戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
奏が無事に目覚めた後、装者達は追加でメディカルチャックを受けたり休息を取る中で、本部では弦十郎達が今回の作戦で得た情報を纏めていた。
「パヴァリア光明結社の目的は、月遺跡の掌握…」
「そのために必要とされる、通称『神の力』を生命エネルギーにより練成しようとしていると…」
「仮にそうだとしても、響君の一撃で分解するような規模ではいくまい。恐らくは…もっと巨大で強大な…」
「その規模の生命エネルギー…いったいどこからどうやって…?」
ナナシが聞き出した情報から判明したパヴァリア光明結社の目的…弦十郎達はそこから結社が取るであろう手段について考えを巡らせていた。すると、友里が何かに思い当たり大きな声でその考えを弦十郎に伝えた。
「まさかレイラインでは!?」
「何!?」
「キャロルが世界の分解・解析に利用しようとしたレイライン。巡る地脈から、星の命をエネルギーとして取り出すことが出来れば…!」
「パヴァリア光明結社は、チフォージュ・シャトーの建造に関わっていた。関連性は大いにありそうですよ!」
確かにそれなら、莫大なエネルギーを抽出することが出来そうだ。結社がキャロルに協力していたのはラピス・フィロソフィカスを錬成するためと考えられていたが、どうやらそちらは副次的な目的であったらしい。
「取り急ぎ、神社本庁を通じて各地のレイライン観測所の協力を仰ぎます」
「うむ…後は、装者達の問題だな。LiNKERは問題なく作用したらしいが…」
「ナナシちゃんにラピスの浄化は効果を発揮しなかった。それは間違いなく幸運なことではあったけれど…」
「彼が耐性を得られない以上、“血晶”によるラピスの対策は断念せざるを得ません」
現状では、ラピスに対抗出来る戦力はナナシとキャロルの二人だけだ。戦力的にはパヴァリアの幹部三人を相手取ることは可能だが、今回の戦闘でキャロルはこれまでナナシから受け取った想い出のエネルギーをほとんど消費している。ナナシはそれを補填すると提案したのだが…
「オレはもう奴らに対して加減するつもりは毛頭無いのでな。契約を無効にする以上、貴様から追加で想い出を受け取る道理はない」
…キャロルはそう表明しており、ナナシも自分が原因であるためにそれ以上交渉することが出来ず、現状アダムの錬金術対策以外でキャロルに協力を仰ぐことは出来そうになかった。そうなるとこのままではナナシが単身であの三人を相手取ることになるのだが、それはS.O.N.G.の総意で却下された。当然その決定にナナシの反論が許されることは無い。
「賢者の石による抜剣封殺…その対策を、急いで講じなければ…」
「エルフナイン君は?」
「無理は禁物と言っているのですが…ラボに籠りっきりで…」
「私とキャロルちゃんがアダム対策で手一杯だから、これ以上ナナシちゃんに無茶させないためにも自分が頑張るんだって聞かないんだもの…」
了子が苦笑しながらエルフナインの事をそう説明して…不意に、真剣な表情で呟くように言葉を零した。
「何故、ラピスの浄化はナナシちゃんに何の影響も与えなかったのかしらね?」
「そもそも、彼の力の根源が呪いと言う仮説も確証があった訳では無いのです。寧ろこれでその説が間違いであったと証明されたのではありませんか?」
「そう考えるのが自然よね?でも…」
了子は自分が感じている違和感を説明出来ずにモヤモヤしているようだったが、研究者として曖昧な憶測を語る訳にはいかず結局それ以上言葉を続けることは無かった。
『~♪…~♪…』
そのタイミングで、本部のスピーカーから流行りの音楽がBGMのように流れ始めたのを聴き、難しい顔で会話をしていた大人達は何故か思わず体の力が抜けたように苦笑してしまった。
「まあ、ナナシちゃんのことがよく分からないのは今更よね?そっちはこれからも焦らずゆっくり調べていきましょう。ナナシちゃんもしばらく無茶は出来ないでしょうからね?」
