戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
「灯台下暗しであります…」
「まさかここをあてがわれるとは思ってもみなかったゼ」
エルザとミラアルクがキョロキョロと興味深そうに辺りを見回す。新たなアジトとして連れてこられたその建物の壁面には大きな穴が空いており、そこから雪のぱらつく寒空が見えた。
「護災法の適用以来、国内における特異災害の後処理は、全て儂の管理下にある。裏を返せば、ここは誰も簡単に手を出せぬ聖域に他ならぬ」
暗がりから訃堂が部下を引き連れて現れる。訃堂の部下達はそれぞれがアタッシュケースを持っていた。
「つまり、アジトとするにはうってつけという訳ですわね?」
「計画の最終段階に着手してもらおう。神の力を、防人が振るう一振りに仕立て上げるのだ。ここには、そのための環境を整えてある」
部下の一人がアタッシュケースの一つを開くと、そこにはヴァネッサ達が起動したシェム・ハの腕輪が納まっていた。三人に中身を確認させた後、訃堂の部下はそれをエルザへと引き渡す。
「設備稼働に必要なエネルギーも事前に説明してある通り。手筈は既に進めておる」
続いて別の部下達が二つのアタッシュケースを開いて三人に中身を見せると、一つには大量の保冷材の上に稀血の入った血液パック、そしてもう一つにはノーブルレッドが訃堂と交渉した追加の報酬である金や宝石が詰まっていた。貴金属の放つその輝きに、三人は無意識にゴクリと喉を鳴らす。
「だが、儚き哉…」
訃堂はそう言うと、稀血の入った血液パックの一つを地面に投げ捨て、三人の目の前で躊躇なく踏み潰した。貴重な稀血を意味なく踏み躙られ、三人は思わず動揺の声を出してしまう。
「碌に役目をこなせぬ者がいると聞く。お陰で儂の周辺で狗が嗅ぎ回るようになっているとも」
「それは…っ…!」
既に自らの失態については聞き及んでいるヴァネッサの表情が歪む。ただでさえ自分達をペット扱いした忌々しい男は自分達と訃堂の繋がりを疑っている口振りをしていたのに、ここで明確な証拠まで見つかってしまえばこれからの行動にも支障が出かねない。
「怪物ならば、怪物なりに務めを果たしてもらうぞ、ノーブルレッド!」
訃堂が部下に目配せをして、残りの稀血が入ったケースをミラアルクへと引き渡す。ケースを受け取ったミラアルクは忌々しさから舌打ちをした。
「計画は走り出したのだ。最早、何人たりとも止めさせぬ」
そう言って訃堂は建物…チフォージュ・シャトーの裂け目から、雪の降り積もる日本の風景を見下ろすのだった。
一方その頃、S.O.N.G.の休憩室に装者達は集まっていた。
「一部を除く関係者に特別待機って……」
「物は言いようってやつだ!とどのつまりは、査察の邪魔をするなって事だろ!」
「ますますもって気に入らない!…はずなのだけれど…」
「流石に、ちょっと同情するかもな…」
仲間を愚弄され、理不尽な要求を押し付けられた彼女達がそう思ってしまう程、例のナナシの置き土産は凄まじい影響を査察担当者達に与えていた。
まず重い。本当に重い。大人が両手で一冊を抱えて持ち上げるのがやっとであり、回収作業だけで一苦労である。
そして何より酷いのが中身であり、一冊毎に特定の誰かの知られたくない情報がこれでもかと詰め込まれていた。厄介な点として固有名詞が一切使われていないため、自分の情報が書かれた書物を特定する頃には既に複数の人間が目を通している事になり、互いの弱みを握り合ってしまった事で査察担当者達の間にはギスギスした空気が広がっていた。既に一部では取っ組み合いの喧嘩や不利益情報の暴露合戦などが発生している。
トドメに苦労して回収した書物に添付されたクロスワードを神経をすり減らしながら解いてみれば、示される“血晶”の隠し場所は『東京タワーの鉄骨のどれか一本』や『富士山の山頂』など、行くのも探すのも一苦労な場所や、『汲み取り式トイレの便槽』、『山間に不法投棄されたゴミの中』などと言った衛生面で嫌な場所、挙句の果てに『〇〇の不倫相手の実家』や『××の隠し子の家』など、特定人物が不祥事を起こしている前提の答えが導かれる場合もあった。その名前が国の重鎮であったりするものだから、調査を行うのも並大抵の事では済まない。
