戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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前回投稿後、再び日間ランキングにお邪魔させていただきました!
気付いたら評価バーの空白が減っていて驚きました。ありがとうございます!


第141話

パヴァリア光明結社が拠点として使っているホテルの一室…そこでは逃げ延びたサンジェルマンがプレラーティ達から治療を受けてベッドの上に横たわっていた。

 

「サンジェルマン、体の調子はどう?」

 

「問題無いわ。少し休めば、すぐに自分で動ける程度には回復するはずよ」

 

「サンジェルマンがヨナルデパズトーリと渡り合ったあの男の攻撃を受けた時は肝を冷やしたワケダが…大事が無くて安心したワケダ」

 

プレラーティの言う通り、“化詐誣詑”状態のナナシの一撃を受けたサンジェルマンは大ダメージを受けてはいたが、致命傷には至っていなかった。完治にはしばらくかかるだろうが、錬金術によって完全な肉体を得ているサンジェルマンならば本当に遠からず動けるようになるだろう。

 

「それにしても、ここまで手玉に取られるとは思わなかった…今回のことでハッキリしたわ。あーしらの最大の障害は、S.O.N.G.でもシンフォギアでも、キャロルですらない…あのイレギュラーよ!」

 

「まさか我々の念話を何の痕跡も無く盗聴して情報を引き出していたとは…しかも心臓を抜き取り、頭を貫いても死なないなど反則なワケダ!何故このようなトンデモな存在が目的間近の我々の前に立ちはだかるワケダ!?」

 

「……」

 

苛立ちを露わにするカリオストロとプレラーティをサンジェルマンが無言で見つめる。二人も自分と同じように体中の至る所に包帯を巻いた痛々しい装いであった。それだけ必死にキャロルの攻撃を掻い潜って自分の元へ駆けつけようとしていた証だ。

 

「…これからの事は後で話しましょう。今はあなた達も傷を癒すことに専念しなさい」

 

「…サンジェルマンはもう大丈夫なワケダ?」

 

「ええ…私もこのまま休ませてもらうから、二人も部屋で休みなさい。私のために無理をさせて済まない」

 

「何水臭いこと言ってんの?当然のことよ!」

 

「サンジェルマンこそゆっくり休むワケダ。度々様子は見に来るけど、何かあればすぐに我々に呼び掛けるワケダ」

 

「ええ…ありがとう…」

 

疲労からか、静かに瞳を閉じて休もうとするサンジェルマンを見て、カリオストロ達は静かに部屋から出て行った。

 

二人が出て行ってから少しして…サンジェルマンはその瞳をゆっくりと開いて、自分の掌を顔の前に持ち上げてジッと見つめた。そこに付着していたナナシの血液は洗い流され、既に何の痕跡も残っていなかったが…サンジェルマンには、その手に広がった感覚を鮮明に思い出せた。

 

『お前はただ、生き延びてしまった自分の命が無価値に終わるのが許せないから…有意義な『自殺』をしたいだけだろう?』

 

サンジェルマンの脳裏に、ナナシの言葉が過る。拠点に戻った後も、治療中も、ずっとサンジェルマンはナナシの言葉に心をかき乱されていた。

 

『一番騙したい自分自身すら欺き切れない虚飾に、一体何の価値がある?お前は、誤魔化しようのない、ただの…人殺しだ』

 

(違う…!私は、人類の未来のため…)

 

『囀るな、心にも無いことを』

 

(どれだけ咎を重ねようと…正義のために、私は…)

 

『自らの行いの重責を全て自分で背負うと言うのなら、その行いは『自分自身のため』に他ならない!だからお前が全ての重責を背負っていると言うのなら…幾ら理屈を重ねたところで、お前は紛れもなく『自分のために』人殺しをしているだけだ!』

 

どれだけナナシの言葉を否定しようとしても、サンジェルマンの脳裏からナナシの言葉が消えることは無い。それどころか否定しようとすればするほど、サンジェルマンは自分の行いに対する矛盾に意識が向いてしまっていた。

