戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

180 / 212
第176話

キィ…キィ…

 

人気の無い公園のブランコに、小日向未来が座って体を揺らしている。心ここに在らずと言った様子で未来が見つめる頭上の空は灰色の雲に覆いつくされていた。雲の向こうにあるはずの太陽は輪郭のようなものが朧気に見えるだけで、本当に未来の見つめる先にあの力強く輝く星があるのか定かではない。そんな空模様は、今の自分の心境を表しているようだと未来は思ってしまった。

 

「そこのお嬢さん、ぼーっとしているけど大丈夫か?」

 

「っ!?」

 

未来が空を眺めてぼんやりしていると、いつの間にか隣のブランコに座っていたナナシが未来に缶ジュースを差し出しながらそう声をかけてきた。

 

「…ナナシさんって、いつもそうやって困っている人を探し回っているんですか?」

 

「あははは!わざわざ探す必要ないな!感情を感知出来る俺には、悩みを抱える人間なんて『この先で私は悩んでいます!!』って案内板と矢印が建っているくらいに目立って見えるから」

 

「フフッ…」

 

茶化すようなナナシの答えに、未来は思わず笑みを零した。それなら初めてこの公園でナナシに声をかけられた時も、自分は相当目立っていたに違いない。

 

「「……」」

 

ナナシと未来は並んで座りながら、時折缶ジュースに口を付ける。そんな無言の時間がしばらく続いた後、遂に未来が口を開いた。

 

「…何も、聞かないんですか?」

 

「聞かれても困るだろ?」

 

「……」

 

ナナシの言葉に、未来は沈黙で答える。ナナシはそんな未来から視線を外して雲に覆われた空を見上げると、独り言を呟くように言葉を紡いだ。

 

「俺の事が怖いか?」

 

未来は即座にナナシの言葉を否定しようとしたが、ナナシは未来に手を翳して制止する。そしてあくまでも独り言だとでも言うように空を見上げたままナナシは言葉を続けた。

 

「今更俺が化け物だとか、そんな事を気にしている訳じゃない。自分や自分の親友達の力になってくれる、頼りになる『人』…自分で言うのはどうかと思うけど、未来が俺に向ける『信頼』は、そんな感情だと思う」

 

「……」

 

「それなのに…心の何処かで俺を近づけたくない、遠ざけたいと思う自分がいる。何故自分がそんな酷い事を考えるのか分からない。分からない理由で俺を遠ざけようとする自分が嫌になる」

 

「……」

 

次々と紡がれるナナシの言葉を、未来は否定も肯定もせずに黙って聞いていた。

 

「そんな自分を理解したいから…俺と話がしたかった」

 

「……」

 

「そんな自分を理解するのが怖いから…俺と話をしたくなかった」

 

「……」

 

「だから未来は今日、ここに来た。明日南極に向かう俺が、わざわざ休みを取ると知ったから…俺から逃げるために」

 

「……」

 

「だから未来は今日、ここに来た。俺ならきっと、ここにいる自分を見つけてくれると期待して」

 

「……」

 

「だから未来は質問されると困ってしまう。一番答えを知りたがっているのは自分だから」

 

「……」

 

「だから俺も困っている。俺が存在に気付いてしまった未来の想いを、無かった事にしたくないから」

 

「……」

 

ナナシの語る、矛盾だらけの未来の心境…ナナシが必死で未来の事を理解するために考えた“妄想”を聞いて、未来はどうして自分がナナシと初めて出会ったこの公園に来てしまったのかをようやく理解出来た気がした。

 

ナナシがそうやって自分を理解してくれる事は、未来にはとても嬉しくて…

 

(ああ、そうか…)

 

…だからこそ、恐ろしいと感じてしまうのだろう。

 

(この人には、いつかきっと知られてしまうかもしれない…)

 

人の言葉では伝える事の出来ない、自分の胸の内に秘めた親友への想いを…そして、いつか親友が抱いてしまうかもしれない、恐らく自分には向けられない想いを…

 

未来の気付きを、ナナシは感じ取っているだろう。それでもナナシは無言で空を眺め続ける。未来に選ばせるつもりなのだ。自分の想いに気付いた未来が、どうするのかを。

 

「……」

 

答えが出せないまま、未来はしばらくナナシと一緒にぼんやりと空を眺めて…不意に、ある事をナナシに問いかけた。

 

「もし、私が…」

 

 

 

 

 

海上を進むS.O.N.G.本部のモニターには、雪と氷の世界が映し出されていた。そこは極寒の地、南極。降り積もる雪の勢いは、海面に出た本部の表面を覆いつくそうとするほどだ。

 

「到達不能極周辺の磁束密度、フラクタルに遷移!脅威レベル、三から四に引き上げ!」

 

「算出予測よりも大幅にアドバンス!装者達の現着と、ほぼ同タイミングと思われます!」

 

「情報と観測データを照合する限り、『棺』とは、やはり先史文明期の遺跡と推察されますが…」

 

「むぅ…」

 

