戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第164話

幾度となく轟音が鳴り響き、その度に衝撃によって大地が割れ空気が震える。もし遠く離れた場所でそれらを感じ取る者がいたならば、断続的に響く音と揺れの発生原因が『殴り合い』だなどとは夢にも思うまい。

 

「がああああああっ!!!」

 

「ぐぉおおおおおっ!!!」

 

既に原型を失ってしまった神社跡地で二体の怪物達…アダムとナナシは互いの四肢を幾度となく消し飛ばし、体を削り合う。どちらも高い再生能力と凄まじい力を活かしてノーガードで相手に攻撃を叩き込んでいた。

 

しかしアダムにはナナシには無い強みとして錬金術があり、殴り合いの最中でも錬金術を行使して凄まじい熱量の火球を生み出しナナシを塵も残さず焼き尽くそうとした。

 

嗚呼、終焉への追走曲(カノン)が薫る 殺戮の福音に血反吐と散れ!

 

そんなアダムの錬金術に対して、絶唱を奏でるキャロルが水と氷の錬金術で対処する。正体を隠すために使っていた膨大な魔力を用いて繰り出されるアダムの錬金術を打ち消すのはキャロルであっても容易では無く、しかし一つでも撃ち漏らせば一気に戦況が傾きかねないためどうしてもキャロルはフォローに回らざるを得なかった。

 

ナナシとキャロルの二人でアダムと拮抗している今、装者達がアダムを攻撃出来ればアダムを追い詰められるはずだったが…

 

「はあっ!!」

 

キンッ!

 

「おりゃあああっ!!」

 

ガキキキキンッ!!

 

…装者達の攻撃は、真の姿となったアダムに通用しなかった。肌に傷を作る事さえ出来ない装者達を無視して、アダムは目の前のナナシに…自分の怨敵にのみ意識を集中させていた。

 

「証明してみせる!僕の正しさを!!完全たる僕が不完全共を統べる事で!貴様らカストディアンに、アヌンナキに並び、超える事でぇえええええ!!」

 

(うるせえよ!カスだかヴィランだか灰汁抜きだか知らねえけど人違い…神違いだバカが!!)

 

叫びながら攻撃してくるアダムに、ナナシは“念話”でそう返す。これまでの会話からアダムが度々口にするカストディアン、アヌンナキがアダムの創造主であり、バラルの呪詛を施した存在…神である事をナナシは理解していた。

 

(ってか、話聞く限り俺達兄弟の可能性が高くねえか!!?)

 

「はあっ!?」

 

(俺に自意識が生まれたのは数年前!それ以前は火星みたいな場所に数千年放置状態!!生まれつき良く分からんご都合主義能力搭載!!!お前と同じように作られて、同じように廃棄された試作体とかじゃないか俺!!?)

 

「あり得ないねぇ!傲慢なあいつらが、自分達の力を模倣して人形に与えるなど!!」

 

(ああそうかよ!そりゃ良かった!お前みたいなキモイのが兄とか勘弁だからな!!)

 

「貴様が僕の容姿を貶すのかい!?そのような悍ましい姿を晒しておいて!!」

 

アダムの拳をナナシが腕を交差して受け止める。凄まじい衝撃にミシミシと内部の骨と『表面の鱗』が軋み、踏ん張る足と『蹄』が地面に沈み込む。

 

神の力を取り込み、これまでとは比較にならない再生速度を獲得したナナシであったが、アダムとの激闘の中で失った体を幾度も再生する度に人ならざる特徴が現れ始めた。ヤギのような足に蛇のような鱗に覆われた腕、頭部への攻撃を避けようとして掠めて潰れた片目は今、獣のような縦長の瞳孔でアダムを睨み…そのような状態で尚、ナナシはニヤリと普段通りに笑みを浮かべる。

 

(あぁ?誰が容姿(ガワ)の話なんてした?お前の見た目は寧ろ今の方がずっとカッコイイと思うけどな?その立派な角とか俺も欲しい…)

 

ニョキニョキニョキッ!

 

「っ!!?」

 

(えっ!?何か生えた!?何か生えたよな今!!?ひょっとして俺もお前みたいな立派な角を頂いた!!?)

