戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
ドカァァァン!!!
風鳴邸の庭に爆発音が響く。先程まで翼達と会話をしていたファラの体が、突然爆発したのだ。炎が立ち上り、衝撃で周囲に粉塵が舞い上がる…だが、翼達にファラの自爆による炎と衝撃が襲うことは無かった。
燃え上がる炎のすぐ傍には、ナナシが佇んでいる。その体は至る所に傷を負い、左腕は消し飛んでいる。そしてナナシの背後には、“障壁”で守られた翼達がいた。
ファラが行動を起こそうとするのを察したナナシは、咄嗟にファラを突き飛ばしながら“障壁”を展開していた。至近距離で爆発の衝撃を受けたため腕は吹き飛んだが、ナナシが回復できることを考えれば被害は軽微に済んだと言える。
「呪われた旋律を手に入れれば、装者を生かす道理が無くなったということなの!?だから、こちらの気を引くことを滑らかに…」
「緒川さん!本部に連絡を!イグナイトモジュールの使用を控えさせなければ!」
「ダメです!恐らくこの粉塵が…」
緒川が本部に連絡しようとするが、通信機はノイズ音を響かせるだけで繋がらない。
「付近一帯の通信攪乱、周到な!…そうだ!“血晶”で風鳴司令に連絡を!」
マリアの言葉に、翼達がそれぞれ手にした“血晶”を使い弦十郎に“念話”で語り掛けようとして…
「させねえよ」
…そんな言葉と共に、四人の“血晶”が血液へと戻り、声の方向…ナナシの元へと移動してしまった。
「ナナシ!!?一体、何を…」
「その男から離れろ!翼!!」
「っ!!?」
ナナシに近づこうとした翼を、八紘が引き止める。八紘は銃を手に構えて、ナナシに銃口を向けていた。
「お父様!!?」
「先程の人形の発言、そして今の我々に対する妨害行為…どういうことか説明してもらおうか?」
翼の呼び掛けに応えず、八紘は険しい顔のままナナシへと問いかける。すると…
「くくくく…ふははは…あっはははははは!!」
…ナナシは心底楽しそうに笑い声を上げながら、翼達の方へと振り返る。炎を背に、片腕を失い全身傷だらけになりながら狂気的な笑みを浮かべるその姿は、この上なく邪悪なものであった。
「どういうことか、だと?この状況で、わざわざそんな確認が必要か?流石はお人好しの弦十郎の兄ってところか?」
全身の傷を修復し、左腕を徐々に生やしながら、侮蔑を籠めるようにナナシはそう言った。
「あの人形の言葉は真実、ということか…貴様は何故、我々を裏切った?いや、貴様が我々にこれまで協力していた真の目的は何だ!?」
「ああ?真の目的?別に偽ってねえよ。俺の願いはただ一つ、歌姫達の最高の歌を聴くことだ」
「それが真実なら、何故敵を庇うような真似をする!?翼達の妨害をする貴様の行動は、明らかにその願いと矛盾している!!」
「あっはははは!!流石はSAKIMORIの父親だな!頭が固過ぎるところもそっくりだ!」
「っ!!?」
八紘の言葉を、ナナシは心底楽しそうに嘲笑う。
「矛盾?何処がだよ?あのクソガキと人形共のお陰で、こいつらの最高の歌を聴けたじゃないか?呪われた旋律なんて冗談じゃない!俺にとって装者達の歌は正に、魂を揺るがす神秘の福音に他ならない!」
「っ!!?」
芝居がかった動きをしながら恍惚の表情を浮かべるナナシに、八紘は驚愕を露わにした。
「まさか、翼達が戦場で奏でる歌を聴くために、敵に協力したと言うのか!?そんなことのために人命を、世界を危機に晒したと言うのか!!?」
「Exactly!!人命?世界?何故そんなものを考慮しなければならない?俺にとって一番重要なのは、歌姫の奏でる歌だけだ!偶然エルフナインの体に施されたS.O.N.G.を監視する毒に気が付いた時は焦ったよ。あのままエルフナインが自身への処罰を覚悟して弦十郎達にキャロルの生存を報告していたら、早々に事件が解決して装者達が戦場に出る理由を失うところだった!」
「「「「……」」」」
何も悪びれる様子無く、ナナシは八紘の言葉を肯定する。そんなナナシの様子を、翼達は無言で眺めていた。
