戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第155話

「お前の胸の内にあるその感情は………『気のせい』だ!!」

 

切歌の抱える感情の正体、それを力強く言い切ったナナシの言葉に…

 

『………へ?』

 

…全員が意表を突かれたような間の抜けた声を出してしまった。切歌もしばらく呆然とした後、ナナシの言葉の意味を時間を掛けて理解して…突然バンとテーブルを叩きながら立ち上がり、ナナシに対して怒鳴り声を上げてしまった。

 

「いい加減に…!茶化そうとするのはやめて欲しいデス!!気のせい!?こんなに痛くて、苦しくて、どうしようもない想いが気のせいだなんて、どうしてそんな事を言うんデスか!!?」

 

「切歌、逆に聞きたいがお前は何を根拠に俺の言葉を否定するつもりだ?」

 

「こ、根拠って…」

 

「俺は可能な限り理屈を並べたはずだ。周りに責められた訳でも無く、自分のような考え方をする人間を悪とは思えないのに、何となく自分は悪いように感じる…それが『気のせい』ではないとお前が主張する理由は一体何だ?」

 

「そ…それ、は…」

 

切歌の目を見ながら淡々と紡がれるナナシの言葉に、切歌は何も言い返せなくなった。そんな切歌に、今度は諭すように静かな声でナナシは語り掛けた。

 

「お前の歌に誓って言ってやる。俺は茶化した訳でも、冗談を言った訳でも無い。寧ろ切歌、『気のせい』を舐めるな。この感情は人が歴史を刻み始めた時から今に至るまで、数多の争いを引き起こして多くの命を脅かしてきた恐ろしいモノなんだぞ?」

 

『っ!?』

 

歌に誓う…その意味を知らぬ周囲には理解出来なかったが、ナナシの事を知る者達はナナシが本気であることを察した。

 

「『気のせい』…この場合の『気』は『自分の気持ち』、その中でも特に直感的に感じ取った根拠の無い、或いは薄い感情だ。それが周囲の認識と近い場合は特に問題は起こらない。だけど認識の落差が大きかった場合、思わぬ想いのぶつかり合いが発生することがある。ついさっき、俺と切歌の『気のせい』に対する認識が全然違ったから、切歌は俺に茶化されたと思って怒ったんだろう?まさにそれが『気のせい』だ」

 

「っ!!?で、でも…だけど…!!」

 

段々と切歌も『そうかもしれない』という気持ちが強くなっていくが…それでも、切歌の中には納得しきれない自分がいた。

 

「自分の想いが『気のせい』だなんて軽いモノとして扱われるのは嫌か?」

 

「っ!!?」

 

そんな切歌の考えを見透かしたかのように、ナナシがそんな事を問いかけた。

 

「これがこの感情の厄介なところでな?明確な根拠が無いから頑張って伝えようとしても『何となく』としか言葉に出来ない。だからどうしても軽く扱われる場合が多いんだ。その結果、この一言で終わりにされてしまう…『気のせいだから気にするな』、ってな?」

 

「……」

 

「違うんだよ!そうじゃないんだよ!!『気になるから気にしてる』のに、『気にするな』の一言で割り切れる訳ないだろ!!?」

 

「あっ…」

 

ナナシの叫んだその一言に、切歌は思わず安堵してしまった。まさに、まさにだ、切歌が自分の想いを『気のせい』だと認められなかったのは…自分の抱えるこの想いを、無かったことになどしたくなかったからだ。

 

「根拠が無くても、説明が出来なくても、自分の想いを一方的に『無かったこと』にされるのは嫌だろ?悩みを持つ側はそんな答えを認められない。認めたくない。だから反論して必死に想いを伝えようとする。でも、そこで上手くいかないと物凄く拗れるんだよなぁ…言い争いの喧嘩くらいならまだマシで、酷い時はお互いの人格否定にまで発展するからな。そんな状況が続くと自分の意見を貫くことに固執するようになったり、逆に自分は間違っていると決めつけて精神を病んだりする。だからな切歌、つい否定したくなる『気のせい』に対しては、『気にしない』じゃなくて『気付いて』やる事が大切なんだ。それは周りだけじゃなくて、その感情を持つ自分自身もな?」

 

「自分も、デスか…」

 

