戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第105話

既に周囲の人間が逃げ出し、辺りに人影が見えなくなった街中で、響が洸と言い争っていた。

 

「やっぱ、まずいよな…?」

 

「いい加減にしてよ!!」

 

洸の軽薄な行動に、響が怒りを感じて怒鳴る。洸は苦笑を浮かべて、いまいち目の前の出来事を直視できない様子だった。

 

「もういいから、お父さんはこれを持って早く何処かへ避難してて!」

 

「お父さんはって…ひ、響はどうするつもりなんだ!?それに、これは一体…?」

 

響が洸に何かを押し付けるように渡して、その場を離れるように促す。洸がそれを受け取りつつ、響を一人残すことに抵抗を感じて動かないでいると…

 

「ほう?そいつがお前の父親か」

 

「「っ!!?」」

 

二人の頭上から声が聞こえてきたため、二人が視線を上に向けると、ここにはダウルダブラを手にしたキャロルが宙に浮かんでいた。

 

「響!空から人が!!?」

 

「キャロルちゃん…!」

 

「終焉の手始めに、お前の悲鳴を聞きたいと、馴染まぬ身体が急かすのでな」

 

体の不調をおくびにも出さず、響達を見下ろしながら静かにキャロルがそう告げた。

 

「あれはやっぱり、キャロルちゃんの…?」

 

「いかにも。オレの城、チフォージュ・シャトー…アルカノイズを発展応用した、世界をバラバラにする解剖器官でもある」

 

「世界を…あの時もそう言ってたよね?」

 

「あの時、お前は戦えないと寝言を繰り返していたが、今もそうなのか?」

 

キャロルの問いに、響は一瞬だけ戸惑うような表情を浮かべたが、すぐに覚悟を決めてギアペンダントを取り出そうとする。だが、それを見たキャロルは錬金術で風を操り、響の手からギアペンダントを弾き飛ばしてしまった。

 

「ギアが!!?」

 

「もはや、ギアを纏わせるつもりは毛ほどもないのでな!!」

 

錬金術を放つ準備をするキャロルに、ギアを纏わなくても果敢に迎え撃とうと響は構えを取る。

 

「オレは、父親から託された命題を胸に、世界へと立ちはだかる!!」

 

「お父さんから、託された…?」

 

「誰にだってあるはずだ!」

 

「っ!?…わたしは何も…託されていない…」

 

キャロルの言葉は、無自覚に響の心を抉る。自分のために家族を捨て、今も想いが伝わらない父親から託されたものなど、響には思いつかなかった。

 

「何もなければ耐えられまいて!!」

 

俯く響に、キャロルが錬金術で竜巻を放つ。竜巻が響の体に当たる直前、洸が響の体を掴んで引っ張り、二人は竜巻の攻撃を回避した。

 

「響!おい、響!!」

 

地面に倒れる響に、洸が必死に呼び掛けていると、キャロルは邪魔をした洸に手を翳して錬金術を放とうとした。

 

「世界の前に分解してくれる」

 

「っ!?うわああああ!!」

 

それに気が付いた瞬間、洸が情けない悲鳴を上げながら響から離れていった。

 

「お父さん…」

 

「助けてくれえぇ!こんなの、どうかしていやがる!」

 

娘の自分には目もくれず、逃げ道を探しているのか周囲を見回しながら逃げ回る洸の姿に、響は過去に洸が家族を捨てて出て行った姿を思い出し、その瞳から涙を流す。

 

「ハハッ!逃げたぞ!娘を放り出して、身軽な男が駆けていきおる!」

 

「来るな!来るなぁ!!」

 

洸の情けない姿は、キャロルの溜飲を下げるのに丁度いいものであった。故にわざと当たらないように攻撃を繰り出し、洸を更に追い詰めて無様な姿を晒そうとする。目の前に舞い降りてきたキャロルに、洸は尻もちをついた後、石を拾っては投げて必死に抵抗しながら悲鳴を上げて逃げ回る。そんな洸の姿を見ていられず、響は目を閉じて顔を伏せてしまった。

