戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第128話

遥か昔、身分の差が絶対とされ、奴隷制度が社会の基盤として成立している頃のことだ。

 

「お母さんを助けてください!」

 

一人の少女が雨の中、大柄の男二人に取り押さえられながら、それでも懸命に目の前の身なりの良い男に声を掛け続けていた。

 

「ずっと熱が下がらなくて凄く苦しそうで…お願いです、助けて!お父さん!!」

 

「奴隷が私にすり寄るな!!!粉吹く虫の分際で!!」

 

少女が男を父と呼んだ瞬間、これまで何の反応も示さなかった男が激昂して少女の顔を思い切り殴りつけた。少女は衝撃で体を石の地面に叩きつけられ蹲ってしまう。

 

「慰みを与えた女の落とし子だ。つけあがらせるな。奴隷根性を躾けておけ」

 

従者にそう命令だけ残して、男は蹲る少女に一瞥もくれることなく建物の中に姿を消した。

 

血の繋がるはずの父親の助けを得られなかった少女は、トボトボと病気の母親が待つボロ小屋へと戻った。

 

「ごめんお母さん。今日も食べ物を手に入れられなくて…でも一昨日のパンがまだ残っているから…」

 

ボロ布で体を拭きながら、痛む体で気丈に振舞いながら少女が横たわる母親へと声をかける。しかし、何故か母親から返事が返ってこない。

 

「お母さん?…お母さん!?」

 

少女が疑問を感じて再度母親に呼び掛けるが、母親は眠ったままピクリとも動かない…呼吸や脈動など、生きる上で最低限度の動きさえも…

 

「おかあ…さん…」

 

少女の声に、母親が目を覚ますことは無かった…もう、二度と…

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中で、サンジェルマンが無力な奴隷であった時のことを思い出しながらゆっくりと目を開ける。目の前には、様々な薬品が入ったフラスコや実験器具が部屋のアチコチに置かれている。そして机の上に一際目立つ赤い入れ物の中に、ハートの形をした宝石のような物が三つ浮かんでいた。

 

「『ラピス』…錬金の技術は、支配に満ちた世の理を、正すために…」

 

ハート形の宝石…ラピスを見据えながら、サンジェルマンは胸の想いを言葉にする。揺るがぬ意志を、自らに刻み込むように…

 

 

 

 

 

とある高級ホテルの最上階の部屋にプレラーティとカリオストロ、そしてティキが待機していた。プレラーティがソファーで優雅に紅茶を飲み、カリオストロが外の景色を眺めていると…

 

「ハァ~…」

 

…ティキがベッドの上で漫画を広げながら、大きな溜息を吐いた。

 

「退屈ったら退屈~!いい加減アダムが来てくれないと、私退屈にくびり殺されちゃうかも~!!かもかも~!!」

 

「…フン」

 

ティキの嘆きに呆れながら、プレラーティはカップを手に持つ。そんなプレラーティに、カリオストロが近づいてきた。

 

「ねえ、サンジェルマンは?」

 

「私達のファウストローブの最終調整中なワケダ。踊るキャロルのお陰で、随分と捗らせてもらったワケダ。後は…」

 

プレラーティの言葉の途中で、カリオストロはプレラーティの横を通り過ぎて行ってしまった。プレラーティはカップを持ったままソファーから立ち上がりカリオストロに声を掛ける。

 

「何処に行こうとしているワケダ?」

 

「もしかしてもしかしたら、まさかの抜け駆け!?」

 

何処か楽しそうなティキの言葉に、プレラーティもカリオストロの行動に察しがついた。

 

「ファウストローブ完成まで待機出来ないワケダ…」

 

「ローブ越しってのがもどかしいのよねぇ。あの子達は直接触れて、組みしきたぁいの♡…それに、あのナンパ男は早いとこ消しておきたいしね?」

 

「直接触れたいって、まるで恋のような執心じゃな~い!あ~!私もアダムに触れてみたい!むしろさんざっぱら触れ倒されたい~!!」

 

そう言ってティキがベッドの上でゴロゴロと転げまわる。カリオストロが出て行ってしまったため、そんなティキと二人で部屋に残されたプレラーティは深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

パヴァリアの錬金術師達がそんなやり取りをしていた頃、S.O.N.G.の主要メンバーは装甲車に乗って何処かに向かっていた。響が覗き込んだ車の窓からは、大勢の人が自衛達に誘導されて移動している光景が見えていた。

 

