戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
日本政府に待機を命じられた響は、その余暇をどうやって過ごすか悩んだ結果、ナナシがいないと自由時間を全て研究に費やそうとするエルフナインを気晴らしに連れ出す事にした。ファミレスでスイーツを食べたり、ショッピングをしたりと、シンプルながら楽しい時間を仲間達と過ごしていき、今は本日のメインイベントであるカラオケでエルフナインがノリノリで熱唱している。
「ったく、強引にあたしらを引っ張り出しやがって…」
「そう言うな、雪音。立花なりに我々を気遣ってくれたのだから」
「でも、道中少しだけ危なかったわね?“血晶”無しの外出なんて久しぶりだからちょっと油断しちゃった。奏には悪いけど、彼女の判断は正しかったかもね?」
因みに今回のお出掛けには、響は未来とエルフナインの他にナナシが月へ向かってからしばらく元気の無かった翼、クリス、マリアの三人も連れ出していた。いっそ全員で遊びに行く案も出ていたのだが、“認識阻害”が無い状態でツヴァイウィングが揃っていると目立つと言って奏が参加を辞退したため、そんな奏を気遣い調と切歌が付き添う事になった。
「本来なら私も遠慮するべきだったのに、あの子達が『いっぱい遊んで元気を出して欲しい』って言うから…そんなに元気が無いように見えたのかしら?」
「元気が無いと言うより、三人共口から魂が抜けているような感じでした」
「なっ!?そんな訳ねえだろ!!?話盛るんじゃねえよこのバカ!!」
「盛ってないよ!?その証拠にほら!後で兄弟子に見てもらおうと思って三人が口開けたまま並んで座っている時の写真撮ってあるもん!!」
「何撮ってんだてめえ!?今すぐ消せ!!」
「わあああ!?やめてとめてやめてとめてえええ!!?」
クリスが響から奪い取ろうとする携帯には、自分達の間抜けな顔がしっかりと映されていた。確かにこんな顔をしていては心配されても仕方がないと、翼とマリアは納得すると同時に苦笑してしまう。
「ま、まあ、このところ気分が上がらないのは否定しないけど、それは皆も同じ事でしょう?分かりにくいだけで、奏だって私達と同じかそれ以上に気持ちが沈んでいるんじゃないの?」
「確かに…今回の誘いを断ったのも、本当はナナシがいない状態で歌う気になれなかったからだと思う」
「そうっすか?歌ってるといっつも鬱陶しいくらい付き纏ってくるあのご都合主義がいないなら、寧ろ伸び伸び歌えるチャンスだと思うっすけど…」
「フフッ、確かにそうとも考えられるが…自分の歌をあれほど熱望してもらえるのは、歌女として喜ばしいのも分かるであろう?」
「それは…まあ…」
「フフッ…」
エルフナインの歌を聴きつつ、翼達が話題に上げるのはやはりナナシの事ばかりだ。それでも談笑出来るくらいには三人共元気になったようで響は安心していた。
残る問題は…
「……」
今日一日、皆で楽しく遊んでいる間、未来は一度も笑う事なく塞ぎ込んだままだった。
(いや、今日だけじゃない。もうしばらくの間、未来の笑顔を見ていない気がする…そんなに兄弟子がいなくなって寂しいのかな?)
響がそんな事を考えながら、最後に未来の笑顔を見たのはいつだったかを思い返して…ある違和感に気が付いた。
(あれ…?)
響が未来の笑顔を最後に見たのは、南極に調査へ行く直前に乗った観覧車の中…未来が塞ぎ込むようになったのは、丁度自分達が南極から帰還した頃からだった。
(兄弟子が、月へ向かうより前から…?)
