こましゃくれり!!   作:屁負比丘尼

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ようこそ陣内ハウスへ

 

『あ、ありがとう、ありがとう猫屋……。僕を追っていたのが君で本当に良かった……あ、あのまま1人きりだったらきっと、恐怖のあまり気を失ってそのまま朝を迎えていた……』

『西代ちゃん震えっぱなしだったもんねー。おーよしよしー、怖かったねー』

『西代、お前ってガチでホラー苦手なんだな……』

 

 半べそ状態の西代と、それを慰める猫屋。

 

 安瀬が去った後で、俺は事前に決めてあった緊急合流地点に向けて下山し、2人と合流していた。

 

『うっ、うぅ……は、恥だとは思わないよ。み、未知の物を恐れるのは人間として正しい機能なんだ……怖いのが正常で、君たちみたいなのが鈍感なだけなんだぁ……』

『お前、普段の冷静さはどこ行ったんだよ……』

 

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「勝者、西代さんチーム」

 

 そんな昨日のやり取りを思い出しながら、俺はこの珍騒動を締めくくる佐藤先生の裁定に胸を撫でおろした。

 

 最後の品評会は西代が勝利を飾り、これで無事に引き分けは成った。

 

 長かったオリエンテーションも今日で最終日。本日の午前をもって課外講義は終了し、午後には家に帰宅している予定だ。

 

「優秀ですね、西代さん。演習問題、非常に良くできていました」

 

 撤収の準備で忙しいはずなのに時間を作ってくれた優しい佐藤先生が、これまた優しい声で西代を称賛する。

 

「それゆえに残念でしたね。機体のショートと作業データの喪失がなければ、課題評価は満点だったかもしれませんよ」

「そうですか。不幸なアクシデントに見舞われた自分の運の無さを悔いるばかりです」

 

 西代は冷静な面持ちで先生の誉め言葉を受けとる。

 

 昨夜はあんなに弱っていた西代だが、今朝にはいつものクールぷりを取り戻していた。

 

「アクシデント? あれはひとえに貴様の思慮の浅さが原因だと思うがな」

「…………なんだって?」

「それだけの技量を持ってなお引き分けとは情けない、と言っている」

 

 人を小馬鹿にする笑みを浮かべ、安瀬は歌うように西代に因縁をつけ始める。

 

「発想と行動が凡夫の域を出ていない。どこまでいっても平凡なのだよ、貴様はな」

「黙れ、気狂い。君のは戦略や策略とは呼ばない。あれはただ野卑滑稽(やひこっけい)な反則というだけだ」

「ふっ、ルールも制定していないのに反則? あまり笑わせてくれるな。その様な事を(のたま)う思考回路をしてるのだから、簡単に足元を救われる」

「……あ゛?」

「なんだ、やる気か?」

「あぁーもぉー、ストップストップー」

 

 空間がピりついたのを見計らって、猫屋が両者の間に割って入る。

 

「試合の結果は引き分けなんだからー、2人はいつまでもいがみ合ってないでお互いの健闘を認めよーねー!! ほら、握手っ!!」

 

 そう言って猫屋は了承なく2人の手を取り、強引に結びつける。

 

「…………っち」

「…………ふん」

 

 端正な顔を強烈に歪め、2人はガンを飛ばしあう。あと何かワンアクションを起こしたその瞬間には唾でも吐きかけてしまいそうな雰囲気だ。

 

「ね、ねぇ、陣内さん」

 

 円満解決とは思えない両者の握手を見て、佐藤先生がこそこそと俺の真横に近寄ってくる。

 

「あれは、どうなの? 喧嘩するほど仲がいい……という類であるのなら受け持ちの先生としては安心できるのだけど……」

「も、もちろん、仲がいい方ですよ。じゃれついてるんです、アイツら」

 

 俺はとっさに誤魔化した。

 

 野山で一戦交える程度の間柄(あいだがら)、だってのはとてもじゃないが口にできない。

 

(……だけども、これでこの珍騒動も終いだな)

 

 一応、ひとまず、形式的にだが……決着はついた。

 

 猫屋も前に言っていたが、2人は数少ない女生徒同士なのだ。雨ふって地固まる、なんて古臭い諺が現実になるよう切に願うほかない。

 

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「延長戦だね」

「「は……?」」

「そうだな。こんな中途半端で終われるか」

「「えぇ……」」

 

 帰りのバス内で、恐ろしい会話が繰り広げられる。

 

 バスの座席は行きと変わらず学籍番号順のため、俺たちは4人で集まって座っていた。

 

「じょ、冗談だろ? まだやるつもりか?」

「今日から週明けまで休みって言ったってー、流石にちょっと疲れてるんだけどー……」

 

 ゴールデンウィークを7日丸々使った配慮からか、大学は来週の月曜まで振替休みだ。具体的には5月の第2日曜(母の日)まではお休みになっている。

 

「お休みだからいいんじゃないか。それに、決着をつけるには1日で十分だよ」

「その根暗もやしの言う通りだ。……私は3日後に用事もあるしな」

「元気だねー、2人とも。昨日、夜遅くまで森の中に居たってのにー……」

 

