戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第104話

とあるファミレスの中で、響と洸が向かい合って座っていた。

 

それはまるで先日の話し合いと同じよう…しかし、あの時に比べて洸の様子がおかしかった。

 

元々、再会した洸は響が覚えている過去の洸と比べて痩せたように思っていたが、今の洸は前回会った時と比べても、何処かやつれたような印象を受けた。

 

「…お父さん、ひょっとして体調悪い?」

 

「っ!?あ、あはは…実は最近、食欲が無くて…夏バテかな?」

 

響の問いに、引き攣った笑みを浮かべながら洸はそう答えた。

 

 

 

洸は、あのファミレスでの一件以来とても頭を悩ませていた。

あの後、一旦家に戻って冷静になった洸は、あの男の言葉を質の悪い悪戯なんじゃないかと思い始めていた。響の友人であるあの男が、家族を捨てて逃げた自分のことを懲らしめたくて接触してきただけの、単なる嫌がらせなのではないかと…

 

しかしその翌日、教えてもいない洸の口座に大金が振り込まれていたことで、その淡い期待は早急に崩れ去ることになった。

 

振込先は聞いたことのない会社名になっており、調べてみても詳細は全く分からなかった。

 

洸が真っ先に感じたのは恐怖であった。

流石にこの状況で大金が手に入ったことを素直に喜べるほど洸は図太い神経をしていない。そして恐怖故に、この件を誰かに相談することも出来なかった。下手に深く調べて藪から蛇を出すような事態になることを恐れたのだ。

 

洸が次に考えたのは、響のことだ。

あの男の言葉が全て真実であったなら、響は得体の知れない人間と関わって何らかの活動をしており、その結果一週間近く昏睡状態に陥ったと言うことになる。

本来であれば、すぐにでも響本人に問い質すか、それが無理でも響の母親に…自分の妻に話を聞くべき事柄であったが…それを実行に移す勇気は、洸には無かった。

 

『わたしは、今のお父さんを…お父さんだなんて、思えない』

 

『あなたは、響さんの…何ですか?』

 

あの日から、響とあの男の言葉が洸の頭から離れない。明確に父親であることを否定されてしまった自分が、どのような立場で今の響の立場を問い質せばいいのか分からない。そして、同じように自分の妻から、夫であることを明確に否定されることを恐れて、結局連絡を取ることが出来なかった。

 

それからというもの、常に洸は響の事で悩み続け、食事も碌に喉を通らずに憔悴していった。そうやって悩んでいると、時折自分の脳裏に悪魔が囁くような選択肢がちらつくようになった。もう、このまま現状を受け入れてしまえばいいのではないか?と…

 

一度逃げ出した自分が、今更家族に戻りたいと言ったところで、誰も幸せになれないのではないか?…もう自分は、あの男が言うように、家族との繋がりは完全に消えてしまっているのではないか?…それならば、これまでと同じように、見たくない現実から目を逸らしていれば、定期的に大金が手に入る今の生活を受け入れてしまえば全員が幸せになれるのではないか?…そんな、都合の良い考えが頭に浮かんでくることが多くなった。

 

だが、それでも…洸は、響が危険なことをしているかもしれないという現状から、目を逸らすことが出来なかった。

 

過去に自分の娘が死にかけた時、怖くて怖くて仕方が無かった。もう二度と、娘の太陽のような明るい笑顔を見られないことが、どうしようもなく怖かった。その恐怖を思い出してしまってからは、洸は目の前の現実から目を逸らし続けることが出来なくなった。

 

今の(・・)あなたには、何の関係もないことですよね?』

 

そう、『今の』洸には、響の現状を聞き出して、それに口出しをする権利など無い。だから…洸はなけなしの勇気を振り絞って、震える手で響へとメールを送ることにした。もう一度…響と『家族』になるために…

 

 

 

そう意気込んだは良いものの、いざ響と対面すると先日の響の涙を思い出してしまい、洸はなかなか言葉を口にすることが出来ず、響の顔をまともに見ることが出来ないまま、視線を忙しなく動かして落ち着きがない様子だった。そうしている内に、響が俯かせていた顔を上げて、意を決したように洸に話しかけた。

