戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第184話

ナナシが上機嫌な様子でS.O.N.G.の通路を歩いている。それはもうニコニコと笑いながら、その手に何か紐のような物を持って堂々と歩みを進めていた。

 

そして…その後ろから、紐の先を首輪に付けられたノーブルレッドの三人がとても嫌そうな顔でトボトボとナナシの後を付いて行っていた。抵抗してもナナシはお構いなしに歩き続けるため、首が締まって苦しいだけなので三人共諦めて自らの足で歩いている。

 

思えばこの男に捕まってからそんな事ばかりだと三人は遠い目をしてしまった。

 

例えばナナシが食事を持ってきた後、三人の前に手を伸ばしたかと思うと…

 

『お手』

 

そんな事を言ってきたので、当然三人は無視してさっさと出された食事に手を付けて…口と鼻を押えてのたうち回った。

 

『ぐわあああああ!!?』

 

『は、鼻が!?ツーンって!!?』

 

『涙が、止まらない!?』

 

『ワサビが大量に練り込んであるからな。素直に言う事を聞く良い子には俺の能力でワサビを取り除いてやろう。食べないのは勝手だけど、腐って蠅が集ろうがカビが生えようがソレを完食するまで次の食事は出てこないから覚悟しろよ?』

 

三人は泣く泣くお手とおかわりをやらされた。泣いていたのは屈辱からか、意地でワサビ入りご飯に挑戦して挫折したからかは三人にも分からない。

 

そんな風にノーブルレッド達はナナシに翻弄され不本意なまま従わされ続けている。今もペットの散歩を称して強制的に連れ回されていた。

 

すれ違う者達はその光景を見た瞬間ギョッと目を見開き、手綱の持ち主がナナシだと分かると納得した表情となり、最後はノーブルレット達に憐れみを含んだ微笑みを向けて隣を素通りして行った。彼ら彼女らの態度からは、ナナシの奇行に対する『慣れ』が透けて見えていた。

 

「あっ、ナナシ君」

 

「おう、ナナシ…うおっ!?」

 

「あらあら、楽しそうね♪」

 

そしてまた、ナナシのペット散歩に遭遇した者達が様々な反応を示す。友里がナナシに声をかけ、藤尭が手綱を繋がれたノーブルレットに驚き、了子が面白そうに声を弾ませた。

 

「おう!可愛いペットを見せびらかしながら歩くのは楽しいぞ!!」

 

「ペット…そんな噂は耳にしていたけど…」

 

「流石に何かの冗談だと思っていたわ…」

 

「全く、ナナシちゃんは可愛い子がいるとすぐ拾ってきちゃうんだから」

 

「訳の分からないモノを拾い集めるのはウチの組織のお約束だろ?元を辿ればウチのボスが知らない間に先史文明期の巫女なんてモノを拾ってきたのが発端だ。つまり全部弦十郎が悪い!」

 

「あー…訳の分からないモノ扱いはアレだけど、ちょっと納得しちゃったからそれで良いわ。うん、弦十郎君が悪いわね!」

 

「「諭された!!?」」

 

「それにしても、このメンツで通路にいると思い出すな?二課に来たばかりの俺が裸で了子に連れ歩かれていた時の事を…そんな俺が今やペットを連れ歩く側なんて、時が経つのは早いものだ…」

 

「どんな感慨の浸り方だ!?そんなしみじみ語るような事じゃないだろう!!?」

 

「全部弦十郎君のせいね!!」

 

「流石にその責任転嫁は無理がありますよ!?どう考えてもこれは了子さんの影響ですって!!?」

 

⋯ノーブルレッドの三人は基本的にナナシの事は無視の方針であるが、流石にこの立ち話は無視するには情報量が多過ぎる。え?この扱いがS.O.N.G.の通過儀礼なの?衣服の着用すら許されない場合があるの?この男の方がマシ?目の前にいる、この女より⋯

 

「え⋯?」

 

「先史文明期の⋯」

 

「巫女って⋯」

 

ここでようやく三人は目の前にいる了子の正体に思い当たった。三人の呟きを聞いた了子はメガネを外して髪を降ろし…フィーネとしての姿を露わにした。驚き固まる三人の顔を覗き込みながらフィーネは口を開いた。

