こましゃくれり!!   作:屁負比丘尼

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安瀬桜のふかーい溜め息

 神奈川県郊外の山中に向かってひた走る大型バスの窓から、暖かい朝日が差し込む。

 

「……………………」

「……………………」

 

 ゴールデンウイークを丸々と利用した新入生オリエンテーション。端的に言って、これは遠足みたいなもんだ。シラバスの概要欄には、仰々しく課外講義の目的について記述してあるが、俺が要約すると幼稚な意味合いに落ちつく。

 

 俺以外もそのように認識しているようで、車内は学友たちのけたたましい談笑で支配されている。

 

 絶え間なく聞こえる喧騒(けんそう)の渦。皆がこれから始まる未知の体験に胸を弾ませ、テンションを爆上げさせているのだろう。

 

「……………………」

「……………………」

 

 その中で、俺と安瀬だけが沈黙していた。

 

 学籍番号が席順となっていた為、俺はなんと、あの仏頂面クソ女の隣に座っていたのだ。

 

「……………………」

「……………………はぁ」

 

 窓際に座る彼女が、外の景色を見つめながら溜め息をつく。

 

 長いまつ毛が、湖面を思わせる瞳に深い影を落としていた。

 

(辛気臭せぇ)

 

 嫌になるほど絵になる女だが、彼女はまるで人を寄せ付けない。

 

 学籍番号が近いせいで安瀬とは講義の度に顔を合わせるのだが、俺は彼女が誰かと話したり笑ったりする姿を一度も見た事がなかった。

 

 ……暗い美人より明るいブス、を地で行くような女。

 

「西代ちゃん!! 絶対にイカサマしてるでしょー!? 3回連続でブラックジャックとかあり得ないからー!?」

「ふふん、猫屋。こういうのは仕掛けを見抜けない方が悪いんだよ?」

 

 そして、美人だがイかれているのが彼女たちだ。

 

 後ろの座席で、バカ(猫屋)アホ(西代)がブラックジャックに興じている。

 

「ほら、大人しく煙草を出しなよ」

「ぐ、ぐぬぬぬー……!!」

 

 猫屋が賭けているのは…………ゴールデン カガヤキ? とか言う、()()()()()で作った手巻き煙草だった。"キングオブバージニア"とか、"ツゲセイ"が作ってる……だとか?

 

 ゴールデンウィークの名前にかこつけて猫屋が購入し、嬉々として解説していたがもう何も覚えていない。とにかく高くて希少であり、旨い煙草のようだ。

 

 そしてそれを聞いた西代が、ギャンブルで巻き上げているのが現状。ちなみに、西代が賭けているのは新品のセッター1箱だ。

 

「こ、こんのー……!! 私の事をカモにして御タバコ様を奪おうって言うのならー、もう手加減しないからねー!!」

「あはははは……!! 劣勢な相手に凄まれたって、何も怖くはないね」

 

 この2人は、たった1週間でここまで仲良くなった。同性だからか、同じ喫煙者だからかは分からないが、恐らくはクズの波長が合ったのだろう。

 

「な、なにおー!! 調子に乗らないでよねー!! この料理ベタ陰キャー!!」

「……は? 今、なんて、言ったのかな、このアーパード貧乳……!!」

「あー!! 西代ちゃんが言っちゃいけないこと言ったーー!! 私はそこまで言ってないのにー!!」

(後ろでガタガタうるさい……)

 

 周囲に座る同級生たちも声高に話しているので注目はされていないが、会話内容が病気だった。

 

「陣内、陣内!! 度数が一番高いお酒ちょーだい!! それで今からこの女ぶっ潰してやるー……!!」

「望むところだよ、猫屋。僕に吐いた侮辱より汚い物を、その口から吐き出させてあげようじゃないか……!!」

 

 背後から2人がお酒を所望してくる。

 

 同じバカだと思われるから話しかけないで欲しい。今は無視しよう。

 

「ふんっ、君とは早々に優劣をつけたいと思っていた所さ。最下位は既に、陣内君で決まっている訳だしね」

「そーだね。最下位は陣内で決まってるしー、次は王者を決めておかないとー!!」

「あ゛ぁ゛!?」

 

 今聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ、オイ!!