自分がその感情に気付く…つまり、自分の感情を『気のせい』だと認めるという事だ。もう切歌はナナシがふざけているとは思っていない。その言葉に納得する部分も多々ある。しかし頭でそれを理解しても、どうやってこの感情に折り合いを付ければ良いかは分からなかった。

 

「安心しろ。幸いなことに、俺のご都合主義な才能(能力)はこの『気のせい』を見つけるのが得意でな?話し手と聞き手で感情の落差が激しい場面には何度か遭遇したことがある。そのお陰で、多少は『気のせい』の対処に心得があるんだ。まあ、騙されたと思ってちょっとだけ俺の言う通りにしてみてくれ」

 

「は、はいデス…」

 

不安そうな顔をする切歌に、ナナシは優しく微笑みながら指示を出していった。

 

「まあ、そんなに緊張しなくて良い。雑談みたいな感じで俺がお前に質問するから、それに答えてくれ。注意点としては、あんまり考えず直感的に答えてほしいってくらいだ。出来そうか?」

 

「や、やってみるデス!」

 

「それじゃあ行くぞ〜。切歌、お前は調の事が好きか?」

 

「大好きデス!!」

 

「ぐふっ!?」

 

「?」

 

一切の迷いなく告げられた言葉に、不意打ちを受けた調の口から奇妙な声が漏れてしまった。背後から聞こえた声に切歌が疑問を感じている間に、ナナシが再び切歌に問いかける。

 

「じゃあナスターシャ教授やマリアはどうだ?何かとお小言の多い二人を怖いと思わないのか?」

 

(何ですって!!?)

 

「全然無いデス!そ、その、怒られるのは怖いデスけど、怒ってても優しい目でキチンとアタシの何が悪かったか教えてくれるマムもマリアも、アタシは大好きデス!!」

 

「っ〜〜〜!?」

 

マリアも切歌の言葉に声を出しそうになったが、今回は察していた奏がマリアの口を押さえていたため問題無かった。

 

「それなら響は?SAKIMORIは?クリスは?奏は?未来は?これだけ人数がいれば、一人くらい苦手意識があったりしないか?」

 

「そんな事ないデス!!皆優しくて、強くて、格好良くて、一緒だと楽しくて、温かくて…全員がアタシの憧れる先輩達デス!!」

 

『っ!!?』

 

未来がはしゃぎそうになる響の口と体を押さえる。奏に口を押さえられた翼が「私もそっち側扱い!?」と驚愕する。クリスは大人しかったが、顔を真っ赤にして俯く彼女の姿を目撃した女性店員二人と客数名が口元を押さえて内なる衝動が飛び出さないよう抑え込んでいた。

 

「切歌は本当にあいつらの事が大好きなんだな?」

 

「はい!!」

 

「そっか…それなら、逆はどうだと思う?」

 

「逆…?」

 

「お前が大好きなあいつらは、お前の事をどう想っていると思う?」

 

「っ!?そ、それは…」

 

先程とは一転して黙り込みそうになる切歌だったが、そんな切歌にナナシは透かさず声をかける。

 

「切歌、考えるな。直感で良いから答えてみせてくれ。お前が一切の迷いなく大好きと想うあいつらが、お前の事を嫌っていると思うか?」

 

「…思わない、デス」

 

「お前のあいつらが大好きな想いは、一方通行だと思うか?あいつらがお前に向けた笑顔に、少しでもお前を疎ましく想う感情が隠れていたと思うか?」

 

「…思わない、デスよ」

 

「お前とあいつらが同じ道を進み続ける中で、一人遅れたお前が慌てて追いかけようとして躓いて転んだら…あいつらはどうすると思う?お前がいないことにも気づかないか?早く来いと責め立てるか?」

 

「…きっと立ち止まって、アタシを探してくれるデス。怪我をしてないか、心配してくれるデス。起き上がろうとするアタシを励ましながら道を引き返して…アタシの手を握って、起き上がるのを手伝ってくれるデス…」

 

ナナシに促されて思い浮かべた自分の家族と仲間達は、決して自分を見捨てる事は無かった。そんな姿は、想像すら出来なかった。脳裏に浮かぶのは、遅れる自分に仕方ないなと微笑む姿、躓く自分を労る姿、痛みを堪える自分に手を伸ばして優しく笑いかける姿…そんな暖かい光景に、切歌の瞳からはポロポロと涙が溢れていた。