「あはははは!敵にまでお前らのお人好しが知れ渡っていた挙句に、そこをまんまと利用されるなんて滑稽だな!まあそのお陰で、疑われないためにお前らと同じようにお人好しに生み出されたエルフナインを説得して協力させるのは簡単だったよ。あのクソガキを殺さずに止めてやるって言ったら一発だった!何の疑いもなく俺なんかの言葉を鵜吞みにするなんて、本当に良い子ちゃんだよなぁ?あははははは!」
「……」
狂ったように笑うナナシを、銃を構えたまま八紘が無言で睨んでいると、ナナシが笑うのを止めて八紘に声をかけた。
「警戒しているな?何故ペラペラと事情を話すのか?何か隠そうとしていることがあるんじゃないかと?」
「っ!!?」
「弦十郎達の報告にあっただろ?俺は感情を読み取る“紛い物”だぞ?この期に及んで何か俺が裏切らなきゃいけない理由があったんじゃないかって葛藤もお見通しなんだよ!」
完全に再生が終わった左腕の調子を確かめながら、ナナシは自身の思惑を語り続ける。
「信じる信じないは好きにすれば良いけど、俺が事情を説明しているのはお前達に俺の事をちゃんと敵として認識して欲しいからだな!」
「敵として…?」
「Exactly!!俺の願いは歌姫の強い想いが籠った歌を聴くこと。ただ、籠めてある感情がプラスかマイナスかはそこまで重要じゃない。今まで沢山他人を思い遣る感情が籠った歌を聴いてきたし、今後もライブに忍び込めばそういった歌は聴き続けられるからな!…俺の行動がバレたからには、今後は敵として純粋に俺に対しての憎悪や憤怒が籠った歌を聴きたいから、中途半端に迷われると困るんだよ。だから素直に質問に答えてんだ。俺がお前達の敵だということを、明確に認識してもらえるようにな!あははははははは!!」
ナナシの高笑いが響き渡る中で、今まで黙り込んでいた翼達が前に出てナナシを見据える。
「ナナシさん…」
「「「ナナシ…」」」
「お?罵倒か?恨み言か?いいねいいね!歌じゃなくても感情の籠った言葉は大好きだ!今お前達はどんな気持ちだ?聞かせてくれよ!」
ナナシが翼達を煽るように言葉を投げかける。そんなナナシに、四人は無表情のままゆっくりと口を開いて…
「長いです。状況が差し迫っているのでそろそろおふざけはやめてください」
「それ以上茶番を続けると言うのなら…」
「あたし達は今日限りでアイドルを辞めてやる!」
「決別だ…歌女であった私…」
「あのクソガキを説得できないか試すためにエルフナイン脅迫して勝手に動いてました!!ごめんなさいでしたー!!!」
…翼達がアイドルを辞めると言った瞬間、ナナシはこれまでの悪役ムーブをかなぐり捨ててその場に土下座して地面に頭を擦り付けた。
「てか、何でお前らから伝わってくる感情が終始呆れと納得なんだよ!!?俺が必死に裏切り者として立ち去る準備してるのに欠片も怒りや憤りを感じないってどういうことだ!!?落差が凄くてまともな反応を返す八紘氏が馬鹿みたいじゃないか!?」
「ナナシさんが僕達に隠れて何かしているのなんて今更でしょう?」
「それに、皆で集まって話した時にエルフナインからあんたの会話の特徴とその考察は聞いてんだよ」
「あなた、ただの一言も「自分は裏切り者だ」って断言してないじゃない?そう思わせるように会話を持っていこうとしていただけでしょう?」
「どれだけ俺の思想は分析されてんだエルフナインさーん!!?」
緒川、奏、マリアの三人に取り囲まれながら頭を抱えるナナシを見て、八紘は呆然としていた。そんな八紘に、翼が苦笑しながら近づく。
「これは、一体…?」
「あれはああいう奴なのです、お父様。最善の結果を掴むためなら自身のことを簡単に切り捨てようとする…S.O.N.G.で最もお人好しな男です」
困惑する八紘に、翼は困ったような…しょうがない者を見るような、優しさの籠った視線をナナシに向けていた。
「ていうか、往生際が悪いんだよ!何だよエルフナインを脅迫したって!?」
「は?いや、言葉通りだけど…?」
「何をどうしたら脅されている相手とまるで兄妹のように笑って過ごせると言うつもりなの?幾ら何でも無理があるでしょう?」
「いや、それは…」
「大方、納得させた上で協力を取り付けていたのであろう?それが露見するとエルフナインの立場まで危ういから全ての責任を被ろうとした…全く、お前は相変わらずお人好しだな?」
「ちょっとは空気読めよポンコツSAKIMORI!!
