戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第174話

深夜、風鳴訃堂の住まう屋敷は静寂に支配されていた。広大な敷地内には人影の一つも見当たらず、動物や虫の声さえも何かに怯えるように鳴りを潜めている。

 

屋敷の奥の広間では、蝋燭の火と障子の隙間から僅かに入り込む月明りのみが照らす薄暗い室内で風鳴訃堂が瞳を閉じて静かに正座していた。ただ訃堂がそうしているだけで、室内の空気は抜身の刃のような冷たく鋭い空気で満たされている。

 

意志の弱い者であれば、近づく事さえ叶わない…そんな広間の障子が音も無く静かに開かれると、何者かが部屋の中を自然な足取りで進んでいった。

 

「……」

 

部屋に侵入する者が現れても、訃堂は座して瞑目した状態を維持し続ける。侵入者…ナナシもまた訃堂の態度に疑問を覚える様子も無く、また家主への配慮も無くズカズカと歩みを進めて…訃堂の前に、無言のまま正座した。

 

「「……」」

 

二人は向かい合って座ったまま無言を貫く。訃堂は瞑目したまま、ナナシは訃堂の事を見定めるように真顔でジッと見つめている。

 

これまでモニター越しにしか会話をした事の無かった、互いを『敵』と認識している二人の邂逅。その距離は座した状態でギリギリ相手に手の届かない程度。両者の間にある緊迫した雰囲気に合わせて表現するならば…訃堂の刀がナナシに届く範囲である。

 

長い沈黙の果てに、訃堂の閉じた瞼がゆっくりと開かれナナシを捉えた。その視線は今のナナシと同じように、相手を見定めているかのようだった。

 

「“紛い物”よ」

 

静寂を破り、訃堂がナナシに言葉を紡いだ。

 

 

 

「風鳴翼を貴様にくれてやる。偽りの名ではなく真の風鳴一族として、護国のためにその力を行使せよ」

 

 

 

国の守護として脈々と受け継がれてきた風鳴の血筋、その血を少しでも濃く残すために人の道さえ外れた風鳴訃堂にとって、人の胎から生まれたかも定かではないナナシを風鳴の一族に迎えるなど本来あり得ない事だ。それだけ訃堂がナナシの…“紛い物”の肉体に宿る力に価値を見出したという事だ。護国のため、より強大な力がその血に宿るのであれば多少穢れが混ざる事さえ許容する…それが訃堂の選択だった。

 

聞く者によっては力を得るために一族の娘を化け物に差し出そうとする狂人の戯言だが、ナナシは訃堂の言葉から偽りの無い覚悟を感じ取っていた。ナナシはその言葉を聞いて、先程の訃堂のように瞑目したかと思うと…

 

「はぁ、もういいや」

 

…再び開かれたナナシの瞳は、空虚が広がっていた。

 

「せめて『引導を渡す』くらいはしてやろうと思っていたが…その気も失せた」

 

「何…?」

 

ナナシの瞳には目の前にいる訃堂に対する好意も敵意も無い。それは“紛い物”が自身の感情を向けるに値しない価値無きモノに向ける目だ。

 

その目が意味するのは、今この時この瞬間…風鳴訃堂は“紛い物”の『敵』ですら無くなったという事だ。

 

「お前はきっと『これから』だと思っているんだろう。俺達の混乱に乗じて可決させた法を駆使して、俺達と渡り合うつもりだったんだろう。だがな…俺達にとってお前はもう『終わっている』」

 

ナナシは”収納”から出した何らかの模様が描かれた紙を広げながら、淡々とした口調で風鳴訃堂に『終わり』を宣言した。

 

「貴様は何を…」

 

「風鳴訃堂」

 

バリッ!!

 

ナナシが真っ直ぐに突き出した自らの腕を爪で引き裂く。ビチャビチャと流れ落ちる“紛い物”の血液が、広げられた紙と畳を汚していった。

 

「お前にはもう死力を尽くす事さえ許されない。その老体に宿る命の灯火が燃え尽きるまで不動を貫け。もしその火種で戦火を広げようものなら…防人の剣が断ち切るのは夷狄の首ではなくこの国の未来だ。『風鳴』の名が、この国を滅ぼす。努々俺の言葉を忘れるな。近く耄碌したその頭でさえ、否応無しに理解する事になる」

 

一方的にそう告げて、ナナシは立ち上がり訃堂に背を向けた。これ以上話す事など無いといった態度で、部屋の出口へと一歩を踏み出した。

 

 

 

ヒュン…

 

 

 

風の鳴る音と共に、蝋燭の火が消えて薄暗い室内が更に暗くなる。そんな室内だからこそ、月明かりによってキラリと光る、ナナシの首筋でピタリと止められた訃堂の刀はひと際目立った。

 

故にもし、この状況を目撃する者がいたならば…ナナシの腕から伸びる黒みがかった血色の刃が、訃堂の胸に突き付けられている事には気づけなかったであろう。

 

「「……」」

 

両者はほんの僅かな間動きを止めた後…ナナシは何事も無かったかのように歩みを進めて部屋を出ていき、訃堂の屋敷から姿を消してしまった。

 

訃堂が刀を鞘にしまう。状況だけ見れば痛み分け…しかし相手は不死身である。首を断ったところで終わりではない。そんな事は訃堂も理解しているし、あの状況からでもやりようは幾らかあったが…あのまま刀を止めなければ、きっと碌でもない事が起こるという確信に近い直感があったため、訃堂は一度抜き放った刃を納める事を選んだのだ。

 

「忌々しい」

 

そう言って訃堂は振り返り、汚れた畳と…血の中に沈む日本地図を前に心中を騒めかせるのだった。

 

 

 

 

 