 

「ほらな?やっぱり『気のせい』だっただろ?」

 

そう言って微笑みながら、ナナシはハンカチを取り出して切歌の涙を拭った。

 

「『気のせい』による認識の落差を埋めるコツは、共通の認識を引き合いにする事だ。俺が歌に対する想いに誓うことで、普段の俺の様子から切歌は俺が『気のせい』を本気で危険視していると伝わった。そしてお前が普段あいつらに向けている想いと、受け取っている想いを落ち着いて認識する事で…その想いに比べたら、あいつらがお前を置いていくかもなんて不安は砂粒程度の大きさも無いだろう?」

 

「はい…皆がそんな事しないなんて、分かっていたはずなのに…何で、アタシはこんなに不安だったんデスかね?」

 

「ん~、こっからは俺の“妄想”だけど…お前のあいつらが大好きって気持ちが強過ぎたからじゃないか?」

 

「へっ!?」

 

「大好きだから、力になりたい。何かしてあげたい。そんな想いがあるのに、今回みたいにクリスや調が悩んでいるのに力になれない間にあいつらが自力で悩みを乗り越えたから、想いが空回りして『やりたい』が『やらなきゃいけない』になっただけじゃないか?そそっかしい切歌らしいな!」

 

「う、うぅぅ〜…」

 

ナナシの指摘に、切歌は何も言い返す事が出来ずに顔を赤くして俯いてしまった。ナナシはそんな切歌の様子を見て笑い声を上げていた。

 

「あはははは!恥じるな恥じるな!!強過ぎる想いが空回りして『使命』や『義務』に切り替わるのなんてよくある事だ。『やらなきゃいけない』なんてのは、それこそほとんどが『気のせい』から生まれる感情だ。人間なんて死ななきゃ大抵の事はどうにでもなるしどうにかする。重責を背負うなとは言わない。失敗を後悔するのも構わない。だけど、後から生まれた感情で自分の『やりたい』を見失わない事が大切なんだ。やりたい事さえ出来れば人間は辛かったり苦しかったりしても意外と何とかなるもんだ」

 

「やりたい事を…そんな、そんなお気楽が許されるんデスか…?」

 

「Exactly!!この俺が許すから大丈夫!俺こそが神だ!!」

 

困惑する切歌に、ナナシは一切躊躇う事無く傲慢に断言してみせた。

 

「何か不都合があったら「ナナシさんの嘘つきぃ!!」って俺をどつけば良いだけだ!神なんて所詮行き場の無い感情を都合良く叩きつけるための心のサンドバッグだからな!!」

 

「とんでもない事言い切ったデス!!?」

 

「そういう意味では常に誰かに想いを寄せてもらえる割と羨望のポジションだったんだけどな…想いが大分偏ってるのがちょっと…」

 

「…?」

 

一瞬だけ遠い目をしてよく分からない事を呟くナナシに、切歌が疑問符を浮かべた。

 

「いや、何でもない。色々話が長くなったけど、諸々纏めて俺が切歌に伝えたい事はだ!」

 

「は、はい!」

 

 

 

「俺は、お気楽に笑う切歌のことが大好きだよ」

 

 

 

『っ!!?!?』

 

「あはははは!『お気楽』、良いじゃないか!『気を楽にする』なんて、誰にでも出来ることじゃないぞ?お前が見せてくれる屈託のない笑顔が、俺は、俺達は大好きなんだ。だから切歌、無理をしてまで変わろうとしないでくれ。変わるとしても、皆が大好きなお前らしさを消そうとしないでくれ。よろしくお願いします!」

 

笑いながら語られるナナシの言葉に、少しの間ポカンと呆けていた切歌だったが、やがてフッと力を抜くように息を吐いて…

 

「フ、フフフッ…アハハハハ!本当に、ナナシさんとお話していると悩みが飛んでっちゃうデス…そうデス、そうデスよ…ナナシさんに比べれば、アタシのお気楽なんて大したことないデス!…アタシも、いつも優しくて頼りになるナナシさんのことが、大好きデスよ!」

 

…今まで纏っていた暗い雰囲気を霧散させ、その名が示す通り暁のような明るい笑顔を浮かべるのだった。店内の全員はその笑顔に魅了され、詳細は分からないが少女の悩みが無事解決したことに安堵した。それと同時に、少女と向き合ってニコニコ笑う男性と少女の背後の席で呆れたり苦笑したりワナワナ震えたりしている女性達の様子を見て、事案だとか良い悪いだとか諸々を一旦置いた上で…

 

(この男、『たらし』だ!!)