「「がはっ!!?」」
逆切れしたナナシが放った言葉のカウンターによって翼が膝から崩れ落ちる。なお、青春時代を全て施設で過ごしていたマリアも被害にあった。
「…ナナシ、タバスコ持ってるか?あったら今すぐ出せ」
「は…?えっと、料理用に“収納”に仕舞ってあるけど、何故ここでタバスコ!?」
唐突に尋ねてきた奏の言葉に、ナナシが困惑する。
「決まってんだろ?飲むんだよ」
「あ、ああー…今回の罰として、タバスコ一気飲みしろと?え?その程度で許してくれるの?」
ナナシが困惑しながらも、奏の言葉の意味に思い当たり…
「違う違う、あんたへの罰として、あたしがタバスコを飲むんだよ」
「何でそうなった!!?」
…奏の訂正で、ナナシが驚愕と共に“収納”からタバスコを出そうとしたのを取りやめた。
「駄目に決まってんだろうそんなこと!!?辛さっていうのは正確には味覚ではなく痛覚!粘膜の刺激で発生している感覚なんだから、喉にかかる負担がデカいんだぞ!?お前達の料理に使う時は、慎重に慎重を重ねた上で使用しているし、俺が唯一お前達に独自判断での買い食いを全面禁止にしているのが唐辛子なんかの刺激物を使った物なんだから分かっているだろう!!?タバスコを直接飲んだりしたら、奏の美しい声が!!?!?」
「だから、罰だって言ってんだろ?幸い、しばらく人前で歌う仕事は無いんだから、少しの間喉の調子が悪くなるくらい問題ないだろ?」
「そんな訳あるか!!?」
「奏、私も付き合おう!私達は両翼、苦楽を共にする相棒なのだからな!」
「なら、私は敢えて少し方法を変えてみましょうか?そうね、その男の前で数時間ぶっ通しで歌ってみるのはどうかしら?少しずづ私の歌声が澱んでいくのを聴かされるのはどんな気持ちになるのかしらね?」
「待ってごめん許してすみません申し訳ありませんでしたー!!!」
最早発狂しそうな勢いで頭を地面に叩きつけながら謝罪の言葉を紡ぐナナシに三人が呆れていると、緒川がナナシに声を掛けた。
「答えてください。どうして本部と連絡を取ることを妨害するんですか?このままだと世界崩壊の計画が進んでしまいますよ?」
「…さっき言った通りだ。人命も、世界も、俺にとっては重要じゃないんだよ。オートスコアラーの目的はイグナイトモジュールを使った装者に破壊されること。逆に言えば、イグナイトを使用していない装者には厳しい相手ってことだ。俺は、世界なんかのためにクリス達を危険に晒したくない」
「「「「「っ!!?」」」」」
ナナシの言葉に、全員が驚愕する。確かに、イグナイトの使用を制限すると言うことは、現在最後のオートスコアラーであるレイアを相手にするクリス達が苦戦を強いられるということに他ならない。
「だから、お前達に連絡させるつもりは無いし、俺も本部に伝えるつもりは無い。クリス達に引けと言ったところで、敵を前にしたあいつらが素直に聞くとは思えないし、それなら戦闘中に迷いが出るような情報は伝えるだけ無駄だ。あいつらがあのロリコン人形を倒した後で、全員であのクソガキに対処した方が良い。世界が分解されるリスクが上がることになるだろうが…知ったことか!万が一にもあいつらを失うくらいなら、そんな世界はいらねえよ!」
そう言ってナナシは立ち上がり、四人に何かを投げ渡す。それは、先程ナナシが回収した“血晶”だった。
「“念話”は一旦解除した。俺を説得するのは自由だけど、ここから移動して本部に戻るのとどっちが早いか冷静に考えることだな」
「…説得は無駄だな」
「ええ。これに関してはこの男の意志を曲げるより、世界を救う方がよっぽど簡単ね?」
「全くだ…緒川さん!移動を開始しましょう!」
「分かりました!急いで車を準備します!」
そう言って、緒川が車の方へと駆けていく。
「あ、俺はちょっと事後処理で10分ぐらい遅れて出発するから、先行っててくれ!」
「「「…タバスコ」」」