「そうだな…」
了子の言葉に弦十郎も頷いて、スピーカーから聴こえる非常に歌唱力の高い…しかし何とも言えない空虚さを感じさせる歌を微妙な表情で聴き入った。
S.O.N.G.本部にある研究室の一室…そこには部屋の至る所に模様を書き記した紙が散乱しており、その中でキャロルが錬金術で空中に様々な幾何学模様のようなものを浮かび上がらせ、難しい顔で時折模様を指でなぞって形を変えながら何らかの作業に没頭していた。
キャロルが空中の模様と手に持った紙に描かれた模様を見比べていると…突然研究室の扉が開き、無表情のナナシが無言で室内に入ってきた。キャロルはナナシに気付いていないのか、あるいは意図して無視しているのか、ナナシに一瞥もくれることなく作業を続けている。
ナナシは無言のまま部屋中に散らばる紙を集めて“収納”した後、キャロルが使用しているのとは別の机の上に束として纏めて置き、そのままその机に突っ伏すように倒れ込んだ。
「鬱だ…死のう…」
「ほう?それほどストレスを感じているなら肉体に何らかの影響が出ている可能性があるな?斬首にすれば効率良くサンプルを確保出来るのではないか?」
ナナシの覇気が無い呟きに、キャロルは淡々と答えながら作業を続けた。そんなキャロルのおざなりな対応に文句を言うでもなく、ナナシは突っ伏したまま弱音を吐き出した。
「こういう懲罰ってさ…普通やらせる側は罪人を罰しながら何らかの益を求めるものじゃないのか?俺にS.O.N.G.のBGM担当させるって誰得なの?絶対全体の作業効率落ちてるだろ…」
「貴様の場合、益が発生したら好都合としか思わんだろう?ならばこの上無く貴様にとって効果的な罰ではないか?」
…今回の作戦で、S.O.N.G.全体を混乱させたナナシを罰するために考案された方法が『一定期間S.O.N.G.のBGMをナナシが歌うこと』だった。ナナシが自分で歌うことを嫌っているのは周知の事実である。その上ナナシの歌声はある意味唯一無二と言える代物であるため偽装は不可能だ。そして何より、もし次にふざけた真似をすれば下されることになる罰が簡単に想像出来る。
「うぅ…こんなの一生とか言われたら死ぬ…奏みたいに目が覚めなくなる…って、それももう不可能じゃん!!?」
「…進捗確認のついでに弱音を吐くのは勝手だが、オレの集中を乱したくないならせめて因果が分かるようにしろ。何がどう不可能なのだ?貴様の不死性は肉体のみでなく精神にも作用するのか?」
「い、いや!何でもない!!邪魔して悪かったな!!あんまり無理するなよ!それじゃ!!」
キャロルの追究に慌ててナナシが身を起こすと、いそいそとキャロルの研究室から出て行こうとして…
「ナナシ…貴様、わざとラピスの弾丸を頭部に受けたな?」
…不意に投げかけられたその問いに、ナナシはピタリと歩みを止めてキャロルへと振り返った。
「えっと…?一体何の話だ?」
「今回、貴様は狙って自身の死を偽装したなと言っている」
「何を根拠に…言っただろ?今回の結果は俺にも想定外だったって?」
「ああ、想定外だったであろうな?…オレが歌女共を唆してあの三人を葬ろうとするなどとはな?」
そう言って、キャロルは一度作業の手を止めてナナシへと向き直る。ナナシはジッとキャロルの瞳を見つめて無言で話の続きを促した。
「貴様が想い出を対価にオレに掲示した条件は、『パヴァリア光明結社最高幹部三名を殺さない事』…故にオレは形だけでもその条件を守るためにあの歌女共を唆した。だが…貴様は真逆の思惑であの条件を付けたのではないか?」
「真逆の思惑…?」
「オレにあの三人を殺さない条件を飲ませることで…万が一、自分の死を目の当たりにした歌女共があの三人を手にかけようとした際、オレにそれを止めさせようと考えたのではないか?だから貴様は意図的に…条件に主語を付けなかった」
キャロルはナナシの曖昧な条件を利用して装者達を動かしたが…冷静になった今、あの条件は『キャロルがサンジェルマン達を殺さない事』なのではなく『全員がサンジェルマン達を殺さない事』と捉えさせることで、ナナシは自分にサンジェルマン達を守らせようとしたのではないかと思い当たっていた。
