戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
S.O.N.G.本部内にあるトレーニングルーム、そこに大勢の人間が集まっていた。
弦十郎、緒川、了子、ナスターシャ教授といった組織を指揮する大人達、そしてギアを纏った響、クリス、マリアの装者三名、ファウストローブを纏ったキャロルとオートスコアラー四機が先頭で横並びに立ち、その後ろにズラリと藤尭や友里を含めたオペレーター達や実動部隊の黒服達、他にも研究者達や整備士達、食堂の調理師達など、S.O.N.G.に所属する全員が集まったのではないかと思う程の人数が集結していた。
様々な役割を担う人間が、皆一様に腕を組み眉根を寄せた『怒っています』という態度なのが良く分かる様子で一点を見つめている。先頭の弦十郎達など、仮面を被っている訳でも無いのにその身に纏う怒気も相まって般若のような形相をしていた。
そんな人々の視線を一身に受けるのは、弦十郎達の前の床に正座するナナシだった。最早正座よりもDOGEZAを遂行する場面のように思えるし、目の前の光景から目を逸らせるためナナシ的にも今すぐ頭を下げたいのだが、それすら許されない状況だった。
「ひっく…ひっく…」
「ぐすん…」
「うぅぅ…あぁぁ…」
「ぐずっ…すんっ…」
…ナナシの左右の腕には調と切歌が抱き着き、背後では翼がナナシの両肩に手を掛けて背中に顔を押し付け、正面からはエルフナインがナナシの腹部に抱き着いて涙を流していた。この状態になって既に三十分程経過しているが、その瞳から流れる涙が止まる気配は見えない。
見方によっては美少女達に抱き着かれた羨ましい状況かもしれないが、全員が一心不乱に号泣している上に目の前にはそんな自分達を睨みつける恐ろしい集団がいるのだ。色っぽい雰囲気などあろうはずもない。
「さて…本格的なOHANASHIを始める前に、まずは今回の作戦の概要と結果について簡単に情報を共有しておこうか」
未だ翼達がナナシにしがみ付いて涙を流しているにも関わらず、弦十郎がOHANASHIを進めようとする。それに異を唱える者は誰もいない。翼達はそれどころでは無いし、ナナシには今許される行動など何一つない。
そんな状況の中で、弦十郎は今回のナナシが立てた作戦についての概要を説明していった。
「さてさて、それじゃあまずはパヴァリアの連中が次にどう動くか“妄想”してみよう!」
LiNKERの完成をマリア達に知らせた後、主要メンバー達の前でナナシはそう話を切り出していた。
「連中がどう動くか…?」
「えっと…またアルカノイズで襲撃でしょうが?」
「今度は、ここを襲ってくる?…あの凄い錬金術で、本部を丸ごと消し飛ばしちゃうとか…」
「再び何処かの国家に潜んで暗躍する、か…?」
「分かったデス!実は他にもお人形が何個もあるから、全部集めようとしているデス!!」
各々が無難な予想やユニークな発言をしていると、ナナシが手を叩いて考察を中断させた。
「色々と思い浮かぶと思うけど、先ずは大雑把に分けて考えてみよう。俺達に関わらず他所で何らかの活動をする『暗躍』、俺達や日本、または他国への『襲撃』、目立ち過ぎたからほとぼりが冷めるまで何もせず大人しくしている『潜伏』…この中ならどれだと思う?」
「…『襲撃』、でしょうね」
ナナシの示した選択肢を聞いた了子が、神妙な表情でそう告げた。
「まず『潜伏』は無いわね。これまで何百年と歴史の裏で動いてきた組織が表舞台に出てきた以上、既に奴らの目的を達成するための準備を終えているか、何らかの好機を迎えている可能性が高い。多少目立った程度で大人しくなるとは思えないわ。そして…」
「奴らは前回『ラピス』という手札を切ってきたからな。『襲撃』以外に無いだろう。それも可能な限り迅速に、だな?」
了子の説明を引き継いで、キャロルがハッキリとそう断言した。
