戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第131話

すっかり夜も更けてきた頃、復活した友里とエルフナイン、了子とキャロルが車内の端末で作業をしていた。

 

「友里さん。あったかいもの、どうぞ」

 

「デース」

 

作業を進める友里に、調と切歌がコーヒーを差し入れしてきた。

 

「あったかいものどうも。何だかいつもとあべこべね?」

 

友里がお礼を言いながらコーヒーを受け取る。キャロルにはファラが、了子には奏がコーヒーを手渡していた。そしてマリアもコーヒーを手にエルフナインに近づいていた。

 

「あなたにも」

 

「ありがとうございます」

 

「調べ物、順調かしら?」

 

マリアがそう問いかけると、エルフナインは気まずそうに顔を俯かせてしまった。気になったマリアがエルフナインの前にあるモニターを覗き込むと、そこには見覚えのある顔が複数映っていた。

 

「これ、もしかして…」

 

「はい、少しでも早くLiNKERの完成が求められる今、必要だと思って…」

 

「私達の忌まわしい想い出ね…フィーネの器と認定されなかったばかりに、適合係数の上昇実験にあてがわれた孤児達の記録…」

 

マリアはかつて、F.I.S.でガングニールに適合すべく苦痛に襲われながらギアを纏い続けた日々の事を思い出していた。

 

『無理よ、マム…やっぱり私は…セレナみたいになれはしない…』

 

『マリア、ここで諦めることは許されません。悪を背負い、悪を貫くと決めたあなたは、苦しくとも、耐えなければならないのです』

 

苦しみ、地面に伏せるマリアに対して、ナスターシャ教授は厳しい言葉でマリアに訓練継続を命じていた。

 

「マム…」

 

マリアが今も厳しく、しかし家族として暖かく迎えてくれる母の事を想っていると…突然、車内に警報が鳴り響いた。

 

「多数のアルカノイズ反応!場所は…松代第三小学校付近から、風鳴機関本部と学校方面の二手に分かれて進攻中!」

 

友里の報告にマリア達が驚愕する。その小学校は現在避難施設として使われる、マリア達が老婆を連れて行った場所だ。

 

「トマトおばあちゃんを連れて行った所デス!」

 

「マリア!」

 

「ええ!」

 

マリア達が急いで出入り口に向かうと、丁度車内に入ってきた弦十郎と鉢合わせた。

 

「何処へ行く?」

 

「本部は翼達に任せるわ!私達は避難場所に向かったアルカノイズを排除して民間人の安全確保を!」

 

「分かった、無茶はするなよ」

 

「ええ!」

 

了承を得たマリア達は、弦十郎の横を通って外へ出ようとして…

 

 

 

「分かった、じゃねえだろうが。弦十郎」

 

 

 

ダン!

 

…いつの間にかナナシが出入り口の縁に腕を組みながら背を持たれていて、反対側の縁に片足をかけてマリア達の行く手を遮った。

 

「ナナシ!!?そこを退きなさい!!」

 

「だが断る!!弦十郎、何でわざわざ敵の思惑通り戦力を分散させる必要がある?」

 

マリアの怒号を歯牙にもかけず、ナナシは弦十郎に対して異を唱えた。

 

「敵の狙いは十中八九風鳴機関本部、避難施設は陽動だ。こんな分かりやすい策に乗る必要なんて無い。俺と装者全員の総力を以って本部の防衛と敵の排除に動くべきだ」

 

「何を馬鹿な事を言っているの!!?」

 

「避難した人を見捨てるんですか!!?」

 

「昼間のトマトおばあちゃんも居るんデスよ!!?」

 

冷酷なナナシの発言に、マリア達が人命救助を理由に必死に説得しようとする。

 

「それがどうした?」

 

「「「!!?!?」」」

 

そんなマリア達の想いを、ナナシは淡々と切り捨てた。

 

「敵の目的が本部を狙うと見せかけ分散した戦力を各個撃破することだった場合、危険に晒されるのはお前達歌姫の命だ。俺はそれを許容出来ない。そして国は風鳴機関本部が危険に晒されることを許容出来ない。今回は俺とこの国の利害が一致している。だから大人しく協力してやる。これが『正しい』選択のはずだろ?弦十郎?」

 