 

「多くは語らん。貴様らの好きなようにすればいい。貴様ら程度がどう足掻いたところで、最後はその男に何もかも笑い話にされてしまうだろうからな」

 

それだけ言うと、フィーネはフッと笑みを零して三人の横を通り過ぎていった。藤尭と友里も慌ててその後に続き、ナナシが呆然とするノーブルレッドの手綱を引いて散歩を再開させた。

 

「さて、次は何処にペットを見せびらかしに行こうかな~」

 

「…見せびらかしているのは私達にでしょう?自分が本当に人の中で生きているとでも言うように…利用されているだけのくせに」

 

「うん?」

 

唐突に紡がれた悪態に、ナナシはキョトンとした顔で振り返ると、ヴァネッサが険のある顔で言葉を続けた。

 

「自覚すらないのかしら?おめでたいことね⋯あなたがこの組織で自由に振舞えるのは、あなたがその身に宿す神の力が有用だから。それ以外に考えられないわ。そうでなければあなたのようなモノ、存在する事さえ許されるはずがない」

 

ヴァネッサは躊躇うことなく断言する。人に利用される他に、化け物が居場所を得る方法はない。それこそが真理であるとでも言うように、ヴァネッサはナナシに残酷な答えを突きつけた。

 

もっとも…

 

「そんなの当たり前だろう?それに一体何の問題がある?」

 

…その程度の真実に、“紛い物”の心は欠片も揺らぐことはない。

 

「ああそう⋯人に媚を売り続ける事を受け入れたのね?無価値になった瞬間消え去る居場所しか持てないで、よく人の中で生きていると言えるわね?」

 

「は?いやいやいや、何言ってんの?お前ら人間に理想を持ち過ぎ。何で人間なら無条件に居場所があると思ってんだ?人だろうが人以外だろうが、無価値のゴミに居場所なんてねえよ」

 

「「「!!?」」」

 

⋯それどころか、“紛い物”はより残酷な答えをノーブルレッド達に叩き返してきた。

 

「何を驚く事がある?役に立つ奴が重宝されて、役立たずが嫌厭される。至極当然の事だろう?」

 

「そ、それを貴様の立場で言うのでありますか!?人種も立場も分け隔てなく特異災害から人類を守護する組織に身を置くにも関わらず!!?」

 

「あっはははは!分け隔てなく?それは違うな!俺達みたいな『正義』は、自分の身すら満足に守れない目立つ弱者(ザコ)共をちゃんと選んで守っている。ただ単に守備範囲が広いから隔たりが無いように見えるだけだ」

 

何一つ悪びれる様子もなくそう断言するナナシに、ノーブルレッドの三人は絶句してしまった。そんな三人の手綱を引いて歩みを進めながら、ナナシは邪悪な笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「正義ってのは正しいから勝つんじゃない。勝った奴が正義なんだ。だから正義に必要なのは何を置いてもまず力。そしてその力に恐怖を抱かせるのではなく、見栄えの良い虚飾(ウソ)で飾り立てる事が出来れば、弱者共は勝手に味方になってくれる。正義とそれに群がる弱者によって形作られるコミュニティこそが、『正義の味方』と言うものだ。だからこそ、力と虚飾の両方を兼ね備えた俺はこのコミュニティで確固たる地位に納まっている訳だ」

 

「⋯お前はどう考えても悪者なんだゼ」

 

「『悪』ってのは正義の水準を満たせないコミュニティの呼び方だ。力はそれなりだけど虚飾が下手か、力は無いけど虚飾がそれなりだから集まる人数もそれなりで、それでもそれなりに集まった事で自分達は正義と勘違いしてはっちゃけようとした奴らを俺達みたいな真の正義が踏み躙って身の程を分からせるんだよ」

 

ミラアルクの言葉にナナシがそう返しつつ、視線だけをノーブルレッドの三人に向けた。

 