 

…ナナシのことをそう結論付けた。

 

「あははは!切歌にそう想ってもらえるなんて光栄だな!さて、頭を使って疲れただろう?話を聞かせてくれたお礼に奢るから好きなだけ甘い物でも頼むと良い!」

 

切歌の悩みが無事解決された事を密かに安堵しつつ、後は頑張った切歌を甘やかして精々マリア辺りをからかおうとナナシは企んでいた。だが…

 

「あ、あの!実はもう一つ、お話があるんデスが!!」

 

…切歌が笑みを引っ込めて、真剣な表情でナナシにそんな事を言ってきた。

 

「えっ?まだ何か悩みがあるのか?」

 

「悩み、ではなくて…そ、その、ナナシさんに、お願いが…」

 

「お願いか!何だ?何して欲しい?ナスターシャ教授やマリアには言わないからどんな事でも言ってみろ!」

 

頼られてテンションの上がったナナシはすぐ傍にマリアが居ることを分かった上でいけしゃあしゃあとそんな事を言ってのける。額に青筋を浮かべたマリアが奏達に宥められている間に、切歌がナナシへのお願いを言葉にしていった。

 

「実は…前からアタシは、ナナシさんに想っていたことがあって…今、話を聞いてもらって、その想いがとっても大きくなったので…聞いて、欲しいデス…」

 

『!!?!?』

 

モジモジしながら、窓から差し込む夕日の光の下でもはっきりと分かる程顔を赤くして話す切歌の様子に、装者達はビシリと固まって店内の人間が色めき立つ。

 

「前から…悪い、俺はそんな事に気付いてなかった。切歌の事は良く見ているつもりだったのに…」

 

「い、今までは、想うだけで充分だったんデス!それだけで満足だったんデスけど…め、迷惑かもしれないデスけど、もうこの際ハッキリと言ってしまいたいデス!!」

 

「迷惑だなんてあり得ない。どんな想いであったとしても、俺は切歌の想いを拒んだりしない…聞かせてくれ、お前の想いを」

 

(イヤァアアアアアア!!!ダメェエエエエエエエ!!!!)

 

(だぁあああああ!?落ち着けマリア!!?)

 

(今、暁の邪魔をするは、家族として、人としてやってはならないことだ!!)

 

(あわわわわ、で、でも…)

 

(つ、翼さん達は、大丈夫なんですか…?)

 

(き、切ちゃんが…切ちゃんが…!)

 

(マ、マジなのか!?そういう事なのか!!?)

 

今にも暴れ出しそうなマリアを奏達が総出で押さえ込み、店内の全員がその瞬間を今か今かと心待ちにする。突如濁流の如く向けられた多くの人間の想いに眩暈を感じながら、ナナシは切歌が伝えようとする『何らかの』想いを受け止めるべく笑みを消して身構える。

 

「アタシ、は…」

 

そして切歌が、赤くなった顔と潤んだ瞳でナナシを見つめながら…

 

「ナナシさんの、ことを…」

 

遂に、ナナシへの秘めたる想いを言葉に紡ぐ。

 

 

 

「………………『ナナシお兄ちゃん』って、呼んでも、良いデスか?」

 

 

 

『……………えっ?』

 

切歌以外の、店内の全員が思わず同じ声を出してしまった。極度の緊張によってそれに気付けなかった切歌は、更に赤みを増して頭から煙を出しそうな顔で目をグルグル回しながら、ナナシに何やら言い訳のような事を捲し立てていった。

 

「え、えっとデスね!?前から想ってたデスよ!!?ナナシさんの事、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって!!?し、施設にいた時は男の子もいましたけど!?マリアや調、セレナほど親しい人はいなくてデスね!!?マム以外の大人は皆怖かったデスし!?あ、憧れていたと言うか、何と言うか!!?し、調がナナシさんを『先生』って呼んだり、響さんが『兄弟子』って呼んだりするのが、ちょっとだけ羨ましかったりとか、その、えっと…」

 

(何だこの可愛い生き物…)

 

誰しもが混乱治まらぬ中、慌てふためく切歌の姿に呆然としながらもそう感じていた。そして、そんな切歌の想いを真っ向から受け取ったナナシは…

 

「…ぷっ、あっはははははは!!そういうことか!もちろん構わない!!今日から俺は、切歌のお兄ちゃんだ!!」

 

(なぁあああああああああああ!!?!?)