人ではなく国を守る訃堂の意思、歌姫の歌声を守るナナシの意思、双方を満たす選択肢を提示して、ナナシは弦十郎に民間人を見捨てる選択を迫った。

 

そんなナナシに対して、弦十郎は…フッと不敵に笑ってみせた。

 

「風鳴機関本部は翼、響君、クリス君の三名で防衛。そして避難施設はマリア君、切歌君、調君、そしてナナシ君の四名でアルカノイズの排除と民間人の救護を行う」

 

弦十郎は何の躊躇もなく、ナナシの提案を蹴って戦力の分散を指示した。そして、弦十郎は振り返ってキャロルの方に視線を向ける。

 

「もしマリア君達のLiNKERが切れた際に敵が増援を送り込んだり、別の地点を襲撃する素振りを見せた場合…キャロル君に予備戦力として協力を申請したい」

 

「ほう?貴様がオレに指図するつもりか?」

 

ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべるキャロルに、弦十郎は苦笑した後…真剣な表情でナナシに向き直った。

 

「ナナシ君、君に避難施設にいる民間人の救助とマリア君達のLiNKERが切れた場合の援護、そしてキャロル君への交渉を指示する…これは『命令』だ」

 

「「「っ!!?」」」

 

弦十郎はナナシに対して、問答無用で命令を下した。普段と様子とは異なり、上位の者が下の者に押し付けるような高圧的な弦十郎の態度に、マリア達は驚いていた。

 

弦十郎とナナシは僅かな時間睨み合うように視線を交えた後…唐突に、ナナシがキャロルの方に視線を向けた。

 

「おい、クソガキ。こっちでの『依頼』は済ませたのか?」

 

「当然だ、既に終わらせている」

 

「それじゃあ追加で『取引』だ。『松代第三小学校』と『風鳴機関本部』でそれぞれ『一日』、別地点への襲撃または俺達が風鳴機関本部に合流後に松代第三小学校への再襲撃があった場合の防衛で『三日』だ」

 

「…良いだろう、受け取れ」

 

ナナシとキャロル、両者の間でよく分からない会話が繰り広げられた後、キャロルがナナシに二つのテレポートジェムを投げ渡した。

 

「え?今のは…?依頼?取引?」

 

「前からちょくちょくクソガキは俺と取引をしているんだよ。オートスコアラー達の燃料のためにな。テレポートジェム一つで俺の想い出を一日分、それ以外の何らかの依頼で指定した日数を支払う。一緒に遠出してくれれば三日分とかな?」

 

「え!?ナナシさん、想い出を使ってキャロルとデートしてるデスか!!?」

 

「妙な言い回しをするな!!指定の場所でテレポートジェムの座標を登録しているだけだ!!!」

 

「帰りは一瞬で済むから日帰りで色んな所に遠出して、途中でご当地グルメとか一緒に食べたりしてる」

 

「…デートでは?」

 

「違う!!」

 

「私達やエルフナイン様も一緒に同行させて頂いて、名所の観光などもしたことがありますわ」

 

「…家族旅行?」

 

「断じてちがぁあああああう!!!」

 

顔を真っ赤にしてマリア達に詰め寄るキャロルをクスクス笑った後、ナナシは未だ真剣な表情の弦十郎を見て…肩を竦めてみせた。

 

「あーヤダヤダ、お上はいつだって部下に無茶振りをしやがる。それで身を切らされるんだから堪ったもんじゃない…まあ、教えを請うからにはこれくらいの雑用は仕方ないかぁ」

 

「なら、それに見合うだけのことを教授してやろう!」

 

ゴン!!

 

「がふっ!!?」

 

ナナシの頭に弦十郎の拳骨が落とされ、ナナシは頭を抱えて蹲った。

 

「先程の件に関する罰だ」

 

「痛って~!!何に対してだよ!?」

 

「礼節が足りないことに対する罰だ。主義主張が異なるからと言って、相手を貶して良い理由にはならない!」

 

「ぐぅぅぅ…確かにそうだな、悪かった」

 

痛みから復帰したナナシはあっさりと非を認めた後、立ち上がってマリア達に近づいた。

 

「ホラホラ、遊んでないでさっさと行くぞ!集まれ!!」

 

「え?え?」

 

「い、行って良いんデスか?」

 

「強引に引き留めていたのはあなたでしょう!?一体何だったのよ、さっきのやり取りは!!?」

 

