戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
深夜、とある神社の前にパヴァリアの錬金術師達の姿があった。
そこではティキが空中に星空を投影させ、サンジェルマンが背中の肌を大きく露出するように衣服を着崩して地面に膝をついている。
「七つの惑星と七つの音階…星空は、まるで音楽を奏でる譜面のようね!」
「始めようか、開闢の儀式を…」
そう言ってアダムはサンジェルマンへと近づき、彼女の露出させた背中に手を翳す。するとアダムの手が淡く輝くのと同時にサンジェルマンの顔が苦しむように歪み、その傷一つ無い真っ白な肌に円形の文様が深い傷として刻まれて赤い血が流れ出た。歯を食いしばり顔から大量の汗を流すサンジェルマンを、カリオストロが心配そうに見つめていた。
サンジェルマンの背に文様が浮かんだことを確認したアダムは、サンジェルマンの顔を覗き込んで薄っすらと笑みを浮かべながら言葉をかけた。
「そろそろ選ばなくてはね?捧げる命はどちらなのかを…」
「ッ!!?」
目を見開き硬直するサンジェルマンを放置して、アダムは帽子を被り直しながらサンジェルマンから距離を取った。
「さぁてシンフォギアとイレギュラーだよ、気になるのは」
「あーしが出るわ。儀式で動けない人と負傷者には、任せられないじゃない?」
「あるのかなぁ?何か考えでも」
自ら名乗り出たカリオストロに、アダムは隠しもせずに不審な目を向ける。しかしカリオストロはアダムの視線に動じることなく笑みさえ浮かべてみせた。
「相手はお肌に悪いくらいの強敵…もう嘘はつきたくなかったけど、搦手で行かせてもらうわ!」
翌日、とある駅のカフェに集まる者達がいた。
一人は何処か不機嫌そうな仏頂面で頬杖をつく少女…雪音クリス。
一人は少々気まずそうな表情で俯く女性…ソーニャ・ヴィレーナ。
そしてそんな二人の間に座り、無言の二人を苦笑しながら見つめる風鳴翼。
そして…
「ステファン、随分荷物が少なくないか?どうせ他人の金なんだからもっと湯水の如く浪費して持ち運べる限界までお土産を買いこむべきだろ?後で駅の土産物コーナーで大人買いしてこよう!」
「そんなことしないよ!?ナナシ…さん」
「さん付けとかいらないって。何なら俺の方がお前より年下だから、こちらが敬語で話すように致しましょうか?」
「年下!?絶対嘘でしょう!!?」
「いえいえ、記憶喪失みたいなもので精神的には五歳にもなっていないんですよ!ですから敬語を使うのも媚び諂うのもこちらの方です。ステファンお兄さん!」
「へっ?いや、えっと…うん、何だかややこしいからナナシって呼ぶことにする。だからナナシも普通に話して?」
「あはははは!そうそう気楽が一番!!形だけでも取り繕うと感情も多少は引っ張られるものだ!金と権力で脅すような奴に敬意を払う必要はないって!!」
…沈黙する女性三人を放置して、隣の席で会話を弾ませるナナシとステファン。
一体何故このような状況になっているかと言うと、時は弦十郎の特別訓練終了後まで遡る…
ナナシによる地獄の模擬戦で精神を削られ、目覚めてから弦十郎の特訓によって肉体的にも疲弊した装者達は、改修のためにギアを了子に預けるとそれぞれがすぐさま帰路についていた。並んだ順番でクリスが最後であり、一つ前の翼が了子にギアを手渡してフラフラ部屋を後にするのを視界の端に見ながらこれでようやく帰れるとクリスが安堵していると…
「ああ翼、ちょっとお願いがあるんだけ聞いてもらえないかな?」
…ずっと部屋の隅にあったモザイクの中からナナシが出てきて、何事も無かったかのように翼にそんな事を言っているのが聞こえてきた。
「…貴様…私が今貴様の要望に応えると本気で思っているのか?」
「いやー、難しいとは思うけどさ…お前が一番の適任者だったから駄目元って感じだな。俺と話したくもないって言うんなら残念だが奏や慎次に代わってもらうけど…無理かな?」
「……言うだけ言ってみろ」
それで譲歩するのはチョロすぎないか?とクリスと了子は思ったが、巻き込まれたくないから二人共ツッコミは控えた。頼りになる相棒やOTONAより優先して自分を頼ったことに不愛想を装いながら頬を緩ませているのを隠し切れていない翼に、ナナシはお願いの内容を伝えていった。
「実は少し前から海外のゲストをこの国に招いていたんだけど、帰国前に会談する予定だったのに諸事情で対応出来なくなったんだ。悪いんだけど、代わりに話をしてもらえないか?」
