戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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※暴力的な描写、及び少々汚い表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
先に謝っておきます。サンジェルマンファンの方々、大変申し訳ございません。


第137話

地上で幾度も分裂を繰り返すアルカノイズと装者達が交戦する中、上空では空に浮かぶ戦艦の上で錬金術師と“紛い物”も戦闘…いや、一方的な蹂躙を繰り広げていた。

 

「フン!」

 

ゴスッ!!

 

「がはっ!!」

 

ナナシの繰り出す拳の一撃によって、サンジェルマンの体が大きく吹き飛ばされる。それでも即座に体勢を整えてサンジェルマンがナナシに視線を向けると、ナナシはマシンガンをサンジェルマンに向けていた。咄嗟にサンジェルマンが回避行動を取ると…

 

ズガガガガガッ!!

 

「ぐわっ!?」

 

「ッ!!?」

 

…サンジェルマンが避けた射線上にいたプレラーティの背に、無数の弾丸が命中した。それによって生じる一瞬の隙に…

 

バチン!!

 

「があああああっ!!!」

 

「プレラーティ!!」

 

「任せて!!」

 

…キャロルの弦による攻撃がプレラーティに直撃して、その体が吹き飛ばされる。そんなプレラーティに放たれる追撃を、カリオストロが必死にカバーした。

 

「ぐっ!!」

 

「余所見とは余裕だな?」

 

「ッ!!?」

 

ドゴッ!!

 

「ゴフッ!!」

 

サンジェルマンの意識がプレラーティ達に向いた隙に再び接近してきたナナシが蹴りを放ってまたサンジェルマンが吹き飛ばされる。今度はサンジェルマンも吹き飛ばされつつ飛び道具に応戦する構えを取るが…

 

「お!良い的発見!!ハイ、ドーン♪」

 

ボシュッ!!

 

「ッ!!?」

 

…わざわざ作り出した隙を使って、ナナシは街中にミサイルを放った。ナナシの視線の先には、恐らく逃げ遅れたと思われる人影が大通りを駆けている姿があった。

 

「クソッ!!」

 

バァン!バァン! ガキン!ガキン!

 

反射的にサンジェルマンがミサイルとナナシに発砲するが、弾丸は無情にも“障壁”に阻まれてしまう。ナナシはサンジェルマンに視線すら向けず、ミサイルは真っ直ぐに人影へと迫って…

 

ドオオオオン!!

 

…人影が爆炎の中に消える。実は外れていたなどという希望は持てない。何故なら爆発と同時に人影の一部が分離し、地面に転がったその一部から流れ出た赤い液体が灰色の地面に目立つシミを作り出しているから…

 

「よっしゃ命中!精度だけならクリスにだって負けないぞ!あはははは!」

 

「くっ…貴様は…貴様はぁああああ!!!」

 

「うっさい」

 

ゴシャアッ!!

 

「があああああああ!!!」

 

ナナシが狙った『的』に意識が向いていたサンジェルマンの横っ面に、ナナシの蹴りが炸裂した。

 

 

 

 

 

サンジェルマンと本格的に戦闘を開始したナナシの戦法はシンプルだった。接近して拳と蹴り等の直接攻撃、距離が離れれば武器を取り出して遠距離攻撃…サンジェルマンは銃と弾丸を媒介にした錬金術による遠距離攻撃が主体なため、常にナナシと距離を取って戦闘をしようとしていた。ナナシの遠距離攻撃手段が主に現代兵器であるため、ファウストローブを纏ったサンジェルマンにダメージを与えるには火力不足であり、それだけで優位に戦闘を進められるはずだった。

 

しかし、ナナシはサンジェルマンが距離を取ると無理に接近しようとはせず、キャロルと戦闘中のプレラーティ、カリオストロ、そして…時折街中に姿が見える人影に対して攻撃を繰り出した。キャロルとギリギリの攻防を繰り広げるカリオストロ達にナナシからの横槍が入ると、まるで示し合わせたかのようにキャロルが追撃を加えてカリオストロ達にダメージが入る。そしてサンジェルマンが二人を守るような立ち回りをすると、ナナシはターゲットを民間人へと変更してしまうのだ。止めようとしてもサンジェルマンの攻撃は全て“障壁”で防がれてしまう。一度市街に攻撃を終えるとナナシは“障壁”を解除してサンジェルマンに再度接近、ここでサンジェルマンが距離と保とうとすると再びサンジェルマン以外への攻撃が始まる。

 

ナナシは常にサンジェルマンへ選択を突き付けていた。自分と他人、どちらを優先するのかと…

 

 

 

 

 

「うっ…ぐっ…」

 

ナナシに吹き飛ばされたサンジェルマンがよろよろと立ち上がる。そんなサンジェルマンに、ナナシは両手に兵器を持っておどけてみせた。

 

「早く立ち上がらないと俺が退屈するぞ~?暇つぶしはどっちにしようかな~?ファウストローブに現代兵器は威力足りないけど、催涙弾みたいな嫌がらせは効くか試そうかな?それともここから街にナパーム弾ばら撒いて火の海作るのが楽しいかな?ああ!両方試せば良いか!!」

 

「き、さま…!!」

 

その瞳に憎悪を宿しながら、サンジェルマンは立ち上がってナナシを睨みつけた。

 

「遊び半分で、無辜の民を…命を何処まで軽く扱うつもりだ!!?」

 