「えっと…それで何故俺が『わざと』頭部に弾丸を受けたことになるんだ?もし俺の言葉が意図して曖昧だったとしても、俺なら失敗した時の保険でそんな言い方したかもしれないじゃないか?」
「当然その可能性も考えた。だがな、他にも不可解な点があった。何故、サンジェルマンが貴様に追い詰められた時、碌に効果を発揮していなかったラピスの力をあそこまで収束して放ったのか…貴様、あの攻撃を誘発するために“念話”をあの女にも繋げていたな?」
「ああ、そうだな。だけど言っただろ?『流れはこっちで誘導する』って。元々ある程度ラピスの力を籠めた攻撃を使わせる予定だったんだから、別に不可解なことなんて…」
「では何故、貴様はわざわざ心臓が急所でないことを事前にあの女に見せつけた?」
「っ!!?」
キャロルの言葉に、ナナシが目を見開いて驚く。その様子を見逃すことなく、キャロルが畳みかけるように自分の考えを伝えていった。
「碌に貴様の情報を知らないあの女を欺くなら、貴様にとって現状唯一の急所だと発覚している頭部ではなく、心臓を貫かせるだけでも充分であったはずだ。あの心臓を自ら抜き出すパフォーマンスさえなければ、だがな?」
「……」
「何故これまで自身の情報を秘匿していた貴様が過剰な情報を誇示してまであの女に頭部を攻撃させたのか…それは貴様がパヴァリアの幹部共だけでなく、我々のことも都合良く欺くために奴らを利用したからだ」
「ちょっと待て!?俺が自分の命を懸けてまで、何でお前らに死んだフリをする必要がある!!?意味が分からないぞ!!?」
「意味ならあったであろう?これで歌女共や貴様の周囲の人間は、同じような事態が発生しても今回ほど取り乱すことは無い」
「っ!!?!?」
キャロルの指摘に、ナナシが再び目を見開き口を閉ざしてしまった。
「貴様は度々、自身の内に秘めた力を感覚的に捉えて行動することがあった。神獣鏡の攻撃に違和感を感じ取っていち早く行動をしていた記録も確認している。恐らく貴様は、ラピスの通常攻撃を生身で受けた時から…あるいは、初めてラピスの浄化の光を受けた時には既にラピスの力は自身に作用しない事に気付いていたのではないか?」
「……」
キャロルの問いに対して、ナナシは無言を貫き…否定することは無かった。
「やはりな…だからこそ貴様は、その状況を利用して自らの死を偽装することを思いついた…いつか、貴様が本当にその状況を迎えた時に、残された者達が最悪の道を選ばないようにな?」
「…つまりお前は、俺が何となく大丈夫そうって感覚だけで自分が死んだ時の予行演習をしたと?本気で俺がそんなことのために最悪本当に死ぬリスクを飲み込んだって言いたいのか?」
「ああ、そうだ。何故なら貴様は…貴様自身の命に、何の執着も持っていないようだからな?」
『ゴフッ…残機無限のスーパーイージーモードで生きている俺の命が、ノーデス縛りで必死に生きている奴らの命と等価なはずがないだろ?』
キャロルの脳裏に過るのは、カリオストロ達を足止めしている際にナナシがサンジェルマンに放った言葉だった。元々、自分が新たな研究対象と定めたナナシという“紛い物”の行動にはそういった側面が垣間見えていたが、あのセリフでキャロルはその考えが正しいと確信していた。
「……」
そしてナナシはここまでのキャロルの言葉を肯定はしていないが、明確に否定もすることなく黙り込んでいる。これまでのナナシという“紛い物”の在り方を考えると、それが意味することは…
「…別に貴様が自身の命をどのように扱おうと、オレの知ったことではない。貴様がその道を進むつもりなら、好きにしろ」
そう言ってキャロルはナナシに背を向けて作業を再開し始めた。ナナシはキャロルの背を見つめたまま何か言いたそうに口を開き、しかし言葉を見つけられずに声を出せないといった様子だった。すると…そんなナナシに、キャロルが背を向けたまま語り掛けてきた。
