戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
風鳴訃堂にあてがわれた新たなアジト、チフォージュ・シャトーの中で、ミラアルクはアタッシュケースに納められた稀血を前に難しい顔で黙り込んでいた。
「……」
『他人の愛を否定するお前らには、飼い主である俺が一方的に愛を押し付けてやろう!お前らはこれから一生俺の愛によって生かされるんだよ!』
ギリッ!
脳裏に木霊する忌々しい言葉に、ミラアルクは苛立ちを堪えるように歯を食いしばった。
「ミラアルク、どうしたのでありますか?」
「あらあら、そんな怖い顔しちゃって。お腹でも痛いのかしら?」
するとそんなミラアルクを心配して、背後からエルザとヴァネッサが声をかけてきた。
「ヴァネッサ…エルザ…」
二人に気が付いたミラアルクは、少しの間考え込む素振りをすると…恐る恐ると言った様子で、自らの心境を言葉に紡ぎ始めた。
「計画はいよいよ大詰めなんだゼ。ここを乗り切れば、遂にウチらの悲願が達成される。そのために、弱いウチらは形振り構っていられないなんて事は、分かっているんだゼ…でも……」
ミラアルクが自分の胸元でギュッと手を握り締める。ドクドクとその手に響く鼓動は、自分の肉体に血液を巡らせている事をミラアルクに伝えてくる。自分達の想いを踏み躙った、忌々しい男の血液を…
その事実が頭に過るたびに、ミラアルクの手は無意識に稀血へと伸びてしまいそうになる。計画を完遂させるまでの間に、S.O.N.G.の妨害を跳ねのけるためには、その体に流れる血液の力が有用である事は理解しているのだが、それとは裏腹に今すぐにでも自分の体からあの忌々しい男の『愛』を排除したいという衝動がミラアルクの内に蠢いていた。
そんな葛藤を抱えるミラアルクを見て、ヴァネッサとエルザは頷き合うと、二人は稀血のパックに手を伸ばした。
「一応用意させはしたけど、どうせ人間に戻れば必要なくなっちゃうし、せっかくだからパーッと使っちゃいましょうか!」
「だ、だけど、それは!!?」
「確かに今この体に流れる力は強大でありますが、あまりに我々の理解を超えているのであります。土壇場で想定外の不具合が発生する可能性を考慮するならば、今ここで放棄するのは選択肢としては充分に有りであります!」
「…ありがとう、二人共」
ヴァネッサがお気楽に、エルザがそれらしい理由を並べてミラアルクを後押しする。二人の気遣いに、ミラアルクは目の端から零れそうになる涙をその手で拭った。
『お前らの飼い主として、俺は既に選択を終えている。もうお前らがこれから先、どんな選択をしたところで…俺の思惑から逃れる事は出来ない』
(知った事か!ウチら家族は、お前の思惑通りになんてならないんだゼ!)
