戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
「ああ、うん…途中から察していたが、どうにも俺なんかでは、助けになれそうな話じゃなさそうだ」
響からざっくりと現状を聞いた洸は困ったような表情で頬を掻くと、そのまま不貞腐れるように畳へと横たわってしまった。
「話を聞くって言ったの、そっちのくせに!」
「それはそうなんだが…済まん」
「はぁ…わたし、呪われてるかも…」
洸の頼りなさに響がそんな言葉を零すと、洸が響に何かを言いたそうに目を開いて…その直後に、響のお腹からけたたましい音が鳴り響いた。
「っ!?…はぁ、動いていないのに、お腹って空くんだね」
「ははは…それは今、響が生きているってことさ。心配しなくても、もう少ししたら多分…」
ピンポーン!
『お待たせしましたー!デリバリーサービス『ウーマイミート』でーす!』
洸の言葉を遮るように、インターホンと共に扉の外からそんな声が聞こえてきた。
「あっ、出前頼んでくれたんだ?ありがとう…でも、お金大丈夫?わたしの分は自分で出すよ?」
「……」
娘に気を遣われて居た堪れないのか、洸は無言のまま立ち上がって玄関へと向かって行く。少々言い方が悪かったかと響が頬を掻いていると…ふと、ある事を思い出した。
(あれ?そう言えば、お父さんって…)
以前、ナナシが洸の仕事探しを支援していると言っていた。その一環で洸はナナシの所有する物件に住まわせて貰った上に家事などもしてもらっていたと…
(って事は、この家って兄弟子の物?それにしては…)
洸に住所を聞いて辿り着いた時には、失礼だが質素な雰囲気が洸に合っていたのでそこまで疑問に思わなかったが、ナナシが洸を住まわせるには些か違和感があった。ナナシなら高級マンションの最上階にポンと洸を放り込んで、落ち着かない洸の様子を眺めてほくそ笑むイメージがあったからだ。
響がそんな事を考えていると、洸が部屋に戻って来て…一緒に、配達員と思われる男性も部屋の中へと入ってきた。
「へっ…?」
部屋の奥まで入り込んできた配達員に響が驚いていると、配達員は大きなリュックを降ろして響に美しい所作でお辞儀をしてきた。
「響お嬢様、お寛ぎのところ申し訳ありません。すぐに退室しますので少々お待ちください」
「お、お嬢様…?」
困惑する響と無言のまま座り込む洸の前に、配達員がリュックから取り出した料理を並べていく。プラスチックの容器に入ったそれらは一見ただの出前料理なのだが、よくよく見ると一つ一つの食材の品質が安っぽい容器に釣り合わない。土鍋で炊いたかのようなツヤツヤご飯に分厚いお肉、採れたてのような瑞々しい野菜を使ったサラダに馥郁たる香りのスープ…食欲そそる品々を前に、響は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「『社長』、よろしければ成果の方をお預かりさせて頂きます」
「ああ、うん…そこに置いてあるから…」
そう言って洸が指さした先には、丸やバツをつけた求人票の束が置いてあった。配達員はそれらを恭しく手に取ると内容にざっと目を通し、バックの中から持ち運び式の金庫を取り出して求人票をその中へと納める。そして金庫をバックに戻すと、部屋の隅に置いてあったゴミ袋の幾つかをバックの隙間に詰め込み背負うと、帽子を被り直して今度は配達員らしい愛想の良い笑顔を響達へと向けた。
「それでは、またのご利用をお待ちしています!」
そう言って、配達員は代金を受け取る事無く玄関から出ていってしまった。直後に玄関から鍵を閉めるような音が響いてきたため、恐らくは合鍵を所持していたのだろう。
「えっと…お父さん、今の人は…?」
「…ナナシ君のTOMODACHIで…彼が立ち上げた会社の、『副社長』…旧家出身の麒麟児らしくて、そのせいで軟禁に近い生活をさせられていたところを俺がその家の清掃員の求人にチェックをつけてたから見つけたとかなんとか…すっごく優秀な上に演技の才能もあるから、最初は