 

「大した男だな?お前の父親は。オレの父親は、最後まで逃げなかった!」

 

「響!今のうちに逃げろ!!壊れた家族を元に戻すには、そこに響もいなくちゃ駄目なんだ!!」

 

必死に逃げ回りながら、洸が響にそう叫んでいると、キャロルの錬金術が洸の至近距離に着弾して爆発し、洸の体がその余波で吹き飛ばされた。

 

「うわあああ!!!」

 

「お父さん!?お父さん…お父さん!!」

 

洸の悲鳴に、響は思わず父親に呼び掛ける。地面に倒れた洸は、よろよろと身を起こしながら響の方を向いて、痛みに耐えながらも笑みを浮かべてみせる。そして…

 

「これくらい…『へいき、へっちゃら』だ…」

 

「!!?」

 

洸が、響の口癖であるはずの言葉を口にするのを聞いて…響は、その言葉を何処で知ったのかを思い出した。

 

 

 

それは響が幼い頃、家事を手伝う洸が包丁で怪我をした際、響が洸を心配した時のことだ。

 

『お父さん、大丈夫?』

 

心配そうに洸の顔を覗き込む響に、洸はニッコリと笑みを浮かべて、響の頭を撫でながら言ったのだ。

 

『へいき、へっちゃらだ』

 

その時の洸の笑顔は、まるでお日様のように暖かく感じて、響は自然と笑みを浮かべていた。それ以来、響にとって『へいき、へっちゃら』は、どんな困難も笑顔に変えてくれる魔法の言葉になった。

 

 

 

(そっか…あれはいつも、お父さんが言っていた…)

 

例え互いに今と昔で大きく在り方が変わっていても、確かに託されたものが存在することを知って、折れかけていた響の心に力が宿る。

 

「逃げたのではなかったか?」

 

「逃げたさ…だけど、どこまで逃げても!この子の父親であることからは逃げられないんだ!」

 

「お父さん…」

 

「俺は生半だったかもしれないが、それでも娘は本気で、壊れた家族を元に戻そうと!勇気を出して向き合ってくれた!!だから俺も、なけなしの勇気を振り絞ると決めたんだ!!」

 

そう、先日の響の行動は、ただ洸に拒絶の恐怖を与えただけではない。響の想いは確かに、洸にも届いていたのだ。だからこそ洸はなけなしの勇気を振り絞って、得体の知れない男の要求を拒絶してここまで来た。

 

洸が足元の石を拾ってキャロルに投げる。どれだけ威勢の良い言葉を言っていても所詮はその程度と考え、キャロルは洸の抵抗を無様な悪足掻きとそのまま見過ごした。

 

だが、その傲慢な油断が、キャロルにとって致命的なミスとなる。

 

響は洸の言葉と想いに勇気を貰い、体に力を入れて立ち上がる。そんな響を見た洸は、再び地面にある物を掴んで…

 

「響!受け取れええええ!!」

 

「ッ!!?」

 

この時初めて、キャロルは洸の行動に意表を突かれる。何故なら洸が投げたのは石ではなく、響の力となる胸の歌…ガングニールのギアペンダントだったからだ。響はギアを…父親の想いを受け取り、聖詠を奏でる。

 

Balwisyall Nescell gungnir tron

 

むざむざ響が力を取り戻してしまうのを見逃してしまったキャロルは慌てて響へと錬金術を放つ。

 

「響ぃぃぃ!!!」

 

娘の姿が土煙の中に消えてしまったことで、洸が膝をついて絶望から娘の名を叫ぶ。すると…土煙の中から、声が聞こえてきた。

 

「へいき、へっちゃら」

 

「響…?」

 

土煙が晴れて露わになった響の姿を見て、洸が呆然と娘の名を呼ぶ。その装いが、先程とは大きく異なっていたからだ。

 

「わたし、お父さんから大切なモノを受け取ったよ…受け取っていたよ!」

 

響は…ガングニールを身に纏った響は、そう言ってニッコリと、かつて洸がしてくれたように微笑んだ。

 

