戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ   作:@sora@

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第205話

ノーブルレッドを一蹴して装者達の援護を果たしたキャロルは、蹲るヴァネッサ達を放置してエルフナイン達が待つ部屋へゆっくりと歩みを進め始めた。

 

「行かせないゼ…!」

 

「そうよ…私達は、まだ…!」

 

ダイダロスの迷宮を展開した事で体内の稀血は汚染されたにも関わらずキャロルは無傷、その上装者達がエクスドライブまで纏ってしまった。ノーブルレッドに勝機があるとは思えない。それでも三人は野望を諦めきれず、まともに動かない体で必死にキャロルを追いかけようとする。

 

「我々は…人の体を取り戻して…!」

 

「奪われた未来を…奪還する…!」

 

ヴァネッサ達の譫言を、まるで聞こえていないかのようにキャロルは表情一つ変える事無く歩みを進めて…

 

「ウチらを虚仮にしたあの男を…見返してやる…!」

 

…ミラアルクがそう口にした瞬間、キャロルの歩みがピタリと止まった。

 

突然動きを止めたキャロルに三人が驚いていると…立ち止まったキャロルは、とても深い溜息を吐いた。

 

「ハァ~……貴様らの度を超えた愚かさには、流石に憐れみがこみ上げてくる」

 

「なん、だと…?ふざけるな!お前なんかが、ウチらを憐れむなんて……っ!!?」

 

激昂して思わず叫んだミラアルクに、キャロルが怒気すら超えて殺意に近い威圧感を放った。

 

「ふざけるなとは、こちらのセリフだ愚か者。誰が貴様らの事など憐れむものか。オレが憐れに思っているのは、こんな愚か者共のために身を削り、心を配り、惜しみない庇護を与え続けて尚、欠片も気付いてもらえない…今は月にいる、貴様らの飼い主だ」

 

「あの、男を…?」

 

「何を、ふざけた事を…!あいつは自分の欲望のためにウチらを飼い殺し!ウチらの願いを嘲笑い!!尊厳を踏み躙った!!!あいつがウチらのために身を削った?心を配った?守っていただと!?一体何を根拠にそんな事を!!?」

 

身の毛のよだつような圧に晒されながらも、ミラアルクは弱った体で気丈に叫ぶ。それ程までに、キャロルの言葉はミラアルクにとって受け入れ難い内容だった。

 

ミラアルクに氷のように冷たい視線を向けながら、キャロルが空中に錬成陣を三つ展開する。まともに動けないノーブルレッドは精一杯身構えるが、キャロルが展開したのは攻撃用の錬金術ではなく、ダウルダブラを呼び出したのと同じ物質転送の陣であり…

 

ドサリッ…

 

「「「え…?」」」

 

…陣から現れた自分達の姿(・・・・・)に、ノーブルレッドは体の痛みさえ忘れて見入ってしまった。

 

キャロルが呼び出したのは、目の前にいるはずのノーブルレッド…しかし、患者服を身に纏い直立する彼女達は、本物の彼女達と細部が異なっていた。エルザの頭には獣の耳が生えていない。ミラアルクの耳は尖っておらず、ヴァネッサの手足には柔らかな肌と指先には爪が生え揃っている。

 

「それ、は…我々の、人形でありますか…?」

 

「ある意味ではそうだな?臓腑も神経も、人としての機能が全て揃った人形…あの男が手入れと称して貴様らから採取した毛髪等の肉体情報から、怪物の要素を除いた人の部分のみを抽出して培養した躯体…貴様らの飼い主が所望した、人間としての貴様らの体だ」

 

「「「!!?」」」

 

三人の目の前にあるのは紛れもない…三人の願いそのものだった

 

「エルフナインを拉致して利用しようとした以上、貴様らはオレの研究を知っているはずだ。想い出の転送による肉体の切り替え…つまり、後はこの体に貴様らの人格を移し替えさえすれば、貴様らの願いは成就される。ちなみにこの体は、あの男が月へ向かう前にはとっくに完成していた」

 

「なっ!!?だったら…だったら何で、何で最初からそれを言わなかったの!?そんなものがあるなら、私達はあなた達と敵対する事なんて無かった!風鳴訃堂に協力して、依り代の少女とあなたの片割れを攫う事だって…寧ろ、あのクソジジイを追い落とす協力だって出来たはずなのに!!何でなの!!?」

 