「お前らの古巣だったパヴァリア光明結社は典型的な『力はそれなりだけど虚飾は下手』な悪だったよ。最高幹部の中心であるサンジェルマンが自分を騙すのに必死で、プレラーティとカリオストロはそんなサンジェルマンを想って自分達の想いから目を背けた。そしてトップのアダムに至っては自分の力を過信して他者に一切の関心が無かった。あいつが唯一拘っていた虚飾は、自分の醜い在り方を誤魔化す事だけ…どいつもこいつも自分を騙すのに必死で他は二の次だったから、コミュニティとしての綻びが原因で敗北した。もしもアダムがもう少し他人を欺く事に力を入れていれば、自分を騙す事に必死だったサンジェルマン達はアダムの虚飾に疑念を抱く事も無く、俺達もアダムの圧倒的な力に付け入る隙を見つけられなかったかもしれない」

 

最後の決戦はアダム一人に全員で対処してもギリギリだったのだ。もしサンジェルマン達がアダムに謀反を起こさなければ、正義の立場はパヴァリア光明結社に…アダムに奪われていただろう。

 

「こう考えると、俺達が踏み躙ってきた悪はどいつもこいつも虚飾が下手な奴ばかりだな?キャロルは父親の願いで自分の想いを隠そうとしてエルフナインに虚飾を暴かれ、ナスターシャ教授とマリア達は根が善良過ぎて悪を演じきれなかった。我が英雄は虚飾はそれなりに出来るはずなんだが、すぐはっちゃけるからなぁ⋯世界屈指の才能を持っているけど、どちらかと言うとそれも裏方向きなのが何とも⋯色々と惜しいお方だ」

 

誰もが世界に通ずる力を持っていながら、ナナシが言う他人を欺く虚飾を怠った事で力を十全に活かす事が出来ていなかった。誰か一人でも自身の本質を隠し通せていたのなら、或いは正義の立場に届いたかもしれない。

 

「今日に至るまでヤバイ局面に何度も遭遇してきたが⋯俺達が踏み躙ってきた悪の中で一番正義に近かったのは、やっぱり了子だろうな。数千年に渡って力を蓄え、他者を欺き、本懐を遂げる寸前まで自分の本質を外に漏らす事は無かった。了子の敗因はただ一つ⋯弦十郎を欺けなかった事だ。弦十郎さえ騙せていたなら、了子はもっと適したタイミングで決起する事が出来た。そうなっていたら、了子の虚飾に自分から騙される事を選んだ俺にカ・ディンギルを止める暇なんて無かったはずだ」

 

そうなっていたらナナシ達が了子の本質に気付く頃には既に月は穿たれ、取り返しのつかない被害が出ていただろう。或いはそんな了子の在り方を傍で見ていたからこそ、ナナシは虚飾の重要性に気づいたのかもしれない。

 

「おっと、話が大幅に逸れたな?つまり世界には『正義』と『悪』、そして『弱者』って言う立場が存在する。以前サンジェルマンにも似たような話をしたが、人はその立場に都合の良い呼び名を付けて身を置いている。国家や人種、都市や職種に宗教なんて具合にな?幾ら呼び名が変わっても本質はそう変わらない。それこそ最近の創作物では大多数の賛同を得た『悪』が独り善がりの『正義』を踏み躙る展開が人気だったりするぞ?魔王が勇者を蹂躙したり、逆に手を取り合って第三勢力と戦う展開はもはやお決まりになりつつある。それも結局は名前の付け方が変わっただけ…本質は力による利益の奪い合いのままだ」

 

「…つまりは、あなた達が弱い人間を守るのも、自分達の利益のためって事ね?」

 

「Exactly!!」

 

ヴァネッサの皮肉めいた言葉を、ナナシは力強く断言してみせた。

 

「とある作品の魔王は、人間に対してこんな風な事を言っていた。『損得勘定、それは立場の異なる我々にも共通する言葉であり、天と地の間で二番目に強い絆』だと…まさに真理だ。神の呪いで隔てられて尚、人同士の繋がりが完全に途絶えなかったのは、人が利益を求め続けたからに他ならない!そんな醜い本質をこれだけ綺麗に飾り立てられるなんて、人間の創作物はやはり素晴らしいな!!」

 

ナナシがキラキラと子供のように瞳を輝かせて“収納”から取り出した書物を掲げる。そんな無邪気な表情でナナシが垂れ流す邪気塗れの言葉に、ノーブルレッドの三人は疑問を持った。

 

「二番目って事は…」

 

