戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第163話

「があああああああああああああ!!!」

 

想定外の連続に誰もが言葉を失う中、“紛い物”の絶叫が暁の空に木霊していた。

 

「あ、兄弟子…兄弟子!!」

 

今までのような敵を欺く演技とは思えない、心から藻掻き苦しむ様子のナナシに、呆然としていた響がようやく我に戻ってナナシに駆け寄ろうとする。

 

「グるナあああアアアアアッ!!」

 

「っ!!?」

 

しかしナナシは、絶叫を無理矢理言葉にしたような声で必死に響に呼び掛け、その動きを止めさせた。

 

(体が、上手く動かせない…近づかれたら、殺してしまうかも、しれない…)

 

すると今度は、蹲るナナシから何処か弱弱しい印象の“念話”が伝わってきた。

 

「で、でも…!」

 

「フーッ!フーッ!」

 

荒い息で意識を保つナナシの体は、全身の筋肉が脈打つように蠢いている。それはまるで体の内側から別の生き物に変貌を遂げようとしているようで…そんなナナシを前にどうすることも出来ず、響が立ち竦んでいると、そこに遅れて切歌も近づいてきた。

 

それと同時に…

 

「立花!暁!ナナシ!」

 

「翼さん!?クリスちゃん達に、キャロルちゃんまで!!?」

 

…その場に、反動汚染の除去が間に合わず出撃出来なかったはずの翼達がギアを纏って現れた。翼達と共に、ファウストローブを纏ったキャロルも来ている。更に…

 

「「サンジェルマン!!」」

 

「プレラーティ!?カリオストロ!!?」

 

…ナナシに囚われたはずのプレラーティとカリオストロまでもがファウストローブを纏って駆けつけ、二人は一直線にサンジェルマンに近づき抱き着いた。

 

「二人共、捕まっていたはずでは…?」

 

「ごめんなさい、サンジェルマン。あーしら、あーたを裏切って…」

 

「歌女共の、シンフォギアの反動汚染除去を手伝ったワケダ…」

 

それがナナシの掲示した条件…二人の持つラピスの情報を開示させる事で、短期間でギアの反動汚染の除去を可能にしたのだ。

 

そして一刻も早く反動汚染の除去を達成させるため二人を煽るのが狙いか、はたまた別の理由のためか…もしもサンジェルマンやアダムとの決戦に間に合ったのなら、装者達と共に二人が戦場に向かえるようナナシは手配していたのだ。

 

「ナナシ!?大丈夫なのか!!?」

 

「不用意に近づくな!!」

 

ナナシに翼達が駆け寄ろうとするのを、キャロルが怒鳴りながら引き留めた。

 

「今その男に加減などする余裕があると思うのか!?それが分かっているからそいつは地に伏せているのだ!最悪の場合、そいつの身じろぎに巻き込まれて貴様らは粉々だぞ!?」

 

「じゃあどうしろって言うんだよ!!?」

 

思わずクリスがキャロルに食って掛かるが、キャロルは冷静に“血晶”を使ってナナシに“念話”で語り掛け始めた。

 

(ナナシ、可能な限り貴様の現状を伝えろ!意識は保てそうなのか!?)

 

(ははっ…へいき、へっちゃら、だ…ちょっとでも気を抜くと、飲み込まれそうだけどな…)

 

相変わらず苦しそうに蹲ってはいるが、ナナシは響の口癖を借りながらニヤリと気丈に笑ってみせた。

 

(茶化している場合か!…どうやら自我は保てているようだが…貴様の身に何が起こっている?)

 

(分かんねえ…分かんねえけど…何となく…馴染もうとしている(・・・・・・・・・)気がする)

 

自分の中で砕けた『何か』…それらを飲み込み、グチャグチャに混じり合い、隙間を埋めるように入り込んだ神の力が体中に浸透して、少しずつ、少しずつ…その身の一部となっていくのを、ナナシは朦朧とする意識の中で感じていた。

 

そんなナナシの変化に全員が注目していると…少し離れた場所で、アダムが幽鬼のような顔でナナシの事を見つめていた。

 

「台無しだ…僕の千年計画が…あり得ない…あり得ないんだよ…神の力に干渉するなんて…そんな事が出来る存在は…あいつらしか…あいつらしかぁあああ!!!」

 

ブツブツとそう呟いたアダムは、突如血走った目を見開いて…絶叫しながら駆け出した。

 

『っ!!?』

 