神の力などと言う大げさな手段と、訃堂の空手形などよりも余程現実的なその解決策を示されていたならば、ヴァネッサ達は本当に何でもナナシ達の言う事に従っただろう。互いにとって最も合理的な手段を今の今まで秘匿していた理由が全く分からず、ヴァネッサは癇癪を起こすように叫び散らしていた。

 

そんなヴァネッサを冷ややかな目で睨みながら…キャロルは静かに理由を語って聞かせた。

 

「『それでは意味が無い』…貴様らの飼い主は、そう言っていた」

 

 

 

 

 

「実際、それが一番簡単で賢い選択なんだろうけど…それじゃあ意味が無いんだよ」

 

キャロルが依頼を完了させ、ナナシにヴァネッサ達の体を引き渡そうとした際、しばらく秘密裏に預かって欲しいと頼まれたキャロルは、ナナシにヴァネッサと同様の質問をしていた。ナナシは並べられた三人の躯体を見つめながら、苦笑してそう返答していた。

 

「これさえあれば、あいつらは本当に何でも従順に言う事を聞いてくれるだろうな…でも、そんなのは飢えた獣が餌に飛びつくのと同じだ。そんな方法で悲願を達成したあいつらは、きっとこれからもずっと同じような生き方しか出来ない。今この提案をしてしまえば、あいつらは体が人間に戻っても、心は家畜に成り下がってしまう」

 

「フン、その場合は貴様が飼い主として最後まであいつらの面倒を見れば良いのではないか?」

 

「あはははは!それはとても楽しそうだけど…やっぱり飼い主として、ペットには幸せになってもらいたいからな…あいつらに必要なのは、『他人に対する期待』なんだ」

 

「期待だと…?」

 

「そもそも俺達が提案するまでもなく、本来あいつらは自分達でこの方法に気付けるはずだ。お前について調べていれば、割と誰でも思いつく方法のはずだろう?それが出来ないのは、あいつらの中に『誰かに期待する』って発想がそもそも無いのが原因だ。あの老害と協力関係にあるのは、ただ単に『それ以外に選択肢が無かった』だけで、あの老害に期待している訳じゃない。そして、あいつらが家族以外の誰にも期待を抱けないなら…そんな奴らが、『皆と仲良く』なんて、なれる訳が無い」

 

皆と仲良く…人間に戻ったノーブルレッドが果たしたい本当の願いであり、ノーブルレッドが今のままでは絶対に果たせない願いだ。

 

「人の悪意であんな体になったあいつらには、他人に期待を抱くなんて難しいかもしれない。それでも、それが出来ないままにあいつらが人に戻ってしまえば、あいつらは『自分達が怪物だから』って言い訳さえ失ってしまう。だから…俺はあいつらに、自分達でこの方法に辿り着いて欲しい。その気付きの機会を増やすために、俺はあいつらに色んな選択肢を与えた状態で月へ向かうつもりだ」

 

そう言ってナナシは、キャロルに対して深々と頭を下げた。

 

「お前に協力してもらった『備え』のいくつかは、正直あいつらがやらかすであろう事の尻拭いのためだ。きっとあいつら、皆に滅茶苦茶迷惑をかけると思う。それでも、どうか許してやってくれないか?あいつらが悩んで、足掻いて、抗って、もうどうしようもないくらいに追い詰められた果ての、破れかぶれであったとしても…この可能性に気付いて、お前達に『期待』を抱いたなら…」

 

 

 

「あいつらが、勇気を出して、たった一言…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『よろしくお願いします』…ただその一言を紡ぐだけで、貴様らは全てを手に入れられた」

 

キャロルの口から紡がれたナナシの想いに、ノーブルレッドは微動だに出来なくなっていた。三人の頭の中では、ナナシに捕縛された時からこれまでに至るまでの様々な出来事が駆け巡り、キャロルの告げた情報との整合性を必死に確認していた。

 

「あの男が貴様らをペットとして飼うと言った時は、また奇妙な事を言いだしたと呆れたものだが…存外、中々に妙案だったと今では思っている。ペットとは、言葉の通じぬ異種族を捕らえ、生殺与奪の権利を掌握した上で行動の自由を奪う、極めて一方的で傲慢な庇護の形だ。その歪な関係性を、今の時代の人間は『家族』と呼んで尊び、伝わっているかも定かではない愛情をペットに注ぐ…偶然か、はたまた狙い通りだったのかは分からんが、他者の言葉を顧みないパチモノの貴様らを保護して一方的に想いを押し付ける上で、これ以上都合の良い関係も無かろう?」