 

「ふざけるなぁああああ!!!!」

 

激情のままにアダムがナナシの頭に生えた…某菓子好きの魔人のような全体的に丸っこい触覚を掴んで引き千切った。

 

(おっぐ!!?)

 

「劣っているだと!?完成された僕の美形が!!?優っているだと!?この醜き人形の体が!!?」

 

(ああそうだよ!お前の歪な感情を、無理矢理人間に合わせたように表情を動かす超絶キモかったさっきまでより、今の方がずっと自然に生きているように見えるよ!)

 

「黙れぇええええええ!!!!」

 

(ぐおっ!!?)

 

アダムは怒声を上げながら、頭から血をダラダラ流して笑うナナシを殴り、吹き飛ばした。

 

「全て葬る、完全な僕の思想を否定する存在は悉く…ん?」

 

キャロルへ錬金術を放ち、装者達の攻撃を物ともせずにナナシへ追撃しようとしたアダムだったが…その複数ある瞳が、視界の端にこれまで忘却していた者達の姿を捉えてしまった。

 

 

 

 

 

「私だけ、逃げる…?何を言っているのだ!?二人共!!?」

 

仲間達が放った信じられない言葉に、サンジェルマンは思わずそう叫んでしまった。

 

「サンジェルマン…あーたはあの黄色信号ちゃん達と、手を取り合う気があるの?」

 

「そ、それは…無理だ。取り合えるものか…死を灯す事でしか、明日を描けない私には…」

 

「だとしたら、あそこで潰し合っているのはどっちもあーしらの敵なの。この意味分かる?」

 

「っ!!?」

 

カリオストロの言葉に、サンジェルマンが目を見開く。軽い口調でカリオストロは話しているが、その目は強い覚悟が宿っていた。

 

「我々を積極的に排除しようとする局長を楽に葬れるなら、それに越したことは無かったワケダが…本性を現した局長相手では結果がどう転ぶか分からないワケダ。神の力もあの男に奪われた今、我々はこのまま傍観に徹して美味しい所を掻っ攫うのが最も合理的なワケダ」

 

「だ、だが、それならば何故私だけこの場を離れろと言うのだ!!?」

 

「言ったでしょう?結果がどう転ぶか分からないの。上手い具合に共倒れになってくれれば良いけど、残った方をあーしらが仕留め切れる保証もない…なら、誰か一人でも生き残ってくれれば、人類の未来に希望が残せるでしょう?」

 

「危ない橋を渡るのは、裏切り者の我々が最適なワケダ」

 

「ま、待って!私は二人を裏切り者だなんて思っていない!逃げるなら三人で逃げて、再び力を蓄えれば…」

 

サンジェルマンが二人に必死で呼び掛けるが、二人が首を縦に振ることは無い。

 

「無理よ。あーしらはあのジャパニーズホラーの血を飲み込んじゃってる。そのせいで、あーしらの居場所はあの男に筒抜けらしいわ」

 

「それ以前に、あの男が神の力に飲み込まれて化け物にでもなってしまえば、我々もどうなるか分からないワケダ。そんな状態の我々では、どちらにせよサンジェルマンの傍にはもう居られないワケダ」

 

「…嫌だ」

 

様々な理由から、この場から自分が離れる事の正当性を主張されて…それでも尚、サンジェルマンは拒絶の言葉を口にした。

 

「私一人だけ逃げるなど、出来るものか!仲間を見捨てて生き延びるくらいなら、いっそのこと…!!」

 

死に別れたはずの仲間達と再会を果たしたサンジェルマンには、再び彼女達と別れる事など…況してや、仲間を犠牲に自分だけ生き残るなど考えられなかった。そんな事をするくらいなら、仲間達と共に最後まで…最期まで…

 

バチィィィン!!