『命を何処まで軽く扱うつもりだ!!?』

 

「っ!!?」

 

抑えきれなくなった憤りを叫んだサンジェルマンの言葉を、ナナシが“投影”でそのまま繰り返してきたため、サンジェルマンは困惑してしまった。

 

「な、何を…?」

 

「『セリフをそっくりそのまま返す』ってのをこれ以上ないくらい忠実に実行しただけだ。お前の言う無辜の民をアルカノイズで無差別に襲撃しているテロリストが何言ってんだ?」

 

「貴様と我々を一緒にするな!!貴様は…貴様は!!」

 

百歩譲って、ナナシがカリオストロ達を狙うことはまだ理解出来る。自分達が今回装者達を狙ったのも確実にS.O.N.G.の戦力を削ること以外に、対策が出来ないナナシに心理的ダメージを与える思惑もあった。相手の弱みに付け入ることに戦場でどうこう言うつもりは無い。

 

だが、市街や民間人に対する襲撃については全く事情が異なる。サンジェルマン達とナナシでは立ち位置が違う。サンジェルマン達は世界と敵対してでも成し遂げたい目的があり、後に自分達の行いを非難される覚悟がある。しかしナナシは民を守るべき立場でありながら、全ての罪をサンジェルマン達に押し付けつつ本来出ないはずの犠牲を出し続けている。笑いながら、楽し気に、積極的に血が流れるようにしている。そんな所業を自分達と同じと主張するナナシの言葉は、サンジェルマンには決して受け入れられるものではなかった。

 

だが…

 

「ん~…駄目だな、違いが全く分からない。お前らはいまいち詳細が分からないが自分達の目的のために邪魔な俺達を敵として排除しようとしている。俺も自分の目的のため…装者達に素晴らしい歌を奏でてもらうために、それを邪魔するお前らを敵として排除しようとしている。そして偶々お互いに有効な手段が街を襲撃することだっただけだろ?俺もお前らも、目的を果たすために何千、何万の有象無象が死に絶えようがどうでも良い…ただそれだけのことに、何をそんなに動揺している?」

 

本気で理解出来ないといった風に首を傾げるナナシに、サンジェルマンは戦慄した。ナナシの声音からは決して嘘を言っているようには思えず、ただ歌のために平気で命を奪う目の前の男が、サンジェルマンには得体の知れない化け物にしか見えなかった。

 

「分からないな~…一体何をそんなに怒って…ああ、なるほど!お前も『的当て』がしたかったのか!!ご自慢の銃を碌に使えず俺が好き勝手撃ちまくっているのが羨ましかったんだな!!それなら…」

 

「は…?い、一体、何を…?」

 

カランカラン…カッ!!

 

良く分からない結論を出したナナシにサンジェルマンが困惑している間に、ナナシが何かを放り投げて…その直後、サンジェルマンの前でスタングレネードが閃光を放った。

 

「ッ!!?」

 

咄嗟に顔を覆ったサンジェルマンが再び視線を戻すと、目の前からナナシの姿が消えていた。サンジェルマンが即座に周囲を警戒して…背後で何かが動く気配がしたため、瞬時に体を反転させて銃を突き付け…

 

「ひっ!!?」

 

「ッ!!?!?」

 

…怯えた表情で小さく悲鳴を上げる見知らぬ少女の姿が目に映り、サンジェルマンは引き金を引こうとした指先を全力で停止させた。ギリギリで停止に成功したサンジェルマンは、思わず安堵の息を吐いて…

 

(フン)ッ!」

 

ドゴシャアアアア!!!

 

「があああああああ!!?!?」

 

…その直後、少女の体を粉砕しながら(・・・・・・・・・・・)迫ってきたスレッジハンマーの一撃によって、サンジェルマンは悲鳴を上げながら吹き飛んだ。

 

ゴロゴロと甲板を転がりながら、すぐに起き上がってサンジェルマンが視線を戻すと、そこにはスレッジハンマーを振り抜いた姿勢のナナシと…上半身を失って、膝からパッタリと倒れる少女の亡骸が目に映った。

 

「あ…あぁ……」

 

「折角こんな近くに的を用意したのに、もたもたしてたから先にぶっ壊しちゃったぞ?何で途中で止めたんだ?」

 

「貴様ぁああああああああああ!!!!!」

 

激昂したサンジェルマンがナナシに向かって引き金を引く。すると銃口から放たれた蒼いエネルギーが狼のような形をしてナナシへと迫った。

 

()ッ!」

 

ナナシは気合を籠めた掛け声と共に拳の一撃を放って狼を迎え撃つ。エネルギー体の狼に触れたナナシの右腕はズタズタになりながらも、その一撃によって狼は粉々に消し飛んだ。

 

「貴様は!貴様ら『支配者』は!!いつの時代も力無き者達を道具のように扱い、自らの欲望のために容易く他者の命を食い物にする!!!」

 

サンジェルマンが連続で弾丸を射出しながら叫び散らす。無数に放たれた弾丸はナナシの腕を貫き、胴体に穴を開け、般若面の一部を掠めてナナシの口元を露わにする。

 

「言葉と感情を理解するだけの知性が宿った、同じ命を持ちながら…力と地位で差異を生み出し、自らの血を分けた者でさえ虫けらのように扱う!!そんな理で成り立つ今の世界を生き、その恩恵を何の疑問も持たず享受する貴様らが!!!我々を理解しようなど…ましてや、会話で妥協点を見出そうなどとは片腹痛い!!!!」