「別に何でも無いって。ただ俺の合理的判断を、ウチのお人好しのボスが蹴って命令してきたってだけだ。あ~下っ端は辛いな~」

 

わざとらしく不満を口にしながら、ナナシが松代第三小学校へ転移するジェムを使用した。戸惑うマリア達と共に姿を消す寸前、ナナシは弦十郎へと振り返って心底楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「それじゃあ行ってきます!お師匠様!!」

 

「ああ、頼んだ!一番弟子!!」

 

ナナシに対して、弦十郎も力強い笑みで応えた。そんな師弟のやり取りを見て、残された者達も安堵したように笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

風鳴機関本部へと移動するアルカノイズの群れ…その様子を、サンジェルマンとプレラーティは建物の上から眺めていた。

 

「おまた~♡」

 

そこに突如出現した転送陣から、カリオストロが姿を現した。

 

「アルカノイズの一部を避難施設へ誘導、バッチリ終わらせたわよ」

 

「……そうか」

 

笑顔で報告するカリオストロに、サンジェルマンは静かにそう答えた。素っ気ないサンジェルマンの返事を気にした様子もなく、カリオストロはプレラーティの隣へ移動して眼下のアルカノイズ本隊を観察する。

 

(…避難施設の襲撃は本当に必要だったワケダ?)

 

すると、カリオストロの脳裏にプレラーティからの念話(テレパス)が届いた。

 

(言ったでしょう?念のためだって。戦力を分散させて連中の力を少しずつ削いだ方が確実でしょう?サンジェルマンも了承したじゃない?)

 

(確かに理にかなっているワケダ…しかし…)

 

プレラーティが、自分達の一歩前にいるサンジェルマンの背に一瞬視線を向ける。サンジェルマンの顔は二人から見えないが、長い時間を共に過ごしたプレラーティにはその表情が容易に想像出来た。

 

(…貴様が警戒しているのは、あのふざけた仮面の男なワケダ。もうこちらの切り札が完成しているのに、サンジェルマンの顔を曇らせてまで対策を加える必要があったワケダ?)

 

(サンジェルマンのお顔はあーしらが出会った時から曇りっぱなしじゃない?それをちょっとでも晴らすためにあーしらは頑張ってるんでしょう?それに、プレラーティもあの男の事を危ないって思っていたじゃない?)

 

(確かにあの男は不気味なワケダが…警戒し過ぎるのもどうかと思うワケダ。エスカロン空港であいつらの前にサンジェルマンが出たのは僅かな間だったけれど、小娘共が色々喚く中であの男が口にしたのは陳腐な罵倒だけ…長々口を開かせなければその程度なワケダ。どうせあの男は呪いに蝕まれれば会話など出来ないワケダから、その間私達で対処すればどうにでも…)

 

(プレラーティ、油断しないで)

 

カリオストロの対応を大げさに感じたプレラーティが余裕の笑みを浮かべていると、カリオストロが普段は見せない真剣な表情でプレラーティを窘めた。

 

(確かに過度な警戒は良くないわ。でも、あの男相手に決して油断だけはしないで)

 

(何をそんなに恐れているワケダ?あのような単純な捨て台詞しか口に出来なかった男を…)

 

(バカねぇ、単純だからマズいんじゃない?あーしは寧ろ、アレであの男への警戒を一段上げたわ)

 

(は?)

 

呆れたような顔のカリオストロに、プレラーティは訳が分からないと言った顔をしてしまった。そんなプレラーティに、カリオストロが自分の考えを伝えていく。

 

(アレは咄嗟の判断が出来る男よ。ヨナルデパストーリを呼ぼうとするあーしの可愛いお顔に躊躇なく槍を投擲出来るくらいにね?そんな男が、あーしらの去り際に防がれるかもしれない攻撃の代わりに、確実に届く言葉を選んだ。それも古傷をジワジワ刺激する、まるで呪いのような言葉を…)

 

(呪い…?あんな単純な罵倒が?)