 

 バス内の通路に身体を乗り出して、背後の座席に首から突っ込む。

 

「誰が最下位だって!? 俺の肝臓は日々進化してんだ!! ふざけたこと言ってると泣かせるぞオラ!!」

「はぁー?? クソザコ肝臓の癖してー、誰に喧嘩売ってんのー??」

「弱い犬程よく吠える。まさに今の状況がそれだ。昔の人は、実に的を射た言葉を残すね」

 

 ──ブチンッッ

 

「よおぉぉぉぉし……!! 今日はいきなりスピリタスからだ!! 肝臓ぶっ壊してやらぁ!!」

「……………………はぁぁ」

 

 隣から深いため息が聞こえてきた気がするが、俺はそれを無視してバッグから酒瓶を引っこ抜いた。

 

***********************************************************

 

「ぅっぷ……ぅっぷ、ぉ゛え゛」

「はぁ……はぁ……くっ、苦しい。この僕が、気分が悪い? ……うッ!?」

「や、やばーい……しか、視界が回って、足が、ふ、ふらつーく……ぅぇっぷ」

 

 バスから降りる頃、俺たちはグワングワンになっていた。大きなバスに背を預け、俺たち3人はその場に座り込む。

 

 えずいているが吐くほどではない、吐くほどではないのだが……く゛、くるち゛い。血中でアセドアルデヒドが暴れている……!!

 

「3人とも、そこで一体何をしているんですか?」

「「「ふぁい?」」」

 

 土の香りが漂う山中にはそぐわない、パリッとしたスーツ姿の女性。

 

 佐藤(さとう)甘利(あまり)先生が、俺たちに声を掛けた。 

 

「佐藤先生? なんでこんな所に?」

「なんでって、オリエンテーションの講師に決まっているでしょう?」

 

 言われてみれば当たり前だ。酔って思考が回っていなかった。

 

「他の皆さんはもうペンション内に集合していますよ? そんな所で座り込んでないで、早く来なさい」

「あ、はい。すぐに……すぐに行きます、ぅっ」

「もうすぐー……もうちょっとで歩けるはずなんでー……」

「僕……ちょっとの間、バスで休みたいかも……」

「? 3人とも顔色が優れないようですが、どうかしましたか?」

「「「……バス酔いです」」」

「3人揃って?」

「「「………………はい、バス酔いです」」」

「そ、そう? 随分と……仲が良いわね?」

「「「良くないですよッッ!! ……うぇぷッ」」」

「……??」

 

 佐藤先生が非常に困惑した表情を作る。

 

「と、とりあえず、早く来なさい。他の生徒を待たせるわけにはいきませんから」

「「「はい…………ぅ゛ッ」」」

「……?? ????」

 

 佐藤先生は本当に不思議そうな表情を浮かべていた。『な、なにがどうなっているの?』とでも言わんばかりの狼狽えっぷりだった。

 

************************************************************

 

 100人近くを収容できる集合タイプの宿泊施設。少々古臭いが、山中にあるせいか、その古臭さがいい味を出している。

 

 そこのメインロビーに小さく集まって、俺たち情報工学科生は傾聴の姿勢を取っていた。

 

 学生集団の真正面に、マイクを持った佐藤先生が躍り出る。

 

「えぇ、それではオリエンテーションの解説を始めます。皆さんご存知かと思われますが、改めて自己紹介を。准教授の佐藤甘利です」

 

 マイクで拡張された先生の声が、ロビー全体に響き渡った。

 

「まず、今回のオリエンテーションの目的ですが、異なる環境に身を置いてグループワークをすることによって社会性とコミュニケーション能力の向上をはか────」

「ふぅ……スポドリ飲んだら、割と回復したな」

「そうだね。これなら僕、今日はまだまだ飲めそうだ」

「私はー、水より煙を吸ってリフレッシュしたかったなー」

 

 先生の話を右から左へ聞き流しながら、小声で駄弁る。何か小難しい事を言っているが、みじんも興味が沸かなかった。

 

「────では、前置きはここまでにして本講義の概要について説明します。前日に配布した資料の14ページをご覧ください」

 

 そう言われて、周囲の生徒たちが一斉に荷物を探り始める。俺も周囲に倣って、酒瓶でぎちぎちなバッグの中から資料を探した。

 