 

…何の躊躇いも無く切歌の願いを受け入れ、切歌にお兄ちゃん呼びの許可を出した。それを聞いたマリアが、極度の安堵と絶望を同時に受けたように心の中で絶叫して真っ白になってしまった。

 

「ホ、ホントに!?ホントに良いんデスか!!?」

 

「ああ!寧ろお前にそう想ってもらえるなんて光栄だよ!是非呼んでみてくれ!!」

 

「あ、ありがとうデス!ナナシ、お兄ちゃん…」

 

照れながら笑顔でそう口にする切歌を、もう店内の人間は直視することも憚られていた。数名が口だけでなく鼻を赤くなったハンカチやティッシュで押さえている。

 

「あ!?でも、一つだけ問題があるか!!?」

 

「え!?な、何デスか!!?やっぱり嫌デスか!!?」

 

突然のナナシの叫びに、切歌が不安そうに聞き返してしまった。

 

「いや、俺は全然嬉しいんだけど…切歌が突然俺をお兄ちゃん呼びしていたら、周りが変に思わないか?特にマリアとか、マリアとか、ママリアさんとか…今日の事は秘密なんだろ?どうやって説明するつもりだ?」

 

「あうっ!!?そ、それは…」

 

秘密も何も、最初から駄々洩れなのだが…どうやらナナシは、この状況から更にマリア達と切歌をからかって楽しむつもりらしい。

 

「えっと、その…な、なら、二人っきりの時だけ、そう呼ぶとか…」

 

「俺と切歌が二人っきり…そんな事って滅多にないと思うぞ?切歌と調はいつも一緒だからな。俺には見えるぞ、珍しく二人っきりになって俺をお兄ちゃん呼びした後、そのまま皆の前でお兄ちゃん呼びを誤爆する切歌の姿が…」

 

「ア、アタシにも見えたデス…な、ならいっそマムに認めてもらうデス!いつもマムの体を気遣ってくれるナナシさんは、まるで息子のような存在だと!!」

 

「その理屈だと、元々そのポジションにいた我が英雄がお前らの長男に躍り出ないか?」

 

「ギャアアアアアアアア!!?!?」

 

((ギャアアアアアアアア!!?!?))

 

ナナシの指摘に、切歌とマリア達が頭を抱えて声と心で悲鳴を上げてしまった。

 

「そ、それなら…それなら…っ!?そうデス!!ナナシさんがマリアと結婚すれば、ナナシさんは正式にアタシ達の『お義兄ちゃん』デス!!」

 

ゴンッ!!!

 

「デス!!?」

 

(((マリアァアアアアアア!!?!?)))

 

切歌の()案に、恐らくマリアが机に轟沈したのだろう凄まじい音が響いて切歌がビクリと身を震わせてしまった。

 

「な、何事デスか!!?」

 

「落ち着け、今お前の後ろの席にこの喫茶店名物のチャレンジメニューが置かれただけだ」

 

「そんなのがあるんデスか!!?気になるデス!!」

 

「コラコラ、他の席を除くのはマナー違反だ。気になるなら注文してやるから。すみませーん!この『K2パフェ』を一つお願いしまーす!!」

 

「K2オーダー頂きましたぁああああ!!!」

 

割と小洒落た喫茶店に居酒屋のような場違いな声が響き渡るが、誰もそれを咎めたりしない。唯一厨房の受け渡し口から身を乗り出してナナシ達を見ていた厨房担当者が悔し気に顔を歪めながら泣く泣く厨房内へと消えていった。

 

「えーっと、それで何だっけ?俺とマリアが、結婚…?」

 

「はいデス!マリアとナナシさんならお似合いだと思うデス!!」

 

「いや誰から見ても俺はマリアに蛇蝎の如く嫌われていると思うんだが?」

 

「そんな事ないデスよ!?アタシも調も、マムだってナナシさんとマリアは仲良しだってよく話しているデス!!」

 

「あははは!きっとそれはお前達の『気のせい』だな!!」

 

「うわあああん!伝わらないデェェェス!!」

 

(切歌ちゃんもうやめて!マリアさんの心はもう限界だからああああ!!)