訃堂の屋敷を後にして一人夜道を歩くナナシは、その手で首筋をさすっていた。

 

(警戒…してたはずなんだけどなぁ…)

 

ナナシはその手に付着した血を見つめて、フゥと溜息を吐く。ナナシは訃堂と相対するにあたって最大限警戒していた。あくまでも強気な態度を示しつつ訃堂との間合いに気を配り、警告として畳を血で汚す事で訃堂の踏み込む距離を制限、更にはさりげない話術で訃堂が仕掛けてきた場合に自分の頭部ではなく首を狙うように誘導して…思惑通りに動いて尚、ナナシが咄嗟に“障壁”を展開出来ない程の神速の一太刀を訃堂は繰り出してきた。事前にナナシが迎撃を優先する事を決めていなければ、訃堂の一太刀はナナシの首を容易く断ち切っていただろう。

 

「ふがっ」

 

ズポッ!!

 

ナナシが口に手を突っ込み、奥から引っこ抜くように取り出したのは何やら幾何学模様の刻まれた宝石だった。それはナナシがキャロルに頼んで特注してもらったもので、砕くと内部に組み込んだ錬金術が作動して…訃堂の屋敷を丸ごと吹き飛ばす程の爆発を巻き起こすという物騒な代物だった。

 

「これで仕留められるなら苦労しないんだが…」

 

ナナシは宝石を“収納”しつつ、かつて自分の師がそれなりに大きな洋館を瓦礫にする爆発に巻き込まれて無傷だった事を思い出しながら乾いた笑みを零す。先程の宝石は万が一訃堂に追い詰められた場合に自身の体を丸ごと吹き飛ばしてS.O.N.G.内に保存してある肉体から復活するための自決用である。

 

「計画を本格的に進める前に、あいつだけはどうにかしておきたかったんだけどなぁ…」

 

ナナシの言っていた『引導を渡す』とは、別に遠回しな表現ではない。今回ナナシが訃堂に接近したのは…可能であれば、本気で風鳴訃堂を排除しておこうと考えたからだ。

 

とはいえ、直接的な手段でナナシが手を下せば色々と問題があるのは分かっている。ナナシ本人が自身の行いを一切気に留めなくても、ナナシの周囲は恐らくナナシを責め立てるのではなくナナシにその選択をさせた自分達の事を責めるお人好しばかりだ。迂闊な真似は出来ない。

 

故にナナシは風鳴訃堂に限りなく自然に退場してもらうため、ここ数日程訃堂に隠れて付き纏い…“明晰夢”による睡眠障害で倒れてもらおうと画策していた。

 

訃堂はとてもそう感じさせないが既に百を超える高齢だ。如何に屈強な体と精神を持っていようと、充分な睡眠が取れなければいつパッタリ倒れてもおかしくない。どれだけ自分の干渉を疑われようと、“明晰夢”の能力ならば何の証拠も残らないため全て老人の世迷言と切って捨てる覚悟でナナシは訃堂に張り付いていたのだが…そんなナナシの想定を、訃堂はあっさりと超えてきた。

 

眠らないのだ(・・・・・・)

 

この数日、一度でさえ訃堂が横になる事は無かった。ただ一日に数時間程、先程のように座して瞑目する時間があるだけ。その間にナナシが“明晰夢”を行使しても能力が発動しない事から、訃堂は決して眠ってはいなかった。にも関わらず、訃堂の振る舞いに陰りは無く、不眠による衰えなど一切見られない。

 

「いや、何となく理屈は分かるよ?多分意識だけは途切れさせないように脳を分割させて休んでいるんだろう。実際に自然界にもそうやって活動している動物もいるから荒唐無稽って訳じゃないさHAHAHA…イルカか何かかあのジジイは!!?ったく、弦十郎と言い、慎次と言い、何でこう俺の周りのOTONAはどいつもこいつも常識を飛び越えてくるかな…」

 

人の枠から外れて生きるナナシでさえ、訃堂や一部の人間の非常識さには呆れて思わず愚痴を零してしまった。

 

「おまけに割と本気で隠れていたはずなのに気付かれるし…」

 

決して肉眼では捉えられないよう、基本は遥か上空から望遠レンズなどを利用して監視していた。当然“認識阻害”を欠かす事は無く、“障壁”や“投影”などを駆使して周囲の光景に溶け込む事もしていた。しかしその上で何かを感じ取ったのか、訃堂は屋敷から人払いをして自分は部屋で待ち構えていた。その時点で大人しく撤退するべきではあったが…自分に対して真っ向から対峙しようとする訃堂の意志を無かった事にしてスゴスゴと逃げ出すのは性に合わなかったため、ナナシは誘いであると察しつつも訃堂の屋敷に乗り込んだのだ。

 

これから自分達が実行する計画を伝えれば、或いは妥協点も見出せるのではとも考えはしたが…訃堂の初手でその気も消え失せた。

 

「まあ、良いや。やれる事はやった。その上であのクソジジイが俺達の邪魔をするなら…本気でこの国をあいつの墓標にしてやる」

 

 

 

 

 

風鳴訃堂と“紛い物”ナナシ。生まれも、思想も、在り方も、何もかもが異なる両者であったが…互いに対する認識だけは一致していた。

 

「「化け物め」」

 




これにてAXZ編後日談は終了です。
物語はいよいよシンフォギア本編の最終章であるXV編に突入します。

ただその前に、事前に連絡させてもらった通りしばらくお休みさせて頂きます。詳しくは活動報告をご確認ください。

投稿開始から約二年、ちょくちょく休みながらもよく続いたな~と我ながら思います。時間がかかっても完結まで書き上げるつもりなので、皆様にも気長にお付き合いして頂けたら嬉しいです!
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