 

「あのね、お父さん…」

 

「っ!…どうした?」

 

響がまだ自分のことを父と呼んでくれることに密かに安堵しながら、洸は何とか響の顔を見て言葉を待つ。

 

「本当に…お母さんとやり直すつもり?」

 

「ほ、本当だとも!お前が口添えしてくれたら、きっとお母さんも!」

 

響の問いに、洸は食い気味に答える。自分一人では無理でも、響が間に入って協力してくれるなら…何より、響が自分の想いを支持してくれるなら…

 

「だったら!!」

 

しかし響は、身を乗り出して早口で捲し立てる洸の言葉を強い口調で遮る。そして、洸の目を真っすぐに見ながら、不安そうな顔で自分の想いを伝えた。

 

「初めの一歩は、お父さんが踏み出して…逃げ出したのはお父さんなんだよ?帰ってくるのも、お父さんからじゃないと…」

 

「っ!?」

 

響の主張は、洸も当然理解できる。逃げ出したのは自分で、許しを請うならまず自分から話をすべきだと…だが…それでも…

 

「そいつは、嫌だなぁ…だって…怖いだろ…?」

 

…洸には、一人で立ち向かう勇気が無かった。もし先日の響のように、妻にまで拒絶されてしまったら…そう考えると、どうしても響の言葉を受け入れることが出来なかった。

 

「何より俺にも、男のプライドがある」

 

「…わたし、もう一度やり直したくて…勇気を出して会いに来たんだよ?」

 

「響…」

 

「だからお父さんも、勇気を出してよ!」

 

響が悲しげな顔で洸にそう訴えるが、洸はどうしても響の頼みに応える勇気が出せずに…響の顔から、目を逸らしてしまった。

 

「だけど…やっぱり、俺一人では…」

 

「…もうお父さんは…お父さんじゃない…一度壊れた家族は…元には戻らない…」

 

「っ!?」

 

響の口から、洸が恐れていた言葉が放たれる。だが、洸は響に掛ける言葉が見つからず、再び視線を逸らしてしまった。洸が窓の外を見ると、風船を持った子供が、母親と手を繋いで歩いていて…不意に、その子供が転んでしまい、風船を手放してしまった。空へと昇る風船を洸が目で追っていると…

 

突然、空が粉々に砕け散った。

 

「なっ!!?何なんだ!!?」

 

「空が…割れる!?」

 

洸が驚き戸惑い、響が窓ガラスに手をついて目の前の異常事態に注目していると、空がまるでガラスのように罅割れ、砕け散りながら、その割れ目から巨大な建造物が姿を現し始めた。

 

 

 

 

 

チフォージュ・シャトーの王座の間で、キャロルに見守られながら、ウェル博士が何やら作業をしていた。

 

「ワールド・デストラクターシステムをセットアップ。シャトーの全機能をオートドライブモードに固定…」

 

ウェル博士がそう言い終わると、シャトー全体に起動音が鳴り響く。それを確認したウェル博士は、シャトーの制御端末と同化させていたネフィリムの左腕を引き抜いた。

 

「イヒヒヒ!どうだ!僕の左腕は!トリガーパーツなど必要としない!僕と繋がった聖遺物は、全て意のままに動くのだ!!」

 

「オートスコアラーによって、呪われた旋律は全て揃った。これで世界はバラバラにかみ砕かれる」

 

シャトーの起動を確認し、キャロルが目標の達成を確信して笑みを浮かべた。

 

「そう!僕がレディに聞きたかったのはそれだ!!あの“紛い物”から大まかな話は聞いていたが、一体全体何のためにレディは世界を敵に回しているんだい?」

 

ここまで協力したウェル博士が、今更ながらキャロルに目的を問う。

 

「父親に託された命題だ…」

 

キャロルは俯き、目を閉じながらウェル博士の問いにそう答える。閉じた瞼の裏には、父親が炎に消える寸前の記憶が映っていた。

 

『キャロル…生きて、もっと世界を識るんだ』

 

「分かってるって!だから世界をバラバラにするの!解剖して分析すれば、万象の全てを理解できるわ!」

 