「海外のゲスト…お前が他人との約束を反故にするなど珍しいな?何かのっぴきならない事態でも発生して会談の場に向かえなくなったのか?」
「半分正解。のっぴきならない事態は発生したけど、会談の場には行ける。当日俺もその場には一緒に行くけど、ゲストの対応を全てお前に任せたい!」
「……は?」
ナナシ本人がその場にいるのに、ゲストの対応を全て翼に任せる…訳分からないお願いをされて先輩も大変だなとクリスは疲労であまり働かない頭でそう思いながらギアを提出するためヨロヨロと前に進んで…
「…そのような奇妙な状況で私は一体何処の誰と話をしろと言うのだ?」
「ゲストの出身はバルベルデ共和国」
「「「っ!!?」」」
その名を聞いた瞬間、翼とクリスの鈍っていた思考が一瞬で覚醒して了子も驚きを露わにした。クリスと了子の視線を背に受けつつ、ナナシは笑顔で目の前の翼に説明を続けた。
「ゲストの名前はソーニャとステファン…お前らがバルベルデで協力してもらったヴィレーナ姉弟だ!」
更に時を遡り、パヴァリア光明結社がバルベルデから撤退した後、翼達がバルベルデに残って情報を集めている期間にヴィレーナ姉弟を訪ねる人物がいた。
「失礼します。ソーニャ・ヴィレーナ様とステファン・ヴィレーナ様でお間違いないでしょうか?」
「え…?」
「…どちら様?」
突然見知らぬ男に名指しで声を掛けられステファンは戸惑い、そんなステファンを庇うようにソーニャが前に出て男を睨む。
「初めまして、私は国連直轄組織S.O.N.G.に所属するナナシと申します。あなた方に分かりやすく言うならば…雪音クリスの同僚です」
「ッ!?クリス、の…?」
「更に付け加えることがあるとしたら…コレの生産者ってことぐらいですかね?」
「あっ!?それって!!?」
男…ナナシが持つ“血晶”を見て、先日それに命を救われたステファンは大きく反応する。明確な物証を掲示されて、二人はナナシがクリスの関係者であることを信じた。
「この度は組織を代表してあなた方へ感謝と謝罪の言葉を伝えさせてもらうために参りました。あなた方の協力で多くの命が救われました。本当にありがとうございます。危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
「そんな、感謝なんて…戦ってたのはクリス達だし…それに、その石に俺は助けてもらったんだから、謝ってもらう必要なんて全然無いよ!こちらこそ助けてもらってありがとう!そんな凄い物を作れるなんてお兄さん凄いね!」
「私は何もしてません。頑張ったのはステファンです。そしてステファンの言う通り、助けてもらったのは寧ろ私達の方です。ありがとう、弟を守ってくれて」
「あははは!そう言っていただけるのは本当にありがたいです!…ただ、そう言葉に出来るのはあなた方が無事であったからこそです。ステファン様が亡くなっていたならば、逆にステファン様だけが生き延びていたならば、きっとあなた方は我々に笑みなど向けられなかったでしょう?」
「えっ…」
「それは…」
「ステファン様、あなたの行動は紛れもなく称賛されるべきことです。しかしそれは無事家族の元へ帰ったことまで含めてのこと…例えどれだけ多くの命を救う尊い行いだとしても、命を天秤に乗せることに慣れてはいけません。あなたのたった一つの命を何よりも大切に想う人がいることだけは、忘れないでください」
「えっと…はい」
「おっと失礼、何故かお説教になってしまいましたね?すぐに話を逸らす悪癖がありまして…命の価値についでどうこう言えるほど真っ当な『人間』では無いので、適当に聞き流してください。さて…実はS.O.N.G.としてだけではなく、私個人としてもあなた方にいくつかお話があるのですが、聞いていただけないでしょうか?」
「え?あ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます。まず最初に、あなた方の活動に対して支援をさせていただきたいと思っております。具体的には資金と物資の寄付、あとこちらは確約出来ませんが、派遣出来そうな人材に何人か心当たりがあります」
「…私達の活動を知っているの?」
「調べました。クリスの様子が変だったので気になって、可能な限り諸々を」
「…そう」
「差し当たってはこれくらいの金額を然るべき機関を通してお渡しするつもりです」
そう言ってナナシは金額を記入した小切手をソーニャに手渡す。ステファンも横から覗き込んで、その額に二人は目を見開いた。
「こんなに!?」
「すげえ!?」