 猫屋の言う通りだ。その活力は一体どこから湧き出てんだ……。

 

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「んで、なんで俺の家なんだよ……」

 

 自宅、賃貸マンションの玄関前で何も考えずに不満をぶちまける。

 

 俺の背後には、開錠を待つ女学生が3人ほど。異常な光景だ。

 

「いいから、早く開けてくれないかな。僕、バス移動で疲れた。早く横になりたい」 

「私もー、ちょっと早めに煙草が吸いたーい……」

 

 急かす西代と、疲れた顔をした猫屋と……めちゃくちゃ不機嫌そうな安瀬。

 

 ここに3人が集まった理由自体は単純。決闘場所は近くて広い方が好ましいという事。ついでに暴れても家主が知り合いであるのならより好都合、だそうだ。

 

「……ほら、開いたぞ」

 

 俺は複雑な心境でドアを開き、彼女たちを招き入れた。

 

 延長戦に対して、安瀬はやる気だった。それなら俺はまだ彼女と関わっていたい。俺はギリギリまで償いを続けたかった。

 

「ありがとう、陣内君。お邪魔するよ……あぁ、それと、今日は泊っていくつもりだからよろしくね?」

「は?」

「お泊りセットもちょうどあるしね。悪いけどよろしくお願いするよ」

 

 着替えの入っているであろうバッグをこちらに見せつけながら、西代は鼻歌交じりに部屋へと上がっていく。

 

「あーじゃあ私もそーしよーかな。なんか、もう帰るの面倒くさくなっちゃったしー、歩くのだって疲れたしー」

「お、おい」

 

 突っ込む暇もなく、西代に続いて猫屋も部屋に入っていく。

 

「陣内の賃貸ってホント立地が最高だよねー。私の家なんてー、ここからだと40分以上かかっちゃうよー」

「本当にね。僕、彼の家に泊まるのもう3回目だ……便利だし、いずれ布団とか持ち込んで大学もここから通いたいね」

「あ、それいいねー!! 朝もっともっと寝てられるじゃーん!!」

(こ、こいつらは……俺の性別を、なんだと……)

 

 ド天然と、女子校出身。男という存在を甘くみている2人は恐ろしいほど遠慮がなかった。俺の素晴らしい住み家を、すでに溜まり場だと認識してしまっている。

 

「……おぞましいな」

 

 2人にどうやって男女の不文律を叩き込むか頭を悩ませていると、背後から暗いぼやきが聞こえてくる。

 

「家に蔓延る美女を見て、手籠めにする算段でも立てているのか?」

「え?」

「はっ、気色が悪いな」

 

 強烈な罵倒。ドアを開いたのに何もせず突っ立っていたせいで、女性の尻でも眺めているのだと安瀬に勘違いされたようだ。

 

「西代はともかく、猫屋は早急に貴様から遠ざけんとな。無垢な女に、どう付け込もうとするか分かったものではない」

 

 不倶戴天を意味する腕組みのまま、彼女は容易には部屋に踏み込もうとしない。男の部屋に上がることに対し、安瀬は真っ当な抵抗感を抱いている。

 

「…………」

 

 なんと返せばいいか、瞬きほどの間逡巡する。

 

 笑って誤魔化すか、何も言わずに黙って一時しのぎで場を流すか。

 

 どう返せば、俺は安瀬を不快にさせないようなコミュニケーションが取れるのだろうか?

 

「……なぁ、そういうのを下衆の勘繰りって言うんだぜ?」

「なに?」

「この場合はな、ただ都合よく利用されてるって言うんだよ」

 

 迷った末、俺は苛立ったふりをして彼女の言葉を強く否定することにした。

 

「あれを見ろ」

 

 玄関を抜けたすぐ先にある台所を顎で指し示す。

 

「すぅー、ふぅーー……あ゛ぁ゛ー、生き返るぅー……」

「さてっと、お酒の備蓄はどのくらいかな? たしか鍋パをした時に置いて帰ったワインがあったはずだけど……」

 

 示した先には、換気扇を回してふにゃふにゃと煙草を吸うバカと、人の家の冷蔵庫を勝手に漁りだす常識知らず。

 

「あの面の皮の厚さだぜ? あり得ないことだが、もし俺が良からぬ行いをしようとしてもアイツらが素直にそれを受け入れるかよ。蹴ったり殴られたりして、逆に俺がズタボロにされる」

 

 噛む、や、潰す、など具体的な表現は避ける。

 

「俺はそんな自傷行為はごめんだ。泥酔して便器に顔を埋めてる方が100倍ましだ」

「………………」

 

 安瀬は無言のまま、片目を閉じた。

 

 開いた方は呆れた様子で目先の2人を観察し、閉じた方は内面で思考を巡らせているようだ。

 

「はぁ」

 

 諦めの混じった溜め息をついた後に、安瀬は一歩前に踏み出した。

 