「おい…何がどうなってんだよ?」
響が重要な事に気付きかけたところで、クリスがコッソリと響にそう問いかけた。クリス達も響や自分達と同様の理由で未来に元気が無いのだと思っていたが、いつまでも気持ちが沈んだままの未来に違和感を持ったようだ。
「おっかしいなぁ…皆で歌いながら兄弟子の話でもすれば、未来の寂しさも紛れると思ったのに…」
ピクリ…
響がそう言った瞬間、未来がワナワナと体を震わせて表情も見えない程に顔を俯かせる。それとほぼ同時に、エルフナインが歌を歌い終えた。
『楽しいです!これもまた休日の過ごし方!偶には良いですねこういうのも!ナナシさんに聴いてもらえないのがちょっぴり残念ですが…』
ガタン!
「響は勝手過ぎるよ!!」
突然未来が立ち上がり、響に対して怒鳴り声をあげた。
「何もそんな言い方しなくても…」
自分の発案が気に入ってもらえなかったのだと思った響だが、未来のきつい言い方についムッとしてそう反論してしまった。
「ちょ、ちょっと!?」
「どういうこった!?」
「どうして二人が…」
いつも仲良しな響と未来の間に漂う険悪な雰囲気に、翼達は仲裁に入る事も出来ずに困惑してしまった。
「ナナシさんがいないから皆の元気が無い。だから私が落ち込んでいるのも同じ理由だ…そんな響の思い込みを、勝手と言わずに何て言えば良いの!?」
「わたしだって、わたしなりに考えて…」
「私なりにって言うけれど、響は本気で私の事を考えてくれたの!?口を開けばナナシさん!ナナシさん!!ナナシさん!!!響はただ、あの人がいない自分の寂しさを私に押し付けているだけじゃない!!」
「っ!!?」
感情のままに放たれた未来の叫びに、響は咄嗟に言葉を返す事が出来ず…少しして、響は震える声で未来に問いかけた。
「未来は…兄弟子がいなくて、寂しくないの?」
「……」
その問いに、未来は痛みを堪えるような表情で沈黙を貫く。決して肯定する様子は無いが…否定する事も無かった。
重苦しい空気に、誰もが口を閉ざしていると…突如、通信機より本部からの通信を告げるアラームが鳴り響いた。
「響です。翼さんとマリアさん、クリスちゃんとエルフナインちゃんも一緒です」
『現在、査察継続中につき、戦闘指令は査察官代行である私から通達します』
「ふぇっ!?どちら様ですか!!?」
通信機から聞こえてきた知らない女性の声に響は状況を把握出来ずに困惑してしまった。しかし査察官代行の女性は響の様子などお構いなしに淡々と指示を続ける。
『第三十二区域にアルカノイズの反応検知。現在、当該箇所より最も近くに位置するSG-00、SG-01、SG-02、SG-03'はただちに現場へと急行し、対象を駆逐せよ』
アルカノイズの出現と聞き、六人が慌てて外に出ると、街を破壊しながら上空を漂うアルカノイズの群れを発見した。
「あれは!?」
「二人は安全な所へ!」
「うん!行こう、エルフナインちゃん!」
「未来!……また、後で」
エルフナインを連れて避難しようとする未来を響は咄嗟に呼び止め、気まずそうな顔でそれだけ口にした。未来もまた、響と似たような顔で頷く。
「うん…響も、気をつけてね」
そう言い残して、今度こそ未来達は避難所へと駆け出した。その背を見送ると、響はようやく翼達と共にアルカノイズを見据える。
「行くぞ、立花!雪音!マリア!刃の曇りは、戦場にて払わせてもらう!」
「はい!」
「ムシャクシャのぶつけどころだ!」
「精々私達のリハビリ相手になってもらおうじゃない!」
アルカノイズを殲滅すべく、響達はギアを纏うとアルカノイズの群れに飛び込んでいった。
(ああ、やってしまった…)
エルフナインの手を引いて走りながら、未来は先程までの自分の言動を後悔していた。
(分かっている。響はただ、私や皆の事を励まそうとしてくれたって事は…それでも…私は…)