「それはあくまで金銭として寄付する額です。あとはそれと同額程度の食料や衣服、医療品などの物資を用意いたします。もちろん、ご自身の伝手で物資を用意したいのならばそのままそこに記載された倍の金額を寄付させていただきます」
「やったな姉ちゃん!これだけあれば、色々と手が回らなかった問題を解決出来る!!」
「……」
喜びを露わにするステファンだったが、ソーニャは険しい顔でナナシの事を睨みつけていた。
「姉ちゃん…?何でそんな怖い顔してるの?」
「いやあの、ステファン様?冷静に考えてみてください。今あなた方は『知人の知り合いを名乗る人物から、突然超高額の支援の話を持ち掛けられている』状況です。普通に滅茶苦茶怪しいですからね?ソーニャ様の反応が真っ当です」
「…自覚があるのね?」
「それは当然。実際先程言った『いくつか』の話には、あなた方への『お願い』がありますから」
「…妙な仕事を引き受けるつもりは無いわ」
「そこはご自由に。最初から強制するつもりはありませんし、協力しなければ寄付の話は無しと言うつもりもありません。既に手続きは終えているので、そこに掲示してある金額の寄付は確定しています」
何やら緊張感が増す空気に困惑するステファンと警戒するソーニャに、ナナシは笑顔でお願いの内容を語り出した。
「私がお願いする内容は…あなた方に、日本で観光を楽しんでいただきたいのです。もちろん、費用は全てこちらが負担します」
「えっ?」
「日本で、観光…?一体どういう意味?」
「そのままの意味です。日本の名所を巡ったり、名物を食べたり、一定の期間日本をお好きなように見て回って欲しいのです」
わざわざ大金を掲示してまでするお願いが観光…その意味が分からず、ソーニャとステファンはただただ首を傾けることしか出来なかった。
「疑問を感じるのは当然だと思いますが、私の願いは偽りなくあなた方に日本を…今、雪音クリスが生きている国を知ってもらいたいだけです」
「ッ!?」
「観光に関してはこちらから特に指示は出しません。極論宿泊施設に引き籠っていても構いません。唯一こちらから提案するのは…滞在期間の最終日、私の同僚と一緒にお茶でもしませんか?」
「同僚って…」
「まあ、当人の了承をまだ取っていないので、あなた方が観光を楽しんでいる間に交渉する予定ですがね?」
「……」
「私からの話は以上です。全ての選択権はあなた方にある。寄付だけ受け取ってこの国に留まるも良し、日本観光を楽しんで最終日も好きに過ごしてから帰国するも良しです。ただ…あなた方にお断りされた場合は、私は茶飲み話として今回の話を面白可笑しく同僚に聞かせるつもりです。金もらってもお前の顔は見たくないんだってさ~って具合に」
「なっ!!?」
「それって!!?」
その言葉の意味を察して顔が引き攣る二人に、ナナシはとても邪悪な笑みを浮かべて答える。
「『強制』するつもりはありませんよ?ただちょっと『脅迫』させてもらうだけです!」
「いや〜日本に招いたは良いけど、その後に例の『約束』しちゃっただろ?最終日には一緒にお茶する予定だったのに、このままだと向こうが話しかけてるのに延々無視してお茶を飲むお互い物凄い気まずい時間を過ごす事になるから、面識のあるお前に仲介を頼みたいんだ。腹話術人形の真似事をさせて申し訳ないけど、頼めないか?一人だと気まずいなら、もう一人ぐらいなら誘っても良いと思うぞ?人選はお前に任せる!」
そんなセリフをクリスがすぐ傍にいる状態で伝えるナナシに、翼と了子はどうしようもなく呆れてしまった。
そしてナナシに背を向けられた状態でそんな話を聞かされたクリスは…並々ならぬ怒りをその胸に生じさせ、了子の持つトレイにギアを乱暴に叩きつけた。
(ああ、クソッ!そういうことかよ!!)
クリスはナナシ達を無視してその横を通り過ぎ、早足で部屋の出口へと向かう。
『この俺、“紛い物”のナナシは、雪音クリスとソーニャ・ヴィレーナの過去に関する諸問題に対して、今後一切関わらない事をS.O.N.G.の歌姫達の歌に誓おう』
ナナシの宣言、それを聞いた時クリスは嬉しかった。自分の真剣な想いを聞いたナナシは、自分の事を信じてくれたからそう誓ってくれたのだと…だが、それは間違いだった。
『誓いを破ったかどうかはお前が決めろ。俺はお前の決定に従う』
その誓いにナナシは歌を…ナナシにとっての全てを天秤に乗せた。そしてナナシはどれだけ道理を捻じ曲げようとも理屈は通すし約束は守る。クリスが一言誓いを破ったと言えば、宣言通り二度と歌を聴かない覚悟をしているだろう…だが、クリス自身はどうだ?