「え、え~っと…」
「ナナシ君の会社には、こんな感じで俺の評価した求人票に救われたって人達が沢山いるみたいで…ナナシ君がしばらく留守にする間、ナナシ君の関係者が狙われる可能性があるから、念のためにナナシ君の所有する物件から元々俺が住んでいた部屋に戻っていてくれって頼まれて…それからずっとあの副社長を中心に、社員達が入れ替わり立ち替わり俺の面倒を見に来るんだ…」
「そ、そうなんだ…ち、ちなみに、お父さんの見た求人票って…?」
「…今のところ、百発百中で俺が良いと思って丸をつけたところには、何かしらの問題があるらしい…俺って、呪われてるのかな…?」
黄昏たように零した洸の呟きを、残念ながら響は否定してあげる事が出来なかった。
弦十郎と訃堂が激闘を繰り広げている間にアルカノイズを殲滅した翼とマリアは、一際凄まじい轟音を最後に静まり返った屋敷内を駆け回っていた。
「さっきの音は一体…!」
「分からない。だが、こうも静まり返っている以上、既に決着が…」
弦十郎と訃堂のあまりに激しい戦闘を目で追い切れず、アルカノイズに意識を向けた翼達は完全に二人を見失ってしまっていた。
すると…
「だあっ!!」
「がはっ!?」
…突如飛び出してきた訃堂がマリアを襲い、訃堂の拳を受けたマリアは体を打ち付け気を失ってしまった。
「マリア!?」
「儂の元へ来い、翼!防人ならば、風鳴の血が流れているならば!!」
訃堂は翼に風鳴の一族として共に来るよう声をかけるが、翼は迷う事無く訃堂に剣を向けた。
「この期に及んでそのような世迷言を!」
「翼!その身に流れる血を知らぬか!!」
「知るものか!私に流れているのは、天羽奏と…“紛い物”の生き様だけだ!!」
片翼と連ねるように翼が口に出したその言葉に、訃堂は額に青筋を立てて怒りを露わにした。
「何処までも…我が一族の者を誑かしよってえええ!!!」
遂に訃堂が刀を振るい、翼へと襲い掛かる。翼も剣を構えて応戦しようとするが、訃堂の力はギアを纏う翼さえも凌ぐ。押される翼はどうにか訃堂から距離を取ると、大技を繰り出すために両手に展開した剣を連結させ炎を纏いながら訃堂へと迫った。
対する訃堂は地に跡が付くほど足を踏み込み構えを取ると、刀を持つ手に力を籠める。
“風輪火斬……何するものぞ!!”
筋肉が盛り上がり倍ほどにまで膨れ上がった腕を振るい、訃堂は真っ向から翼の攻撃を打ち破ってみせた。
翼と訃堂の戦闘を観測している本部では、友里が信じられない様子でモニターを凝視していた。
「生身でギアを圧倒…このままでは!!」
「くそっ、活動制限の完全解除はまだなのか!?」
「一体何が起きてるんだ!?」
そこへようやく騒ぎを聞きつけたクリス達が指令室へと駆け込んで来た。そんなクリス達に、モニターを見つめる奏が静かに呟いた。
「大したことじゃない…人騒がせな一家が、派手に喧嘩しているだけさ」
訃堂の猛攻を翼は剣で必死に防ぐが、あまりに激しい攻撃の勢いに押されてギアの一部を切り飛ばされてしまう。
「歌で世界は守れぬ!人が繋がり分かり合うなど片腹痛し!!そのような世迷言、血を流し命を礎としてきた先達に顔向けできぬと何故分からぬ!!?」
翼が両手両足に展開した剣に蒼い炎を纏って攻撃を繰り出すが、訃堂が繰り出す突きの一撃によって体ごと跳ね返されてしまった。
「ぐああああ!!?」
翼の体が何度も地面に叩きつけられ、衝撃でギアが解除されてしまった。立ち上がる事さえ出来ない翼に、訃堂は失意と失望を籠めた視線を向けると、刀を地に刺し懐に手を入れる。
「お前もまた、風鳴の面汚しか!この親不孝者めがあああ!!」
もはや尊き日本の宝である己の刀を振るうに能わずと判断した訃堂は、懐から取り出したモーゼルC96を翼へ突きつけると、躊躇う事無くその引き金を引いた。
バァン!
