぁ、どうせ、後半になれば
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「う~~~まい! 私ー、麻婆豆腐大好きー!!」
「相変わらず辛いの好きでありんすな、猫屋は」
パクパク、ゴクゴクと赤い豆腐と紹興酒を交互に食べる猫屋。
その表情は幸せそうだ。だが、そんな勿体ない飲み方をする酒じゃないぞ……
俺も彼女と同じ紹興酒をグイっと煽る。
20年の年月がほどけるように、ふわっと甘い。その後に薬効の様な後味がキリっとして後を引かない。何とも目が覚める味だ。噛みしめる様にその深い味わいを堪能する。シンプルに美味い。
「へぇ、そうなのね。少し意外だわ」
佐藤先生が猫屋の辛党に意外そうな声をあげる。
「こいつ、なんにでも七味とかタバスコをぶち撒けるんですよ」
「この間は陣内君が作った自家製ピザも赤く染め上げてたね……」
「ふふ、まぁ、個性的でいいと思うわよ?」
佐藤先生が慈愛があふれる表情で笑う。
俺達と先生は15歳以上年が離れている。親戚の大きい子供の悪食を見て微笑ましく思う、くらいの感覚なのだろうか。
笑いながら、先生は円卓においてあるボトルを手に取る。
泡盛の古酒だ。銘柄は知らない。だが、その黒い瓶からは高級感があふれている。
先生は突然その瓶をラッパ飲みし始めた。ゴキュゴキュっと恐ろしい速度で飲み干していく。
その姿を俺たちは唖然とした表情で見ていた。食事の手を止めて見入ってしまうほどの飲みっぷりの良さ。ちなみに、泡盛の古酒はアルコール度数が50%を超える。
「あぁ゛゛……やっぱり美味いわね泡盛。中華にもよく合うわね」
先生はあっさりと500mlはあろう酒を飲み下した。
度数50%の500mlだ。俺が飲めば致死量だろう。
「あ、相変わらず恐ろしいほどの酒の強さ……」
「僕はいつ見ても曲芸を見ている気分になるよ」
「私もー……」
「わ、我もじゃ」
そもそも、常人があんな事をすれば喉が焼けて
猫屋とは別方向で先生の口内はステンレス製のようだ。
「せんせーって、あれだけ飲んで二日酔いには一切ならないらしいよー」
「おそらく前世がハムスターであったのじゃろうな……」
俺たちはその酒を飲み干した姿を恐怖と敬意を持った目で眺めていた。
「…………ヒック!」
始まってしまった。
佐藤先生は酒に異常に強いが、酔いやすいという謎な体質の持ち主だ。いや、本来ならあの量を飲めば酔っぱらうのは当然だが、アルコール耐性が強すぎて酩酊のバランスが取れていない気がする。
「……酒に潰れた人間が見たい気分だわ」
かつ、先生は超ド級の酒乱だった。
酒に酔うと、普段の落ち着いた態度とはかけ離れた前時代的な言動をとり始める。
「せ、せんせー? 教師が今の時代に、そのような発言はまずいかとー……」
猫屋が恐る恐るといった様子で佐藤先生の失言を咎める。
「そこよ!」
そう言うと佐藤先生は勢いよく立ち上がる。
「なにがアルハラよ! 人にお酒も勧められないような文化を、私は認めないわよ!」
空き瓶をマイクに見立てて訳の分からない演説を開始した。
「それはアルコール強者の意見だと僕は思いますよ……」
教職者とは思えない発言。しかし、西代の一般的な意見を無視して先生は話を続ける。
「あぁ、……昔はよかったわ。上司の酒は断れないのが当たり前。新入社員は飲むのが仕事。酒を飲めるものこそが偉い!」
「前時代的な懐古厨ぜよ……。今だとSNSで即炎上ですじゃ」
俺たちは酒にはそこそこ強いので大丈夫だろうが、酒が飲めない人には地獄のような時代だったろうな。
「私、教授になる前は一般企業にいたんだけど、その時の新人歓迎会は凄かったわ。新人社員5人で、日本酒の一升瓶を10本飲まないと返さないって」
「そーんな、時代もあったんですねー……」
目上の人の昔話。猫屋が遠い目をして相槌を打つ。
どうやら、今の常識からは考えられないような行事が昔の日本にはあったようだ。
「もちろん、私はそんな理不尽な要求は跳ね飛ばして参加している全員を酒で酔い潰していったわ。社長も含めてね。酒に関して平等、というのは私の美徳よ」
「か、かっこいいっすね。マジで……」
先生はアレだな、異世界転生の無双系主人公というよりは、強すぎて周りに誰もいなくなった一騎当千の狂戦士と言った感じだ。触れる物を皆、傷つける哀れな化け物でもいい。