 

(単純だからこそ、簡単に思い出しちゃうじゃない?あの男があーしらに長々語ったサンジェルマンの話をプレラーティは正確に思い出せる?精々サンジェルマンはダイヤモンドみたいに魅力的くらいでしょう?最初に会った時のナンパの言葉なんてそれ以上に曖昧だわ。でも、あの『人殺し』の一言だけは違う。怪しい仮面、軽薄な態度、ヨナルデパストーリを殴り飛ばしたインパクト…あの男を思い出す度に連想する事柄に、去り際のあーしらの緊張と油断が入り混じった一瞬の隙を狙って、あの男はあの一言をしっかり刻み込んできた)

 

(だからどうしたと言うワケダ?あんな陳腐な罵倒、思い出したからといってどうと言うことは…)

 

(そりゃあ、あーしやプレラーティはどうってことないわよ…でもね、サンジェルマンはどう?全然、全く、これっぽっちも気にしない?頭の中で繰り返される、これ以上ないくらいシンプルな『事実』を)

 

(!!?)

 

ようやくプレラーティにも、カリオストロが言いたいことが理解出来た。単純で稚拙、故に容易に思い出してしまう言葉。それには決してサンジェルマンの意思を揺るがす程の力は無い。しかし…その影響は決して、ゼロでは無い。この言葉に何一つ思うところが無いような人間なら、サンジェルマンは世界へ革命するために立ち上がることなど無かった。

 

(あの一瞬で、数ある罵倒の中から『テロリスト』でも『犯罪者』でもなく、『人殺し』ってワードをあのナンパ男はチョイスした。もちろん、偶然の可能性だってある。だけどね、プレラーティ…正直あーしは、呪いで正気を失った時よりも、笑いながら話をする時の方が怖いわ、あの男)

 

(……)

 

カリオストロも明確な根拠がある訳ではなく、ここまで警戒しているのは言うなれば『勘』だ。詐欺師として人を騙し、女として生まれ変わった後も長きに渡って裏の世界を生きてきた嘘つきとしての勘が…ナナシを危険な存在だと感じ取っていた。

 

そんなカリオストロの様子を、プレラーティはもう笑ったりしない。僅かではあるが、ナナシの不気味さを先程の会話で感じ取ったからだ。

 

「……来たか」

 

カリオストロ達が脳内でそんなやり取りをしていると、サンジェルマンがポツリと呟いた。その直後、アルカノイズの群れにギアを纏った響達が接近してきた。

 

「これだけの数…」

 

「先に行かせてたまるかよ!」

 

「猶予はない。刹那に薙ぎ払うぞ!」

 

「「了解!!」」

 

「「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」」

 

到着して早々、短期で決着を付けることを決めた三人は、迷うことなくイグナイトモジュールを使用して漆黒のギアを身に纏った。出力を増大させた三人の攻撃によって、アルカノイズが凄まじい勢いで消滅していく。

 

「抜剣、待ってました」

 

「流石イグナイト…凄いワケダ」

 

「そう、だからこそこの手には、赤く輝く勝機がある」

 

三人がけん玉、指輪、拳銃を取り出す。纏まりのないそれらには、共通してハート型の大きな宝石が埋め込まれていた。宝石はまるで鼓動のように赤く眩い輝きを明滅させている。

 

三人が宝石を埋め込まれた物品を取り出したタイミングで、アルカノイズと戦闘をしていた翼が建物の上にいるサンジェルマン達の存在に気が付き、一気に跳躍して三人へと迫る。

 

「推して参るは風鳴る翼!この羽撃きは、何人たりとも止められまい!!」

 

炎鳥極翔斬

 

剣に纏わせた青い炎を羽のように靡かせながら、翼が三人に斬りかかる。だが、翼の渾身の一撃は三人の周囲に展開された赤い防壁に止められてしまった。それでも翼が果敢に攻撃を押し込んでいると、赤い防壁に触れた翼のギアが淡く輝き始めた。

 

「っ!?ギアが!?ぐ、あああああ!!?」

 

翼がギアの異変に気付いた直後、翼の体は大きく弾かれて地面へと叩きつけられてしまった。

 

「翼さん!?」

 

響が驚いて翼の方を見ると、制限時間には達していないはずのイグナイトが解除され、通常状態のギアを纏った翼が立ち上がることも出来ずに地に伏せていた。

 

響が翼を退けたパヴァリアの錬金術師達に視線を向けると、三人はシンフォギアとアームドギアを連想させる鎧と武器を手に佇んでいた。錬金術師が纏うソレに心当たりがあった響は、思わずその正体を口にする。

 

「まさか…ファウストローブ!!?」

 

