戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
第167話
ナナシが目覚めてから数日後
サンジェルマンは、机に突っ伏していた。
場所はS.O.N.G.本部にある取調室。室内にはサンジェルマンが信頼するプレラーティ、カリオストロの姿もあり、二人は机に伏して動かないサンジェルマンを心配して…?
「フ…ブフッ…」
「ヒュフッ…フフフ…」
いや、二人はそんなサンジェルマンの姿を見て、何故か口元を押さえて笑うのを堪えようと必死になっていた。何故この三人がS.O.N.G.本部でこのような状態になっているのかと言うと、遡ること数時間前…
取調室では、複数の人間が向かい合って座っていた。
一方は、サンジェルマン、プレラーティ、カリオストロのパヴァリア光明結社幹部三名。アダムの死亡によって結社は組織として崩壊したため、正確には『元』幹部である。
もう一方は、かつて三人と取引関係にあった錬金術師キャロル、錬金術の祖であるフィーネの魂を宿す櫻井了子、そして…神の力を取り込んで尚、自我を保つことに成功した“紛い物”ナナシの三名。
室内には他にも組織の長である風鳴弦十郎とその右腕である緒川慎次がサンジェルマン達の背後に立って控えており、室内の空気には異様な圧迫感があった。
サンジェルマン達の表情は固いが、それは当然の事…ここは敵地の真っ只中であり、ラピスのファウストローブを失った三人にとって周囲の人間は単体で三人を相手取れる猛者ばかりだ。警戒など解ける訳が無い。
それに対して、S.O.N.G.陣営は緊張している様子なのは弦十郎と慎次のみ。サンジェルマン達と対峙するキャロルと了子はサンジェルマン達に対して笑みを向けている。それは見方によっては上位者として三人を嘲笑しているようにも見えるが、どちらかというと苦笑に近い、何処か同情の感情が垣間見える…「ああ、次はこいつらか」とでも言いたげな顔をしていた。
そしてナナシに至っては、三人の事を見てすらいない。三人が弦十郎と慎次に連れられ入室する前から、ナナシは伸ばした足を机の上で組んだ姿勢で手にした漫画を読み耽っている。三人が着席してもその姿勢を崩すことはなく、まるで三人の事など意識する必要すら無いと言わんばかりの傲慢な態度を維持していた。
重苦しい沈黙の中で、ナナシが漫画を捲る音だけが響く時間が少しの間続いた後…ナナシが漫画を読み続けながら、口を開いて抑揚の無い声でその静寂を破った。
「度し難いな?アダムが消えた以上、もうお前らがあの場に残る理由は皆無だったはずだ。俺が意識を失って、怪物にでもなって潰し合えば万々歳。なのに何故、お前らはあの場に留まり…投降するのと引き換えに、俺が目覚めた場合の対話なんてものを望んだ?」
そう、この場にサンジェルマン達がいるのは、別に逃げ遅れた訳では無い。この会談の場を用意したのはナナシではなく、サンジェルマン達の方だ。だからだろうか?問いかけるナナシの様子は何処か事務的な印象だった。そんなナナシの問いに、カリオストロが口を開く。
「あーた、言っていたわよね?もしサンジェルマンがあーたの思惑通り投降したら…あーしらに任せるつもりの仕事があるって」
もしサンジェルマンがカリオストロ達と同じ選択をした場合、その後は自分達をどうするつもりなのか…当然と言えば当然の問いをカリオストロはナナシに聞いていた。
『どーせあの屍女、今回失敗したら引き籠って錬金術の研究をするか、償いとか辛気臭い理由で慈善活動するくらいの生き方しか出来ないだろ?そんなあいつに丁度良い仕事があるんだよ。駄目元で提案して、断るなら特異災害が起きた時に人命救助で最前線に出る部隊として適当に酷使してやる。逃げるなら好きにすれば良い。俺は約束を破らないから、もし逃げ出したお前らがまた俺に捕まっても、ちゃんと命だけは保証してやる。例えお前らがどんな状態になっても、どれだけ泣き叫んで殺してくれと懇願したとしても、絶対に命だけは助けてやるから安心してくれ』