 

そんな事を言いながら動こうとしないサンジェルマンの頬に、カリオストロの平手が炸裂した。

 

「え…?」

 

「ざっけんじゃないわよ!!今更何を甘ったれた事言ってんの!?人類の未来は!支配からの脱却は!!あーたにとって何を犠牲にしてでも叶えたい悲願じゃなかったの!!?」

 

「今のサンジェルマンの発言は、これまで革命の礎となった者達に対するこれ以上ない裏切りなワケダ!」

 

「っ!!?」

 

カリオストロ達の指摘に、サンジェルマンは言葉を失う。二人の言葉はどうしようもなく正しい。理想のため、これまで必要な犠牲として何万もの命を奪ってきたサンジェルマンが、仲間への想いのためにそれを無為にするなど許される事では無い。

 

そしてそれ以上に…これまでずっと自分の考えを支持してくれていた仲間達がここまではっきりと自分を咎めたのは初めてで、サンジェルマンは狼狽えてしまった。そんなサンジェルマンに、畳みかけるようにカリオストロは驚くべき事を口にした。

 

「この際はっきり言わせてもらうわ!あーしらはね、正直人類の未来なんてこれっぽっちも興味が無いのよ!!」

 

「えっ…?」

 

「サンジェルマンの掲げる理想と、我々の求める理想は異なると言っているワケダ!」

 

「嘘…」

 

二人の言葉を、サンジェルマンは理解出来なかった。青天の霹靂どころの話では無い。数百年もの間、苦難の道を共に歩んできた仲間達の理想が自分と異なるなど、サンジェルマンにはあり得ないとしか思えなかった。

 

「嘘じゃないわよ。あーしらの理想は…願いは、人類の未来なんかじゃない」

 

「サンジェルマンが生きて…笑ってくれる未来なワケダ」

 

「っ!!?」

 

「サンジェルマンの理想を叶えた世界でなら、そんな未来を迎えられると思っていた…」

 

「共に道を歩んでいれば…いつか、サンジェルマンが心から笑ってくれる日が来ると、信じていたワケダ…」

 

しかし、本当は二人にも分かっていた。サンジェルマンの進む未来に、二人の望む光景が無い事など…それでも二人はサンジェルマンの傍に居続けたくて、知らないフリをした。傍に居るだけで充分だと、自分達の心を誤魔化した。

 

そんな嘘と誤魔化しに塗れた自分達の心を“紛い物”に見透かされ、まんまと利用されるだけと察しながらもその命を天秤に乗せた時点で二人は決めていた。もう、『妥協』はやめようと。

 

「これで分かったでしょう?あーしらは最初から、本当の意味での仲間じゃないのよ!」

 

「サンジェルマンがこの場を離れる事は、裏切りでも何でもない。ただ、お互いの理想に至る術が一致しただけなワケダ…早く行くワケダ!!」

 

例えサンジェルマンの意に沿わなくても、共に居られなくなっても、どれだけ僅かな可能性であっても…自分達の望む未来を諦めない。その可能性を繋ぐために、二人は自分達を犠牲にしてでもサンジェルマンが生き延びてくれる道を示したのだ。

 

「ぁ…っ…!!」

 

二人の言葉と想いを、サンジェルマンは否定出来ない。否定する理由が見つけられない。かつて“紛い物”に己の矛盾を示された時のように、定めてしまえば失ってしまう。自分の理想か、仲間達の命か…

 

だが今回は、選ばなければならない。選択の時を待ち続けてくれるほど、この世界は優しくない。失う事を恐れて、思考を止めてしまったら…

 

 

 

「何をごちゃごちゃ言っているんだい?好き勝手な事を」

 

 

 

…全てを失うことになる。

 

「「「っ!!?」」」

 

その声に反応して三人が視線を向けると、アダムが錬金術で巨大な火球を生成して三人に放とうとしていた。

 

「サンジェルマンさん!三人共逃げてええええ!!」

 

響が三人に呼び掛けながら必死にアダムを妨害しようとするが、やはり出力が足りずアダムを揺るがす事が出来ない。

 

「ここで終わりなんだよ、君達三人の命運はねえ!!」

 

サンジェルマン達に向かって、火球が放たれる。アダムの膨大な魔力が籠められたその攻撃は、如何にファウストローブを纏った三人でも耐えられないだろう。

 

「っ!!」

 

ドン!!

 

それを察して、いち早く行動に移ったカリオストロは…全力でサンジェルマンとプレラーティを突き飛ばした。

 

「なっ!?」

 

「カリオストロ!!?」

 

驚く二人の目の前で、一人残ったカリオストロに火球が迫り…

 

ドゴオオオンッ!!!