シンフォギアとは似て非なる異端技術による戦装束…その姿に、響はキャロルが纏っていたダウルダブラのファウストローブを思い出していた。

 

「よくも先輩をおおおお!!」

 

クリスが大量のミサイルをサンジェルマン達へと射出する。すると、プレラーティが手にしたけん玉を巨大化させ、それを振るって球体部分を空中へと放つ。球体は空中で高速回転すると、広範囲に防壁を展開してクリスのミサイルを全て防いでしまった。

 

「はああ!!」

 

ミサイルの爆発で生じた煙に紛れて、カリオストロが指輪から光線を放ってクリスを攻撃する。クリスはリフレクターを周囲に展開して光線を防いだ。だが…

 

「これくらい……っ!!?」

 

「ふふっ」

 

「ぐああああ!!?」

 

クリスのギアも翼と同様淡い輝きを放ち始めると、突然クリスの体が吹き飛ばされて建物に衝突してしまった。土煙が晴れると、そこには翼と同じようにイグナイトが解除されてしまったクリスが座り込む姿があった。

 

「イグ…ナイトが…」

 

「クリスちゃん!!?」

 

立て続けに仲間がやられて動揺する響の背後にサンジェルマンが近づき銃口を向ける。それに気が付いた響が防御姿勢を取った直後、サンジェルマンが発砲した弾丸が響の横を通り過ぎて行った。予期した衝撃が訪れず恐る恐る目を開いた響が、何かを感じてゆっくりと振り返ると…サンジェルマンが放った光球のような弾丸が響の背後で滞空していた。光る弾丸は急速に膨れ上がると響の体を飲み込み、大爆発を起こした。

 

爆炎が晴れると、やはり翼達と同様イグナイトが解除された響がボロボロの状態で仰向けに倒れていた。そんな響の元に、サンジェルマンがゆっくりと近づく。

 

『何故、イグナイトが…?』

 

モニターで戦闘を観察していたエルフナインが思わず疑問を零してしまう。それが聞こえた訳では無いだろうが、響に接近したサンジェルマンがその疑問に対する答えを口にした。

 

「ラピス・フィロソフィカスのファウストローブ…錬金技術の秘奥、『賢者の石』と、人は言う」

 

「その錬成には、チフォージュ・シャトーにて解析した世界構造のデータを利用…もとい、応用させてもらったワケダ」

 

プレラーティが笑みを浮かべながらまるで自慢するようにサンジェルマンの説明を捕捉した。

 

「あなた達がその力で、誰かを苦しめるというのなら、わたしは…」

 

体に力が入らず、声を出すこともままならない響が、それでも必死に言葉を紡ぐ。

 

「誰かを苦しめる?慮外な。積年の大願は、人類の解放。支配の軛から解き放つことに他ならない」

 

そんな響の言葉に、サンジェルマンは見当違いを詰るように冷やかな言葉で返した。

 

「人類の解放…?だったら、ちゃんと理由を聞かせてよ?それが誰かのためなら…わたし達はきっと…手を取り合える…」

 

「手を取り合う…?」

 

自分達を襲う敵対者に対して、それでも手を取り合えると口にする響に、サンジェルマンが目を丸くして思わず響の言葉を繰り返してしまった。

 

「サンジェルマン、さっさと…ッ!!?サンジェルマン!!」

 

痺れを切らしたカリオストロがサンジェルマンに声を掛けようとして…サンジェルマンに急接近する影があることに気が付いた。

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

それは避難施設のアルカノイズの殲滅を終えて、弦十郎達から響達の危機を聞いて駆けつけた既に“化詐誣詑”状態のナナシ。“認識阻害”で気配を消して迫っていたナナシに、カリオストロの呼びかけでサンジェルマンが気付いた。

 

「来たか!イレギュラー!!」

 

サンジェルマンが咄嗟にラピス・フィロソフィカスから浄化の力がある赤い光を放つ。波紋のように周囲に広がる光はナナシへと迫り、その呪われた体を包み込んで…

 

 

 

何事も無かったかのように、ナナシは浄化の光を通過してサンジェルマンへと迫った。

 

 

 

「何!!?」

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

ドゴシャアアアアアア!!!

