戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第122話

ナナシが編み出したという『奥義』…その名を聞いたマリア達は思わず戸惑いの声を上げてしまった。そんなマリア達に取り合うことなく、ナナシは“収納”から何かを取り出した。

 

「アレは…」

 

ナナシが取り出した物…一本の短剣を見て、サンジェルマンが何かに気付いたような声を上げる。

 

「サンジェルマン、何か知っているワケダ?」

 

「何だか趣味の悪いデザインね?呪われそう…」

 

ナナシが取り出した短剣は刃が二股に分かれており、刀身には何か文字のような物が刻まれていた。鍔の中央には眼球のような意匠があり、カリオストロが言ったようにまるで呪われた武器のようだった。

 

「確証は無い。だが伝承に聞く形状が正しければ、アレは恐らく…」

 

サンジェルマンが自らの仮説を言い終わる前に、ナナシは取り出した短剣を…自身の心臓へと突き刺した。

 

「「「ッ!!?」」」

 

その行動に驚くサンジェルマン達。マリア達はナナシの自傷行為は不本意ながら見慣れており、戸惑うことは無い。

 

だからこそ…

 

 

 

「がぁあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

『っ!!?!?』

 

 

 

…直後に響いたナナシの悲鳴に、心底驚くことになった。

 

「ナナシ!!?一体どうしたの!!?」

 

「がぁあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

マリアの言葉にも答えず、苦しそうに悲鳴を上げ続けるナナシ。どうして良いか分からず狼狽えるマリア達の前で、徐々にナナシの体に異変が起き始めた。

 

ナナシが短剣を刺した傷口からは、一滴も血が地面へと流れ落ちることは無かった。何故ならば、流れ出た血液は全てナナシの体表に纏わりつくように広がっていき、まるで心臓から解き放たれた生き物がナナシの体を侵食していくようにナナシの体を血液が包み込んでいったからだ。

 

「がぁあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

苦しみ悶えるナナシの顔からオペラマスクが外れて地面に落ちる。やがて全身が血液に覆われて、体中を赤黒く染めたナナシの姿は、まるで…

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「なっ!!?」

 

「アレって!!?」

 

「『暴走』デスか!!?」

 

…響やマリアがかつて陥った、『暴走』状態に酷似していた。

 

「やはり先程の短剣は、魔剣『ダインスレイフ』に縁のある物か!」

 

「連中は、キャロルが持ち込んだダインスレイフの欠片を所持しているワケダ。そこから何らかの方法で複製を試みたワケダ?」

 

「なぁんだ、警戒して損しちゃった。それならあーしらには何も問題ないじゃない。それに制御しきれず暴走させちゃってるみたいだし…やっちゃえ!ヨナルデパズトーリ!!」

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

期待外れといった風に、カリオストロがヨナルデパズトーリへと指示を出す。ヨナルデパズトーリは雄叫びを上げながら暴走したナナシへと突撃してきた。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「あ!?待って!!無茶よナナシ!!」

 

迫り来るヨナルデパズトーリに反応してか、暴走したナナシもヨナルデパズトーリへと駆け出す。マリアが思わず制止の声をかけるが、ナナシは一切止まることなくヨナルデパズトーリへ接近、そして…

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ドゴォオオオオオオオオオオン!!!!!

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!?!?」

 

『なっ!!?』

 

両者の衝突の結果に、その場の全員が驚愕の声を上げる。まるで投げたボールが壁にぶつかって跳ね返されたように吹き飛ぶヨナルデパズトーリ(・・・・・・・・・)の姿に、全員の開いた口が塞がらなくなった。

 

交差の刹那、ナナシがやったことは右拳を掬い上げるように振るっただけ。たったそれだけで圧倒的な質量を誇るはずのヨナルデパズトーリが、比べることも馬鹿馬鹿しい矮小なナナシに力負けしていた。

 

「バ、バカな…」

 

「うっそでしょ!!?」

 

「あり得ないワケダ…」

 

信じられない光景に、サンジェルマン達は呆然としてしまう。それはマリア達も同じ想いだった。これまでとは比較にならないナナシの力に、全員思考が停止してしまっていた。

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

吹き飛ばされたヨナルデパズトーリはお返しとばかりに今度は長い胴体を振るって尻尾でナナシを吹き飛ばそうとする。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ナナシはヨナルデパズトーリの尻尾を跳躍して躱した。だが…

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

ナナシが跳躍した先に、ヨナルデパズトーリの頭が待ち構えていた。咄嗟に身を捻るナナシだったが…

 

バクン!!!