自分の問題を一人で解決したいという想いを押し通すために、ナナシから全てを奪う覚悟がクリスにあるか?…否だ。自分の願望のために仲間を絶望の中に突き落とすことなどクリスには出来ない。それがどれだけクリスの意に沿わない行動だったとしても、曲がりなりにもクリスのためを想っての行いだとすれば猶更だ。
(それが分かってたから、ご都合主義はあんな誓いを立てやがったんだ!ほんの少し屁理屈を用意するだけで、あたしは何も言えなくなると高を括って!!)
そんなナナシの思惑にクリスは怒り…そしてそれ以上に悲しかった。自分の感じたナナシからの信頼は紛い物で、実際に今日までナナシの行動に気付けなかった…あれだけ啖呵を切っておいて、自分では何一つ行動していなかった事実がどうしようもなく情けなかった。
「なあ、翼?俺はさ、人が未来の希望を信じて自分を奮い立たせる、『いつか』って言葉が大好きなんだ」
唐突にナナシが何かの話を始める。しかしクリスは立ち止まることなく部屋の出口へと歩みを進めた。これ以上心を揺さぶられたら、感情を抑えられずに後先考えずナナシに誓約違反を指摘しかねない。
「だけどな、それと同じくらい俺はこの言葉が怖くて、恐ろしくて…どうしようもなく大っ嫌いなんだ」
…しかし、ナナシが静かに続けたその言葉には、出口の前に辿り着いたクリスが思わず歩みを止めてしまう程の力があった。
「いつか、別れの時が来る。永遠に続けば良いと思えることも、いつかは終わりを迎える…この言葉が内包しているのは、決して未来への希望だけじゃない。きっと希望と同じだけ、避けようのない絶望も含まれている。不意に訪れるその『いつか』が、望んだ未来であるとは限らない」
ナナシの言葉が向けられた先は、一体誰であろうか?目の前の翼か、出口の前に佇むクリスか、悠久の時の中で望みを叶えようとする了子か、或いは…
「自分の望む『いつか』を迎えるために何をすれば良いか?必要な物は?期間は?そもそも自分が何を求めているか?…そういうことが分からないなら、時間を掛けてでも悩んでも良い、迷っても良いと俺は思う。大切な事を適当にしたまま焦って動けとは言わねえよ。必要なら十年でも二十年でも悩んで藻掻いて準備すれば良い。でもな…」
諭すように語られるナナシの言葉。しかし言葉に籠められる力は徐々に強くなり、口調も併せて崩れてきた。
「方法は分かっているのに失敗やリスクを恐れて覚悟を決めるのに時間が必要って言うつもりなら…そんなのは時間の無駄だ!やる事が分かってんなら一秒でも早く動け!一回でも多く試せ!!失うのが怖い?今よりも状況が悪化するのが嫌?なら自分にこう問いかけてみろ!そんな理由で、お前はその願いを諦められるのか!?」
「っ!!?」
「それでスッパリと諦めて、何の未練も残らないなら良い。未練があったとしても、代わりを見つけられるような事ならそれでも良いさ。でもな…もしそれが、大切な存在に関わる事なら…想いを向ける相手が、ずっと声の届く場所にいてくれるとは限らないんだぞ?」
「寄付を申し出ておきながら何ですが、私はあなた方の活動自体に思い入れはないんですよねぇ~」
ヴィレーナ姉弟を脅迫すると言った直後、ナナシは笑顔でそんなことを言い始めた。
「目の前で困ってたり助けを求められたりすれば、私も多少は手を貸そうと思えるのですが、見ず知らずの他人のために時間と手間を使うのってのがどうにも…ですから、私は会ったことも話したこともない雪音夫妻の遺志を継いだあなた方の活動に割と興味はありません。何なら私、雪音夫妻のことはあまり快く思っていませんしね?」
「なっ!?本気で言ってるの!!?お二人がどれだけ立派な志を持っていたか、あなたは知っているの!!?」
「あ?知るかボケ!!どれだけ立派でご大層な志と功績があろうと、あいつらは戦地に幼い愛娘を残して死んたクソ親だろうが!!」
「「ッ!!?」」
突然口調がガラリと変わったナナシの態度と、その口から発せられた言葉に二人はビクリと身を震わせた。
「多くの命を救う尊い犠牲?名誉の死?ハン!クソ喰らえだ!他人のために自分の命を賭けた行いが価値を持つのは、賭けに勝って自分も相手も生き残ってこそだ!!死人の命に価値を付けるのは、所詮生きている人間の自己満足でしかねえんだよ!!美談でその生き様を飾り立てるのは結構だが、そんなものでクリスが被った絶望が誤魔化せると思うな!!あいつが地獄を生きたのが!!!その他大勢の代わりだとでも言うつもりか!!?あいつが流した涙を!!!!有象無象が流すはずだった数千、数万分の一で済んだとでも言うつもりか!!!?ざっけんな!!!!!」
ズドォオオオオン!!!