「……光栄に思え、招かれてやる」

 

 グニィっと、安瀬はわざわざ捻挫した方の足を使って俺のスニーカーを踏みつける。

 

 そうやって玄関の敷居を跨ぎ、部屋に入ってくれた。

 

「そりゃあ、どうも」

 

 それ、足は痛くないのか? とは聞かなかった。

 

 聞くまでもなく、痛かっただろうから。

 

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『じゃあ、俺はちょっと買出しに行ってくる。部屋の物は勝手に使っていいから、ごゆっくり』

 

 安瀬が部屋に入った瞬間、俺は室内まで届く大声でそう言って速攻で扉を閉めた。くるりと踵を返し、最寄りのスーパーマーケットに向かって足を動かす。

 

 家にはもてなす物が何もなかった。部屋を1週間近く空けておく予定だったのだから当然だ。

 

(今日もきっと、長丁場になるな……)

 

 この予感は絶対の物だ。安瀬と西代は曲者中の曲者。延長戦、とやらがそう簡単に終幕するはずがない。

 

 それなら、晩飯とつなぎの間食、あとは捻りがきいた嗜好品も欲しい。

 

 ……これは安瀬からの評価を挽回する、最後のチャンスかもしれない。相変わらずひょんなことから巡ってきた好機ではあるが、気合を入れて望むことにしよう。

 

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「ふぅ……」

 

 買い物を終え帰宅し、そこそこに膨れ上がったビニール袋を冷蔵庫の前に置いて、一息つく。

 

 冷蔵が必要な物を手早く収納して、死闘が繰り広げられているはずのリビングの扉を開いた。

 

「ただいま……って、ん?」

 

 室内は痛いほどの静寂が張り詰めていた。

 

「………………」

「………………」

「すぅ、ふぅー……」

 

 ふわりと柔らかい煙が舞う中でパチン、パチン、と盤上を木片が叩く。

 

 安瀬と西代が、真剣な面持ちで将棋なんかを指していた。

 

「あ、おかえりー陣内」

 

 機械式のタバコを咥えた猫屋が俺に気がつく。

 

「おい、猫屋これはどういう事だ? なんで将棋?」

 

 猫屋と同じように電子タバコをセットして、彼女の隣に座る。この部屋では紙巻はダメだが、壁のシミにならない水蒸気を垂れ流すタイプのヤツは許していた。

 

「……これを将棋って言うのはー、棋士たちに申し訳ない気がするー」

「?」

「机の端、よく見てみなよー」

 

 苦笑いを浮かべる猫屋に促されるまま、将棋盤以外に注意を向ける。机上にあったのは、対局時計代わりのスマホと、持ち駒と、両者の()()

 

「まさか、賭けてるのか?」

「うん。キャッシュカードの中身までぜんぶー……」

真剣師(ボードゲーム賭博で生計を立てる人)かよ……」

 

 提案者は絶対に西代だな。というか、家を賭場代わりにしないで欲しい……。

 

「……で、現状はどっちが優勢なんだ?」

 

 安瀬の聡明さは身に染みて理解したが、賭け事は西代の土俵。どちらが勝っているか想像は付かない。

 

「んー、私ルール知らないから何とも言えないんだけどー、西代ちゃんがもう2回もお手付きしちゃっててさー」

「お手付き?」

「袖を使って駒を移動させようとしたりー、端っこの駒をこっそり懐に収めよーとしたのを、安瀬ちゃんがパシーンって」

「あぁ、サマがバレたのか……」

 

 どうやら安瀬にちゃちな不正は通用しなかったようだ。

 

「そーそー。んでー、次バレたら強制的に負けなんだってー」

「じゃあ今はヒラ打ち(イカサマなし)か」

「………………」

「………………」

 

 俺たちが傍で賑やかしているのに、2人は無言のまま集中した面持ちを崩さない。

 

「……俺、飲み物でも用意してくる」

「え、まじー? ありがとー、陣内。……手伝おっか?」

「いいよ、座っとけ」

 

 方法はともかく、2人は真剣に遊戯に取り組んでいる。それなら、より白熱できるよう添え物を用意しよう。

 

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 さて、賭け将棋には酒が常だ。真剣師たちの傍には常にそれがあったという。

 

 軽く塩を振った養殖の鮎をトースターに突っ込み、安い日本酒を湯煎する。

 

 鮎は香魚と言われるくらいに香りが良い。だが季節外れの物は痩せて香りは薄い。酒だって、精米歩合が70パーセント程度の廉価品。

 

 しかし、味も風味も薄い両者は、合わせると化ける。

 

「よいしょっと」

 

 備前焼(びぜんやき)骨酒徳利(こつざけとくり)。帆船のような形をした酒器に熱した日本酒を注ぎ入れ、軽く焦げ目のついた鮎を丸ごとそのまま沈める。

 

 これで薄い鮎の香りがより強く酒に移り、濃い味の酒が完成。あとは黒釉(こくゆう)のお猪口を用意すれば完璧だ。

 