「っ!?」
撃ち放たれた弾丸が自分に迫る光景に、翼は時間の流れが引き延ばされるような感覚に陥った。その体は微動だにせず、ただ自分に迫る死を前に目を逸らす事も出来ず…だからこそ、翼は気付いた。
「っ!?」
迫る弾丸の前に飛び出す自分の父親、八紘の姿に…
「ぁ…」
止まってと叫ぼうとしても口が動かず、手を伸ばそうとしても指先は遅々として進まない。やがて八紘が翼に覆いかぶさるように倒れ込んだところで、翼の時間が元に戻った。
「お…お父様あああああああ!!!」
その身を盾に訃堂の凶弾から翼を守った八紘を、翼が泣き叫びながら抱き起こす。娘の無事を確認した八紘は、翼の腕の中で安堵した表情を浮かべていた。
「どうして、お父様が…!」
「私以外の男に、お前の父親面などされたく、なくてな…」
「喋らないで!すぐに止血して、治療を…あれ?」
応急処置を施すため、八紘の容体を確認した翼は…その体の何処にも怪我を負っていない事に気付いた。遅れて八紘自身も、ようやく自分が無傷である事を理解して困惑する。
「これは、一体…?外れるような軌道では無かったはず…」
「果敢無き哉。とことんまで儂の邪魔立てをするか、“紛い物”め…!」
二人が混乱する中、全てを見ていた訃堂が吐き捨てるように悪態をつく。翼の命を奪うはずだった弾丸は、それを防ごうとした八紘の背中へと着弾する寸前…半透明の壁に当たって弾き飛ばされていた。
「お父様、ナナシから“血晶”を…?」
「い、いや、私も日本政府より回収命令を受けていた。屋敷から押収した物も、アルカノイズの動きを抑える部下達を優先したから今は所持していない…もしや!」
翼と八紘は、まだ例の『ガム』について明かされていない。“以心伝心”の事もあり、どうしても注目度の高くなる装者達と強制捜査の指揮を取る八紘には秘匿する事を弦十郎達は決めていた。故に八紘は、弦十郎が自衛手段の無い自分にひっそりと忍ばせた『ガム』の存在に気付くことなく…代わりに、別の答えを導き出した。
八紘が懐から取り出したのは…ナナシが仲間達に配っていた、あの御守りだった。
「あっ…」
それを見た瞬間、翼もまた八紘と同じ答えに辿り着いた。
「彼は月へと向かう前、フラリと私の元を訪れてこれを渡してきた。だが調査の結果、この御守りには特別な力は無いと判断されたはず…」
「プッ…フ、フフ…」
「翼…?」
「あっははははははは!!」
「!?」
突然堰を切ったように笑い出した翼に、八紘は目を丸くして驚いた。
(ああ、もう…あいつは本当に、何処までお人好しなのだか…)
仔細は違えど、これがナナシのもたらした結果だと理解した翼は、一頻り笑うと何処か吹っ切れた様子で立ち上がった。
「お父様、心配をお掛けしました。ですが、もう大丈夫です。だから…聴いてください!私の歌を!!」
力強い笑みを浮かべてギアペンダントを手にした翼は、その口から美しい旋律を奏で始めた。
「Imyuteus amenohabakiri tron」
再びシンフォギアを纏った翼は、臆する様子もなく訃堂へと立ち向かう。翼の動きは先程よりも良くなっているようだが、それでも訃堂は難なく翼をあしらっていた。
「フン、何を仕出かすかと思えば、先程と然程変わらぬではないか!」