 

机に突っ伏したままマリアはプルプルと震えていた。何人かはマリアの名前に反応していたが、「世界の歌姫が男と妹をストーキングして喫茶店の机に突っ伏す訳ないかHAHAHA」と普段のギャップのお陰で“認識阻害”が解除されていないのが不幸中の幸いである。

 

「うぅ~…じゃ、じゃあ!マリアの気持ちは一旦置いておいて!!ナナシさんはマリアの事をどう想うデスか!?マリアと結婚出来たら嬉しいデスか!!?」

 

「そりゃ当然嬉しいだろうな?」

 

『!!?!?』

 

ナナシの返事に装者達の呼吸が止まる。店内の人間はもう叫び出しそうになる気持ちを抑えるので必死だ。切歌はナナシの返事に希望を感じて笑顔になり…

 

「まあ、出来てもしないだろうけどな」

 

…続くナナシの言葉に、店内の空気が凍り付いてしまった。切歌もショックで泣きそうになっている。

 

「な、何で、デスか…?」

 

「だって、マリアは重たいからなぁ…」

 

「Gatrandis babel…むぐっ!?」

 

「…?」

 

一瞬切歌の背後から聴き覚えのある歌声が聴こえた気がしたが、すぐに何も聴こえなくなった。

 

(落ち着けマリア!絶唱は駄目だ!生きるのを諦めるな!!)

 

(いや、今はマリアさんギア持ってないから何も起こらないと思いますけど…)

 

(どう考えても正義は私にあるはずよぉおおお!響、今だけガングニールを私に貸しなさい!私と家族を弄ぶ悪魔をこの世から消し去るためにぃいいいい!!)

 

(わあああああ!?ダメ!ダメですよマリアさあああん!!?)

 

流血沙汰が一歩手前まで迫っているなど露知らず、切歌はナナシの答えの意味について問いかけていた。

 

「お、重たい…マリアが重たいのが、ダメデスか…」

 

「いや、駄目じゃないさ。間違いなくそれはマリアの魅力だ。駄目なのは俺の方だよ」

 

「え…?」

 

「あいつに寄り添ってやるなら、あいつの重さを受け止めてやれるだけの度量があるやつじゃないとな。それだけじゃなくて、あいつ自身が自然と自分を支えて欲しいと思えないと、あいつはきっと自分だけで重さを抱え続けるから…誰よりもあいつの心に寄り添える人間じゃないと駄目なんだよ」

 

「………え?」

 

「ん?」

 

「だから、ナナシさんなら大丈夫デスよね!?」

 

「話聞いてたか!?どう考えても俺じゃあいつは心開かないだろ!!?」

 

「寧ろナナシさん以外に誰がいるデスかそんな人!?絶対大丈夫だから頑張るデスよナナシお義兄ちゃん!!」

 

もうマリアは自分の感情がどうなっているのかも分からず顔を手で覆ったまま固まってしまっていた。そんなマリアを気の毒に思いつつ、他の面々も非常に複雑な表情でナナシと切歌のやり取りを聞いていると…突然切歌がバンとテーブルを叩きながら立ち上がって宣言した。

 

「分かったデス!それならアタシと調で頑張ってマリアを軽くするデス!!調がおさんどん、アタシが運動を担当してナナシさんが軽々抱えられるくらいマリアをスリムにしてみせるデス!!!」

 

『ブッファ!!?!?』

 

「デス!?何事デスか!!?」

 

切歌の宣言に、ナナシと店内の全員が思わず噴き出してしまった。まさか切歌が『重い』の意味をそのまま体の重さだと思っていたことに完全に不意を突かれてしまったのだ。

 

すると、遂に…

 

「き~り~か~!!!」

 

…切歌の不意打ちで咄嗟に動けなかった奏達が押さえられず、マリアが切歌達の前に怒り心頭で仁王立ちしてしまった。

 

「デェェェス!?マ、マリア!!?何でここにいるデスかあああ!!?!?」

 