 俺は作ったお酒をお盆に載せ、居間に続く扉を開けた。

 

「すぅー、ふぅー……ん? わぁー、いい匂いするー!!」

「待て待て、猫屋。まずは対局者たちからだ」

 

 匂いにつられた猫屋が興味を示したが、それを制して安瀬のすぐ隣に腰を下ろす。

 

「……安瀬、良ければどうぞ。振る舞い酒みたいなもんだ」

「うるさい」

 

 俺の問いかけはあっけなく一蹴される。

 

「今、いい所だ。話しかける────っ」

 

 だがこちらに注意を向けたその時、置かれた酒瓶を見て安瀬はひゅっと浅く息をのんだ。

 

「こ、これは……?」

 

 彼女の瞳にキラキラと星がまたたく。口をきゅっと一文字に結び、興味深そうに杯と徳利に視線を左右させた。

 

鮎酒(あゆざけ)って言う骨酒だ」

 

 手短に言って、お猪口を彼女の右手前におき酒をとくとくと流し入れる。

 

「酒に弱いなら味だけ楽しんで吐き出してくれ」

 

 追加で、小さな湯飲みと使い捨てのウェットティッシュを差し出した。

 

「わーお、陣内。アル中の癖して気遣いでき男じゃーん」

「アル中は余計だろ、ニコ中」

「…………」

 

 猫屋と軽口を交わしあう最中、安瀬はジッと注がれた盃を見つめる。その表情は渋く、複雑な感情が混ざり合って見えた。

 

「おやぁ? それしきの酒を前にしてどうしたのかな、安瀬」

 

 手を止めたままの安瀬を見て、対面に座る西代が意地悪そうに笑った。

 

「まさか、お酒は苦手かな? 驚いたよ、まさか僕の対局相手がお酒も楽しめないお子様とはね」

「ち、違う。この男が、あまりに似合わない物を持ってくるから少し驚いただけだ」

 

 西代に馬鹿にされ、安瀬はようやく杯を手に取った。

 

「……ん」

 

 彼女は逆手で杯を口まで運び、細い喉を脈動させながら酒を静かに嚥下する。止まることなく盃を空にし、ふぅと熱い吐息が無風に溶けた。

 

「「「…………」」」

 

 儀式のような飲酒行為を、俺たちは固唾を飲んで見守っていた。

 

「……なんだ、つまらない。飲めるじゃないか」

「というか、いける口だな」

「いい飲みっぷりだねー、安瀬ちゃん。あ、今度一緒に女子飲みとかしよーねー!」

 

 一息で飲み干した所作を見て、俺たちは率直な感想を述べる。明らかに、下戸ではない堂に入った飲み方だ。

 

「……機会があればな」

 

 安瀬は猫屋の問いかけだけに頷いた。カツンと、空の杯が無造作に机に置かれ、追加のお酌を待つ。

 

 その反応から見るに、どうやら酒が嫌いではないらしい。

 

「西代と猫屋はコップ酒でいいだろ?」

 

 お猪口にお酌をしながら、鯨のように飲む2人に確認を取る。

 

「ん、ああ、文句ないよ」

「私も飲めればなんでもいいー」

 

 耐熱コップを彼女たちに手渡しジャバジャバと酒を注ぎ入れる。コップ酒は体に悪いと定説だが、彼女たちの許容量ならまるで問題ない。

 

「じゃあ、俺は晩飯作ってるから。猫屋、立ち合いとお酌は任せたぞ」

「ん、あぁーはいはーい」

 

 対局はまだ時間がかかりそうだ。予定通り、安瀬たちに晩飯を食べていってもらおう。

 

「ねぇー安瀬ちゃん。勝ってるならぁー、ルール教えてよー。見てるだけじゃつまんなーい」

「……まぁいいだろう。対面はここから苦しく、長考が増えるだろうしな」

「んぐっ……な、何を言ってるんだい? 僕はまだまだ余裕だよ。ちょうど、ここから逆転の一手を打つところさ」

「…………」

 

 俺は無言のまま振りかえり、数秒だけ3人を俯瞰した。

 

 呆れ面(安瀬)と、人懐っこい笑顔(猫屋)と、焦りを含んだ微笑(西代)

 

 盤を囲み、酒を賑やかすその光景は、それなりに思えた。

 

 ここ4日間、彼女の詰まらなそうな鉄面皮は、2人のおかげでどこかに消えていた。

 

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 将棋の結果は、また引き分けに終わった。

 

 盤面は安瀬が優勢だったらしいが、押されていた西代が千日手に逃げ、決着は再び延期に。

 

 結局、土下座も金銭の移動も行われることはなく、そのまま夕餉の時間になった。

 

『……なぜ、私はこんな所で飯を食う羽目になっているんだ』

 

 熱々のから揚げと根菜多めの味噌汁。他、白菜や茄子といった水気多い(酒と相性が良い)副菜類。

 

 それらを前にして安瀬はぶつぶつと文句を漏らしていたが、箸と茶器は問題なく進んでいた。悩んだ末に王道を行くことにした献立が功を奏したのかもしれない。

 