訃堂が少し力を強めれば、翼は訃堂の攻撃を捌き切れずに吹き飛ばされてしまう。それでも翼はすぐに立ち上がると、その歌声と顔に浮かべた不敵な笑みを絶やす事無く再び訃堂へと挑んでいく。
「果敢無き哉、ただ無様に足掻いて恥の上塗りを繰り返すか。諦めなければ貴様の刃が儂へ届くとでも自惚れておるのか?この未熟者めが!」
「Exactly!!」
「!?」
何故そこで英語!?とでも言いたげに目を見開く訃堂の隙を突き、翼が僅かに訃堂の懐へと踏み込んで剣を振るう。
「確かに私はどうしようもなく未熟者だ!理想は遠く!果てしなく!!目指して歩む道筋が理想に繋がっているかさえ定かではない!!!」
「開き直るか!風鳴の一族として名を連ねる者が、未熟者の誹りを容受するなど…」
「だからこそ!!!」
「!!?」
訃堂の怒声さえも真っ向から跳ね返し、翼は訃堂が動揺した隙で更に一歩前へと踏み込む。
「未熟者であったからこそ、私はここまで進む事が出来た!果てなき道筋の中で仲間と出会い、足りないものを補い、長く険しい迷い道へと入り込んでも、共に進む者達がいてくれたから歩み続ける事が出来た!!もし私が邪魔なものを切り捨てながら突き進む事しか能の無い剣であったなら、とうの昔にポッキリ折れて終わっていた!!!」
翼が言葉を紡ぐ程に剣は勢いを増し、これまで避け切れなかった訃堂の刀を見切ったかのように躱してみせる。徐々に高まっていく翼からの圧に、訃堂の足が僅かに後ろへと引いた。
「調子に…乗るなああああ!!!」
それを誤魔化すように、訃堂が強く踏み込むと同時に振り下ろした刀が翼の剣を中ほどから断ち切り、勢い余って地面を深々と切り裂いた。
「そのような戯言で、貴様の剣の脆弱さを誤魔化そうなど…」
「フン!」
ゴシャア!!
「ぐおああああ!!?」
翼は訃堂の言葉に一切耳を傾ける事無く、断ち切られた剣を即座に投げ捨てると、地面にめり込んだ訃堂の刀の峰を足場に駆け上がり…訃堂の顔面に思い切り拳を叩きつけた。拳の勢いは衰える事無く、翼は二度三度と訃堂の顔や体に拳を振るい続ける。
「あはははは!果敢無き哉!!たかだか剣一つ断ち切った程度で、こうも容易く隙を晒すなど!!!」
「お、おのれ、小癪な!」
「せい!!」
「ぬおあ!!?」
笑いながら拳を振るう翼に、ようやく地面から刀を引き抜いた訃堂が反撃に転じようとした瞬間…あろう事か翼は、訃堂のまたぐらを蹴り上げ急所を狙ってきた。さしもの訃堂もその一撃を受ける訳にもいかず、片足を上げて翼の蹴りを受け止める。訃堂がバランスを崩している間に翼は新たな剣を展開させ、再び訃堂へと斬りかかった。
「な、何と手癖足癖の悪い!恥を知れ!!」
「あはははは!性格の悪いお爺様に恥を指摘される筋合いは無い!!」
普段の翼らしからぬ荒々しさと軽薄さに、訃堂はペースを乱され続けていた。八紘も笑いながら訃堂を攻める娘の姿に思わず呆然としてしまう。
「う、ううん…ここは…?」
「マリア君!目を覚ましたか!!」
「八紘兄貴!」
そうこうしている間に、訃堂の奇襲を受けたマリアが目を覚ました。それに続いて、向こうから緒川に肩を貸してもらいながら弦十郎も近づいてくる。