ナナシに注目していたために意表を突かれるが、全員が即座に臨戦態勢を取るとキャロルがアダムに弦で先制攻撃を仕掛ける。だが…

 

「あり得ないんだよぉおおおおお!!!あいつらしかぁあああああ!!!!」

 

アダムはこれまでに無い素早い動きでキャロルの弦を掻い潜り、装者達には目もくれず一瞬でナナシの元まで辿り着くと、蹲るナナシを蹴りで吹き飛ばした。

 

「があああああっ!!?」

 

「ナナシ!!?」

 

「わざわざ舞い戻ったのか!?僕の計画を台無しにするために!!そんなに認められないか!!?僕が同じ頂きに至ることが!!!そのような無様を晒してまでも!!!!」

 

激情のままにアダムが弱ったナナシを甚振り続ける。苛烈な攻撃に転がされ装者達も追いつけず、“障壁”を展開する余裕も無いナナシは、咄嗟にその腕を振り払い…

 

「がああああああああああっ!!!」

 

ドゴォオオオオオオオオオン!!!!

 

「ごぁあああああああああっ!!?」

 

…加減無しのナナシの一撃がアダムに直撃してナナシの右腕が消し飛び、アダムとナナシは衝撃で弾かれるように吹き飛んだ。

 

片腕が無くなったナナシはゴロゴロ転がった後、瓦礫に体を強く打ち付けた事でようやく動きが止まり、そこに装者達が追いついてきた。

 

「兄弟子!!大丈夫ですか!!?」

 

「ぐっ…がっ…」

 

響の呼び掛けに答える余裕も無く、ナナシは呻き声を上げながら朦朧とする意識の中で失った右腕を修復しようと“高速再生”を使おうとした。すると、右腕の傷口が蠢いて…

 

「ああああああ!!!」

 

ズリュウウウッ!!

 

『っ!!?!?』

 

傷口から、右腕が瞬時に生えてきた……無数に(・・・)

 

傷口から生えてきたナナシの右腕は、ナナシの身の丈を優に超えるほど巨大で…その巨大な腕から枝分かれするように、男性の、女性の、幼子の、老人の腕がビッシリと生えて、それぞれが不気味に蠢いていた。

 

「兄、弟子…」

 

その余りにおぞましい姿に、全員が言葉を失ってしまった。自分を助けるためにそんな状態となったナナシを前に、響は青い顔で瞳に涙を溜めていた。

 

「く、ははっ…ようやく、中身の邪悪さに、外見が、追い付いてきたか?」

 

そんな響を励ますためか、はたまた現実逃避なのか、ナナシは自身の腕を見ながらそう言って乾いた笑みを浮かべていた。

 

「醜いねぇ…それが本性かい?貴様ら『カストディアン』の!」

 

ナナシ達の混乱が収まらない間に、吹き飛ばされたアダムがフラフラと戻ってきた。驚く事にナナシの全力を受けたはずのアダムはまだ生きていた。白いスーツをボロボロにしてダメージを負っている様子ではあったが、その顔に死相は無く強い憎悪の籠った瞳でナナシの事を睨みつけている。

 

「くっ!アダムをナナシに近寄らせるな!今のこいつにこれ以上力を使わせると何が起こるか分からん!最悪の場合…戻れなくなるぞ!」

 

キャロルの警告は非常に曖昧ではあるが、ナナシから生えた腕を見れば嫌でもその意味が分かってしまう。即座に装者達はナナシを守るようにアダムの前に立ち塞がり、サンジェルマン達もアダムを討つべく武器を構えた。

 

「滑稽だねえ?負け犬共が群れる姿は。所詮傷の舐め合いなんだよ!不完全故に理想を夢想で終わらせることしか出来なかった貴様らの!」

 

自分に利用され続けていたサンジェルマン達、そしてパヴァリア光明結社の計画に利用されていたキャロルやマリア達が一丸となる光景に、アダムは悪態を吐いた。

 

「分かり合えるものか!バラルの呪詛がある限り!!呪詛を施した『カストディアン』…『アヌンナキ』を超えられぬ限り!!!」

 

そして少女達に守られたナナシに憎悪を籠めた視線を向けながら、アダムは人同士が理解し合う可能性を全否定した。

 

「だとしても…」

 

「だが一つになれば話は別だ!統率者を得る事で、無秩序な群体は完全体へとぉおおお!!」

 

「だとしても!!!」

 

「っ!?」

 

しかしそんなアダムの言葉を遮り、響は力強い声で自らの想いを語り出した。

 