 

…カリオストロの姿は、爆炎の中に消えてしまった。爆発の余波で吹き飛ばされたサンジェルマン達が視線を戻すと、先程まで自分達がいた場所に黒煙が立ち上り、カリオストロは何処にも見当たらない。

 

「あのオタンチン…!また一人でカッコつけて!!」

 

「あぁ…カリオストロ…カリオストロォオオオ!!!」

 

サンジェルマンが泣きながら炎の中に消えた仲間に呼びかける。やがて煙が風に流れて消えていき、露わになった爆発の跡に…無傷のカリオストロが立っていた。

 

「えっ…?」

 

「はっ…?」

 

「あぁ…?」

 

その光景に、サンジェルマンとプレラーティが思わず呆けてしまい、アダムが怪訝な声を出す。

 

「あ、あら…?」

 

一番困惑しているのはカリオストロ本人だ。咄嗟に仲間を庇い、錬金術で防御さえしなかった自分が、何故怪我の一つもないのか全く分からなかった。

 

「カ、カリオストロ!!」

 

「何故無事なワケダ!!?」

 

「わ、分かんないわよ!?あーしの美貌に神様がメロリンズッキュンされて奇跡でも起きたのかしら!!?」

 

困惑しながらそんな事を口にするカリオストロに、サンジェルマン達が駆け寄ると、アダムが苛立ちを籠めた視線で三人を睨みつけた。

 

「鬱陶しいなあ!早く屍を晒しなよ!!君達は用済みなんだから!!!」

 

自分の錬金術を防がれたアダムは、瞬時にサンジェルマン達へと近づいて三人纏めて叩き潰そうと拳を振り上げた。アダムのスピードに対応出来ず、驚愕に固まる三人にアダムの拳が振り下ろされて…

 

ガキィィィンッ!!

 

…アダムの拳が、透明な壁のような物に阻まれた。

 

「なっ!!?」

 

「これって!!?」

 

その現象に、サンジェルマン達が更に困惑する。何故ならその力は、幾度となく自分達を追い詰めてきた怨敵の…

 

「がああああああっ!!!」

 

ズドオオオオンッ!!!

 

「ごぉおおおおおっ!!?」

 

サンジェルマン達に集中して隙だらけのアダムに、ナナシの攻撃が直撃する。アダムは咄嗟に地に踏ん張り、大きく仰け反りながらもこれまでのように吹き飛ばされないよう耐えきった。

 

「おのれ!…っ!?」

 

すぐさま反撃に出ようとしたアダムだったが、その両手足に弦が何十にも巻き付いて動きを阻害される。弦が伸ばされた先には、絶唱のフォニックゲインを収束して放とうとするキャロルがいた。

 

「世界ごと、ぶっ飛べえええ!!!」

 

「舐めるなよ!クソガキがあああ!!!」

 

キャロルが放つ極太の光線に対して、アダムは全身を発光させてその口部をパカリと開くと、そこからキャロルの光線に負けない威力の光線を放って対抗した。凄まじい力がぶつかり合い、その余波で誰も両者に近づけなくなる。

 

(あははは!どっちも派手な必殺技があって羨ましいなあ!!地味で忘れられないように、精々度肝を抜いてやろう!!!)

 

「ま、待ちなさい!」

 

強大な力のぶつかり合いにも臆することなく、ナナシがアダムの隙を突くべく進もうとしたところを、カリオストロが呼び止めた。

 

「何であーしらの事を助けたのよ!?」

 

(あぁ?助けた?殴りやすそうだったから横からぶん殴っただけだぞ?)

 

「そうじゃないわよ!アダムの攻撃から、あーたの力であーしらを守ったのは何でか聞いてんのよ!!」

 

先程アダムの拳から三人を守ったのは、間違いなくナナシの“障壁”だった。恐らく、カリオストロを火球から守ったのもそうだ。何故ナナシが敵である自分達を守ったのか、カリオストロには全く理解出来なかった。

 

(はあ?………ああ、なるほど。上手くやりやがって)

 

「は?何を言って…」

 

(お前らの中にあった俺の血が消えたんだよ。俺は切り離した自分の体に力を宿せて、力を使い切ったら肉体ごと消滅する。防御の力に関しては勝手に発動するんだよ)

 

「なっ!!?」

 

(お前らが逃走したら閉じ込めるために施していたのが裏目に出たな。まあ、正直もう用済みだしどうでも良いや。寧ろ何でまだこんなところに居やがるんだ?馬鹿なの?死ぬの?)