「先の大戦末期、旧陸軍が大本営移設のために選んだここ松代には、特異災害対策機動部の前身となる非公開組織…風鳴機関の本部も置かれていたのだ」

 

「風鳴機関…?」

 

その組織名に反応して、響達の視線が翼に集まる。翼は難しい顔をしたまま椅子に座って俯いていた。

 

「資源や物資の乏しい日本の戦局を覆すべく、早くから聖遺物の研究が行われてきたと聞いている」

 

「それが天羽々斬と、同盟国ドイツより齎されたネフシュタンの鎧やイチイバル、そしてガングニール…」

 

「バルベルデで入手した資料は、かつてドイツ軍が採用した方式で暗号化されていました。そのため、ここに備わっている解読機に掛ける必要が出てきたのです」

 

そんな会話をしている内に、S.O.N.G.のメンバーを乗せた装甲車はいくつものゲートで隔てられた施設の内部へと進んでいった。

 

「暗号解読機の使用にあたり、最高レベルの警備体制を周辺に敷くのは理解出来ます。ですが…退去命令でこの地に暮らす人々に無理を強いるというのは…」

 

装者達がシンフォギアを纏うのは、ノイズや聖遺物などによる災害から人々の日常を守るためだ。本来守るべき人々の日常が自分達の活動の都合で乱されている現状に、翼は堪え切れず弦十郎に対して自身の葛藤を言葉にしてしまった。そんな翼に背を向けたまま、弦十郎は静かに告げた。

 

「護るべきは人ではなく、国…」

 

「人ではなく…?」

 

「…少なくとも、鎌倉の意思はそういうことらしい」

 

弦十郎の言葉に、装者達は顔を曇らせてしまった。弦十郎も目を閉じて難しい顔をしている。国という大きな力の前では個人の感情など反映されない。車内の人間は胸の内に感じた憤りを燻ぶらせることしか出来なかった。

 

そんな中、ナナシだけは普段と変わらない様子で壁に寄りかかって漫画を読んでいた。弦十郎が翼の言葉に返答した際にチラリと視線を送っただけで、結局目的地に着くまで終始無言で漫画を読み耽っていた。

 

弦十郎達が辿り着いた施設の内部では、多くの研究員が機器を操作して暗号解読を進めていた。

 

「難度の高い複雑な暗号だ。その解析には、それなりの時間を要するだろう…翼」

 

「ブリーフィング後、雪音、立花を伴って周辺地区に待機。警戒任務に当たります」

 

「うむ」

 

翼の口にした今後の流れに弦十郎が頷く。それを見た調がおずおずと手を上げた。

 

「あの…私達と先生は何をすれば…」

 

その質問を聞いた弦十郎はLiNKERの使用に制限があるマリア達と、何故か名前を呼ばれなかったナナシの役割について説明していった。

 

 

 

 

 

それから少しして、弦十郎から指示を受けたマリア達は施設付近の農村の道を歩いていた。調と切歌が双眼鏡を使って周囲を見回している。

 

「ん~緑が多くて空気が綺麗だな!長い時間車と施設内にいたから風が心地良い~」

 

そう言って大きく体を伸ばす人物に、マリアは胡乱気な視線を向けていた。その人物とは、まるでライオンの鬣のように顔の輪郭を長い毛で覆った鬼…の面を被ったナナシである。

 

「…ナナシ、それは一体何なの?」

 

「『なまはげ』って言う大晦日に災いを払いに来る神様。ただこの顔で包丁や鉈を持って集団で「泣ぐ子は居ねがー!」、「悪い子は居ねがー!」って怠け者の悪ガキを追いかけ回すヤベー方々だから、よく鬼と勘違いされてるな!」

 

「私達としては、そんなお面を付けて堂々と歩くあなたの方がヤバいのだけれど…ほら、調と切歌もあなたと顔を合わせないよう辺りを見回すのに必死じゃない」

 

「あ、あっちは異常ナシデス!!」

 

「こっちも大丈夫だよ!切ちゃん!!」

 

マリアの指摘に一瞬ビクリと調達が身を震わせながら、二人は決してナナシの方に視線が向かないように探索を続けていた。

 

「…何故あなたは私達に同行したの?要所の防衛はあなたの最も得意とする事柄でしょう?」

 

「翼達三人の装者と弦十郎、慎次を始めとした“血晶”を所持するOTONA達、挙句の果てに劣化したとはいえオートスコアラー四機とクソガキに了子まで居るんだぞ?現時点で充分過剰戦力だ。ならお前らと一緒に逃げ遅れた人間の探索に出た方がよっぽど有意義だろ?」