激情のまま踏み込まれたナナシの足が地面にめり込み、ソーニャ達の体が一瞬浮かび上がる。まるで爆撃を受けたように陥没してひび割れた地面の惨状に二人は絶句してしまった。
「雪音雅律とソネット・M・ユキネは、見知らぬ誰かの幸福のためにその命を懸けることが出来る高潔で気高い意志と心を持った…最低の『父親』と『母親』だ。世界中の人間がその行いを称賛しようが、こいつらに救われた奴らが幾ら弁解しようが…クリス自身が二人を赦していても、俺は意見を覆す気はねえよ」
地面から足を引き抜きながら、ナナシは静かにそう断言して腰を抜かすソーニャ達へと近づいていった。
「勝手に死んでいった知りもしない奴らの尻拭いばかりやらされて、つい最近もその一つで世界救う羽目になったんだ。愚痴の一つも零さずいられるか…ソーニャ・ヴィレーナ、他人事だと思うなよ?俺はお前にも近しい怒りを感じつつあるんだからな?」
「えっ!?」
「な、何でだよ!?姉ちゃんが何をしたって言うんだ!!?」
「お前、クリスから逃げただろ?」
「ッ!!?」
ナナシの指摘に、ソーニャがビクリと身を震わせた。
「ウチの大人共の話だと、クリスとお前は碌に話せないまま時間が過ぎてそのまま解散したと言っていた…何故クリスの過去について質問しなかった?」
「……」
「そ、そんなの!聞けるはずないだろ!?姉ちゃんはクリスが自分から話すまで気遣って…」
「それを言い訳にクリスの過去を知ることから逃げた…自分が原因で両親を失ったクリスが、これまでどんな風に生きてきたか知るのが怖かったからだ」
「ッ…!!」
「違う!クリスの両親のことは、姉ちゃんのせいなんかじゃ…」
「だったらそうハッキリとクリスに伝えてみせろ!!」
「「ッ!!?」」
「爆弾が荷物に紛れ込んでいたなんて知らなかった!私は悪くない!!その『事実』をクリスに伝えて、自分にはクリスに降りかかった不幸の責任なんて一切無いと断言してやれ!」
「…言える訳、ない…言える訳!ないでしょう!?クリスの両親は!!私の不注意が原因で亡くなったのよ!!?それなのに!!!」
「自分が悪いと自己完結で終わらせるなって言ってんだ!答えの正否なんざどうでも良い!!お前とクリスの二人で、さっさとその答えに決着を付けろ!!!」
「「ッ!!?」」
ソーニャの悲痛な叫びに一切怯むことなく、ナナシはソーニャの胸倉を掴んでそれ以上の剣幕で言葉を被せた。
「俺はお前らの関係に円満な解決なんて求めてない。責任を押し付け合って互いを憎み続けろとも思っていない。だがな…この広い世界で、お互いにいつ命を失うかも分からない場所に身を置いていながら、もう二度と会うことは出来ないと思っていた相手と巡り合うなんて奇跡を前にしておいて…何処ぞのクソ親共と同じように、もう想いを伝えられない未練だけを残してこの世からいなくなりでもしたら、俺はお前を絶対に許さない!お前とお前が継いだ奴らの遺志を、全力で踏み躙ってやる!!お前の弟も!お前が救おうとしている奴らも!!お前と関わったというただそれだけの理由で不幸に叩き込んでやる!!!」
それは紛れもなく理不尽な脅迫だった。この一件に部外者と言っても過言ではないナナシが、初対面のソーニャに対して行うにはあまりに踏み込み過ぎた行いだ。
だがそんなナナシの言動からは、会ったばかりのソーニャとステファンにも理解出来るほどの…当事者達をも上回る、本気の『必死さ』が感じられた。
「想いを伝えたい相手が、声の届く場所に居る…それがいつ崩れて消えてもおかしくない程、脆く、儚い…奇跡みたいな事だって…お前達は知っているはずだ」
「……」
「切っ掛けが必要なら、幾らだってくれてやる。お前らの活動のパトロンでも、理不尽に不幸をばら撒く悪魔にでもなってやる。協力する振りをして、化け物に狙われているとそのまま事実を伝えてクリスに助けを求めたって良い…何でも良い…だから……」
「ある日突然、大切な家族を失うなんて想いを繰り返させるのだけは、やめてくれ…クリスの前から、大切な『お姉ちゃん』まで消えないでくれ…よろしく、お願いします」
「とは言え、だ…中身が『空っぽ』で嫌われる事すら楽しくて仕方ない“紛い物”と違って、お前らは失うことも嫌われる事も怖いものは怖いよな?無関係な奴がどうこう言ったところでそれが変わるわけでもない」