その問いにナナシはそんな風に答えてカリオストロ達の顔を引き攣らせていた。提案する仕事についてはサンジェルマンの選択次第と言って、ナナシは明かすことは無かった。
しかし…
「おおよその見当は付いてるのよ。あーたがあーしらに提案しようとしているのは、ズバリ…」
「バラルの呪詛、その真相に至る計画に協力しろと言うワケダな?」
カリオストロとプレラーティはほとんど確信していた。キャロルの言葉が事実であれば、ナナシは独自にバラルの呪詛の真相へ迫る計画を立てている。ならば神の力の再現にまで辿り着いた自分達の知識が欲しいに違いない。互いに譲れぬ想いがあったために衝突したが、目的そのものは本来一致しているのだ。そして現状、神の力は目の前の男に奪われ、首魁であるアダムは消え、サンジェルマン達は全てを失った…裏を返せば、もうサンジェルマン達が頑なに交渉を拒絶する理由は無いのだ。
ナナシが言った通り、逃げたところでもう自分達には大した事が出来ない。ならば多少リスクを飲んででも、その計画とやらに僅かでも便乗出来れば御の字である。
正直、この流れも目の前の“紛い物”に乗せられた気がして二人は内心穏やかでは無いのだが…
(まあ、それぐらい理由があったから…)
(悩むサンジェルマンの背を、容易く押す事が出来たワケダ)
…倒れたナナシを前に、動けず佇むサンジェルマンを想って二人は今回の選択を促したのだ。
(サンジェルマンとなら、あーしらは地獄にだってついていく♪)
(この男の計画さえ知る事が出来れば、後はサンジェルマンがどんな選択をしても我々はそれに従うワケ…)
「全然違うぞ?」
「「……」」
「全然違うぞ?」
「に、二回言うな!?えっ!!?マジで言ってる!!?!?」
「ここに来てもったいぶる理由は無いはずなワケダ!!?!?」
「お前らが何をどう都合よく“妄想”したかは知らないが、俺達の計画はお前らの入り込む余地なんて無い程に完成している。今更お前らを参加させるメリットが無い。寧ろ邪魔だな」
「「じゃ、邪魔…」」
漫画から目を離す事なくバッサリ切り捨てるナナシの言葉に、カリオストロ達は絶句してしまった。
「どうにもお互いの認識に齟齬があるみたいだから先に正しておく。お前らがリスクを冒してまで俺達に投降したのは、お前らの培った『神の力』に関する錬金術知識が俺達にとって超重要…だからどんなに脅すような事を言っても絶対に自分達は切り捨てられる事はないって打算があっての事だろ?事実、俺がお前らに提案しようと考えている仕事はまさにお前らの知識を当てにした事だが…俺がわざわざお前らに提案した理由は、大部分が俺の大事な妹弟子への気遣い、残る僅かな理由は…手間が省けるからだ」
「手間…?」
「こっちにはもうキャロルとフィーネって世界最高峰の錬金術師がいる。そして神の力が人工的に生み出せる事実は確認済み、何なら現物が俺の中にある。多少の手間をかければ再現は簡単なんだよ」
「ハン、何を言うかと思えば…そんな簡単な話では無いワケダ!」
「再現は簡単?あーたら、そのために何が必要になるか分かって言ってるの?」
「七万三千七百八十八…お前らが数百年かけてチマチマ集めた人間の命から錬成した生命エネルギーだろ?高々数万の命を集める程度、造作も無い。足りないなら数十万、数百万と追加してトライアンドエラーを繰り返すだけの話だ。一億だろうが、十億だろうが、人間という『資源』は幾らでもある」
「「っ!!?」」
当たり前のように紡がれたその内容に、カリオストロ達は驚愕を露わにするが、すぐに取り繕って反論を口にした。