「だがオレは、そんな貴様の事をこれ以上調べようとは思えん。今進めているアダムの錬金術に対抗する術式が完成したら、オレはこのS.O.N.G.から姿を消す」
「えっ!!?」
キャロルの宣言に、ナナシが戸惑いの声を出してしまった。それでもキャロルは振り返ることなく、作業を続けながら淡々と言葉を紡いだ。
「いつオレの目の前から消えるかも分からない研究対象に固執する気はない。自身の命を塵芥のように扱う貴様の成り立ちをわざわざ解き明かそうとする事も馬鹿馬鹿しく思えてな?故にこの場所に留まる理由は無くなった。既に消費してしまった想い出の対価として、この錬金術の構築を終えたらエルフナインとオートスコアラー達を連れてここを去る」
そこまで言ったキャロルは一度手を止めて顔を俯かせると、呟くように小さな声で言葉を零した。
「数百年迷い続けて、オレはこれからようやくパパの想いに寄り添う道を歩み始めるのだ…貴様の身勝手な想いなど、背負わされてなるものか」
…キャロルにとって、死して尚歩み寄りたいと思うのは大好きな父親の想いだけだ。それ以外の…残された想いに寄り添う事など、出来るはずもない。
そんなキャロルの小さな…しかし、様々な想いが籠められた呟きを聞いたナナシは…意を決した様子で、キャロルへと話しかけ始めた。
「キャロル…」
「交渉なら応じるつもりはない。この術式の構築を最後に、貴様とは今後一切関わるつもりは…」
「ありがとう」
「っ!?」
唐突に紡がれた、感謝の言葉…その言葉に不意を突かれたキャロルは、思わず言葉を詰まらせてしまった。
「唐突に何を…?一体、何に対しての感謝だ?」
「お前なりに精一杯、俺に歩み寄ろうとしてくれた事に対してだな」
「っ!!?」
ナナシの答えに、今度はキャロルが目を見開いて思わずナナシの方を振り返る。ナナシは頬を掻いたり、手で口元を押さえたりと落ち着きの無い様子で躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「えーっとだな…ぶっちゃけた事を言わせてもらうと、お前が今語った“妄想”は…ほとんど的外れだ。辛うじて当たっているのは、何となくラピスの浄化は俺に効果無いなって思っていた部分だけかな?」
「なっ!!?」
ここにきてナナシがキャロルの考えを明確に否定したため、キャロルは驚愕で固まってしまった。
「ば、馬鹿な…だったら何故!?何故もっと早くオレの言葉を強く否定しなかった!!?まさかこの期に及んで、オレの事を謀ろうとしているのではあるまいな!!?」
「ああ、うん…やっぱりそう疑うよな?正直、俺自身納得しそうになるくらい筋が通っているように思えたから、無意識にそう動いたんじゃないかって自問自答していたら否定するタイミングが…」
「っ!!?!?」
ナナシの言葉に、キャロルが顔を赤く染めて俯き手で頭を押さえる。ナナシの言葉が真実なら、自分は荒唐無稽な“妄想”で暴走するところだった滑稽な道化でしかないと思ったからだ。
「いやまあ、勘違いしても仕方がないとは思うけどな?俺、違う意味にも取れる曖昧な話し方をするのが癖になってるから…もしお前の“妄想”通りに俺が動くとしたら、俺はお前相手なら曖昧な言葉で俺の心境なんて考察させずにハッキリ依頼して仲間に引き込んだだろうな。ちょっと全員にドッキリ仕掛けるから協力してくれって」
「チッ…貴様の能天気さを過大解釈し過ぎたか…よくよく考えれば、元敵対者のオレに貴様があの歌女共の命運を預けるなどあり得ないか…」
「ああ、そうやって意図的に俺達との間に隔たりを作るお前に、俺の想いを託すのはまだまだ無理だと思っていた…どうやら、俺の勘違いみたいだったけどな?」
「っ!!?」
何気なく紡がれたナナシの言葉に、キャロルが顔を上げてナナシに視線を向けた。ナナシはそんなキャロルに、優しく微笑みかけていた。