しかし、日本政府として正式に“血晶”の回収を決定してしまった以上、放置する事も出来ない。クロスワードに記載された情報が虚偽ならばいざ知らず、現時点で特定出来た全ての場所で“血晶”はちゃんと発見されている。査察として調査を申請した以上、回収作業をS.O.N.G.に手伝わせる事も不可能だ。
「調査の邪魔がどうと言うより、そもそもこちらに構っている暇がないと言った所ね?」
「あのご都合主義に難癖付けようなんて考えるからだ。自業自得だっつうの」
「でも、結局アマルガムの使用は制限されちゃった…あれは不明武装なんかじゃない。拳を開く勇気なのに…」
「流石のナナシも、自分の知らない事についてまでは対策なんて出来なかっただろうからなぁ。まあ、ダンナ達がすぐにどうにかしてくれるって」
シュンと俯く響の頭を、隣に座る奏がそっと撫でる。たったそれだけで響には奏の優しさが充分に伝わってきた。
「えへへ、ありがとうございます、奏さん!…ん?」
「……」
あっという間に元気を取り戻した響は、奏を挟んで反対側に座る翼が先程の自分と同じように暗い顔で俯いているのに気が付いた。
「翼さん、どうかしましたか?」
「…今回の、異様としか言えない日本政府の決定や、まるでそれを予期していたかのようなナナシと叔父様達の対応、そしてあの本の表紙…これだけ情報があっては、この査察が誰の指示によって成された事なのか、嫌でも察する事が出来る」
それは翼にとって受け入れがたい真実だ。例えどれだけ状況証拠が揃っていても、身内を疑う事はしたくない。しかし、ナナシと弦十郎は既にその前提で動き始めている。自分だけがその真実から目を逸らすのは…
「全く、こっちのワンコも元気がないか」
そんな風に翼が悩んでいると、奏が翼を抱き寄せてその頭をワシャワシャ撫で回した。
「っ!?か、奏!!?」
「今からそんなだと体が保たないぞ?ちょっと肩の力を抜け…ナナシやダンナ達はきっと、意味もなく翼やあたしらを除け者にした訳じゃない。今はまだ、あたしらが何かをする時じゃないって事だ。それでもこうやってヒントを残してくれたのは…覚悟だけはしておけって事だと思う」
「……」
「悩むなとは言わない。寧ろ今の内に悩んでおけ。翼が何を信じるのか、信じたいのか…ただ、あんまり一人で抱え込むなよ?例え翼がどんな選択をしたとしても、ここにいる皆は翼の味方だから」
「うん…ありがとう、奏」
奏の言葉に、翼の表情が少しだけ和らいだ。
「休暇を取るのは悪い事じゃないと思うけど…」
「だからって、はしゃぐようなお気楽者は、ここには誰一人居ないのデス!」
そう言って切歌が手に持っていた雑誌で机をバンバンと叩く。雑誌の表紙には大きく『冬旅行』と書かれており、全く説得力がない。
『ジ~……』
「違うのデス!?この本は偶々そこにあっただけで…全くもって無関係なのデス!!」
「あっ、その本はナナシさんの物ですね。以前キャロルと一緒にテレポートジェムの座標を登録しに行く時に持っていました」
「ああ、そういえば以前言っていたわね?取引に託けて日帰り旅行をしているとか」
「エルフナインちゃんってお休みはいつもキャロルちゃんや兄弟子と出掛けていたの?」
「そうですね…旅行は寧ろS.O.N.G.の任務扱いで、ナナシさんがしばらくデスクで作業しているボクやキャロルを強引に連れ出してくれました。休日はナナシさんのお部屋にお邪魔して漫画を借りたり、ふと思いついた実験をしてみたり…つい最近だと、ダイレクトフィードバックシステムを応用して、ナナシさんの“投影”と同じ事が出来ないか試していました」
「それは割としっかり目のお仕事か何かだよ多分!!?」
「あははは…ナナシさんにも似たような事は言われましたが、『仕事じゃない時にする仕事が一番楽しいってのも分かる』と言って協力してくれました。脳領域の想い出を、記録された電気信号と見立てる事で映像化する事に成功しました。諸々の危険性を考慮して、ナナシさんが嬉々として被検体第一号に名乗り出てくれて…」