「ハッタリよ!そんな事、出来る訳ないじゃない!!」
「幾ら貴様らが保有する戦力が多かろうと、そのような虐殺を行えば世界中を敵に回すワケダ!!」
「俺達の計画は『月遺跡の調査を俺達で独占する』状況を作り出す事を主軸に立てられた物だ。それをピーチクパーチク騒ぎ立てて邪魔しようとするだろう各国政府を黙らせるための方法は既に…キャロルが俺達の陣営に加わるよりも前には思いついていた。それ自体はいつでも実行可能だったが、計画を進める上で用意しておきたい物がまだあったから保留にしていた。そして今回の騒動を解決した結果、計画遂行に必要な物がほとんど揃った。別に虐殺をする想定は無かったが…島国を一つ二つ潰す程度なら、恐らく問題はない」
相変わらず漫画を読みながらそう淡々と言ってのけたナナシに、カリオストロ達は寒気を覚える。それ程までにナナシには命奪う事への葛藤、覚悟、好奇、愉悦といった感情の揺れが感じられず…その口から響いた『空虚』な言葉が、カリオストロ達の鼓膜を震わせていた。
「命に貴賤無しって考えは、ある意味で俺も同意する…全ての命は等しく『無価値』だ。生きとし生ける物はその価値無き命を自分の都合の良いように評価して、査定して、勝手に価値を付与させる。正義と悪、平等と差別、博愛と偏愛なんてのは所詮『値札』でしかない。都合が良いように貼り付けて、都合が悪くなったら貼り変えれば済む程度の事に、何を躊躇う必要がある?」
そう言ってナナシは、漫画を持っていない手の親指で隣に座る了子を指さした。
「例えば了子。俺は了子がルナアタックを実行するずっと前からその暗躍を察していたが、それを指摘して了子がいなくなるのが嫌だから黙認していた。早期に摘発していれば了子が起こした騒動に巻き込まれて死なずに済んだ命がそれなりにあったのは知っている。直接会ったことは無いが、弦十郎が世話になっていたらしい広木防衛大臣とかな?だけど別に後悔はしていない。俺が黙っていた結果死んだ奴らより、俺にとっては了子の価値の方が高いからだ」
そう言い切ったナナシは、今度は反対方向に座るキャロルを同様に指さした。
「例えばキャロル。こいつが作り出したオートスコアラー達は、俺が世界より大切に想っている歌姫達を何度も傷つけるだけじゃなく、俺と確かに言葉を交わして同じ時を過ごした仲間を一人殺している。一時は本気でぶち殺してやろうと考えていたが…最終的に、俺はこいつと共に歩む道を選んだ。それは俺が殺された仲間よりも、こいつの価値の方が高いと判断したからだ」
ナナシがそう言った瞬間、室内の圧迫感が増大した。圧を放っているのは、カリオストロ達の背後に佇む弦十郎と慎次だ。二人が険しい表情で放つ圧にカリオストロ達は冷や汗を流す。組織の者として、殉職した仲間を軽んじるようなナナシの発言が琴線に触れたのだろうとカリオストロ達は察したが、二人の圧を直に受けてさえナナシは一切動じず意見を覆す様子は無い。そんなナナシ達の様子に何故か了子は苦笑を浮かべ、キャロルは無表情で黙り込んでいる。
「別にお前らに任せようと考えていた仕事は、非人道的でも無い上にお前らの思想に沿った内容だと俺は“妄想”している。詐欺師の如く誇張しなくても高確率でお前らは…いや、サンジェルマン、お前は受け入れられるだろう。だが、以前俺はお前に伝えたはずだ。『お前をいちいち欺くのも馬鹿らしい』と…例えお前らの知識を得るためでも、俺はお前らを気遣って自分の在り方を隠すのは御免だ。お前らにそんな手間をかけるほど価値を感じない。俺は必要なら命を明確に区別して、差別して、踏み躙る思想を持つ存在だ。バラルの呪詛に至る計画に関われず、俺の下に与する事をお前が良しと出来ないならば…話をするだけ無駄だ。見逃してやるから消え失せろ」