「ん? あれー? 私、家にプリント忘れちゃったー」

「あぁ、僕もだ」

「お前らさぁ……」

 

 不真面目な彼女たちに呆れながら、バッグから資料を引き抜く。

 

「無駄な物は持たない主義でね。君が持っているのなら、それでいいじゃないか」

「その通りだよねー。陣内、みーせて」

 

 左右から挟み込むようにして、彼女たちが俺に寄り添う。

 

「…………」

 

 女子高育ちで、異性との間隔が分かっていない猫屋。

 天然気質で、何を考えているかよく分からない西代。

 

 2人とも距離が近い。

 

 髪や服の感触が直に分かってしまうほどの距離感。無論、アルコールの入っている俺は、その手の物ではまるで動じない。

 

 ただ、周囲の男子学生の視線にはうすら寒い物を感じざる負えなかった。

 

 『なんだあの野郎のモテモテ具合は!?』『ここ、工学部だぞ!? 文系とは違うんだぞ!?』『両手に花って、現実にあり得るのか……』『前世でどんな徳を積んだらああなるんだよ、死ね!!』

 

 俺の自意識過剰でなければ、だいたいそんな感じの敵意を感じる。

 

(なんでこうなるんだ)

 

 物理的にも文学的にも、肩身が狭い。

 

「おい、近いぞ。見せてやるから、もう少し離れろ」

 

 低い声でそう呟いた。

 

「え、ぁ、ぁ、そ、そーだねー……」

 

 猫屋は今更距離の近さに気がついたようで、恥ずかしそうに頬を掻きながら身を引いた。

 

「ふぅ、まったく。恥ずかしがり屋だね、陣内君は」

 

 西代は飄々としたまま、近くで資料を読もうとしていた。

 

 彼女とは友人のつもりだが、俺はやはり軽薄な女は嫌いだ。どうしても、受け入れがたい。

 

「………………」

 

 無言のまま、西代を強く睨みつける。

 

「……ご、ごめん」

 

 俺の怒気を感じ取ったのか、西代はすごすごと距離を取った。

 

「いやほら、俺ってシャイボーイだから、お前らみたいな美人に近寄られると緊張するんだよ」

 

 心にもないお世辞で場の雰囲気を誤魔化し、彼女たちの反応を待たずに資料のページに視線を落とす。

 

 宿泊時の注意事項、館内マップ等々を飛ばして、『課題』と書かれたページを開いた。

 

「さて……ん? なんだこりゃ?」

 

 そのページには、短く3つの項目が記載されていた。

 

「ラズベリーパイを使用した自動走行ロボットの作成? はぁ? パイ? パイ生地でロボットの作成? なんだこれ、正気か?」

「えー? 意味ふめーい。佐藤先生ってぇー、意外とメルヘンチックー?」

「言っておくけど、ラズベリーパイってマイコンボードの事だからね?」

「………………べ、別に、知ってたし。ちょっとボケただけだし」

「わ、私もー。じょ、常識だよねー、ストロベリーパイ」

「ラズベリーね」

「「…………」」

 

 掻いた恥を洗い流すため、次の項目に意識を向ける。次に書かれていたのは『サンドボックス環境の作成とレポートの提出』。

 

「サンドボックス……直訳で砂の箱? ……ネコのトイレ的な? ネコちゃんの排便日記的な??」

「ネコちゃんかー……私、ネコは好きなんだけどネコアレルギーなんだよねー……うぅ、困っちゃうなぁー」

「パソコンの仮想環境にウイルスを流す実験の事だよ。なんだい、排便日記って……」

「「…………」」

 

 俺と猫屋は押し黙ったまま視線を次に移した。次項目は、『AWSの演習問題』だ。 

 

「AW……S? 今度は何の略だ?」

「きっと軍隊とか戦争系の略語じゃなーい? ほら、AとかWが付いてるしー。暗号解析とかするんだよー」

「……アマゾンが提供してる、クラウドコンピューティングサービスだよ」

「おいおい、西代。嘘は良くないぜ? アマゾンは小売り業だろうが。誰でも知ってるぞ」

「そーだよねー陣内。まったくー、私たちが何も知らないバカだと思っちゃってさぁー」

「…………まぁ、うん。もういいよ、それで」

「しかし、なんだこれ? 習ってない事まみれだぞ?」

「私も全然知らなーい」

「だろうね。僕は概要くらいは分かるけど、実際にやれって言われたらかなり面倒だよ、この課題」

「できないって言わないあたりー、西代ちゃん凄いよねー……」

 