「これは大丈夫だから!了子もナスターシャ教授も知ってることだから!!」
「「「これ『は』?」」」
「いちいち揚げ足を取るなよ!?ほらほら、さっさと行け!」
「…仕方がない、今は先を急ごう。この騒動が済んだら、まだ語っていないであろう貴様の秘密を洗いざらい吐いてもらうからな!!」
「俺の秘密……どれだ?」
「迷うほどあるのか…」
後ろ髪を引かれつつ、翼達はナナシを残して緒川の待つ車へと駆け出して行った。
「これで良し…全く、最後までとことん手間かけさせやがって…」
何やら作業を終えたナナシが、翼達の後を追うために動き出そうとして…
「待ちたまえ」
…その背に、ナナシを引き止める言葉が掛けられた。ナナシが振り返ると、そこには抜身の日本刀を構える八紘が立っていた。
「おや、八紘殿?何か御用でしょうか?今は急を要するということは分かっていると思われますが?」
「…その取って付けたような言葉遣いは今更必要ない」
「あ、そう?それはありがたい!敬意なんてこれっぽっちも無いのに敬語を使うのは敬語に失礼だと思っていたところだ!」
八紘が許可して早々、ナナシが煽るように言葉を崩す。そんなナナシを、八紘は刀を構えながら睨みつけていた。
「で?一体何の用だ?」
「組織の裏切り者を、そう易々と見逃す訳にはいかないだろう?」
「だよな!?普通そうだよな!!?…ゴホンッ、それでどうするつもりだ?まさかそんな刀と懐の拳銃なんかで俺を止めるつもりか?…ま、まさかお前も弦十郎みたいなOTONAだったりするのか!?一瞬で俺の体を粉微塵に切り刻めるとか!!?」
何故か一瞬、自分を咎める八紘に嬉しそうな反応を返したナナシは、あくまで茶化すように八紘に語り掛ける…後半は、八紘が弦十郎の兄であることを思い出して割と本気で警戒していたが。
「生憎と、私は弦と違って人並程度の力しかない…だが、得体の知れない人物が娘に近づくのを黙って見逃す訳にはいかないのでな」
「あっはははは!!今更父親面か!?随分とまあ都合が良いな?あいつの人生の約半分くらい碌に目を向けずに逃げてきたお前が、どの面下げてそんな言葉を口にしやがる?」
ナナシの蔑む様な言葉を八紘は黙って聞いた後、一拍の間をおいて口を開いた。
「…確かに、私は逃げていた。翼の幸せのため、翼が夢を追いかけるため…そんな言葉で自分を騙しながら、君が言ったように娘と向き合うことから逃げてきた。風鳴の道具として利用されないよう、翼を守らなければならない…そんな想いから、私は何時までもあの子を…既に自分の道を進むことができる程強くなったあの子を、誰よりも風鳴の道具扱いしてしまっていた」
「……」
「そんなことにさえ、君に言われるまで気づきもしなかった愚かな男だ。確かに私には、あの子の父親を名乗る資格は、無いのかもしれない…だが…」
そこで言葉を区切った八紘は、僅かに下げていた視線を前に向けて、その瞳と言葉に並々ならぬ想いを籠めて…宣言する。
「それでも、あの子は…風鳴翼は、私の娘だ!」
それは揺るぎのない真実だと、八紘は…風鳴翼の父親は、感情を読み取る“紛い物”に対して、堂々と言い切ってみせた。それに対して、ナナシは…
「…まあ、そうだろうな。お前は確かに、あの不器用なSAKIMORIの父親だよ」
…フッと笑って、八紘の言葉を肯定した。
「本当に、人間は面白いな?血の繋がりを何より重要視する癖に、そんなものが無くても想いの強さで簡単に繋がってみせる。かと思えば、血の繋がりは明確なのに、想いは繋がり切れずに親子揃って迷走してる奴らもいるし、傍から見れば親子だなんて分かり切っているのに、当人達は今みたいにまるで命懸けで宣言しないといけないぐらい自信が持てない不器用な奴らもいる。幾ら見ていても、理解できる気がしない…」
「…何故、君は今回のような行動に出た?君なら他にも上手いやり方が出来たはずだ。幾ら弦達を信頼していたとしても、こんなことを続けていればいずれは…っ!!?」