「やけに自信満々じゃねえか?何か根拠でもあんのか?」
「秘策というのは、秘められているからこそ力を持つものだ。公に出す瞬間に最も効力を発揮し、そこからは時間が経つに連れて力を失っていく。貴様らのイグナイトモジュールに、ラピスという対策が施されたようにな?だがそんな秘策を出して尚貴様らは健在…ならば、対策を講じられる前に確実にこちらの戦力を削っておきたいと考えるのが自然だ」
「ならば、奴らの次の狙いは…!!」
「私達、装者の命ってことね…」
キャロルの説明に、翼とマリアが納得した様子だった。
「それじゃあ次は、奴らが襲撃してくるとしたらどんな方法を取るか“妄想”してみよう!」
「…やっぱり、前回みたいに私達がイグナイトを解除されて動けなくなったところで、アダムが錬金術で一網打尽にしてくるんじゃないでしょうか?」
「あんなのに巻き込まれたらひとたまりも無いデス!!」
「う~ん…多分だけど、あの全裸男は出てこないんじゃないかな?」
アダムを警戒する調と切歌だったが、そんな二人にナナシはそう答えた。
「兄弟子、それも何か理由があるんですか?」
「当然だ!それはな……俺の“妄想”だ!!」
「なるほど!納得しました!!」
「一安心デス!」
「良かったぁ~」
「なら後は、ラピスを扱う幹部三人の動向を考えるだけですね!」
「…いや…あの…ツッコミ待ちだったんだが…言うほど精度高くないだろ!みたいな…なあ?」
響、切歌、調、エルフナインが何の疑いも無くナナシの言葉を受け入れたため、ナナシの方が戸惑ってしまった。思わず周囲に同意を求めるナナシだったが、他の面々も『ナナシがそう考えるならそうなのではないか?』といった様子だったため、ナナシは咳払いをして自ら理由を語り始めた。
「ゴホン…えーっと、風鳴機関本部で俺の奇襲を受けて追い詰められたパヴァリアの連中と、その前に現れたあの全裸野郎は、あの時お互いにどんな感情を向けていたと思う?」
「それは…そうだな…安堵ではないか?危機的状況に駆けつけてくれた主と、間一髪救い出せた部下に向けた想いなのだから」
「それこそイグナイトを解除されて倒れていた響と、そこに駆けつけたあんたがお互いに向けていた感情と同じじゃないのか?」
「はい!あの時わたしはすっごく安心しました!!」
「まあ、そう考えるのが妥当だよな?だけど俺が感じたパヴァリアの連中が全裸野郎に向けていた感情は強い驚愕と、それに続いて疑念とそれなりの嫌悪…ざっくり表すと、『何で来やがったんだこいつ?』って感情だ」
「はあっ!?」
「仲間…なのよね?」
ナナシの言葉に、クリスとマリアは思わず困惑の声を出してしまった。
「変だろ?ただそれ以上に解せないのが、あの全裸野郎はあの状況で…俺に追い詰められていた仲間のことは、ほとんど眼中に無かったんだ」
『!!?』
ナナシの言葉に、全員が絶句してしまった。それは自分達が仲間に向ける感情とはかけ離れていたからだ。
「あの野郎があの場に来てから最初に意識を向けたのは…多分、俺だ。何故か凄い疑惑と、その奥に隠れた並々ならぬ負の感情が伝わってきたから俺はあいつの出現に真っ先に気付いたんだ…あいつ、俺の事知ってるのかな?欠片も記憶に無いんだけど…」
「なら、あの攻撃はナナシ君を狙って…」
「ああいや、『最初に』って言ったろ?あいつが俺に意識を向けたのは一瞬だったんだ。思わず見たって感じだった。その後は響の方にも一瞬だけ意識を向けて、最終的にあいつが意識を集中させていたのは…風鳴機関本部だった」
「わたしにも…?」
「風鳴機関本部が主目的?……っ!?バルベルデドキュメントか!!?」
「よほど我々に知られたくない情報があったんでしょうか?」
「恐らくな。あの三人組がいることを認識した上で…最悪巻き込んでも構わないって感じだったからな」
「そんな…」
アダムとサンジェルマン達の関係性を聞き、響は悲しそうに表情を歪めてしまった。