「損失や利益以外に、人同士を強く結びつけるものがあるのでありますか?」

 

その問いに、ナナシはとても楽しそうな笑顔でノーブルレッド達へと振り返って答えた。

 

「知れているだろう?『愛情』だ」

 

その答えに、一瞬だけ虚を突かれたように目を丸くした三人は…少しして呆れたように溜息を吐いた。

 

「フン、散々碌でもない事を言っておいて…結局はそういう答えに落ち着くんだゼ」

 

「何を呆れている?子供でも知っている事だろう?」

 

「ええ、そうね。子供でも知っているし…子供くらいしか信じないわよ。損得よりも愛情の方が強いなんて…」

 

完全に白けた様子の三人に、ナナシはニコニコと笑みを保ったまま…

 

「なるほど、お前らは愛情の力を信じられないか!まあ仕方がないか?お互いの利益のために家族ごっこをしているお前らには!」

 

「「「!!?」」」

 

…ノーブルレッドの心を抉る言葉を口にした。

 

「てめえ…!」

 

「ガルルルル…!」

 

殺意を露わにするミラアルクとエルザに動じる事無く、ナナシは笑みを浮かべたまま言葉を続ける。

 

「姉だの妹だのとくだらない虚飾で傷の舐め合い程度でしかない関係を必死に誤魔化しているお前らにはつまらない話だったな?下らない事を言って悪かった!所詮愛情なんて利益の前には塵芥だよな?心配しなくても分かっているって!お前らの間にあるのは愛情によるショボい絆じゃなくて、相互利益による屈強な絆だって事は!!」

 

「黙りなさい!!」

 

遂に我慢の限界を迎えたヴァネッサがナナシの首元を掴んで叫ぶ。

 

「今すぐその不快な言葉しか出てこない口を閉じなさい!さもないと…」

 

キュッ!!

 

「がっ!?」

 

「ひゅっ!?」

 

しかし次の瞬間、ナナシに詰め寄ったヴァネッサではなくミラアルクとエルザの首輪が締まり、二人は苦しさで床に崩れ落ちた。

 

「なっ!?」

 

「お前らの間に愛情は無いと認めるまで首輪は緩めない」

 

「ふざけるんじゃないわよ!今すぐ二人を解放しなさい!!」

 

ヴァネッサが手刀を高速振動させながらナナシに詰め寄る。鬼気迫る様子のヴァネッサを前に、ナナシは…

 

「ふざけてねえよ。俺は本気だ」

 

…空虚な瞳でヴァネッサを見つめながら淡々とそう答えた。

 

「パチモノ風情が、俺を前にして感情を雑に否定しやがって…ならお前らの主張を徹底させてやる。ほら、さっさと認めたらどうだ?早くしないと命が助かっても後遺症ぐらいは残るかもしれないぞ?」

 

「!!?」

 

ナナシの言葉からは何の感情も感じられず、だからこそヴァネッサの選択次第で二人の命がアッサリ潰える事が容易に想像出来た。認めなければ、ナナシの機嫌を取らなければ二人の命が失われる。

 

それでも⋯

 

「どうか、ご慈悲を⋯申し訳、ありませんでした」

 

⋯例え嘘でも家族への想いを否定する事は出来ず、ヴァネッサは床に頭を擦り付けてナナシに許しを乞うた。

 

「何に対してだ?」

 

「っ⋯!」

 

「お前は何に対して俺に許しを求めているかと聞いている」

 

「⋯あなたに反発して、愛情を否定した事を謝罪します⋯ごめんなさい⋯愛しているんです⋯二人は私の、家族なんです⋯」

 

徐々に血の気が引いていくミラアルクとエルザの姿に逸る気持ちを抑え込み、ヴァネッサは必死に言葉を選び⋯口に出した事でようやく自分達の過ちに気が付き、途中からは本心で謝罪していた。

 

勢いで否定するべきでは無かった。愛情の否定は、そのまま自分達の繋がりを否定する事だ。この繋がりが愛で無ければ、それこそ傷の舐め合い以外のなんだと言うのだ。家族ごっこと言われても仕方がない。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「……」

 

