戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第166話

「うーむ…」

 

唸り声を出しながら、ナナシは困惑気味に周囲の光景を見回していた。その理由は…

 

「レイアが言っていた“収納”の中って、こんな感じなのかな?」

 

そこは暗闇で満たされた空間だった。空も地面も見る事が出来ず、自分が立っているのか虚空を漂っているのかも判別出来ない。しかし自分自身の姿はハッキリと認識出来る…アダムを倒した直後に限界を迎えて意識を失ったナナシは、気が付くとその奇妙な空間の中にいた。

 

「これが『夢を見る』ってヤツか!他人に夢を見せた事はあっても、自分で見るのは初めてだな。まあ、俺が眠るのって脳みそ吹っ飛ばされた時だから見れなくて当たり前なんだが…」

 

初めて見る夢に何処か楽し気な様子で独り言を呟きながら、ナナシは自分の現状を整理していた。

 

「能力は…使えないな。頬っぺた引っ張っても痛くない。千切れないから力も人並みってところか?問題は、現実の俺が化け物になって暴れ回ってないかって事だが…まあ、アルカノイズ相手じゃなければお師匠様あたりが適当にボコって何とかしてくれるだろ。ただ眠っているだけとかなら、寧ろ人並みの身体能力ってレア体験を楽しみたいからしばらくこのままでも…」

 

 

 

『あたしにはあんたみたいな便利な能力は無いから、あんたが眠ったままになったら現実でさっきの方法を試してみるか?』

 

 

 

「…さ、流石にあれは冗談だよな!?あいつは自分の事を女らしくないとか男勝りとか思っているけど、実は結構可愛い物好きできちんと恥じらいも感じる乙女だし!…い、いやでも、仲間思いでいつも自分に出来る事を考えているあいつの事だから、つい魔が差してジンクス紛いな行動に出る可能性も…か、隔離してるよな!?隔離してくれてるよな!!?ただ寝ているだけだったとしても超危険生物扱いで面会とか不可能だよな!!?あああ普通にメディカルルームで療養してそうだなあのお人好し共おおおお!!!」

 

アダムを打倒し、仲間達を信頼するナナシは正直現状にあまり危機感を持っていなかったのだが、少し前の出来事を思い出して急に取り乱し始めた。

 

「い、一刻も早く目を覚まさないと!…つーわけで、要件があるならさっさと終わらせてくんねえかな?お前だろ?俺をここに呼んだのは」

 

そう言って、ナナシが背後を振り返る。暗闇で満たされた空間には、ナナシ以外にもう一つ『人影』があった、

 

「…っ!…っ!!…っ!!!」

 

ナナシにはその『人影』の姿を正確に捉える事が出来なかった。子供のような、成人のような、老人のような…人種や性別さえハッキリしない、ぼんやりと人の形をした『何か』が、ナナシから少し離れた場所で暴れていた。ナナシを指さし、地団駄を踏み、頭を掻き毟り…何やら情緒が安定していない様子であった。

 

「アテレコするなら『お前のせいで!』とか、『ふざけんな!』とか、そんな感じか?普段なら俺に向けられる感情は何でもウェルカム!なんだが…感情感知も働かないし、“念話”も使えないし…声出せねえか?出来るなら手話でも良いぞ?」

 

「…っ!…っ!!…っ!!!」

 

「こんにちは、ハロー、ニーハオ、ボンジュール、アンニョンハセヨ!」

 

ナナシが身振り手振りで反応を窺ったり、様々な言語で挨拶をしてみるが、謎の人影には伝わらないのか、答える気が無いのか相変わらずナナシを指さしながら暴れ回っていた。

 

「俺の事が気に食わないなら、いっそ殴りかかってくれれば俺も肉体言語で返答するんだけどなぁ…いや、それも厳しいか?」

 

困り顔でナナシが謎の人影を観察する。相変わらず姿形がハッキリとは分からないが…その体は、徐々に崩壊しているように見えた。恐らくは、そう時を待たない間に人の形さえ保てなくなるだろう。

 

(さて、どうしたものか…)

 

突然現れた謎存在の生き死になど、ナナシには知った事では無い。助けを求められたならいざ知らず、相手はナナシに明らかな敵意を示している。ならば不用意に近づくことなく、このまま謎の人影が崩れるのを待つのが正しい選択である…はずなのだが…