 

『お前にとって、この少女が流す涙には何一つ価値が無いんだろうな…お前にとって、この少女が母親に向ける想いには何一つ重みを感じないんだろうな…そうでなければ、個々に異なる歴史を積み上げた命を、等しく同じに扱うなんて出来る訳がない』

 

『七万三千七百八十八…お前が積み重ねた、お前にとって価値あるこの犠牲には…一体どれだけお前に無価値とされた涙と想いが在ったんだろうな?』

 

(無価値、などと…!全ては、革命のため…人類の完全なる、未来のために…!!)

 

自分達の行動原理を支えに、必死に心を立て直そうとするサンジェルマン…だが、そうやって自分の行動の意味を再確認している内に、更に受け入れがたい事実に気付いてしまった。

 

『何一つ根拠を示すことなく、曖昧な感覚で自分と他人の価値を決めつける…お前は俺が会った中で最も『傲慢』な人間だな?』

 

今自分が行っている、自身の行動の正当化…その思考は、自分が忌み嫌う権力者達と同じものではないか?

 

自分の都合で命の価値を、奪う意味を決めてしまうことは…母と自分を見捨てた父親の思考と、本質は同じものではないか?

 

その考えに至ったサンジェルマンは、いよいよ思考を続けることすらままならず考えることを放棄しようとする。その手で顔を覆い、無理矢理意識を切り替えようと試みる。

 

『人殺し!!』

 

そうすると今度は、複雑な意図を持たないシンプルな罵倒がサンジェルマンの脳裏を駆け巡った。

 

「っ…ぁ…!!」

 

あらゆる不浄と呪いを退けるラピスを錬成するに至ったはずのサンジェルマンは…自分の心を蝕む呪詛の如き言葉に、声を漏らすことなく涙を流した。決して仲間に悟られぬように、この呪いが伝播せぬように、サンジェルマンは胸の想いを自身の内に押し留め続けた。

 

部屋の入口の壁に隠れるように背を持たれるプレラーティとカリオストロが、その声なき涙に自身の無力を嘆き、身を震わせているとも知らないで…

 

 

 

 

 

トレーニングルームに集まったS.O.N.G.の職員はとりあえず解散となり、弦十郎達もまだ今回の作戦の事後処理があるため、ナナシの質問に答え罰を与えるために了子が代表してナナシと装者達、エルフナインとキャロルを引き連れて本部内を移動していた。全員が無言で了子の先導に従い通路を進んでいると…不意に、翼が口を開いた。

 

「立花、雪音、マリア…済まなかった」

 

「…何に対してですか?先輩」

 

唐突な翼の謝罪に、クリスが歩みを止めることなく静かにそう問い返した。

 

「私の心が弱いばかりに、率先して場を乱した。私が冷静さを保っていれば、暁達も釣られることなく、パヴァリアの幹部達を捕縛することが出来たはずだ」

 

「それは違うデス!!」

 

「私達は、翼さんに釣られた訳じゃない!アレは私達が自分を抑えられなかっただけです!!」

 

翼の言葉に、調と切歌がそう言って反論した。

 

「先生がもう目を覚まさないって聞いて、目の前が真っ暗になった。胸の中に真っ黒な感情が広がって、気が付いたら身動きの取れないあの人達に対して攻撃を…」

 

「それが間違っているって、マリアがちゃんと教えてくれたのに…アタシ達は、どうしても止まれなくて…ゴメンナサイデス…」

 

「ごめんなさい…」

 

二人も翼に続いて、消え入りそうな声で謝罪を口にした。そんな三人に、クリスとマリアが溜息を吐いて答えた。

 

「はぁ~…何を言い出すかと思えば、そんなことかよ」

 

「全くね…別にあなた達が謝ることなんて無いでしょう?」

 

