戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
ドサッ!!
「「「ぐあっ!?」」」
有無を言わせずノーブルレッドをトレーニングルームまで引き摺ってきたナナシは、三人を室内に放り込んで自身も部屋に入ると扉を閉め、部屋の周囲を“障壁”で囲んで…
ドロリ…
…三人の首輪を血液へと戻して回収した。
「なっ!?」
「首輪が!?」
「一体何故…?」
ドサッ!ドサッ!
驚く三人の前に、今度はエルザのキャリーケースとミラアルクのカイロプテラが放り投げられた。これで三人の行動を制限するのは周囲を囲む“障壁”…つまりは、部屋の中央に佇むナナシのみとなった。
「言っただろう?存分に暴れさせてやると…今から少しの間、お前らの好きなように力を使わせてやる。俺に傷の一つでも付けてみせろ。それこそ俺の脳みそブチ抜いて意識を刈り取る事が出来れば、S.O.N.G.からの脱出だって夢じゃないぞ?」
「「「!!?」」」
そう、ナナシにどのような意図があろうと、この状況はノーブルレッドの三人にとって千載一遇のチャンスに違いない。しかし何故、ナナシ自らこのようなリスクを負うのかが理解出来ず、三人はナナシに怪訝な表情を向けてしまった。
「こまめに発散させてやらないとヤバそうだなと飼育方針を改めただけだ。ついうっかり首をへし折るような危険生物は最低限の調教をしないと、飼い主はどうなろうが自己責任だが周りは迷惑極まりないからな?」
「っ!?」
先程のやり取りを引き合いに出され、ミラアルクがビクリと身を震わせながらナナシを睨んだ。
「睨むだけで我慢なんかしなくて良い。お前らの殺意を存分に解放しろ。殺す気で…そして何より、死ぬ気で来い」
「…ハン、要するに、さっきの仕返しにウチらを甚振るつもりなんだゼ?」
「否定はしない。ただそれ以上に結果を残さないと、お前らの余命は幾ばくもないと思え」
「「「は?」」」
訳の分からないと言った様子の三人に対して、ナナシは“収納”から取り出した血液のパック…三人の生命維持に必要な稀血を見せつけた。
「これはお前らのために日本の医療機関から取り寄せた稀血だが…俺はもうこの稀血をお前らに与えるつもりはない」
「「「なっ!!?」」」
「この血液は見知らぬ誰かを助けるために献血によって集められた…まさに愛の結晶と言っても過言ではない代物だ。これほど明確な形で他者の愛情を受けているはずのお前らは、そんな事にも気付かず容易く愛情を否定した…お前らに、この愛を受け取る資格はない」
「そんな…」
自分達の生命線が断たれた事に、ヴァネッサ達の顔が絶望に歪む。そんな三人を冷ややかな目で見つめながら、ナナシは淡々と言葉を続けた。
「三人がかりでも俺相手に傷一つくらい付けられるなら、多少の利用価値は認めて血液を供給してやる。もしそれすら出来なかった場合は…お前らが死毒で藻掻き苦しみながら息絶える様子を、飼い主として最後まで見届けてやる」
ドン!!