 

…避け切れなかった右腕が、ヨナルデパズトーリに喰い千切られた。

 

「ナナシ!!?」

 

「ナナシさん!!?」

 

「先生!!?」

 

その結果にマリア達が驚き、逆にサンジェルマン達は落ち着きを取り戻す。

 

「…少々驚かされたが、ここまでのようだな?」

 

「幾ら強化されたところで、ヨナルデパズトーリは『無敵』だものね?」

 

「この調子で、丸ごと平らげてしまうワケダ」

 

想定外はあったものの、自分達の優位に笑みを浮かべるサンジェルマン達。

 

だが…

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

腕を喰い千切られたナナシが叫び声を上げる。それは苦悶による悲鳴ではない。まるで自身の力を失った右腕に集中するように体表の血液が波打ち、脈動して…

 

ズルリッ!!!

 

…失ったはずの右腕が、瞬時に断面から生え変わった。

 

「何…だと…」

 

「うっそ~ん…」

 

「…もはや、ホラーなワケダ……」

 

目の前の現象に、サンジェルマン達は再び言葉を失ってしまった。混乱する周囲の人間を置き去りに、二体の化け物は再び衝突すべく動き出すのだった。

 

 

 

 

 

奥義“化詐誣詑”…その読みを『かさぶた』…奥義の名を冠するには些か間の抜けた響きであるが、この名がナナシの奥義の本質を八割以上表していると言っても過言ではない。

 

何故ならば、ナナシが行ったことを一言で表すなら、『全身を血液で覆い隠した』…ただそれだけである。短剣は形だけで呪いなど宿っておらず、苦しんでいたのはナナシの演技。そして『ナナシ自身の身体能力は一切変化していない』。

 

であるならば、何故ナナシが未だかつてない膂力を発揮しているのかというと…ただ単純に、ナナシが『全力で』力を振るった結果である。

 

別に、これまでナナシは戦闘において手を抜いていた訳ではない。ナナシはいつも『本気で』戦っていた。

 

それが何を意味するかというと…

 

 

 

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!?!?」

 

ナナシの左拳の一撃が、ヨナルデパズトーリの横っ面に命中してヨナルデパズトーリが横に大きく吹き飛ぶ。

 

(左腕、『粉砕骨折』…力はまだ入る!)

 

化け物のように振舞いつつ、ナナシは頭の中で冷静に自身と周囲の状況を把握しながらヨナルデパズトーリの懐に入り込み、再度左腕で攻撃を繰り出す。

 

ドゴォオオオオオオオン!!!

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!?!?」

 

その一撃によって、ヨナルデパズトーリの体がくの字に折れ曲がり、その口から悲鳴のような雄叫びを上げる。

 

(左腕…『液状化』…こいつが火を噴けるなら、このままだと俺の左腕はハンバーグだな?もしくは軟骨つみれ?)

 

そんなふざけたこと考えながら、ナナシはヨナルデパズトーリの体を軽く蹴って跳躍、地面に足を付けて再度ヨナルデパズトーリへと跳躍、その頭部に接近する。

 

(右腕…『つい今し方欠損から回復』…攻撃を実行!!)