「お前は別に自分の過去の行いを悔いてはいないよな?最終的に辿り着いた父親の想いとかけ離れていた事には思う所もあっただろうけど、目的のために必要な手段なら躊躇も後悔もしないのがキャロル・マールス・ディーンハイムという錬金術師の在り方だと俺は認識している」
「……」
「それでも、そんな自分のままで本当に父親の想いに寄り添えるのかと悩んだお前は、元敵対者としての意識を持ち続けることを一つのケジメにしているんだと思っていた。だからお前は、わざわざ俺との取引という形に拘っていたんじゃないかと…お前の錬金術師としての力量を考えれば、もっと自由に振舞うことは出来たはずだからな?」
ナナシの語るキャロルの心境…それは決してキャロルがそう意図していた訳では無い。しかしキャロルは強く否定する気にはならず、過去の自分を顧みて納得出来る気持ちもあった。
「それがお前の出した答えなら、それでも良いかと思っていた。色々自分で考えながら試して、突飛な方向に迷うようならエルフナインやガリィ達と一緒に精々茶化してやろうと思っていたんだが…プッ、フフフ、クッソ余計なお世話だったな?まさかお前が、不器用なりに汚れ役を買って出てまで響達のことを気遣おうとして、俺の力だけでなく想いまで理解しようとしていたなんて…フフフフッ…ああもう、顔がニヤけるのが我慢出来ないくらい…スッゲー嬉しい!!」
「なっ!?何を!!?オレは、そのような、こと…」
咄嗟に否定しようとするキャロルだったが、心から嬉しそうに笑うナナシを見て口を閉ざしてしまった。
ナナシの言う通り、今回の自分の行動は以前までの自分では考えられないものだ。自分でも気付かない内に、数百年変えることが出来なかった自身の在り方が変わりつつある。恐らくは、愛する父の望んでいた方向に…そう思ってしまったキャロルは、それ以上否定することを躊躇ってしまった。
「やっぱり俺の“妄想”なんて、何の当てにもならないな?たった一、二ヶ月でここまで変われるなんて、お前は本当に凄いよ、キャロル…だから、その…そんなお前の言葉を、本心だったとしても俺の言葉で否定出来る自信が無くて、だな…」
先程まで嬉しそうに笑っていたナナシは、そう言うと一転して困ったような表情で話し始めた。
「俺が自分の命を他人より軽く扱っているのは否定出来ないけど、塵芥ってほど投げ捨てているつもりは無くて…あのパフォーマンスとか、頭狙わせたのはあの屍女相手に引きたくなくて挑発が熱くなり過ぎて…嘘っぽく聞こえると思うけど、今回の結果は何の裏表もなく、俺の想定外だっただけで…いや、どちらにせよ、俺の行動が軽率だったのが悪いんだが…皆にも、お前にも、本当に申し訳なく思ってる…これからも、ちゃんと生きて戻ってくる…だから……その………」
とても不安そうに、言葉を詰まらせながら、震える声でナナシは懸命に言葉を紡ぎ、最後には本当に消え入りそうな小さな声で…
「ここに、居てください…よろしく、お願いします…」
…キャロルと共に在ることを願った。
(ああ…そうか…)
そんなナナシの、まるで置き去りにされそうな子供のような在り様を見て、キャロルは自分がしていた最も大きな勘違いに気付いた。
キャロルは以前ナナシの事を最終的には碌に人と変わらないと評価していたが…まだ心の何処かに自身が数百年に渡って積み上げた計画を知略で阻止した超常の存在である認識が残っていた。後にそれらが理由を後付けされた“妄想”の産物であることを説明されても、余りに出来過ぎた状況だったために全てを信じることが出来なかった。
故にキャロルは、今回のナナシの失敗には意味があると仮説を立てた。得られる利益を、秘匿する理由を、調べて、探して、キャロルの納得出来る答えを見出して…自分が碌でもない思惑に利用されたことに、どうしようもなく怒りを感じた。
しかし、ナナシの言葉によって自身の感じていた怒りが全くの見当違いと理解したことで…
『勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に怒りを覚えた…要するに、どうしようもなく理不尽な八つ当たりだよ!』
…そんな自分が、かつてのナナシと重なって思えた。