ナナシが“収納”から巨大な砂時計を取り出した。
「今から十分後、この砂時計をひっくり返す。砂が落ち終わるまでに条件を満たせなければ、お前らの余命が決定される。俺が破壊したテール・アタッチメントは既に修理済み、アタッチメントとカイロプテラに妙な小細工は仕掛けていないが、どうせ信じないだろうからこの十分でさっさと確認しろ。ああ、一応この部屋を囲う“障壁”には耐久限界があるから、逃げられると思うなら俺の事は無視して逃げても良いぞ?お前らがアダムの黄金錬成を超える火力を出せるならの話だけどな?」
言うだけ言って、ナナシは“収納”から漫画を取り出して寛ぎ始めてしまった。少しの間状況を飲み込めなかったノーブルレッドの三人だったが、呆けている暇はないとナナシが投げ渡してきた自分達の武器を確認する。そのついでに“障壁”を攻撃してみたりもしたが、三人の攻撃ではやはりビクともしない。三人は腹を括り、小声で簡単な相談を行うと、ナナシを取り囲むように配置へと付いた。それとほぼ同時に十分が経過し、ナナシが砂時計を回して戦闘が開始された。
「テール・アタッチメント!!」
真っ先に動いたのはエルザだった。ナナシの真後ろに立ったエルザは、ナナシの背に向けて修理されたネイルのアタッチメントを放つ。ナナシが回避するか、振り返って反撃してきたら反対側のミラアルクとヴァネッサがその隙を突く算段だ。
しかしナナシの選択は、そんなノーブルレッドの思惑を軽々超える程に…ふざけていた。
「それじゃあこっちは『テール・パチモン』!」
ナナシの腰からコードのような物が伸びて、その先端が急速に膨れ上がっていき…
「ガアアアアアアアアアア!!!」
…鋭い爪の生えた四肢を持つ、一つ目の人狼が誕生した。人狼はエルザのテール・アタッチメントに酷似した爪を振るい、エルザの攻撃を弾き飛ばした。
「な、何でありますかそれは!!?」
「お前の飛ばしてきた爪に体があったらどんな感じだろうっていう俺の“妄想”から生まれた『テール・パチモン』だ。どうだ?良い線行ってると思うか?」
「ガルルルルル!」
ギョロリとした一つ目でエルザを睨み、牙の隙間から涎を垂らしながら唸り声を上げる人狼。限りなく生き物に近い所作をするそれは、あくまで“千変万化”で変質させたナナシの肉体の延長。ナナシと同一の感覚と力を持つ、エルザの技を模した
「ガアアアアアアアアア!!!」
「ぐうっ!!?」
人狼がエルザへと襲い掛かる。動きは単調、スピードはそこそこ、しかしパワーは圧倒的にエルザを上回っているため、エルザは人狼に捕まらないよう回避で動き回る事を余儀なくされた。
「エルザ!」
エルザの危機にミラアルクが羽を生やして援護に向かおうと宙を舞った。しかし…
「おいおい、寂しいからご主人様を無視するのはやめてくれよ」
…ナナシの腕がミラアルクを模した異形へと変化すると、そのまま巨大化してミラアルクを床に叩き落した。
「ぐあっ!?」
「ミラアルクちゃん!?」
「アレはあの犬っ娘のために用意した人形だ。最初くらい一人で自由に遊ばせてやれよ?どうしても人形遊びがしたいなら⋯追加の人形を用意してやるから、時間一杯まで楽しむか?」
まるで幾らでも追加出来ると言うように、ナナシの腰回りから何本もコードが生えてくる。その光景にヴァネッサとミラアルクが表情を引き攣らせていると、エルザが人狼の攻撃を躱しながら声を上げた。
「コレの相手は私めに任せて、二人はそいつを叩くであります!!」
「エルザ⋯クッソ、上等だ!相手してやるゼ!人真似野郎!!」
ミラアルクが両腕にカイロプテラを纏ってナナシに殴りかかる。それを見たナナシも両腕をミラアルクを模した状態に変質させてミラアルクの拳を迎え撃った。それでもミラアルクは怯むことなく、ナナシに対して拳を繰り出し続ける。
「どうせ力負けしているし、少しでも傷を負わせれば良いから手数で攻めようって魂胆か?まあ間違ってはいないな」
「上から目線で講釈垂れてんじゃねえんだゼ!」
図星を刺されたことを誤魔化すように、ミラアルクが更に攻撃の勢いを増していく。涼しい顔でそれを受け切るナナシは⋯
「じゃあこっちも『手数』を増やすか!」
⋯新たに両肩から生やした異形の腕で、ミラアルクを殴り飛ばした。
「ぐわっ!?」
「ほらほら、お前ももっと手数を増やせよ?少なくとも倍は動かさないと話にならないぞ?」
「ミラアルクちゃん!援護するわ!!」
ヴァネッサが無数の弾丸を放ってナナシを牽制する。ナナシは弾丸が向かってくる面だけ体を硬質化させて全ての弾丸を弾いた。当然その体には傷一つ付いていない。
「チィッ!!」
「それじゃあこっちもお返しだ!」
ナナシが二本の左手をヴァネッサの方に突き出すと、指の一本一本が変質して新たに十本の手が生み出された。そしてその全てに“収納”から出したマシンガンが握られ、弾丸が一斉に射出された。
ズガガガガガッ!!