 

ナナシがそう決断した直後、振り下した右腕がヨナルデパズトーリの頭部に直撃。地面に勢い良くぶつかったヨナルデパズトーリの頭部が大地を砕き…同時に、ナナシの右腕も血液の内部で粉々に砕け散った。

 

 

 

 

 

ナナシが弦十郎と特訓を始めて少し経った頃、弦十郎はナナシの『全力』を知るために、訓練場として使っている屋外の近くにある岩山を殴ってもらったことがある。

 

人里から離れ、木々も生えておらず何が起こっても周囲の環境にあまり影響が出そうにない丁度良い環境があったため、弦十郎はナナシに『全力』を指示していた。

 

まだ感情の起伏が少なかったナナシは弦十郎に言われるまま全力で腕を振るい、岩山の一部をまるで隕石が直撃したかの如く消滅させた…自身の右腕諸共に。

 

そう、ナナシ自身が行使する『全力』に…ナナシの肉体は耐えられなかったのだ。

 

その結果に驚き、狼狽え、謝罪する弦十郎の様子に、精神的に幼かったナナシは『何となくコレは悪いことなのか?』と腕を生やしながら感じ取り、それ以降全力を行使することを控えていた。

 

精神的に成長したナナシは、合理的に考えた結果自傷行為は必要なら躊躇なく実行するようになったが、全力を行使することはほとんどなかった。ノイズとの戦闘では過剰であるし、いちいち欠損を出していては戦闘を継続出来なくなる。カ・ディンギルを破壊する際は全力で攻撃しても時間内に破壊出来るか不明瞭であったため、動力源であるデュランダル確保に動き、これまで全力を行使したのは暴走するネフィリムを相手に拳を振るった時のみであった。

 

そんなナナシの情報をキャロルが聞いた結果に考案されたのがこの奥義、“化詐誣詑”である。

 

“化詐誣詑”…この名前の由来は血液が損傷を覆って出来る『かさぶた』のように、肉体を血液で覆うからというだけでなく、その役割がそのまま『損傷の保護』であるからだ。

 

大きく異なる点は、本来のかさぶたが偶発的に出来た損傷の『結果』に生じるのに対して、この奥義は必然的に発生する損傷の『予防』であることだ。

 

・ナナシは全力を出した場合、肉体強度が足りず四肢が四散する。

・“高速再生”では欠損の修復に時間がかかり、“ダメージの無効化”は機能不全が発生するリスクがある。

・ファラに両断された胴体が繋がったように、ナナシの肉体は分割されても損傷箇所を近づければ結合して修復される。

 

これらの情報を加味してキャロルが考案したナナシの効率的な戦闘方法は…『肉体を四散させないように処置して、壊れた組織を修復しながら戦闘を継続する』と言うものだった。

 

狂気に近い発想に、ナナシと共に話を聞いていた大人達は流石に狼狽えてしまった。弦十郎が即座に「損傷がある状態では本来の力を発揮することなど出来ないのではないか?」と否定的な意見を出してキャロルの案を無かったことにしようとしたのも無理からぬことだ。そんな弦十郎の意見に対して、キャロルは鼻で笑いながら次のように言った。

 

そもそも、人間の肉体は自身の強度を凌駕する膂力など本来発生しない。(一部例外を除く)

人が肉体の制限を取り払い、全力を行使したところで車を傾ける程度が精一杯だ。(一部例外を除く)

基本構造が人間と同じなら、本来どのような状態でもシンフォギアを上回る力など出せるはずが無い。(一部(ry

 

これらの事から、ナナシの身体能力の高さはナナシ自身に宿る未知の力…ナナシが言う所の『ご都合主義パワー』に起因することが考えられ、出力の調整がナナシの匙加減である以上…最低限、力を籠められるだけ肉体が再生していれば全力を行使出来るという仮説が成り立つとのことだ。

 

理屈は分かる、だが余りにもあんまりな方法に大人達が絶句する中で…唯一瞳を輝かせるナナシに、キャロルは呆れを含んだ笑みで言ってのけた。

 

「貴様は、そのような些末事など気にしないであろう?」

 

「Exactly!!」

 

…本人が積極的な以上、大人達がナナシを止められるはずもなく、キャロルが考案した戦闘方法が検討されることになった。

 