ナナシへの贖罪と言うより、家族を失うかもしれない恐怖の感情によるヴァネッサの謝罪だったが、それ故にその言葉に虚飾が無い事は充分に伝わり…ナナシはパチンと指を鳴らして、エルザ達の首輪を緩めた。

 

「ゲホッ、ゴホッ!」

 

「ヒュー…ヒュー…!」

 

「エルザちゃん!ミラアルクちゃん!」

 

必死に呼吸するエルザ達にヴァネッサが駆け寄って介抱する。そんな三人をナナシはヤレヤレと言った様子で見下ろしていた。

 

「迂闊な言葉は自分達の首を絞めるだけだぞ?お前らはそれが比喩で済まないんだから、もう少し危機感を持ったらどうだ?」

 

そんなナナシを、息を整えながらミラアルクが睨む。這いつくばって許しを乞うヴァネッサに、必死で呼吸をするエルザ…仲間達を傷つけるナナシに、生殺与奪を握られていると分かっていても殺意が止まらない。それでも、そんな激情を家族のために必死に己の胸の内に抑え込んでいた。

 

しかし“紛い物”の前では、感情を抱いた時点で手遅れである。ナナシは笑顔でミラアルクの殺意が籠った瞳を覗き込んで口を開いた。

 

「何故お前らが人間なら無条件で居場所があると勘違いしたのか、何故結社が崩壊した時点で保護される弱者ではなく悪の道に歩みを進めたのか…俺にはお前らの稚拙な虚飾が手に取るように分かるぞ?」

 

「何を、言って…?」

 

「お前らは『皆と仲良くなりたい』と願望を抱いている。『人間に戻りたい』というのはその手段であるはずだ。だがお前らはこの手段と目的を混同している節がある。『人同士なら仲良く出来る』、或いは『化け物は人と仲良くなれない』って考えがお前らの根本に染みついているからだ。じゃあ人の中で過ごす俺を見てその考えを覆せないのは何故?その思想の根源は一体何処から来た?」

 

ナナシが三人の前で手を振るう。その瞬間、周囲の景色が一変した。

 

「なっ!!?」

 

「何事でありますか!!?」

 

先程まで確かにS.O.N.G.の通路に居たはずが、三人とナナシはまるで転移したかのようにいつの間にか石造りの薄暗い建物の中に居た。

 

三人が呆然としてあると、背後から足音が響いてきた。振り返るとフードの男性が慌てた様子でエルザ達など見えていないように突っ込んで来たため、エルザ達は慌てて男を回避する。しかしナナシは動くことなく、男もナナシを避けることなくそのままナナシの体を通り抜けた。

 

「「「なっ!!?」」」

 

「これは過去の再現だ。現在を生きる俺達に干渉は出来ねえよ」

 

“投影”の能力強化。周囲の空間に過去の光景を映し出し、追体験を行うように過去の出来事を表示出来るようになった。現代の技術で言うところのAR(拡張現実)のような物だ。

 

『は〜い残念!“紛い物”からは逃げられませ〜ん!!』

 

『ああああ!?嫌だ!嫌だぁああああ!!』

 

男が走ってきた方向から赤い物が伸びてきて男の足に絡みつき、男が引き摺られながら再びエルザ達の横を通過して行く。赤い物が伸びてきた先には、体の所々に血液を纏う人型の人外を装ったナナシがとても悪い笑顔で立っていた。嫌がる男を引き寄せるその様は完全に餌を巣に持ち帰る人喰いの化け物にしか見えない。

 

少しすると視点が変わり、広い部屋の中で先程の男と同じようなローブを纏った者達が数人ずつロープで体を拘束されて部屋の隅に転がされていた。立っているのはナナシの緒川の二人だけである。

 

部屋には怪しげな薬品や機器が並んでおり、機器には所々に赤黒いシミが付いていて、その用途が碌でもない事が窺える。

 

「ここはもしかして、パヴァリアの…」

 

「そう、俺達が錬金術師共の拠点を潰し回っている時の場面だ」

 

ナナシと緒川が薬品や機器、書物などを回収して回っていると、分厚い扉の前に辿り着いた。その事に錬金術師達の何人かが動揺する中、緒川とナナシは警戒しつつ扉を開いて部屋へと突入した。

 

「「「!!?」」」

 