「あいつらが協力する姿が俺にはどうやっても“妄想”出来ない。だから襲撃を仕掛けてくるなら、またあの幹部三人だけだと思う」
「なるほどな…それにしても、貴様のその感情の感知能力は凄まじいな?僅かな時間でそれだけ相手の心理を読み解くとは…精度はそれほどではないと言っていなかったか?」
「…いや、実はそれについては俺も違和感があって…何故か分からないけど、あの全裸野郎の感情は読みやすかったんだ」
「何…?」
ナナシの言葉に、キャロルは疑問符を浮かべた。
「あの三人、特に黒髪眼鏡とギャル女はある程度話して何となくの性格を掴んだから、そこから“妄想”出来たけど、直接会話を交わした訳でも無いのにあの男の感情は何故か割と理解出来て…やっぱ何処かで会ったことでもあるのかな?」
「もしくは個体差じゃないかしら?普通の人にも表情の読みやすい、読みにくいってのがあるでしょう?偶々あの男の性格がナナシちゃんの能力で読み取りやすかった可能性もあるんじゃない?」
「よりによってアレと相性が良いってのも何か微妙だな…まあこれ以上考えても答えが出そうに無いから、それは一旦置いといて、エルフナインの言う通りラピスを扱うあの三人の動向を考えよう」
「考えるっつっても、あの全裸野郎が出てこないなら、あいつらがまたラピスのファウストローブであたしらを襲うだけじゃねえのか?」
「イグナイトを封じたからといって、装者だけで自分達の倍の人数がいる上に何故かラピスの浄化が効かなかったこの男までいるのだぞ?幾ら早く行動したいとしても真っ向勝負は避けるはずだ」
呆れた様子のキャロルに少しムッとするクリスだったが、語られた内容自体には納得した。
「ラピスの力を最大限活かすには、『装者にイグナイトモジュールを使わせること』と『“紛い物”の俺を足止めすること』が重要になる。そんな状況を作るために、あいつらはどう動くと思う?」
「……っ!?まさか、大量のアルカノイズを使って、民間人を人質にするつもり!!?」
『っ!!?』
かつてF.I.S.としてノイズで観客を人質とし、大量のノイズで『悪夢』を足止めしようとしていたが故にその考えに辿り着いたマリアの言葉に、全員が驚きを露わにした。
「アルカノイズによる無差別攻撃…妥当な考えだろうな?貴様らに対して有効な上に対策も立てにくい。故にオレも貴様らを相手する時に頻繁に取り入れていた。だがある程度使い古された手でもある。貴様らの冷静さを奪いイグナイトを誘発させるために、オレならもう一手加えたいところだ」
「あっ!?この前の新型アルカノイズ!!?アルカノイズが普通の攻撃で倒せなくなったら、兄弟子だけだと手が足りずにわたし達もイグナイトを使うしかない!!」
「貴様にしては良い着眼点だ、立花響。だが安心しろ、アレはそういった機能に特化させたアルカノイズを設置することで、極々僅かな範囲でのみ施すことが出来た芸当だ。個々にあのような特性を組み込める余地があったなら、オレはアルカノイズの位相差障壁を劣化などさせなかった」
「アレを警戒しなきゃいけないのは俺だな。ラピスの効かなかった俺を亜空間に閉じ込めて、その間に自分達とアルカノイズの群れでお前らを襲撃…後は、特殊なアルカノイズってのも良い線だと思う。思わずイグナイトを使いたくなるような仕組みを組み込んだアルカノイズを一体、二体作るくらいは出来るんじゃないか?凄く固いとか、再生能力が高いとか、シンプルに強いとか」
「……不可能ではないな」
相手の心理を読み解くナナシ、錬金術師としての見解を述べるキャロル、様々な視点から意見を出す装者や大人達によって、朧気ながらサンジェルマン達の次の行動が見えてきた。
「『装者達のイグナイトモジュールを誘発するための、アルカノイズによる無差別テロ』…これがあいつらの次の行動である可能性が高い。その対策として、俺に考えがあるんだ。協力してもらえないか?」