「黙って聞いていればよくも好き勝手な事を…!二人共、覚悟は出来ているんでしょうね!!?」

 

「ヒィィィ!?何をそんなに怒っているデスか!!?」

 

マリアの怒気に切歌が身を震わせていると、そんなマリアの前にニコニコ笑顔のナナシが立ちはだかった。

 

「おいおい、あんまり俺の妹を怖がらせるんじゃないぞ?マリア!」

 

「っ!?ナナシさん、妹って…」

 

「どうやらコッソリ話を聞かれていたみたいだから、もう誤魔化す必要は無いだろう?これで堂々と呼んでも構わないぞ!」

 

「そんな事が許される訳ないでしょう!?私が切歌と調の唯一無二のお姉ちゃんよ!あなたとドクターはお呼びじゃないわ!!」

 

「あれ?俺の気のせいだったか?俺は今切歌に請われてお兄ちゃんと呼ばれたが、お前が二人から『マリアお姉ちゃん』と呼ばれたことなんて無かったと思うが?」

 

「なっ!!?そ、その程度のこと…切歌!ほら!呼んでみなさい!私の事を『マリアお姉ちゃん』って!!」

 

「ええっ!?いや、でも、マリアは、マリアデスから…」

 

「何で!私だと躊躇うのよぉおおお!!」

 

ただ単に照れくさいだけだと思うが、錯乱したマリアは頭を抱えて狼狽えていた。そうしている間に、切歌の後ろの席から調達もゾロゾロと姿を現した。

 

「み、皆もいたデスか!!?」

 

「おい!」

 

「っ!?」

 

切歌の前に険しい表情のクリスが出る。切歌はビクリと身を震わせていると、そんな切歌にクリスが手を伸ばして…その頭を優しく撫でた。

 

「悪かったよ…酷い事言って…あ、あたしもお前の事…す…す…き、嫌いじゃねえよ!!」

 

「っ!?ク、クリス先輩~!!」

 

「ちょっ!!?」

 

顔を真っ赤にしながらそっぽを向いてそう叫ぶクリスに、切歌は思わず抱き着いていた。

 

「わたしも!切歌ちゃんが大好きだよ~!」

 

「もちろん、あたし達もな?」

 

「ああ、当然だ」

 

「皆、切歌ちゃんの笑顔に元気をもらっているからね?」

 

「お、お前ら!あたしごと抱きしめるな!!」

 

次々と切歌に抱き着く仲間達に、切歌とクリスが目を回していた。

 

「うんうん、一件落着だな!」

 

「何にも落着してないわよ!今日こそはあなたとは決着をつけて…」

 

「お待たせしました~!ご注文のK2パフェで~す!!」

 

ドゴンッ!!

 

マリアの言葉を遮るように、小柄な切歌や調なら入れるのではと思う程の器にこれでもかとアイスや果物、クリームが盛られた、何故このような小洒落た喫茶店にこんなガチのチャレンジメニューがあるのかとか、何故標高トップのエベレストではなくわざわざ二位のK2なのかとか、超特急で作ったためか山頂付近に妙な段差が出来ているなとか、色々ツッコミどころ満載の特大パフェが店員三人がかりで運ばれてきた。

 

「とんでもないのが来たデス!?こんなの食べてたら重くなって当然デスよマリア!!」

 

「食べるかああああ!?いつまでそのネタを引っ張るつもりなのよ!!?」

 

ドンドン収拾がつかなくなっていく状況をナナシがニヤニヤしながら眺めていると…不意に裾を引っ張られたため、ナナシがそちらに視線を向けると、調がジーッとナナシに視線を向けて佇んでいた。

 

「先生…一つ、良いですか?」

 

「お、おう?どうした?」

 

「そうよ調!言ってやりなさい!!切歌の事を弄ぶなと!!!」

 

マリアの言葉が届いているのかいないのか、調は少しだけ間を置いた後、全員に注目されながらもナナシを真っ直ぐ見て言った。

 

 

 

「偶にで良いので…私も先生のことを、『ナナシ兄さん』って呼んでみても、良いですか?」

 

 

 

その後、半狂乱になったマリアを押さえ込んだり、皆で切歌を甘やかしたり、溶けて崩れそうになったK2パフェをナナシと響の二人で協力して五分足らずで完食したりしながら色々と有耶無耶なまま解散する流れとなった。