 

やたらとペットについて詳しいナナシに、キャロルは『ペットに興味があったのか?』と問いかけていた。

 

『Exactly!!だってさ、ペットって凄くないか!?ただそこに在る事を求められて、傍にいるだけで人に癒しを与える究極存在だぞ!!?あの在り方は、“紛い物”の俺にとって是非参考にしたい目標の一つだな!!』

 

…それに対する返答が、まさか『ペットを飼育する事』ではなく、『人とペットの関係性』そのものに対する憧れであったと聞いた時は流石のキャロルも困惑してしまった。しかしそのような発想があったからこそ、人と共に在る事を願うノーブルレッドには最適な扱いだと考えたのだろう…多分。

 

「嘘、だ…愛情なんて…想いなんて…あいつはウチらを痛めつけて、嘲笑って…無理矢理自分の血液なんて物を流し込んで、ウチらを実験動物扱いするような奴が…!」

 

「そうしていなければ、貴様らは今頃生きていなかっただろうからな?」

 

「!!?」

 

ようやく絞り出したミラアルクの言葉を、キャロルは容赦なく切り捨てた。

 

「貴様の姉が、先程あの老害を追い落とすなどと身の程知らずな事をほざいていたが…アレは貴様らの飼い主ですら手を拱く真の怪物だぞ?欠片でも欺瞞を抱えて貴様らがアレと対峙しようものなら、認識すら出来ない内にその首は落とされていただろう。故に貴様らの飼い主は、貴様らがあの老害の元へ赴く可能性が残る限り、貴様らの殺意を煽る必要があった…貴様らの命を、守るために」

 

だからこそ、ナナシは一人でノーブルレッドを甚振り、その記録を抹消した。ナナシへの殺意でノーブルレッドの裏切りを疑う訃堂の目を欺き、ノーブルレッドがナナシの所業を知らない仲間達には最後に縋りつける可能性を残した。それが、協力者としてナナシの思惑を聞いていたキャロルが、これまでの結果から導き出したナナシの我儘の全容だった。

 

「これは別に、貴様らの飼い主が語って聞かせた訳では無い。この躯体を作る経緯を除けば、全てオレの“妄想”だ。しかし、もしこの“妄想”が当たっていたならば…貴様らの飼い主は、一体どんな気持ちだったのだろうな?錬金術師によってそんな体にされた貴様らにとって、実験動物扱いが禁忌など、あの男に分からないはずがない。二度と心を開いて貰えなくなると知りながら、笑顔でその禁忌を犯したであろう、あの男の気持ちは…」

 

キャロルは察していた。ナナシが捨てたくなかったのは、『全員で笑って過ごせる未来』への道筋なのだと…

 

「一体どんな気持ちだったのだろうな?稚拙な悪戯で貴様らをからかい、貴様らの仏頂面を崩して、楽し気な笑みさえ引き出していたのに…その関係を自ら壊した、あの男の気持ちは…」

 

そしてキャロルは、気づいてしまった。ナナシの夢想する、『全員』の中には…

 

 

 

「貴様らにも、オレにも、誰にも理解出来ぬだろうな…誰よりも、諦める事が嫌いなあいつが!一体どんな想いで…『貴様らの望む未来』を、守るために!!……『貴様らと共に笑う未来』を、諦めたかなど!!!」

 

…ナナシ自身の存在は、含まれていないのだと。

 

 

 

『お前らの飼い主として、俺は既に選択を終えている。もうお前らがこれから先、どんな選択をしたところで…俺の思惑から逃れる事は出来ない』

 

それは、これから迷走するであろうペット達が、例えどんな道を選んだとしても、幸せな未来へ辿り着いて欲しい…そう願う飼い主が、自らの未来を糧に施した『呪い』だった。

 

しかし、ペット達がそれに気付いた時には…

 

パチンッ!ゴオオオオオッ!!

