戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
風鳴翼はナナシへの報復を心に誓った。
だが、翼は元々真面目で正義感の強い人間だ。嫌がらせをされたからとそれを相手にやり返すような陰湿な考えをする性格をしていない。
では今回の場合、翼がナナシに対して行う報復とは、一体どのようなものになるだろうか?
翼は自覚している。ナナシが自身をからかう原因の大本が自分の不徳の致すところであることを。
自分が間違っているのなら、それを正し、結果を見せつけることこそナナシへの報復となると翼は答えを導き出した。即ち…
「私だって、本気を出せば家事ぐらい完璧に熟してみせる!!」
「「「…………」」」
弦十郎、奏、ナナシは言葉を失っていた。
この日、弦十郎は二課の仕事、奏は医療機関で体の検査、ナナシは奏の付き添いで出かけており、奏の付き添いをナナシに任せた翼だけが留守番で風鳴家に残っていた。
弦十郎は仕事が終わった後に奏とナナシを迎えに行き、三人は同時に風鳴家に帰ってきた。
そこに待ち受けていた風鳴家の状態は…惨憺たる有様だった。
家に入った時点で三人は違和感を感じ取り、原因に心当たりがある二人はまず翼の様子を確認するため翼の部屋へ向かった。
襖が開いたままになっていたため、中を覗き込むと…普段の散らかり方に輪をかけるような惨状が広がっていた。もはや床が見える部分がなく、翼はこんなに物を所持していただろうかと疑問に感じるほど物品で溢れていた。これは酷い。空き巣や強盗が家探しするにしてももう少し気を遣う。
とりあえず二人は翼の部屋を後にし、風呂場の方へ向かった弦十郎と合流しようと移動した。そして洗面台と風呂場の入り口がある部屋の前で弦十郎が呆然としているのを発見。その視線の先を確認すると…部屋の前の廊下が泡で浸食されていた。恐る恐る部屋の中を三人が確認すると、部屋は腰の高さまで泡で埋め尽くされていた。その泡の発生源と思われる洗濯機からは、蓋が開いて中の洗濯物がぶちまけられているのに混じり、洗剤の容器の残骸があるのが確認できた。容器ごと洗濯機に放り込んだのか…
他にもいくつかの悲惨な部屋の状態を確認しつつ、三人は意を決して玄関で感じ取った違和感の出どころ…何かが焦げたような匂いのする調理場の方へ向かった。本来真っ先に確認するべきであったが、そこにいきなり突入する勇気が三人にはなかったのだ。
三人が調理場へ訪れると、ある意味では予想通りの光景が広がっていた。
まず、まな板とその周辺には様々な食材の残骸が散らばっていた。余程力を込めていたのか、まな板には無数の傷が付いている。だが、不思議なことに何故か包丁が見当たらない。
次にコンロの方に目を向けると…いくつかの調理器具の残骸が目に入る。気のせいでなければ融解したような形状のものがあるが、コンロの火力でそれが可能なのだろうか?コンロ付近の壁から天井にかけて焦げ目が付いており、恐らく火柱が上がったと予想される。
焦げた匂いが充満していることから相応の煙が出たはずなのに、火災報知器が作動していないことに気が付き三人が天井を見上げると…火災報知機に包丁が突き刺さっていた。無いと思ったらそんなところに。落下してきたら危ない。
そしてそんな悲惨な状況の調理場の床に、翼が力なく座り込んでいた。恐らく三人が帰ったことには気が付いていると思うが、翼はピクリとも動かない。
本来なら翼に駆け寄って安否の確認をすべきだが、翼を見つけた三人の視線は、翼の近くにある『モノ』に釘付けになって動けないでいた。
翼の近くにある『モノ』…平皿の上に置かれた禍々しい気配を漂わせる『それ』は、全体が紫色をした『何か』だった。『それ』は絶えず不気味な存在感を放っており、もし『それ』に人が触れたらノイズの様に炭化してしまいそうな…いや、ノイズにぶつけたらそのまま消滅させられるのではないかと思えるほどの威圧感を出していた。
「フッ、フフッ…」
三人が『それ』を見て固まっていると、不意に翼が力なく笑い始めた。
「…三人とも、笑ってくれていいのですよ?部屋を片付けようとすれば逆にもので溢れかえり、洗濯を行えば機械を壊してしまう。調理を行えば危うく火事になるところで…『カレー』一つまともに作ることができない私を、笑い者にしてくれて構わないのですよ?」
どうやら、平皿の中心に10センチ程の高さまで盛られている『それ』はカレーであるらしい。
(カレー、知っている。食べたことも作ったこともある。同じカレーでも作る人次第で全然違うものになるから、色んな家庭の味があるって聞いたことが…ッ!?ということはあれが風鳴家のカレー!!?あれを食べているから弦十郎は普通の人間なのに“紛い物”の俺より強いのかな!?あれを食べれば奏の体も良くなったり…)
(落ち着けナナシ君!?俺はあんなものを食べたことも見たこともない!!そもそもあれはカレーなんて代物ではない!!もっと別の『何か』だ!!)