 

我武者羅に弾丸を撃ち放ったサンジェルマンがそこまで言い切ると、射撃を止めて息を整える。そんなサンジェルマンに対して、体中に風穴を開けたナナシは何の問題もない様子で腕を組みながら頭を傾げていた。

 

「う~ん、確かにお前を理解するのは難しそうだな?俺にはお前が何故そんなに怒っているのかも、唐突に世論批判を始めた理由も全然、全く、これっっっっっっぽっちも理解出来ない!」

 

グリグリ…

 

両の掌を上に向けて、わざとらしく肩を竦めながら…下半身だけになった少女の亡骸を挑発するように踏み躙るナナシを、サンジェルマンは殺意が籠った視線で睨みつけた。

 

「貴様…!!」

 

「いやだから、分かんねえよ!?何で自作の人形(・・・・・)をぶっ壊しただけで殺意向けられなきゃならねえんだ!!?」

 

「………は?」

 

ドカッ!!

 

唐突に告げられたナナシの言葉の意味が分からずサンジェルマンが呆けていると、ナナシが少女の亡骸を蹴り飛ばした。少女の亡骸はゴロゴロと転がってサンジェルマンの前に止まり…ドロリと崩れて形を失った。

 

「なっ…えっ…?」

 

「血液を自在に操る俺が作り出した『再現体 少女人形』だ。アルカノイズに組み込まれている『人』を識別する機能を欺けないかと色んな姿形の人形を量産して街中に設置していたんだよ」

 

体中から流れる血液を操って、ナナシが掌の上にサンジェルマンの人形を作ってパラパラのような踊りを踊らせる。それと同時に、街中の至る所で…今にして思えば、不自然な程目立つ場所を移動していた民間人達が一斉に同じ動きで踊り始めた。

 

「に、人形…?わざと被害を出して、キャロルに提供する想い出を用意しようとしていたのでは…?」

 

「はあ?キャロルへの想い出?一体どんな“妄想”をしたらそんな考えに辿り着く?あいつに提供した想い出は全て俺が用意した物だよ。俺の体に宿るご都合主義パワーで、俺の想い出は常人の数百倍のエネルギーが取れるらしいからな。だからこそソレを対価に俺はあいつと生きる未来を要求した」

 

「ッ!!?あれは、そのような意味で…貴様が自身の命の価値を、他者と異なると言ったのも…」

 

「あぁ?当然だろ?」

 

ザシュッ!!

 

「ッ!!?!?」

 

突然、ナナシが自分の胸に手を突き入れた。驚愕に固まるサンジェルマンの前で、ナナシはブチブチとその手に掴んだ心臓を引き摺り出し、何気ない動作で未だ脈打つ心臓をポイとサンジェルマンの前に投げ捨て口を開いた。

 

 

 

「ゴフッ…残機無限のスーパーイージーモードで生きている俺の命が、ノーデス縛りで必死に生きている奴らの命と等価なはずがないだろ?」

 

 

 

「……」

 

「世間話にお前らのせいで仕事が大変だって愚痴ったのは悪かったよ。退屈だったから趣味の土地転がしで購入した取り壊し予定の建物とか人形で的当てしたのも不謹慎だったのは確かだ。でもな?問答無用で蜂の巣にされる程のことか?それに二十四時間眠らず休まず働き続けるS.O.N.G.の忠犬を自負するこの俺に支配者がどうのこうのと言われても…」

 

相変わらずペラペラと軽い口調で語り続けるナナシ。サンジェルマンはそんなナナシの言葉の何が嘘で何が真実か分からなくなっていた。

 

だが、確かなこととして…一人の少女の命が理不尽に奪われた事実など無かったことに、サンジェルマンは心から安堵して…

 

 

 

「ようやく状況が理解出来たか?人殺しはお前だけだよ(・・・・・・・・・・)

 

「ッ!!?!?」

 

 

 

…そんなサンジェルマンの心の隙に、ナナシは笑顔で言葉の刃を突き刺した。

 

「俺は人を理解したい、そして人に俺を理解してもらいたい。だから日々手を変え品を変え色々試しているんだ。どうにも以前俺が伝えた言葉じゃ何にも分かってもらえなかったみたいだから、お前に理解してもらうために可能な限り工夫してみた!」

 

体中を血に染めて、明るく朗らかに般若面の男は語り続ける。

 

「良く分からない理由で人を襲って命を奪う輩は不気味だよな?気持ち悪いよな?笑って楽しく命を奪うように見えた俺が、お前には不快で汚らわしい存在に見えたよな?あははははは!」

 

楽しそうに笑いながら、サンジェルマンを見ていたナナシは…

 

 

 

「お前みたいな奴を、この国では『目糞鼻糞を笑う』って言うんだよ。目か鼻か、正義か悪か拘ったところで汚物(クソ)である事実は覆らねえよ、この人殺し」

 

 

 

…唐突に笑みを消して、驚くほど冷え冷えした声音でサンジェルマンを罵倒した。

 