未来だってナナシを心配する想いはある。ナナシがいなくて寂しいと想う感情があるのも間違いない。今のような状況で“血晶”を所持していない事に恐怖や不安を感じて、ナナシがいてくれたならと縋りたくなる。それ程までに、ナナシの存在が自分達の拠り所になっていた自覚は確かにある。
それでも…
(あの人がいなくなって…ほっとしている自分がいる…)
…それだけではない事も、確かだった。
何故そんな風に思ってしまうのかは
形に出来ない想いを抱える苦しみは、いつか響がシンフォギアの秘密を隠している時の感覚に近いようにも感じて、未来は走りながらも、頭上に広がる曇り空を見上げて過去を思い返していた。
(そう、あの時、一人悩む私にあの人が声をかけてくれたのも、こんな風に太陽も見えない曇り空で…)
『えっ?図星なのか?今日みたいな天気ならいくらでもお日様拝み放題だろ?』
「あ、れ…?」
未来が初めてあの公園でナナシと出会った時の天気は、太陽の輝く快晴だったはずだ。こんな曇り空ではない。
響の死を疑似的に体感してしまい、その想いを暴かれた事はあった。それからも幾度となく日々の中で相談に乗ってくれることもあった。しかし、あの公園でナナシに自分の想いを語ったのは、
(何で、私は…この空を見て、あの日の事を…?)
「……」
胸の内に広がる、微かな違和感…そんな未来の様子を、後ろで手を引かれながらエルフナインがジッと見つめていた。
そしてそんな二人の後姿を、高い塀の上に立つミラアルクが見下ろしていた。
「手間をかけさせてくれるゼ」
そう言ってミラアルクは、すぐ隣にある電柱に設置された監視カメラをガシャンと叩き壊した。
ただのアルカノイズ相手に、今更遅れを取る響達ではない。戦闘自体は“血晶”が無くても難なく熟す四人だったが、広範囲に出現し続けるアルカノイズに少々手間取っているようだった。本来であれば、広域殲滅を得意とするクリスに、高機動力を誇る翼、リーチの長いマリアが雑魚を殲滅している間に一点突破の火力を持つ響が大型アルカノイズを討つなどの連携を取る事で速やかな殲滅が可能であるはずなのだが…
『SG-02、東側への砲撃は一時中断して、北側のアルカノイズ殲滅に移りなさい』
「はぁ!?どう見てもまだ敵が残ってんだろうが!!」
『増援によってアルカノイズの密集度が変化したのですから、殲滅力の高いSG-02はそちらの対応に移るべきです』
「敵の気分で銃口の向きを変えろってか!?」
『SG-01は高機動力を生かして建造物上に出現したアルカノイズを各個撃破しなさい』
「頭上の敵は全て雪音に任せるべきでは!?」
『SG-02の高火力では建造物に過剰な被害が出る恐れがあります』
「針の穴を射抜くような正確無比の射撃力を持つ雪音にそのような心配など…!」
『SG-00はこちらで潜伏を確認したアルカノイズを排除しなさい』
「ちょっと!?こんな狭い路地じゃ、まともに剣も振るえないじゃない!!」
『SG-00なら短剣を操作して路地の外からでも障害物を掻い潜って対象のアルカノイズを狙えるはずです』
「わざわざそんな器用な真似するくらいなら、近づいて殴った方が早いわよ!」
査察官代行の戦闘指令が悉く装者達の連携を乱し、アルカノイズの殲滅が進まない。しかし本部からの索敵情報が無ければアルカノイズの正確な場所も分からないため、苛立ちながらも翼達は指示に従う。響もやり難さを感じつつ、ひたすら近くにいるアルカノイズに拳を振るい続ける。
『各位に通達、不明武装の認可はまだ降りていません。くれぐれも使用は控えたし』
「分かっています!アルカノイズ相手に、サンジェルマンさん達の力を借りなくても…まさか!?」
サンジェルマンの名から錬金術師を連想した響は、アルカノイズが錬金術師の指示もなく暴れ回っている事の違和感に気が付いた。
「本部!付近一帯の調査をお願いします!アルカノイズがただ暴れているなんて事、おかしいです!きっと…」