 課題について話していると、周りの学友たちが少しだけざわつき始める。どうやら他の生徒も俺たちと同じ感想を持ったようだった。

 

「──どうか静粛にお願いします」

 

 佐藤先生がマイクを使い、騒めく俺たちの注目を集めた。

 

「えぇ、結論から言いますと、それらの課題は入学して間もない皆様には少々酷な物となっております。加えて、今グループワーク中、私たち教員は課題に関する質問には一切お答えしません」

 

 先生の発言を受けて、更にどよめきが大きくなる。難しい課題で助言を貰えないと知らされれば、当然の反応だ。

 

「ですが、情報……いわゆるIT系の企業に就職すると、だいたいこのような状況になります」

 

 ん?

 

「1週間程度の新入社員研修を受けさせられた後、いきなり現場に放り込まれて、あたふたしてる間に1日が終わり、そんな事を繰り返してやがて使えない新人扱いをされる……これは、ほんっとうに良くある話なのです」

 

 やたらと生々しい話が重々しい雰囲気で展開されていた。

 

「……こほん。と、言った具合にですね、社会に出ると、自分で調べて解決するという最低限の地力が求められます」

 

 そう言えば佐藤先生って、教職の前は企業務めをしていたらしいな。もしかして、実体験なのだろうか……。

 

「えぇ、少々脅かしすぎましたが、そういった訳ですので今課題に()()()()()()()()()()()()。皆さんの自主性にお任せいたします。最悪、何も提出しなくても出席点だけで単位は取得できるようになっております。まぁその場合、評価点は最低限になってしまいますが」

「お、マジか」

「それ超助かるー……! もう私、パソコンとか触りたくないしー……!!」

 

 ……俺が言うのもあれだが、猫屋は何で情報工学科に入ったのだろう?

 

「本オリエンテーションは皆さんの休日を頂いている形ですから、当然の処置となります。また、材料費として1人あたり1万円を支給します。パソコンとマイコンボードはこちらで用意しておりますが、他の必要物は自己判断で買い揃えてください。予算の管理も、社会人に必要なスキルですので」

 

 単位に加えて、金まで貰えるのかよ……!! と、一瞬だけ心が躍った俺であったが、直ぐに別の懸念点が浮かび上がった。

 

「買い揃えろって事は……あれだな」

「麓まで降りてー、機材を買いに行けってことだよねー? だっるー……」

「………………ふぅん?」

 

 たしかに、麓まで降りてしまえば割と近くに大型ショッピングセンターがあった。だが、山道が面倒だな……ぶっちゃけ、そこまで歩く気力が出ない。

 

「最後に、グループワークのメンバーはチューター班となっています。後で代表の方が支給金を取りに来てください。……では私からの説明は以上となります」

 

 その言葉を最後に、佐藤先生は俺たちの関心から外れるよう部屋の隅に移動した。

 

「メンバーは、チューター班だと?」

「…………そうなるとさぁー」

()()()、僕達に加わるって事だね」

 

 俺たちとは少し離れた所で佇む、薄赤色の長髪をした女。

 

「…………」

 

 彼女は微笑むでも睨むでもなく、酷くつまらなそうに俺たちを見ていた。

 

************************************************************

 

「「すぅーふううぅぅぅぅーー……」」

 

 ペンションの裏手にある、木々に囲まれた喫煙所。そこで、猫屋と共に白煙を放り出す。

 

 酒で濁っていた頭に、甘いニコチンが行き渡っていた。

 

「少し、いいですか?」

 

 俺たち2人から少し離れたところで、安瀬桜が控えめに口を開く。彼女は、同性である猫屋の方に向かって声を掛けた。

 

「すぅ、ふぅー………」

 

 だが、猫屋はその問いかけに応答しない。無表情のまま、芳醇な香りの手巻き煙草を楽しんでいた。

 

 距離があるので安瀬の声が聞こえなかったのだろうか?