 

 

響が魔法の言葉に勇気づけられていたのは、幼少期だけではない。

ライブで負った怪我のリハビリの時も、中学でいじめにあっていた時も、響はずっと魔法の言葉を呟いて耐えてきた。

 

『へいき、へっちゃら』

 

その魔法の言葉は、響が辛い時はいつも寄り添い、今の響の在り方を守り続けた…掛け替えのない、父親との絆の証だった。

 

 

 

「お父さんは、何時だってくじけそうになるわたしを支えてくれていた…ずっと、守ってくれていたんだ!」

 

「響…」

 

響は洸に微笑むと、その胸の内に宿る想いをありったけ籠めて…歌を奏でた。

 

奇跡が宿った機械仕掛けの このアームには意味がある

 

歌を奏でながら、響はキャロルに向かって駆け出す。キャロルは水晶をばら撒き無数のアルカノイズを召喚して響の行く手を阻むが、響は怯むことなくアルカノイズに立ち向かった。

 

普通の日常なんでもない日々 そんな夢の為だと

 

歌いながら戦う響の姿を見て、洸は様々なことを理解した気がした。

 

(じゃあやっぱり…あの時の女の子は、響だったのか…)

 

フロンティア事変の際、テレビ中継に映った響の姿を洸は見ていた。まさかとは思っていたが、ずっと家族から逃げ出していたために確証は持てなかった。だが、誰かのために頑張るその姿に、洸は娘の姿を重ねていた。

 

(逃げるばかりの俺と違い、お前は何があっても踏み止まって、ずっと頑張ってきたんだな…)

 

「ぐあぁぁ!!」

 

「っ!?響ぃ!!!」

 

俯いていた洸が顔を上げると、アルカノイズの群れは一掃されており、響がキャロルの竜巻による攻撃を受けて建物に体を押し付けられていた。竜巻が消えて響が解放されると、響は体に負ったダメージでぐったりと倒れ込んで高所から落下する。

 

「負けるなあああああ!!響!!負けるなああああああああ!!!」

 

洸が響に全力で叫んで応援する。それを聞いたキャロルが、煩わしそうに洸を見てその足元に水晶をばら撒いた。だがその隙に、父親の声で目を覚ました響が地に足を突き、歌を奏でながらありったけの力で跳躍する。

 

もうへいきへっちゃら! ハート響かせ合い なけなしの勇気だって「勇気」ぃぃぃ!!

 

ドゴンッ!!

 

「があっ!!?」

 

響の渾身の一撃が、キャロルの腹部に命中してキャロルが悶絶する。響は再度地面に降り立ち、先程よりも力を籠めて再びキャロルへと跳躍した。

 

「ヘルメス・トリスメギストス!」

 

迫り来る響の拳を、キャロルは幾重もの防壁を展開して受け止めた。

 

「知るもんかああああああ!!!」

 

だが響は怯むことなくブースターとギアの出力を全開にして拳を突き出し、キャロルの防壁を真っ向からブチ抜いてキャロルの顔面に拳を叩き込んだ。

 

「ぐあっ!!?」

 

キャロルは短い悲鳴を上げてかなりの距離を吹き飛び、その体を地面へと叩きつけた。

 

響の勝利に洸が安堵していると、その地面に赤く輝く陣が展開して、地面からアルカノイズが姿を現す。

 

「お父さん!?」

 

地面に降り立った響が慌てて洸の元へと駆けるが、距離が遠くとても間に合いそうにない。

 

「お前も父親を力と変えるなら…まずはそこから引いてくれる!!」

 

「ひぃぃぃぃぃ!!?」

 

キャロルがふらつきながら立ち上がり、怒りに顔を歪めてアルカノイズに指示を出す。アルカノイズの解剖器官が迫り、洸が悲鳴を上げて目を閉じる。キャロルが、父親の死を目前とした響の顔が絶望に歪む様を眺めようと、駆ける響の顔に視線を向けると…

 

「っ!!?」

 

…響は、笑っていた。

 

(何故、この状況で笑みを浮かべられる!!?)