八紘は、ナナシへ問いかけている途中で、あることに気が付いた。
『俺が必死に裏切り者として立ち去る準備してるのに欠片も怒りや憤りを感じないってどういうことだ!!?』
八紘の脳裏に過るのは、先程ナナシが語った言葉。そこから八紘は、ナナシが行動を起こした理由についてある仮説を立てた。
「君は…弦達の元を、去ろうとしているのか?」
問題を起こしたから追放されるのではなく、追放されるために問題を起こしたのではないか?…ナナシの『立ち去る準備をしている』という発言から、八紘はその考えに思い至った。
「うーん、五十点…いや、今は七十点だな?正確には、『どちらでも良い』だ」
八紘の問いに、ナナシはそのように答えた。
「どちらでも…?」
「別に、あいつらの所から去るのが目的って訳ではないんだよ。ただ単に、俺が思い描く最善の未来を掴む上で問題が発生した場合、責任の所在を俺で終わらせられるように動くようにしてるだけだ。組織に所属しているから出来ることがあるように、出来ないこともあるからな?追い出されたらそれはそれで、好き勝手にあいつらが最高の歌を歌えるように行動していくだけだ。だから、最悪どんな責任を負わされようと何の問題もない“紛い物”の俺は、それを見越して好き勝手に動いているだけだ」
「それで、どちらでも良いと…いや待て、『今は七十点』とは、どういう意味だ?」
「最近は国連に目を付けられているし、組織に所属しているデメリットがだいぶ大きくなっているからな?それにS.O.N.G.の奴らはどいつもこいつもお人好しだろ?後ろ暗い仕事を気軽に頼める協力者がいれば色々助かる。あんたなら分かるだろ?非合法ギリギリの捻じ込みが得意な国の重鎮様?そしてその役割は、人の理に縛られない“紛い物”が最適って訳だ!」
そこまで言ったナナシは、明るい笑顔をクスリとした…何処か寂しさを感じさせる笑みに変えて、ポツリと呟くように言葉を零した。
「…俺が居なくても、あいつらの歌声に影響が無いことは、ロンドンのライブで分かったしな…それに…昔、この屋敷で過ごすお前の事を見て、何もかも遠く離れていても、繋がれる在り方が存在することも知ったからな…という訳で!」
そう言うと、ナナシは八紘に向かって何かを放り渡す。八紘が反射的にそれを手に取ると、そこには赤く輝く“血晶”があった。
「ここまでの俺のプレゼンを聞いてもらった上で提案なんだけど、俺を使うつもりはないか?お前なら俺を上手く扱えるだろ?難しく考える必要はない。お前はただその『お守り』を手に日々の愚痴を念じれば良いだけだ。お前が邪魔だと思う人物や問題を思い浮かべるだけで、きっと良いことが起こると思うぞ!『お守り』の対価は、エルフナインの身の安全と、ナスターシャ教授を何処か目視できる病室に移してもらうことと、定期的に頭に響いてくるナスターシャ教授の治療方法を医者に伝えてくれることだ!」
ナナシの話を聞き終えた八紘は、思わず深い溜息を吐いた。
「弦や翼達が、君をお人好しと言う気持ちが少し理解出来た…君は、他者のためなら自身の立場など厭わないのだな?」
「いやちょっと待て!?何でそうなるんだよ!!?全く人間ってのはどいつもこいつも…あのなぁ、はっきり言っておくぞ?俺は自分の願望のためなら他人がどれだけ不幸になろうが何人死のうが知ったことではないんだよ!!」
ナナシが頭を押さえながら、まるで日頃の鬱憤を籠めるように八紘に愚痴を言い始めた。
「それだけじゃない!正直な話、俺は俺の幸せのためなら身近な人間の意思でさえどうでも良いと思っている!それこそ弦十郎達どころか、歌姫達の意思でさえも同じことだ!!」
「っ!!?」
驚愕する八紘に構うことなく、ナナシは更に言葉を続ける。