「なっ!!?そ、そんな訳!!?お前達が止めてくれなければ、我々は今頃…」

 

「だから、止められたんだからそれで良いじゃねえか?」

 

「「「!!?」」」

 

呆れたようなクリスの言葉に、翼達は呆然としてしまった。

 

「戦場では何があっても冷静であるべき、死んだ仲間は復讐なんて望まない…それは確かに正しい意見かもしれない。でもね、仲間の死を前にそんな正論だけで感情を抑え込むことが、本当に正しい事なの?激情のままに動いたあなた達を、私達は間違っていたと非難しなければいけないの?」

 

「で、でも…」

 

「デスけど…」

 

幾ら自分達の想いに理解を示してくれていたとしても、間違った自分達を止めようとする仲間に刃を向けたのだ。それを謝る必要が無い事と言うのは流石に都合が良過ぎると、翼達は戸惑っていた。

 

「私達は、あなた達に復讐をさせたくなかった…それで後悔するあなた達を見たくなかったから、あなた達を止めたの。あなた達が胸の想いに従ったのと同じように、私達も自分の想いを優先しただけ」

 

「こちとら他人に説教するほど、出来た人間じゃねえんだよ。あたしらはあたしらの好きに動いて、先輩や後輩共の邪魔をしただけだ。謝られる筋合いはねぇ。その結果がお互いに良かったと思えるなら、猶更だ」

 

マリアとクリスの言葉に胸の内が暖かくなった翼達は、泣き腫らした瞳から再び涙を流しながらその想いを謝罪ではなく別の言葉で伝えることにした。

 

「私達を止めてくれて、ありがとう」

 

「ありがとう…」

 

「ありがとうデース!」

 

泣きながら笑顔で感謝の言葉を口にする三人に、マリアとクリスも笑顔で応えた。

 

「おう、それで良い。あんたらは何にも悪く無いんだから」

 

「ええ、あなた達は何も悪くない」

 

「「何もかも全部、そこにいる男(バカ)が悪い」」

 

笑顔で前方を歩くナナシの背を指さしながら告げたクリスとマリアの言葉に、ナナシがビクリと身を震わせた。

 

「正直、私達の怒りは百パーセントあの男に向けられているから、あなた達に向ける余裕が無いの」

 

「自分から敵の銃を額に押し付けといて、避けるつもりだったとか納得出来るか。先輩と後輩共も気持ちが落ち着いて怒りが湧いてきたら、あのバカに下す罰を一緒に考えようぜ?」

 

ドス黒いオーラを纏って清々しい笑みを浮かべる二人に、翼達は身震いしてしまった。背後から感じる並々ならぬ黒い感情に、ナナシは振り返ることも出来ずに冷や汗を流していた。

 

翼達のやり取りを無言で聞いていた響は、その結果を見届けるとキャロルに対して話しかけた。

 

「キャロルちゃん…ごめんね。それから、ありがとう」

 

「…貴様は唐突に何を言っている?オレは勘違いで貴様らの同士討ちを先導したのだぞ?オレはそれを謝罪するつもりは無い。そんなオレに貴様が謝罪する道理も、ましてや感謝する道理も無いはずだ」

 

「ううん、そんなことない」

 

キャロルの言葉を、響は静かに否定した。

 

「わたしはあの時、キャロルちゃんの事を間違っているって怒鳴っちゃったけど…あれはきっと、キャロルちゃんなりにわたし達のことを想って言ってくれた言葉だったんだって、今なら分かる。それに気づかず、わたしはキャロルちゃんの想いを否定して傷つけた…ごめんね」

 

「何だ、その思想は?そんなもの、都合の良い貴様の勝手な…」

 

「うん!わたしの“妄想”だよ!わたし達と一緒に過ごして、わたし達に寄り添ってくれたキャロルちゃんはきっとそう想ってくれていた。わたしはそう信じてる!だから…ありがとう!」

 