 

「へいき、へっちゃら!」

 

「っ!!?」

 

困惑するキャロルの耳に、響の口癖が届く。あと一歩で解剖器官が洸に接触しそうなその時、響の口から、キャロルの疑問に対する答えとなる言葉が響いた。

 

「だってわたしには、誰よりも厳しくて…世界一お人好しな兄弟子がついているから!!」

 

ガキィィィン!!

 

アルカノイズの解剖器官は洸の目前で何かに阻まれ、はじき返された。

洸の手には、響が手渡していた“血晶”が嵌められていた。“血晶”が洸を守っている間に響が洸の元へたどり着き、アルカノイズを蹴散らす。

 

「また、しても…!!あの男が!!!」

 

その結果に、キャロルの顔が憤怒に歪む。計画は順調なはずなのに、常にあの埒外の存在の影が脳裏にチラつく。一時は研究対象として飼い殺そうかとも考えていたが、今はそのような事は微塵も思わない。可能であればすぐにでも分解してしまいたい程、キャロルにとって“紛い物”の存在は許しがたいものになっていた。

 

ドクンッ!!

 

「ぐ、ああっ!?」

 

感情が乱されたためか、キャロルが再び拒絶反応に襲われる。激しい頭痛と眩暈にキャロルがふらついていると、突如その頭上に影が差して…

 

ズドンッ!!

 

「なっ!?」

 

キャロルの目前に、巨大な剣が突き立つ。キャロルが頭上を見上げると、そこには腕を組みキャロルを見下ろす翼の姿があった。

 

ズガガガガ!!

 

そして、響達のいる方角からは何かが降り注ぐような音が聞こえてきて、気が付くとアルカノイズは空から降ってきた赤い何かに貫かれて全滅していた。

 

キャロルが周囲を見回すと、いつの間にか建物の上に響と翼以外の装者達も集結していた。クリスが構えを取っているため、先程アルカノイズが全滅したのはクリスの射撃によるものだと思われた。

 

アルカノイズが一掃されて安全となった洸の元に、一台の車が急接近してくる。車は洸の隣にピタリと止まると、中から緒川と奏が洸に声を掛けた。

 

「ここは危険です!」

 

「ぼさっとしてないで早く乗り込め!」

 

洸はすぐに車へ駆け込み、洸を乗せた車はすぐさまその場を離脱した。

 

「もうやめよう!キャロルちゃん!」

 

最早形勢は逆転したと言っていい。キャロルは響一人に追い詰められ、その場に装者六人が勢揃いした。人質となりそうな洸は離脱し、キャロルに逆転の目は無いように思われた。

 

「本懐を遂げようとしているのだ!今更やめられるものか!想い出も、何もかもを焼却してでも!!」

 

キャロルがダウルダブラの弦を指で弾き、美しい旋律を奏でる。すると、キャロルの肉体が急速に成長を遂げて、その身にダウルダブラのファウストローブを纏った。

 

「ダウルダブラの、ファウストローブ…その輝きは、まるでシンフォギアを思わせるが…」

 

「フン、輝きだけではないと、覚えてもらおうか!!」

 

マリアの言葉にそう答えて、キャロルがその口から…歌を、奏でた。

 

嗚呼、終焉への追走曲(カノン)が薫る 殺戮の福音に血反吐と散れ!

 

美しい歌声を奏でるキャロルから、これまでの比ではない膨大なエネルギーが発せられるのを、装者達は肌で感じていた。

 

 

 

 

 

キャロルの変化を感じていたのは、装者達だけではない。S.O.N.G.本部でも、ダウルダブラから発せられるエネルギーの波長が捉えられていた。

 

「交戦地点でのエネルギー圧、急上昇!」

 

「照合完了!この波形パターンは…!!」

 

「フォニックゲイン、だと!!?」

 

そう、美しい歌声によって高められるエネルギーは、装者達が扱うフォニックゲインと同じものと見て間違いない。だが、キャロルがその身に生じさせるフォニックゲインの出量は、明らかに装者達を上回っていた。