クリスは確かに、勘違いをしていた。
「怖くて震えて動けない自分に上から目線で口出しして来る奴がいたら、首根っこ捕まえて巻き込んでやれば良いんだよ。「失敗したら責任取れ!上手くいったら祝杯の手配をしろ!!」って、言葉の責任を追及してやれ。当然普段から適当に好き勝手な事言いまくる俺にもお前らは責任を求めれば良い。“紛い物”の俺に出来る事なんて高が知れているが…」
ナナシから感じた信頼は、決して紛い物などではない。
「まあ、俺個人の全てくらいならいつでも懸けてやるから、精々何か足しにでもしてくれ」
誓いなど無くても、ナナシはいつだって歌姫達のためならば自分の全てを懸けられる…必ず成し遂げると、信じているから。
「お前らは度々一人でやり遂げる事に拘るけどな、周りから幾ら道を示されようが、背中を押されようが、その道を進む最初の一歩を踏み出したのはいつだってお前ら自身なんだぜ?お前らは既に、紛れもない自分の意志で未来を選択してきたんだ」
「……」
「ずっと見て見ぬ振りをしてきた過去に、自分の力で決着を付ける。それは素晴らしく立派な心掛けだ…だけど、最初の一歩を踏み出す手伝いくらいは、周りにもさせてくれ。それを恥だなんて思わず、そんな風に動いてくれる仲間を作った自分をどうか誇ってくれ…お前はもう、一人ぼっちじゃないんだから」
「……」
背中越しに最後までナナシの言葉に耳を傾けていたクリスは、そのまま無言で部屋を出て行った。扉が閉まる音でそれを把握した翼は、目の前であくまで『自分』に語り続けていたナナシに苦笑した。
「全く、貴様と言う奴は…」
「何を分かった風に笑ってんだよSAKIMORI?俺はお前に話しかけてんだぞ?」
「分かっている分かっている、今更そんな念押しなど必要…」
ぐにっ!!
「ふぁい!!?」
ヤレヤレ仕方がないと笑ってナナシに翼が話を合わせていたら、何故かナナシによって両頬を引っ張られた。
「だから!本当に分かってんのか!?お・れ・は!お・ま・え・に!!話しているんだぞ!!?」
「ら、らから、ほれはわかっへひるほ!」
「分かってんなら、いい加減八紘に声をかけてやれよ!?」
「ふあっ!!?」
「次はお前からって約束したからあいつはずっと待ってんだよ!ちょいちょい仕事で会うたびに期待でソワソワしてんのが伝わってくるんだよ!!何なら最近は娘を信じて待つか俺に一言相談するか葛藤する『……』って無言が“血晶”越しに伝わってきてる気がすんだよ!!!いい加減あいつの家に残してきたちゅばさ人形で気を紛らわせるのは限界だから何とかしてやれ!!!!」
「ひまなんほひった!!?」
「ちょっとちょっとナナシちゃん一度落ち着きなさい!?取れちゃう!?翼ちゃんの頬っぺた取れちゃうから!!?」
…誓いを破らないギリギリを攻め過ぎた自覚のあるナナシの錯乱によって賑やかになる室内の声を部屋の扉に寄りかかって聞いていたクリスは、思わず体の力が抜けて…フッと笑みを零してしまった。
その後、頬っぺたを赤く腫らした翼の誘いによってクリスは無言を貫くナナシと共にソーニャ達が待つカフェに辿り着いたのだが…以前の翼と八紘同様、会話が弾む訳もなく気まずい沈黙が続いていた。
こういった場合普段ならふざけながらも進行役を務めるはずのナナシは…
「ステファン、日本はどうだった?」
「凄かった!街は綺麗だし人もお店も多い!!それに街中に俺くらいの子達が集まって遊ぶための広場があるなんてビックリした!!皆でサッカーやってて、ボールがこっちに飛んできたから蹴って返してあげたら凄いキックだって褒められて一緒に遊ばせてもらったよ!!」
「おー!もう友達が出来たのか!!何処かの誰かさんは未だにクラスメイトからのお誘いに一喜一憂しているのにステファンは凄いな!そんなステファンに俺から記念にプレゼントだ!!」
「えっ!?これって…」
「カッコイイだろ?最新モデルのサッカーシューズに新品のボールだぞ?国に帰ってから友達に自慢してやれ!」
「その…気持ちは嬉しいけど、受け取れないよ…」
「え~?もう買っちゃったから遠慮されても困るぞ?俺の散財を無駄にするつもりか~?」
「ご、ごめん…でも、こんなの持ってたら金持ちだと思われて誘拐されちゃうから…」