頭に過るナナシの『呪い』を、決意と共に跳ね飛ばして、ミラアルクは二人と同じように稀血へと手を伸ばした。
その選択が齎す未来は、果たして…
「報告を始める前に確認だが…サンジェルマン、真実を知る覚悟はあるか?」
これからバラルの呪詛の真相を語ると言ったところで、ナナシはサンジェルマンにそう問いかけた。
「な、何故私にだけそのような事を…?」
「今お前らは監視されているんだろう?今の了子みたいにならない自信が無いなら不審に思われるから、悪いが“以心伝心”を切ってくれ」
あくまでも情報漏洩対策を装うナナシだが、それはこれから語る真実がサンジェルマンにとって受け入れがたい事を意味していた。サンジェルマンは呆然自失の了子を少しの間見つめた後、ハッキリとナナシに答えた。
「私はこれまでずっと不都合な真実から目を背け続けてきた。そんな自分と決別すると決めたからこそ、私は今ここにいる。例えそれがどんな答えであろうと…私は逃げずに受け止めてみせる」
「…そうか、それなら語ろうか。人類の成り立ちと、神々の思惑を」
そう言ってナナシはリアルタイムで眺めている月遺跡端末のモニターに映る情報を全員に共有しながら、自分達の得た情報について説明を始めた。
「俺達が見つけた部屋の端末には、月遺跡を創造するにあたっての経緯と、遺跡の効力の対象となる人類の創造経緯について、それはもう懇切丁寧に纏められていた」
含みのある言い方でナナシがまず表示させたのは、神々がどういった経緯で人類を創造したのかについてだった。
「自らを『アヌンナキ』を呼称する、俺達が神と呼ぶ存在は、遥か銀河からこの星へと来訪してきた異星人だったらしい。アヌンナキ達はこの地球に生命を創造して、進化を促し、目的に応じて改造を施していった。とりわけ身体機能よりも脳機能を特化させた人類も、その産物であると…」
次々と詳らかにされていく世界の真実に、弦十郎達は動揺を隠せなかった。
「まさに神様って感じね。そんなトンデモ存在が、わざわざ手間暇かけてまであーしら人類を作り出した目的って何なの?」
「まさにそのトンデモ存在である事が問題だったらしい」
「ん?それは一体どういうワケダ?」
「ほとんど全知全能と言っても過言ではない性能を有するアヌンナキ達は、完全な種であるが故に生物としての可能性が閉ざされていたそうだ。そんな状況を打破するため、自分達の生み出した不完全な生物に知識や技術を与えて、いずれ自分達とは異なる新たな技術を編み出してくれないかと期待したようだ」
「チッ、気に食わんな。世界を遍く読み解く我々錬金術師の研鑽も、所詮創造主の思惑の内と言う事か?」
「言うほど万能って感じでも無さそうなんだけどな?人類を生み出すまでにも色々試行錯誤があったみたいだ。例えばこれ、初期に生み出した霊長のプロトタイプだってさ?明晰な頭脳に強靭な肉体、まさに生態系の頂点として君臨する完全なる生物…ただその完全さ故に自分達と同じようにその先の可能性が見込めず、廃棄されたらしい」
そう言ってナナシが映し出したその生物の姿は、サンジェルマン達にはとても見覚えのあるものだった。
「黄金全裸じゃない!?」
「アダム・ヴァイスハウプト…確かに奴は、完全過ぎる故に廃棄されたなどと宣っていたワケダ」
「神々の都合で生み出され、直後に無用と捨て置かれた…局長が我々人類を蔑み、神々に反旗を翻そうとしたのも、無理からぬ事だったか…」
「サンジェルマン、その感情は傲慢だ」
アダムの行いに正当性を見出したサンジェルマンを、ナナシがそう言って否定した。
「『生まれ』なんてものは所詮、全て生み出す側の都合によるものだ。人の営みも、神々による創造も、そういう意味では大差ねえよ。生まれの良し悪しなんてものは、ハッキリ言って『運』以外の何物でもない。それはお前も良く知っている事だろう?」
「っ!!」