「自分の行いは罪深い、だけどこれはしょうがない事なんだって態度が気に食わない。自分から何も語ろうとしないのに、邪魔されると『何も知らないくせに』と勝手に憤る表情が目障りだ。他人の悪行に不快感を露わして自分は違うと言わんばかりの雰囲気が鼻につく。七万三千七百八十八、数だけ重ねて忘れていない、背負っていると思い込んでいる性根に吐き気がする。何一つ根拠を示すことなく、曖昧な感覚で自分と他人の価値を決めつける…お前は俺が会った中で最も『傲慢』な人間だな?」

 

「ッ!!?」

 

ナナシが淡々と下した評価は、これ以上無いくらい感情を揺さぶりながらサンジェルマンの心に楔のように突き刺さった。

 

「どうだ?少しは自分の客観的な姿が理解出来ただろ?自分の事は案外分からないものだからな!それでもこうして手間と時間を掛けて話をすれば、一人では見えない光景が見えてくる。だからお前らの目的を語ってみせろと言ってんだ。安心しろよ?お前らがどんな汚物であったとしても、S.O.N.G.の連中は適当に廃棄するような真似はしない。何が混ざっているか分からない吐瀉物みたいな俺でさえ受け入れる奴らだぜ?きっとお前らの事を理解して丁寧に分別処理してくれるって!あはははは!」

 

「…理解など…出来るものか…」

 

笑いながら告げられたナナシの言葉を、サンジェルマンが震える声で否定した。

 

「どれだけ手を尽くしても…どれだけ言葉を重ねたとしても…人は理解し合うことなど出来ない…バラルの呪詛が在る限り!」

 

俯き身を震わせながら、抑えきれなくなった感情を零すようにサンジェルマンが言葉を紡ぎ始めた。

 

「人が人を蹂躙する不完全な世界秩序は、魂に刻まれたバラルの呪詛に起因する不和がもたらす結果だ…不完全を改め、完全と正すことこそパヴァリア光明結社の掲げる思想…月遺跡の管理権限を上書いて人の手で制御するために、神と呼ばれた旧支配者に並ぶ力が必要。そのためにも、バルベルデを始め各地で儀式を行ってきた!流れた血も、失われた命も、革命の礎だ!現在(いま)の仮初の平穏を維持することしか考えられない貴様らに、未来(あした)の真なる平和を求め足掻く我々のことなど理解出来るものか!!」

 

様々な感情を籠めて語られるサンジェルマンの言葉を、ナナシは静かに聞き続けた。

 

「貴様らに…一体何が理解出来ると言うのだ?言われなき理由に、踏み躙られた事の無い者などに…強者の一時の享楽のために生涯を捧げられた者達の無念が…世界の至る所で今なお搾取される者達の嘆きが…生まれた瞬間から支配される運命を定められた未来の無垢なる者の絶望が…」

 

それは支配される立場に生まれ、絶望を知り、それでも屈することなく世界を変えるために立ち上がったサンジェルマンが数百年に渡って積み上げてきた想い。そんな偽りのないサンジェルマンの想いを聞いたナナシは…

 

「貴様に…一体何が分かると言うのだ!?」

 

「知るかボケ!!!」

 

ドゴシャアアアア!!!

 

「がああああああ!!?!?」

 

…怒声と共に、サンジェルマンを殴り飛ばした。

 

「過去に生涯を捧げられた者達?現在世界の何処かで搾取される者達?未来に支配される無垢な者達?一番知りたい目の前の奴らの事でさえ手一杯なのに、そんな存在すら曖昧な奴らの事なんざ知ったことか!!何処のどいつだ!!?名前は何だ!!?知って欲しかったら今すぐここに連れて来い!!!」

 

ドスドスと足を踏み鳴らして吹き飛んだサンジェルマンに近づくナナシは、顔の般若が仮面であることを忘れてしまいそうなほどの怒気を振り撒いていた。

 

「ぐっ…何と、身勝手な…近くにいなければ気にしないのか!?知らなければどうでも良いと言うのか貴様は!!?」

 

「Exactly!!当たり前だろうがそんなもん!!!」

 

ゴスッ!!!

 

「ぐあっ!!?」

 

悲痛な表情で叫ぶサンジェルマンに、ナナシが躊躇なく拳を振り下す。そして今までのように猶予を与えることなく立て続けに攻撃を繰り出した。

 

「分かんねえのはこっちの方だ!!顔も名前も知らず、助けを求められた訳でもない相手のためだなんて、何でそんな…そんな残酷な真似が出来るんだ!?お前らは!!?」

 

「ッ!!?」

 

繰り出される攻撃に耐えながら、サンジェルマンはナナシの言葉に驚き目を見開いた。

 

「何故お前らは、平気で見ず知らずの相手に自分達の人殺しの重責を背負わせている!!?」

 

「ッ!?何だその理屈は!!?我々は全ての重責を自ら背負う覚悟で…」

 

「そんな都合の良いことがあるか!!お前らが他者への想いを理由に行動すると言うのなら、想われる相手が全くの無関係でいられる訳が無い!!だからこそ!!!他人を理由に行動するなら、それに見合う覚悟を持つ必要がある!!それは自分の行いで生じる重責を、自分だけでなく相手にも背負わせる覚悟だ!!!」

 

「ッ!!?」

 

「自らの行いの重責を全て自分で背負うと言うのなら、その行いは『自分自身のため』に他ならない!だからお前が全ての重責を背負っていると言うのなら…幾ら理屈を重ねたところで、お前は紛れもなく『自分のために』人殺しをしているだけだ!」

 

「屁理屈を!!」

 

「喧しい!!」

 

ゴスッ!!