「…あー、うん、悪かった。この国の治安がトップ寄りだってこと忘れてた」
「そ、その、お金は頑張って働いて返すから、ちょっと待ってもらえないかな?寄付から減らすのだけは勘弁して…」
「おうちょっとリカバリーするから五秒寄越せ!……………良し!このシューズとボールは日本にいる間はステファン専用だ!後で一緒に遊ぼう!!どうせすぐ成長してシューズとか入らなくなるだろうしステファンが日本に来るたびに買い直してやるよ!!」
「えっ!?それは幾ら何でももったいないよ!!?」
「安心しろ!せっかくのシューズとボールを物置に仕舞い込むような真似はしないさ!」
「いやそうじゃなくて!!?」
「中古品ってことで欲しがる施設や団体に寄付することにしよう!ああでも一人分だと喧嘩になるから更に二チーム分ぐらい追加しよう!ステファンが日本に遊びに来るたびに、この国のサッカー少年少女は幸せになる!俺はお前といたいけなガキ共に金持ちアピールが出来て自尊心が満たされる!誰も不幸にならないWin-Winな解決法だ!!」
「ナナシ…クスッ…ありがとう」
「俺はただ光量調整しているだけだ。周りにお前みたいな良い子が多くて目がチカチカしてきたから物欲で良い感じに堕落させようかと」
「そんな理由!!?」
…カフェに到着して早々、ステファンを隣の席に引っ張っていった挙句にクリス達を無視して楽しそうに話し込んでいた。
『この俺、“紛い物”のナナシは、雪音クリスとソーニャ・ヴィレーナの過去に関する諸問題に対して、今後一切関わらない事をS.O.N.G.の歌姫達の歌に誓おう』
(確かにステファンは誓いの中に含まれてはねえけどさ…)
この状況を作り出しておいて自分達を完全放置してステファンと意気投合するナナシに、クリスはジトッとした視線を向けずにはいられなかった。ソーニャはソーニャで弟が自分達を脅迫してきた男から受け取ったサッカーボールを手に瞳を輝かせている光景に、このまま本当に堕落させられないかと気が気でない。
そんな二人を見かねて、一応はナナシに仲介を任された翼がゴホンと咳ばらいをしてから、クリス達に話題を提供し始めた。
「雪音…彼女は雪音のご両親の遺志を継ぎ、家や家族を失った子供達を支援しているそうだ」
「え…?」
翼の言葉に、クリスは思わずソーニャの方へと視線を向けた。ソーニャは一瞬だけクリスと視線を合わせたが、すぐに気まずそうに俯いてしまった。
(パパとママの遺志を継いで…)
幼い自分は爆弾から身を守ってもらったにも関わらず、泣きながらソーニャを責め、救いの手を差し伸べてくれない大人達を責め…そんな境遇に残して死んだ両親を責めることしか出来ていなかった。
しかしソーニャは、あんな事があった後も正しくクリスの両親の想いを継いでいてくれたのだ。
「遺志を継いだ、と言えば聞こえは良いけど…私はただ、逃げていただけよ」
ようやく口を開いたソーニャは、まるで懺悔するかのようにそう呟いた。
「私の不注意で、あなたの両親は命を失ってしまった。その罪を償いたくて、お二人の活動を引き継いだ…でも、本当にお二人の遺志を継ぐならば、私はあなたから目を逸らしてはいけなかったの。何としてでもあなたを見つけ出して保護するべきだった…それなのに、本当に奇跡のような偶然で再会したあなたからも、私は逃げ出してしまった…クリス…私のせいで、本当に…」
「違う!!」
ソーニャの震える声を遮り、クリスが叫びながら立ち上がる。周囲の視線が集まるのも気にせずに、クリスはソーニャに言葉を続けた。
「あたしはあの時、本当に何も知らないガキで…守る事や、救う事がどれだけ大変か知らなくて…誰かを責めないと自分を守れないくらい、あたしが弱かっただけなんだ…」
(分かってた…ソーニャお姉ちゃんのせいじゃないって…だけど…なのに…)
それでも幼いクリスは、最愛の両親を失った悲しみをソーニャにぶつける事しか出来なかった。そうしなければ、目の前の残酷な現実に、心が砕けてしまいそうで…
(だけど今なら分かる…ソーニャお姉ちゃんがどれだけ辛かったか、あたしの言葉が、どれだけお姉ちゃんを傷つけたか…だから言うんだ!踏み出すんだ!!過去にケジメをつける、最初の一歩を!!!)