部屋の中の光景に、ノーブルレッドの三人が硬直する。映像の緒川も目を見開いて驚き、ナナシだけが過去も現在も無表情のままだった。

 

部屋の中は⋯『死』で満たされていた。

 

何らかの薬品によって全身に様々な異常を生じさせた者、色んな生き物のパーツを継ぎ接ぎして人の形を失った者、所々に人の名残を残した異形の者⋯それら全てが既に命の灯火を失い、肉は崩れて骨は風化し、長きに渡って捨て置かれた事が窺えた。

 

扉の近く、ナナシの正面には比較的新しい少女の亡骸が転がっている。体の下半分が蟲のような異形と化した少女は、出口に向かって真っ直ぐに手を伸ばした状態で事切れていた。

 

ナナシは無表情のまましゃがみ込むと、伸ばされた少女の手を取る。疾うに死後硬直も終えて、加減を間違えれば崩れてしまいそうな程柔らかくなったその掌からは、石畳と同程度の冷たさが伝わってきた。

 

『ナナシさん⋯』

 

『回収するから、ちょっと待っててくれ』

 

少しの間少女の手を取っていたナナシは、緒川に声をかけられると普段と変わらぬ様子でそう言って少女の亡骸を“収納”した。その後ナナシは立ち上がると、無造作に腕を引き裂いて床に血を垂れ流す。流れ出たナナシの血に触れた者達は、飲み込まれるように次々とその姿を消していった。

 

『何が悪いと言うのだ!!?』

 

すると突然、ナナシ達の背後からそんな叫び声が響いてきた。声を上げたのは縛られた錬金術師の一人、先程ナナシに捕まった者だ。緒川は反抗の意思を持つ錬金術師に警戒するが、ナナシは視線すら向ける事なく遺体の回収を続ける。

 

『真理の探究を邪魔する愚者共め!碌に考えることなくのうのうと餌を貪り繁殖するだけの愚物など家畜と変わらん!我々のように世界の真理へと至らんとする気高い人類の糧となれた事に感謝するべきだ!!』

 

恐怖を誤魔化すためか、はたまた本心からなのか、この状況で饒舌に語り続ける錬金術師に、しかしそれでもナナシは意識を向ける事は無い。

 

『我々こそが真に敬われるべき人類なのだ!我らを邪魔する貴様も!そこの化け物も!!人類の進化を妨げる害虫だ!!!人の歩みを阻む虫けらなど、踏み躙られて潰えるのがお似合い⋯』

 

『煩い』

 

ゴギャッ!!

 

『ふぐあああ!!?』

 

ようやく回収を終えて空っぽになった部屋を眺めていたナナシが、唐突に男の顎を下から蹴り上げた。幸いにも舌こそ噛み切らなかったが、雑に放たれたナナシの蹴りは男の下顎を砕き、打ち合わされた上下の歯はひび割れて多くが砕けてしまった。

 

『見当違いな事を騒いでんじゃねえ、耳障りだ。お前らの行いの是非なんざどうだって良い。俺達は別にここにいた奴らを助けに来たわけじゃない。お前らの存在が今後俺達の邪魔になりそうだったから潰した。ただそれだけだ』

 

淡々と言葉を紡ぎながら、口から血を垂れ流す男の髪を掴んで顔を持ち上げると、ナナシは男と視線を合わせて口を開いた。

 

『でも安心しろ?俺達はお前らを殺したりしない。俺達もお前達と同じように、真理の探究を進めているところだ。同じ志を持つ者同士、是非協力しようじゃないか!』

 

ナナシの言葉に、幾人かの錬金術師達は希望を見出す。力による上下関係は決したが、形は変わっても引き続き錬金術の研究が続けられるのではないかと⋯

 

しかし、ナナシと目を合わせている男の顔に安堵は無い。男は恐怖と絶望で砕けた歯をカチカチと震わせていた。

 

『丁度人間の記憶から特定の知識のみを抽出する技術の実験台を探していたところなんだ。お前らみたいに裏でコソコソ隠れて、消えたところで何の問題もない存在は本当にありがたい!』

 

ナナシの瞳は忌々しい悪を見る目でも、有用な味方を見る目でも無い。

 