 

「んだよ」

 

 猫屋の代わりに、俺が答える。

 

「……何故、話し合いの場が室内ではなく、喫煙所なんですか?」

「なんでって言われてもー、ねぇー?」

 

 今度は猫屋が安瀬の声に反応した。

 猫屋は流し目で俺を見ながら、同意を求めるような疑問符を突き付けてくる。

 

 どうやら、暗に『陣内が答えて』と示しているようだ。

 

「俺らは喫煙者だからな。話し合いなら、ここ一択だ。副流煙はそっちに流さないから、これくらいは見逃せよ」

「……はぁぁぁぁ」

 

 彼女のため息を聞くのは今日で三度目。やはり、彼女はとても辛気臭い。

 

 しかしこれに関しては、流石に俺たちが悪い。いつだって喫煙者は日陰者だ。なので文句は言わず、煙草を早めに消費する事を心がけた。

 

「まぁ、分かりました。このままで構いません。ですので、今後の課題の進め方について話し合っておきましょう」

「はぁ? 進め方?」

「そうです。まさかとは思いますが、自動的に単位が貰えるからと言って何もしないつもりではないでしょうね?」

「そのまさかだよな、猫屋?」

「だねー、陣内」

 

 珍しく、猫屋なんかと意見を合わせてみる。彼女も俺と同じ考えのはずだ。

 

「俺たちがあんな難しそうな課題で役に立つかよ。シンプルに実力不足だ」

「そーそー。私なんてー、まだ人差し指だけでキーボード叩いてるしー」

「それが威張って言う事ですか……情けない」

 

 呆れた様子で、安瀬は肩を落とす。自分が少し出来るからって調子に乗ってやがる。

 

 ムカつく態度だが……今は気分が良いので寛大な心で許してやろう。思ったよりも、このオリエンテーションとやらは楽しく過ごす事ができそうだ。

 

 特に何もせずにペンションに泊まれて、おまけにお小遣い(材料費)なんて物まで頂けるとは…………ぐへへへ、その金で酒とつまみを大量に買い込んで、面白おかしく休みを満喫するとしようか。

 

「安瀬、真面目に課題がやりたいって言うのなら、そっち系に強い西代を頼れ。俺たちはサボ……後ろから応援しといてやるから」

「私も同じくー。……んー? あれー? そう言えばー、西代ちゃんってどこに行ったのー?」

「? 聞いていないのですか? 彼女なら『このグループの代表は僕が務める』と言って、佐藤先生の所に支給金を受け取りに行きましたよ」

「は?」

 

 西代が代表?? アイツ、そんなリーダーシップに富んだ性格してたっけか?

 

「あぁー、あのお金ってー、西代ちゃんが取りに行ってるんだー」

「はい。……ですが、少々遅いですね。ただお金を受け取るだけだと言うのに、何をやっているんでしょうか」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………待て」

 

 とてもとても、嫌な予感がした。

 

 あの"賭博魔"西代が、金を持って姿をくらました。

 

 マジで、あり得ないほど、嫌な予感がした。

 

「……ちょっと西代と連絡を取ってみる」

 

 スマホを取り出し、急いでメッセージを西代に飛ばす。

 

『おい、西代。俺たちの代表として支給金を受け取りに行ったらしいが、お前今どこにいる?』

 

 そう送ってから数秒後、意外にも早く返信は届いた。

 

『大丈夫だよ。安心してくれ。倍にして返すから』

 

 やりやがった。

 

「あ、あのクソやろぉぉぉぉおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

「「!?」」

 

 スマホに向かって叫ぶ俺を見て、2人が驚き固まる。

 

「じ、陣内? ど、どーしたの急にー?」

「西代のヤツが、俺たちの金持ってパチンコに行きやがったぁぁあああああああああああああああ!!!!」

「「は、はぁ!? パチンコ!?」」

 

 頭を抱え、本気で絶叫する。

 

 あのゴミカスがぁ……!! どういう思考回路してんだよ!! 金を掻っ払って逃げるまでの決断が早すぎるだろうが!!

 

 てか、あれは俺のお小遣いだぞ!! 勝手に使われてたまるかよ、クソが!!