 

「ぐっ!!」

 

隙を見て反論しようとするサンジェルマンを、ナナシが拳で黙らせながら更に言葉を続ける。

 

「それ以前に、神様の呪いを言い訳に他人を理解することから逃げた奴が、まるで自分は言われなき理由で踏み躙られた奴らの気持ちが分かるみたいな振る舞いで勝手に英雄気取ってんじゃねえ!!!」

 

「勝手…などでは…!」

 

「自分も支配されていたから?踏み躙られる奴らの気持ちが分かるってか?ふざけんな!!分かる訳ねえだろうが!!」

 

「ッ!!?」

 

「どれだけ近しい経験をしようが、どれだけ似たような苦痛を味わおうが、それは『お前の』想いだ!!ただ上っ面が似ているだけで、同じような境遇の奴らの想いを理解している気になっているお前を、傲慢と言わずに何という!!?」

 

ゴシャッ!!

 

「がっ!!?」

 

「お前が本当に支配される人間の気持ちを理解して、正しくそいつらのために行動していると言うのなら答えろよ!!明日を夢見て、今日を生き抜くために精一杯足掻いているそいつらは、何故名も知らないお前らの咎まで勝手に背負わされなければならない!!?今日を夢見て、昨日に息絶えたそいつらの生涯が、何故知りもしないお前らの人殺しの理由として貶められなければならない!!?」

 

ドゴッ!!

 

「ごふっ!!?」

 

ナナシの口調がどんどん荒々しくなり、声の勢いが増していく。しかし繰り出す攻撃の勢いは変わらない。ナナシが敢えて変えていない。それでも徐々にサンジェルマンの被弾する頻度が増えていく。それは単純に蓄積ダメージが増えていること以外に…ナナシの言葉が、サンジェルマンの心をジワジワと蝕み、動きの繊細さを欠けさせていったからだ。

 

「他人を理由に自分の行いを正当化して!」

 

ガスッ!

 

「神様の呪いを自分が出来なかったことの言い訳に使って!!」

 

ゴスッ!!

 

「ただ引っ込みが付かなくなっただけのことを覚悟だ正義だと自分を誤魔化して!!!」

 

ドゴッ!!!

 

「その果てに在るのが、死体の方が活気を感じられそうなそのクッソ辛気臭い仏頂面!!?…ふ・ざ・け・ん・な!!!!」

 

ズガンッ!!!!

 

「がああああああ!!?!?」

 

言葉と共に徹底的に痛めつけられたサンジェルマンが、甲板に叩きつけられる。ナナシはグッタリとして動けないでいるサンジェルマンの髪を掴んで強引に持ち上げると、仮面越しに視線を合わせて淡々と言葉を紡いだ。

 

 

 

「お前はただ、生き延びてしまった自分の命が無価値に終わるのが許せないから…有意義な『自殺』をしたいだけだろう?」

 

 

 

「ち、が…」

 

「違わない」

 

「ちが、う…!」

 

「どうでも良い」

 

「ッ!!?」

 

「過去に囚われ、未来に陶酔し、現在を生きる気概も持てない屍風情が、他者に理解を求めるな」

 

サンジェルマン本人の否定を切り捨てて、ナナシが一方的にサンジェルマンの想いを決めつけた。

 

「さて、わざわざキャロルを引っ張り出してまでお前とOHANASHIした訳だが…交渉よりも今すぐぶっ殺してやった方がお互い楽じゃないかってのが正直な感想だ」

 

「うっ…ぐっ…」

 

非情なナナシの言葉に、サンジェルマンが表情を歪ませる。そんなサンジェルマンに、ナナシは軽い口調で言葉を続けた。

 

「たださっきのやり取りの中で…『楽に死なせてやるのも癪だな』って思うくらい不快なことがあったから、それだけ伝えてから最後の決断を下すとしよう!」

 

「ッ!!?」

 

…既に半殺しに近い状態までサンジェルマンを言葉と暴力で追い詰めておきながら、それ以上の事がまだあると主張するナナシに、サンジェルマンは思わず目を見開いた。そんなサンジェルマンに、ナナシはニコニコと笑みを浮かべながら朗らかに語り掛ける。

 

「お前はさっきさ…『どれだけ手を尽くしても…どれだけ言葉を重ねたとしても…人は理解し合うことなど出来ない…バラルの呪詛が在る限り!』…そう本心から言っていたよな?」

 

「…それが…どうした…?それは、紛うこと無き真実で…ッ!!?」

 

ギチギチギチッ!!

 

困惑しながら言葉を紡ぐサンジェルマンだったが、ナナシが笑顔のままで髪を掴む力を強めたために言葉を途切れさせてしまった。

 

「そっかぁ…やっぱり本気でそう思っているのかぁ…ずっとそう言い続けてきたのかぁ…だったらさぁ…」

 

先程とは打って変わって、微笑みながらとても静かな声で…先程の比ではない怒気を放ちながら、ナナシが無理矢理サンジェルマンの視線をある方向に向ける。そこには…

 

「今すぐ!そこを!!退きなさいいいいいい!!!」

 

「サンジェルマン!!サンジェルマァアアアアン!!!」

 

…キャロルの猛攻を必死に掻い潜り、サンジェルマンの元まで駆けつけようとするカリオストロとプレラーティの姿があった。

 