一切譲歩する様子を見せる事無く、ナナシはそう言ってサンジェルマン達を突き放した。
「神の力を宿しはしたが、それでも俺は“紛い物”のままだ。神様レベルの寛容さなんて求められても困る。『知らなかった』、『聞いていない』と、後から言い訳に使われたら堪った物じゃないからな」
「…どうやら、お互いに時間の無駄だったワケダ」
「サンジェルマン、行きましょう?」
「待って」
席を立とうとするカリオストロ達だったが、これまで沈黙を保っていたサンジェルマンがようやく口を開いて二人を引き止めた。
「サンジェルマン…バラルの呪詛に迫る計画に参加出来ないなら、こんな男に協力なんて出来ないでしょう?だってこの男は…」
「ああ、この男の思想はまさに、私の忌み嫌う支配者そのものだ。だとしても…だからこそ、私はこの男と話さなければならない」
ナナシの思想を聞いても冷静な様子のサンジェルマンに、カリオストロとプレラーティは視線で互いにどうするかと問いかけて…結局サンジェルマンの好きにさせる事にして、二人は椅子に座り直した。それを確認したサンジェルマンは、未だ自分に興味を示さないナナシに対して声をかけ始めた。
「我々との会談に応じてくれた事、礼を言う」
「ウチのボスが決めた事だし、俺のやりたいようにやればいいと許可してくれたからな…で?まだ何か言いたい事でもあるのか?刺し違えてでも俺を葬るって感じでも無さそうだし、まさか俺の提案を聞く気じゃないだろ?お前にとって俺は抗うべき支配者だ。これまで頑なに俺達との対話を拒み続けてきたお前が、今更都合良くその主義を曲げるつもりでいるとでも?」
ナナシの煽るような言葉にカリオストロ達が苛立ちを露わにするが、サンジェルマンはこれまでになく落ち着いた様子でナナシの言葉を受け止めると、まるで自分の想いを慎重に吐露するように、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「抗うべき支配者、か…確かに貴様は、我々に対してそのような振る舞いを見せ続けていた。それが本性だとでも言うように、我々に欠片の疑念さえ感じさせない程…」
「まるで俺が意図してそう振舞っていたような口ぶりだな?俺がまだお前らを欺いているとでも?」
「いや…貴様の振る舞いは恐らく偽りではない。だが…それだけではないと、私は考えている」
「そりゃ都合の良い“妄想”だな?だが明確な根拠が示せないなら、そんな“妄想”には何の意味も…」
「立花響は、涙を流していた」
その言葉に、ナナシは初めてサンジェルマンへと視線を向ける。傲慢な態度を保つナナシの瞳を、サンジェルマンは真っ直ぐに見つめていた。
「意識を失った貴様に縋りつき、ここに運び込まれるまでずっと…立花響だけではない。他の装者達も涙を流していた。私がラピスで貴様を撃ち抜いた時と、同じように…」
サンジェルマンはナナシに向けていた視線を、その左右に座るキャロルと了子に移動させた。
「投降した我々に、そこのキャロルは『アンノウンが目覚めずオレの財が失われるような事があれば、貴様らの記憶で損失を贖ってもらう』と脅してきた。櫻井了子はこのまま取引相手が消えるのなら、また独自に動くだけだと…目的を達するまで、未来永劫虐殺さえ躊躇わず行動すると我々に明言していた。そこの風鳴弦十郎と緒川慎次に至っては、我々に直接頭を下げて懇願してきた。貴様を救う手立てがあるのなら協力して欲しいと…組織の長とその補佐であるはずの人間が、捕虜である我々にだ。貴様が本当に命を都合の良い資源と捉える支配者であったなら…そんな貴様と共に過ごす者達が、貴様に向ける想いはあまりに矛盾している」
「……」
「貴様が我々に見せつけた在り方は、偽りではない。だが…それだけではないと、貴様と共に在る者達は様々な形で示していた。そしてそれはきっと…私がこれまで手にかけた命に対しても、同じ事が言えたのだ。その事から私は目を背けるべきでは無かった。私はずっと…逃げていたのだ」