既に手足の一部に纏わせる戦い方をしていたため、四肢が四散しないための処置はナナシの血液を使うことが早々に決定した。全身を血液で包み込み、攻撃の瞬間にその周囲の血液を硬化させることで肉体が周囲に撒き散らないようにする。そしてその装いから、ナナシは極限までこの技を活用する術を編み出していった。

 

禍々しい短剣による自傷をトリガーとすることで、見た目だけの短剣を重要なアイテムだと誤認させる。

 

理性を失ったような振る舞いをすることで、相応の代償があるのだと相手に錯覚させる。

 

血液を補充して体の輪郭を作ることで、瞬時に回復したと見せかけて血液の中で欠損を回復させるまでの時間を稼ぐ。

 

異形の姿で見る者を『()かす』

尊大な虚飾で矮小な中身を『(いつわ)る』

咆哮と所作で己が知性無き獣だと『()いる』

欺瞞に満ちた情報で相手を『(あざむ)く』

 

故に“化詐誣詑(かさぶた)”…ふざけた名の響きも含めて、ナナシの在り方をこの上なく体現した奥義である。

 

…余談であるが、この奥義を編み出したナナシは試運転も兼ねて弦十郎と模擬戦を行い…技量の差で敗北。「全力を出した状態での技量向上が今後の課題だな!」と言って笑う弦十郎にナナシは真顔で「お前ホント何なの?」と言ってしまった。

 

 

 

 

 

地面に半分ほど頭部が沈んだヨナルデパズトーリを眺めながら、サンジェルマン達は目の前の情報を整理していた。

 

「…魔剣の呪いを制御するのではなく、本格的に暴走状態で運用している…ということか?」

 

「それ以外にあれだけの理不尽な強化、考えられないワケダ…」

 

「S.O.N.G.ってもっとクリーンなイメージだったけど、ただの甘ちゃん集団じゃなかったみたいね?」

 

地に沈むヨナルデパズトーリと禍々しい装いのナナシを眺める三人。だがその表情に焦りはない。

 

「ビックリ仰天させられたのは確かだけど、やっぱり問題は無さそうね?」

 

「あれが『呪い』であるならば、わざわざ対策を講じる手間もかからないワケダ」

 

「ええ…最悪アレは私達で対処出来る。後は実験の成果さえ確認出来ればそれで良い」

 

サンジェルマン達は目の当たりにした情報から、ナナシへの対処は可能と判断して思考を切り替える。それがナナシの思惑通りとも知らずに…

 

『呪われそうな短剣』、『シンフォギアの暴走状態に酷似した姿』…この二つを目にした者は、高確率で『魔剣ダインスレイフ』へと思考が行き着く。現在装者達が活用しているイグナイトモジュールが魔剣の呪いを利用した機能であり、その装者達と同じ組織に所属している存在なのだから容易に関連付けることが出来る。キャロルがS.O.N.G.に魔剣の欠片を持ち込んだことを知っている三人ならば尚更だ。

 

だからこそ、致命的に真実から遠ざかる。ナナシの力が、魔剣の呪いとは一切関わりが無い可能性を考えることが出来ない。間違った情報は病のように敵対者を蝕み、その思考を鈍らせてしまう…キャロルが『病魔』と呼称した在り方さえも、ナナシは嬉々として受け入れてしまっていた。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ヨナルデパズトーリを殴りつけ、その反動で空中に留まっていたナナシが咆哮を上げながら…勝負を決めにかかる。

 

ナナシが眼下のヨナルデパズトーリを見下ろしながら、その右腕を上に掲げる。すると、右腕の輪郭がボコボコと蠢きながら徐々にその形状を変えていった。

 

“収納”から放出された血液が瞬時にナナシの体を包む血液に混ざり、“血流操作”で右腕に収束していく。ナナシ自身の体など優に超えるほど巨大化した右腕は…ヨナルデパズトーリの首さえ断てそうな巨大な剣を形作った。

 

「Gyuuuuuu…」

 

流石に身の危険を感じたのか、ヨナルデパズトーリが頭を持ち上げて移動しようとして…

 

ザシュッ!!!