突然キャロルが、見た目相応の子供のような明るい口調で話し始める。その顔に浮かぶのは少女らしい明るい笑み…だがその瞳には、普段以上の狂気が籠っているようだった。

 

「つまりは至高の叡智!ならばレディは、その智をもって何を求める?」

 

「何もしない…」

 

「あぁん?」

 

ウェル博士が怪訝な様子で膝を曲げてキャロルの顔を覗き込む。キャロルは俯きながら、呟くように言葉の続きを話した。

 

「父親に託された命題とは、世界を解き明かすこと…それ以上も以下もない」

 

「oh…レディに夢はないのか?英雄とは飽くなき夢を見、誰かに夢を見せる者!託されたものなんかで満足してたら、底も天辺もたかが知れる!」

 

ウェル博士がキャロルの目的に失望し、自身の想いを声高々に主張して悦に浸る。

 

「…『なんか』…と言ったか?」

 

だが、その行いは…キャロル・マールス・ディーンハイムの、逆さ鱗に触れるものであった。

 

 

 

 

 

Prrrr…Prrrr…ピッ!

 

「はい!」

 

『響ちゃん!?通信の回復を確認!』

 

響が携帯に出ると、そこから友里の声が聞こえたかと思うと、すぐに通話の相手が弦十郎に切り替わった。

 

『手短に伝えるぞ。周到に仕込まれていたキャロルの計画が、最後の段階に入ったようだ』

 

「え!!?」

 

響が驚きの声を漏らすが、同時に目の前で起こっている異常現象はキャロルによるものだという納得もできた。

 

『俺達は現在、東京に急行中。装者が合流次第、迎撃任務にあたってもらう。それまでは…』

 

「はい!避難誘導にあたり、被害の拡大を抑えます!」

 

弦十郎に力強くそう答えて、響が通信を切る。

 

「お父さん!皆の避難を…」

 

周囲で逃げ惑う人々の誘導に協力して欲しくて、響が振り返って洸を見ると…洸は、携帯のカメラを使って目の前の異常現象を撮影していた。

 

「…こういう映像って、どうやってテレビ局に売ればいいんだっけ…?」

 

…この時の洸の心境としては、目の前で巻き起こる非現実的な光景を前にした現実逃避の想いが強く、普段しがちな浅薄・短慮な行いで現状を茶化したかっただけだった。

 

「お父さん…」

 

しかし、そんな想いも伝わらなければ意味が無い。響は父親に対して、信じられないものを見るような目を向けてしまっていた。

 

 

 

 

 

「父親から託されたものを、『なんか』とお前は切って捨てたか!!?」

 

ウェル博士の言葉に激怒したキャロルは、怒りを露わにウェル博士を睨みつける。そんなキャロルを、ウェル博士は馬鹿にするように嘲笑した。

 

「ほかしたともさ!フン!レディがそんなこんなでは、その命題とやらも解き明かせるのか疑わしいものだ!」

 

「何…?」

 

「至高の叡智を手にするなど、天荒を破れるのは英雄だけ!英雄の器が小学生サイズのレディには、荷が勝ちすぎる!!」

 

好き勝手に高説を垂れるウェル博士を、汚物を見るような目で睨みながらキャロルが舌打ちする。

 

「やはり世界に英雄は僕一人ぼっち…二人と並ぶものはなぁぁぁい!!やはり僕だ!僕が英雄となって…」

 

「どうするつもりだ?」

 

芝居がかった身振り手振りをしながら、自分に背を向けるウェル博士に、キャロルは何やら手元で錬金術の陣を展開しながら静かに問う。

 

「無論、人類のため!善悪を超越した僕が!チフォージュ・シャトーを制御して…」

 

ガキィィィン!!