命に優劣をつけて搾取する事が許されて良い訳が無い。しかし…大義のために個々の命に寄り添う想いから目を背ける事も、あってはならなかったのだ。何もかもを失ったが、最後の決戦で長い間偽り続けた自分の心と向き合ったサンジェルマンは、ようやくその事実に目を向ける事が出来た。
「雌雄は決した。私の徹底的にして完膚なきまでの敗北だ。だが…死を灯す事で罪を贖う他にもまだ、私に歩める道があると言うのならば聞かせて欲しい。そして叶うならば、見届けさせて欲しい。貴様が…あなた達がバラルの呪詛へと至る道筋の、行く末を…」
「それはお前が奪った命に対する贖罪のためにか?」
何かを探るようなナナシの問い掛けに対して、サンジェルマンは静かに首を横に振った。
「逃げ惑い続けた私の道筋にも、意味が見出せたらと願う自分勝手な我儘だ…私はもう、逃げたくない」
ハッキリと自分の意志を示したサンジェルマンは…その直後に俯いて、先程とは打って変わって弱弱しい声で自分の両隣に座る仲間達へと話しかけ始めた。
「プレラーティ、カリオストロ…こんなにも、自分勝手な私だけど…それでも、許してくれるなら…今度こそきちんと、同じ道を歩む仲間として…これからも一緒に、生きて欲しい…もう私は…一人残されるのは…」
「なーに水臭い事言ってんの!」
「当たり前なワケダ!」
涙を零しながら、それでも自分の偽りの無い想いを紡ぐサンジェルマンに、カリオストロとプレラーティが抱き着いた。
「あーしらがサンジェルマンから離れる訳ないでしょう?女なんて我儘で上等なのよ!」
「例え拒まれたとしても、離れる気は毛頭ないワケダ!」
「…ありがとう」
自分の想いを偽ることなく表したサンジェルマンと、それに迷うことなく応えたプレラーティとカリオストロの姿を確認して…ナナシはパタンと漫画を閉じて、きちんと座り直した。
「ハイハイ、負け負け。イジメるのはこれぐらいにして、お前らの今後について話をするとしよう」
一瞬で態度を豹変させたナナシに、サンジェルマン達がポカンとした表情をする。そんな三人に苦笑しながら、了子がナナシに声をかけた。
「初っ端からナナシちゃんは容赦ないわね?三人が投降してきた時点で、最初から話を聞かせるつもりだったくせに」
「それは買い被り過ぎだ、了子。こいつらが残った理由が贖罪だとか辛気臭い理由だったらマジで追い出していたって。それに俺は嘘をついていない。必要だったら俺は本気で何人犠牲にしてでもお前らに再現してもらうつもりだった」
「貴様の場合、その『必要』に至るまでにいくつ過程を差し込むつもりだ?大方真っ先に自身の体から生命エネルギーを抽出出来ないか試すつもりであったのだろう?」
「当たり前だろ?体力無限チート持ちがいるのに、何でわざわざ手間のかかる方法から手を出す必要があるんだよ?無理だったら想い出のエネルギーなりデュランダルなり別のエネルギーを流用する方法を試せば良いだけだろう?あと別に急ぎで必要としている訳じゃないんだから百年くらいゆっくり研究してからでも問題なかったし?」
あっけらかんと暴露された内容にサンジェルマン達がビシリと固まってしまう。そんな三人に、キャロルは同情するような視線を向けていた。
「この男、基本的に嘘はつかんが本当の事を語っているとも限らん。一割の真実を九割の嘘とも本当とも取れる曖昧な言葉で希釈するからまともに取り合っていては身が持たんぞ?」
「心外だな?俺は懇切丁寧に真実を語っているだけなのに、勝手に勘違いして“妄想”を繰り広げるのがいけないんだろ?必要になったら虐殺を繰り広げるのも、都合良く命を値付けしているのもただの事実…」
ガシッ!!