「さ、さて、もう細々とした小競り合いは十分だろう?」

 

 食事終わりの晩酌は、どうしても負け惜しみを感じてしまう西代の発言で打ち消される。

 

「最後は胆力の勝負だ。長かったこの戦いに、これで終止符を打とう」

「ふん、肝試しか。貴様らしい、下品なやり方だな」

 

 (たん)(きも)、両方とも肝臓の類義語だ。西代が何をやりたがっているか、すぐに察しが付く。

 

「下品? 実に日本人らしい勝負方法だと言ってほしいね」

阿呆(あほう)か。闘飲なんぞ平安時代発祥の催し物だろう。飲酒の十徳を知らないのか?」

「それだって、たしか江戸時代の書き物だ。今は令和だよ? 飲酒方法にも多様性が許される狂った時代さ」

「……飲酒に関しては啓蒙活動が進んでいるだろうが」

「あぁ失礼。当人たちの合意があれば、という大切な文言が抜けていた」

 

 小難しい話がするすると並ぶ。舌戦を聞いていると両人は同格に見えるが、その実は西代が少しばかり劣勢だ。

 

 2人の勝負は安瀬の奇襲が成功を繰り返し、逆に西代の策は未然に防がれ続けているのだから。

 

「よーするにさぁー、潰しあいで決着をつけようって感じー?」

「身も蓋もない言い方をすればそうだね」

 

 安瀬の突飛さに不利を感じているのは西代も同じようで、彼女は肝臓の性能でケリを付けるつもりのようだ。

 

「はっ、上等だ。私は逃げん、受けて立とう」

「待てよ、安瀬」

 

 無味無臭な声音で、安瀬に待ったをかける。

 

「忠告しとくが西代はかなり強いぞ。そこまで強くないなら、勝負を変えてもらえ。真夜中に救急車とか、普通に迷惑だしな」

 

 心配しているが、心配していない。そんな矛盾した声色を頑張って作り出した。

 

「誰に口をきいている。私に弱点なぞ無い。そんじょ其処らの凡百と私を同列に語るな」

「さいですか」

 

 うん、今のは上手くコミュニケーションが取れたのではないだろうか? 『うるさい』も『黙れ』も『失せろ』とも言われなかった。安瀬の機嫌を損ねることなく、自然に会話できた証拠だ。

 

「陣内」

 

 安瀬に名を呼ばれ、舌の奥側が跳ね上がった。驚きを口内にしまい込み、俺は努めて平静を装う。

 

「な、なんだよ……」

「酒の用意は貴様がやれ。無論、あとで金子(きんす)は払う」

「あ、あぁ、了解…………ただな、吐いてもいいけどお酒様を雑に飲むことだけはやめてくれよ?」

「……変なところは厳しいくせに、吐くのは許すのだな」

「飲み比べでそこら辺のお叱りは野暮だろ」

 

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「結構さぁー……」

「あん?」

 

 パチン、っと盤に駒を指す。指し終わると同時に、対面に座る猫屋の不満げな顔を注視する。

 

「なんだ、待ったか? 仕方ないな、初心者だから3回までな」

 

 俺と猫屋はベランダに机と椅子を持ち込んで、将棋に興じていた。

 

 1階なので見晴らしは悪いが、ここでは紙巻きが吸える。それに、酒で火照る体に夜風は心地いい。俺たちには適切な場所だ。

 

「ちっがーう」

 

 燻る煙草を灰皿に置き、猫屋はいつになく真剣な眼差しを俺に向ける。

 

「結構さ、感触良かったと思うんだけどー……? なのに、なんで陣内は私と将棋打ってるわけー? そりゃー、ルール教えてもらったからー、やってみたくはあったけどさぁー……」

「主語が抜けすぎてて何言ってるか分かんねぇよ。あと、将棋は打つじゃなくて指すな」

「わ、ざ、と、主語を抜いてしゃべってんのー」

 

 俺のツッコミに猫屋は応対しない。『私の言いたいこと、分かってるんでしょ?』と言わんばかりの態度。

 

「陣内はさぁー、今からでもあそこに混ざってー、お酌の1つでもした方がいいんじゃなーい?」

「ひっく…………」

「……うっく」

 

 ベランダから室内へ、猫屋は一瞬だけ視線を送る。

 

 その先では、安瀬と西代が部屋中央のテーブルでジャカジャカコポコポと日本酒を流しこんでいた。

 

「ほら、行ってきなよ……ね?」

 

 子供をあやすような優しい声音で、猫屋は俺に微笑みかけた。まるで勇気づけるようなその行為に、少しだけ面食らう。

 

「……いいんだよ、これで」

 

 ウィンストンを咥え、ゆっくりと煙を吸いこむ。

 

「ふぅー…………酒の席。おろした日本酒は大吟醸を6本。サシ飲み……理想的だろ?」

「……ふーん、そゆこと?」

 

 猫屋にならって、俺も主語を抜いた。俺の狙いは口にするにはあまりにも野暮ったい。

 

