戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
ナナシが二課に来てから…あのライブの日から、約一年が経過した。
あの惨劇から一年。遂に、多くの人間が…何より、“紛い物”の青年が望んだ瞬間が訪れる。
ツヴァイウィングの復活ライブだ。
「…やっぱり、この時間は苦手だな」
「…うん」
ライブステージの裏側、そこではスタッフ達がライブの準備のために忙しそうに動き回っていた。そんな喧騒の中、奏と翼はライブの開始まで待機している。
「こちとらさっさと大暴れしたいのに」
「…そうだね」
奏の言葉に、翼は小さく返事を返す。
「もしかして翼、緊張とかしちゃってる?」
「……」
そのやり取りは、まるで一年前のライブの時の再現。だが、翼の表情にはあのライブの前よりも暗い影があるようだった。
「…怖いのか?」
「…うん」
翼の脳裏には、一年前のライブの光景が広がっていた。目の前でたくさんの人がノイズに殺されて、自分の片翼が戦う力を失った、あの日のことが…
「全く、翼は泣き虫で弱虫だ。よくナナシに泣かされているし」
「っ!?奏は意地悪だ!それに、今はあの男のことはどうでもいいだろう!?」
ナナシが来てから、翼はずっとからかわれ続けていた。だから、普段から世話になりっぱなしではあるが、素直に感謝することが出来ないでいた。
そんなナナシのことを奏が引き合いに出してきたため、翼はつい奏に怒鳴ってしまった。だが…
「そういう訳にはいかないだろ?このライブのために…あたし達の歌のために、誰よりも頑張ってきたのはナナシだ。ひょっとしたら、あたし達以上に今日のライブを楽しみにしているはずだよ」
奏と翼の歌の『ために』戦う。奏が戦えなくなったと聞かされた時に宣言したことを、ナナシは実施し続けていた。ノイズが出現すれば真っ先に戦場に向かい、定期的に弦十郎と戦闘訓練を行っていた。
そして戦闘以外でもその能力を駆使してアーティストである二人のサポートを全力で行い、休息の必要がない体質をフル活用して二課とツヴァイウィングの負担を軽減させてきた。弦十郎を始めとした大人達はそんなナナシの働きぶりを心配していたが、ナナシ本人は終始楽しそうに活動していた。何故そんなに頑張るのかと聞けば決まって答えは…
「あの二人の歌が聴けるから」
ただそれだけ、たったそれだけがナナシの望みであり、二課の仕事や風鳴家の家事が終えた後の僅かな自由時間も二課の資料を閲覧して勉強するか、二人の活動に役立つことがないか調べ物をしていた。娯楽らしい娯楽と言えば映画鑑賞やアニメ・漫画などの創作物の視聴であるが、ナナシの場合はこれらも訓練の意味合いが強い。弦十郎のように戦闘の際の動きの参考にできるし、運が良ければ新たな能力の獲得に繋がる。
「未だにあたしの体を治せないか色々試しているみたいだしね…」
そう呟く奏は複雑な表情を浮かべていた。あの日、自分がナナシに感情のままに放った言葉は、確実にナナシの生き方に影響を与えてしまった。それをナナシは全く苦に思っていないのも、ナナシが今の生活を心から楽しんでいるのも分かっている。だから、奏もナナシの行動をやめさせることはない。それでもナナシの行動に無関心ではいられなかった。
…ナナシはそんな奏の心境にも気づいており、度々そのことを茶化してくるため、気分を沈めたままでいることさえ許されないのが、奏をより複雑な思いにさせていた。
「…奏は、自分が戦えなくなって、私とナナシが戦っていることはもう平気なの?」
この一年、奏が戦えなくなったと聞かされて怒りを表したのはあの病室の一件だけであり、退院して体が動かせるようになってからも無茶な行動はしていない。許可が出てからは装者であった時と同様に訓練は再開しているが、現在の奏はツヴァイウィングの活動以外では民間協力者と同様の活動をしており、ノイズの出現時には民間人の避難誘導を行い、それが終われば弦十郎達と一緒に翼達の戦いを見守っていた。そのため、翼は奏が装者でなくなったことに上手く折り合いをつけられたのかと考えていた。だが…
「あっはっは!そんな訳ないだろ!」
翼の問いに、奏は笑いながら否定の言葉を口にする。
「シンフォギアを使えないことも、翼達が戦っているのを見ることしか出来ないことも、何より私の相棒が私以外の奴に背中を預けているのを見せられて、大丈夫だなんて口が裂けても言えやしないさ!」
「っ!?…じゃあ、何で…」
奏の答えに思わず顔を赤く染めながら、翼は疑問を口にする。何故奏は平気な様子でいられるのか、何故笑っていられるのかと。
「…ナナシがさ、あの時言っただろ?あたしの『代わり』じゃなくて、あたしの『ために』戦うって。その理由が何故かってことも」
「…うん」