「と、いうわけで貴方たちには潰しあいをしてもらいます」
「「「「やっぱりそうなりますよね……」」」」
そんな俺たちはある日、佐藤先生から飲み会に誘われた。俺たちは自らのアルコールの耐性を見てもらおうと意気揚々と参戦し、もちろん結果は惨敗。テキーラをひたすら飲まされ、先生が予め用意しておいたエチケット袋に吐き散らかす羽目になった。先生はその姿を眺めて大爆笑。格の違いというものを見せつけられ、井の中の蛙という言葉を俺達は体で思い知った。
ようするに、先生は酒で人を潰すのが大好きという事だ。
俺達も仲間内では潰しあうが、先生の場合はどうにも無差別的に思える。
「せんせー、流石にこのお店で嘔吐はダメですよー」
「大丈夫よ。エチケット袋は持参してきたわ」
「いや空気と匂いが最悪なんで……」
「…………つまんなーい」
酔っているとはいえ、年上の女性のぶりっ子は見ていてキツイ物があるな。
「昔の様なひりつく飲み会がしたいのよ、私は!」
「まぁ先生ほどのアルコール強者だと、現代の飲み会はつまらないかもしれませんけど……」
西代は孤高の飲酒チャンピョン佐藤に同情する。
「今でも思い出すわ……何とか私をベットに誘おうとして挑戦してくる
「それー、成功者いるんですかー?」
「今の旦那よ。8回くらい吐きながら私の酒に付き合ってくれたわ」
「良く生きてましたね……」
佐藤先生が既婚者である事は知っていたが、そんな吐しゃ物にまみれた馴れ初めだったとは。旦那さんはその夜、本当にベットで頑張れたのだろうか?
「そうだわ! 私、久しぶりに王様ゲームやってみたい……!」
唐突な先生の発案。酔いで情緒が不安定のようだ。なぜそのような合コンみたいなものを…………。いや、今では合コンでも廃れていそうだ。
「割りばしを使って適当にやりましょうよ」
「先生、割りばしは地球温暖化うんたらで大切にしましょう」
「僕、実はエコロジストなんです」
「私もー」
「拙者もでござる。では、4対1でこのお話はお流れという事で……」
俺達は一致団結して王様ゲームを拒否する。
佐藤先生の事だ。王様になって誰かに高い濃度の酒を飲ませたいのだろう。そうなれば、確実に誰か死亡する。良い中華の店なのでそんな事はしたくない。
「…………教授棟の1階トイレ」
「え、トイレ?」
佐藤先生のポツリとした呟きに俺は思わず生返事を返す。
「女子トイレから多量の粉塵、男子トイレはバケツをひっくり返したように水浸し。誰がやったのかしら……?」
どこかで聞いた事のある話だった。
俺は安瀬たちに視線を向ける。
「「「………………」」」
女子3人が俺と佐藤先生の視線から逃れる様にそっぽを向いた。
たぶん、こいつらは由香里を成敗して満足した後、後片付けもせずに去っていったのだろうな。うーむ、今回の場合、俺の為にやってくれていたので怒るに怒れない。
「監視カメラの映像は私がコッソリと消しておきました。絶対に貴方たちの仕業だと思いましたから」
「え、マジですか?」
俺らがお酒の耐性があり、佐藤先生のお気に入りなのは薄々感じていたが、そんな事していいのだろうか? 准教授であってもやりすぎな気がする……
「本当に佐藤先生には足を向けて眠れないね……」
「アハハ! 多分あたしたちー、先生いないと5回くらい停学になってそー」
「我もそう思う。神様、仏様、佐藤先生様じゃ」
三者は媚びる様に佐藤先生を崇め奉る。
「じゃあ、神である私の提案は断らないわよね?」
「「「「……はい」」」」
今回は俺の責任でもあるので、一緒に返事をした。
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「準備できたわね」
佐藤先生は持ってきていた化粧道具で王様ゲーム仕様の割りばしを作成した。
口紅で書かれた赤い王様が当たり、アイラインで書かれた黒い番号がハズレだ。
「吐くのは本当にお店に迷惑が掛かるので、死にそうになった時点で勘弁してください。あと一人が潰れたら終了という事で……」
「仕方ないわね」
先生は渋々と俺たちの妥協案を受け入れてくれた。こういった所での嘔吐は罰金を取られるし、マナーとして最悪だ。やっぱり吐くなら、宅飲みに限る。