だからこそ、キャロルはようやく心から納得することが出来た。ナナシの行いは、超常の存在による事象の操作などではなく…自分と同じように、人や世界に歩み寄ろうと試みるための足搔きであることを。
当然、ナナシの言葉が偽りである可能性もまだある。だが、涙を流せないはずなのに今にも泣きそうなナナシの表情と声からは…
(もしこれが演技なのだとしたら、もはや天晴だ。到底見破ることなど出来ん。その場合は素直に敗北を受け入れて…今回は、こいつの言葉に騙されてやるとしよう)
…そう思えるだけの想いがキャロルに伝わっていた。
とは言え、だ…このままナナシを許して終わらせてしまうのは少々もったいないとキャロルは感じていた。ナナシの失敗によって翻弄されたのは事実であるし、ここまでナナシに対して圧倒的優位な立場になれるチャンスなど早々無いだろう。普段の仕返しとして何か手頃な案は無いかとキャロルが思考を巡らせて…ある名案を思い付いた。
「…貴様がオレの提案を受け入れるのなら、考えてやらん事もない」
「ほ、本当か!?」
キャロルの言葉に、ナナシが希望を感じて明るい笑みを浮かべる。そんなナナシに、キャロルはニヤリと笑いながらその提案とやらを口にした。
「オレの提案は…貴様が以前オレに持ち掛けた、貴様の過去を対価にオレの未来を要求した取引を破棄することだ」
「なっ!!?」
キャロルの言葉に、ナナシは再び絶望に叩き落されたような表情をしてしまった。取引の破棄…それが意味するのは、キャロルはS.O.N.G.に残ったとしてもナナシとは基本的に関わるつもりは無いと言うことだ。
(でも…まあ…妥当なところ、だよなぁ…)
既に自分への興味を失ってしまったキャロルがS.O.N.G.に残ってくれるだけでも御の字、関わりが皆無でなければいつか再び交流を持ってくれる可能性も出てくる…そう頭の中で言い訳して、これも自分の行動が招いた罰だとキャロルの提案を受け入れようとして…
「そして、代わりにオレが提案する新たな取引を貴様が受け入れることだ」
「へ…?」
…ノータイムでキャロルが新たな交流を持ち掛けてきたため、ナナシは間の抜けた声を出してしまった。そんなナナシを見て、キャロルは悪戯が成功した子供のように楽しそうな笑みを浮かべていた。
「オレは提案が一つだなどと言った覚えはないぞ?」
「あ、ああ…確かにそうだけど…そ、それで?その取引ってのは?」
「そうだな、分かりやすく一言で表すなら…ローン契約か?」
「は…?」
ローン契約…普通なら金銭の借り入れと一定期間での返済といった意味だと思われるが、ナナシとキャロルの間でわざわざ金銭のやり取りなどしないだろう。であれば、二人の間でやり取りするモノと言えば…
「まず、貴様が保持する数千年分の空虚な想い出…その全ての権利を貴様はオレに差し出せ」
やはり、キャロルが要求するのはナナシの想い出だった。それもたった一日ですら莫大なエネルギーとなるナナシの想い出を数千年分全てとは大きく出たものだ。
「とは言え、貴様の想い出を全て受け入れる器はオレもガリィ達も持ち合わせてはいない。当面はそのまま所持していろ。貴様はオレが望む量の想い出を都度差し出せば良い」
「お、おう…?」
「もちろん、タダで寄越せと言っている訳では無い。これまでのように貴様も想い出の対価としてオレに要求を言えばいい。貴様の過去の想い出全てを要求しているのだ。余程の事でなければ引き受けてやる。まあ、気に食わなければ普通に切り捨てるがな?」
「は、はぁ…?」
「ただ、これまでのようにいちいち適正な対価を取り決めるのは面倒だ。勘定は貴様に一任する。オレは適当に必要な量をお前に要求するから、貴様がその都度等価の要求をするか、貸しとして貯めておくかは好きにしろ。先んじて貴様がオレに要望を出したければそれも勝手にしろ。利子や管理費として多少貴様の有利に勘定するくらいは認めてやる」
「う、うむ…?」
矢継ぎ早に語られるキャロルの取引に、ナナシは困惑しながら返事をしつつ脳内でその内容を纏め、精査して…