「へえ?という事は、ナナシの記憶を覗く事に成功したのね。一体どんな記憶を見たの?」
「あっ!?」
「うん?」
「いえ、その!?別に大した事では!!?」
「何故急に私達から目を逸らすの!?」
「明らかに挙動が不審になっている…」
「怪しさが爆発し過ぎてるんだが?」
「み、見てません!ボクは何も見てません!!ナナシさんも茶化すのを躊躇うような皆さんの恥ずかしい姿なんてボクは決して見てませんから!!!」
「「「一体何を見たああああ!!?!?」」」
思わぬ場所から掘り出された情報に、翼達がエルフナインに詰め寄って大騒ぎを始めてしまった。そんな光景を見て、響達は思わず笑みを零してしまうのだった。
クッチャクッチャクッチャクッチャ…
装者達が楽しく騒いでいる休憩室が賑やかな一方、キャロル達が身を置く研究室Bの静まり返った室内では、何やら至る所から粘ついた音が響き渡っていた。
キャロル達と揉めた後、日本政府の役人達は様々な責任の押し付け合い…もとい、厳正な話し合いをした結果、キャロル達の研究室を見張る者を数名付ける事で回収を拒否されたオートスコアラー達に関しては日本政府の監視扱いにすると言う玉虫色の答えに落ち着いた。
その説明に対してキャロル達は異を唱える事無く…と言うより、役人の言葉や存在など丸々無視する形で各々好きに過ごしていた。“血晶”とナナシの体組織サンプルを回収する際は特に抵抗する事は無かったが、簡単な質問にすら一切耳を貸す様子は無く、役人が通行の邪魔をしようものなら拳や錬金術で吹き飛ばして道を開けさせた。役人が銃を向けて抗議しても全て無視。それでも高圧的な態度で抗議を続ける者が何名かいたのだが、全員オートスコアラーに顎をかち割られて交代となった。交代で入った役人達は部屋の隅でビクビク震えながら決して声を発する事無く室内の監視を続けており、キャロル達はようやく静かになったとでも言うように全員がガムを噛みながら本を読んだり実験をしたりメイクを直したりなどして寛いでいる。
オートスコアラー達に世話を焼かれながら机の上に足を汲みガム風船を膨らませるキャロルの態度に、役人が物言いたげな顔をするが、ギロリと睨むキャロルの視線に監視役であるにも関わらず目を逸らしてしまう。そんな役人の様子に、キャロルはつまらなそうにフンと鼻を鳴らすとガムを口に戻して再びクチャクチャと嚙み始めた。
「正式採用された後で今更だけど…やっぱりもっとマシな方法があったんじゃないか?」
そんなキャロル達の脳内で、ナナシが何とも言えない表情で苦言を伝えていた。
“血晶”は全て回収されたにも関わらず、“以心伝心”はキャロル達と繋がっている。その方法とは…
「一体何の不満があると言うのだ?現に堂々と見せびらかしているにも関わらず、誰一人として気取られる様子は無いぞ?」
そう言ってキャロルが、イメージの中でもこれ見よがしにガム風船を膨らませてみせた。
「日本政府の要望通り、ちゃんとノイズ・キャンセラーと貴様の肉体サンプルはくれてやったが…『派生品』に関しては、特に何も言及は無かったからな?」
元々“血晶”…ナナシの血液に能力を“付与”させていたのは、採取効率と持ち歩き可能な状態へ加工する手間の問題であって、ナナシの肉体であればどの部位であったとしても“付与”は使用可能である。そして現在、ナナシは“千変万化”によってその肉体を自在に変化させられる。金属にも、繊維にも、ガムの主成分である合成樹脂にも…
「よりによって何故そこで『ガム』!?もっとこう、指輪とかネックレスとか、“血晶”とは違うアクセサリーで良かったんじゃないか!!?」
「“血晶”が既にアクセサリー型だったのだから、普段我々が身につけていない装飾品が増えれば気取られるだろう?実際、貴様の配った御守りは怪しまれたではないか。あの特に何の細工も施されていない御守りの狙いはまさに、ああやって本命から相手の意識を逸らすためであろう?」
「そうだけど…てか、御守りは既に色々確認済みか?」
「当然よ。あーたの事だから絶対何か仕込んでると思ったんだもん」
「念じても振り回しても、中の札を破っても何も起こらないからつまらなかったワケダ」