「じゃあ、始めるわよ」
そう言い、佐藤先生が卓上テーブルの中心に割り箸を持ってくる。
(この勝負、負けられんでござるよ)
(せっかく美味しい物食べたのにー、気分悪くなりたくなーい)
(これも一種の賭博と思おう)
(変な命令が来ませんように……)
俺達は祈るように割りばしを掴んだ。
「「「「「王様だ~~れだ!」」」」」
そして、掛け声とともに引き抜く。
さて、一回目の王様は……
「ラッキーー! 私だーー!!」
猫屋が大声を上げ飛び跳ねる。よほど王様をとれたのが嬉しいようだ。
気持ちは痛いほどわかる。
「えーなに命令しようかなー……?」
猫屋はルンルンとした雰囲気で笑っている。だが、先生がいるのだからあんまり変な事は止めて欲しい所だ。既婚者だからHな奴は本当にダメである。
「じゃあ、2番の人にー、肩でも揉んでもらおうかなー!」
「え、その程度でいいでござるか?」
「まぁー、最初だしー、このくらいでー」
なるほど、いい塩梅の命令だ。このくらい緩い雰囲気を作った方が、常識的な命令が多くなりそうだ。グッジョブだ猫屋。肩をもんでやろう。
俺は無言で席から立つと猫屋の背後に回った。
「えっ、えっ、2番て陣内なのー!?」
「おう、不服か?」
「い、いやそんなことはー……」
猫屋は頬をポリポリとかきながら肩をすくめる。いつもは体の軸に芯が入った姿勢の良さなのに、今はどうにも彼女らしからぬ姿勢だ。もしかして、恥ずかしがっているのだろうか。それは良くない。俺は姿勢の良い姿の方が好きだ。
「よいしょっと」
なので肩甲骨付近のツボを押して、無理やり姿勢を正してやる。
「ぁ……!?」
急な刺激に声をあげる猫屋。いかん、流石に強く押しすぎたようだ。
反省して、今度は普通に肩をもんでやる。
「ん、おぉ……きもちー……ん、中々うまいじゃーん」
「お褒めにあずかり光栄の極みです」
「アハハハー、いいよー陣内。もっと敬えー」
ふざけたやり取りでほのぼのとした謎の空間ができあがる。
あれだな、ノリの良いお婆ちゃんの相手をしている気分だ。
「こう、目の前でイチャつかれるとなんだか、むずかゆいものがあるね」
「………………で、ありんすな」
「若いっていいわぁ……」
他3人が俺達を見てコソコソと何か話している。
それに気づいて、パッと手を離す。なんか、揶揄われていそうで気恥ずかしくなった。
「まぁ、こんなもんだろ」
「あれー? もう終わりー?」
猫屋の不満そうな声を無視して、自分の席に戻る。
「さ、先生、次やりましょう」
「ん、そうね」
そして、全員の割りばしを集め再び卓上にて引き直す。
「おぉ、我であるか」
今度の王様は安瀬だった。場に少し緊張感が走る。俺ら4人の中で一番の問題児だ。はたしてどんな無茶ぶりがくるのだろうか……
「ふむ、では……3番の者が王様である我を全力で褒めるでありんす!」
「ん?」
安瀬にしては案外平凡な命令だった。やっぱり、普段から褒められない奴は命令してでも褒めてほしくなるものなのだろうか。
「3番は私ね」
「…………先生であったか! なんというか、ちょっと恐れおおいでやんすよ」
確かに安瀬の言う通りだ。佐藤先生は酒癖だけは悪いものの、大学教授の中では早熟の才女。おまけに、あの酒の強さだ。ここにいる全員が敬意の念を抱いている。
「安瀬さん……」
先生は安瀬の手を両手で優しく包み込んだ。真面目な声の抑揚だ。
そして安瀬の顔を真剣に見つめながら、口を開いた。
「貴方は素晴らしい人間です。普段の行動のせいか誤解を生みやすいけど、本当のあなたは高潔な人よ。心根が真っ直ぐで、まるで太陽みたい。先生、あなたのそういった所が本当に好きよ」
「う、ゅ……」
「「「おぉ~~~」」」
安瀬はヒクヒクと顔を引きつらせて、顔を赤くしていた。俺たちは先生の見事な褒め殺しに驚きの声をあげた。あの安瀬をこうも簡単に恥ずかしがらせるとは。
「まぁ、こういうのは恥ずかしがった方の負けよね」
そう言って、先生は席に戻った。大人の余裕というものを感じる。
「あぁ、でも割と本心も入っているわよ?」
「いや、もうお腹いっぱいなので大丈夫でござる」
「ちゃんとフォローも忘れないとは流石ですね、先生……」
落ち着いていて優雅な女性だ。西代のなんちゃってクールとは品が違うな。