「えっと、つまり…現状維持ってことか…?」
…これまでとほとんど変化が無いと判断した。それどころか、よりナナシにとって有利な条件になったのではないかとさえ思える。一体どういうつもりでキャロルはこんな条件をわざわざ新たに設けたのか、ナナシは全然理解出来なかった。
「馬鹿を言うな!以前とは異なりようやく対等な取引となった!!そもそも、貴様が掲示した条件はオレにとって圧倒的に不利だったのだ!!」
「えっ!?何処が!!?」
本気で意味が分からないナナシが思わず聞き返すと、キャロルはやれやれといった風に説明し始めた。
「貴様は数千年分の想い出を対価にオレと共に在る未来を要求した。数字の大きさに危うくオレも騙されるところであったが…オレと貴様に寿命という枷は存在しないのだ。これから先、双方共に何千、何万という時を在り続ける可能性を有しているのに、貴様にとって無価値な数千年だけでその全てを捧げなければならないなど、暴利にもほどがある!!」
「へ?あ、あれ…?そうなる、のか…?」
…確かに理屈としてはあり得るかもしれないが、あくまでも口約束程度の契約にそんな途方もない時間を共有させる程の強制力が果たしてあるものなのかとか、ナナシの想い出が保有するエネルギー量を加味するなら余裕で万の時を超えるだけの価値があるはずだとか、キャロルにしては荒の目立つ理屈であったが、何やら名状しがたい大きな想いの籠った強い口調で紡がれるキャロルの言葉にナナシは気圧されて…
「それで!?どうなのだ!!?受けるのか!?受けないのか!!?」
「わ、分かった、受けるよ…」
…キャロルに言われるがまま、ナナシはその提案を受け入れた。それを聞いたキャロルはナナシへと近づくと、その胸倉を掴んでナナシの顔を睨みつけながら言った。
「であれば、努々忘れるな?これで貴様の一部はオレの所有物となった。今回のように迂闊な真似をしてオレの財が失われるなど、絶対に許さんからな!!」
…キャロル達は奏から夢の中で行われた会話を聞いている。一部頑なに語ろうとしない事はあったが、ナナシが奏を目覚めさせた大まかな手法は理解していた。
故にキャロルはその手法を利用して…現状を維持したままで、自分に都合良く事を運ぶこの方法を思いついた。
「…お前、本当に変わったな?俺とエルフナインに泣きギレしていた時からは考えられないくらいに」
「フン、当然だ!ただでさえ長い間迷走していたのだ。これ以上足踏みなどしていられるか。すぐに貴様の正体を暴き、天羽奏とナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤの治療を済ませて、対価を払い終えて身軽な状態に返り咲いてやる。精々酷使してやるから、死ぬのならオレに想い出を吸い尽くされた後で勝手にするがいい」
「プッ、フフフ…ああ、分かったよ。それなら俺は想い出が尽きた後でもお前に興味を無くされないよう、あの手この手で自分に付加価値を付けてみせるさ!」
ナナシの軽口に不敵な笑みで答えてみせたキャロルに、ナナシも胸倉を掴まれたまま楽しそうに笑いかけた。
概ね上手く事を進めたキャロルは満足そうにナナシの胸倉から手を離そうとして…ふと魔が差して、もう一つナナシに対して意趣返しをしようと画策した。
「さて、それでは早速今回消費した想い出を補充させてもらうとしよう」
「おう、早速か?それじゃあ指切って準備するから、一旦手を離して…」
そう言いつつキャロルから距離を取ろうとするナナシだったが、何故かキャロルが手の力を緩めず、寧ろ更に力を籠めてナナシを引き止めたためナナシは困惑した顔でキャロルを見た。
そんなナナシを、キャロルは悪い笑顔で見つめて…
ナナシの顔を、自分の顔に近づけるように…
ナナシを掴む手を、自分の方へ引き寄せ…
「あ!?マズいんだゾ!!」
「ちょっ!?ちゃんと支えなさいよ!!?」
「むう、地味に窮地!」
「あらあら、ちょっと無理そうね?」
ドガシャアアアン!!!