「罰当たりだなおい!?いや、アレ俺の手作りだから別に良いけどさ…でもガムって、要するに俺の肉を延々噛んでいるようなものだろう?気持ち悪くならないか?」
「既にあーたの血液ゴックンさせられた事もあるし、今更かしら?良い女は男を食い物にするって言うし~♡」
「飴玉よりも嵩張らずある程度の数を携帯出来る上に、長時間口に含んでいても不自然にならず、樹脂だから胃酸で溶ける事も無い故に最悪飲み込んでしまえば良い。実に合理的なワケダ」
「無味ならばともかく、きちんと味付けはされてますしねぇ。このガム甘い甘~い!」
「えぇ~…いや、まあ、お前らが良いなら良いけどさ…」
『ガム型“血晶”』の意外な高評価に、ナナシ自身が一番困惑してしまった。
「ガム型“血晶”…いや、血液使ってないからガム型ノイズ・キャンセラーか?」
「シンプルに『ガム』で良くない?ほら、この国であまり大っぴらに名前を出せない代物には似たような隠語使われてるでしょう?」
「ああ、チョコとかあんぱんとか…って、誰の体が怪しい薬だおい!?」
「噛むと頭の中で超常の存在と交信出来るヤバイ代物なのだから大差ないワケダ」
「クッソ否定出来ねえ!?」
「えっと、そろそろ本題に入りませんか?」
いつまでも脱線し続けるナナシ達に、緒川が苦笑しながらそう提案してきた。既に採用済みの話でもあるため、ナナシは仕方がないと言った様子で話を切り替える事にした。
「概ね日本政府の動きは俺の“妄想”通りだな。それに加えて慎次が決定的な証拠を見つけたんだろう?」
「ああ、これから八紘兄貴の力も借りて裏付けをしていく。この査察も遠からず中止に持ち込めるだろう」
「…八紘は、何か言っていたか?」
「信じろ、と…」
弦十郎はそう言って、八紘との会話の一部を全員に共有した。
『私は人を信じている。最終的に信じ抜く覚悟だからこそ、如何なる手段の行使すら厭わない。だから私は、政治を自らの戦場としているのだ』
「だからこそ、全てが詳らかとなるまでは、どれだけ疑わしくても鎌倉を…親父を信じると八紘兄貴は言っていた」
「そうか…あいつの立場でそれを言い切れるのは、本気で凄いと思うよ」
「ああ。やっぱ凄えな、八紘兄貴は。兄貴の中で一番おっかない」
「それでも、俺はお前らの思想に付き合ってやるつもりはない。お前達があの老害の事を信じたいなら好きにしろ。俺も好きにあの老害を疑わせてもらう。このまま俺の“妄想”通りに事が進むなら、あの老害に引導を渡すのはお前の役目になるが…今ならまだ、お前は俺達の情報を手土産にあの老害に取り入る事が出来ると思うぞ?」
何処か探るようなナナシの言葉に、弦十郎はフッと不敵な笑みを浮かべて答えを返した。
「言っただろう?後の事は全て任せろと…無理に悪ぶらなくて良い。君が『疑ってくれる』時点で、充分に義理は果たしてくれている。あの置き土産は、日本政府側の動きを制限するだけではなく、『全て分かっているぞ』と言う、親父への最終警告である事も…あの親父が、それさえも見て見ぬ振りをするならば、その時は俺がこの手で止める。それが俺に出来る唯一の親孝行だ」
「…相変わらず、お人好しな考えをするお師匠様だ。俺はただ、いけ好かない老害をいびって遊んだだけだ」
「そう言う事にしておこう。さて、そろそろそちらの報告を聞かせてもらおうか?ナナシ君から“以心伝心”を繋いできたという事は…何かあったんだろう?」
そう言って、弦十郎は了子へと視線を向ける。“以心伝心”は間違いなく繋がっているにも関わらず、これまで一言も発する事無く微動だにしない了子の様子に、全員が何かを察していた。
「ああ、そうだな…そろそろ俺達が見つけ出した情報について報告させてもらおうか。少し長くなりそうだから、最初に結論だけ述べさせてもらう」
そう言って、ナナシが笑みを消して真剣な表情を作ると、了子以外の全員の意識が自分に集まったのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。
「バラルの呪詛…正式名称『ネットワークジャマー・バラル』の真の役割が判明した」