凄まじい数の弾丸がヴァネッサへと注がれるが、ヴァネッサは両腕をクロスさせて顔を守るのみで、ナナシ同様弾丸は全て皮膚で弾いていた。
「残念ね?現代科学の通常兵装如きで傷つけられるほど、柔な体ではないの」
「それでも顔だけは守るんだな?まあ、顔は女の命だから当然と言えば当然だが⋯体の大半を義体に換装したと言っても、首から上はほとんどそのままだろう?」
「さて、どうかしらね?」
「表情に作り物っぽい感じがしない。あと胸に注目されるのは抵抗感が皆無だったのに、顔だけ入れ替えてからかわれたのには強い嫌悪を感じていた。お前自分で思っているほど演技は上手くないぞ?」
「なっ!?この前のくだらないやり取りにそんな意図が!!?」
「いや百パーセント俺がお前らをからかって楽しむためだ。情報はお前が勝手に零しただけ」
「だああああ!!とことんムカつくわね!!!」
「てっきり体の修理ついでに顔も弄ったのかと思ってた。ウチの歌姫達と言いお前らと言い、人間って運と顔面偏差値が反比例するのか?」
「っ!!?」
ヴァネッサが無謀にもナナシに舌戦を仕掛け、案の定返り討ちに遭う。しかしナナシの気を引く事には成功して、ナナシは増やした手数の半分をヴァネッサへと向けている。再び手数を増やされる前に、ミラアルクが仕掛けに行った。
「うらあああああ!!」
ミラアルクが繰り出す右腕の一撃を、ナナシが同じく右腕の一撃によって迎え撃つ。今度はナナシが右肩の腕をミラアルクへと振り下ろすが、これをミラアルクが左腕で弾きながら再び右腕を振るってナナシの顔面を狙う。ナナシが顔を守るよう腕を上げて⋯
(ここだゼ!!)
次の瞬間、ミラアルクの手の形が拳から貫手へと変化する。狙いはナナシが顔をガードする腕。例え体表を硬質化させようと、自分の指を砕いてでも傷を刻んでみせると言う覚悟を籠めてミラアルクが攻撃を繰り出し…見事に突き刺さった。
ドスッ!!
「ゴフッ!!?」
…ナナシの蹴りが、ミラアルクの腹部に。
「パチモノのお前らと違って、俺は別に手足を変化させなくても力は出るんだよ。見栄えの派手な方ばかりに目を奪われているからそうなる」
「ミラアルクちゃん!?」
青い顔で蹲るミラアルクをヴァネッサは心配するが、執拗に顔を狙う銃撃が止まないため身動きが取れない。
「ガルルル、よくもミラアルクを!ワオオオオオン!!」
「ガアアアアア!!」
雄叫びを上げながらナナシへ飛び掛かるエルザの前に、人狼が立ち塞がった。
「邪魔をするなああああ!!」
これまでになく大振りな一撃を繰り出すエルザ。威力だけを考えて振るわれたネイルの一撃は、人狼が受ければ吹き飛ばすのは無理でも後退くらいはされられるはずだ。受けても避けても道は出来る。怒りながらもある程度考えて繰り出されたエルザの一撃を⋯
「ガウ!!」
スルッ⋯
「⋯え?」
人狼は受けるのでも、避けるのでもなく⋯流した。
これまで乱雑に振るわれるだけだった人狼の手が、エルザのネイル側面に添えるように押し当てられ、勢いをほとんど殺すことなく軌道を逸らす。そのためネイルに追従するよう飛び出していたエルザは無防備なまま人狼の前に出ることになった。人狼はドスンと力強く踏み込むと、ネイルを流すと同時に引いていた腕を前に突き出す。その手の形は
「
ドゴオオオオオン!!!