ナナシの言葉に、サンジェルマンは思わずナナシを睨んでしまう。奴隷として過酷な環境に生まれたサンジェルマンにとって、ナナシの言葉は的を射る一方で、それを『運』の一言で片づけられる事には憤りを隠せなかった。しかしサンジェルマンから鋭い視線を受けてもナナシは一切怯む事無く、淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「自分の生まれが良いか悪いかさえ判断出来ないまま淘汰される事なく、物事の取捨選択が可能になる自己を確立するまで存続出来る事が『運』以外の何だと言うんだ?無の状態からこの世に生を受けられたのが、『奇跡』以外の何だって言うつもりだ?極論なのは確かだが、お前が幼少期に奴隷として過酷な環境を生き延びたのも、廃棄を決定されたアダムが神々の元から逃げ延びる事が出来たのも、個々の才覚ではどうしようもない『運』の要素があったのは否定出来ないはずだ」
「そ、それは…」
「存在意義を否定されたアダムの境遇は確かに不幸だったかもしれない。だが、神々が完全たる生物と認める程の力を有したまま、アダムが神々の手から逃れて自由を得られたのは幸運だったとも言える。アダムが得た自由には、自分を捨てた神々の事なんて綺麗さっぱり忘れて好きなように生きる選択肢だって当然あった。それでもアダムはその自由の中から自分を捨てた神々への復讐を選び、完全な自分が不完全な人類を支配する事を決めた…サンジェルマン、アダムの過去を知った上なら、お前はあいつの選んだ在り方を肯定してやれるのか?」
「っ!!?」
ナナシの問い掛けに、サンジェルマンは言葉を詰まらせる。アダムの境遇を憐れに思ったのは確かだが、それでアダムの行った非道を認める事など出来ない。
「アダムの選択を認めてやれないのに、お前がアダムに憐れみを抱くと言うのなら…それはお前がアダムの想いを知らずに踏み躙ってしまった事を綺麗な形で誤魔化そうとしているだけだ。それを傲慢と言わずに何と言う?」
「……」
ナナシの言葉に何一つ反論出来ず、遂にサンジェルマンは黙り込んでしまった。そんなサンジェルマンを見ていられず、カリオストロがフォローに回った。
「ちょっとちょっと上司様?その辺で勘弁してあげて。そもそもそれっぽく話題を振ってきたのはあーたじゃない?」
「バラルの呪詛の真相を聞くつもりなら、出生不明で数千年の自由を無為に過ごした人間モドキとの問答くらい軽く熟してもらわないと困るんだが?『それは違うよ!』ってカットイン差し込んで弾丸の如き言霊で論破してくるくらいの、超高校級の気概を期待していたのに…」
「あーたを論破なんて期待されても困るわよ!?…それ程の事なの?」
「どれ程かは正直俺には分からないが、先史文明期の巫女フィーネを放心させる程ではある。サンジェルマン、どうする?やっぱり聞くのやめとくか?」
再度投げかけられたその問いに、サンジェルマンは少し逡巡する素振りを見せたが、それでも覚悟を以って首を横に振った。
「頼む、聞かせてくれ」
「…分かった。もったいぶるのはもうやめよう。バラルの呪詛は、人類を罰するためのものじゃない。全ては神々の都合…一言で言うなら、内ゲバが原因だ」
「う、内ゲバ…?」
「シェム・ハ・メフォラシュ…こいつが他の神々に対して反旗を翻したのが全ての発端だ」
そう言ってナナシは、人間の女性に近いシルエットをした神の一柱をモニターに映し出した。
「『改造執刀医』として生物の改造と進化に携わっていたシェム・ハは、その立場を利用して権力と力を掌握するために神々へ戦いを仕掛けたらしい。普通に考えれば、ただの一柱で他の神々を相手取るなんて不可能と思われるが…シェム・ハは、その不可能を覆すある能力を備えていた」
「ある能力…?」
「自身を『言語』に置き換える事で、ありとあらゆるシステムに侵入・潜伏出来るとか…その能力のせいで、神々はシェム・ハを覆滅する事は不可能と判断したため、やむなくシェム・ハを封印、地球の放棄を決めたそうだ」
「シェム・ハを封印?…まさか、あの腕輪に!?」
緒川の答えを、ナナシは首を横に振って否定する。
「脳機能特化改造を施された現生人類は、惑星環境改造装置『ユグドラシルシステム』を制御するための生体演算端末群としてデザインされているらしい。そしてデータ断章となったシェム・ハは、全ての人類の遺伝情報内に記憶され、存在し続けている」