 

「我々を騙して、後から追いかけようという腹積もりなワケダ!?」

 

(錬金術はレントゲンの真似事も出来ねえのかよ?別にお前らの信じる信じないに興味はねえ。消えろ、目障りだ)

 

「っ!?…い、言われなくたって!!」

 

真偽は後で調べればいい。サンジェルマンが動かない内にまたアダムに殺されそうになったらもう助からない。カリオストロとプレラーティは多少方針を変更して、とにかくサンジェルマンをこの場から連れ出すことにした。

 

「だ、だが…」

 

それでもこの場を離れる事を躊躇うサンジェルマンを、ナナシがギロリと睨みつけた。

 

(この期に及んで、まだ人類の未来がどうとか戯言をほざくつもりか?)

 

「戯言などでは…!」

 

(誰もお前に救いなんて求めていない!!)

 

「っ!!?」

 

(どれだけ追い詰められた人間でも、縋る相手を選ぶくらいする!誰が自分より死にそうな顔した奴に救いを求める!?手を伸ばそうとする!!?お前みたいな奴に、二人も必要としてくれる奴がいるってだけで奇跡なんだ!!誰に縋られた訳でも無く、お前が救いを求められたと思って抱え込んだその使命感は、全部お前の気のせいなんだよ!!いい加減に気付け馬鹿が!!!)

 

一方的にサンジェルマンの想いを切り捨てて、ナナシはアダムと決着を付けるため突き進む。カリオストロとプレラーティはサンジェルマンの腕を両側から掴んでアダム達から離れ始めた。サンジェルマンはそんな仲間達に抗う事も、従う事も出来ず、ただただ離れていく戦場を眺める事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

相手を消し去るために放たれたキャロルとアダムの光線は、どちらも勝るとも劣らず二人の間で拮抗していたが…突如として、その両者のぶつかり合いに横槍が入れられた。

 

「ばあ゛っ!!」

 

『!!?!?』

 

これでもアダムは警戒していた。キャロルの攻撃に対抗する自分は隙だらけである事を自覚していたため、もしその隙をナナシが突こうとしたならば即座に対応しようと構えていたのだが…そんなアダムを嘲笑うかのように、ナナシはアダムと仲間達の度肝を抜くことに成功した。

 

当然であろう。警戒して尚意識の向くことの無い完全なアダムの死角…アダムが自ら放つ光線を突っ切って、ナナシがその眼前に現れたのだから。

 

これまで幾度となくその肉体を砕き、壊し、消滅させてきたナナシの経験と、現在の再生力から導かれた感覚…即ち『勘』によって、一瞬であれば耐えられると判断したナナシは、全身を焼け爛れさせながら無防備なアダムの眼前に飛び出すことに成功して…その頭部目掛けて、全力の一撃を繰り出した。

 

「ぐおああああああああっ!!?」

 

ナナシの右腕と引き換えにアダムの頭部が砕け、角が罅割れ、アダムが大地に仰向けに倒れ込む。アダムの光線が止まり、ナナシも巻き込みかねないためキャロルも光線の放出を止める。

 

「これで…終わりだあああああああ!!!」

 

致命的な隙を晒したアダムに、ナナシが残った左腕でトドメの一撃を繰り出そうとして…

 

「アダムダイスキィイイイ!!!」

 

「っ!!?!?」

 

その瞬間、倒れたアダムの首元に抱き着くティキの姿に気を取られ、ほんの僅かにナナシの動きが鈍って…

 

シュルウウウッ!!