 

(向けられた想いをスルーってのは、性に合わない)

 

存在するかも分からない、何処かの誰かのためにナナシは動く事など無い。だが…名も知らず、顔も分からず、もうすぐ消えてしまうだろうその存在はそれでも今、確かにナナシの目の前にいるのだ。ナナシはそれを見て見ぬフリして、その感情を無かった事になどしたくなかった。

 

今は力も使えず、言葉も交わす事が出来ない。どうするべきかとナナシは少し考えて…謎の人影に近づき始めた。

 

「っ!!?」

 

人影はナナシの接近に狼狽えるように後退るが、ナナシは迷いなく人影に近づいて行き…人影の手を取った。

 

「…っ!…っ!!…っ!!!」

 

「……」

 

ナナシの手を振り解こうと人影は暴れ回るが、ナナシは決してその手を離さぬように強く握り締める。そのままナナシが無言で人影の事をジッと見つめていると…少しずつ人影の動きが収まっていった。

 

「「……」」

 

人影は体を震わせながら、無言のまま自分を見つめるナナシと、繋がれたその手に交互に視線を向けた後…項垂れるように両膝をつき、ナナシの手を包み込むようにもう一つの手を合わせて、縋りつくように繋ぐその手に額を押し付けた。

 

「「……」」

 

まるで崩れていく自分の体に恐怖ですすり泣いているような、はたまた何かに祈りを捧げているような姿のまま、人影は徐々に形を失っていく。そして結局、ただの一言も言葉を発する事無く、ただの一つもナナシに想いを伝える事も無く…最後までナナシと手を繋いだまま、人影は最初から存在しなかったかのように消滅してしまった。

 

「……」

 

一人残されたナナシは、空になってしまった手を胸に押し付けながら、祈るように目を閉じた。例えほんの僅かにでも、伝わる想いがあった事を願って…

 

 

 

 

 

閉じた瞼越しに光を感じて、ぼやけた意識が次第にハッキリしていく。ナナシは自分に向けられる強い感情を感知して、誰かが傍に居る事を察しながらゆっくりと瞼を開くと…

 

目が合った。

 

「「……」」

 

大きく見開かれた宝石のような瞳に、同じように目を見開いた自分の姿が映っている。互いの吐息さえ聞き取れそうな程近づいているはずなのに、呼吸さえ忘れてしまい二人には室内にある機器の音と徐々に大きくなる自分の心音しか聞こえない。離れようとする強い想いがある一方で、それと同等以上の相反する名状しがたい想いによってお互いの体はピクリとも動かない…

 

ビターン!!

 

…ので、ナナシは自分の横たわる診察台を“収納”する事で床に体を叩きつけられながらも、顔を真っ赤に染めてフリーズする奏から何とか距離を取る事に成功した。

 

「み、みみみ、みす、未遂だよな!!?大丈夫だよな!!?!?」

 

「おおおおう!!?た、ただ見てただけだ邪推すんな!!?!?」

 

噛みまくりなナナシの問い掛けに、奏が目を回しながら叫ぶように肯定する。奏の感情からその真偽を判別する余裕も無く、酸素など必要も無いはずなのに激しく脈打つ心臓と胸の内で荒ぶる形容しがたい感情をナナシが必死に落ち着かせていると、二人のいる部屋…S.O.N.G.本部のメディカルルームに近づいて来る大勢の足音が聞こえてきた。

 

「奏君!ナナシ君は!?」

 

「了子さんが兄弟子のバイタルが途絶えたって!!」

 

そんな言葉と共に、弦十郎と響を先頭に血相を変えた仲間達がメディカルルームへと殺到して、何故か床の上で上半身を起こす顔の赤いナナシを目撃した。

 

「あ…あに…兄弟子いいいいい!!!」

 

「「ナナシお兄ちゃああああん!!!」」

 

「ナナジざああああん!!!」

 

「だあああああああ!!?」

 

目を覚ましたナナシに、響、切歌、調、エルフナインが泣きながら飛びついた。

 

「良かった…目を覚ましてくれて…わたしを、助けたせいで、もし兄弟子がこのまま起きなかったらどうしようって…うわああああああん!!!」

 

「待て待て落ち着け!?危ないから!!?諸々確認するから一旦離れてくれ!!助けてお師匠様!!!」

 