「それは、つまり…全ての人類が、シェム・ハの揺り籠であると…?」
「ああ…何度倒そうと、データ断章から再生を果たすシェム・ハを封印するため、神々は統一言語で繋がった人類のネットワークの分断を決行した」
「ま、まさか!?バラルの呪詛とは!!?」
情報の点と点が繋がり、全容が見えてきた。つまり、バラルの呪詛とは、ネットワークジャマー・バラルの役割は…
「人類に仇なすシェム・ハを封じるために神々が施した、人類の不和を招いた『呪い』であると同時に…人類を今日まで守護してきた、紛れもない『祝福』だ」
その真実に、誰もが言葉を失う中で…ここまで呆然自失状態だった了子が、零すように言葉を囁いた。
「あの御方は…私達を見捨ててなどいなかった…それなのに私は…あの御方の敵と似通った方法で数千年間、他者の体を乗っ取りながら命を繋ぎ、戦火を巻き起こし、あろう事か神々の祝福を、あの御方諸共にこの手で葬ろうと…」
その真実は了子にとって、どれだけ皮肉な事であろう?神々の祝福に憎悪を向け、あと少しでかつての神々の抗いを無に帰して、災禍の根源である神を復活させてしまうところだった。
そしてそれは、バラルの呪詛を不和の根源として解除すべく、長きに渡って多くの命を贄としてきたサンジェルマンにも同じ事が言える。プレラーティとカリオストロがそれを察してサンジェルマンの様子を窺うと…予想に反して、サンジェルマンの反応は静かな物だった。ナナシの語った真実を吟味するかのように、瞳を閉じて深く思考を巡らせているようだが、了子のように取り乱す様子はない。
「何だ、意外に冷静じゃないか?失意のあまり眉間に銃口を押し付けるくらいすると思っていたぞ?」
「…あれだけ懇切丁寧に前振りをされては、取り乱しようも無くなると言うものだ。動じていない訳では無い。ただ…私は錬金術を学ぶ事で得た自由の中で、誰に言われるでも無く世界に革命する選択をしたのだ。神々の思惑がどうであったところで、私の罪の重みが変わる訳では無い。良くも悪くも、な…」
そう言ってサンジェルマンは瞳を開くと、プレラーティとカリオストロを安心させるようにフッと微笑んでみせた。神々の思惑によって、アダムの選択の重みが変わる訳では無い。同じように、サンジェルマンの選択の重みもまた、変わる事は無い。先程のやり取りによって、サンジェルマンはその答えを素直に受け入れる事が出来たようだ。全く動揺が無いとは言わないが、無理をしている様子の無いサンジェルマンに、カリオストロ達は一先ず安堵した。
「ナナシ、貴様らが得たその情報の信憑性はどの程度だと見積もっている?貴様の“妄想”の範囲で構わん」
「…この部屋、俺達が入ってきた入口の他に、先へ進むための出口が一カ所だけ存在している。神様は『覚悟』を抱いた上でこの情報を開示して、俺達に進むか引くかの選択を迫っている。これは俺達から月遺跡の謎を調査するという大義名分を奪う事で、ここから先は『知らなかった』を言い訳に進む事は許さないと言う…神様なりの意識を切り替える儀式みたいなものだ。つまり、まだ開示されていない情報はあるかもしれないが…ここにある情報は全て、真実である可能性が高い。そして先に進むのなら、神様は本気で俺達を排除しようと動き出すだろう」
「なるほどな…バラルの呪詛の真相は判明した。少なくとも、今すぐ呪詛を解除するのは得策ではない。その上でフィーネはその体たらくだ。もはや貴様らが、月遺跡に留まる理由は消滅したと言って良い。デュランダルを全力で使用すれば、地球へは約半日で帰還が可能なはずだが…どうする?」
キャロルが言う通り、ナナシが了子、そして奏と交わした『バラルの呪詛の真相を調査する』と言う約束は達成されたと言っても良い。ここから先は神が本気で二人を排除しようとする以上、危険も跳ね上がる。そして何より、了子は己の犯した罪の大きさに先へ進む意志を失ってしまった。撤退か、前進か…全てはナナシの意志次第だ。
そして、ナナシの選択は…
脳内会議パートはここで終わる予定だったのですが、相変わらず文章が長くなったのと投稿予定時刻に間に合わなさそうなので分割しますw
話の進みが遅くて申し訳ない…