「分かり合うために手を伸ばし続けた事、無意味では無かった!」

 

「ああ、このバカの言う通りだ!」

 

「お前が語ったように、私達の出来は良くない」

 

「だから、ナンチャラの一つ覚えで、何度だって立ち上がってきたのデス!」

 

「諦めずに、何度でも!そう繰り返すことで、一歩ずつ踏み出してきたのだから!!」

 

「たかだか完全を気取る程度で、私達不完全を上から支配出来るなどと思うてくれるな!」

 

響に賛同して、装者全員が真っ向からアダムと対峙する。歌姫達の強い想いが籠められた言葉を聞き、ナナシは苦しみ蹲りながらも嬉しそうにニヤリと笑った。

 

「どうしてそこまで言える?大きな事を、大きな顔で!」

 

苛立たし気にアダムが周囲に水晶をばら撒き、大量のアルカノイズを召喚した。

 

「人でなしには分からない!!」

 

響の叫びを皮切りに、アダムとの決戦の火蓋が切られ装者達は迫り来るアルカノイズに立ち向かっていった。

 

「キャロルちゃんお願い!兄弟子の事を守ってあげて!こっちはわたし達で何とかしてみせる!!」

 

「チッ…良いだろう!オレとしても貴重な研究対象を失う訳にはいかないからな!」

 

響の懇願をキャロルは舌打ちしながらも了承する。この戦場においてS.O.N.G.陣営で最も戦闘力が高いのはキャロルだ。本来であればキャロルを主力としてアダムを討つのが正しいのかもしれないが、ナナシに異変が生じた際に最も臨機応変に対応出来るのもキャロルだ。故にキャロルがナナシを守り響達が全力でアダムと戦うのは悪い考えではない。

 

それに…

 

(この役目を、立花響に任せる事だけはあってはならない)

 

異形の腕を蠢かせながら倒れ伏すナナシを観察しながら、キャロルは離れていく響の背に僅かな安堵を覚える。響にだけは、その『選択』を悟られる訳にはいかないからだ。

 

 

 

 

 

響達が歌と想いを重ね合わせながら、アルカノイズの群れを凄まじい勢いで殲滅していく。装者六名によるユニゾンによってフォニックゲインは凄まじい勢いで上昇していき、どれだけアルカノイズが現れようと今の装者達には相手にもならなかった。しかし…

 

「装者六人によるユニゾンで、フォニックゲイン上昇!」

 

「だけど、エクスドライブを起動させるにはまだ、ほど遠く…」

 

「むぅ…」

 

本部で観測された装者達のフォニックゲインでは、シンフォギアの切り札であるエクスドライブを起動させるにはまだまだ届かない事が見て取れた。この状態で、果たしてアダムを追い詰める事が出来るのか…そんな不安が、弦十郎達の表情に影を落としていた。

 

 

 

 

 

数多のアルカノイズを屠りながら、高ぶった感情を吐き出すように歌姫達は戦いながら自身の心を言葉にして叫ぶ。

 

「どうしてこんなにも、争いが続くのデスか!?」

 

「いつだって争いは、信念と信念のぶつかり合い!」

 

「正義の選択が、争いの原因とでも言うのかよ!?」

 

「安易な答えに、歩みを止めたくない!だが…」

 

「それもこれも、相互理解を阻むバラルの呪詛…」

 

そしてそれは歌姫達だけではない。自らの信念を貫くため、アダムに立ち向かおうとするサンジェルマンも同じだった。

 

「そう、バラルの呪詛がある限り、人は真に理解し合う事は叶わない。血筋を分けた存在でも、同じ志を持つ仲間の事さえ…!」

 

「「……」」

 

アルカノイズに向けて引き金を引き続けるサンジェルマンと同様に、プレラーティとカリオストロもファウストローブで迫り来るアルカノイズを蹴散らしていた。しかし二人は自分達の想いを吐き出すことなく、ただ静かに戦うサンジェルマンの事を見つめていた。

 

「だとしてもです!はあっ!!」

 

そんな二人に代わるように、響がそう叫びながら遂にアダムへと接近を果たした。しかしアダムは響の繰り出す拳の攻撃を軽やかに躱しながら、次々と光弾を響へと放つ。

 

「使わないのかい?エクスドライブを!いや使えまい…ここには無いからねえ!奇跡を纏えるだけのフォニックゲインが!!」

 

アダムがそう言って響を嘲笑うが、響は惑わされる事なくアダムの光弾を弾き、アダムに拳を振るい続ける。

 