「ボストーク氷底湖内のエネルギー反応、飛躍!数値の上昇、止まりません!」

 

「悠長に考察などしている暇は無いぞ!」

 

本部内でオペレーター達が観測した情報を弦十郎達が纏めていると、エルフナインとキャロルが湖の底で上昇していくエネルギーを観測して全体に警告を発する。

 

「来るか!総員、『棺』の浮上に備えるんだ!!」

 

本部が海上を進む一方、装者達はヘリに乗って異常が観測されたボストーク湖の上空に到着していた。ヘリの扉が開くと、肌を刺すような極寒の空気が装者達に襲い掛かる。

 

「さぶ~い!しばれる~!!何処の誰だよ!?南半球は夏真っ盛りとか言ってたのは!!」

 

「デース!」

 

ガタガタ震える響の嘆きに対して、向かいのヘリに立つ切歌が響と同じように震えながら手を上げていた。緊張感の無いやり取りにナナシは思わず苦笑してしまう。

 

「ここは世界最低気温が記録された事もある場所だぞ?アホな事言ってないでさっさとギアを纏え。マジで死ぬぞ?」

 

「ナ、ナナシお兄ちゃんは平気なんデスか!?」

 

「灼熱も極寒も訓練で粗方耐性を獲得したから大丈夫だ!液体窒素風呂に比べれば暖かいくらいだ!」

 

「またそのような無茶な訓練をして!!?」

 

「そこのバカ野郎は例外で、夏だって寒いのが結局南極だ。ギアを纏えば、断熱フィールドでこのくらい…」

 

クリスがそう言った直後、赤い光線がボストーク湖の分厚い氷を貫き、南極に猛吹雪をもたらしている雲の一部に風穴が穿たれて、ボストーク湖に太陽の光が降り注いだ。

 

「中々どうして、心胆寒からしめてくれる…!」

 

その異常事態に全員が呆気に取られている内に、貫かれた湖の氷の穴を押し広げながら浮上する、巨大な金属の亀のような存在が姿を現した。

 

「あれが、あんなのが浮上する『棺』?切ちゃん、棺って何だっけ?」

 

「常識人には酷な事、聞かないで欲しいのデス!」

 

「いつだって、想定外など想定内!行くわよ!!」

 

イメージとあまりにかけ離れた『棺』の姿に調と切歌は混乱してしまったが、マリアの号令によって意識を切り替え、装者達とナナシは棺目掛けてヘリから飛び降りた。

 

Balwisyall Nescell gungnir tron

 

他の装者達が氷の大地に降り立つ中、シンフォギアを纏った響は落下の勢いをブースターで加速させながら棺に拳の一撃を繰り出した。響の接近を感知した棺は、その巨体に比べると細い腕を突き出し響の拳とぶつけ合わせて…響の体は後方に弾かれ、棺は軽くその巨体をよろめかせた。

 

「互角!?…それでも、気持ちでは負けていない!!」

 

「こっちも受けてみやがれ亀野郎!!」

 

時間差で今度はナナシが棺へと突っ込んでその拳を振るう。棺は体勢を立て直しつつ先程とは反対の拳でナナシの拳を迎え撃った。

 

ドゴォオオオン!!

 

その結果、ナナシの腕は消し飛んでしまったが、棺は力負けしてゴロゴロと後方へと転がっていった。

 

「おお~!流石は兄弟子!!」

 

「そう喜んでもいられないぞ、響」

 

ナナシは失った右腕を再生させながら、吹き飛ばされつつもほぼ無傷で立ち上がろうとする棺に険しい表情を向けていた。

 

「さっき拳が触れた瞬間、“収納”を試してみたんだが…俺の力が弾かれる感覚があった」

 

「それって!?」

 

響達はナナシが神の力を宿したティキを“収納”しようとして失敗した時の事を思い出していた。あの棺に納められているのは、やはり…

 

起き上がった棺の胸部が淡く光ったかと思うと、棺の口から赤い光線が放たれて響達へと向かう。響達が光線を躱すと、光線は氷の大地に接触すると同時に爆発を巻き起こした…かと思えば、爆発の中から緑の光が上空へと昇り、妙な光沢をした氷柱が数本形成されるという不可解な現象を生じさせた。

 

「何なんだよ、あのデタラメは!?どうする!!?」

 

「どうもこうも、止めるしかないじゃない!」

 

「散開しつつ距離を詰めろ!観測基地には近づけさせるな!!」

 

翼の言う通り、棺の浮上したこの場所のすぐ傍には観測基地があり、未だ多くの人間が避難出来ずに取り残されていた。このまま棺を自由に暴れさせていては被害が出るのは時間の問題である。

 

「はああああ!!」

 

α式 百輪廻

 

「やああああ!!」

 

切・呪リeッTぉ

 

調と切歌が無数の刃を棺に飛ばすが、棺は巨体に見合わぬ軽やかな動きで跳躍して二人の攻撃を回避しつつ、そのまま響を押し潰そうと落下してきた。しかし響は自分も跳躍して棺に接近すると、圧倒的な質量差を物ともせずに響は棺を氷の大地へと投げ飛ばした。