「お前達人間みたいに、俺は他人の幸せを目的として動くことなんて出来ねえよ!そんなものはどうでも良い!俺は俺が幸せになるために、歌姫達が最高の歌を歌えるように、あいつらを手伝っているだけだ!だから、あいつらがどれだけ迷惑に思っても、鬱陶しいと疎まれても、俺はあいつらの感情が暗くなるのを見過ごせないんだよ!!!」
「俺が幸せになるために、あいつらには世界一幸せになってもらわないと困るんだよ!!あいつらの都合なんて知ったことか!!!」
「……」
「それをお前らはどいつもこいつも勝手に自分に当てはめて考えやがって…これで分かっただろ!?俺は“紛い物”で、お前らとは違うんだよ!他人の幸せは俺にとって目的じゃない、ただ俺の利益に利用するための手段なんだ!他人の幸せを、まるで自分の事みたいに共有できるお前達と一緒にするな!!」
…これ以上無く力強く、『自身の幸せは他人の幸せが前提であること』を宣言するナナシに、八紘はすっかり毒気を抜かれてしまい…刀を鞘へと仕舞い、手にした“血晶”をナナシに投げ返した。
「…もうちょっと検討してくれても良くないか?気に障ったなら謝るよ。ほら、完全に手綱を放すと俺は何仕出かすか分からないぞ?何ならお試しってことで二、三人気に食わない人間の名前を思い浮かべるだけでも…」
「そのやり方は間違っている」
慌てて八紘に取り繕うナナシの言葉を遮り、八紘はそう断言した。
「…君の発言から、君は私が翼の部屋を手入れする様子を見たことがあったのだろう?ああ、確かにあれは私の未練に間違いない。あの子のためと考え、自分からあの子を遠ざけながら、少しでも繋がりを保ちたいと想う、身勝手な未練から来る行動だ」
「……」
「…私は、自分の選択が正しくなかったとは思わない。あれがあの子のために出来る最善だったと今も思っている…だがな、どんなに正しいと思っていても、どれだけあの子が夢に向かって進めていることを耳にしても…決して、満たされることのない空虚が胸の内に存在し続けるのだ。あの子が世界に羽撃くことを決めて、この上ない喜びを感じた時でさえ…この空虚が満たされることは無かった」
「……」
「初めて顔を合わせた君に見抜かれてしまう程の、未練がましい行動だと分かっていても、想いを殺しきれなくなる程に…大切な存在から離れることは、満たされぬ空虚を抱え込むことになる。だから、君が幸せになりたいと言うのなら…そのやり方は、間違っている」
「…そう、か…空虚は…『空っぽ』は…嫌、だよな…?」
八紘が紡いだその言葉と、そこに籠められた想いは…これ以上無い程に、ナナシの心を揺さぶった。八紘から感じ取った…否、感じ取れなかった想いが、かつての自分を思い出してしまい、自身の歩もうとしている道の先に、その想いに至る未来を見て、恐怖した。
「ま、まあ、仕方ないよな!流石にこれだけやらかして無罪放免とはいかないだろ!出来るだけ抗って、駄目だったら大人しく責任を取って、可能な限りあいつらの傍にいられる方法を探してみせるさ!あ、あははははは!」
内心で感じる恐怖を押し殺しながら、気丈に振舞うナナシを見て、八紘は溜息を吐きながらある提案をした。
「…今回の件、私が秘密裏に錬金術師の首魁と交渉するよう君に命じていたことにしよう」
「えっ!!?な、何で…?俺、あんたには嫌われていただろう?」
困惑するナナシに、八紘は再び溜息を吐いて答える。
「…君は、私が君の提案を受けた場合に私が負い目を感じないようにわざと嫌われようとしたのだろう?非常に短い間ではあったが…弦の報告と、翼に接する君を見て、君の在り方は良く分かった」
「……」
「正直、君に思うところはある…だが、娘と向き合う切っ掛けをくれた、礼だとでも思ってくれればいい」
「…これまでの失礼な態度、本当に申し訳ありませんでした。どうか、よろしくお願いします」
ナナシが深々と頭を下げながら、八紘に対して謝罪する。その言葉には今度こそ、確かな敬意が籠められていた。