「任せなさい!!」
「合点デス!!」
「何でも言ってください!先生!!」
ナナシのお願いに、内容も聞かずマリア達が真っ先に頷いた。ようやくLiNKERが完成して存分に戦えるようになったのだ。三人共気合は充分である。
「それは助かる!何せこの作戦の鍵はお前らだからな!!…アルカノイズの出現が確認されたら、まずはお前ら三人だけで戦場に出て欲しい。そして、ある程度時間を稼いだらLiNKERが切れたフリして戦場から離脱してくれ」
「「「えっ!!?」」」
せっかくまともに戦えるようになったのに、与えられた役割が時間稼ぎな上、これまでと同じように途中退場しろと言うナナシの指示に、マリア達は驚きの声を上げてしまった。そんなマリア達を宥めつつ、ナナシはその役割の意味を説明していく。
「お前らに頼むこの時間稼ぎには、いくつもの重要な役割がある。一つは襲撃地点にいる民間人が避難するため。もう一つはさっきの話に出た特殊なアルカノイズの存在の有無の確認。存在したならその特性を探って欲しい。危険な役目だが、お前らだけが戦場に出て響達や俺の姿が見えなければパヴァリアの連中も罠を警戒してしばらくは様子見するはずだから、確実に時間を稼ぐことが出来る。そして可能なら、隠れてお前らの様子を見ているあいつらの居場所をその時間で特定したい」
それはサンジェルマン達も思い当たっていたのと同じ理由であった。三人はまんまとナナシの思惑通り罠を警戒して敵に時間を与えてしまった。
「そして最後に、各地に潜伏させる“血晶”と人形を持った実動部隊を散開させるためだな」
…それ以外の、自分達をこの上なく追い詰める下準備のための時間も。
「潜伏?それに人形?“血晶”を持った実動部隊とオートスコアラーで奇襲でも仕掛けるつもり?」
「流石にそんな無茶はさせないって。この辺で俺が手当たり次第に地上げしている物件に少しの間実動部隊の奴らを待機させて、アルカノイズの襲撃が来たらそこに保管してある“血晶”と人形を所持して行動してもらうだけだ」
「“血晶”はともかく、人形って…?」
全員が首を傾げていると、ナナシが目の前に“収納”から…体育座りをするリアルな少女の人形を取り出した。
「っ!!?こ、これは…?」
「俺が量産した“水鏡”人形だ。“血晶”で分かると思うけど、俺の“血流操作”は一度形状を固めると俺の意識から外れてもその形を保ち続けるんだ。一度に大量の血液を操るのが厳しいのは前回分かったから、細かく分散させて必要な分だけ動かせれば広い範囲を守れるんじゃないかと考えた。その時ただの血液を散布したり蠢かせたりするのはビジュアル的に問題あるだろ?これなら何処にあって動き回っても問題ない!」
「…ちょっと待て。つまり今、貴様が買い取った無数の建物の中には、これと同じような物が存在しているのか!!?」
「既に空き巣の逮捕に効果を発揮しているぞ!『押入れを開けたら人が!?人がああああ!!?』って警察に何人か駆け込んだらしい。これに懲りたら今後は真っ当に生きて欲しいものだ」
『うわぁ…』
人気のない家屋に忍び込んだ先でこんな人形を目撃すればトラウマ物である。そんな物が置いてある家に潜伏しなければならない実動部隊のことを思い、全員が顔を顰めてしまった。
「色んな体格や年齢の“水鏡”を用意したけど、中身に空洞を作って重さは五キロ程度に揃えてある。これなら大きめのカバンやキャリーケースで持ち運びが可能だ!」
「ビジュアルを気にしていたのではなかったの!!?」
「アルカノイズが暴れ始めたら、“認識阻害”を使った実動部隊に街のあちこちでこの人形を捨て置いてもらう。状況的に人の形をした物が転がっていても不自然じゃないから問題ない!!」
「だからビジュアル!!?」
「そして更に、まだまだ機密扱いの“血晶”を保管しておくのに打ってつけ!内部の空洞に“血晶”を詰めておくことで知らない人間にはまずバレない!実動部隊には“血晶”を取り出す時、一部の人形の腹を掻っ捌いてもらって…」