「プレ、ラーティ…カリオス、トロ…」

 

呆然と仲間の名を呼ぶサンジェルマンに対して、ナナシは問いかけた。

 

 

 

「お前にとって…あの二人は一体何だ(・・・・・・・・・)?」

 

 

 

そのあまりにも冷え冷えとした声音に、サンジェルマンの呼吸が一瞬止まる。混乱するサンジェルマンの頭が、ナナシの質問の意味を理解するよりも前にナナシが更に言葉を紡いだ。

 

「バラルの呪詛が在る限り、人が真に理解し合うことが出来ないと言うのなら…お前にとってあいつらは、偶々同じ道を歩むだけの赤の他人か?」

 

「ッ!!?!?」

 

ナナシの言葉に、サンジェルマンは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。

 

「今、必死になってお前を助けようとしているようにしか見えないあいつらは、お前にとって同じ組織の幹部以上の繋がりは無いのか?お前があいつらと共に行動しているのは、ただ目的を達成するための相互利用以外の理由は無いのか?あいつらがキャロルの攻撃を恐れず我武者羅にこっちに向かおうとしているのは、組織のため、目的のため、人類のため…お前は本気でそう思っているのか?」

 

「あ…あ…ああぁ…」

 

バラルの呪詛が在る限り、人は理解し合うことは出来ない…故にサンジェルマンは、真に人が理解し合える世界を実現させるという目的を掲げて長い時を仲間達と協力して過ごしてきた。

 

しかし、それはほんの少し視点を変えるだけで…とても残酷な意味を持つことになる。

 

どれだけ同じ時間を過ごしても、どれだけ絆を積み重ねても、どれだけ仲間に並々ならぬ想いを向けていたとしても…『自分達は、目的を達成するまでお互いを理解し合うことは絶対に出来ない』と言っているに等しい。

 

サンジェルマンは幾度となく、仲間達と同じ道を歩んでいる意識を共有するために理想を語り合ってきた。

 

つまりそれは…それに等しい数だけ…

 

 

 

「お前があいつらと共に過ごす中で…一体どれだけ無自覚に、あいつらの想いを踏み躙ってきた!!?!?」

 

 

 

「ちが…私、は…」

 

掠れる声で、サンジェルマンが必死に否定の言葉を紡ごうとする。しかし、凍り付いたかのように体を動かすことが出来ず、口を動かすこともままならない。

 

「違うと言うなら、分かるように説明してくれ…もし納得の出来る理由があるなら、お前らを今すぐ解放したって構わない。なあ?何かあるんだろう?長い年月で自分達だけはバラルの呪詛を克服出来たとか、錬金術で肉体を改造したことで人間という括りから外れたとか…俺みたいに、最初から呪いの対象外だったって理由でも良い!なあ!?何かあるんだろう!!?」

 

まるで懇願するようにナナシが問い続ける。それでも、サンジェルマンは言葉を紡げない。

 

「私、は…」

 

(口が動かねえなら念じろ!!それで伝わる!!!)

 

(ッ!!?)

 

(俺は“念話”が使えるんだよ!!しかもお前ら錬金術師の念話を何の痕跡も無く盗聴出来る特別製だ!!!)

 

(なっ!!?)

 

(対価としては充分な情報だろ!?だから教えてくれよ!!?頼むから!!!)

 

 

 

(お前にとってあいつらは、真に理解し合える仲間だと…あいつらの想いなら、お前は理解出来ると…嘘でも良いから断言してくれよ…)

 

 

 

紛れもないナナシの懇願に、サンジェルマンは…答えることが、出来なかった。数百年もの間、積み重ねてきた自分の行動原理を…都合良く誤魔化すことが、出来なかった。

 

「…もういいや」

 

その言葉と同時に、ナナシから発せられていた圧が消失する。ナナシは手の力を抜いて、サンジェルマンをゴミのように放り捨てた。困惑しながらサンジェルマンは、ナナシの方を見つめて…

 

「ッ!!?!?」

 

…仮面越しに見えるナナシの瞳は、先程まで確かに様々な感情を籠めてサンジェルマンを見ていたはずなのに…今はただひたすらに、何も感じられない空虚が広がっていた。

 

「キャロル、予定変更…コレ、ここで殺す」

 

「「「「ッ!!?!?」」」」

 

何の抑揚も無く告げられたナナシの言葉に、全員が一瞬硬直する。そんな四人の目の前で、ナナシは心臓を抜き出して開いた穴と弾痕から流れる血液を身に纏い、“化詐誣詑”状態となった。

 

「なっ…えっ…?呪いの、短剣は…?」

 

(そんなもの、最初から存在しねえよ。アレはただ見た目が不気味な短剣だ)

 

「なっ!!?」

 

短剣も無く、理性を保ったまま“化詐誣詑”となったナナシに、サンジェルマン達は呆然としてしまっていた。

 

(お前をいちいち欺くのも馬鹿らしい…さようなら)

 

トン…

 

気が付くと、サンジェルマンの腹部にナナシの拳が添えられていた。それにサンジェルマンが気づいた直後に…

 

ボッ!!!!

 

「こひゅっ」

 

ドゴォオオオオオオオオオン!!!!!