 

マリアの問いにそう返すナナシ。何処か投げやりに返答する様子に、マリアはもう一つ気になっていた事をナナシに問いかけた。

 

「やっぱりあなたも、今回の退去命令には思う所があるの?」

 

普段のナナシなら、暗くなった場の雰囲気を変えるためにふざけた事を言いそうだとマリアは思っていたため、終始無言で漫画を読むナナシの様子に違和感を覚えたのだ。

 

「いや、全然?寧ろ俺は今回の住民の退去については全面的に賛成だ」

 

しかし、ナナシから返ってきた答えはマリアの予想に反する物だった。

 

「お前らが気にしているのは『必要無いかもしれないのに周辺住民に負担を掛ける事』だろ?だけどな、結構な確率でパヴァリアの連中が襲撃してくることが予想されるんだから事前に退去してもらった方が戦いやすくてお前らも気が楽だろ?そう考えると、普段ノイズが突発的に現れた時の緊急避難に比べれば今回の退去はよっぽど安全だ」

 

「だからと言って、軽々に住民の日々の営みを崩すのは…」

 

「地震、台風、津波に噴火、この国は突発的な自然災害の多い国だ。何の前触れもなく日常が破壊されることは過去に幾度もあった。その度に国の指示で退去しなければならない事もな。もちろんそれで慣れてるから平気だろなんて言う気は欠片も無いが、『危ないかもしれないから避難する』ってことなら納得する人間は結構多いと思うぞ?今回は国の都合って部分も大きいから損害の補填も多くする。当然それでも不満の声は出るだろう。俺もS.O.N.G.の苦情担当として一人一人話を聞くし、思いつく限りの支援はするつもりだ。俺に可能な範囲で、だけどな」

 

つらつらと自分の考えを語るナナシに、多少納得したマリアは不承不承ながら現状の不満を飲み込もうとして…

 

「ああ、勘違いするなよ?別にお前らの不満を飲み込めって言っている訳じゃないからな?」

 

「!!?」

 

…そんな考えすら読み取られて、ナナシに引き留められた

 

「俺は『こんな考えもある』って示しただけだ。どれだけ理由があろうが、気に食わないものは気に食わないで良いんだよ。お前らの想いを否定する必要はない。お前らの好きなように考えて、お前らがしたいように行動すれば良いと俺は思う。ただし!お前らが出来る範囲でな?無理して背負い切れない重責を背負っても潰れるだけだ。先ずは両手両足でしっかり支えられる範囲から、それ以上は背負えるだけの力をつけてからだ。自分の重さの管理の重要性は理解しているだろ?アイドル大統領!」

 

「最後が一言余計よ!全く…」

 

ふざけた装いで真面目な話をしていたかと思えば、結局茶化したことを言うナナシに、マリアは悪態をつきながら苦笑した。

 

「あはははは!まあそんな訳だから、俺はこの退去命令には特に思う所は無いんだよ」

 

「なるほどね………?」

 

マリアがナナシの思惑について納得して…何か引っかかるものを感じた気がした。その違和感についてマリアが思案しようとしていると…

 

「あー!!」

 

…双眼鏡を覗いていた切歌が大声を上げたため、マリアは思考を中断させた。

 

「あそこにいるデス!252!!レッツラゴーデス!」

 

「真似してみたいのは分かるけど、切ちゃん、それは…」

 

調が何かを言い終わる前に、切歌は自分が見つけた人影の前に回り込んで声を掛けた。

 

「早くここから離れて…って、怖っ!?人じゃないデスよ!!?」

 

「最近の案山子はよく出来てるから…」

 

白目で歪な造形の案山子を覗き込んだ切歌が悲鳴を上げ、調が呆れながら切歌に近寄った。

 

「あははは!確かに不気味かもな?俺とどっちが怖い?」

 

グルン!!