「弦!無事だったか!!」
「済まない、不覚を取ってしまった…親父は!?」
「そうだ、私は風鳴訃堂の攻撃を受けて…翼はどこ!?」
「二人共、落ち着いてください!風鳴訃堂と翼さんは、今そこで戦って…」
緒川に指摘され、ようやく戦う二人を認識した弦十郎とマリアは、加勢すべく傷ついた体を押して立ち上がろうとして…
「何処まで足掻けば気が済む!歌で世界など守れないと何故分からん!?」
「既に片手の指が埋まりそうなくらいには滅亡から世界を守ってきたわ!ここ数年の記憶さえ思い返せぬ程に朦朧したならとっとと隠居しろクソジジイ!!」
『!!?!?』
…翼の口から飛び出した暴言に、マリア達はピシリと固まってしまった。
「あ、あはは…私、どうやらまだ気絶しているのね?早く起きないと…」
「う、うむ、俺もどうやらまだ寝ているみたいだな?しっかりしろ、俺…」
「そうか、これが今際の際に見るという夢か…やはり私はあの弾丸を受けていたのだな…」
「皆さん落ち着いてください!現実です!!今あそこで翼さんが戦っていますから!!!」
あまりに信じられぬ光景を前にマリア達は夢幻だと思い込んでしまった。そうでなければ、悪い笑顔で相手を罵りながら攻撃を繰り出す翼の姿など説明がつかない。そんな事をするのは、まるで…
「あっはははは!凄いぞ翼!!まるでナナシみたいだ!!!」
本部で戦闘の様子を眺める仲間達さえもポカンと呆ける中、奏だけが豹変した翼の姿に腹を抱えて笑っていた。皆が理解及ばず困惑しているが、奏だけは朧気ながら翼の思惑を察していたからだ。
(きっと想いを全部ぶつけるために、ナナシのやり方を参考にしだんだろうな。あいつを真似て勢いをつけたら、これまで溜め込んでいたものが一気に流れ出たってところか?考え過ぎる翼には、それが意外と上手く嵌ったんだろう…多分、後で冷静になったら滅茶苦茶後悔しそうだけど)
そんな風に考えながら、奏は訃堂へと我武者羅に剣と言葉を叩きつける翼を眺めて優しく微笑む。まるで癇癪を起こす子供のような振る舞いをする翼の姿が、奏にはとても誇らしく思えた。
「お前は誰よりも長く、あいつの背中を見続けていたからな…翼」
「いつもいつも余計な事ばかりして!ここ数年以内に訪れた世界の危機を全て我々に丸投げしておいて文句ばかり垂れ流すな老害が!!」
「我が一族として護国のために培った力を、国連に良いように使われている分際で…!」
「知・る・か!国連も風鳴も関係ない!!私達は!私達の正義を貫くために積み重ねてきたのだ!!断じて貴様のためなどではないわボケジジイが!!!」
「ぬおおお!?」
鍔迫り合いの最中、翼が地面を蹴って舞い上がった土が訃堂の視界を塞ぎ、上げた足がそのままサマーソルトキックの要領で訃堂の顎を蹴り上げる。これまでに無く訃堂を押している翼だが、その胸の内からはこれまでの鬱憤が濁流の如く溢れかえっていた。
(まだ!まだ!!まだ!!!お父様や叔父様、そして私の積年の恨み!仲間を攫い道具としようとしている怒り!!全て叩きつけるには手足で小突く程度では生温い!!!ナナシならどうする!?どうすればナナシのように、天狗の如く伸びた訃堂お爺様の鼻をへし折る事が出来る!!?………はっ!!)