「…嬉しかったんだ。あたしの歌が、ノイズを殺すためだけに歌っていたはずの歌が、翼と一緒に歌うようになって、助けた人に感謝されて、殺すためだけじゃないって、誰かを救うことが出来るって思えるようになったこの気持ちが、ちゃんと届けられていたことが。あたし達の歌で、救われた命があるって思えることが、堪らなく嬉しかった」
「…奏」
「だから、戦えないことを嘆く前に、あたしはあたしに出来ることをやる。あいつがあたし達の歌のために全力を注いでいるなら、あたしも全力で、ありったけの想いを籠めて歌ってやる。あたしの全部を、あたし達の歌を聴いている人達に伝えてやるんだ。シケたこと考えてあいつに伝わったら、あたしまで翼みたいにからかわれちまう」
そう話しているうちに、開始が迫っているとスタッフの人から声がかかった。
奏は笑いながら、座り込んだままでいる翼に手を伸ばす。
「たとえ一緒に戦えなくても、あたしの相棒は翼なんだから。翼がそんな顔してると、あたしまで楽しめない」
「っ!…うん。私達が楽しんでないと、ライブに来てくれた皆も、楽しめないよね?」
「わかってんじゃねーか」
「奏と一緒なら、なんとかなりそうな気がする。行こう、奏」
「ああ、あたしとあんた、両翼揃ったツヴァイウィングならどこまでも飛んで行ける!」
「どんなものでも、超えてみせる!」
それは、まさに一年前のやり取りの再現。だが、両翼の誓う想いの強さは、あの時よりも強く、その胸の内に輝いていた。
「さあ、大暴れするぜ!翼!あたし達の全部を、この会場にいる全員にぶつけてやるんだ!!」
「ええ!!…ついでに、あの男への借りも返してあげましょう!」
「あっはっは!普段からかわれている分も熨斗付けて返してやりな!」
「…ところで、奏はナナシにVIP席のチケットをあげるって言っていたけど、ナナシはもう向かったのかしら?てっきりライブの開始前にこっちに話しかけて来ると思っていたけど」
「…あー、それなんだけどな…」
ナナシは、ライブ会場…その全体を照らす照明の上に座り込んでいた。万が一にも他の人に見つかって騒ぎにならないように自身に“認識阻害”を施して。
そこでナナシは、奏達がこれから歌う場所と、周囲に溢れる観客達の様子をジッと見ていた。
奏が用意したチケットをナナシに差し出すと、ナナシはそれを受け取らなかった。理由を聞くと…
「ファンならちゃんとお金を落とさないと」
なら、わざわざ一般のチケットを買うのかと奏が聞いたところ…
「いや、どうせ会場は満席になるだろうし、俺のためにわざわざ席を減らすより、一人でも多く二人の歌を聴けた方が良いから、お金だけ払って俺は勝手に聴くことにする」
そう言って、ナナシは緒川に連絡して料金だけ支払うことにしたそうだ…後で聞いたところによると、この一年で二課から危険手当などで貰っていたお金の全てを支払おうとして弦十郎達に叱られたそうだ。
ナナシは、観客達の意識が、奏達が出てくるステージに集まっているのを感じていた。そこに籠められた感情は、期待、興奮、渇望…この場にいる全員が、ナナシと同じように二人のことを待ち焦がれているのが、ナナシには簡単に理解できた。
そして遂に、望んでいた瞬間が訪れる。
会場が一瞬暗転し、ステージから光が溢れる。前奏が聞こえてくると、会場の観客から空気が割れるような歓声が上がる。
そして、歌姫達の歌声が、会場に響き渡る。
『幾千億の祈りも』
『やわらかな光でさえも』
『全て飲み込む ジェイルのような 闇の魔性』
(あぁ…)
この一年、ナナシは二人の近くで何度もその歌声を聴いてきた。
仕事として、個人の練習で、そして戦場で…その全てがナナシにとってかけがえのない素晴らしいモノだった。
だが今、眼前で繰り広げられる光景に、そこに響き渡る旋律に、その歌声に籠められた感情に、ナナシの体が震えあがる。感情が掻き立てられる。心が満たされる。
『『届け届け 高鳴るパルスに 繋がれたこの Burning heart!』』
(あぁ…なんて…)
その感情を表す言葉をナナシは知らない。だが、溢れ出す感情の中で、かつて伝えられた言葉を思い出す。
『俺は、俺達は、人々の命を、日常を、そこにある笑顔をかけがえのない大切なものだと思っている。だから俺達は、それを脅かすノイズから、人々を守るために戦っている』
それは弦十郎が言っていた言葉、弦十郎達が戦う理由。
(…『守る』)
大人達とは、あの二人とは、違う理由かもしれない。それでも、ナナシの周りの人間が戦う理由について、ナナシは理解できた気がする。
(二人のことを、二人の歌を、守る。絶対に…)
自分の目の前で歌姫達が、その想いの全てを歌に籠めている光景を眺めながら、ナナシは再び誓った。二人の『ために』、自分は戦うと。
…あの歌の
こうして、再び両翼は空へ舞い上がった。どこまでも、彼方まで届く歌声を響かせながら。
…そして、ナナシが奏達と出会ってから、約二年。
とある少女が、私立リディアン音楽院の入学式を迎える。
次回から無印に突入します。