戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第20話

ペラッ…ペラッ…ペラッ…ペラッ…

 

リディアン音楽院のすぐ隣、二課の管理する医療施設の待合室に、何かをめくる様な音だけが響いていた。

 

あの後、翼が“絶唱”による怪我でこの医療施設に運び込まれ、治療を行っている間、奏、響、ナナシの三人は、待合室の中で待機していた。途中で奏が緒川から呼び出されて退室し、今は響とナナシの二人だけである。

 

翼が運び込まれたのが真夜中、それがもうすぐ日が昇る時間帯になって、先程医師から翼が辛うじて一命を取り留めたが、まだ予断を許さない状況であると聞かされた。

 

翼が治療を受けている間、響は一言も発することなく、沈痛な面持ちで待合室の椅子に座っていた。

 

そしてナナシは…机の上に積み上げた漫画本を読み続けていた。

 

最初、響は目を疑ったが、奏がナナシに何も言うことがなかったため、自分もそのことに深く追究することはなかった。奏が出て行った後も、翼のことが心配で追究する気持ちにはなれなかった。先程医師が入ってきて翼の現状を報告された時、響は翼が一命を取り留めたことに安堵しつつも、予断を許さない状況であることに気落ちしていた。そして…医師が報告している間も、漫画から目を離さないナナシの様子を見て、遂に響の我慢が限界に達した。

 

バンッ!!

 

響が机を叩いて立ち上がる。その衝撃で机に積んである漫画本が少しグラつくが、ナナシは何も気にせずに漫画を読み続けていた。

 

「ナナシさんは一体どういうつもりなんですか!?」

 

「ん?」

 

響がナナシの名を出したことで、ようやくナナシは顔を上げて響の方に顔を向けた。響はそんなナナシに対して、これまで溜め込んでいた感情をぶつけ始めた。

 

「翼さんが大変なときに、何で漫画なんて読んでいられるんですか!?」

 

「最近は響の訓練とか、二課の大人達の手伝いとかで昼夜問わず忙しくてな。買うだけ買って“収納”に入れていたのが多かったから丁度良かった。響も読むか?」

 

「っ!?」

 

何の悪びれもなく答えるナナシに、響が絶句する。それでも、これまで世話になったナナシのことを信じたくて、響は懸命に言葉を投げかける。

 

「…ナナシさんは、翼さんのことが心配じゃないんですか?こんな状況で漫画なんて読んで、奏さんや翼さんがどんな気持ちになるか分からないんですか!?」

 

「心配したら翼の怪我の治りが早くなるのか?それなら俺も胃に穴が空いて髪の毛が全部抜け落ちるくらい心をすり減らすけど、いくら心配したところで変化がないなら時間は有効に使った方が良いだろ?あと、響は奏や、目を覚まさない翼の気持ちが理解出来るのか?ならその方法を教えてくれ!俺にできることなら何でもしようじゃないか!こう見えて二課からかなりのお給料を貰っているからお金持ちだぞ!全部響に支払おうじゃないか!あと何て名前だっけ?響の親友の…ミク?だったな。秘密を話せないことを気にしていたよな?俺がそのミクって子に話をつけて響のこと何にも心配しなくていいように手配しようじゃないか!今度そのミクって子を紹介…」

 

「あなたなんかが、未来に近づかないでください!!」

 

ナナシの答えに、響はもう、今までのナナシに対する印象を保つことが出来なかった。そして、初めて会ったときに聞いたナナシ自身のことを思い出し、本当なら言わない、言うべきではない言葉を口にしてしまう。

 

「本当に、人間じゃないんですね…」

 

「Exactly!!ようやく実感出来たか。俺が人の形をしているだけの“紛い物”だってこと」

 

「…わたしは、もうナナシさんと一緒に戦えません」

 

「お前が誰かと『一緒に』戦ったことなんて、今まであったか?」

 

「っ!?」

 

ナナシの言葉に、響は言葉を失い…涙を流しながら待合室から飛び出していった。そしてナナシは、再び漫画の続きを読み始めた。

 

 

 

 

 

響が部屋を飛び出し、走ったまま曲がり角を曲がろうとして…その向こうにいた誰かとぶつかってしまう。

 

「うおっ!?」

 

「っ!?ごめんなさ…っ!!」

 

「いてて…病院で走るなよ。危ないじゃないか」

 

「…奏さん」

 

曲がり角の向こうにいた人物…奏は、よろけながらも響を受け止め、響は奏に抱きとめられる形でその動きを止めた。

 

「おいおい、どうした?涙なんか流して?翼は一応大丈夫だったんだろ?お前が気にし過ぎる必要はないだろ」

 