これで酒乱でなければミスパーフェクトと呼んでいた。
俺の中でまた先生の株が上がったところで、再びクジがセットされる。
……どのくらい続くんだろうか、このゲーム。
誰かが潰れないと終わらないという終了条件はまずかったかもしれない。下手をすると閉店時間まで終わらない可能性がある。そろそろ、何かヤバいのが来るのではないだろうか。まぁ、俺の不安なんぞ関係なくゲームは進んで行くのだが。
「「「「「王様だ~~れだ!」」」」」
引き抜かれた当たりクジ、それはこの場で人を酔い潰そうと画策する大魔王様の元に吸い寄せられた。
「あちゃー、先生が引いちゃったかー」
「お手柔らかにおねがいしますね」
猫屋と西代が微妙そうに顔を歪める。
俺もこれから来る、致死量不可避の飲酒命令に身構えた。
「そうねぇ……」
佐藤先生は足を組み、顎に手を当て真剣に考えている。
その口からは一体何が出てくるのだろうか……
「なら、
「「「「……!?」」」」
予想よりも、随分と恐ろしいモノが吐き出された。
デッド or キッス。何とも王様ゲームらしい命令だろうか。先ほどまでの緩やかな雰囲気は一瞬で霧となり消え去った。
「ふぅ、我は1番でありんす。助かったぜよ」
「僕は2番だね」
「で、俺が3番で」
「…………」
猫屋が黙ってうつむいていた。どうやら死刑宣告を受けた4番は消去法で彼女の事らしい。まぁ、俺も終身刑くらいの実刑を受けてはいるが。
「あ、あ、あのー、そういった二択を迫るのはルール的にありなんですかー?」
「え、なに? ディープキスだけのほうが良かった?」
「そんなわけないじゃないですかーー!?」
セクハラとアルハラの二者択一。教職に就く人間の言っていい事ではないだろう。なお当の本人は、猫屋の慌てふためいた否定を見てケラケラと笑いながら罰ゲーム用の酒を用意している。
「て、ていうかー! なんで普通のキスじゃなくて深い方なんですかー!?」
「口以外にされると私が興ざめしちゃうから」
「あぁ、逃げ道を塞いだんですか」
確かに"キスをしろ"という命令なら、おでこや手の甲でもいいわけだ。
なんとも、意地の悪い……
「じ、陣内は何でそんな平気そうなのーー!!」
「……そりゃ役得であるからじゃろう?」
「違う」
「え、違うんだ?」
今、俺には酒が入っている。そのため、人類三大欲求の1つは完全に封印されている。酒が入っている俺は無敵だ。
「今の俺にとって、接吻なんぞ挨拶と変わらん」
ハードボイルドを気取って、大胆に宣言する。
「「「おぉ~~」」」
猫屋以外の3人にはカッコいいと思われたようだ。……自分で言うのも何だが結構馬鹿っぽい発言だったと思うのに。
「わ、私とのキスを挨拶扱いかー……」
「……いや言い過ぎた。普通に粘膜接触だわ」
「そっ! その言い方はなんか卑猥だからやめろー!!」
猫屋は俺と違って、物凄く恥ずかしそうだ。だが、俺が落ち着いてるのには他にも理由がある。
猫屋は絶対に酒を飲む方を選ぶからである。コイツが俺にベロチューとか罰ゲームでもやらないだろう。だから先生は酒という逃げ道をちゃんと提示して猫屋の反応を面白がっているのだ。
これで脱落者は猫屋で決まりだな。
「陣内、絶対に私がお酒を選ぶと思ってるでしょー……!」
猫屋から鋭い指摘が入った。いかん、顔に出てしまっていたか。
「……まぁ、だって……なぁ?」
要領を得ないあいまいな返事。俺は少し恥ずかしくなり西代に話題を振ってしまう。酒が入っていても恥という感情は俺にもある。
「え、いや、まぁ、普通にそうなんじゃないかい? いいから早く飲みなよ、猫屋」
西代が飲酒を適当に催促する。ここでゲームを終わらせるか、もしくは早く次のくじを引きたいのだろう。だがその言い方は少しまずい。
俺の危惧通りに猫屋の眉がピクンと跳ねる。爆発の兆候だった。
ここまで、恥ずかしがった彼女。沸点は随分と低くなっているはずだ。
「……やってやるー。キスがなんぼのもんじゃーーー!!」
いつかのダーツを思い出す意気込み。突発的に間違った方向にやる気を出してしまう猫屋。彼女は見た目も口調もユルユルの癖に、負けず嫌いというか天邪鬼といった所がある。酒も入っているし、気性の荒さが本性として滲みでてしまったか?