「ガフッ!!?」
凄まじい威力の掌底がエルザの頬に直撃して、エルザの体は壁際の“障壁”に叩きつけられた。
「だから見た目に騙され過ぎだ。このテール・パチモンはあくまで俺の体の延長。肩に生やした腕と本質は同じものだ。思い通りに動かせる」
「ガウ!!」
片足立ちで拳法家のようなポーズを決めるナナシと、鏡写しのように同様のポーズを取る人狼。日々弦十郎に鍛えられたナナシが操っているのだ。どれだけ異形の姿をしていても、手足があれば技の一つや二つ繰り出すくらいは出来る。
(まあ、簡単って訳でもないけどな?)
“千変万化”はナナシの肉体を直接変化させているので、念じるだけで使える“血流操作”と比べて操作性にやや難がある。手を巨大化させたり数本増やす程度は慣れてしまえば何とかなったが、流石に体一つ丸ごと作ってしまうと流暢には動かせない。体の感覚で動くゲームキャラを操作しながら現実でダンスを踊るような、かなり複雑な肉体操作が必要となる。血液人形と違って『力を籠める』事が出来るため本体と同じ出力を出せるメリットはあるが、それでも操作性の欠如は無視出来ないデメリットだ。
しかしナナシはそんな不都合を一切感じ取らせない。二体目などとても操作出来ないのに、初手でさも幾らでも分体を用意出来るような素振りを見せ、分体を完全な人型ではなくそれらしい理由を付けて半人半獣にする事でぎこちない動作を獣の所作に置き換え、ミラアルクを行動不能にした隙に本体はマシンガンの引き金を引いた状態で停止して分体を操作しエルザに拳法を繰り出した。
まさに力と
「よくも…よくもエルザちゃんを…ミラアルクちゃんを…私の、家族をおおおおお!!」
ガシャンガシャンガシャンガシャン!!!
ナナシの銃撃が止まった隙に、激昂したヴァネッサが全ての武装を展開する。例え硬質化されたとしても必ず打ち砕くと言わんばかりに、あらゆる重火器による攻撃がナナシへと放たれた。膨大な量の砲撃を前に、ナナシは“障壁”を展開するどころか体の硬質化さえすることなくただ笑って立っていた。
「お~スゲー!俺はまだまだ遠距離攻撃は苦手で、こんなクリスみたいに派手なぶっ放しは真似できねえな~」
ナナシが悠長にヴァネッサの攻撃を評価している間に、その攻撃はナナシへと直撃して…
「だから、そのまま返すぞ」
…その全てが、煙のようにフッと消えてしまった。
「………え?」
何が起きたか理解出来ないヴァネッサは、砲撃を終えた状態で固まってしまう。その間に、ナナシがヴァネッサと同じように全身から武装を展開して…
「悪ぃが、こっから先は一方通行だ!!」
…先程ヴァネッサが放ったのと全く同じ砲撃がナナシから放たれ返ってきた。
ドゴオオオオオオオオオン!!!
「きゃああああああああああ!!?」
見た目だけの模倣ではない。その威力も確かにヴァネッサと同じ異端技術由来の強力な物だ。当然だろう。ナナシは本当にヴァネッサの攻撃をそのまま返してきたのだから。
“収納”の制限が緩和され、ナナシの体であれば何処に触れても物を仕舞えるようになった。つまり⋯もうナナシに武器や飛び道具の類いは通用しない。逆に飛び道具は時間停止状態で“収納”してナナシが取り出す際のベクトルを調整してしまえば、そのまま利用されてしまう。
(これもそう簡単ではないけどな?ミサイルとかは能力を使うタイミングがズレると“収納”する前に起爆するから。当然反応出来ないと能力も使えないからジジイの剣は防げねえ⋯慎次も銃弾同士をぶつけてよく分からん方向から弾丸飛ばして対応してくるし、弦十郎はそもそも拳で圧倒してくるし、この世界のOTONAは本当に何なの?パワーアップした実感が全然無いんだけど?)