そう言って響の頭を撫でる奏に、響は我慢出来なくなりその胸に顔を埋めて本格的に泣き始めてしまった。そんな響に驚きつつも、奏は響を引き離すことなく優しく声をかける。

 

「…全く、あたしの周りの女の子は泣き虫ばかりだね。あんまり泣き虫だと、あんたまでナナシに目を付けられてからかわれるよ?」

 

「あんな人のことっ!!!」

 

突然声を荒げて叫ぶ響に、奏は驚いた後…何か納得したような顔をして響に話しかけた。

 

「本当にナナシのヤツに泣かされたのか?全く…あいつもしょうがないね」

 

「…ナナシさんが戦う理由は、奏さんと翼さんの…ツヴァイウィングの歌のためって、世界より大切だって言っていました。でも、そんなの…もう信じられません。心配なんてしても無意味だって…時間の無駄だからって漫画を読んで…お医者さんが翼さんの話をしても、顔色一つ変えないんです…奏さんは何で、あの人の態度に何も言わないんですか…」

 

「…あたし達はさ、誰もナナシが休んでるところを見たことがないんだ」

 

「…え?」

 

奏が話そうとしていることが理解出来なくて、響は思わず顔を上げる。

 

「ナナシが睡眠を…体を休めることなく活動できるって話は、確か聞いてたよね?あいつは、あたし達が起きている間はあたし達に合わせて生活してる。緒川さんと一緒にあたし達のマネージャーをしたり、弦十郎のダンナと特訓したり、了子さんの研究を補佐したり、二課の大人達の仕事を手伝ったり…基本的に誰かと一緒になって何かしてるんだ。そして遅くまで起きてる連中が寝静まったり、特にやることが無い時は、一人で映画やアニメを見たり、今回みたいに漫画を読んでる」

 

「…自由に出来る時間は、全部使いたいぐらい本やアニメや映画が好きってことですか?」

 

「あははは、好きなのは確かだと思うね!ダンナともよく一緒になって映画見てたりするし!」

 

そう言って笑った後に奏は一度話を区切ると、混乱気味の響に優しく微笑んで、その頭を撫でながら話を続ける。

 

「ナナシはさ、可能性の塊なんだ」

 

「…可能性の?」

 

「あいつが不思議な力を使うところは、響も見ただろ?あれ、基本的にはナナシが自分で欲しいと願ったから手に入ったんだ。そのほとんどが、翼のお世話をするために手に入れたものだから、愛されてるね、翼は」

 

「……」

 

「…あたしがガングニールを、シンフォギアを使えなくなったって話をされた時、そこにはナナシもいたんだ。あたしが暴れて、項垂れてる時にあいつは、弦十郎のダンナに言ったんだ。『自分が戦う』って」

 

「!それって…」

 

「あたしはそれを聞いてブチ切れてね。あいつの胸倉掴んで、滅茶苦茶言っちまったよ。神様ならあたしの体を治せ、家族を生き返らせろ、人の形をした“紛い物”が、あたしの『代わりに』戦うなんてふざけるな!って感じにね…」

 

「っ!?」

 

『翼さん…わたし、自分が全然ダメダメなのは分かっています。だから、これから一生懸命頑張って、奏さんの『代わりに』なってみせます!』

 

響の脳裏に、自分が言った言葉が過る。過去に、ナナシも同じことを、それも奏本人に向かって言ったのだと響が考えた。しかし…

 

「そしたらあいつ、不思議そうな顔してあたしに言ってきたんだ。『俺は奏じゃないよ?』って」

 

「…え?」

 

 

「『奏の『代わりに』戦うんじゃなくて、奏の『ために』戦うんだよ?』って」

 

 

「っ!!!?」

 

「…『人の命も、笑顔も、世界も、よく分からない。よく分からないもののために、動けない…でも、奏と翼の『歌』のためなら、戦いたい』…あいつは、覚えたばかりの言葉で、こんなこと言ってきやがるんだ。あたしも毒気を抜かれちまってね…思わず、体から力が抜けて…ずっと、抱え込んでいた重みが、少しだけ軽くなった気がした…」

 

「…なら、何で…二人のことが大切だって…二人のために戦っているんだって言うなら、ナナシさんは何であんな…」

 

「…あいつは、望んだ能力が全て手に入る訳じゃない。特に、治すことに関してはサッパリみたいなんだけど、あいつはずっとあたしの体を治すことを諦めてない。あいつが読んでるのは漫画ばかりじゃなくて、医療書や二課で閲覧できる資料なんかも全部読んでる。知識だけで言えば、あいつ医者にだってなれるぐらい勉強してるんじゃないかな?…今日読んでいた漫画にも、多分全部に何か体を治す能力が出てきていると思う」