「おいおい、落ち着けよ」
彼女の暴走行為に俺は呆れた声音を作って静止を促した。
だがそこに、さらに待ったをかけられる。
「いや待ちなさい、陣内さん。……面白いからこのままで」
「佐藤先生……」
この状況では確かに貴方は面白いでしょう。だが、この暴走でもし俺と猫屋が接吻するなどといった事態になれば、俺は明日からどのように彼女と接すればよいのだろうか。
「じーんなーい……! そこから動くなーー!!」
顔を真っ赤にしてこちらを睨みつける
「大人しく、お酒にしようぜ」
「うるさーい、女はー……度胸っ!」
だが、その無理を突き通そうと、彼女はずんずんと俺に近づいてくる。
「………………」
「………………」
近づいてくる彼女の綺麗な顔。真っ赤とはいえ、その美しさに陰りなどはない。
ガラス細工のように綺麗で大きな瞳が潤んで震えていた。緊張してくれているのだと思うと何故か少しだけ嬉しい。
そのどこか愛くるしい姿にドクンっと心臓が跳ねる。
……え? どくん? ……………………あれ?
不整脈ではない。あれは少し痛みを伴う。今回は自然に飛び跳ねた。
では、いったい…………何が原因で?
「…………」
「………………ね、猫屋?」
唇との距離は俺の心象問題など置き去りにして、現在進行形で縮まってしまっている。
すこし、止まって欲しかった。
だが、あそこまで見栄をはっておいて、今さら変な気が出たなど口が裂けても言えるものではない。周りの外野共は止めるどころか、黙って俺たちの行く末を見守っている。役に立たない野次馬共。
俺の異変を気にせずにゆっくりと近づく猫屋の唇。
ちょっと待て、今はなんか体がおかしい……!
「す、すとっ──────」
「や、やっぱり、むりぃぃぃぃいいいいいーーーーーー!!??」
「え……?」
猫屋は唐突に大声を挙げ、回転テーブルを掴む。そして、勢いをつけて円卓をぶん回した。
「おろ?」
「あれ?」
「あら?」
ガラッと食器を載せたまま回る円卓台。佐藤先生の前に置いてあった、泡盛入りジョッキグラスも当然回っている。それを猫屋はタイミングよく掴み……
ゴク、ゴク、ゴク、ゴクッ!