「…どいつもこいつも、あの男に毒されおって…いや、大本は貴様らの方か。このお人好し共め」

 

微笑む響からそっぽを向いて、キャロルは響の言葉を肯定も否定もせずにそう毒づくのだった。

 

「……」

 

「自分がやったことの責任、少しは理解出来た?」

 

響達のやり取りに無言で耳を傾けていたナナシに、了子が淡々とそう問いかけた。

 

「ナナシちゃんが守っている、愛しの歌姫達が最高の歌を歌い続けるための世界…その中にはもう、ナナシちゃんの存在がしっかり組み込まれているの。ナナシちゃんにとって、自分の命は軽いモノかもしれないけど…その命に、寄り添ってくれる存在の重みがあることを自覚しなさい」

 

「……」

 

「それを肝に銘じた上で…これから直面するあなたの罪を、しっかり受け止めなさい」

 

了子がそう言い終わるのと同時に、了子はある扉の前で立ち止まり、その扉を開けて中へと入っていった。それに続いて、ナナシ達も室内へと歩みを進める。

 

そこはS.O.N.G.にあるメディカルルームの一室だった。様々な医療機器が傍に並ぶ診察台の上には…体中に包帯を巻いた奏が目を閉じて横たわっていた。

 

「奏!!?」

 

「奏さん!!?」

 

翼と響が奏の姿を確認すると、すぐに駆け寄って奏に呼び掛ける。しかし、奏はその声に反応することなく眠り続けていた。

 

ナナシは横たわる奏を見た瞬間、“解析”を使ってその状態を正確に読み取り始めた。これまでに幾度となく奏の体を見てきたナナシは、瞬時に奏の現状を把握して…困惑した。

 

「前回見た時と比べて、奏の肉体情報にほぼ差は無い。体の傷もほとんどがかすり傷程度だ。ただ、体内に僅かだが薬物を使った痕跡がある。これは…鎮静剤か?でも…」

 

「既に目覚めていてもおかしくない、でしょう?」

 

困惑するナナシに、了子がそう言って奏の現状について説明を始めた。

 

「ナナシちゃんがラピスに頭を貫かれた時、錯乱するエルフナインちゃんを奏ちゃんが落ち着かせようとしたの。ナナシは大丈夫だ、すぐに目を覚ますって。でも、そこでエルフナインちゃんが取り乱した理由を聞いてしまった奏ちゃんは…エルフナインちゃんの比ではないレベルで錯乱してしまった。それこそ、発狂と言って良いレベルで叫んで、取り押さえようとする職員達の手から暴れ回りながら逃れて…現場に向かうため、メディカルルームからLiNKERを盗もうとする所を私が取り押さえて鎮静剤を打ったわ」

 

「LiNKERって!?そんなことしたら…それに、もし仮にLiNKERを盗めたとしても、ギアが壊れたままでは意味が…」

 

「とても正常な判断が出来ているとは思えなかったわ。意識を失う瞬間まで、取り押さえて鎮静剤を打つ私のことも眼中に無かったもの。ただ譫言みたいにナナシちゃんの名前を繰り返していたわ」

 

「ボ、ボクが、早とちりしたから…ボクのせいで、奏さんが…」

 

「…お前のせいだなんて、あるはずが無い。これは紛うことのない…俺の罪だ」

 

両手で顔を押さえて涙を流すエルフナインの頭に手を置きながら、ナナシは無表情で奏の顔を覗き込んでいた。その顔は何も感じていない訳でも、冷静さを保とうとするわけでもなく…今のナナシの胸に渦巻く感情を、表すことが出来ないだけだった。

 

「それでも本当に幸いな事にナナシちゃんは生還して、トラブルはあったけど翼ちゃん達も無事に戻ってこられた。後は奏ちゃんが目を覚ましたら、それを伝えて落ち着かせれば良いだけ…だけど、もうとっくに鎮静剤の効き目が切れていてもおかしくないのに、ずっと目を覚まさないの」