 

…“化詐誣詑”状態のナナシの一撃を受けたサンジェルマンは、一瞬で背後にある浮遊戦艦の外壁へ叩きつけられた。

 

「ゴボッ…」

 

サンジェルマンが口から血を零す。ファウストローブの守りを突破して、肉体にダメージが入った証拠だ。ナナシはそんなサンジェルマンを確認した後、サンジェルマンを殴った右手を見つめてゆっくり閉じたり開いたりしていた。

 

(…悪い、キャロル。もう少し時間稼ぎ頼む。無意識に力を抜いたみたいだ。俺、実は自覚ある状態で人を殺すのは初めてでな?俺にもこんな人間っぽい感覚があったんだな…)

 

(…代わるか?)

 

朦朧とするサンジェルマンの脳裏に、ナナシとキャロルの会話が聞こえる。動揺で“念話”を切り忘れたのか、恐怖を煽るために敢えて聞かせているのか…サンジェルマンが聞いている状態で、ナナシ達はサンジェルマンにトドメを刺す算段を立て始めた。

 

(いや、自分で殺る…これは俺がこいつを殺したいと思ったからやることだ)

 

(何故そこまで…)

 

(別に…俺が思い浮かべた『最悪』の“妄想”を実現させたくないだけだ)

 

(『最悪』の“妄想”…?)

 

 

 

(こいつが今の在り方のまま歩みを進めるつもりなら…いつかきっと、こいつは目的のために仲間を犠牲にする)

 

 

 

(……)

 

(そんな結末が気に食わないから、ここで終わらせる。俺は自分勝手な想いの押し付けで…こいつを殺す)

 

ナナシがゆっくりとサンジェルマンに近づいていく。それをサンジェルマンは呆然と見ていた。定まらない思考で、“念話”で命乞いをすることなく、何処かフワフワした感覚のまま、自分がこれから殺されることに、安堵のような感覚を覚えて…

 

 

 

(それが終わったら、今度はそっちの二人にもきちんとトドメを刺す)

 

 

 

(ッ!!?!?)

 

…続くナナシの言葉に、サンジェルマンの意識は再び浮上し始めた。

 

(その二人は、こいつを殺した俺を絶対に許さない。俺に関わる存在を許さない。そいつらがこいつに向ける感情は、そんな生半なモノじゃない。だから、万が一にもその二人がこいつを殺した後に投降したとしても、聞かずに殺す)

 

(…分かった、好きにしろ。精々油断して浄化を受けないことだな)

 

(結局俺の体に宿る呪いが浄化されない理由は分からなかったな…俺の勝手な“妄想”だけど、この屍女程度が用意した浄化じゃ効き目が無かったんだろうな)

 

ひたすらに自分を見下すナナシの態度も、全身を蝕む激痛も無視して、サンジェルマンが気力を総動員する。今この瞬間サンジェルマンを突き動かすのは、生への執着でも、数百年に渡る悲願でもない。

 

(死なせない…!!二人を…殺させない!!!)

 

…仲間への想いだった。

 

混濁する意識の中で一時的に様々なしがらみを忘却したサンジェルマンは、先程の躊躇いが信じられない程の激情を胸に動き出す。

 

(その身に宿る力が呪いだと言うのならば!ラピスの浄化は!!如何なる不浄も焼き尽くす!!!)

 

サンジェルマンの意志に応えて、ラピスの力が一発の弾丸に収束する。その輝きは、神が施した呪いさえ焼却出来るのではないかと感じるほどの力を秘めていた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

血反吐の混じった叫びを上げながら、サンジェルマンが銃口をナナシへと向ける。ぼやける視界で、懸命に狙いを定めようとする。だが…

 

ガシッ!! ガシッ!!

 

…そんなサンジェルマンを嘲笑うかのように、ナナシは左手でサンジェルマンの拳銃と…右手でサンジェルマンの首を掴んだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

それでも、サンジェルマンは諦めない。首に感じる圧を物ともせず、ピクリとも動かない拳銃を目の前にいる男の急所に向けるため死力を尽くす。そんなサンジェルマンを見たナナシは、左手を動かして…

 

カチャリ…

 

…サンジェルマンの拳銃を、銃口が自らの眉間に来るよう動かした。

 

「ッ!!?!?」

 

(屍女如きが、自分のために他者の命を奪う覚悟を持つと言うなら示してみせろ)

 

(ッ!!どこまでも、私を見下すか!!その命、革命の礎に!!!)

 

ナナシの言葉に、一瞬だけ正気に戻ったサンジェルマンだったが、すぐに胸の内に燃え上がった激情のままに引き金を引こうとした。

 

だが…

 

(囀るな、心にも無いことを)

 

(ッ!!?)

 

…“紛い物”の前で、その一瞬は致命的だった。

 

(一番騙したい自分自身すら欺き切れない虚飾に、一体何の価値がある?お前は、誤魔化しようのない、ただの…人殺しだ)

 

その言葉と同時に、サンジェルマンの周囲に無数の映像が浮かび上がった。

 

『いやあああああ!!!お願い!!!逝かないで!!!!』

 

『あああぁぁあああ!!!嘘だ!!!!嘘だぁあああああ!!!!!』

 

『死にたく、ない…助け、て……』

 

それは、瓦礫の下敷きになった夫が息を引き取るのを見た妻の悲痛な叫び、ほんの少し前まで娘だった炭の塊を前に泣き崩れる父親の嘆き、体の下半分が赤い粒子と崩れた少年のうわ言…ナナシが人命救助のために駆けつけた場所で、これまで幾度となく目撃してきた…命が失われる瞬間だった。

 

(ッ!このような、ことで!!私が引き金を引くことを、躊躇うとでも!!!)