煽って飲み始めた。滝壺に落ちる水流の様に、酒を胃に流し込んでいる。
そして、全てを飲み終えるとガンッと乱暴にジョッキをテーブルに叩きつけた。
「っ、キューー……」
変な声をだして、猫屋は静かにその場に座り込む。
「お、おい大丈夫かよ」
体の異常はひとまず置いておき、急に力が抜けてた彼女を心配する。
「ぅあ゛゛、これ、やばいかもー」
「とりあえず水飲んどけ」
俺は彼女に水を差しだす。深酒にはとりあえず水だ。
「ありがとー、陣内……」
お礼を言うとゆっくりと水を飲み始めた。まぁこれで吐きはしないだろう。
でも、なんかシンプルに可哀そうだな。
「先生、こんな感じで潰れるのがお望みでありんすか?」
「……なにか違うわ」
人が潰れたところが見たいといった張本人は、何故か不満げだ。
それを見た西代が会話に混ざる。
「僕なりに先生の話を分析してみたんですけど、立ち向かってくる無礼な酒飲みを倒す事が爽快で気持ちよかっただけなんじゃないんでしょうか?」
「……たしかに。よく考えてみたら私に絡んできた人と調子に乗っている人が潰れてたのを見て、笑ってた記憶しかないわね」
「「「「…………」」」」
ここまでやってなんだ、その落ちは。俺はその言葉を吐き出さずに何とか飲み込んだ。どうやら、先生は挑んでくる者しか喰らわない、誇り高いライオンのようであった。
だがまぁ、アルハラ気質なのは良くない事だと俺は思うので早急に改善して欲しい。
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俺たちは王様ゲームを切り上げて外に出た。今回の飲み会は中々にグダグダだったが、中華と酒は文句なく美味しかったので概ね満足だ。
安瀬と西代の二人が猫屋の肩をもって介抱をしている。
異性の俺がそこに混じるのは抵抗があったので、外の喫煙所で煙草を吸っていた。
そこに、佐藤先生が現れる。
「あら、随分と恰好がついているわね。手慣れようが、20歳とは思えないわ」
「……ノーコメントでお願いします」
返答には何も意味はない。意味を持った言葉を返せば俺の立場が不利になりそうだ。
「でも、猫屋さんの反応を見るかぎり、本当にあの3人に手を出していないのね。そっちの倫理観はしっかりしているのね、陣内さん」
「……急に猥談ですか先生?」
先生は俺の失礼な返答を受けて静かに笑う。
「ふふふ、ごめんなさい。でも大学生って皆、積極的なのよ? 私が昔担当した生徒には学生結婚した子がいたぐらいに。……悪い事ではないけどね」
「責任が持てないのなら悪い事だと思いますよ、俺は」
思ったことをそのまま述べる。子供を育てるというのは金のかかる事だろう。
経済的に自立しているなら良い。親が資産家で育てる環境があるのでも良い。貧乏でも頑張って生きていく決意を決めているのなら、応援する。
だが惰性に流されて行くのは、違う気がする。
この考えは俺がまだ、社会の苦を知らない夢見がちな子供であるせいであろうか。
「責任ね……あなたは取れそうかしら?」
「え?」
言葉が詰まった。俺に、責任? 将来的に結婚した時の話をしているのだろうか?
「……まぁ、その時が来れば覚悟が決まるんじゃないでしょうか」
場当たり的で何とも頼りない言葉。先ほどまで子育てについて思慮を巡らせていたとは、思えないほど薄っぺらだ。
「君の年ならそれくらいの感覚でいいと思うわよ」
俺の自虐を感じ取ったのか、先生は優しくフォローを入れてくれた。
先ほどとはまるで別人に見える。早くも酒が抜けたのだろうか。
「でも、私の言う
「……先生?」
先生の声音が少し変わった。先ほどよりも芯がある言葉。
「綺麗な女の子が3人も貴方のそばにいる」
ドクンっと心臓が跳ねた気がした。
俺の驚いた様子を無視しして先生は続ける。
「貴方はあの3人のうち、誰を選ぶのかしら?」
先ほど起こった俺の異常。いや、本来は正常な反応というべきだろうか。
「…………」
あれは偶然だ。おそらく、酒が足りていなかった。
「俺が選ぶ事はあり得ませんよ、絶対に」
「あら、それはなぜ?」
俺はこのままの関係を望んでいる。あいつら3人だってそのはずだ。
「友達だからですよ。その先以上はないです」
「そうね、友達以上恋人未満。男女間の深い友情は貴方が主軸で成り立っている」
その理屈なら、俺が変わればこの関係は終わることになるのだろうか。
なら安心だ。俺の酒好きは生涯変わらない。という事は、俺が彼女たちに手を出すことは決してありえない。
「先生、俺はあいつらを見て性欲とか湧かないんですよ。体質的に」
「
急に歯車がズレたみたいに、整合性の取れなくなった先生との会話。
俺は先生に言葉の意図を聞こうとした。
だが、そこに割り込んでくる車のクラクション。
「あ、旦那が迎えに来たわ。じゃあ陣内さん、良いお年を」
「え、あ、はい。…………良いお年を」
先生と俺は来年まではもう会う事はないだろう。
俺が大学に行くのは年明けになるのだから。
佐藤先生は迎えに来た旦那さんの車に乗って帰っていった。
「……なんだ? アレ、どういう意味だったんだ?」
俺の疑問は煙草の煙のように簡単には消えてはくれなかった。