訃堂が仰け反る間に、アドレナリンが回って加速した思考で方法を思いついた翼は、バク宙を繰り返して訃堂から距離を取ると、そのまま空中へと跳躍して…
“炎乱逆鱗斬”
…これまでにない、最大規模の大技を放つ構えを取った。
「ぐっ…愚かな!そのような愚鈍な剣が、我が身に届くとでも思ったか!!」
大型アルカノイズのように的が大きいならいざ知らず、人間一人を狙うには規模が大き過ぎる。訃堂であれば容易く避けてしまうだろう。
「ほう?避けるのですか…訃堂お爺様、自分の後ろに何があるかさえお忘れのようですが、やはりボケたのではないですか?」
「何?……っ!!?」
翼の言葉に一瞬怪訝な反応をした訃堂だが…直後にその身を硬直させる。訃堂の背後には…先祖代々受け継いできた、由緒ある風鳴の屋敷が広がっている。
「き…貴様あああああああ!!!」
「あっはははははは!お父様、叔父様、緒川さん!仲間達の退避をよろしくお願いします!!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい翼!未来が屋敷の何処かにいるはずなのに、そんな大技を放ったら!!」
「案ずるなマリア!甚だ不本意ながら、訃堂お爺様の拘りと言う名の妄執は心得ている!雪音が垣間見た小日向を捉える仕組みがダイレクトフィードバックシステムと同じならば、相応の設備が必要なはずだ!であれば、まず間違いなく『屋敷の雰囲気にそぐわない』という素晴らしい理由で地下か離れに隔離されている!この屋敷を灰燼に帰したところで何一つ問題は無い!!」
「っ!!?」
訃堂が目を見開く、即ち図星である。実際に未来は屋敷の地下深くに作られた部屋に閉じ込められているため、屋敷を薙ぎ払ったとしても被害に遭う事は無い。
「翼、俺の部下達は撤退したぞ!」
「私の部下達も問題ない!」
「軽く見回りましたが、屋敷に人の気配はありません!」
困惑しつつもすぐに翼の意を察した弦十郎達が素早く部下達の退避を済ませる。それを聞いた翼は、ニヤリと笑って訃堂と屋敷を見据えた。
「訃堂お爺様…お覚悟はよろしいですか?」
「ま、待て!貴様正気か!?風鳴の一族でありながら、脈々と受け継いだこの国の歴史とも言えるこの屋敷を葬ろうなどと!!?」
「では、せっかくこの場に一族が集まっているのですから決を取りましょうか?私と訃堂お爺様、どちらの考えを支持するか…叔父様とお父様、どちらかお一人でも反対ならば、潔く引いて差し上げましょう」
翼が弦十郎と八紘にパチリとにウィンクを飛ばし、訃堂が翼を警戒しながら並々ならぬ殺気を二人へと放つ。訃堂の殺気を受けた二人は…フンと鼻で笑い飛ばした。
「表にアルカノイズが蔓延っていた以上、屋敷の内部にも隠れ潜んでいる可能性は充分にあるな?…お役所仕事はこちらに任せてお前の好きにしろ、翼!」
「門をぶっ飛ばす指示を出した時、正直かなりスカッとした。翼、お前も体験してみると良い!」
八紘が腕を組みながら訃堂を睨み返し、弦十郎は良い笑顔で親指を立てて翼を支持する。誰一人として当主である自分に従わない一族の者達に、訃堂は血管が切れそうな程の憤怒を露わにした。
「き、貴様ら…!」
「それでは訃堂お爺様…散華せよ!」
散華、仏教で華を散布して弔う供養。転じて死亡する事の美化表現。要するに『くたばれ、クソジジイ!』という意味だ。宣言と共に翼が遂に構えた大技を一切の迷いなく訃堂へと放つ。迫り来る蒼い炎を纏った巨大な剣を前に、訃堂は覚悟を決めて刀を構えた。
ズガシャアアアアアアアアアアア!!!!