茶化すようにそう語るナナシの肩を、いつの間にかナナシの背後に回った弦十郎と慎次が掴んでミシミシと力を籠めた。
「あだだだだだ!!?何!?二人共何をそんなに怒ってんの!!?」
「君が死んだ仲間を蔑ろにしているような振る舞いをした事が少々癪に障った」
「紛れもない事実じゃん!?」
「そう本気で言っているのが問題なんです。今晩あたり実動部隊と酒の席でOHANASHIでもしましょうか。誰がいつお墓参りに行っても真新しい供え物がある、素行の悪い方々が近づくと呪われると噂される墓地の話とか?」
「ちょっ!?飲みハラ禁止!俺は酔えないんだから素面で酔っ払い共の戯言を延々聞かされるのは居心地悪いんだぞ!!?」
藻掻くナナシの頭に弦十郎と慎次が拳を左右からグリグリ押し付ける…すっかり弛緩した空気の中で行われるそんなやり取りに、サンジェルマン達はどうしようもなく気が抜けてしまうのだった。
さて、ここからすんなりとサンジェルマン達の今後の未来について話し合いが始まれば良かったのだが…ここでナナシのもう一つの悪癖、話を逸らす癖が現れてしまった。
「と、ともかくだ!ウチの連中が大勢被害に遭ったんだから、お前らにはこれからビシビシと働いてもらうぞ!!S.O.N.G.のトラウマ製造機共!!!」
「は…?大勢、被害に…?」
「何を言っているワケダ?被害に遭ったのも、トラウマを植え付けられたのも、終始こちらであったはずなワケダ」
「あ~…あれじゃない?局長の黄金錬成で、この国の重要拠点を丸ごと吹っ飛ばしちゃったのとか?神の力が大暴れしたのとか?」
イマイチ心当たりがピンと来ないナナシの指摘に、サンジェルマン達が首を捻っていると…
「いや、お前ら関連の言葉、めっちゃ言いづらい」
「「「は…?」」」
「パヴァリア光明結社とか、ヨナルデパストーリとか、アダム・ヴァイスハウプトとか、ラピス・フィロソフィカスとか…何でこんな活舌チャレンジみたいな命名にしてんだよ?ウチの連中が会議の度にどれだけ被害に遭ったと思ってんだ?」
「「「そこ!!?」」」
…あまりにも予想外な方向からの苦情に、三人は思わずそうツッコんでしまった。
「そんなもの、適当に省略して言えば済む話でしょう!!?」
「いや~、仮にも歌を力に変えて戦うシンフォギアを扱うS.O.N.G.なんて名称の組織に所属しておいて、長くて言いにくいからって理由で妥協するのはどうなの?みたいな意見が出ちゃってさ。皆ムキになって正式名称で進めようとするから真面目な会議中に次々と噛んで轟沈しちゃってさ~…まあ、意見を出したのは俺なんだが…」
「貴様が元凶なワケダ!!?」
「流石に支障ありまくりだったから、途中からはちゃんと略称を使ったよ。パヴァリア光明結社は『結社』、ラピス・フィロソフィカスは『ラピス』、アダム・ヴァイスハウプトは『黄金全裸』みたいな感じにな?」
「「「どうしてそうなった!!?」」」
「そこはアダムでしょう普通!!?」
「特に被害者が多かったから俺が流れをぶっこんだ」
「何やってんのよ!!?」
「真面目な会議中に目の据わった大人の口から『黄金全裸』ってワードが出てくるの、控えめに言ってクッソ面白かったぞ?」
「こいつ碌でもないワケダ!!?」
「お陰で危うく作戦行動中にオペレーターの一人が『黄金全裸』誤爆しかけたんだからな?どうしてくれるんだ!」(※第160話参照)
「貴様が諸悪の根源だろう!!?」
とんでもない言いがかりに、三人はついついツッコんでしまい話がドンドン脇道に逸れていく。その様子を弦十郎達は『また始まった』と呆れながら見ていた。
「そういやそれが切っ掛けで活舌訓練用にこんな早口言葉を作ったっけ?お前らならコレすらすら読めたりする?今のところ一発で成功した奴いないんだよ」