 

「っ!!?」

 

「あいつにとって、あれが今翼のために出来る精一杯のことなんだ」

 

驚く響に、奏は更に言葉を続ける。

 

「あのバカは、諦めるってことができないんだ。あいつは、あたし達のためって言って、この二年間ずっと動いて、考えて、調べて、試して…それをあいつは、心底楽しそうにやってのけるんだ。お陰で後ろめたい気持ちにすらさせてもらえない。“紛い物”の自分は、人の気持ちが分からない。いつもそう言うけど、それでもあいつは、分からないことをそのままにしようとしない。分からないからこそ、必死になって理解しようと努力し続ける。それを“妄想だ”って嘯いて、ヅカヅカこっちの心の中に踏み込んでくる。理解できないって言いながら、無自覚に誰よりも人の機微に聡いんだから、堪ったもんじゃないよ。全く…」

 

「…あたしは、ノイズに家族を殺された。だから復讐のために力を…シンフォギアを手に入れるため、体に害があるって分かっていても薬を…LiNKERを使って無理矢理装者になった。それが祟って、あのライブの日に限界を迎えちまった。翼やナナシのお陰で、そのことに自棄にならずに済んだけど、あいつらやあんたが戦ってるのを眺めてることしか出来ない自分が正直辛いね…」

 

「翼は、あのライブの日に大勢の人間が死んだことを自分の責任だと思ってる、あたしがガングニールを使えなくなったことも…だからあいつは、あたしが抜けた穴を埋めるために、がむしゃらに戦ってきた。あいつは真面目が過ぎるから、本当ならできたはずの遊びや、恋なんてものを避けて、自分を殺して、その身を剣として鍛え続けた。だから今日、剣としての使命を果たすために、死ぬことも覚悟してあの歌を…“絶唱”を歌った。きっとあたしが、あのライブの日にナナシが現れなかったら歌うことになった、あの歌を…」

 

「ナナシは、色々考えるあたし達の様子を見て、とことん話しかけてきた。怒らせて、驚かせて、泣かせて、笑わせて…固くなっていくあたし達の感情を、少しでも柔らかくするために、全力で茶化して心を揺さぶってくるんだ。あんたが来てからも、そうやって何とかあたし達のことを取りまとめようとした…全く、揃いも揃って不器用ったらありゃしない…挙句の果てに、そんなあたし達に後輩を巻き込んで、大泣きさせてるんだから、酷い先輩達だよな…あたし達」

 

「…がいます」

 

「ん?」

 

「違います…わたしが…わたしが全部悪いんです…奏さん達のこと、何にも知らないくせに…一緒に戦いたいだなんて…奏さんの『代わりに』なるだなんて…奏さんに、翼さんに、ナナシさんに…皆さんに、とても酷いことを…」

 

そう言って、響はまた涙を流し始める。そんな響を、奏は抱きしめた。

 

「…あたしはあんたに、あたしの代わりになって欲しいなんて、思っていないよ…そんなこと、誰も望んだりしない」

 

「……」

 

「でも、あんたが良いなら、一つだけお願いがあるんだ」

 

そう言って、奏は響から体を離して、その目を真っ直ぐ見て言った。

 

「翼のこと、ナナシのこと、嫌いにならないでやってくれ…すぐに一人になろうとするあのバカ達を…わたしの大切なやつらを、一人ぼっちにしないでやってくれ」

 

「…はい」

 

 

 

 

 

パタンッ

 

ナナシは、読み終わった漫画を閉じて、机の上の漫画を全て“収納”に納めた。

それから少しして、ナナシは自分の左腕を右手で握り…掴んだ部分の肉をそのまま引きちぎった。

傷口から勢いよく血が噴き出す。ナナシはそんなことはまるで気にせずに、右手を左腕の傷にかざす。

それからしばらく、何も変化が起こらないのを確認し、右手を下す。そして、今度は左腕の傷をジッと見つめ続ける。すると…左腕の傷が、まるで映像を早送りするような速度で急速に治っていった。

 

「……」

 

“高速再生”…意識すれば、普段の数倍の速度で自分の怪我を治すことができる能力。この二年で、ナナシが手に入れた能力。ただでさえ、通常の人間よりずっと早い速度で怪我が治り、大きな欠損があれば体がブレて即座に治るナナシにとって、全くと言っていいほど必要のない能力であった…

 

ナナシは傷を治し、千切った肉と零れた血液を“収納”に納めて綺麗にした後、長い溜息を吐いて深く椅子に座り込む。そして、ポツリと呟いた。

 

 

 

「…言ったよな?『信じろ』って…その結果がこれか…こんな結末がお前の望んだことなのか?…翼…」

 

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