(私があんなものを食べたら今度こそ再起不能になるよ!!)
混乱のあまり素っ頓狂なことを“念話”で二人に言い出すナナシ。そんなナナシに翼は視線を向けて力なく笑いかける。
「済まない、ナナシ。防人たる私が、お前の言葉に腹を立てるなど筋違いだったのだ。私はお前が言う通り、戦うこと以外何一つ出来ない防人なのだ。ほら、いつものように、身の程知らずの防人と私のことを笑ってもいいのだぞ…」
「……」
ナナシは翼の言葉を聞いた後、少し沈黙したと思うと、唐突に携帯を取り出して誰かに連絡を取り始めた。
『…もしもし、ナナシさんですか?』
「慎次、明日からの翼のスケジュールを詳しく教えて貰っていい?あと出来れば今後翼の仕事を入れるとき、なるべくまとまった自由時間を取れるようにして貰いたいんだけど」
『…?ええ、元々翼さんには負担がかかり過ぎないよう十分な自由時間を取れるよう心掛けているため、問題はありませんが、何か予定があるのですか?』
「翼に料理を教える」
『「「「ッ!?」」」』
ナナシの発言に、電話をしていた緒川だけでなく、会話を聞いていた翼達も驚愕する。
『…本気ですか?』
「本気。これは翼に絶対必要なことだと思うから」
『…分かりました。スケジュールは後程メールで送信します。今後の仕事については、なるべく調整して翼さんとナナシさんが同じタイミングで自由時間を取れるようにします』
「ありがとう。俺は基本休息とかは必要ない。慎次の仕事で手伝えることは全部やるから、慎次も無理のない範囲で協力を頼む…よろしくお願いします」
『…ナナシさん、頑張ってください』
「任せて」
そう言ってナナシは電話を切る。そのタイミングで翼がナナシに声をかけた。
「ナ、ナナシ。一体どういうつもりで…」
ナナシは翼の顔を見ると、ニッコリと笑みを浮かべる。それは普段翼をからかう悪い笑顔でも、翼を憐れむ諦めの顔でもない、慈愛に満ちた笑顔だった。
「翼、俺はさ、翼が苦手なことに自分から挑戦しようとしたことが嬉しかったよ。防人であることを理由に色々なことを我慢している翼が、切っ掛けが俺への怒りだとしても、自分の感情を表に出してくれて良かったと思っている。俺も全力で協力するから、出来ないって逃げるんじゃなくて、もう少し頑張ってみよう?」
ナナシの豹変ぶりに、先日ナナシの思惑を聞いていた奏は、“念話”がまだ繋がっていることを信じてナナシに問いかける。
(ナナシ、前に言っていたことと大分話が違うみたいだけど、どういうことなんだ?今の話はこれから翼をからかうための布石か何かなのか?)
「…というかね、翼。掃除や洗濯、他のことはどれだけ失敗しようが俺がいくらでも後始末をするよ。でもね、料理に関しては余りにも命の危機に直結するからとても放置出来ない。途中で明らかに火災の危険があったみたいだし、食べるものを作ろうとした結果で『それ』を量産されたらとてもじゃないけどフォローしきれない。悪いけど無理やりにでも何か火を使ったもので一品まともな品を作れるまで付き合ってもらうから」
“念話”が繋がっていたのかは分からないが、奏の質問の答えとも取れることを言ったナナシは、翼が作ったカレーに近づき、それを“収納”する…若干ナナシの肌がピリッとした気がした。
「…ナナシ君、そのカレーの“解析”は…」
「…怖いからしたくない」
「…そうか。無理を言って済まない。気にしないでくれ」
ナナシは初めて知識を得ることに対して恐怖を覚えた。
「ナ、ナナシ、気遣いはとてもありがたいのだが、もう一人で料理をしようとは思わない。だから料理の特訓よりもやはり日々の戦闘訓練に力を入れた方が…」
そんなことを言い出す翼に対して、ナナシは気持ち口調を強めた状態で言い放つ。
「俺の考えが杞憂だって言いたいなら、さっきのカレーを味見してもらえるかな?」
「………………わ、分かった。頑張って料理の練習をする」
「うん。試食も後片付けも俺が頑張るから、翼も頑張って」
「…ナナシ君、頼んだ」
「…ナナシ、あたしも出来るだけ手伝うよ」
「後片付けはお願いするかも。でも試食はまともなものが出来るまで絶対にさせないから」
こうしてナナシによる翼の料理の特訓が始まり、何度か調理器具を廃棄物に変えながらも長い特訓の果てに、翼は無事『卵焼き』と呼べるものを作り上げる偉業を成し遂げた。
…その道のりでのナナシの苦労を考えると、翼はナナシへの報復を完遂できたと言っていいかもしれない。
アプリで見た料理の話でSAKIMORIさんの料理下手はここまででは無いと知っていますが、今回の話はSAKIMORIさんが本気を出した結果だと思ってくださいw