『失敗して頭の中がこの部屋みたいに空っぽになったとしても大丈夫!そうなったらそうなったで、とても有意義な実験があるんだ!かつて多くの赤子を使って言語学習の実験をした王がいたらしい。一切目を見ず、笑いかけず、話しかける事無く育てた赤子が初めて口にするのはどんな言語か…結果は一歳前後で赤子は全員死亡。人間は生命維持だけでは、他者との繋がりが無ければ生きられない事が判明した。でもな?これは肉体的に未熟で弱い赤子の話であって、もしある程度丈夫に育った人間を精神だけ無垢な状態に戻して実験すれば、また違う結果が出るとは思わないか?それこそ失われた共通言語を口にする可能性だってあるかもしれない!これは人類の進化に大いに役立つ実験だとは思わないか!?そんな実験に協力出来るなんて、錬金術師としてお前らも誇らしいだろう?』

 

嬉々として悍ましい事を語るナナシの目は、犠牲者の無念を晴らす復讐者の目でも、研究に消費される実験動物を見る目でもない。

 

『ただ安心してくれ!どんな結果に終わったとしても、お前らは俺に負い目を感じる必要はないぞ?当然素晴らしい結果が出たところで感謝する必要もない!』

 

ナナシが自分達を見つめる、その瞳は…

 

『何一つとしてお前らに期待なんてしない。精々俺の知らない間に勝手に消え失せろ』

 

…これから処分するゴミを見る目だった。

 

「これで理解出来たか?」

 

「理解⋯?何を、言って⋯?」

 

真っ青な顔でナナシの過去を見ていたミラアルクが問い返した。

 

「『人間なら何をしても無条件で許される』って考えはまさに⋯お前らの体をそんな風に変えた奴らの思想そのものだろう?」

 

「「「!!?」」」

 

「お前らは自分の体を滅茶苦茶にした奴らに抗っているつもりで⋯実際はその思想に共感を抱いている。だから人から外れた自分達を自ら否定して、その思想に当てはまらない俺の在り方に反感を覚える」

 

「違う!!ウチらがあんな奴らと同じなんて、ふざけた戯言をほざくな!!!」

 

「あっはははは!それは失礼した!俺の“妄想”は的外れだったか!なら是非聞かせてくれ!⋯お前らは人間に戻った後、どういう風に生きるつもりだ?」

 

「「「!!?」」」

 

ナナシのその疑問に、三人が凍りついたかのように硬直した。

 

「答えられるだろう?だってお前らにとって人間に戻るというのはただのスタートラインだ。俺達や他にも神の力を狙う奴らを出し抜いて、神の力を手にしたお前らが人間に戻った後は一体どう生きていくつもりだったんだ?出し抜かれた組織からの報復とか面倒な問題はスルーしてやるから、聞かせてくれよ?お前らの人生設計ってやつを?」

 

「それ、は⋯人間として⋯普通、に⋯」

 

「何処を基準にした普通だ?例えば日本なら吸血鬼っ娘は高校生ってところか?犬っ娘は中学生くらいで、ロボっ娘は社会人、ロボっ娘が妹二人の学費を稼ぐってところか!健気だなぁ、それなりの稼ぎがないと学費二人分は厳しいぞ?当然身元不明の不審者なんて雇う企業は無いからきちんと書類に明記出来る住居も必要。おっといけない、戸籍が無いと話にならないじゃないか!」

 

『普通』と答えたミラアルクに、ナナシが笑顔でその『普通』に必要な条件を並べていく。次々と詳らかにされる問題点に、ノーブルレッドの顔はドンドン血の気を失っていった。

 

「凄いな!俺達はそれなりに詳しくお前らの事を調べたはずなのに、お前らにこの全てを手に入れる後ろ盾があるなんて全然分からなかったぞ!?これはちょっとお前らの事を舐めていたかもしれない!それだけ隠れた実力を持つお前らを早期に捕縛出来るなんて、俺達はなんて幸運なんだろう!!はっ!?もしかして、これもお前らの狙い通りか!!?敢えて捕まる事で俺達の懐に潜り込んで何かを企てているんだな!!?俺に毛ほどもそれを悟らせないとは、何て恐ろしい奴らなんだ!?」

 

芝居がかったセリフ回しで、ナナシはドンドンとノーブルレッドのハードルを上げていく。そうに違いない、そうでないとおかしい。

 

だって、そうでないならば⋯

 

 

 

「まさか、まさかだ⋯一番大事な事柄について何にも考えてなかったなんて、あるはずがないものなぁ!!!」

 

 

 

⋯それはあまりに、杜撰ではないか?