響達に抱き着かれ、自分の体の状態をまだ把握出来ていないナナシは抵抗など出来ようはずもない。揉みくちゃにされながらも必死に脱力するナナシを、弦十郎がヤレヤレと言った様子で掴み上げた。

 

「あ、あざっす…てか弦十郎、幾ら何でも危険過ぎるだろ?今回ばかりは俺を隔離しないのはお人好しが行き過ぎているぞ?」

 

「…どうしても君を『隔離すべき危険生物』ではなく『療養中の仲間』として扱う必要があった。それについては後でゆっくり説明する。それでナナシ君、体の調子はどうなんだ?」

 

「ヤバかった頭痛は完全に治まっている。ほとんど以前と変わらないな。ちょっと降ろしてもらって良いか?」

 

そう言いながらナナシが床に“障壁”を展開する。能力の使用も問題ないようだ。弦十郎が指示通りナナシを“障壁”の上に降ろすと、ナナシは自分を“障壁”で囲んで体を動かし始めた。太極拳のようなゆったりとした動きから、ボクシングのような素早い動き、“収納”から取り出した鉄筋を軽くへし曲げたり、チョチョイと折り紙でドラゴンを作ったり…どうやら動きと力の制御も問題なさそうだ。

 

「なるほど…それで?『ほとんど以前と変わらない』とは?君が以前と変わったと思うのはどんな所なんだ?」

 

「大したことじゃない。ただちょっと違和感があるだけだ。きっとすぐに慣れる」

 

そう言って笑うナナシの言葉に嘘はない。ただ少し、ほんの僅かに違和感があるだけ…数千年間、抱え続けたモノが消え去った影響はその程度だった。

 

“全てを殺せ、全てを喰らえ、命を一つに、世界を一つに、そして大いなる一つの神に…”

 

ナナシが自分の内側に意識を集中しても、もうその声は聞こえない。そんなモノは最初から存在しなかったかのように、ナナシの内から響き続けていた声は消え去っていた。

 

(結局、あいつは俺に何を望んでいたんだろうな?)

 

何一つ理解出来ない間に消えてしまった、恐らくはずっと自分の中にいた存在の事を考えながら、ナナシが“障壁”を解除した。その直後…

 

ぎゅっ…

 

…翼がナナシに抱き着き、ナナシの胸に顔を押し付けて体を震わせた。

 

「つ、翼…見てただろ?もう本当に大丈夫だって…」

 

「黙らないと泣き叫んで喉を潰す」

 

(サーセン)

 

翼の本気を感じ取ったナナシは、瞬時に口を閉ざして“念話”で謝罪する。すると今度は奏がナナシの背後に抱き着き、続いてマリアとクリスも腕に縋りついてきた。全員から翼と似たような覚悟を感じるため、もうナナシもお手上げである。

 

「その程度はドンと受け止めてあげなさい。この二日間、ナナシちゃんを心配して皆で交代しながら付きっきりで見守ってたんだから。無理しようとする翼ちゃんを私が奏ちゃんと交代させてすぐにナナシちゃんのバイタルが消えちゃうんだもの。そりゃ泣き叫びたくもなるわよ」

 

(あー、それは悪かっ…今なんて?二日?)

 

「貴様が意識を失って、既に四十八時間を超過している。現在は九月十三日…いや、あと数分で日付が変わるな」

 

「やっべえ!?ちょっ、お前ら後で埋め合わせするから一回離れてくれ!あと協力して!!」

 

了子とキャロルの言葉を聞いて急に慌て始めたナナシに、翼達はキョトンとしてしまった。

 

「全員こっちに集まれ!あ、響はそこに待機!弦十郎はデカいから後ろで、逆にエルフナインとキャロルは前!」

 

「えっ?えっ?」

 

「何なのだ一体!?」

 

「良いから早く!ほらクリスお前も前の方に行け見栄張るな!未来さん未来さん聞こえる?ああごめん心配してくれてありがとな!でも今は可及的速やかにカメラ繋げて!!」

 

待機を命じられた響だけがポカンと取り残され、最初は困惑していた全員もナナシから“念話”で説明を受けたのか途中から苦笑しつつ動き始める。そして僅かな時間でナナシ達はまるで響に集合写真でも撮ってもらうような配置についた。

 