 俺は目線は猫屋に向けたまま、聴覚と意識だけを室内の2人に強く向ける。

 

「んっ、んっ、ふぅ……次は、貴様の番だな」

「分かってるよ」

 

 ひのきの(ます)に注がれた酒が空になり、うるし塗りの枡に酒が並々と注がれる。

 

 木枡は安瀬、塗枡(ぬります)は西代。闘飲のルールは単純で、一合枡を交互に空にするだけだ。

 

「んぐっ、んぐっ、ぷはぁ…………前から1つ聞きたかったんだけどさ、優等生って疲れない?」

 

 4杯目を空けようとする西代が、酒で濁った声音で安瀬に問いかける。

 

「講義の時、いつも最前列に座ってさ。内申点もないのに、教員にアピールしてなんになるのさ」

「……別に、優等生になった覚えはない」

「は? なら、なんでわざわざ前の方なんかに……あぁ、もしかして目が悪いとか? 最前列じゃないと板書が見えないくらいに」

「違う。視力は普通だ」

「ますます理解不能だね。前の方じゃあ、本もスマホも見れなくて、お昼寝だってできないのに」

貴様(きさん)な……」

「冗談はおいといて、勉強したいだけならさ、中腹らへんに座ってればいいじゃないか。前だと意味もなく目立つだけだよ?」

「…………」

 

 講義中の席順は自由だ。なので、皆あまり最前列には座りたがらない。生徒は真ん中、後ろ、前方の順で多い。

 

「中腹らへんは……嫌だ」

「? なんで?」

「男が多すぎる。横目にじろじろと見られて、敵わん。前方に居た方がましだ」

「……自意識過剰と笑いたいところだけど、この大学に入って同じ不快感を経験した身としては同情しよう」

 

 酒を交えながら、理系大学の女子っぽい会話が繰り広げられる。その内容は、男として少しだけ申し訳がなかった。

 

「……私も、前から聞きたいことがあった」

「僕に?」

「貴様は……なぜこの大学に入った?」

「え」

「学習意欲がまるで感じられん。遊ぶ時間でも欲しかったのか?」

「……君ねぇ、嫌味を交えないと会話もできないのかい?」

「貴様も似たようなものだろう…………貴様とて、意固地だけが取り柄のような人間だ。違うのか?」

「…………」

 

 酔った安瀬を黙視しながら、西代は枡酒を啜る。 

 

「で? どうなのだ、実際のところは」

「…………新しい環境に身を置きたくってね」

 

 答えるのを少し躊躇った後、西代は何でもないように話を続けた。

 

「どこでもいいから誰も僕を知らない所へ行きたかった。それで、僕でも入れそうな県外の大学をリストアップして…………」

「リストアップして?」

「くじ引きでここを引き当てたってわけだ」

 

 ニヤリと、西代は不敵な笑みを浮かべる。

 

「運否天賦で大海原に飛び出すような行為だったけど、さすがは僕のギャンブル運だ。気に入ってるよ、この大学」

「しょ、正気ではないな貴様」

「はっ、君に正気を疑われたら末期だよ、狂人君」

「……ふん、減らず口め」

 

 ふわりふわりと、酒精に浮かされた雰囲気。細くて長い会話が、アルコールの後押しを受けギリギリのところで紡がれていく。

 

「なんかー……あの2人、超大学生ぽーい」

「……そうか?」

 

 2人の会話に興味を持ったのは猫屋も同じようだった。

 

「そうだよー。ほら、大学生ってさー、集まってお酒飲んで、真夜中になるまでずーと駄弁ったりゲームしてー……みたいなイメージあるじゃん?」

「ダメ大学生の典型だけど……まぁ、俺もそんなイメージがあったな」

「でしょー? 私たち、今まではハチャメチャな飲み方ばっかりしてたけどー……ああやって飲んでると、まるで普通の大学生みたーい…………いいよねー、なんかさー……」

「…………」

 

 心地よい夜風が、急に儚げな郷愁を帯びる。

 

 猫屋は、まるで自分はまだ大学生ではない、みたいな言い方をする。入学して1月経つが、周回遅れの俺たちは当事者意識が希薄だった。

 

「……俺たちだって同じだろ」

「え?」

「俺たちも、もう大学生だよ。はい、乾杯」

 

 中途半端に減っている缶チューハイ。それを猫屋の目前にかかげる。

 

「…………にへへー。うん、かんぱーい!!」

 

 猫屋は屈託なく笑い、勢いよく缶を突き合わせる。

 

 スチール同士の衝突音はあまりいい音はしなかったが、そんなことは気にせずに、俺たちは酒を一気に飲み干した。

 

「ぷはぁー……!! いやぁー、陣内っていいよね!! アル中で、バカで!! ちょうどいいよ、それ!! バカで!!」

「…………これで王手な、バカ猫。当然、待ったはなしだ」

「んにゃーっ!?」

 

 ニコ中でバカな猫屋のおたけびが夜に響き渡った。

 

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 ──────バタン、バタンっ!!