『ビジュアルゥウウウウウ!!?!?』
嬉々として碌でもない内容を語るナナシに、思わずその場の全員でツッコミを入れてしまった。
「既に動ける奴らには俺が交渉済みだ。後はウチのボスに許可を取るだけ…どうする?弦十郎?」
「……後で全員に特別手当を支給するとしよう」
頭を抱えながらも、合理性を理解出来るため弦十郎は不承不承ながら了承した。
「さてさて、時間稼ぎの重要性はこんなところだが、肝心なのはお前らが途中で離脱すること…つまり、LiNKERがまだ完成していないと勘違いさせることだ。そうすれば、あいつらの意識からお前達は完全に外れるから、いざという時にあいつらの不意を打つことが出来る!」
「つまり、アタシ達は秘密兵器ということデスね!!」
「Exactly!!」
自分達の役割の重要性を知ったマリア達は再びやる気を漲らせた。
「マリア達は俺が合図を出すまでアルカノイズが増え過ぎない程度に力を抑えて活動してくれ。響達はマリア達と交代したらいつも通り戦闘を進めてくれればいい。長期戦が予想されるけど、さっき言った通りこっちで可能な限りの対策は打った。焦らず無理せず戦ってくれ」
「任せてください!」
ナナシの言葉に、響が笑顔で応える。翼とクリスも笑みを浮かべてしっかりと頷いていた。
「そして、お前達が戦っている間に連中の居場所を特定出来たら…俺がそこに特攻を仕掛ける」
「えっ!?兄弟子一人でですか!!?」
「流石にそれは危険じゃあ…」
「まあ確かにな。本当に俺にラピスの浄化が効かないのかも未知数だし。そこで、だ…クソガキ、一緒に来てくれ!対価は要相談ってことで!!」
「ここでオレに声をかけるか。徹底的に想定外の状況を生み出して奴らを混乱させるつもりだな?…良いだろう、貴様に翻弄される奴らの顔を見るのも面白そうだ。ただし、依頼料は高く付くぞ?」
「楽しむお前の歌が聴けるなら、幾らでも貢いでみせるさ!」
こうして、次にサンジェルマン達が襲撃してきた際の方針が決定された。
「あいつらの行動を逆手に取って、こっちも勝負を決めに行く!俺達の方針は、『装者達と民間人の安全確保』、『パヴァリア光明結社の幹部三人を捕縛』。後は捕縛に失敗したとしても、最低限『俺がラピスの浄化に耐性を獲得する事』が出来れば上出来だな。俺の“血晶”でラピスの浄化を防いでイグナイトが使えれば戦力的に圧倒出来るから、ジックリ隙を窺いつつ後は了子とクソガキが全裸野郎の錬金術に対抗する手段を編み出すのを期待しよう」
「既に術式自体は再現も出来ているのだけれど、やっていることが膨大な魔力によるゴリ押しなのが厄介ね。対抗する術式を組むのにもう少し時間を頂戴ね」
既に相手の手の内は明らかになっているという了子の言葉に、全員が頼もしさを感じた。
「さて、ここまで色々と話し合って作戦を立てた訳だが、最後に一番重要な事を言わせてもらう。それは…作戦を成功させることに囚われないでくれ。正直、お前らと民間人の安全さえ確保出来れば他はオマケでしかないからな?」
ここまで綿密に作戦を立てたナナシが最も重要と言ったのは、非常時の作戦の放棄だった。
「どれだけそれっぽい理屈を並べたところで、未来を覗いた訳じゃない。聖遺物や哲学兵装なんてトンデモと隣り合わせの俺達は、いつだって想定外は想定内だ。さっきみたいに俺の“妄想”を信じてくれるのは嬉しいけど、それで無理をするのはやめてくれ。死んだらそれで終わりだ。死ななきゃどうにでもなるし、どうにかしてやる。弦十郎達には本部で観測している情報と、散開した実動部隊の情報から作戦の継続や破棄の判断をしてもらう。あの全裸野郎の姿が見つかった段階で無条件に全員撤退。本部から作戦の破棄の通達が来たら素直に指示通り動くこと。マリア達もLiNKERの完成が悟られても構わないから、厳しいと感じたら全力を出して仲間に助けを求めてくれ。よろしくお願いします」