 

「「ひぃぃぃ!!」」

 

ナナシも切歌達の傍に近づき横から案山子の顔を覗き込んだ後、急に首を回して切歌達の方へ顔を向けたため、至近距離でなまはげの面を見た二人は思わず悲鳴を上げてしまった。

 

「あははは!安心しろって!なまはげは悪い子や怠け者しか襲わないから!…それとも何かやましい事でもあるのかな?」

 

「なっ!!?ななな、何にも無いデスよ!!?やましい事なんて!!?」

 

「切ちゃん…?」

 

ナナシの言葉に何故か取り乱した切歌に、調が怪訝な顔をする。切歌に何やら隠し事があるのは明白だったため、ナナシはそっと切歌に顔を近づけて…

 

「悪い子は居ねがー!」

 

「わああああ!!?ゴメンナサイゴメンナサイナナシさんから沢山もらったプリン間違えて調の分も一個余分に食べちゃったデス!!!」

 

「っ!!?やっぱり!!少ないと思ったのは気のせいじゃなかったんだ!!」

 

普段は何かと切歌に甘い調だが、ナナシにプリンを強請った理由が理由のため、調は切歌の体の一点に恨みがましい視線を向ける。

 

「切ちゃんは充分…なのに…」

 

「し、調!?怒っているデスか!!?わざとじゃないんデス!許して欲しいデス!!」

 

「…先生、なまはげ様は悪い子にどんなお仕置きをするんですか?」

 

「調ぇ!!?」

 

「え?そりゃあ包丁を手に追いかけ回すんだから…なあ?」

 

「ひぃぃぃぃ!!?!?お料理されて食べられちゃうデース!!!」

 

調とナナシの冗談に怯えた切歌が慌てて駆け出して…トマト畑の影から出てきた人影にぶつかってしまった。

 

「切ちゃん!?」

 

「わああ!!?」

 

調が声を掛けるも間に合わず、切歌と籠を背負った老婆は転倒してしまった。その際、老婆の籠からトマトがいくつか転がり落ちた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ゴメンナサイデス!!」

 

「いやいや、こっちこそすまないねぇ」

 

「立てますか?何処か痛むようなら薬も包帯も一通り所持しているので言ってください。処置します」

 

「大丈夫ですよぉ、ご親切にどうも…ふぇっ!?お、鬼!!?」

 

老婆を心配してしゃがみながら声を掛けたナナシの顔のお面を見て、老婆は驚きの声を上げてしまった。

 

「どうも、政府の退去命令を聞かずに残っている悪い子を探しに来たなまはげです。自覚症状が無いだけで何処か異常があるかもしれないので一度検査するためにも同行してください。私が背負いますので」

 

「は、はぁ…」

 

「えっと、その男のちょっとした遊びみたいなもので、私達が政府の者というのは本当です。政府からの退去指示が出ています。急いでここを離れてください」

 

「はいはい、そうじゃね。けど、トマトが最後の収穫の時期を迎えていてねぇ」

 

老婆はそう言うと、先程地面に落ちたトマトを二つ手に取って切歌達に見せてきた。丸々と大きく、色鮮やかに赤く熟した立派なトマトに、切歌と調は思わず目を輝かせた。

 

「わぁ!」

 

「美味しそうデス!」

 

「美味しいよぉ、食べてごらん?」

 

老婆が差し出したトマトを二人が受け取り、切歌が真っ先にかぶりついた。

 

「ん~!!美味しいデス!!調も食べるデスよ!」

 

「いただきます…っ!?本当だ!近所のスーパーのとは違う!」

 

そのトマトの美味しさに、二人はニッコリと微笑んだ。

 

「そうじゃろう。丹精込めて育てたトマトじゃからなぁ。そんな訳でなまはげ様には悪いけど、収穫まで待ってくださらんかねぇ?儂は見ての通り子供でも無いので、なまはげ様は親とはぐれて泣いている子供を探してあげてください」

 

「私にとってはあなたもその子達と大差ありませんよ?年齢で張り合うなら最低でも千を超えてからにしてください、お嬢さん」

 

「あはははは!なまはげ様にとっては儂も(わらべ)でしたか。ですが、食べ物を粗末にしてしまうのは悪い事ではないですかねぇ?」

 

「ふむ…分かりました。収穫を手伝いましょう。早く終わらせるのでお嬢さんはその子達と休んでいてください。あと余剰分のトマトは全部買い取らせてください。品質が素晴らしいので沢山欲しいです」

 

「えっ?あっ!?ちょっと!!?」

 

マリアが困惑している間に、ナナシはさっさとトマト畑に姿を消してしまった。

 

「変わった格好だけど優しい子だねぇ。任せきりは悪いからやっぱり私も…」

 

「あ、あのね、お母さん…」

 

ナナシに続いてトマトの収穫に戻ろうとする老婆に、マリアは何とか避難してもらおうと声を掛けようとして…

 

 

 

「きゃはーん!みぃーつっけた♡」

 

 

 

…その場にパヴァリア光明結社の錬金術師、カリオストロが姿を現した。

 

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