 

「いやいや、ないない!そんな全財産費やすどころか借金までした挙句に強盗までやって豪華な金庫を買いました!みたいな中身のない話、あり得る訳がない!大勢が集まるライブ会場を襲撃して?翼の心に楔を打ち込めるような傷を刻んで?今や世界屈指の組織力を持った俺達S.O.N.G.を出し抜いて?神の力を手に入れてまで達成しようとする事が、人間になる…それで終了?お終い?人間になったノーブルレッドの三人は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしってこと???」

 

煽る、煽る、煽り倒す。“紛い物”が笑顔でノーブルレッドの掲げた覚悟を貶め、決意を踏み躙り、願いを穢していく。

 

「悪に搾取される事に耐え切れず、正義に媚びを売る事すらしない。力の無い弱者としての役割さえ放棄した…まさに『役立たず』なお前らが人間に戻った時、周りはどんな反応をすると思う?暖かく迎え入れられる?元化け物として拒絶される?」

 

ナナシは感情が揺れ動き過ぎて完全に固まってしまったミラアルクの顔を覗き込み、その瞳を真っ直ぐに見つめて…

 

「てめえらの事なんか誰も眼中にねえよ、パチモノ風情が己惚れるな」

 

…その胸の内に抱えた希望を全否定した。

 

ガシッ!!

 

その瞬間、ミラアルクはナナシの首を鷲掴みにして全力で締め上げた。

 

「ミラアルクちゃん!?」

 

「取り消せ!」

 

「落ち着くであります!!」

 

「取り消せえええ!!」

 

ミラアルクの強行を慌ててヴァネッサとエルザが止めようとする。だがミラアルクは止まらない。止められない。例え再び首を絞められようと、自分達が見出したなけなしの希望を踏み躙るナナシの言葉を受け入れるなど出来る訳が無い。

 

「取り消せええええええ!!!」

 

脈を塞ぎ、気道を潰し、これまで何度も自分達がされたようにミラアルクはナナシの首を絞め上げる。しかし苦しみ藻掻いていた自分達とは違い、ナナシは笑みを浮かべ余裕を保ち続ける。そんなナナシの余裕を崩すべく、ミラアルクは腕の力をひたすらに高めていき…

 

ゴキリッ!

 

…遂には、ナナシの首を完全にへし折ってしまった。

 

「あっ…」

 

手に伝わってきた生々しい感触に、ようやく我に返ったミラアルクが反射的に手を引く。しかし既にどうしようもなく手遅れで、ナナシの首はあり得ない角度に傾いていた。

 

「随分と元気が良いねぇ、何か良いことでもあったのかい?」

 

しかしナナシは当たり前みたいに喋りながら自分の頭を掴み、ゴリッと首を元の位置へと戻す。既にミラアルクの手形すら首から消えて、十秒にも満たない間にミラアルクの成した事の痕跡は完全に消えてしまった。ナナシの次の行動が読めず再び硬直した三人に、ナナシはニヤリと笑いながら声をかけた。

 

「どうやら散歩だけじゃ足りないみたいだな?仕方がない、ご主人様が元気の有り余るペットの相手をしてやるから⋯存分に暴れると良い!」

 

 




相変わらず説明が長い上に落差が凄いw
言い訳をさせてください。作者は決してノーブルレッドの三人が嫌いなのではありません。ただ初手でネタバラシしたエンディングに至るには、どうしても今回の指摘は必要だと思ったので⋯シンフォギアファンの中でもノーブルレッドの賛否が分かれているのって、やはり目的のために取った手段の整合性が取れていない点だと思うんです。人間に戻れたとして、あのような惨劇を繰り広げた後に普通の人として生活出来たら正直そっちの方が怖いと思います。
作者はこの作品でノーブルレッドの三人には幸せになってもらいたいのです。なのでまだまだとことん追い詰めていきます(ド畜生w)
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