 

「おらあああ!!」

 

MEGA DETH PARTY

 

その隙を突いて、クリスが小型ミサイルを無数に放って棺に直撃させる。しかし爆炎も収まらない間に棺はその身を起こしてクリスに対して光線を放ってきた。

 

「効かないのかよ!?」

 

悪態をつきながらクリスが跳躍して光線を躱すと、光線の着弾位置に再び複数の氷柱が形成される。そんなクリス達の様子を本部で弦十郎達が難しい顔をしながら見ていた。

 

「接近する対象を苛烈に排撃…こんなものを、はたして『棺』と呼ぶべきでしょうか?」

 

「攻撃ではなく防衛…不埒な盗掘者を寄せ付けないための機能だとしたら、どうしようもなく『棺』というより他あるまい」

 

「だとすれば、棺に眠るのは、本当に…」

 

棺の持つ強大な力を目の当たりにして、了子は棺の中に納められている存在が自分達の予想通りである可能性が高まったのを感じて思わず言葉を零してしまった。

 

「司令!棺に新たな動きが!!」

 

戦況を観測していた友里がそう叫ぶのとほぼ同時に、棺はその体に生やした無数の棘を一斉に射出した。放たれた棘はそれぞれが空中で羽を広げるように変形して蜂のような姿になると、装者達に向けて一斉に緑色の光線を放って攻撃し始めた。

 

「こちらの動きを封じるために!」

 

「しゃらくさいのデス!」

 

「群れ雀なんぞに構い過ぎるな!」

 

蜂達は単体ならそれほど脅威にはならないが、数が多いためこれでは棺に近づく事も難しい。

 

「ならば、行く道を!」

 

翼が剣の切っ先を上空に向けてそう叫ぶと、空から無数の剣が降り注いで蜂の群れを貫き爆散させた。

 

「道が出来た!突っ切るぞ!!」

 

ナナシが心臓に刃を突き刺して“化詐誣詫”状態に移行しながら棺へと迫る。そんなナナシに続いて響とマリアも翼が切り開いた道を駆け抜けていった。

 

「最速で!」

 

「最短で!」

 

「真っ直ぐに!」

 

「「「一直線にぃいいいいい!!!」」」

 

響とマリアが腕のギアを変形させてドリルのように高速回転させる。ナナシも腕に纏う血液で二人の技を模倣して、三人は一気に棺へと突撃していった。三人の攻撃は棺の胸部にあった宝石のような装甲を破壊して、棺の一部を穿つ事に成功した。

 

「効いている!それだけだ!!」

 

僅かにダメージが入りはしたが、棺は動きに一切の支障を見せず大技を決めて無防備なナナシ達にその大きな手を振り下してきた。

 

ガキン!ガキン!バチィン!

 

「へぶらっ!?」

 

響とマリアは身に着けた“血晶”が棺の不意打ちから守ってくれたが、ナナシはモロに棺の攻撃を受けて地面に叩きつけられてしまった。

 

「兄弟子!?大丈夫ですか!!?」

 

「私達だけじゃなくて自分の事も守りなさいよ!!?」

 

「ぐおお…あ、あの亀野郎からは感情が感じ取れないから油断した」

 

ナナシを心配して全員が集まり始めたところで、棺は例の赤い光線をナナシ達に向けて撃ち放った。

 

「間に合えええええ!!!」

 

間一髪でクリスがナナシ達の前に駆け込みリフレクターを展開する。しかしクリスのリフレクターだけでは光線を受け止め切れず、未知の攻撃にナナシの“血晶”も機能出来ずに…大爆発に飲み込まれた装者達は、生成された氷柱の中に体を埋め込まれてしまった。

 

「リフレクターによるダメージの軽減を確認!」

 

「棺からの砲撃、解析完了!マイナス五千百度の指向性エネルギー波…って、何よこれ!?」

 

その信じられない情報によって、友里は言葉の途中で驚愕の声を上げてしまった。

 

「埒外物理学による…世界法則への干渉…こんなの、現在のギア搭載フィールドでは、何度も凌げません!」

 

エルフナインが視線を向けるモニターには、体の一部を氷の中に埋め込まれた響達がグッタリと顔を俯かせる様子が映っていた。

 

そして…ギアの防御フィールドの無いナナシは、その体を完全に凍結させた状態で氷柱の一つに埋め込まれてしまっていた。

 

 

 

 

 

何故そのような事を未来が問いかけたのか…それは未来自身にも分からない。

 

「もし、私が誰かを困らせていたら…」

 

それは先日、親友に対して何気なく尋ねた事。その時は何の意図も持たない、些細な例え話であったが…

 

「私が皆の…ナナシさんの敵になってしまったら…ナナシさんは、どうしますか?」

 

…この時の未来は、そんな『いつか』がそう遠くない気がしてならなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。