 

喫茶店を出る際に騒がしくしたことをナナシが詫びると、客と店員達から笑顔を向けられながら「またのご来店をお待ちしております!!」と言われて大量のクーポンを手渡された。

 

 

 

 

 

「全く…あの男ときたら…」

 

太陽が徐々に姿を隠そうとする中、マリアが切歌と調の手を握りながら帰路につき、道中マリアはずっと二人に愚痴とお小言を繰り返していた。

 

「何が重たいよ!好き勝手な事ばかり言って…どうせ嬉しいってのも社交辞令に決まって…きっと翼達でも同じことを言うはず…」

 

そんなマリアの呟きをBGMに、切歌は先程までのナナシとの会話を整理していた。

 

(結局アタシは何にも変わっていないデス…心の中でグルグルしていた感情は落ち着いたけど…皆のために何かをやらなきゃ…じゃなくって、何かを『やりたい』って気持ちは、残っているデス!)

 

しかし、具体的な方法までは見出せていない。無理して自分が何かする必要などないかもしれないが、それでも切歌は自分の中の『やりたい』気持ちに素直に従って考え続けていた。

 

(響さんの誕生日を皆でお祝いしたい…そのために、錬金術師の企みを阻止するデス!…でも、これはアタシだけでは無理で…う~ん…こんな時、ナナシさんならどうするデスかね?同じお気楽なはずなのに、どうしてあんなにナナシさんは頼りになるんデス?ついついアタシも、ナナシさんを頼ってしまって……)

 

「あっ…」

 

切歌は大きく目を見開き、思わず声を漏らしてしまった。

 

「そっか…『お気楽』って…『気を楽にする』って…だから、ナナシさんは…」

 

自分の気が付いた事を確かめるように切歌は小さく呟いて…ニッコリと笑みを浮かべていた。

 

(ああ、やっぱり、『ナナシお兄ちゃん』は凄いデス!!)

 

難しい顔から一転して、上機嫌な笑顔を浮かべた切歌の事を、マリア越しに調はジッと見ていた。

 

(凄いなぁ…先生、あっという間に切ちゃんを笑顔にしちゃった)

 

自分が悩んでいた時、ナナシを拒絶しなければあの場で解決していたのだろうかと調は考えた。

 

(つい頼ってしまいそうで…それは何だか良くない気がして、一人で頑張ると決めたけれど…思えば、アレも『気のせい』だったのかな?)

 

自分が悩んだ時間を無駄だと思ってはいない。早く解決出来ていれば良かったという訳ではない。でも、苦しみ藻掻く自分に差し伸べられた手を、無理をしてまで拒絶することは無かったとも思う。

 

(『ナナシ兄さん』…うん、私も切ちゃんの気持ちが良く分かる。マリアやマムと似ているような、何処か違うような厳しさと優しさ…先生が家族になってくれたらって考えると、心が暖かくなる)

 

そして調と切歌の二人は、自分達の間で未だに愚痴を言い続ける『姉』へと意識を向けた。

 

(やっぱり、ナナシさんならマリアとお似合いデス!)

 

(先生なら、マリアは自然と重さを預けられる。だってマリアがこんなにも文句を言える…想いを吐き出せる人なんて、先生くらいだから)

 

二人は脳裏にそんな未来を思い描く。笑顔の母親と、自分達。そしてマリア…その家族の輪に、ナナシが自然と入り込んでいる光景を…

 

(ナナシさんが、いつか…)

 

(私達の、家族に…)

 

((マリアの隣に、来てくれたなら…!))

 

 

 

 

 

ズキンッ…

 

 

 

 

 

((…?))

 

幸せな未来…マリアとナナシが並んで微笑む光景…その光景を前に、胸に過った感情が二人には理解出来なかった。

 

(何デスかね?今のは…)

 

(凄く幸せな、はずなのに…)

 

とても暖かくて、幸せな未来…だけどほんの少しだけ、ざわめく想いは…

 

その答えは、今は誰にも分からない。きっと“紛い物”にさえ…

 




このオリジナルエピソードは、最後の描写を入れたくて生まれました。だからオチのつけ方が結構雑になってしまった(言い訳w)
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