無数の爆発に巻き込まれて、行動不能になったヴァネッサを見ながらナナシはそんな事を考えてクスリと苦笑する。ノーブルレッドの三人は意識こそ失っていないが既に虫の息、砂時計の残り時間もあと僅かとなっていた。
「もう時間がないぞ?出し惜しみはやめてさっさと奥の手を試したらどうだ?せっかく俺が気を遣って立ち位置をあまり動かないでやってるのに、いつまで待たせるつもりだ?」
「っ!!?お前、気づいて⋯!」
その言葉に、ミラアルクが青くなった顔を上げてナナシを見る。三人でナナシを取り囲むこの陣形に、広範囲からナナシを狙う以外にも思惑があると気付いた上で留まり続けていたのかと、ミラアルクは驚かずにはいられなかった。
「いい加減お前らの『これさえ決まれば絶対に勝てる』って自信が鼻につく。躱す気なんてサラサラ無いから勿体ぶってないでさっさと使え。それとも奥の手さえ使っていれば本当は勝てたんだって自分達を慰めながら余生を過ごすか?所詮はパチモノ風情の切り札だ。そんな風に都合の良い”妄想”に使った方が有意義かもな?あはははは!!」
何処までも自分達を下に見るナナシに三人の顔が怒りに歪む。しかし挑発と分かっていても三人には他に手も無ければ時間も無い。故に三人は覚悟を決めて立ち上がると、ナナシに切り札を使用するため構えを取った。
「そのにやけ面を吠え面に変えてやるゼ!」
「そりゃ楽しみだ。望み薄だが期待はしてやるからさっさとやってみせろ」
ナナシは人狼の背に腰かけ隙を晒す。そんなナナシの傲慢な態度に苛立ちながら三人がナナシに手を翳すと、ナナシの頭上に何らかの模様が描かれた青い立方体が複数現れてナナシの周囲を囲むように次々と落下してきた。しかしナナシは慌てず興味深そうにその光景を眺めて…気が付くと、ナナシは青い立方体で形成された迷路のような物の中にいた。
「ふむ…」
人狼の背から立ち上がったナナシが、青い壁に触れたりコンコンと軽く叩いてみる。その顔に焦りは無く、この状況を楽しんでいるかのような笑みを浮かべていた。
一方で迷宮の外では、ノーブルレッド三人の前に大きな青いピラミッドが形成されており、三人はピラミッドの中にいるナナシの様子を観察していた。
「名匠ダイダロスの神髄をここに。怪物が蠢くは迷宮…神話や伝承、果ては数多の創作物による積層認識がそうあれかしと引き起こした事象の改変…哲学兵装!」
「怪物と蔑まれた私めら三人が形成する全長三十八万キロを超える哲学の迷宮は、捕らえた獲物を逃がさないのであります!!」
「ふーん…」
外から響いてくるヴァネッサ達の説明に緊張感の無い相槌を打ちながら、ナナシはそっと青い壁に手を触れると、足を開いて深く息を吸い込み…
「フンッ!」
ドバンッ!!!
「「「!!?」」」
弦十郎仕込みの発勁を放つ。肉体の傷つかないギリギリの威力を籠めたその一撃によって、迷宮の壁面には薄っすらと罅が入った。しかし幾ばくも経たない内に、壁面の罅は修復されてしまう。
「強度はそれなり、展開にはある程度の手順が必要…これで終わりなら“障壁”のパチモノって評価だけど、流石にそれは無いよな?」
「と、当然、それだけじゃないんだゼ!」
素手で迷宮に罅を入れられた事に内心動揺しながらミラアルクが気丈に叫ぶ。すると、迷宮全体が淡く輝き始めた。
「行き場の無い閉鎖空間にてエネルギーを圧縮、炸裂させれば…」
「私めらの様な弱い力でも、相乗的に威力を高め、窮鼠だって猫を噛むであります!」
「犬だったり鼠だったり忙しいな?」
「あ、揚げ足を取るんじゃないであります!」
猫耳を生やしてエルザをからかうナナシ。この状況に追い込まれて尚、ナナシには危機感の欠片も見られなかった。
「小手調べなんて必要ない!最初からフルスロットルでぶちかますゼ!」
「ガンス!!」