「乗るなよ…調子に!」

 

そんな響の姿に、逆にアダムが苛立ちを見せて響の拳を掴み、そのまま空中へと放り投げた。そして空中の響に再び光弾を放つが、響はブースターを使って空中で光弾を躱していく。

 

「力を失っている今ならば!」

 

苛立ちから響にばかり気を取られるアダムの隙を突き、翼がアダムへと斬撃を放つ。寸前で斬撃に気付いたアダムは錬金術の防壁を展開することで対処するが、そのために響から意識を外してしまった。その瞬間、響はブースターを全開にしてアダムへ向かって急降下しながら両腕を前に突き出す。アダムは再び防壁を展開するが、響は両腕のギアに渾身の力を籠めて…防壁を突き破り、響の収束させたエネルギーはアダムへ接触と同時に大爆発を巻き起こした。

 

「届いた!?でも…」

 

「ああ、敵は統制局長…アダム・ヴァイスハウプトだ」

 

本部で戦闘の様子を見ていた弦十郎がそう指摘した通り、爆発の煙が晴れた後に現れたのは、アダムが響の攻撃を受け止める姿だった…左手で。

 

「左手!?」

 

ゴスッ!!

 

「うわあああ!!?」

 

サンジェルマンに切り裂かれ、自ら引き千切ったアダムの左腕…その傷口から伸びた異形の手に響が動揺していると、そのまま響は殴り飛ばされてしまった。空中で身を翻して着地した響が再びアダムへ視線を向けると、アダムは異形の手を蠢かせながら瞳を怪しく光らせていた。

 

「そうさ、力を失っているさ、僕は…だから、保っていられないさ。僕の…僕の完成された美形をぉおおおお!!!」

 

アダムが雄叫びを上げると、衣服と肌を弾けさせながらその肉体を内部から膨れ上がらせ、闘牛のような鋭い二本の角と沢山の目玉を持ち、長い尻尾を生やした悪魔のような姿へと変貌を遂げた。

 

「知られたくなかったぁ、人形だと…見せたくなかったぁ、こんな姿を…だけど頭に角を頂くしかないじゃないか!僕も同じさ負けられないのは!!」

 

アダムが絶叫するのと同時に、その体からエネルギーが溢れ出て周囲に広がっていき、エネルギーに飲み込まれたアルカノイズの群れは一瞬で赤い塵と化した。響達は地に足を踏ん張って必死に耐え、キャロルは錬金術の防壁で自身とナナシを守っていた。サンジェルマン達も同様に防壁を展開している。

 

「あれが、局長の真の姿…」

 

「人の姿を捨て去ってまで…」

 

「何をしでかすつもりデスか!」

 

「伝わるものか、端末と作られたサル風情に…分からせてやる、より完全な僕こそ支配者だと…そのために必要だったのさ、彼らと並び立てる神の力は…」

 

次の瞬間、アダムの姿が掻き消えて、気が付いた時には響がアダムに殴り飛ばされていた。

 

「うあっ!?」

 

続いてアダムは翼を標的に拳を振るう。素早い身のこなしで翼はアダムの攻撃を避けていたが、アダムのスピードに対応しきれず跳躍した隙に角による一撃を受けてしまった。

 

「ぐああっ!?」

 

「巨体に似合わないスピードで!?」

 

尋常ではないアダムのスピードとパワーに、調と切歌が警戒していると…

 

ジリリリリリ!ジリリリリリ!

 

突然背後から鳴り響いた音に驚いて、二人は咄嗟に振り返ってしまった。

 

「何でこんなところに電話が!!?」

 

瓦礫の上で呼び鈴を鳴らす電話に気を取られた隙に、アダムが二人を纏めて殴り飛ばした。

 

「オマケに、悪辣さはそのままデス…」

 

「くそったれえええっ!」

 

「よくも!!」

 

後輩と家族を傷つけたアダムに、クリスがガトリングを放ってアダムが防御している隙にマリアが背後から奇襲を仕掛けた。しかしアダムはその長い尻尾でマリアを掴むと、クリスに向かって投げ飛ばし、クリスがマリアを受け止めた隙に二人纏めて殴り飛ばした。

 

「力負けしている…!」

 

真の姿となったアダムに対して、エクスドライブではない通常状態のシンフォギアでは出力が足りずに傷一つ付けられない。

 

「それでも、人類の未来のために立ち止まる訳には!」

 

アダムの背後からサンジェルマンが銃を構え、その引き金を引こうとして…

 

ガシッ!!