 

「Gyaaaaaaaaaaaaa!!?!?」

 

…突然、ヨナルデパズトーリの複数ある眼球の一部から赤い棘が生えて、その視界を奪った。

 

“血液感染”

 

赤い棘は、先程ヨナルデパズトーリがナナシの右腕ごと喰らった…ナナシが意図的に喰わせたナナシの血液。体内に侵入させた血液を、ナナシは“血流操作”で操って強度の弱い眼球付近まで移動させていた。

 

右腕一本とその周囲に纏わせた血液では、ヨナルデパズトーリの体中にある眼球全てを潰すことは出来ないが…何の前触れもなく視界の一部を奪われたヨナルデパズトーリは、移動させようとした体を一瞬硬直させてしまう。

 

その一瞬の隙を突いて…

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ズバンッ!!!

 

…ナナシが全力で振り下した剣が、ヨナルデパズトーリの首を切り落とした。

 

 

 

 

 

ヨナルデパズトーリの首と胴体の傍で佇むナナシに、マリア、調、切歌の三人がゆっくりと近づく。

 

「フシュウウウウゥゥゥ…」

 

「ナ、ナナシ?大丈夫なの?意識はある?」

 

「ガルルルルルルルル…」

 

恐る恐るマリアが声をかけると、ナナシは獣のような唸り声を出してマリア達を威圧した。

 

「や、やっぱり暴走しているデスか!!?」

 

「魔剣の呪いに飲み込まれて、正気を失っている!!?」

 

「しっかりしなさい!!あなたは呪いに負けるような男じゃないでしょう!!?」

 

マリアが必死にナナシへ言葉を投げかける。すると…

 

「グ、ウウウゥゥウウウウ!!?」

 

…ナナシが両手で頭を抱え、苦しむような素振りを見せた。

 

「お願い!優しい先生に戻って!!」

 

「ナナシさんは呪いになんか負けないデス!!」

 

「ウ…ウタ…ヲ…」

 

「ウタ?…ッ!!そうだ!歌!!先生なら私達の歌で正気に戻ってくれるかも!!」

 

「歌デスね!なら三人でAppleを…」

 

「『テガミ』、ヲ…『オキテガミ』、ヲ…」

 

「デェェェェス!!?待って待って待って欲しいデス!!?よりによってその歌だけは勘弁して欲しいデス!!?」

 

「グウウウウウウウ!!?」

 

「先生!!?切ちゃん!先生が苦しんでる!!切ちゃんが歌えないなら、私が…」

 

「ッ!!?う、うぅ~…わ、分かったデス!!ナナシさんのためなら!!!アタシはあの歌を歌ってみせるデス!!!!」

 

「というかあなた正気でしょう!!?」

 

(あ、バレた?)

 

マリアがスパーンとナナシの頭を叩きながら指摘すると、ナナシは“念話”でアッサリ自分が正気であることを暴露した。

 

(敵を騙すために暴走したフリをしているだけだ。監視がある間はこの演技を続けるつもりだから会話は“念話”でよろしくお願いします!)

 

(全く…相変わらず心臓に悪いことを…)

 

(心配しましたよ!先生!!)

 

(うわーん!酷いデス酷いデス!!もうちょっとで大勢の前であの歌を歌うところだったデス!!)

 

(いやー、思い返してみるといつも楽しく歌っている切歌が歌に恥じらいを籠めるって相当レアだったと思ってな?つい出来心で…)

 

ポカポカとナナシを叩く切歌にナナシは微動だにしないまま“念話”で陽気に返事をして三人に指示を出す。

 

(とりあえず俺は理性が獣程度でも敵味方の識別くらいは出来ている風を装うから、適当に頭でも撫でて宥めている姿を見せてくれ)

 

(あ、頭を…?)

 

(こうデスか…?)

 

ナデナデ…

 

「ゴロゴロゴロゴロ♪」

 

(猫が甘えているみたいな声!?)