「未来、ちゃんと見えてるか?」

 

『バッチリです!』

 

「もう一分を切ったぞ!」

 

「一発勝負だ!合わせろよ!!せーの…」

 

 

 

『響!誕生日おめでとう!!』

 

 

 

「あっ…」

 

不安と後悔の涙と共に終わりを迎えるはずだった、響の特別な記念日…しかし“紛い物”の目覚めと共に生まれた笑顔と、ありったけの想いを籠められた祝福の言葉によって…

 

「ぷっ…あはははは!ありがとう、皆!!」

 

…最後は太陽のような明るい笑顔で、幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

三日後

 

「それでは改めて…」

 

『ハッピーバースデー!(デース)』

 

クラッカーの音と共に紙吹雪が舞い上がり、祝福の言葉を受けた響は幸せそうに笑っていた。

 

「十七歳おめでとう、響」

 

「ありがとう!とんだ誕生日だったよ!でも、皆のお陰でこうしてお祝い出来た事が、本当に嬉しい!」

 

ナナシが無事目覚めてから、ようやく全員が不安から解消されてまともに休息を取る事が出来、改めて響の誕生日会を開催する事となった。

 

「まあまあ、堅苦しいのはナシデスよ!主役はこちらデス!」

 

笑顔の切歌が響の背を押して連れて行った先には、テーブルの上に所狭しと色鮮やかで瑞々しい野菜を使った豪華な料理が並べられていた。

 

「うおおお!?すっごーい!!これどうしたの!!?」

 

「はい、調が頑張ってくれました!」

 

「これ、調ちゃんが!!?」

 

「違う違う!皆で一緒に…」

 

「調…」

 

恥ずかしさについ否定しようとする調だったが、マリアに優しく窘められて更に顔を赤く染めさせた。

 

「だって、松代で出会ったおばあちゃんから、相談のお礼に夏野菜を沢山いただいたから…」

 

「相談…?」

 

「なまはげ様にお供えしていたお野菜が無くなって、代わりに小判が詰まった箱が置いてあったから、どうすれば良いかって聞かれたデス!」

 

「キャロルが対抗術式を編み出す過程で試行した黄金錬成でそれなりの量の金が出来たから、つい遊び心でって言っていたわ」

 

「結局先生がなまはげ様の知り合いとして買い取る事になって、そのお金でおばあちゃん、なまはげ様を祀る祠を作ってもらえるよう先生にお願いしていました。自分で自分を祀る祠を作る手配をする事になった先生、凄く困った顔をしてた…」

 

「自業自得よ、全く…」

 

その時のナナシの顔を思い出して、マリア達は楽しそうに笑っていた。

 

「月読が作り、立花が平らげるのなら、後片付けは私が受け持つとしよう!」

 

「じゃああたしは、翼の後片付けの後始末をしてくれるようナナシに頼んでおくよ」

 

「そりゃ助かるっす」

 

「どういう意味だ奏!?雪音!?」

 

「相棒としてはあたしが尻拭いするべきなんだけど、ちょっと荷が重そうで…」

 

「どうせあのご都合主義は先輩をからかって楽しむだろうし、無理そうな事は都合良く神頼みにすれば良いんじゃないっすか?」

 

「な、私を見くびってもらっては…!」

 

「喧嘩しないの。ホラ」

 

奏とクリスが翼をからかっていると、怒る翼の口にマリアがトマトを運んだ。

 

「何これ!?まさか、トマトなの!!?こんなに甘いの、初めて食べたわ!」

 

「驚きに、我を失う、美味しさです」

 

翼の口調さえ変えてしまったトマトの味が気になり、全員が次々と料理に手を伸ばしていく。食事が終わるとテレビゲームで対戦して遊んだり、ソーニャとステファンから届いた手紙を読んだり、案の定翼がやらかして洗い終えた食器を現代アートのように積み上げたりして…笑顔の絶えない誕生日会が続いていた。

 

遊び疲れたのか、響が少々席を外してベランダで星空を眺めていると、そんな響に未来がお茶の入ったグラスを差し出した。

 

「はい」

 

「さっすが未来!気が利くったらありゃしない!」

 

嬉しそうに響がお茶を飲んでいると、未来はベランダにもたれかかりながら呟いた。

 

「ナナシさん達も来られたら良かったのにね?」

 