 

「…あぁん?」

 

突然その場に鳴り響いた、硬質の物同士がぶつかったような音にウェル博士が振り返ると…キャロルがその手に召喚したダウルダブラの先端を、ウェル博士に突き立てようとして、ウェル博士の持つ“血晶”がそれを防ぐために“障壁”を展開していた。

 

「チッ、あの男のガラクタか…どこまでも忌々しい」

 

「ヒ、ヒィィィィ!!?だ、駄目じゃないか!!?楽器をそんなことに使っちゃあ!!?」

 

自分が攻撃されたことを理解して、ウェル博士が悲鳴を上げながら慌ててキャロルから離れて広間の柵に背を付ける。

 

「支離にして滅裂。貴様みたいな左巻きが英雄になれるものか」

 

キャロルがウェル博士の方に手を翳し、錬金術で炎弾を放つ。その攻撃は、再びウェル博士の“血晶”で防がれた。

 

「フ、フハハハ!幾ら攻撃したところで無駄ですよぉ!!僕の信者が献上したこの宝具によって、何人たりとも英雄を傷つけることなど出来ない!!」

 

攻撃が通じないと理解するや否や、ウェル博士は強気にキャロルを煽る。だが、キャロルは冷徹な笑みを浮かべながら、ウェル博士に近づきつつ炎弾による攻撃を繰り返した。

 

「ヒ、ヒィィィ!?だから、無駄だと言っているでしょう!!?」

 

「知っているぞ?そのガラクタ、使用回数に制限があるんだろう?それが尽きるのと、オレの想い出が尽きるのは、一体どちらが早いかな?」

 

「ひっ!?や、やめ…!?」

 

キャロルが攻撃の頻度を上げて、何度もウェル博士に炎弾を叩き込み…遂に、ウェル博士の“血晶”が力を失って塵と化してしまった。そんなウェル博士の目前で、キャロルがダウルダブラを頭上に持ち上げる。

 

「シャトーは起動し、世界分解のプログラムは自律制御されている…ご苦労だったな?ドクターウェル。世界の腑分けは、オレが一人で執刀しよう!!」

 

「顔はやめてぇ!うわあぁぁぁぁぁ!!?」

 

咄嗟に振り下ろされるダウルダブラを避けたウェル博士だったが、バランスを崩して底の見えないシャトーの淵に落下してしまった。

 

「廃棄予定が些かに早まったか…」

 

ドクンッ!!

 

「ぐぅっ!!?」

 

ウェル博士を葬ったキャロルに、またしても拒絶反応の苦しみが襲う。ふらつきながら柵に体を預け、胸を押さえて苦しみに耐えるキャロルの脳裏に、少しの疑問が過った。

 

(くっ…確かに負荷を度外視したとはいえ、ここまで高頻度で拒絶反応が起きるとは…何処かで、この躯体の調整を間違えたか…?)

 

激しく痛むキャロルの脳裏に、記憶がフラッシュバックを起こすように駆け巡る。

 

『…死の間際まで娘に声をかけ続ける…お前の父親は強く、優しい人間だったんだな…だからこそ哀れだ。その娘が、自分の言葉を言い訳に使って碌でもないことを仕出かそうとしているなんて…』

 

見える記憶は、夢で邂逅したナナシとエルフナインとのやり取り。これ以上ないくらい、キャロルの心を抉ったナナシの言葉に、拒絶反応とは異なる痛みをキャロルが感じる。

 

『何時の時代でも生者の主義主張によって、死者の在り方は決められる!てめえの行動理由が父親にあるって言うなら!!俺みたいに何一つお前の父親を知らない存在にとって、お前の行動全てがお前の父親の在り方を決める根拠になるに決まってんだろうが!!!』

 

(チッ…計画において完全な異物でしかない存在に、こうも乱されるとは…よもや、この不調はあの“紛い物”が妙な力を使ったからではあるまいな?…だが、仮にそうだったとしても!!)

 

「立ち止まれるものか!計画の障害は、例外なく排除するのだ…!」

 

キャロルが冷や汗を流しながら、周囲の状況を錬金術で表示させる。そこに映し出された響と、何処か響に面影がある男を見たキャロルが、まるで苛立ちのぶつけどころを見つけたかのようにニヤリと笑みを浮かべた。

 




洸のシャトー撮影についての思惑は作者の独自解釈です。アニメ初見でこの後の洸の行動でこれまでの落差に違和感を覚えましたが、AXZ編の公式サイトにあるプロローグを読んでこのような可能性もあったのではと思った次第です。
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