 

(ちょ、ちょっと可愛いデス…)

 

(ホラホラ、アイドル大統領も!)

 

(え!?じゃ、じゃあ…)

 

「ガウ!!」

 

ガブッ!!

 

「きゃああああ!?何で噛むの!!?何で噛むのおおおお!!?」

 

(微妙に懐き具合が違うのも獣っぽいだろ?ああ、安心してくれ。口の中もしっかり包んで固めているから唾液や血液で手を汚すことは無い!)

 

ザリザリザリザリ!!

 

「ひゃあああああ!!?!?ざらつきを付けた舌で手を舐めないでえええええ!!!」

 

 

 

そんなナナシ達の茶番を、サンジェルマン達は何とも言えない表情で見ていた。

 

「…一応、味方の識別くらいは出来るみたいね?」

 

「そ、そう?襲われてるみたいだけど?」

 

「もしそうなら手を喰い千切られているワケダ。ヨナルデパズトーリを圧倒する力に腕一本なら即座に修復する再生力…厄介な相手なワケダ」

 

「ええ…でも、ヨナルデパズトーリの真価はここからだ」

 

 

 

(ナ、ナナシ、その化け物を倒したなら、お前とマリアさん達であの連中を捕縛出来るんじゃないか?)

 

(私達は“障壁”の中に身を潜めておくから、あなた達は錬金術師達を…)

 

騒ぐナナシ達に、藤尭と友里がそう“念話”で切り出した瞬間…ヨナルデパズトーリの遺体に異変が起きた。

 

(ッ!?総員警戒!!)

 

薄っすらと発光するヨナルデパズトーリの遺体にナナシが警戒を呼び掛ける。すると、ナナシ達の前でヨナルデパズトーリの体が徐々にブレていき…次の瞬間には、首の繋がった全快状態のヨナルデパズトーリがナナシ達の前に立ちはだかった。

 

「う、そ…」

 

「あり得ない…何で…」

 

その光景に、思わずそんな言葉を零してしまう藤尭と友里。

 

「無かった事になるダメージ♪」

 

「実験は成功したワケダ」

 

「不可逆であるはずの摂理を覆す、埒外の現象。遂に錬金術が人智の到達点、『神の力』を完成させたわ」

 

マリア達が言葉を失っている様子にサンジェルマン達は笑みを浮かべていた。

 

だが、サンジェルマン達の認識は致命的に食い違っている。

 

マリア達が絶句しているのは、未知の現象を目前にした驚愕ではなく…馴染み深い現象を目の当たりにしたが故の動揺であったからだ。

 

(今のって…)

 

(まさか…)

 

(ナナシと、同じ…?)

 

そう、先程ヨナルデパズトーリが行使した力は…ナナシが“ダメージの無効化”を行使した時と、あまりにも酷似していた。

 

(これは…遂に巡り合ったか?俺のルーツに…ってことはあの三人が俺のマザーで、この蛇野郎は俺のブラザー?或いはシスター?)

 

流石に動揺しているのか、普段通り茶化しているのか…ふざけた事を“念話”で語りながら、ナナシはゆっくりヨナルデパズトーリへと近づいていく。

 

(マリア、切歌、調…三人は藤尭達を本部まで退避させてくれ。アレの足止めは俺がする)

 

(ッ!!?で、でも!!)

 

(適材適所。目には目を、化け物には化け物をってな?それにこの状況であの三人が本格的に戦闘に介入してきたら、藤尭達を守り切れるか分からない…そいつらの事、よろしくお願いします!!)

 

(……必ず、無事でいなさい!!!)

 

(無理しないで!!)

 

(すぐに戻ってくるデス!!)