 

「これは、キャロルの…」

 

 

 

 

 

るLuリRぁ…宇宙が傾き RゥるRiラ…太陽が凍る Genocide&genocide

 

歌声と共に放たれるキャロルの錬金術を、装者達がその場を飛び退いて回避する。その威力はこれまでの比ではなく、ただの一撃で地形の一部が変わってしまった。

 

「この威力…まるで…!」

 

「すっとぼけが利くものか!こいつは絶唱だ!!」

 

「絶唱を負荷もなく口にする…!」

 

「錬金術ってのは、何でもありデスか!?」

 

絶唱規模の連続攻撃を装者達が必死に回避していると、響が覚悟を決めて一歩前に出る。

 

「だったらS2CAで!」

 

「よせっ!この威力、立花の体が持たない!」

 

「でも…!」

 

無茶をしようとする響を翼が肩を掴んで引き止めるが、他に手立てが思いつかない。そうして手を拱く内に、キャロルから感じる威圧感が更に増していった。

 

「翼!あれを!」

 

マリアが指さす先では、チフォージュ・シャトーが一定のリズムで明滅しながら音を発していた。

 

「明滅…鼓動?…共振!!?」

 

キャロルの歌に呼応するようなシャトーの有様に、翼はシャトーに何が起こっているのかを察して戦慄した。

 

 

 

 

 

本部でも、シャトーで起こっている現象は観測されていた。

 

「まるで、城塞全体が音叉のように、キャロルの歌に共振…エネルギーを増幅!」

 

そして、増幅されたエネルギーはシャトー下部に収束、地表に向けて放たれると、エネルギー波は瞬く間に世界へと拡散する。

 

「放射線状に拡散したエネルギー波は、地表に沿って収斂しつつあります!」

 

人工衛星から送られた地球全体にエネルギー波が広がる映像を見て、弦十郎が何かに気付く。

 

「この軌道は、まさか…!」

 

「フォトスフィア…」

 

「我々の研究が…」

 

「まんまと利用されたってことね…」

 

エルフナインが呆然と呟き、了子とナスターシャ教授が眉を顰めていると…

 

「おい、あんた!」

 

「いけません!ここは…」

 

「頼む!俺はもう二度と、娘の頑張りから目を逸らしたくないんだ!娘の…響の戦いを見守らせてくれ!」

 

そう言って、本部の指令室内に洸が押し入り、緒川と奏も同時に入室してきた。そうしている内に、シャトーから放たれたエネルギーが一か所に収束し始める。

 

「エネルギー波、堆積地へと収束!」

 

「屹立します!!」

 

収束したエネルギーは、やがて柱のように屹立し、光に触れた物を全て分解し始めた。このまま光が広がり続ければ、世界の全てが分解されてしまう。

 

 

 

 

 

「これが世界の分解だ!」

 

チフォージュ・シャトーが本格的に起動し、キャロルが両手を広げて歓喜の笑みを浮かべる。

 

「そんなことは!!」

 

響がキャロルを止めるため、ブースターを全開にして拳を振るう。だが、響の体はいつの間にか張り巡らされていた弦の糸に絡めとられて、響の拳はキャロルの目前でピタリと止まってしまった。

 

「フン、お前にアームドギアがあれば届いたかもな!」

 

状況は絶望的だ。世界の分解は開始され、キャロルの力は装者全員が束になっても抗えない程に強大。目的の達成を確信し、キャロルは目の前で藻掻く響を見ながらその顔に勝利の笑みを浮かべた…その時だった。

 

 

 

(あっははははははははははは!!!)