そう言ってナナシは文字が書き連ねてある一枚の紙をサンジェルマン達へと差し出した。
『パヴァリア光明結社統制局長アダム・ヴァイスハウプトがサンジェルマンのラピス・フィロソフィカスをキャロル・マールス・ディーンハイムに売却した』
「なっがいわ!!」
「どういう状況なのよ…」
「サラッとキャロルの名も混ざっているワケダ」
「装者達は今この早口言葉で日々活舌を鍛えているぞ!ちょっとチャレンジしてみるか?雄太郎の爆発寸前の魅力を披露するチャンスだぞ?」
「雄太郎言うな!!ってか女の魅力関係あるコレ!!?」
「えっ?当たり前じゃん?活舌が良いってのは、歌を上手く歌う上で重要な要素だろ?肌が綺麗とかスタイルが良いとかを優に超えるアピールポイントのはずだろ?」
「うっそでしょ!?世のメンズのキュンポイントはいつからそんな鳥みたいな基準になったの!!?」
真顔で断言するナナシにカリオストロが困惑する隙に、ナナシが一気に畳みかけた。
「まあまあ、ちょっと試してみろって。バルベルデで聴いた歌は素晴らしかったから期待しているぞ!やっぱり良い女は外見だけじゃなくてどんな事にも妥協しないんだなーってのが伝わってきたよ!」
「えっ?そ、そうかしら…?」
「そりゃもうバッチリと!日常的にこんなややこしい用語を使いこなしているなんて、意識の高い女はやっぱり違うな!!是非その魅力を披露してもらいたいものだ!!!」
「ふ、フフン!そこまで言うなら、ちょっとくらいあーしの良いトコロを魅せてあげようかしら♪」
「チョロすぎるワケダ…」
あっという間に乗せられた元詐欺師にプレラーティが呆れてしまう。妙な流れでカリオストロの早口言葉チャレンジが開始された。
「パヴァリア光明結社統制局長アダム・ヴァイシュブッ!!?」
「局長で噛んだワケダ」
「普段私達も局長って略してたから、仕方がないかしら…?」
「あんの黄金全裸ああああああ!!!!」
顔を赤くしたカリオストロが絶叫している間に、今度はプレラーティにナナシが近づいて行った。
「さて、それじゃあ次はプレラーティさんに挑戦してもらいましょう!」
「下らない…やる訳ないワケダ」
「ちなみにキャロルも最初黄金全裸さんで思いっきり噛んでたから、一発で言い切ればドヤ顔で煽れるぞ?」
「アンノウン!?貴様!!!」
「…ほう?」
ナナシの発言に顔を赤くして叫ぶキャロルを見て、プレラーティは興味を引かれてしまった。
「ここで成功すれば、今後この件に関して常にキャロルに勝ち誇る権利をくれてやろう!」
「何を勝手な約束を結んでいるのだ!?」
「俺の想い出一年分の権利で要求する!」
「こんなクソしょうもない事のために身を削るか!!?」
「良いだろう!乗ってやるワケダ!!」
まんまとナナシに乗せられ、プレラーティもまた早口言葉チャレンジに挑戦することになった。
「パヴァリア光明結社統制局長アダム・ヴァイスハウプトがサンジェルマンのラピス・フィロソフィカスをキャルルッ!!?」
「あっ、油断した」
「誰がキャルルだ!!」
「キャルルw可愛いじゃないwww」
「だ、だがキャロルよりは長く続いたワケダ!!?」
「言い慣れない単語があるのはお互い様だろ?残念ながら同レベルだ」
「クソガキがああああ!!!」
「言いがかりをつけるなメスガキが!!!」
プレラーティとキャロルが言い争いを始める中で、ナナシは遂にサンジェルマンへと近づいて行った。
「さて、それじゃあ最後はリーダーにビシッと決めてもらおうか!」
「何故そうなる!?それよりも早く、我々に任せるという仕事について話をだな…」