 

目の前の光景に表情を歪めながらも、サンジェルマンの震える指先が徐々に引かれて…

 

 

 

『お母さん!!』

 

 

 

…その言葉を、無視することが出来ず…サンジェルマンの視線が、声が聞こえた方向へ導かれた。

 

そこには、先程ナナシによって体を粉砕された人形に似た少女が映っていた。少女は、腹部から血を流して事切れた母親の亡骸にしがみ付いて泣き叫んでいた。

 

『お母さん!!お母さん!!!うわあああああああ!!!!』

 

母を呼ぶ少女と、もうその声に応えられない母親…その光景が、どうしようもなく…かつての自分の姿に、重なった。

 

(『言葉と感情を理解するだけの知性が宿った、同じ命』…随分と、都合の良い考え方だな?やっぱり理解出来る気がしねえ)

 

凍り付くように固まったサンジェルマンを、ナナシが感情無き瞳で見つめながら思念を伝えていく。

 

(お前にとって、この少女が流す涙には何一つ価値が無いんだろうな…お前にとって、この少女が母親に向ける想いには何一つ重みを感じないんだろうな…そうでなければ、個々に異なる歴史を積み上げた命を、等しく同じに扱うなんて出来る訳がない)

 

 

 

(七万三千七百八十八…お前が積み重ねた、お前にとって価値あるこの犠牲には…一体どれだけお前に無価値とされた涙と想いが在ったんだろうな?)

 

 

 

ナナシの言葉に、サンジェルマンは完全に思考を停止させてしまった。その言葉を、サンジェルマンは絶対に否定も肯定も出来ないからだ。

 

ナナシの言葉を肯定するならば、サンジェルマンは自身の根源を…愛する母の死によって生じた想いを、無価値と認めるに他ならない。

 

ナナシの言葉を否定するならば、サンジェルマンは自身の大罪を…数百年に渡って背負い続けた十字架が、極限まで重さを削ぎ落した虚栄であったと認めるに他ならない。

 

どちらであったとしても、その答えはサンジェルマンが数百年の間に積み重ねた覚悟を、想いを、価値観を崩壊させかねない。だからサンジェルマンは、その問いから目を逸らすことしか出来なかった。

 

ミシリ…

 

…そんな微動だにしなくなったサンジェルマンの首を掴む力を、ナナシが徐々に強めていく。今度こそ確実に、サンジェルマンの命を終わらせるために…

 

それでも半ばまで引き金を引いた指を、サンジェルマンは動かせない。命の重さから、奪うことの意味から目を逸らしたサンジェルマンには、その意志を示すことが出来ない。故に互いに互いの命を握るその状況で、サンジェルマンはただ己の命が費える瞬間を呆然と待つことしか出来ず…

 

 

 

「サンジェルマンからあああああああ!!!!!」

 

「離れるワケダァアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

…そんな未来に抗うため、カリオストロが捨て身でキャロルの攻撃を引き受けた隙に、プレラーティが巨大なけん玉の球体を渾身の力でナナシへと放った。

 

(ッ!!?抜けたぞアンノウン!!)

 

キャロルから焦りの混じった“念話”が届くが、ナナシは自身の背後に“障壁”を展開するだけで対処を終わらせる。

 

 

 

だが、その選択はどうしようもないほど…間違いだった。

 

 

 

ドゴォオオオオオン!!!

 

プレラーティが我武者羅に放った攻撃は、狙いを大きく逸れてナナシ達から少し離れた戦艦の外壁へと叩きつけられた。

 

その衝撃は浮遊戦艦全体に伝わり、戦艦の上にいる者達を大きく揺れ動かした。

 

その揺れに、“紛い物”を動かす力は無かった。今この瞬間、ナナシの意識は全てこれから自分が奪う命に向けられており、プレラーティ達の想いが成した結果はナナシに一切影響を与えることは無い。

 

だが…

 

 

 

バァン!!

 

 

 

…その衝撃は、茫然自失となったサンジェルマンの指先を動かすには充分だった。

 

サンジェルマンの意志に関係なく放たれた、ラピスの浄化を収束させた弾丸は…

 

面を破壊し、皮膚を裂き、頭蓋を砕き、脳髄を喰い破り…

 

“紛い物”の何もかもを貫いて…弾丸は赤い軌跡を残しながら、空の彼方へと消えていった。

 

周囲に映し出されていた映像が、幻のようにフッと立ち消えて…サンジェルマンの首から、圧迫感が消失する。

 

ナナシは弾丸の衝撃によって後ろに大きく倒れ込み、“血流操作”によって体表に纏っていた血液が無秩序に広がり…血溜まりの中から、頭部に穴を開けたナナシが姿を現した。

 

サンジェルマンは未だ銃を構えた姿勢のまま、呆然と自身の手と銃に視線を向ける。至近距離で弾丸を放った銃とそれを握る手には、ナナシの血がベッタリと付着していた。

 

これまで幾度となく、自身の手は血で汚れていると認識していたサンジェルマン…しかし目の前の光景に、その行動が誤りであったとサンジェルマンは思った。

 

 

 

わざわざ認識するまでもなく、サンジェルマンは明確に自覚した。

自分の手は、人殺しの手であると…

 

 

 

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