 

躊躇い、葛藤しながらも、それが最も合理的な判断だと理解してマリア達は横転した車を退かして仲間達と共に本部へと向かった。

 

 

 

 

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

 

ナナシの一撃がヨナルデパズトーリの下顎を吹き飛ばすも、ヨナルデパズトーリは“ダメージの無効化”で回復、再生した牙でナナシの左腕を喰い千切る。しかしナナシも左腕を瞬時に再生したように見せかけつつ、上手く立ち回りながら“高速再生”で欠損を回復させる。不死身の化け物同士の不毛な争いを、サンジェルマン達が静かに見つめていた。

 

「神の力の構成実験は成功…だが…」

 

「不死身の化け物を従えるのは、我々だけでは無かったワケダ」

 

「お互いに手札を一枚切らされたってところね…それにしても…」

 

カリオストロは獣のように振舞うナナシをジッと見つめて、僅かに眉根を寄せていた。

 

「敵ながらちょっとだけ可哀想ね?獣に堕ちた挙句に仲間に置き去りにされて一人戦い続けるなんて…」

 

「似合わない同情はやめるワケダ。少なくともあの男が心臓を穿つ姿には何の躊躇いも見られなかった…全て織り込み済みというワケダ。今更善人ぶっていては足元を掬われるワケダ」

 

「冗談よ、冗談。良い子ちゃんの集まりだと思っていたけど、土壇場で合理的な決断も出来るんだなって認識を改めていただけよ」

 

「……」

 

二人の話に無言で耳を傾けながら、ナナシとヨナルデパズトーリの戦闘をジッと眺めていたサンジェルマンは…不意に、ヨナルデパズトーリに手を翳した。すると、ヨナルデパズトーリの体が光の粒子へと変わり、サンジェルマンの手元で光の球体に戻ってしまった。

 

「なぁに~?あのナンパ男、見逃しちゃうの?」

 

「神の力の完成は確認出来たし、あの男の情報も手に入った。まずはそれで充分よ」

 

「追撃は無用というワケダ」

 

「それよりも、『ティキ』の回収を急ぎましょう」

 

そう言って、サンジェルマンが懐を探ってオペラハウス付近に転移するテレポートジェムを取り出そうとする。その合間に、三人はこちらに背を向けて佇むナナシに視線を向けて…

 

ゴキュリッ!!

 

「ッ!!?」

 

「「ヒッ!!?」」

 

…突然、サンジェルマン達の方に『首だけ』振り返ったナナシを見てサンジェルマンが硬直、プレラーティとカリオストロが小さく悲鳴を漏らす。そして…

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

「ヒィィィィ!!?!?サンジェルマンサンジェルマン早く早くジェム使って!!!」

 

「来てる来てるこっちに来ているワケダァアアアア!!!」

 

「まっ!?ゆらっ!!?揺らさないで!!?」

 

…サンジェルマン達を見据えながらバック走で接近してくるナナシに、三人は慌てながらジェムを使ってその姿を消した。

 

(あ~クソ、動揺させれば逃げられる前に接近出来ると思ったのに…弦十郎、どうする?俺だけオペラハウスに突撃して諸々回収してこようか?)

 

(…いや、連中がまだ何か切り札を隠している可能性もある。一度君も本部に戻ってくれ)

 

(連中の計画に重要そうな物を回収されても良いのか?賭けに出るには申し分ないと思うぞ?)

 

(君を危険に晒す程ではないさ。それよりも…早く本部に戻って、マリア君達や俺達を安心させてくれ)

 

(相変わらず甘いな~…まあ、ここは大人しくウチのボスの言葉に従っておくよ)

 

“念話”で弦十郎とやり取りをしたナナシは自分の首を掴んでゴリッ!と正面に戻すと、本部に向かって駆け出した。

 

(それにしても、化け物っぽい所作で相手を動揺させる作戦は想像以上に効果的だったな?あんなに良いリアクションが見られるなんてとても面白…いや、戦闘に有利だ)

 

自身の肉体強度と再生力が拮抗する最大速度で爆走しながら、ナナシは血液の中に隠れた顔にニヤリと笑みを浮かべる。

 

(今後の戦闘のために、ホラー映画の化け物とかの動きを予習しておかないとな!あくまでも今後の戦闘のために…フフフフフ)

 

…どうやら、碌でもない趣味がまた増えてしまったらしい。

 

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