迷宮にエネルギーが満たされていき、輝きが増していく。そんな状況でナナシは迷宮の壁を軽く撫でながらポツリと呟いた。
「怪物が蠢くは迷宮、か⋯」
「お前みたいなのを捕まえるにはお誂え向きだゼ!」
「全くだ。この技が俺に対抗するためお前らが編み出したなら納得なんだが⋯さっきの口振りだと、この技の起点はお前ら自身なんだよな?」
「そうよ!弱く不完全な私達が、未来を奪還するするために編み出した必殺技!!」
そんなヴァネッサの答えを聞いたナナシは、呆れたように深い溜息を吐いた。
「哲学兵装については聞いたことがある。長い時の中で人の想いが積み重なり、世界の在り方さえ変えてしまうコトバノチカラ⋯だからこそ、哲学兵装は人の想いに影響を受ける。お前らがこの技を使うためには、お前ら自身が『怪物が蠢くは迷宮』と言う認識を強く持っている必要がある」
「それが何だと言うのでありますか!!?」
「お前ら⋯心の底から自分達を怪物だと思っているんだな?」
ナナシの言葉に、ノーブルレッドの三人は凍りついたように体を硬直させた。
「神の力に縋ってまで人間に戻りたいお前らは、その過程で怪物としての力を躊躇いなく振るい心まで怪物に成り果てた。そんなお前らが、体さえ人間に戻れば人の中で生きられるって考えているのがもはや憐れみを通り越して呆れるぞ」
「煩い!今すぐ黙らせてあげるわ!!エルザちゃん!ミラアルクちゃん!」
「ガンス!ダイダロスエンド、フルスロットルであります!!」
「迷宮ごとぶっ飛ばすゼ!!」
ナナシの言葉をかき消すようにヴァネッサ達が叫び、迷宮内に限界までエネルギーを注ぎ込む。エネルギーが高まるにつれて三人の息は荒くなり、血管が浮き出て苦しそうな表情をする。力の消費に伴い、血中のパナケイア流体が死毒と変質しているのだ。それでも三人は力の使用を躊躇わない。もうナナシとの勝負やS.O.N.G.からの脱走の事など三人の頭には無かった。ただナナシの言葉を、存在そのものを否定するために自分達の力を全て注ぎ込み…
ドゴオオオオオオオオオン!!!
…遂に、迷宮ごとナナシを大爆発に巻き込んだ。
迷宮を爆破した直後、三人はパッタリと床に倒れ込む。体を蝕む死毒によってもはや立っている事すらままならない。這いつくばりながら三人は何とか視線を動かして爆破跡を確認する。煙が徐々に晴れていくと、そこには砂時計と人狼の残骸が散らばり、グズグズになった肉片が小山を築いて…その上に何やら赤い球体が鎮座していた。
「これは、一体…?」
(ヌルフフフ、これぞ自分の命を教材に生徒を育てる怪物教師の奥の手をオマージュさせてもらった、“紛い物”式完全防御形態!)
そんな声がヴァネッサ達の頭に響くと同時に赤い球体が消失して、中から頭だけ無事なナナシが出てきてニヤリと笑みを浮かべた。
“千変万化”による体の硬化、“飛翔”の機動力による回避、“血流操作”による防御や分身など、“障壁”以外の防衛手段を複数会得したナナシであるが、“血晶”の防御機能の拡張を考えると全く攻撃を受けないのも問題があった。
身を守りつつ攻撃を受ける⋯この矛盾を解決するための方法をナナシは常に考え続けていた。先日南極で棺の攻撃から復帰出来たのもそのお陰だ。攻撃を避けられないと判断したナナシは、咄嗟に”収納”内に貯蔵した血液を体表全体から大量に放出する事で体が完全に凍り付くのを防ぎ、血液の圧力で体を包む氷をブチ破ったのだ。
今回行ったのは更にその発展型。“障壁”を顔の周囲に展開、その上に硬質化した血液を纏わせる事で頭部を守る。この状態であれば頭部に攻撃が当たるまでにラグが発生するため体が先に攻撃を受ける事で耐性を獲得、“障壁”によって確実に頭部を守る事が出来る。
当然頭部以外は無事では済まない。如何に再生速度が上昇したとは言え、これでは再生に時間がかかり隙を晒す事になるが…それももう対策済みだ。
ドサッ!