 

「ぅ、う、ぐぐ、う゛ぇ゛ッ!!」

「ぉ、おえ゛、く゛、ぐ、ほ゛ぇ……!!」

「おい、もうやめとけって……」

「う、うっわー……」

 

 実に3時間の激闘の末、ついに2人が勢いよく床に崩れ落ちる。

 

「人間って頑張ればそこまで飲めるんだー……こっわー……」

 

 酒を用意したのは俺だが、まさか一升瓶(1.8L)を6本、全て飲み切られるとは思わなかった……。

 

「まっ、まだだ……われ、まだ飲める……」

「僕だって、まだ、まだ……」

「いやそれ以上はマジで病院コースだからやめとけよ」

 

 なんて胆力。肝試しとはよく言ったものだ。

 

 だがこのまま放っておけば、2人は胃洗浄を必要とするまで争いを続けるだろう。

 

「ほ゛、僕はまだ、ぅきゅっ……負けを、認めない」

「ぐ、ぐぎぎ、ぅ゛う、まだまだぁ」

「……はぁ、仕方ないか」

 

 心を鬼にして、俺はスピリタスを開封した。

 

 もちろん飲ますためではない。ただ、その瓶口を2人の眼前に晒すだけ。

 

「「──────ふ゛ぎゃっ!?」」

 

 それだけで最恐のアルコール飲料は人を害し、生理的な反応を引き出す。

 

 度数96%の刺激臭を鼻腔にぶち込まれた2人は、青い顔をより青くしてフリーズする。

 

「ッ!? っ────!!??」

 

 瞳孔をチカチカと収縮させ、2人はトイレの方へ駆けて行った。

 

「ね、ねぇー大丈夫? あれー?」

「大丈夫だろ、きっと。意識はあったし」

「それもそっかー…………ふわぁー」

 

 猫屋は口を小さく開いて眠たそうに欠伸をする。

 

 もう夜中の12時。昨日も遅くまで起きていたので、そりゃあ眠いはずだ。

 

「あとは俺が見とくよ。俺のベッド使っていいから、猫屋はもう寝ろ」

(…………お、男の人のベッドかー)

「? どうした? あ、先週にちゃんと干して出たから綺麗だぞ」

「あ、え、そ、そっかー。あ、ありがとねー」

「?」

 

 猫屋は顔を赤らめて、ポリポリと頬をかく。

 

 ……猫屋も飲みすぎたか? まさか男の部屋に平気で泊まろうとするくせに男の寝具を使うのが恥ずかしいことはあるまい。

 

***********************************************************

 

「「───、────、─────ッ!!??」」

(あぁー、聞こえない聞こえない)

 

 トイレのすぐの傍にあるキッチンで待機し、煙草を吸いながら耳を塞ぐ。

 

『に、にししろ……も、もっと、そっちに寄れ……ま、まだ、で…………』

『お、おねが、い……せ、せなか、さすって……僕、ぐ、ぐるじ…………』

 

 塞いだ耳の隙間から、美女2人の災禍的なうめき声が聞こえてくる。

 

「すぅ、ふぅー…………」

 

 ……今日は2人が気を失うように寝落ちするまで、ここで酒と煙草やっていよう。2人とも意識はしっかりしているので問題は起こらないだろうが、まぁ、念のために。

 

***********************************************************

 

「……お、おはよう」

「……あぁ」

 

 朝日が顔を覗かせた時間帯、トイレ内の2人がようやく目を覚ます。

 

「……頭が…………頭が痛い」

「私も、だ……。まだ胃の奥がグルグルするし、体の節々が悲鳴を上げている……」

 

 狭いトイレ内で眠ったので2人の不調は当たり前の事だった。

 

「く、くそ、これでまた勝負は引き分けか…………」

「勝負……? い、いや苦しすぎて……もうそんなのどうでも…………」

 

 西代の声は、何故かそこでピタリと止まった。

 

「く、くくく……はははは……」

 

 そして何の前触れもなく彼女はくつくつと笑い始める。

 

「な、何がおかしい? 飲みすぎで気でも触れたか?」

「い、いや、この短期間に2回目だから、ついね」

「?」

 

 ……2回目、というのは俺が西代を初めてこの部屋に上げた時の事だろう。

 

「はぁ……まったく、僕は一体何をやっているんだか……」

 

 苦笑交じりの溜息。扉の向こうの出来事なので想像の域をでないが、彼女はきっとそんな表情を浮かべているだろう。

 

「義憤に駆られて喧嘩を売って、割と好き勝手に翻弄されたあげく、正気を失うまで痛飲して…………浮かれすぎだよ、僕」

「なに?」

「きっと、舞い上がっていたんだろうね……ここ1月ばかりで、もう手に入らないと思っていた時間が流れ込んできたから……」

「…………」

「だから、まぁ……子供みたいに、感情に従って君に突っかかったんだろうね」

 

 西代の話し方は独白じみていた。話し相手は対面に座る安瀬のはずなのに、西代は雲の上から自分に語り掛けているように客観的。

 