 

「おい!! 仏頂面クソ女!! あのイカレが金を取りに行ったのは何分前だ!!」

「ぶっ!? ぶっ、ちょ、クソ……!? 貴様、我の事を今なんと──」

「問答してる時間はねぇんだよ!! 早く答えろ!! アイツが消えたのは何分前だ!!」

 

 ごちゃごちゃと喚こうとした安瀬を、必死の剣幕で黙らせる。今は本当に時間が惜しい……!!

 

「だ、だいたい10分前ですけど」

「チィ……!! 結構経ってんな……」

 

 スマホを操作して、ここから一番近いパチンコ屋を検索する。すると、田舎特有の寂れたパチ屋がすぐにヒットした。

 

「麓まで降りて、徒歩15分か!! 意外と近いじゃねぇかよ!!」

 

 あのクソギャンブル中毒者が、舐めやがって!! 元陸上部である俺の足に敵うと思うなよ!! 速攻で追いついて()()きにしてやらぁ!!

 

「おい、走るぞ!! もたもたしてると、全額サンドに突っ込まれて消えかねないからな!!」

「そ、それは、本気で言ってるのですか!?」

「えぇー!? 私、汗かくの嫌なんですけどー!!」

「言ってる場合か!! 急ぐぞ!!」

 

 力強く地面を蹴って、俺はパチンコ店まで走り始めた。

 

************************************************************

 

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……!!」

「ん? 思ったよりも早かったね、3人とも」

 

 ジャラジャラキュインキュインと騒がしい店内であるはずだが、西代の呑気な声はムカつくほど耳に滑り入った。

 

「ふぅ……はぁ……陣内、足早いねー……はぁー……はぁー……」

「ひゅっ、ひゅー……ひゅー……あ、貴方たち、早すぎっ……ひゅー……ひゅー……」

 

 結局、俺たち3人は20分近くかけてパチンコ店まで爆走した。

 

 その道中、猫屋は俺の後ろに何とかついて来た。喫煙者なのに、意外と体力がある。安瀬は見ての通り、満身創痍だ。

 

「に、西代。お前、さてはタクシーを使ったな……」

「ピンポーン。その通りさ」

 

 太々しいまま、西代は台の座席をクルリと回してこちらを正面に見据える。

 

「山中とは言え、バスが入って来られるんだよ? タクシーだって、呼べば来るに決まっているじゃないか」

「あぁ、くそ、そうだな。その通りだよ」

 

 俺もそうすりゃよかった。無駄に走って疲れた……。

 

「……それで、投資はいくらだ? 全部突っ込んでないだろうな?」

「まだ5Kほどだよ」

「あぁ、良かった……」

 

 急いだおかげで、その程度の投資で済んだようだ。

 

「じゃあ、俺の分の金を返せよ。早く」

「はぁ、バレたのなら仕方がないか。せっかく増やしてあげようと思ったのに……」

「西代。テメェ、俺らにぶん殴られても文句は言えないレベルの事してるからな? 少しは反省しろよ、反省」

「…………」

「無視すんなって」

 

 西代はいじけた様子でそっぽを向く。

 

 ガキかよ……。

 

「……ほら、君たちの分だ」

 

 西代が茶封筒を取り出して、俺に手渡してくる。

 

「おう。ほら、お前ら受け取れ」

 

 封筒から各自の金を抜き取り、安瀬と猫屋に分配する。

 

「どーもー」

「はぁ……はぁ……は、はい。確かに受け取りました」

「よし。……じゃあ、俺も。よっこいしょっと」

 

 彼女たちが金を受け取ったのを確認した後で、俺は自分の万札を握りしめ西()()()()()()()()

 

「……?」

「なぁ、(うみ)って打ったことないんだけど、面白いのか? 何が熱いんだ? やっぱり魚群?」

「………………ふふ」

 

 西代は隣に座った俺を数秒見つめた後で、ニィっとした微笑を浮かべる。

 

「まったく、もう。君も、どうしようもないやつだよね」

「同類扱いは流石にやめてくれねぇかな……!?」

 

 機種に対する意見を求めたはずが、ふざけた回答が返ってくる。俺は彼女ほどイカレてはいない。普通で一般的なパチンカーだ。

 