 

「体に問題が無いなら、まあ間違いなく意識を失う直前の精神状態が原因であろうな?心が現実を拒み続けているのであろう」

 

「じゃあ、このままだと奏はずっと…」

 

キャロルの言葉に翼が顔を青ざめさせていると、了子が翼の肩に手を置いて安心させるように笑みを浮かべた。

 

「安心しなさい、方法はあるわ。幸いなことに、あなた達のナイト様には眠り姫を起こすためのとっておきの方法があるでしょう?」

 

「…ああ…そういうことか…分かった、やってみよう」

 

了子の言葉に何かを理解したナナシは、眠る奏の傍にしゃがみ込み、自分の顔を奏の顔に近づけるように覗き込んで…

 

「あ、あの!わたし達、外に出た方が良いのでは!!?」

 

「そ、そうデス!!」

 

…そのタイミングで、何故か顔を赤くした響と切歌が叫ぶようにそう主張した。

 

「…?何故だ?寧ろ、傍にいてくれると助かるんだが?」

 

「ええっ!!?いや、その、兄弟子はそうでも、奏さんはどうかな~ってわたしは思うんですけど!?そ、それに、翼さん達も色々と複雑というか、何というか…」

 

「ア、アタシもそう思うデス!!興味が無い訳では無いデスけど、アタシや調、エルフナインにはまだちょっと早いかなとか、思わなくもないというか、その…」

 

顔を真っ赤に染めながらゴニョゴニョと口籠る二人に、室内の人間は怪訝な表情を浮かべた。

 

「えっと…二人共、一体俺が何をすると思ってるんだ?」

 

「そ、それは、もちろん…」

 

「目覚めのキス、デスよね…?」

 

『ブッ!!?!?』

 

二人の言葉に、多くの人間が虚を突かれたように噴き出した。調とエルフナインだけが、最初はポカンとした表情を浮かべた後、徐々に顔を真っ赤に染めて狼狽え始めた。

 

「えっ?あっ、そういう、こと…?」

 

「あ、あううう…そ、それなら、確かにボク達はお邪魔なので、席を外して…」

 

「んなわけあるかぁああああ!!!俺なんかに眠っている間にそんなことされたら、別のトラウマ刻まれてそれこそ二度と目覚めなくなるわ!!“明晰夢”だよ!“明晰夢”!!夢の中で奏に俺とお前らの無事を報告するんだよ!!!」

 

「あ、ああ!!そうだったんですね!!?」

 

「そういえばナナシさん、夢でお話出来るんデスよね!?」

 

顔を赤くして叫んだナナシの言葉に、響と切歌はようやく自分達の勘違いに気付いて赤い顔で後ろ頭を掻きながら笑って誤魔化した。

 

「夢の中で現状を伝えて奏が落ち着いたら目覚めるだろうし、最悪少し怖い夢でも見せて精神に負荷をかけてやれば目覚めるはずだ。奏が目覚めた直後に少し暴れるかもしれないから、お前達はパニックで奏が自傷しないように手伝ってくれれば…」

 

「精神に負荷をかける方法は控えた方が良いだろうな?」

 

ナナシの言葉の途中で、キャロルからそんな忠告が下された。

 

「天羽奏の状態は、極限まで精神に負荷がかかったが故に生じたものだ。そこに更なる負荷を加えようものなら、精神が完全に崩壊して廃人となる危険があるぞ?安全に事を進めたいなら、夢の中で明確に貴様の生存を伝えてやるのが一番だ。ただし、言葉選びには気を付けろよ?下手な事を言ってこれ以上その女の精神をかき乱せば、どのような事態になるか分からないからな?」

 

「そ、そうか、気を付ける。それじゃあ…」

 

そう言ってナナシが改めて奏へと向き直り、能力を使おうとして…困ったような顔で翼へと振り返った。

 