「そうだね…」

 

今回、流石にナナシの外出許可は出されなかった。まだまだナナシの体について調べるべき事は多く、ナナシ本人もそれに賛同している。キャロルやエルフナインも了子と協力してナナシの体について調べていた。

 

そんな話をしていると、未来は不意に響の首筋…ナナシの噛み跡を隠すガーゼに視線を向けた。

 

「首、痛くない?」

 

「全然平気!兄弟子は『全財産使ってでも傷跡を消してみせる!何なら能力生やす!!』って言ってくれたけど、そんなに酷い傷じゃないからすぐに消えるって了子さんが言ってた」

 

「そっか…良かった」

 

今回、響を庇ってナナシが意識を失ったと未来は聞いている。響を傷つけた事を“念話”で未来は謝られたが、未来はナナシに感謝しかしていない。

 

(早くナナシさんが外に出られるようになって、直接お礼を言えれば良いな…)

 

隣で笑う親友の横顔を眺めながら、未来も笑顔を浮かべてそんな風に考えていた。

 

 

 

「いや~、びっくりしたのがさぁ。危うくキスする寸前だったみたいなんだよね。直前で首を噛む方法を思いついて、慌てて実行したから傷の事は気が回らなかったって」

 

 

 

「っ!!?」

 

「何か、直接わたしの中に兄弟子の血を入れる必要があったみたいで…両手が塞がってたから、もうちょっとで口移しで血を流し込む所だったって。あ、あはは…流石に初めてが血の味ってのはちょっとアレだから、うん、これくらいはへいきへっちゃらだよね!」

 

「そう…だね…」

 

困ったように笑う響に、未来は笑顔でそう答えるが…その笑みは、まるで仮面のように形作られた表情であった。

 

(もし…そうなっていたとしても…それは仕方がない事だって分かっている…だけど…)

 

そのナナシの行為は、それこそ人工呼吸を施すのと同じ事だ。親友を救ってくれた相手に、自分は感謝を伝えるべきだと正しく理解している。それでも…

 

(いつか、その時がやってきたら…私は親友と恩人に、笑顔を向ける事が、出来るだろうか…)

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部では、エルフナインはナナシの体の調査をキャロル達に任せて別口の調べ物をしていた。その傍らで弦十郎がその様子を見守っていると、不意に部屋の扉が開いて了子とキャロル、そしてナナシが入ってきた。

 

「そっちの調子はどうだ?エルフナイン!」

 

「ナナシさん!いえ、こちらの進展はまだ…ナナシさんの方こそどうでした?」

 

「とりあえず数値上は一切変化無し。まるで判を押したみたいに俺の体はここに来た時のままだ。何の面白みもねえ」

 

「それはそれで本来あり得ない程の不変性だから、研究者としては興味深いのだけれどね?後は一番重要で慎重に進める必要がある、ナナシちゃんの能力検証に入っていくつもりよ」

 

「まあこの感じだと、正直言ってあまり警戒する必要はなさそう…」

 

ジャキンッ!!

 

「…訂正、やっぱちゃんと調べないとヤバそうだ」

 

楽観的な事を言っていたナナシだったが、試しに発動した“身体変化”によって瞬時に(・・・)刀へと変貌した腕を見て意見を覆した。

 

「全く…それで、あちらの動きはどうなのだ?風鳴弦十郎?」

 

「…ナナシ君が正気のまま意識を取り戻したと伝えても、依然として変わらない」

 

「ふーん…俺が寝ている間に施行させた『護国災害派遣法』に従い俺の身柄を引き渡せ、じゃないと今回の経緯を国連の議題に挙げて俺の存在の是非を問う…つまり、俺を世界の敵にするぞって脅している訳か」

 

それが今回、弦十郎が眠るナナシに隔離措置を取らなかった理由だった。日本政府は…風鳴訃堂は、神の力による今回の騒乱に紛れて以前から根回ししていた法案を無理矢理成立させ、S.O.N.G.の記録した一連の情報を日本政府に開示する事を強制させ、神の力を取り込んだ『特異災害』を、日本政府の管理下に置くよう命令してきたのだ。

 

そのような暴挙を弦十郎は食い止めるため、弦十郎は目覚めぬナナシを『療養中の組織の一員』として保護する事で時間を稼ぎ、目覚めたナナシの状態を伝える事で命令撤回を要求したのだが…その申請は無視されたようだ。