これまでの茶化した雰囲気を引っ込めて、真面目な表情でナナシは全員に頭を下げた。そんなナナシの想いを正しく理解して、全員がしっかりと頷いてナナシの願いに応えた。
「ありがとう…さて!ここまでがS.O.N.G.全体の方針ってことで、ようやく俺が協力して欲しい我儘について説明させてもらう!」
『えっ!!?』
…てっきり、ここまでの話がナナシの言う我儘だと思って油断していた全員が、思わず驚愕の声を上げてしまった。
「もし、さっき語った俺の“妄想”通りに作戦が進んで、ある程度戦況に余裕があった場合…あのパヴァリアの連中を捕縛する時に、ちょっとOHANASHIさせて欲しいんだ。実動部隊の一部にも、その手伝いをしてもらいたい」
「あ、兄弟子のOHANASHI…それは一体、どのような…?」
「ん~?そうだな…響、今からお前を攻撃する。防御してくれ」
「ふぇっ!!?」
唐突なナナシの言葉に響が驚き…それでも、日々弦十郎に鍛えられている響は即座にナナシに対して半身の構えを取って腕で頭部を守った。
「冗談だ、攻撃なんてしないから安心してくれ。驚かせて悪かった」
「えっ?あっ、はい…今のは、一体…?」
「響、お前が何故今みたいな構えを取ったか説明してもらえるか?」
「えっと…頭とか心臓とか、急所になりそうな所を兄弟子から隠すためです!」
「そう、相手の攻撃に対して急所を隠して守る。実に合理的な判断だ。でもそれはな…そこを攻められるとマズいって教えているのと同じなんだ」
ニコニコ笑顔で説明するナナシ。その笑顔を見て、響だけでなく全員が思わずゾクリと身を震わせた。
「革命のため、人類のため…そう語るあいつらのリーダーは、誰よりも自分自身にそう言い聞かせている印象だった。そうやって、自分の中の何かを守っている様子だった。だから…」
ナナシは心底楽しそうに笑みを深めながら、身を震わせる仲間達に自身の思惑を語った。
「あいつが必死に守っている秘密の花園、それを隠そうとする震える両腕を無理矢理に引き剥がして…思い切り踏み躙ってやろうと思ってな?」
ナナシが作戦を立てた経緯を大雑把に語った弦十郎は、そのまま今回の結果について語り始めた。
「まず今回の作戦の主目的、パヴァリア光明結社の襲撃から人命を守ることには成功…結果的には、な?」
弦十郎が非常に含みのある言い方で、作戦の主目的が成功したことを告げた。
「現時点で調査した限りでは、今回のアルカノイズによる襲撃によって発生した死者や重傷者は確認されていません…結果的には、ですが」
緒川も同じく、非常に含みのある言い方で弦十郎の言葉を補足した。
「だけど同時進行で進めていたパヴァリア光明結社の幹部達の捕縛、及びナナシちゃんがラピスの浄化に耐性を獲得する計画は失敗…幸いな事に、ね?」
作戦の失敗を、幸いと表現しながら報告する了子。それに対して、誰一人として反論する様子は無い。
「主目的を達成した以上、作戦は成功と言って良いでしょう…それを踏まえた上で、今回の作戦の反省点を述べると致しましょう」
これが本題と言わんばかりのナスターシャ教授の言葉に、ナナシが思わずビクリと身を震わせた。
「今回のパヴァリア光明結社による襲撃は、概ね事前に想定した通りの流れとなり、マリア君達の一時撤退、翼達による新型アルカノイズの対応、そしてパヴァリア光明結社の幹部の位置を捕捉と、ナナシ君達による奇襲までは順調に作戦が進められていた。しかし…」
「幹部三人との戦闘中…いえ、ナナシちゃんの我儘、『危機的状況に追い込んだ敵幹部に投降を促すための説得』を行っている最中に、ナナシちゃんが敵の攻撃を頭部に受けて意識不明の状態となったわ。事前にナナシちゃんの再生が働かなくなる可能性を挙げられた、ラピスによる攻撃によって、ね?」