 

「ぐわあああああああああ!!!!」

 

完全に想定外な事態にサンジェルマンは驚きで体を硬直させてしまい、隙だらけのその体にナナシの拳をモロに食らって大きく吹き飛び、建物の壁に体を埋め込むようにぶつかった。

 

「「サンジェルマン!!?」」

 

カリオストロとプレラーティが慌ててサンジェルマンに駆け寄る。その隙にナナシが倒れ伏す響達へ“念話”を飛ばした。

 

(無事か!?意識はあるか!!?)

 

(クリスちゃんと、翼さん…気絶して…イグナイトが、解除されて、その反動で…)

 

(…分かった…後は俺に任せろ)

 

響から最低限の情報を聞き、ナナシの双眸がサンジェルマン達に狙いを定める。そこに籠められた偽りのない怒りの感情を感じ取り、カリオストロとプレラーティはゾクリと身を震わせた。

 

「サ、サンジェルマン!しっかりして!!」

 

「ぐ…う…」

 

流石にナナシも最低限の加減はしたが、それでもファウストローブを纏っていなければ恐らく人の原型を保っていない程度の力は籠められていた。呻き声を出すことしか出来ないサンジェルマンを守るように、プレラーティとカリオストロが武器を構えてナナシと対峙する。

 

「一体どうなっている!?何故ラピスの浄化が効かないワケダ!!?」

 

「分っかんないわよ!!それよりも今は、どうにかしてサンジェルマンを連れてあいつから逃げないと…」

 

ゆっくりと自分達に迫る化け物の隙を探ろうと、カリオストロがナナシを凝視していると…不意に、ナナシが動きを止めて勢い良く上空を見上げた。

 

明らかな隙だが、罠の可能性が頭に過って咄嗟に動けずにいたカリオストロだったが、ナナシの意識が上空へ向いたことで、今は真夜中のはずなのに自分達の頭上が妙に明るいことに気が付きカリオストロも視線を上に向け、その目に映った光景に驚愕した。

 

「あの光!!?」

 

カリオストロの声に、サンジェルマンも伏せていた顔を上げて上空を見つめると、そこには右掌の上に眩い光を放つ火球を浮かべた、白いスーツと帽子を身に纏った美丈夫が不敵に笑っていた。

 

「統制局長…アダム・ヴァイスハウプト…どうして、ここに…」

 

アダムが左手で被っていた帽子を掴んで投げ捨てると、右掌の火球が一回り肥大化して一気に熱量が増加した。その結果、アダムが身に着けていたスーツが一瞬で燃え尽きてしまい、一糸纏わぬ姿をその場にいる者達の前に曝け出した。

 

「何を見せてくれるワケダ!」

 

「金を錬成するんだ。決まってるだろう?錬金術師だからね、僕達は!」

 

アダムが右手を頭上に掲げると、火球は一気に巨大化してまるで太陽の如く熱と光を撒き散らし、周囲を真昼のように照らし出した。

 

 

 

 

 

装甲車の中からモニターしていたエルフナインが、驚愕しながらアダムの行っていることを解析した。

 

「まさか、錬金術を用いて常温下での核融合を!!?」

 

「何てデタラメな力の使い方を!?周囲一帯が消し飛ぶぞ!!?」

 

キャロルの言葉に周囲の人間が絶句していると、周辺状況をモニターしていた藤尭が声を上げた。

 

「新たな敵性体に加え、交戦地点にアガートラーム、シュルシャガナ、そしてイガリマの反応を確認!!」

 

「マリアさん達が!!?」

 

モニターには響達の元へ駆けつけたマリア達がイグナイトを用いた漆黒のギアを纏い周囲のアルカノイズを殲滅している光景が映っていた。よく見ると、マリア達の纏うギアから放電のような光が放たれているのが確認された。

 

「LiNKERの効果限界寸前での運用です!このままでは、負荷に体が引き裂かれます!!」

 

マリア達が気絶した響達の元に駆けつける間にも、アダムが錬成した火球はそのエネルギーを増大させる。

 

「膨張し続けるエネルギーの推定破壊力、約10メガトン超!」

 

「ツングースカ級だとお!!?」

 

 

 

 

 

マリア達が気絶した響達を担いで急ぎその場を離脱しようとする。そんな三人に、ナナシから“念話”が繋がった。

 

(あーもう!LiNKER切れかけで無茶しやがって!!とにかく振り返らず全力で走れ!!!)