「あ、そうだ。おい、猫屋。せっかくここまで走って来たんだ、お前もパチやってけよ」

「そうだね、猫屋。パチンコは、この世で唯一無二の物さ。知らずにいるのは勿体ないよ」

「え、えぇー……?」

 

 俺たちが誘うと、猫屋は戸惑った表情を作った。

 

「う、うーん…………ま、まぁー、1万円までならタダみたいなもんだしー、そこまで言うならお試しにやってみようかなー?」

 

 猫屋は恐る恐るといった様子で台に座った。

 

 猫屋って、流されやすいと言うかノリがいいと言うか……見た目のまんまだな。すごく軽薄だ。

 

「貴方たち……課題はどうするつもりですか?」

 

 猫屋が台に座った瞬間、息を整え終わった安瀬が不機嫌そうにこちらを睨みつけてくる。

 

「あ? んなもん、さっきも言っただろ。パスだパス。誰が貴重な休日を潰して、あんな面倒な課題やるかよ」

「私もパース。何もしなくても単位は貰えちゃうわけだしー」

「僕もだ……というか、安瀬も一緒にどうだい? 楽しいよ、パチンコ。人生経験だと思って、ね?」

「やるわけないでしょう! 馬鹿らしい……!!」

 

 西代の誘いを蹴って、安瀬はきびつを返す。その時息を大きく吸い込んだのか、彼女の背が少し膨らんで見えた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「「「……………………」」」

 

 俺たち3人がビックリするほどデカいため息をついて、安瀬はこちらを一瞥もせずに去って行った。恐らく、ペンションに帰って1人で課題に挑戦するのだろう。

 

「…………私、アイツきらーい」

 

 安瀬が去った後、猫屋が刺々しい陰口を呟いた。

 

「奇遇だな、俺もだ。鼻もちならないよな、アイツ」

「え、そうかな? 僕たちと違って真面目で勤勉じゃないか。いつも勉強しているようだし、普通に好感が持てるタイプの人間だと思うんだけど?」

「……そーいう所が、気に入らないんだよねー」

 

 万札を荒々しくサンドに挿入しながら、猫屋は台を無表情のまま見つめる。

 

「無駄に頑張って、限りある時間を無駄にしてさー……ほんと、バカらしー……」

「「?」」

 

 急におかしな事を言い出すので、思わず西代と顔を合わせて不思議がる。

 

 ……時間を無駄にしてるのは、どう考えても俺たちの方ではないだろうか?

 

************************************************************

 

「え、えー!? こ、これ全部お金になるのー!? す、す、すっごいー!! パ、パチンコって、す、す、すっごーーい!!!!」

「ふふふ、そうなんだよ、猫屋。これが、パチンコの醍醐味なんだ」

「………………」

 

 半時ほど経ったパチンコ店に、フィーバーサウンドが木霊する。

 

 まさにビギナーズラック。銀の玉が大量に詰まったドル箱が、猫屋の後ろに積まれていく。

 

「う、うっわー!! これもう6万円とかになるよねー!? なっちゃうよねー!? な、何買おうかなー!! 欲しかった服とかコスメ、全部買っちゃってもいいよねーー!?」

「いいと思うよ、猫屋。パチンコで勝った時くらいは、盛大に贅沢をしないとね」

 

 最近の出玉はデータ管理なので、ドル箱の山は田舎特有の産物。目に見える大判小判に、猫屋はまんまと射幸心を撃ち抜かれていた。

 

「そっ、そーだよねー!! これだけあるんだし、贅沢してもいいよねー!! えへへー、後で西代ちゃんにも、なんか奢ったげるー!!」

「え、本当かい? ふふっ、ありがとう猫屋」

(懐かしい。俺も、初めだけはそうだったなぁ……)

 

 猫屋は今、初めての脳汁を体感している。人生において、あまり知るべきではない類の悦楽に汚されている真っ最中。

 

「猫屋、なんかごめんな……」

「え、なぁーに、陣内!! 何か言ったー? あ、陣内にも特別にお酒奢ったげるねー!! あはははーー!!」

「…………いや、うん、ありがと」

 

 俺は少しだけ、本当に少しだけ、猫屋をこの世界に引きずり込んだことを申し訳なく思った。

 

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