 

…その僅かな隙に、アダムの尻尾がナナシの体に巻き付き、ナナシは捕らわれてしまった。

 

「兄弟子!!」

 

「ナナシ!!」

 

すぐにナナシを救出しようと動き出した響達だったが、アダムが元々ナナシの襲撃に備えて用意していた水と氷の錬金術によって、全身に纏わりついた水を凍らされて身動きが取れなくなってしまった。

 

「くっ!?」

 

すぐにフォローに回ろうとするキャロルであったが、またもアダムが錬金術を次々と、それも動けない装者達を巻き込むように放とうとするため対処を余儀なくされた。

 

身動きの取れないナナシに、アダムがまるで意趣返しのように頭部を狙って拳を振り下す。咄嗟にナナシは自身を守るように“障壁”を展開して…

 

ガスッ!!

 

「がっ!!?」

 

…“障壁”でアダムの拳を受けた瞬間、唐突に降りかかった頭の痛みに思わずナナシは声を出してしまった。

 

「ほう?苦しいのかい?それとも演技かな?僕を騙すための。どっちだろうねえ?クククク…アッハハハハハ!」

 

ガスッ!ガスッ!ガスッ!

 

「ぐうううっ!!?」

 

アダムが拳を振り下す度に、ナナシの頭に痛みが走る。その様子をアダムは心底楽しそうに嘲笑った。

 

(“障壁”は…“付与”の中でも相当、力の消費が激しかった…この能力で多くの力が使われて、まだ馴染んでいない神の力が、刺激されているのか…?)

 

痛む頭でそう分析しながらも、アダムの攻撃を防がない訳にはいかない。今の自分が意識を失えば、どのような事が起こるか分からないからだ。

 

「滑稽だねえ?みすみす勝機を逃すなど…こんなモノのために!」

 

「アダム、ノ、イケズ。ダイテクレナイ、カラ、アタシガ、ダイチャウ…」

 

首筋にしがみ付くティキを、アダムは無造作に掴んで地面にたたきつけると、その大きな足を上げて…

 

「アダ、ム…ダイ、スキ…」

 

グシャアッ!!

 

…何の躊躇も無くティキを踏み潰し、ナナシに見せつけるようにグリグリと踏み躙って…アダムが再び足を上げると、そこにはティキだったモノの残骸があった。

 

「…憐れだな」

 

その光景にナナシは怒る訳でも、悲しむ訳でも無く、ポツリと零すようにそう口にした。

 

「下らないねぇ。感情移入かい?人のように振舞う人形に対して、人のように振舞う貴様が?アッハハハハハ!」

 

そんなナナシを、アダムは心底楽しそうに嘲笑う。しかし、アダムは勘違いをしている。ナナシが視線を向けている先は、ティキの残骸などでは無い。ナナシが憐れんでいるのは…

 

「俺はお前に言ってんだよ。アダム・ヴァイスハウプト」

 

「…は?」

 

痛みに蝕まれ、未だ動きづらい口を動かして、それでも“紛い物”は目の前の存在に対する憐れみを言葉に紡いだ。

 

「なあ…お前には伝わらなかったのか?あの人形がお前に向けていた感情が…」

 

「はぁ?伝わる訳ないだろう?存在しないモノなど!所詮“紛い物”の感情だ、人形に植え付けられただけの!」

 

「確かにお前以外には一切心を動かさない、歪な感情だった…だけどな…お前に関わる事なら何処までも強く揺らぐ、確かな想いをあの人形はお前に向けていた!お前を見るだけで、必要ないはずの呼吸が乱れるように揺れ動いて、お前の言葉を聞くだけで、心臓の無い胸に鼓動を刻むように高鳴って…お前が忌み嫌うその姿を目にしても!お前に踏み砕かれる刹那にさえ!!陰る事の無い想いをあの人形はお前に向けていた!!!」

 

「知った事ではないねえ!道具の事など!!ただのガラクタなんだよ!完全たる僕の役に立たないモノは悉く!!」

 

ナナシの訴えを聞いても、アダムは決して揺るがない。その揺らがない感情が、ナナシにとってどうしようもなく…

 

「ああ…お前を想う存在を踏み躙っても、欠片も乱れないお前の感情が…誰の想いも受け入れられず、変われないお前という存在が…どうしようもなく、憐れだ」

 

「黙れええええええ!!!」

 

ナナシの瞳は自分を生み出した者達の事を彷彿とさせ、アダムは我武者羅に拳を振るう。アダムの拳が“障壁”に当たるたびに痛みはドンドン激しくなり、ナナシの意識は薄れていく。それでもやはり、ナナシはアダムに対して憐れみ以外の感情を向ける事は出来なかった。

 

薄れていく意識の中で、平坦な怒りを維持するアダムの背後に視線が向いたナナシは…その先にいた、仲間に引き摺られるサンジェルマンと目が合った。

 

(……おい、屍女)

 

(っ!?)