 

…全てが遅きに失するのだった。

 

「あ…ああああ…!」

 

「そんな…そんなぁあああ!!」

 

キャロルが指を弾くと同時に、ノーブルレッド達の人間の躯体は業火に包まれ、数秒も経たない内にその形を崩し…この世から消失してしまった。

 

「どうして…どうしてぇえええええ!!?」

 

目の前で希望が灰燼と化したショックでヴァネッサが上げた悲痛な叫びを聞き、キャロルは溜息を吐いた。

 

「この期に及んで、どうして?とは…オレが貴様らを見限る理由など、枚挙に暇がないはずだが?救いようが無いとはまさにこの事か…だがせっかくだ。問われたからには一つ、オレが貴様らを見限る決定打となった理由を教えてやろう」

 

S.O.N.G.からの脱走、装者達との敵対、エルフナインと未来の誘拐、神の力の顕現にエルフナインの殺害未遂…しかし、これらはナナシが事前に対策を施していた事もあり、思うところはあったがキャロルとしては一応目を瞑るつもりだった。

 

その考えを変え、ナナシの想いを無に帰してまでキャロルがノーブルレッドを見限った理由は…

 

「残された想いに気付きもせず、都合の悪い事から目を背けるために、自分達の願望を捻じ曲げながら突き進む…そんな貴様らの、無様な在り方が、どうしようもなく…どこぞのクソガキの在り方と被って、心の底から腹が立った」

 

ノーブルレッドの振る舞いは、否が応でもキャロルにかつての愚かな自分の在り方を思い出させ…これ以上見るに耐えなくなってしまった。

 

「自分達の事を被害者としか思えない貴様らには受け入れやすかろう?認めてやろう、これはオレの極めて理不尽な八つ当たりだ。自分達は悪くないと慰めながら、不条理の荒波の中であの老害が寄越した藁のような希望に縋り続けて…そのまま溺死しろ」

 

そう言い終わった瞬間、キャロルから放たれていた威圧感が消え失せ、自分達を見ていたキャロルの瞳から感情の色が失われたのがノーブルレッド達には分かった。キャロルにとって自分達はもう、感情を向ける価値すらない存在へと変わってしまったのだ。

 

「待って…待ってよ…!」

 

再び歩みを進め始めたキャロルに、ヴァネッサが必死に呼び掛ける。自分達の失った物の大きさを受け入れられず、キャロルの背に手を伸ばしながら必死に言葉を投げかけて…

 

「お願い、しま…ゴフッ!?」

 

「ブワッ!?」

 

「グフッ!?」

 

ビチャビチャ…

 

…遅すぎる懇願の言葉さえ、口にする事を許されなかった。

 

ノーブルレッド達の体に突如異変が起き、三人同時に吐血してしまった。体内の稀血が死毒と化した結果…にしては、これまでと症状が異なる。

 

「この不調…まさか…!」

 

ナナシの血液を入れ替えた後から感じていた体の不調…それはてっきり、万全に近しい状態を失った事への反動だと思っていた。しかしヴァネッサは、ここでようやくそれが間違いだったと気づいた。気づいてしまった。

 

『この血液は見知らぬ誰かを助けるために献血によって集められた…まさに愛の結晶と言っても過言ではない代物だ』

 

ただ命を繋ぐために消費していた稀血には、その血液を提供した者の想いが籠められているように…

 

『頑張ったペット達にご褒美だ。受け取れ⋯俺の愛を!!』

 

自分達が忌み嫌う“紛い物”の血液には、自分達を生かす力と“紛い物”の愛が籠められていたように…

 

「訃堂ぉおおおおおおおおお!!!」

 

その身に流れる稀血には、不要となった自分達を始末するための、訃堂の悪意()が籠められていたのだと…

 

 

 

『飼い主として、ペットが健やかである事くらいは素直に祈っておいてやる』

 

 

 

別れの間際、ナナシの放ったその言葉は…その可能性に気付き、警戒して欲しいと願う、ナナシからの精一杯の警告だったのだ。

 

「あの男の想いを捨てたか…貴様らには似合いの結末だ」

 

背後に響く絶叫を耳にして、キャロルはポツリと呟きながら…それでも決して、振り返る事は無い。

 

「オレの未来に、貴様らなど不要だ」

 

それがノーブルレッドへの報復のためか…他人のために自分だけを切り捨てようとしたナナシへの反発からなのかは、キャロルにも分からない。それでもキャロルは、紛れもないキャロル自身の意志によって…ノーブルレッドを見限る道を選んだ。

 

 




キャロルのOHANASHIだけで終わってしまった…
長くなるのは想定していたから前話を直前で区切ったのですが、執筆と修正に時間が掛かり過ぎて本編が進められませんでしたw
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