「え~?一緒に生きて欲しいと懇願した仲間の名誉を取り戻そうとは思わないのか~?ここでお前がビシッと決めたら、二人には頼れるリーダーがいるって事で失敗した二人の威厳も少しは回復するかもしれないぞ?逆に失敗したとしても共通の試練に挑んだって事で連帯感が生まれるかもしれないぞ?どう転んでもメリットはあるんだから、ちょっとくらい空気読んでチャレンジしてみても良いんじゃないか~???」
「ぐぅっ!?……わ、分かったわよ」
非情にねちっこいナナシの言葉に、サンジェルマンが押し黙る。そして何かを期待するようなカリオストロとプレラーティの視線にも耐えかねて、サンジェルマンもなし崩し的に早口言葉チャレンジに挑戦する事になってしまった。
「パヴァリア光明結社統制局長アダム・ヴァイスハウプトがサンジュッ!!?」
『!!?!?』
…その瞬間、空気が凍り付いた。
「…サンジェルマンのラピス・フィロソフィカスをキャロル・マールス・ディーンハイムに売却した」
『……』
「…自分の名前って、自分ではあまり口にしないでしょう?」
『……』
「…何か、言いなさいよ?」
サンジェルマンが消え入りそうな声で周囲に訴えかけるが、室内の人間は予想外の結果にそれぞれ自分の内なる衝動を抑え込むのに必死だった。今その衝動に飲み込まれれば、恐らく今後の関係性にも影響が出る可能性がある。少なくとも今日は脇道に逸れた話を戻せなくなる。故にサンジェルマン以外の全員が、“障壁”よりも固い意志の力によって内なる衝動を飲み込み、抑え込んで、何とか取り繕うべく震えそうになる口で必死に言葉を紡ごうとして…
ガラッ!!
「兄弟子!先程話が纏まったと言うのは本当ですか!?わあああ!これからよろしくお願いします!カリオストロさん!プレラーティちゃん!!サンジュッ!!?…ご、ごめんなさい!!?」
『バウッファッ!!?!?』
…唐突に室内に飛び込んできた響が、神殺しの拳で全員の理性の“障壁”をブチ抜いてしまった。
「ぶぁっははははははは!!!あはははははははははは!!!」
「たち…ブフォッ!!…たちばな…ヒュフッ…立花響!!?貴様、何というタイミングで!!?」
「ちょっwwwあーたらwwwwwうちっwww打ち合わせしたでしょ!!?」
「えっ?えっ???」
ある者は床に転げ回り、ある者は机に突っ伏して、ある者は頭を押し付けながら壁を拳で叩いて大笑いする光景に、響は困惑して固まってしまった。混沌とした室内で、唯一笑っていないサンジェルマンは顔をラピスのように赤く染めて両手で完全に覆い隠して項垂れていた。
「あれ!?サンジェルマンさん!!?大丈夫ですかサンジェルマンさん!!?気分が悪くなっちゃいましたか!!?サンジェルマンさん!?サンジェルマンさん!!?」
「ひ…ひび…ひびきちゃん…いま…いまその子の名前連呼するのはやめ…ブフッ!!?」
「アッハハハハハ!!!イーヒヒヒヒ!!!」
ゴンゴンッ!!ミシミシッ!!
「しれ…フヒュッ…司令…壁を殴るのは…控えて…フフッ…」
プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル…
「ちょっwwwプレッwwwwwプレラーティwwwwwwwwプレラーティ!息!?息しなさい!!?せっかく生き延びたのに、あーたこんな事で死ぬ気!!?!?」
…そんな訳で、結局その日は話をするのは無理という事になり、サンジェルマン達の今後については明日改めて話をする事になったのだった。
「まあまあ、色々と丸く収まりそうで良かったじゃない?サンジェルwwwマンwwwww」
「サンジェルマンは…ブフッ!…上司運が…悪いワケダ…」
「…いい加減、人の名前言う度に笑うのはやめて?」
ちょっと今までの突っ伏しから始まる後日談と比べてネタが薄いですかね?
後日談はまだ続くのでそちらで楽しんで頂ければ…