 

 

 

…世界の命運を懸けた戦いを繰り広げる装者達とキャロルの脳内に、全てを嘲笑うかのような、場違いな笑い声が響いてきた。

 

「えっ!?」

 

「この笑い声は…!」

 

「まさか!」

 

「チッ…」

 

「うわっ!?」

 

装者達が戸惑う中で、キャロルが愉悦に水を差されたかのように笑みを引っ込めて舌打ちしながら、響を放り捨てるように弦で弾くと、周囲の状況を確認して…少し離れたガラス張りの建物の貯水タンクの上に、忌々しき“紛い物”…ナナシの姿を見つけ出した。

 

(やるじゃないか、クソガキ!完全に一本取られたよ!まさか歌が上手いなんて超ド級の個性を隠し持っていたなんて恐れ入った!そりゃあ、それだけの確固たる個性があれば、従者のオマケ程度の変態性しかなくても自信満々な態度でいられるだろうさ!あははははは!)

 

距離があるためか、“念話”を使って語り掛けてくるナナシ。世界が分解されるかどうかの瀬戸際であるにも関わらず、何処までもキャロルを小馬鹿にしたような言葉を使い、大げさな身振り手振りでキャロルを煽る。

 

「アンノウン…今更現れてどうするつもりだ?既に世界の分解は開始されている!貴様がどう足掻いたところで、世界の分解を…オレを止めることなど叶わないと心得よ!!」

 

(Exactly!!)

 

「ッ!!?」

 

キャロルの言葉に対するナナシの返答は、力強い肯定だった。

 

(世界の分解とお前を止める?役者が違うんだよバーカ!!この世界を懸けた歌合戦において、お前が奏でる世界を壊す絶望の歌に対抗するのは、我らS.O.N.G.が誇る歌姫達の世界を繋ぐ希望の歌!!そして、お前を止めることが出来る存在は、この世界においてただ一人のみ!!)

 

「ッ!!?」

 

まるで芝居のセリフを読み上げるように、大げさな動きをしながらナナシが語る言葉に、キャロルは苛立ちで心がかき乱される。

 

(俺が出来ることなんて、せいぜいファンとして歌姫達を茶化しながら応援する賑やかしくらいなものだ。“紛い物”の俺が何も出来ないなんて当たり前のことをわざわざ自慢げに語るなんて…キャロルちゃんはそんなに賢いアピールで皆に褒められたいんでちゅか~?)

 

「貴、様…!ならば何故貴様は、今頃になってノコノコとオレの前に姿を現した!!?」

 

まるで息をするようにキャロルを煽るナナシに、キャロルは堪え切れないといった風に感情を露わに叫ぶ。そんなキャロルに、ナナシはまたも笑いながら答えた。

 

(あははははは!俺が何をしに来たか?そんな分かりきったことを尋ねるなんて、やっぱりお前のオツムも大したことないな?悪戯好きの悪ガキが、精神年齢(とし)の近い異性にやることなんて一つに決まっているだろう?)

 

ナナシが心から楽しそうな笑顔で、べーっと舌を出してキャロルを挑発しながら…

 

 

 

(イ・ヤ・ガ・ラ・セ!)

 

 

 

…貯水タンクの蓋を蹴破って、その手から夥しい量の血液をタンクに供給し始めた。

 

「なっ!?貴様、一体何を!!?」

 

(さあ、フラグ回収の時間だ!聞いて驚け!!見て笑え!!!これよりお披露目するのは、“紛い物”史上最大の“妄想”の産物!!世界屈指の錬金術師の“妄執”と、世界一愚かな“紛い物”の“妄想”の、奇跡のコラボに刮目せよ!!)

 

訳の分からないナナシの奇行に、キャロルは警戒しながらも錬金術による攻撃を放とうとして…ふと、違和感を覚えた。

 

ナナシが放出する血液の量は凄まじく、本来であれば既に貯水タンクから血液が溢れ出ていても不思議ではなかった。だが、タンクは無尽蔵にナナシの血液を飲み込んでいき、満杯になる気配が無い。

 

キャロルが違和感を抱き、意識を思考に傾けた僅かな隙に…

 

チフォージュ・シャトー…歴史上において惨劇の舞台となった、チフォージュ城をモチーフにしたと思われるキャロルの居城は…その来歴に相応しく、鮮血に染め上げられた。

 




遂にGX編ラストが近づいてきました。
次回からラストまでご都合展開が頻発します。
キャロルファンの方々に怒られないかちょっと心配ですw
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