「「「!!?」」」
突如としてナナシの傍に…首の無い遺体が出現する。ナナシの首がぐちゃぐちゃになった体からゴロリと転がり落ちて、首無し遺体の首元へと近づく。そして…
ウジュル…ウジュル…
…ナナシの首が、まるで遺体を乗っ取るように断面で繋がり始めた。
「化け物…」
あまりに悍ましいその光景に、ミラアルクの口から自然とその言葉が零れてしまう。“収納”の制限が緩和された事で採用となった解決策。事前に“収納”内に無傷の肉体をストックしておく事で、瞬時の再生を可能とする…不死身の怪物としての特性を最大限活かした方法だった。
首と体を繋ぎ合わせて、ムクリと起き上がったナナシは軽く首を回しながらミラアルクへと近づくと、ミラアルクの襟元を掴んで持ち上げた。
「Exactly!!お前らみたいな中途半端なパチモノとは違う。俺こそが紛う事なき化け物!ようやく理解出来たか?身の程知らずの馬鹿野郎共!あっはははは!!」
ナナシは力強く、胸を張り、堂々と自らが化け物である事を認めて高笑いを上げた。一頻り笑った後、ナナシはぐったりとするノーブルレッドを一瞥して何かを思い出したように声を上げた。
「おっと悪い悪い、約束を守らないとな?パチモノ如きノーダメで完封出来ると思っていたが、案外やるじゃないか?お前らの信条的に絶対使えたら駄目な技だったけど」
笑顔で心を抉る言葉を紡ぐナナシに、三人はもはや反論する気力も出ない。ノルマは達成出来たと割り切り、早く稀血を寄越せと視線だけでナナシに訴えかける。そんな三人の想いに、ナナシは笑顔で応えた。
「頑張ったペット達にご褒美だ。受け取れ⋯俺の愛を!!」
ドスドスドスッ!!
「「「ぐああああっ!!?」」」
次の瞬間、ナナシの体から伸びてきた無数の赤い管が三人の体の至る所へと突き刺さった。そして管の半分から三人の体内に何かが流れ込み、入れ替わるようにもう半分の管からナナシへと流れていく。その悍ましい感覚に三人は悲鳴を上げるが、それとは裏腹に体が楽になっていく感覚もあった。三人の浮き上がっていた血管が治まっていくのと同時に、今度はナナシの血管が浮き上がり、目元が充血している。
「ふーん、これが死毒ってやつか。よくもまあこんな苦しい想いまでして力を使うものだな?コスパ悪過ぎだろう?」
少しだけ不快感を露わにするナナシだったが、それもほんの僅かな間だけで、数分も経たない内にナナシの体も元通りとなり、三人の体からも管が引き抜かれた。
「てめえ⋯ウチらの体に、何をしやがった!?」
「約束通り血液を供給してやったのさ。この俺、“紛い物”の血液をな?」
「「「!!?」」」
「俺の血液は、あらゆる生物に適応する万能血液だ。俺はお前らに稀血を与えないと言っただろう?他人の愛を否定するお前らには、飼い主である俺が一方的に愛を押し付けてやろう!お前らはこれから一生俺の愛によって生かされるんだよ!」
「ふ、ふざけるな!そんな事⋯⋯っ!!?」
起き上がってナナシに掴みかかろうとしたミラアルクだったが、体が上手く動かせずに再び倒れ込んでしまった。もう死毒に体が蝕まれていないにも関わらず、まるで自分の意思とは関係ない力が働いているような感覚があった。
「全く、全部説明しないと分からないか⋯言っただろう?お前らには俺の血液を与えたんだぞ?俺の意思で自在に動かせる、俺の血液をだ」
「「「!!?」」」
「首輪はお気に召さなかったみたいだからな?これで俺もいちいちお前らの首を絞める手間が省けるってものだ!」
“血液感染”
これでノーブルレッドの三人は絶対にナナシへ反抗出来なくなった。いつでもナナシは三人を止められる。動きも、息の根も⋯
「お前らの願望は根本から破綻している。奪還以前に存在すらしない未来の代わりに、俺が素敵なペットライフをプレゼントしてやるよ!沢山甘やかしてやるから精々楽しむが良いさ!あっははははは!!」
絶望に沈むノーブルレッドの耳に、”紛い物”の笑い声がいつまでも木霊するのであった。
パチモノの相手をしているせいか、前話から名作オマージュのオンパレードw
察しの良い読者の方々には、ナナシの万能血液の設定が出た時点でノーブルレッドに血液を提供する展開は予想されていたかもしれませんね。