了子がそう言い終わった瞬間、室内に広がっていた怒気の圧が増したのをナナシは正確に感じ取り、再びビクリと身を震わせた。
「その結果に巻き起こったのが、装者達による意見の対立、同士討ち、戦意喪失、そして…S.O.N.G.本部の機能が一時的に麻痺するほどの、職員達の大規模な混乱の発生です」
そう、本来装者達が同士討ちになるほど錯乱状態に陥った場合、諫めて指示を出すべき本部からの通信が無かったのは、本部も通信を行うほどの余裕が無かったからだ。
装者達とナナシ達の戦闘をモニターしていた本部では、ナナシの頭部をラピスの弾丸が貫く瞬間を捉えており…まず初めに、その光景を目撃したエルフナインが錯乱状態に陥った。錬金術師としての知識を持つエルフナインは、すぐにキャロルが思い至ったのと同じ答えに辿り着いたからだ。
そんなエルフナインの状態から、すぐに指令室の職員達へと情報は伝播して様々な混乱が発生。そしてアダムの襲撃を警戒して情報を密に取り合っていたのが仇となり、その情報は瞬く間にS.O.N.G.全体へと広まってしまった。
普段から分け隔てなく組織全体の人間と関わりを持ってきたナナシの死に、多くの職員が衝撃を受け、呆然自失となり、錯乱して…武装と“血晶”を所持して戦場に向かおうとする職員まで現れ始めた。
すぐさま弦十郎がそういった職員達を諫めに駆け回り、緒川が街中を奔走して混乱する実動部隊を見回り、ナスターシャ教授が必死に全体の指揮を取って…場合によっては内乱が発生してもおかしくない混乱を、ナナシが起き上がるまでどうにか抑えることに成功していた。
「さて、今回の作戦中に発生していた事態を理解してもらった上で…何か申し開きはあるだろうか?ナナシ君」
「……ごめんなさい」
『何に対してだ?』
初手で謝罪を口にするナナシに、全員が口を揃えてその意味を問い質した。
「えっと…その…今回の結果は、俺にとっても本当に想定外でな…」
ビクリと身を震わせながらも、ナナシは懸命に言葉を紡いでいった。
「本当は、あの女が発砲する瞬間を見計らって銃口を上手くずらすつもりだったんだ。そのために全意識をあの女の感情に集中していたら…その…あの女の意志に関わらず引き金が引かれて、失敗して…」
「どこにそんな危ない橋を渡る必要があった!?あそこまで追い詰めていたのなら、無理してラピスの攻撃を受ける必要など無かったはずだ!!説得なら彼女達を捕縛した後に幾らでも行えば良かった!!君なら時間を掛ければきっと彼女達を説得出来た!!それなのに何故!!?」
「…どうしてもあの時、あの女から目を逸らしたくなかった」
弦十郎の正論に対して、ナナシはバツが悪そうに自分の考えを口にした。
「バルベルデでの会話で、リーダー以外の二人はただただリーダーのことを想って行動しているのが分かっていた。だから今回はそのリーダー…サンジェルマンの心を揺さぶることに重点を置くことにした。そのために街中に散開させた実働部隊の一部に動いてもらって、正義を自称する存在が命を奪う姿を見せつけることで…自分の姿を客観視させようと考えた」
そのためにナナシが用意したのが、火薬ではなく血液を詰めた特殊なミサイル弾頭と、内部の空洞に爆薬を仕込んだ“水鏡”人形。実働部隊が民間人の避難が完了した地点に人形を設置。その付近にミサイルを放った後、内部の血液を操ってミサイルの動きを微調整。タイミングを合わせて実働部隊が人形内部の爆薬を起爆することで、ナナシは絶対に被害が出ないように配慮しながら無慈悲に命を奪う姿を偽装していた。
「あの女が命を奪うことに躊躇いがあることはすぐに分かった。それでも果たしたい目的とは何かを動揺させることで聞き出そうとした。それさえ分かれば、あらゆる手段で妥協案を用意するつもりだった。最悪、耳障りの良い言葉で騙してやるつもりだった…あの女の本質を知るまでは」
「本質…?」
「あの女を一言で表すなら…普通の人間だ」