 

「ナナシ…分かっているな?この流れ…」

 

軍事衛星を一瞬で蒸発させた『神の力』を発端とする今回の騒動が本当に終結したのか、各国は疑心暗鬼になっている。この状況で日本政府がナナシに神の力が宿った事を詳らかにして騒ぎ立てれば、本当にナナシが世界の敵として定められてもおかしくない。そんな危機的状況に直面して、ナナシは…

 

 

 

「ああ、実に…都合が良い!!」

 

 

 

とても邪悪な満面の笑みで、力強くそう断言した。そして笑っているのはナナシだけではない。問いかけたキャロルも、現状を把握している了子もまた、ナナシに負けず劣らない邪悪な笑みを浮かべて楽しそうにしていた。

 

「こうも上手く事が運ぶとは…やはり貴様、未来視に類する力を隠し持っているのではないか?」

 

「そう疑われてもしょうがないくらい都合良く事態が進んでいるな!確かにこんな流れも期待してクソジジイを煽ったのは事実だけど、何このジャックポット!?」

 

「最大の懸念が解決してから何らかの形でこの流れを生み出すつもりだったけれど…まさかこうも自然に計画通りに事態が進んでくれるなんて…フフフフ…」

 

「しかもその懸念事項についてもだ…キャロル、俺が寝ている間に調べてくれたんだろう?」

 

「ああ、何処までかは分からんが…変化があったのは確かだ」

 

「おっしゃ!ここまで来たらもう計画を進めるとしよう!日本政府の要求は全無視!国連に対しては、『俺が自分から神の力を宿した事を報告する』!!ジジイも国連もそれでしばらく警戒して様子見するだろうから、その間に検証を進めて一気に行くぞ!!!楽しくなってきた!!!!」

 

「「「フフフフフ…アッハハハハハハ!!!」」」

 

三人があまりにテンション高く、ドス黒い笑みで笑っていたため、エルフナインは涙目になって弦十郎にしがみ付いてしまった。そんなエルフナインを宥めながら、弦十郎も苦笑して冷や汗を流している。

 

「弦十郎、今のお前なら大丈夫だろうけど、あのクソジジイが直接乗り込んで来ない限り通信は全無視しろよ!エルフナイン、無茶はほどほどにな!それじゃあ、俺達は能力検証に行ってくる!」

 

一方的にそう告げて、ナナシは了子達と一緒に部屋を飛び出してしまった。

 

「全く…本当に何一つ変わっていないな」

 

「ええ、本当に…良かった…」

 

弦十郎とエルフナインが、変わらないナナシの様子に安堵して調べ物を再開すると…そこから間もなく、エルフナインは目的の情報を見つけ出した。

 

「これは…そうか!だから響さんは!!」

 

「何か分かったのか?」

 

「あくまでも仮説ですが…響さんが何故神の力の依り代となり得たのか、その理由が分かりました!」

 

「っ!!?」

 

そう、エルフナインが調べていたのは、何故神の力がアダムやナナシを差し置いて、響に宿りそうになったのかについてだった。

 

「曰く、『原罪』を背負う人類には、神の力を手にする事が出来ない…との事ですが、この『原罪』とは、魂に施されたバラルの呪詛…恐らくはあの日、魔を祓う神獣鏡の輝きに飲み込まれる事で、響さんの呪いは解かれた」

 

「つまり、『浄罪』されたと言う訳か?」

 

「もしかすると…響さんが融合者から適合者へ急速に至った謎も、説明出来るかもしれません!」

 

未だ判明されない謎も多い中で見つかった仮説に、弦十郎が理解を示していると…それと同時に、ある可能性へと思い当たった。

 

「ちょっと待て!?神獣鏡の輝きに飲まれたのは…響君一人ではない、ぞ…!!」

 

頭に浮かんだその考えを、弦十郎は“妄想”と笑い飛ばすことが出来なかった。

 




これにてAXZ編、完結となります!
あの方々については忘れている訳では無く、次回から後日談の中で話を進める予定なのでご安心を。
そして、ですね…AXZ編後日談が終了しましたら、また長めのお休みをいただこうと思っています。理由は何となく察してもらえると思いますが、くわしくは活動報告をご覧ください。
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