「…謝罪を受け入れる。それから、態度を改める必要はない。これからも、弦や翼達の力になってくれることを期待している」
「…ああ、任せてくれ。
安堵したように微笑んで、ナナシは八紘の言葉にしっかりと答えてみせた。
「ところで、だ…」
カチャリ…
話を終えて、ナナシが今度こそ翼達を追いかけようとしたところで…刀を仕舞った鞘に手を掛けながら、八紘がナナシに声を掛けた。
「少し、聞きたいのだが…君は翼に普段、どのように接している?弦達の報告では、君達の私生活については暈されていてね?」
「え?えっと…基本的には慎次と一緒で、部屋の掃除や仕事のスケジュール管理をしたり、食事の世話をしたりしながら、茶化したりからかったりして…翼の俺に対する心情はまだよく分からないけど、寝ぼけていたとはいえ、下着姿のまま襖を開けられるくらいには気を許してもらっているかな?」
チン…
ナナシの言葉に、親指で鍔を押して僅かに刀身を覗かせながら、八紘がその身から発する圧を強めて言葉を紡ぐ。
「…後日、ゆっくり時間を作って話がしたい。君の口から、翼の近況について聞かせてもらいたいのだが、構わないか?」
有無を言わせぬ雰囲気を漂わせる八紘を前に、ナナシは冷や汗を流した。
(さ、流石は弦十郎の兄貴だ。弦十郎や慎次、了子みたいなOTONA特有の圧を感じる…今、頭に未来さんが過ったのは何故だろう?…まあ、今回の件でかなり大きな借りが出来たし、翼のことが気になって仕方が無いのは分かるから、ここでの返事は一つしかないよな?)
微妙にズレた理解をしながら、ナナシはゆっくりとその口を開いて…
「だが断る!!」
…きっぱりと、拒絶の言葉を口から放った。
「…理由を、聞かせてもらえるかな?」
遂に八紘が刀の握りに手を掛けて、威圧感と共にゆっくりと鞘から刀を引き抜いて…
「いや、折角翼と分かり合えたのに、今更人伝で妥協しようとするなよ!?」
「むっ!?」
…痛い所を突かれた八紘が、ピタリと刀を抜く動きを止めた。
「今そこで躓くと、多分かなりの期間翼と向き合うことが出来なくなるぞ?自分でも自覚していた最大の問題が解決してしまったから、その気になれば何時でも会える…みたいな感じで、危機感が無いから切っ掛けが見つからずに顔を合わせづらいまま気が付くと数年の時間が空いていた、みたいなことに…」
「い、いや、だが…」
「言っとくけど、翼に期待するなよ?あのSAKIMORIも今回の件で安堵して心置きなく海外での活動に力を入れるだろうし、お前が多忙だから頻繁に声を掛けると迷惑になるって考えて時間を空けるだろう。そしてそうやって間が空けば空くほどに、切っ掛けが無ければ話せなくなって、盆とか正月なんかの特定のタイミングしか会わなくなり、その盆や正月でさえお前達は多忙なんだから、結局年に一回会えるかどうかってことに…」
「む、むぅ…」
「だから、ここがチャンスなんだよ!この騒動が終わり次第落ち着いて話す場を設けて、次の約束を取り付けるんだ!そうすれば自然とまた次に繋がって、何気ないタイミングでも声を掛けてもらいやすくなるから!」
「だ、だが…」
「ああもう、ほら!やっぱりこれ持ってろ!今回の騒動が解決したら俺が連絡入れてやるから!そんでもってSAKIMORIが海外に出る前に何とか話し合いの場を設けてやるから、お前は何とか時間を作って俺に伝えろ!本気でお前には感謝してるんだから、忙しかったら手伝える仕事は手伝うから!!良いな!!?」
「わ、分かった…」
強引に“血晶”を八紘に押し付けて、ナナシは今度こそ“障壁”を足場に駆け出し風鳴邸を後にした。
ゾクリッ!!
「っ!!?」
「…?どうした?翼?」
「あ、ああ、いや、何でもない。少し背筋が震えただけだ」
「気負い過ぎよ。少し落ち着きなさい。戦場に出る前に疲労で倒れないようにね?」
「あ、ああ、大丈夫だ。心配させて済まない」