錬金術によって完全な肉体を手に入れ、数百年の時を神に反逆するために力を蓄え、遂には錬金術の秘奥である賢者の石を錬成することに成功したサンジェルマンの事を、ナナシは普通の人間だと評価した。
「降りかかる不幸に神を呪って、育んだ才能を拠り所にして、自分の持つ力に意味を求めて…そうやって生き足掻いてきた自分の生涯が、正しいものだと信じたくて…それでも本当は、自分の行いが間違いであることを誰よりも自覚していながら、それ以外の生き方を見つけられずに迷い続ける…そんな、何処にでもいる普通の人間だ」
普通の人間として、自分の持つ力に責任をもって…
普通の人間として、自分の力を誰かのために使いたくて…
普通の人間として、誰かを傷つけることに抵抗を覚える…
その身に宿す力が少しだけ大きいだけの、普通の人間。
その在り方は、ほんの少し視点を変えれば…
「自分が持つ、ほんの少しだけ特別な力を誰かのために使おうとする、綺麗な歌声の普通の人間…随分と馴染み深い在り方をした女が、死人みたいな面をしているのが我慢出来なかった」
…自分が世界より大切に想う者達が至るかもしれない、一つの未来を“紛い物”は垣間見た。
「妥協案については心当たりがあった。だけど、それだけであの女の在り方を変えるのは多分無理だと思った。数百年に渡って想いを積み重ね続けたあの女の心に、それを受け入れられるほどの“柔らかさ”は見つけられなかった。だから…あの状況を利用して、一度本気であの女を殺そうと考えた」
『っ!!?』
「徹底的にあの女の在り方の矛盾を突いて、痛めつけて…明確に自分と他人の死を意識した状態で、あいつ自身にその選択を選ぶように迫った。自分の未来を守るために引き金を引くか、自分の過去を守るために俺に殺されるか…どちらの結果を選んでも、今のあいつの在り方にトドメを刺す切っ掛けを生み出せると思ったんだ。もちろん、本当に殺す気も殺させる気も無かったから、あいつが意識を失うまであいつの想いに集中していたんだが…その…失敗した」
相変わらず動けない状態だが、それでも可能な限り体を動かして、ナナシは全員に頭を下げた。
「俺の勝手な行動で、皆に心配をかけた事。響達を傷つけて、危険な目に遭わせた事。後は、その…俺の命を、粗末に扱った事…本当に、ごめんなさい…」
ナナシの真剣な謝罪を聞いて、それが心からの言葉だと感じたS.O.N.G.の全員は、一度互いの顔を見合わせて頷き合った後、再度全員がナナシの方へと視線を向け、フッと笑みを浮かべると…
『だが断る!!』
…一斉に、ナナシの謝罪を拒絶した。呆然とするナナシに、了子が笑顔のままナナシに語り掛けた。
「流石に今回ばかりは、そう簡単にナナシちゃんの行動を許す訳にはいかないわ。ナナシちゃんにはこれから、今回の責任を取って罰を受けてもらいます」
「っ!?…わ、分かった!どんな罰でも受ける!だけどその前に一つだけ!一つだけ聞かせてくれ!!」
今回ばかりは、謝罪して済むことではない自覚があるためナナシも抵抗する気はない。しかし、ナナシにはこの場に来てからずっと抱えていた疑問を問わずにはいられなかった。
「…奏は、今何処にいる?」
「……」
今この場に、奏の姿が見えない事…それがどうしようもなく、ナナシの不安を掻き立てていた。
「…それを聞いて、どうするの?」
「か、奏が、自分の意志で俺の顔も見たくないと思っているなら…最悪、受け入れる。直接謝ることを許してもらえるまで、俺なりに償い続ける。だ、だから…ここに奏がいない理由を知っているなら、教えてくれ…よろしく、お願いします…」
必死に頭を下げるナナシに対して、了子は笑顔のままで…冷やかに言葉を紡いだ。
「ええ、別に構わないわよ。手間は変わらないからね」
説明が!!長い!!!
…もう少しコンパクトに文章を書けるよう努力します。
これでも頑張って減らしたのですが…