 

(ナナシ!いざという時は、この子達だけでも…)

 

(うっさいバカ!!お前らより前に出る気は毛頭無いから俺を殺したくなかったら黙って走れえええええ!!!!)

 

マリア達が体の痛みに耐えながら全力で駆けだし、ナナシが殿を務める。その隙にカリオストロとプレラーティがサンジェルマンの傍に近づいてテレポートジェムを用意した。

 

「局長の黄金錬成に巻き込まれる前に離脱するわよ!」

 

「急ぐワケダ!!」

 

サンジェルマンを抱えた二人がジェムを地面に叩きつけ、その場を早々に離脱する。それとほぼ同時に、アダムが臨界寸前の火球を真下に放ち、着弾地点からドーム状に大爆発が生じた。爆発の熱と衝撃が徐々にマリア達へと迫る。

 

「例えこの身が、砕けてもおおおお!!!!」

 

絶叫しながら全速力で駆けるマリア。それを背後から見ていたナナシは、マリアの体から発せられる銀色の輝きを垣間見た。

 

(あれは?…いや、今はそれよりも!!)

 

脳裏に生じた疑問を無理矢理抑え込み、ナナシは走りながら右腕を後ろに突き出して能力を行使する。使用したのは“身体変化”。その直後、ナナシの右腕が自分達を飲み込もうとする爆炎に向かって急速に伸びる。

 

ナナシは“身体変化”によって右腕の肘から先をゴムに変質させて可能な限り腕を延長させる。それでも悠長に時間を使う訳にはいかないため、身に纏った血液を操って変質途中の右腕を無理矢理引っ張るように伸ばした。変化しきれていない腕の組織がブチブチと千切れるが、そんなことに構うことなくナナシは右腕を完全に千切れないギリギリまで伸ばして…右腕の先端が、熱によって蒸発したのを感じ取った。

 

すぐさまナナシは自分の右腕を引き千切り、迫る炎へと投げ捨てながら振り返って“障壁”を展開する。自分達に迫る爆炎の前と、風鳴機関本部の正面に大きく一枚ずつ展開された“障壁”は、透過することなくアダムの錬金術を受け止めた。

 

(良し!これで…)

 

歌姫と施設の防衛に成功したと、ナナシがほんの僅かに気を緩めて…

 

 

 

ピシリ…

 

 

 

…爆発の轟音に紛れた不吉な音を、ナナシの耳は確かに捉えた。

 

(え…?)

 

思わずナナシが思考を停止させて、呆然と音が発生した場所へと視線を向ける。そこにあるのは、先程自分が展開した…亀裂の入った、“障壁”…

 

(なん、で…?)

 

これまで“障壁”が破壊されたのは、ガングニールと神獣鏡による攻撃のみだった。その二つは、まるでナナシの力を根本から拒絶するかのように減退させることで成されたことだとナナシは感覚で理解していた。

 

だがら、目の前で起こっている現象はそれらと明確に異なることもナナシには分かった。しかしそれでも尚、ナナシには信じられなかった。ノイズの攻撃、師の拳、装者やキャロルの絶唱にさえ抗ってきた“障壁”が罅割れる、この上なくシンプルな答えを…

 

(“障壁”の…耐久限界……!!?)

 

まるで時間が圧縮されたかのように、ナナシは自身と周囲の動きがゆっくりと動いているように感じていた。その時間のズレの中で、ナナシが“障壁”の崩壊理由に思い当たるのと同時に…“障壁”は、ナナシの目の前で粉々に砕け散った。

 

僅かに抑え込まれていた業火が溢れ出し…

 

解き放たれた暴風と閃光が…

 

“紛い物”の肉体を…包み込んで……

 

 

 

 

 

虚空に一人佇むアダムは、自身が成した眼下に広がる光景に薄っすらと笑みを浮かべる。地上にあった建造物は疎か、その下の大地全ても深く抉り取るように広範囲に渡って消失した惨状がそこにはあった。

 

アダムが右手をゆっくりと開く。そこには、先程消し飛ばした膨大な量の物質を元素変換して錬成した…ギリギリ掌で包める、ゴルフボール程の小さな黄金が納まっていた。

 

「ほう?…くっははははは!ビタイチか!!安いものだなぁ、命の価値は!」

 

何もかもが消え去った大地の上空に、アダムの楽し気な笑い声が響き渡った。

 

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