 

呆然とナナシ達の危機を眺めるサンジェルマンに、ナナシからの“念話”が届く。もしや、命乞いだろうか?完全にアダムの意識から外れた、この場で唯一ナナシ達を救えるかもしれない自分達に対して、救いを求めようと…

 

(俺はお前が大嫌いだ。お前がこの先どんな道を歩もうがどうでも良い。だけど、そんなお前のために命を懸けてさえ、お前に見向きもしてもらえないそこの二人が余りに憐れで、可哀想だから…最後に一つだけ、本気の助言をくれてやる!)

 

(っ!!?)

 

しかし予想に反して、ナナシはサンジェルマンに救いを求めるのではなく…未だ何一つ選べず迷い続けるサンジェルマンに、逆に救いの手を差し伸べた。

 

(お前がこれからも、他人のために生きると言うのなら…本気でそんな生き方をしたいと望むつもりなら…ただの一度、ほんの僅かな事でも良い。自分の心を偽る事無く…自分のために生きてみせろ!!)

 

(自分の…ため…?)

 

(自分のために生きられない奴が、どうして他人の命まで背負えると思う!?自分の想いを蔑ろにする奴が、他人の想いに寄り添える訳がないだろう!!?自由を恐れるな!善悪に囚われるな!!使命や義務なんかじゃない、お前自身のやりたい事に目を向けてみせろ!!!)

 

 

 

(いい加減自分を縛る鎖に縋りつくのはよせ!本気で支配に抗うつもりなら、まずはその足でしっかりと立ち上がってみせろ!!)

 

 

 

(私の…やりたい事…)

 

サンジェルマンがこの場に残る理由は無い。人類の未来のため、大切な仲間達のため、この場を離れるのが最善の道であるはずなのに、それでも自分で歩みを進められない理由は…それは……

 

「終わりだよ、これで!」

 

最早“障壁”を展開する余裕も無く、ダラリと頭を俯かせるナナシに、アダムがトドメの一撃を繰り出そうとして…

 

バァン!

 

…アダムの頭に一発の弾丸が放たれて、傷一つ負わせる事が出来ずに弾かれた。

 

「あぁ…?」

 

チラリとアダムが背後を振り返ると、そこには仲間達の手を振り払って銃を構えるサンジェルマンの姿があった。

 

「私は…私はあああああ!!!」

 

驚く仲間達に見つめられながら、激情のままにアダムへと銃を向けるサンジェルマン。そんなサンジェルマンからアダムは視線を外して、再びナナシへと意識を戻した。

 

「この男の後だよ、君達は。精々好きに足掻くと良い、それまでは」

 

心底興味が無いと言った風に、アダムはサンジェルマン達の抵抗を許した。

 

「ああああああ!!!」

 

サンジェルマンは激情のままに再び弾丸を放つ。それでも視線をナナシへ向けて、トドメの一撃を振り下そうとするアダムの背に弾丸が直撃して…

 

「…っ!」

 

「おああああああ!!?!?」

 

弾丸を受けたアダムの体は、弾かれるように吹き飛び転がっていった。

 

アダムに弾丸が接触する直前、ナナシは朦朧とする意識の中で咄嗟に“浮遊”を起動した。その力はナナシが触れている対象も重力から切り離される。サンジェルマンの小さな弾丸によってアダムは派手に吹き飛び、空中で錐揉みする中でナナシの体は尻尾からすっぽ抜けて解放された。

 

「兄弟子!!」

 

その隙にキャロルが錬金術の炎で装者達を解放して全員がナナシの元へ駆け寄る。そしてそこに、サンジェルマンもゆっくりと近づいて行った。

 

キャロルと翼達がサンジェルマンを警戒して睨む。すると、調と切歌の手を借りて起き上がったナナシが手を動かして…サンジェルマンの首を鷲掴みにした。

 