『現在、装者周辺にアルカノイズ以外の敵性反応は見られません。SG-03'はこちらの指示に従ってアルカノイズの掃討に専念されたし』
響の警告に査察官代行は取り付く島もなく淡々とアルカノイズ殲滅の指示を出し続けた。
「でも…っ!?いけない!!」
不満を覚える響だったが、一体のアルカノイズが群れからはぐれるように離れていくのを目撃して一旦思考を切り替えてアルカノイズを追いかけようとした。
『SG-03'、指定された戦闘区域からの離脱は許可出来ません。即刻戻りなさい』
「でも、アルカノイズが!?」
まさかの指示に響も黙ってはいられない。しかし査察官代行は尚も淡々とした様子で指示を繰り返す。
『アルカノイズの進行先は避難所とは異なります。警報によって避難所に向かっているはずの住人が残存している可能性は極めて低い。被害が出る前にアルカノイズは活動限界を迎えるはずです』
「そんな!?逃げ遅れた人がいるかもしれないんですよ!!?」
『繰り返します、その可能性は極めて低い。仮に被害が出たところで、SG-03'が戦闘区域を放棄する程のリスクではありません』
「っ!!?」
まるで多少の犠牲ならば問題ないとでも言う査察官代行の指示に響が言葉を失い…
「ざっけんじゃねえ!命をどんぶり勘定してんじゃねえぞ!!このクソババア!!!」
…遂に、クリス達の堪忍袋の緒が切れた。
『バッ!?』
「おいバカ!こんなババアの与太話に付き合ってんじゃねえ!!」
「全くよ!おばさんの世迷言なんて無視していいから、ここは私達に任せて行きなさい!!」
『おばっ!!?』
「人道を外れた老害の言葉になど耳を貸す必要など無い!立花、お前は自分の正義を貫け!!」
『ろうっ!!?!?』
「は、はい!三人共、よろしくお願いします!!」
査察官代行が三人の言葉に動揺している隙に、響ははぐれたアルカノイズに突撃していった。翼達ももはや指示など無視して凄まじい勢いでアルカノイズを殲滅していく。ようやく我に返った査察官代行が、怒りに顔を染めて通信機に怒鳴りつける。
『こちらの命令に従いなさい!これ以上指示に従わない場合は行動権を凍結し、拘束されることに…!』
「査察は中止だ!令状はここにある!!」
査察官代行が装者達を罰しようとする寸前、弦十郎が令状を片手に指令室へと入室してきた。拳銃を構えた緒川が室内を見回して首を振る。
「該当査察官、見当たりません!」
「くっ、鼻が利く…」
例の下種な査察官がいない事に弦十郎が悪態をつく間に、友里と藤尭が席へとついた。
「戦闘管制、引き継ぎます…って、何よこの滅茶苦茶な戦況は!?おばさんはモニターもまともに見れないの!?」
「っ!?」
「そうじゃなかったら神経を疑うよ!見るからに神経質そうだし、情緒不安定なんじゃないかな?あれだよ、更年期ってやつ!」
「っ!!?」
管制を引き継いだ二人の悪態に、査察官代行が思わず食って掛かろうとすると、弦十郎が令状を目の前に突き付けて低い声で言った。
「これだけ近ければ見えるし聞こえるだろう。ご退室願おうか?お・ば・さ・ん」
感情の行き場を失った査察官代行は、顔を赤くして痙攣するようにその場にへたり込み、部下達に引き摺られるように運ばれて部屋を出ていった。
『クリスちゃんとマリアさんはとにかく目に映ったアルカノイズを減らしていって!響ちゃんと翼さんは広範囲に散ってしまったアルカノイズの対処をお願い!』
「「「「了解!」」」」
友里達の正確な指示によって、格段に上がった速度でアルカノイズを殲滅していく装者達。しかし一度乱れてしまった戦況を立て直すには、まだ少し時間がかかりそうた。
「うわっ!?」
「エルフナインちゃん!?」
そして装者達がアルカノイズの殲滅に時間を取られている間に、未来とエルフナインはミラアルクによって死角の多い路地裏へと追い込まれていた。角を曲がった拍子にエルフナインが足を滑らせてしまい、未来がエルフナインを助け起こしている間に、二人の目の前にミラアルクが飛び降りてきた。