「………………」

「………………」

 

 2人の会話は、そこで途切れる。

 

「何がだ?」

「え?」

「だから……流れ込んで来た物は、なんだった?」

 

 恐る恐るといった声紋で、安瀬は不思議な問いを投げかけた。対面している2人にしか分からない空気感を肌で感じとる。

 

「思い出したくない昔も、これから起きる未来も、何もかも忘れられるような…………だよ」

 

 長い独白の最後は、扉に阻まれて聞こえない。

 

 俺には、彼女が何を言ったのか分からなかった。

 

 人生経験が不足しているのかそれとも情報が足りないのか、歯抜けでの予想は空回り、ただそれ以上深く考えて立ち入る事はやめろと脳裏から警告される。

 

 他人の事情を勝手に推測して、どうなったか。俺は忘れていない。

 

「…………」

 

 2人の空間を壊さないよう、煙草を静かにもみ消してリビングに戻った。

 

***********************************************************

 

「じゃー、私たち帰るからー。責任をもって安瀬ちゃん連れて帰るねー」

「わ、私は赤子か、猫屋……」

「二日酔いでふらついてる人はー、赤子とあんまり変わりませーん」

 

 時刻は朝の9時ちょうど。寝起きで元気いっぱいの猫屋と、二日酔いで死に体の安瀬。

 

「というかー、西代ちゃんはまだ帰らなくていいのー?」

「い、いま、頭が割れそうなんだ……もう1日くらい休ませてもらうことにするよ」

 

 おかしいな、今の話は初耳だ。……コイツ、本当に遠慮ないよな。

 

「おっけおっけー。それじゃあーまた来週、大学でねー」

「おう、じゃあな。気を付けてな、2人とも」

「…………」

 

 安瀬は別れの挨拶を返さなかった。

 

 黙って、気怠そうにしながら、猫屋の後を追って部屋を出ようとする。

 

「…………()()()、安瀬」

 

 その時、俺の隣で、予想だにしない不意打ちが響いた。

 

 別れと、再会の約束。

 

 たった3文字の言葉であったが、それは間違いなく西代から発せられ、安瀬へと届く。

 

 去ろうとする安瀬の足がピタリと止まり、驚きと困惑を携え、首だけで振り返る。

 

「また来週、大学でね……僕、次はチェスがいいな。将棋より得意なんだ。幾らか握ってまた相手をしてくれ」

「────」

 

 安瀬は暫しの間、完全に硬直する。

 刹那にも永遠にも思える数秒間。彼女はただ息をのみ、思想を重ね、じっと西代を見つめていた。友愛すら感じられる敵の矛盾を解決するためのパーツを探していた。

 

「……か、賭けるのは」

 

 固く結ばれた唇が、昇る煙のように勝手に開く。

 

「小銭、だけな」

 

 照れくさそうに、ぶっきらぼうに、安瀬は西代を受け入れた。

 

「……ま、()()()、西代」

 

 忙しなくそう言って、安瀬は今度こそ部屋から出て行く。

 

「…………ふぁぁ……眠った気がしないよ、僕……」

 

 西代はカチコチに固まった体を伸ばし、人目を憚らず欠伸する。ここ数日、ヤマアラシのようだった安瀬の相手をしたのだ。疲れは相当のものだろう。

 

「……西代、ありがとな」

 

 俺は、複雑で魅力的な彼女にお礼を述べた。

 

「礼なんて、やめてくれよ。君にお礼を言わなきゃいけないのは、たぶん僕の方だし」

「?」

「それに、その……僕と……君の仲、だろう? 野暮なことは言うもんじゃ…………ふふっ、くくくっ………あははは……!!」

「お、おい、なんだ? 急にどうした?」

「い、いや……!! ま、まさか僕からこ、こんな、台詞が出てくるなんて……!! あはは、あははははは!!」

 

 二日酔いで気分が優れないはずの西代がなぜか急に腹を抱えて破顔する。

 

「ははは、はは…………はぁ……馬鹿らしいや、寝よ。ベッド、借りるね」

「あ、あぁ。おやすみ」

「うん、おやすみなさい。陣内君」

 

 西代は穏やかな顔をして、良く分からないテンションを引っ提げたまま寝室に去っていった。

 

***********************************************************

 

 結局、お互いに謝罪をすることなく、安瀬と西代の関係は決着を迎えた。

 

 でも……たぶんあれは、西代の方が折れてくれたのだ。西代の方から、俺と猫屋の気持ちを酌んで、安瀬に手を伸ばしてくれた。

 

 そもそもの話、何も悪いことをしていない2人は、謝る必要なんてなかったのだ。ただ、互いの在り方を受け入れられることが出来れば良かった。それだけで、どこか気質が似ている2人は意気投合できた。

 

 そんで……あとは俺だ。

 

 俺だけだ。

 

 これでもう、俺だけが、■■だ。

 

 来週からは、きっと、誰にも想像ができないような安瀬の楽しい大学生活が始まる。

 

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