 

「っ!!?」

 

…横から伸ばされたカリオストロとプレラーティの手に腕と銃を掴まれて、発砲を止められてしまった。

 

「カリオストロ!?プレラーティ!?一体何を!!?」

 

「「……」」

 

仲間の意図が分からず困惑するサンジェルマンの傍で、カリオストロとプレラーティはただただ無言で佇んでいた。

 

サンジェルマン達がそうしている間にアダムは倒れ伏す響に近づいて…その巨大な拳を無慈悲に振り下した。

 

「っ!!?」

 

傷つき動けない響は、振り下ろされる拳を前に目を閉じてしまった。

 

グシャアッ!!

 

直後に肉が潰れる生々しい音が響き、周囲に鉄臭い血の匂いが漂う。しかし響には予期していた衝撃が全く感じられず、響が恐る恐る目を開けると…巨大な右腕を盾のようにして響を庇うナナシが目の前にいた。アダムの攻撃を受け止めた事で、側面から生えている腕が何本か潰れて血が流れている。

 

「貴様…!」

 

「がああああっ!!」

 

ドゴォオオオオン!!!

 

「ぐおああああっ!!?」

 

そのまま振り払ったナナシの右腕がアダムの胴に直撃して、アダムの巨体が二度、三度と地面をバウンドしながら吹き飛んでいった。その代償にナナシの右腕は再び弾け飛び、二の腕の半ばまで消滅してしまった。

 

「あ、兄弟子、助かりました。でも…」

 

「ナナシ!突然飛び出しおって!!今の貴様に他人を気遣う余裕など無いはずだろう!!?」

 

(くくっ…残念ながら、俺の中にあるよく分からないモノを抑え込むのに必死で、俺自身の心を抑える余裕が無いんだよ)

 

未だ不調の治まらない状態で、それでも笑みを浮かべるナナシは、残った右腕を掴んで自ら引き千切った。そしてナナシが目を瞑って意識を失った右腕に集中すると、凄まじい速度で再生していき…今度は正常な状態で右腕が完治した。

 

(フーッ…ある程度意識出来れば、力をコントロール出来るみたいだな。これなら…)

 

「兄弟子…お願いです。今は、休んでいてください」

 

再生した腕の具合を確かめるナナシに、響はそう懇願した。しかしナナシは困ったように笑いながら首を左右に振った。

 

(言っただろう?自分の心を抑える余裕も無いんだ。お前らがアダムに傷つけられるのをただ見ているだけなんて、それこそどうにかなってしまいそうだ)

 

「で、でも!今の兄弟子が無茶をして、もしもの事があったら!!」

 

つい先程自分が感じた、自分が自分で無くなるような感覚…もしもナナシの心が、飲み込まれてしまったら…そう心配する響に対して、ナナシは優しく微笑んだ。

 

 

 

(その時は、子守唄を奏でてくれ。お前の歌でなら、俺はぐっすり眠れるはずだ)

 

 

 

「え…?」

 

「ナナシ!?貴様!!!」

 

その言葉の意味が分からず呆然とする響だったが、キャロルの動揺と憤怒、そして何かを隠そうとするような必死さを感じる声を聞いて…察してしまった。

 

そう、響の歌でなら…『神殺し』なら、“紛い物”の神を永遠の眠りに誘うことが出来る。

 

「嫌…嫌、です…そんな…そんな事!絶対に!!」

 

(俺だって本当はお前にそんな真似させたくない。二千年の想いが呪いと積層したその力が、そう都合良く使えるモノとは思えないからな。その呪いがどんな代償をお前に背負わせるか…)

 

「違います!!わたしが言っているのは!!!そんなことじゃあ!!!!」

 

響が涙を流しながら必死に訴える。背負うことになるのは、呪いの代償などと言う曖昧なモノではない。もっと身近で、大切で、掛け替えのない…

 

(ああ、分かっている。それでも…だとしても、だ)

 

そんな響の涙と想いを目の当たりにして尚、ナナシは決意の宿った瞳でそう響を諭した。

 

(お前はその選択から目を背けてはいけない。お前が誰かと手を繋ぐ正義を貫き続けるのなら、その手を開くために抱え込んだ大切なモノを手放さなければならない時が必ず来る。相手が崖っぷちから落ちる前に、相手の抱える大切なモノを払い落として、壊してしまってでも手を引かなければならない時が必ず来る。貰うだけ、与えるだけでは駄目だ。失う覚悟と、失わせる覚悟を持て!)