「悪い、翼。協力してもらって良いか?俺にはちょっと、奏を落ち着かせる自信が無い」

 

「協力と言っても、私にはどうすることも…」

 

「キャロルとエルフナインの一件から、軽く“明晰夢”の追加検証をしたことがあったんだけれど、眠っている複数人を対象に俺が“明晰夢”を使えば、共通の夢を見せて疑似会話みたいなことが出来ると分かったんだ。ちょっと奏の隣で眠ってもらって、一緒に話をして欲しい。翼の言葉なら、きっと奏はすんなり受け入れてくれる」

 

「なるほど…そういうことか」

 

今回の大失敗もあり、キャロルの言葉で奏が廃人となる可能性を恐れ、万全を期すためにナナシは翼に助力を求めたのだろう。自分の片翼の危機に、不安そうな表情で素直に助けを求めるナナシに対して翼は…

 

「だが断る」

 

…ナナシに拒絶の言葉を返した。

 

「な、何で…?」

 

まさか拒絶されるとは思わず、驚きを通り越して呆然とするナナシに、翼は険しい表情で答えた。

 

「…以前、私が入院した時と同じだ。まずはお前だけで行って来い」

 

「それとこれとは状況が違うだろ!?」

 

「何が違う?あの時と同じように、奏とどうやって話をすれば良いか分からないだけであろう?」

 

「ちが…わないけど!確かにそうなんだけど!!分かっているのか!?もし失敗したら、奏が…」

 

「私の相棒を、貴様の逃避の理由に使うな!!」

 

「っ!!?」

 

「失敗を恐れて、正論を盾にしながら他人の『せい』にして逃げようとする…随分と、貴様らしくないではないか?失敗を恐れていても、根拠の無い“妄想”を武器に自分と他人の『ため』に挑むのが、貴様が私達に見せ続けていた“紛い物”の在り方だ!!そんな貴様を背に庇った状態で、私が奏に貴様は無事だったなどと言ったところで、そんな空虚な言葉は奏に届くはずも無かろう!!?」

 

「……」

 

翼の言葉に、ナナシは何も言えなくなってしまった。確かにこれでは、奏に自分は無事だったなどと伝えられない。今の自分は、ラピスの弾丸によって殺された亡霊でしかないとナナシは気が付いた。

 

「だから、私の時と同じだと言ったんだ。お前はお前のままで、奏に想いを伝えてやれば良い。そうすればきっと、お前の想いは奏に届く…あの時、お前の想いを受け取った私は、そう信じている」

 

「…分かった…逃げて悪かった、翼。奏と一緒に、今度こそ俺もお前らの前に帰ってくる。…信じてくれて、ありがとう」

 

翼の想いを受け取り、ナナシは瞳に力を宿して奏へと向き直った。そして今度こそ、奏に“明晰夢”を行使しようとして…

 

「あ~…ナナシ、最後に一つだけ言わせてくれ」

 

…その背に、先程までハッキリとナナシに想いを伝えていた翼が、躊躇いがちに声を掛けた。

 

「どうした?」

 

「…私は奏の相棒として今回、お前にありとあらゆる手段を許容する。だから、どんな手を使ってでも奏を目覚めさせてくれ。これが今回の罪に対する罰だ」

 

「ん?…ああ、分かった。任せてくれ!!」

 

元々どんな手段を使ってでも奏を目覚めさせるつもりだったため、翼の言葉に一瞬疑問を感じたが、その念押しを翼なりの激励と受け取ったナナシはしっかりと返事をした後、奏に意識を集中しながら“明晰夢”を使用した。

 

その様子を確認したマリアが、ナナシと奏を見守る翼にそっと近づくと…その耳元で、翼だけに聞こえるようにそっと問いかけた。

 

 

 

「ねえ、翼?最後に言った罰というのは、ナナシに対して?それとも…自分に対して?」

 

「…さて、どちらであろうな?」

 

 

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