「エルフナインってのは、そっちのどんくさい方だろう?それでもちょこまかと逃げ回ってくれたもんだゼ!」
「友達には手を出させない!」
未来はエルフナインを守るために、両手を広げてミラアルクの前に立ちはだかる。
「駄目です!未来さん!」
「クックックッ…」
するとミラアルクの背後から、例の査察官の男が下卑た笑みを浮かべながら悠々と姿を現した。
「こうも簡単にお前を本部の外に連れ出せるとはなぁ?」
「何であなたが…」
「確保を命じられたのは、エルフナインただ一人。さ~て、あんたの扱いはウチ一人じゃ決めあぐねるぜ」
両者が繋がっている事を察したエルフナインは、ミラアルクの発言に体を強張らせる。すると、ミラアルクの脳裏にヴァネッサからの念話が届いた。
(ピンポンパンポ~ン、ミラアルクちゃんに連絡です)
「逃げて!エルフナインちゃん!」
「未来さん!?いけません!!」
「…ああ、了解したゼ。悪く思わないで欲しいゼ!」
未来がエルフナインに呼び掛けている間に指示を受けたミラアルクは、その鋭利な爪を伸ばす。
「エルフナインちゃん!!」
「未来さん逃げてください!!」
互いのために動けない未来とエルフナインの前で、ミラアルクがその手を振り上げる。
「ぬ~ん!テレビではすっかりお目にかかれなくなったシーンに私、あちこちの昂ぶりを抑えきれない!!」
「未来さん逃げて!」
査察官が気色悪い歓声を上げ、エルフナインが涙ながらに未来へ懇願していると、ミラアルクが遂に、その鋭い爪を振り下して…
ガキィイイイン!!
…ミラアルクの爪が、“障壁”によってはじき返された。
「「え!?」」
「なっ!?」
「ひぎゃあああああ!!?」
未来とエルフナイン、そしてミラアルクは、突如展開された“障壁”に驚愕して…査察官は、ミラアルクが自分に爪を振り下してきた事に情けない悲鳴を上げた。
「な、何をしているこの化け物!?」
「何でてめえがその力を使える!!?」
本気で驚愕するミラアルクの様子に気を大きくしたのか、査察官は胸元から自慢げに“血晶”を取り出した。
「ひ、ひひひひ、一つだけくすねておいて良かった!ノイズ・キャンセラー!!ノイズだけでなく化け物全般に効力を発揮するとは恐れ入る!!」
「チッ!あの男は何処までもウチらの邪魔をする!!」
ミラアルクが次々とその手を振るって“障壁”を攻撃するが、“障壁”には罅一つ入らない。更に気を大きくした査察官は、ミラアルクを挑発するように胸を張った。
「ひゃはははは!無駄無駄ぁ!!薄汚い化け物風情が、人間様に逆らおうなど!!!」
「っ!!」
「に、逃げてください!その“血晶”には、回数制限が!!」
「あっ…」
エルフナインの一言でその事を思い出し、査察官の顔が一気に青ざめて…それと同時に、ミラアルクの一撃が“血晶”を塵に変えた。
「ひ、ひぃああああああああ!!?!?」
その瞬間、査察官は悲鳴を上げながら脱兎の如く逃走していった。
「ウチから逃げられると…!」
(ミラアルクちゃんに残念なお知らせです。たった今S.O.N.G.の査察が中止されました。急がないと装者達が来るから、あの男の始末は後にしましょう)
「チィッ!!」
忌々しさに舌打ちしながら、ミラアルクは素早く未来とエルフナインに近づくと二人の首に手をかけて持ち上げた。
「がっ!?」
「ぐうっ!?」
「まずはてめえからお寝んねしてな」
ミラアルクがエルフナインの瞳を覗き込み、『不浄なる視線』を使用する。恐怖で動揺するエルフナインの精神に干渉して、その意識を奪った。
「エルフナイン、ちゃん…!」
「次はお前なんだゼ」
ミラアルクの向ける視線から未来は顔を背けようとするが、意識を失ったエルフナインを放してミラアルクが無理矢理未来の瞳をその手でこじ開ける。
「さあ、ウチの目を見ろ!」
そして未来の瞳とミラアルクの瞳が合わさり、ミラアルクが能力を発動して…
バチンッ!!