 

「失う覚悟と、失わせる覚悟…」

 

(失うばかりだと空っぽになってしまう。失わせてばかりだと誰も近寄ってくれない。自分が失ってでも相手に与えたいモノ、相手に失わせてでも自分が欲しいモノ、自分の選択と、自分以外の選択で未来は決まっていく。だから目を逸らすな!思考を止めるな!!選ばなければならない『いつか』を迎えた時に、選べないまま何もかも取り零さないために、悩み、苦しみ、藻掻き続けて…掴み取るんだ!互いに傷つき失って尚、笑顔を向け合えるような『勝利』を!!)

 

「そん、な…そんなの…無理ですよ!兄弟子を失う未来を!!わたし達は勝利だなんて笑えません!!!あなたを失って皆が流した涙を!!兄弟子は忘れてしまったんですか!!?そんな未来を兄弟子は!!勝利だなんて笑えるんですか!!?」

 

(悪い…馬鹿は死んでも治らないって、本当みたいだ。お前らの未来のために戦って、お前の歌で終われるなら…最高過ぎて笑みしか浮かばねえや)

 

茶化すようにそう伝えながら、笑顔でナナシは涙を流す響の頭を撫でようとして…今の自分では、容易くその頭を潰してしまうと思い留まった。上げかけた右腕を誤魔化すように握り締めて、ナナシはスゥッと深く息を吸い込んで…

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

ビリビリと、魂すら震わせるような咆哮を響かせながら、ナナシは遠くから迫って来るアダムに向かって飛び掛かっていった。

 

「おのれカストディアン!無様に地へ伏せ続ければ良いものを!!貴様の執心する歌女共を蹂躙して、僕が貴様の中から神の力を引き摺り出すまで!!!」

 

(地べたは数千年で充分堪能した!碌でなしの人でなし同士、楽しい殺し合いと洒落こもうや!!)

 

ナナシとアダムの振りかぶった拳が衝突する。圧倒的なサイズ差があるはずの二つの拳は、互いに弾け飛んで消滅するという同じ結果へと至った。衝撃で軽く仰け反った二人は、これまた同じように失った腕を回復させながら相手を葬るために無事な腕を振り上げながら互いに接近していく。

 

始まってしまった怪物同士の苛烈な殺し合いを、歌姫達は呆然と眺める事しか出来なかった。そんな中キャロルはしばしの間歯を食いしばり、手を握り締めた後…葛藤を振り払うように弦を構えながら叫んだ。

 

「速攻でアダムを討つ!!あの男が自我を失う前にだ!!!」

 

「なっ!?だが!!?」

 

「あのバカを止めなくて良いのかよ!!?」

 

「止められるならば止めてみせろ!!一度括ったあやつの腹を、貴様らが解けると思うのならば!!!」

 

そう言ってキャロルは歌いながら怪物達の殺し合う戦場へ駆けていく。歌姫達はこれまでも幾度となく己の覚悟のままに突き進んできたナナシの事を思い出し…自分達も覚悟を決めて、傷ついた体を起き上がらせてキャロルの後に続いた。

 

「うわああああああ!!!」

 

響も涙を拭って、叫びながら仲間達の後に続く。しかしそれはナナシの伝えた失う覚悟と、失わせる覚悟を決心したからでは断じてない。

 

(失わせない!兄弟子がいない明日に、わたし達は笑顔なんて向けられない!!絶対に…守ってみせる!!!)

 

 

 

 

 

「何故だ!?何故邪魔をする!!?プレラーティ!カリオストロ!!」

 

人類の未来を懸けた決戦に挑もうとする自分を掴んで引き止める仲間達に、サンジェルマンが叫ぶと…カリオストロが、そんなサンジェルマンに静かに問いかけた。

 

「サンジェルマン…サンジェルマンはあの男の話を…血の塊を飲み込んだの?」

 

「っ!?い、いや…だ、だがそれは!直前で局長の邪魔が入って!!」

 

決して二人を見限った訳では無い。その事を慌てて伝えようとするサンジェルマンだったが…

 

「そう…」

 

「良かったワケダ…」

 

…サンジェルマンの心配を他所に、カリオストロ達は安堵している様子だった。二人は困惑するサンジェルマンの顔を覗き込むと…優しく微笑んだ。

 

 

 

「サンジェルマン、ここでお別れなワケダ」

 

「あーたは今すぐここから逃げて…生き延びて!!」

 

 

 




話の流れで察しがつくかもしれませんが、AXZ編はこのまま最終決戦に突入します。
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