『っ!!?』

 

ナナシの行動に緊張が走る。ナナシが手に力を籠めるだけで、サンジェルマンの命は容易く散る事になる。体の制御がままならない今のナナシでは、止めに入る事さえ危険だ。

 

「何で…俺の言葉は、こんなにも…伝わらない…」

 

まだ意識がはっきりしないのか、ナナシは力の無い声で呟くようにそう言った。

 

「そんなに…他人の未来が、大切なのか?…仲間の想いを、切り捨てて…惰性の理想を、貫く事が…」

 

「煩い!そんな事は関係ない!!」

 

自分の首を掴むナナシの腕を強引に引き剥がし、サンジェルマンは自分がここに残ると決めた理由を叫ぶ。アダムに利用され、仲間に諭され、世界の命運を懸けた戦場に立つ理由を失ったサンジェルマンが、それでも留まり続けようとした理由…それは極めてシンプルだった。

 

「私はただ…逃げたくないだけだ!!」

 

理由など無い。理屈ではない。ただこの戦場から背を向けて逃げ出すことが嫌だと言う、どうしようもなく利己的な…我儘だった。

 

「ああそうだ!ただの我儘だ!!このままおめおめと逃げ出したくない!私達を騙した局長を野放しにしたくないと言う!!自分勝手な我儘のために私は引き金を引いた!!!貴様の事など知った事か!!!!」

 

これまで自分が貫いてきた理屈をかなぐり捨てて、激情に流されるまま涙さえ流しながらそう断言するサンジェルマンに、ナナシ達は思わずポカンとした表情を向けてしまった。

 

「よくも僕の邪魔立てを…!そんなに死にたいか!自分達が先に!!」

 

地に転がされたアダムは、サンジェルマンに対して怒りを露わにしながら足を突いて起き上がろうとして…

 

「オラァアアアアアア!!!!」

 

ズドンッ!

 

「うおっ!!?」

 

…その膝裏に、カリオストロの渾身の右ストレートが叩き込まれて、アダムは思わずバランスを崩しかける。

 

「ハァアアアアアアア!!!!」

 

ドゴォオオオオンッ!!

 

「ごあああああっ!!?」

 

そんな不安定な姿勢でプレラーティの巨大けん玉の一撃を受けたため、アダムは再び地に転がる事になった。

 

「あっはははは!良いじゃない!!サンジェルマンが本気でそうしたいって言うのなら、あーしらだって大賛成よ!!!」

 

「局長を痛い目に遭わせてやりたいというのは、我々も同じなワケダ!!」

 

「カリオストロ…プレラーティ…」

 

サンジェルマンの本気の想いを聞き、笑いながら賛同してくれる仲間の姿に、サンジェルマンは流れる涙を拭って…ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「借りを返せるワケダ!」

 

「利子つけて!熨斗つけて!!」

 

「支配に反逆する、革命の咆哮をここに!!!」

 

力強く、声高々にそう宣言する三人の姿に…“紛い物”の口から笑い声が零れた。

 

「あっはははは!無茶苦茶だ!!あれだけ辛気臭い信念を惰性で貫いていた奴が、堂々と子供みたいな我儘を叫ぶなんて!!!実に都合が良くて…人間らしい考え方だ!!!!」

 

未だ歌姫達が状況を飲み込めない中、一頻り笑って目が覚めたナナシは、まるで張り合うように前へ出てサンジェルマンの隣に並ぶ。

 

「どうせお前ら程度の攻撃は通らないんだから、近づいて来るんじゃねえぞ。巻き込まれてミンチになっても知らねえからな…サンジェルマン」

 

「貴様こそまた頭を撃ち抜かれたくなければ、私の射線に入らぬことだな…ナナシ」

 

お互いの正義を…いや、我儘を貫くために並び立つ二人の様子に響は目を輝かせ、他の歌姫達は察したように苦笑した。

 

 

 

ああ、“紛い物”の神はきっと、また都合の良い未来を掴み取ったのだ。

 

 

 




主人公とサンジェルマン達に焦点を当てすぎて、装者達とキャロルが空気になってしまった…来週はそれなりに目立つはずなので許してくださいw
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