その決意を胸に、驚きで目を丸くするソーニャにクリスは口を開いて…
「ソーニャお姉ちゃん…あの時は、本当に…」
ドゴォオオオオオン!!!
…しかしクリスが言葉を言い終わるよりも前に、それを邪魔するように爆発音が鳴り響き、建物の壁が一部崩れ落ちた。
「取り込み中だぞ!?」
周囲の客が悲鳴を上げて出口に殺到している間に、崩れた壁の穴からアルカノイズの群れが侵入して建物の壁面を分解し始めた。
「アルカノイズ!?二人は早く避難を!!」
「わ、分かったわ!ステファン、こっちに…!?」
グシャアッ!!!
ステファンに声を掛けたソーニャは、目の前の光景に硬直する。その目に映るのは驚き固まるステファンと、この状況で優雅に右手に持った紅茶のカップに口を付けるナナシ…そして、その左腕から伸びた巨大な赤い腕が、建物に侵入したアルカノイズを一纏めに掴んで握り潰す場面だった。
「フゥ…ステファン、これを渡しておく。お姉ちゃんを守ってやれ」
「う、うん…ナ、ナナシは、どうするの?」
ビクリと体を震わせながら“血晶”を受け取ったステファンの問い掛けに、ナナシはニコニコ笑顔で朗らかに答えた。
「ちょっと、『駆除』してくる」
おまけ とある日の親子のやり取り
「お父様!!」
「来たか、翼。移動で疲れただろう?茶を用意するから休んでいなさい」
「あ、はい…いえ、そうではなく!?」
「どうかしたのか?」
「き、今日こちらを訪ねたのは、どうしても早急に確認したいことがありまして!」
「そ、そうか…任務の一環であったか…少々情報の齟齬があったようだ…そうか…」
「ああいえ!?そのようなことではなく!!?主目的はお父様にお会いすることです!ですが、その…ナナシから、私の幼少期を模した人形を、お父様が所持していると、聞いて…」
「幼少期?……あ、ああ!た、確かに以前彼が訪れた時、幼少期のお前の部屋を維持する日課が無くなって寂しいだろうからと、手のひらサイズの人形を置いていったな」
「へ?手のひらサイズ、ですか…?」
「ああ、布に綿を詰めた二頭身の、それこそ幼児が持っていそうな人形だ」
「な、なるほど…そういうことですか…」
「幼少期…フフッ、なるほどそれで…いや、あの人形を貰った頃、私が幼い頃のお前を愛でるような夢を見たことがあってな?何故そのような夢を突然見たのか少々疑問だったのだ。なるほど、アレは幼いお前を模していたのか…」
(っ!?まさかお父様、酔っていてナナシと人形を作った事を覚えていない!!?)
「全く、我ながら未練がましいものだな…こうしてお前と語り合えるだけでも恵まれているというのに、過去のお前への接し方を後悔するなど」
「い、いえ!それはきっと私が間を開け過ぎたからです!!」
「十年の年月に比べれば微々たるものだ。いやしかし、配慮が足りなかったな。幾ら造形を崩しているとはいえ、自分の人形を所持されるなど年頃の娘には辛かろう。そう考えると奏君にも申し訳が立たないな。翼の隣に彼女があることが自然で見落としていた」
「かにゃで人形もあるのですか!!?」
「か、かにゃ…?」
「し、失礼、噛みました…そ、その、見せてもらうことは出来ますか?恐らくそのまま所持していただいても問題ないとは思いますが、念のため…奏には後で私から許可をもらっておきます」
「そ、そうか、ならお前の部屋に置いてあるから向かうとしよう…あの部屋にお前と共に入るのもいつ以来だったかな…」
「フフッ、そうですね…久しぶりに、あの時奏でた流行歌を披露いたしましょう」
「世界に名を轟かせる歌姫の歌を独り占めとは、贅沢なものだ」
「ナナシにでも自慢してみてください。きっと血涙を流して羨ましがると思いますよ?」
カリオストロ終了のお知らせw
ハードル上がると困るので先に言っておきますが、サンジェルマンとのOHANASHIほど大層なことは発生しないのでご安心ください。
最後のおまけは他に入れるタイミングが思いつかなかったので。このままだと八紘の娘愛が重くなってしまうから弁解ですw
息をするように初対面の相手を脅迫して死者を冒涜し人をフィルター代わりに会話して純情な少年を堕落させようとする彼はそれでも主人公なんですw