こましゃくれり!!   作:屁負比丘尼

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開幕:白いワスレナグサの断片

 

「いやぁ~、助かるよ陣内くん。シャカリキに働いてもらってさぁ」

「すぅ……ふぅー……。いえ、お賃金頂いてますから当然ですよ」

 

 居酒屋の従業員スペース。俺はそこで、バイト終わりの一服を堪能していた。

 

「まぁ、その通りではあるんだけど」

 

 目の下に濃いくまを常に携える、中年男性。健康状態が不安定な店長さんは、控えめな笑みをこちらに向ける。

 

 他の従業員たちは既に帰宅しており、今は店長さんと2人きりだ。

 

「繁忙期に雇っちゃったから、バックレられないか不安だったんだ。けど、まさかの即戦力で大助かりだよ。ドリンクなんて教える必要なかったし、本当に居酒屋で働くのここが初めて?」

「初めてですよ……でも、すいません。明日からは大型連休だってのに、シフトに入れなくって」

「あぁ~、あそこの大学はいつもそうだよ。ゴールデンウィークを丸々使って講義だなんて、大学ってのはやる事の規模がデカいよねぇ」

「すぅー……はぁー……そっすね」

 

 汚くて狭く、書類が散乱した小さな部屋。そんな室内で、煙草の煙を躊躇せずに吹かす。

 

 喫煙可能なのはありがたいが、清掃が行き届いた表とは違って、裏側は雑多と言わざる負えない。

 

「あの、店長さん。話は変わるんですけど、ここって掃除しないんですか?」

「あぁいやほら、エリアマネージャーってすっごい多忙で……裏の掃除とか、やってる暇ないなーって感じで……な?」

「は、はぁ。なんか、すいません」

 

 い、嫌だなぁ働くの。俺も将来、こうなるのかなぁ……。

 

「はぁ、今日もまだ作業が残ってる。履歴書の情報をパソコンに打ち込まないと……」

 

 そう言って店長が1枚の紙を取り出す。口ぶりから察するかぎり、どうやらそれは履歴書のようだ。

 

「あれ? 新入りが入るんですか?」

 

 そうなると、そいつは立場的には俺の後輩になるわけだ。

 

 ちょっとだけ気になるな。

 

「うん。かなり変わった子だったけど……まぁ、人手不足だし雇うよ」

「そうなんですか……ん?」

 

 何気なく目に入った履歴書の記入欄を見て、俺は強烈な違和感を感じ取った。

 

「店長、その履歴書、間違ってますよ」

「え? 間違ってる? あぁ、証明写真の眼帯は物貰いらし──」

「そこじゃないです。ほら、生年月日の所」

 

 言って、日付記入欄を指差す。

 

2()0()0()5()()()()()()2()()2()9()()、なんて書いてるじゃないですか、これ」

「へ? それが?」

「2月29日って、うるう日なんですよ。2004年生まれならともかく、2005年生まれじゃあ、あり得ませんって」

「え、あぁ、そっか」

 

 俺の生年月日は2004年2月3日。ちょうど、うるう年が関係する年月。

 

 2004年の2月になら、2月29日は存在するが、2005年には存在しない。

 

「いやそもそも、ダメだよ、人の履歴書を見たら。ほら、これって個人情報だからさ」

 

 店長はデスク上の履歴書をいそいそと机棚に隠した。

 

「あ、あぁ、すいません……じゃあ、俺はもう帰りますね。明日早いんで」

「あぁうん、お疲れ様」

「お疲れ様です」

 

 ……しっかし、自分の生年月日を書き間違えるとか、どんなバカだよ。

 

 俺は、ちらりと見えた間抜けの名前を思い出した。

 

 それは、大場(おおば)(ひかり)という、女の名前だった。

 

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