「あぐっ!?」
「きゃあっ!?」
ミラアルクが弾かれたように頭を仰け反らせ、同時に未来も衝撃を受けてそのまま意識を失ってしまった。
「いっつ~…腐ってもあの装者共の仲間って事か?こんな小娘に、それほど強固な精神が宿っているとは思えないが…」
痛む頭を押さえながら、ミラアルクは意識を失った未来とエルフナインから通信機器を奪って破壊すると、二人を抱えてアジトへと帰還していった。
「ゼェ…ゼェ…クソ…何故私が、こんな目に…」
全力で逃走した査察官の男は、狭い路地の隙間で乱れた息を整えていた。
「あの化け物め!私に歯向かうとは!!すぐに身の程を分からせてやる!!!即刻あの御方に連絡を入れて…」
査察官は自分の庇護者である訃堂へと連絡するために通信機に手を伸ばす。ミラアルクの行動が誰の指示であったかなど考えもせず、それが自らの破滅を招く行いだとは露とも思わない。
もっとも…査察官には、それを知る機会すら与えられないのだが。
ボトリ…
「あっつ!?一体なんだ!!?熱暴走でも起こして…」
通信機に伸ばした手に感じた熱さにも似た痛みに、視線を自分の手に向けると…そこに自分の右手は存在しなかった。
「ほへっ…?」
思わずその口から間の抜けた声が零れ、肘から先が地面に落ちた右腕の断面を呆然と眺めると、腕の断面から夥しい量の血液が吹き出して自身へと降りかかった。
「ひ、ひぎゃああああ!?思いがけない空模様ぉおおお!!?」
錯乱する査察官。そんな査察官のすぐ傍で、体の罅割れたアルカノイズが発光する解剖器官を査察官へと向けていた。それは広範囲に広がったアルカノイズの一体であり、活動限界が間近に迫った事でS.O.N.G.本部でも反応を捉えられなくなった個体だった。あと数分も経たず体の崩壊するアルカノイズは、それでもその身に刻まれた『人間を襲え』という命令を忠実に守って動き続ける。
「ひぃいいいいああああああ!?ノイズ・キャンセラァアアア!ノイズ・キャンセルゥウウウ!!ノイズ!バリア!!バリアァアアア!!キャンセル!!キャンセル!!!きゃんしゅるううううあああああ!!!!!」
ボシュウ…
失禁しながら訳の分からない事を叫び、失った“血晶”を探して体中を弄る査察官をアルカノイズの解剖器官が貫く。査察官を赤い粒子と化して消滅させたアルカノイズも、その直後にその体を赤い粒子に崩れさせて…査察官の右腕だけがその場に残された。
ちょっとだけ言い訳をさせてください。
私は正しく年齢を積み重ねた方々には敬意を持っております。
ただちょっと私的な拘りで、今回出てきた査察官代理やその部下達のような『明らかに人命の関わる事柄に対して淡々と命令通りに動くモブ』は私の中でかなりヘイトの高くて…それこそ訃堂やノーブルレッドよりよほどイラッとしたため、ちょっとばかり報復したかったのですが、攻撃材料が少なかったのでこんな形になりましたw