…ようとしたところで、部屋の入り口から大きな音がして二人が視線を向けると、そこには折り重なるように倒れたミカ、ガリィ、レイア、ファラの姿があった。
「もう!何やってんのよ!?折角良い所だったのに!!」
「ゴメンだゾ、ガリィ…ム~!前なら片足のつま先立ちでだってガリィ達を支えるぐらいへっちゃらだったんだゾ~!!」
「コラコラ、あんまりミカを責めたら可哀そうよ?私達が身を乗り出し過ぎたのが原因でしょう?」
「マスター達に意識を向けすぎて、地味に自分達の状況把握が疎かになってしまった」
「なっ…なっ…き、貴様ら!!?いつからそこに!!?!?」
キャロルが顔を真っ赤に染めてナナシから手を離しミカ達へ詰め寄る。すると地面に倒れたまま笑顔のガリィが悪びれた様子もなくキャロルの質問に答えた。
「いや~、エルフナイン様が重要な発見をしたとかで、作業に集中しているマスターの邪魔にならないタイミングで声を掛けるように命令されたので様子を見に来たんですけど、何やらサブマスターとお取込み中だったのでタイミングを見計らっていたのですよ!あくまでエルフナイン様の命令を忠実に守るために!!因みに、マスターがサブマスターに疑惑を確認し始めた辺りから聞いていました!!」
「ほとんど最初からではないか!!?」
「俺も気付かなかった…」
「それだけお互いの事しか目に無かったんですねぇ!!いや~お二人の仲が深まったようで従者として喜ばしい限りですわぁ♪アハハハハハ!」
「マスターとサブマスター、とっても嬉しそうだったゾ!!」
「派手に仲睦まじいご様子でした!!」
「たわけた事をほざくな貴様ら!!?」
「え!?あれ!!?俺もてっきり、キャロルが歩み寄ってくれたと思っていたんだが、違うのか…?」
「何で貴様はそう局地的に物事が盲目レベルで見えなくなるのだぁああああ!!!!」
一瞬で余裕を失ったキャロルが暴走気味に怒鳴り散らすのをクスクスとガリィ達が笑いながら見ていると、不意にファラが更に追い打ちを掛けるような言葉を口にした。
「ウフフ、ですがマスター?サブマスターとの仲が親密になったのは確かではありませんか?いつの間にやらサブマスターはマスターの事をきちんと名前で呼ぶようになっていますよ?きっとサブマスターはマスターの事を一人のレディとして見ているに違いありませんわ!」
「そ、それは違う!おいナナシ!!貴様、いつまであのペテン師の言葉を真に受けているつもりだ!!?」
流石に自分からクソガキ呼びしろとは言えないキャロルは、精一杯遠回しに以前の呼び方に戻せとナナシに訴えた。だが…
「えぇ~、今更お前を
「ぐうっ!!?」
…ナナシ自身に拒否されてしまい、どうしようも無くなってしまった。
(ん~でも、やっぱり雑と言うか、気安い感じの呼び方が案外気に入ってる感じはするんだよなぁ。響のちゃん付けとか。新しい渾名でも考えるか?…あ、そうだ!)
何かを思いついたナナシが、ガリィ達に揶揄されてうろたえるキャロルの傍に近づくと、片膝をついてそっとキャロルの手を取って…
「それでは、このようにお呼びするのは如何でしょうか?キャロルお嬢様?」
…令嬢に接する紳士のような接し方をし始めた。唐突の事態にガリィ達はピタリと言葉を止めて、キャロルはピシリと微動だにしなくなる。
「……」
「このような接し方を羨んでいるという意見があったので実施してみましたが、どうでしょうか?お嬢様?」
「………」
「こうやって特別な呼び方をすれば、相対的に今の名前呼びが気安く感じられるようになると思うのですが?」
「…………」
「…キャロルお嬢様?」
パチィィィィィン!!!
「おぐっ!!?」
…ナナシの試みに対する返答は、処理能力の限界を迎えたキャロルの平手打ちだった。
ようやく本編が進むと見せかけて後半ほとんどオリジナルエピソードw
次回からは多少本編を進められると思います。
相変わらず説明が長い。あとオチの着け方が難しい。努力します…
ここで少し情報提供します。
主人公に神獣鏡が有効なのは、神獣鏡の浄化の力で間違いありません。
”障壁”がラピスの浄化を防げないのは、主人公にラピスの浄化が効いてないからです。
この辺の伏線、回収するのは相当後…ぶっちゃけるとこの章では回収しないので忘れられるかもw
ちなみにラピスの通常攻撃は防げるのにGX編でファラの要石への攻撃を防げなかったのは、あの攻撃が物質に影響を与えるほどに高出力で放ったソードブレイカーの呪いだったために”障壁”の判定をすり抜けたから…ってことにしといてくださいw書いてる途中で気づいて修正が思いつかなかったポカですw