「ふんぬあああああああああああ!!!!」
巨剣の一撃を訃堂がその手の刀で真っ向から受け止める。ビルさえも粉砕せしめる攻撃に流石の訃堂も押し返しけれず歯を食いしばって必死に踏ん張る。しかし巨剣の纏う蒼い炎は周囲へ広がり、訃堂の体と風鳴の屋敷を徐々に蝕んでいった。
「おのれ!おのれおのれ!!愚息共も愚娘も、揃いも揃って風鳴の面汚し共め!!!得体の知れぬ“紛い物”などに誑かされ、祖国を捨て国連の狗に成り下がり、あまつさえ先祖代々受け継いできた屋敷を葬ろうなど!何故そのような真似が出来る!?防人としてこの国を守り続けてきた先達が、血脈と共に受け継いできた誇りを!信念を!!無に帰すような真似が何故出来ると言うのだ!!?」
身を焦がす重圧に耐えながら叫ぶ訃堂の嘆きを聞き、翼は…深い溜息を吐いた。
「はぁ…何故、ですか…本気で分からないのなら、答えてあげましょう。それは…あなたのせいですよ、訃堂お爺様!」
「なん…だと…?」
「私とて、風鳴の一族として先達を敬う想いは持ち合わせている。国の未来を守る防人としても矜持も、誇りも…だが、私は風鳴の一族である前に『翼』という一人の人間だ。お父様も、叔父様も、風鳴の一族として受け継ぐ想いだけでなく、それぞれの想いをその胸に抱いている…しかしお爺様、あなたはそんな我々の『我』さえも、不要な異物として切り捨てようとした!」
「全てはこの国のため!貴様らを如何なる厄災からもこの国を守り抜く完全な防人へと育て上げるために…」
「それは一族の想いなどではない!あなた自身の独り善がりな『正義』を、私達に押し付けていただけだ!!」
「っ!?」
「かつて国のために血を流し命を礎としてきた先達も、きっと一族の想いとは別に、彼ら彼女ら自身の想いをそれぞれ抱いていたはずだ!受け継ぐ者達一人一人の想いを積み重ねたからこそ、風鳴は国の行く末を委ねられるまでに力をつけたのだ!!」
「何を根拠に、そのような世迷言を!」
「知れておろう!過去を受け継ぎ、現在を積み重ね、未来へ繋げる事で進み続ける…それこそが、数千年に渡って繰り返されてきた、紛れもない『人』の在り方であろうが!!」
「っ!!?」
「風鳴訃堂!あなたはそんな人として当たり前の事さえ忘れて、自らの命が尽きる前に風鳴を完全なる国の守りとして完成させ、それをそのまま次世代に受け継がせようと目論んだ!そのためには、一族の者に宿る『我』が邪魔になると考えたからこそ、お父様や叔父様を差し置いて、物心つかない私を後継に指名したのだ!そうやって徹底的にして完膚無きまでに、これより生まれる一族の『我』を削ぎ取る仕組みを作り出し、風鳴の血筋を未来永劫自らの生み出した完全なる国の守りを受け継ぐだけの方舟として利用しようと試みた!!違いますか!!?」
「っ…!」
翼の鋭い刃のような指摘に、訃堂は沈黙で返した。その身が炎に焼かれ巨剣の重圧に晒されようとも呪詛の如く一族を責め立てていたその口を今更閉ざす意味など、火を見るよりも明らかだ。
「そんなあなたの思い上がりこそが、ご先祖様がこの国のためを想って生み出した流れを断ち切った!遥か未来に、如何なる厄災にも抗う力を培って欲しいと願う先達の願いをあなたは踏み躙ったのだ!!風鳴訃堂!あなたこそが!!紛れもない風鳴の面汚しだ!!!」
翼が絶叫と共に剣を天へと掲げる。すると、風鳴の屋敷の上空に蒼いエネルギーで形成された無数の剣が出現した。
“千ノ落涙”
「あなたの妄執で穢れた風鳴の願いなど、受け継ぐつもりはさらさらない!そのような『呪い』は、風鳴の最後の一族として今ここで断ち切ってくれる!!」
「や、やめろぉおおおおおお!!!」
訃堂の絶叫も虚しく、無数の剣は炎に蝕まれる屋敷に豪雨の如く降り注ぎ…建物が崩れる轟音と共に、屋敷は剣の雨の中に飲み込まれるのだった。
先週お休みを頂いた上に翼vs訃堂はまさかの分割です。
弦十郎さんに続き翼さんをはっちゃけさせていたらドンドン興が乗ってしまいましたw
次回で綺麗に決着出来る…と思います。
ぽっと出の副社長さんは今のところ特に再登場の予定はありません。
邪神に気に入られ、気付かぬうちに増える信者に戸惑う洸さんをネタにしたかっただけなのでw