戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
時は少し遡り、リディアン音楽院でエルザが装者達を待ち構えている頃…市街地でミラアルクが人質の少女の首を片手に装者達の到着を待ち構えていた。
「……」
エルザとは異なり、ミラアルクはある程度街中で暴れて装者達の気を引くようにシェム・ハから命じられていたのだが…ミラアルクがアルカノイズをジェムから召喚した時、少女は運悪くその瞬間を目撃してしまったのだ。
当然と言えば当然なのだが、突如現れたアルカノイズの群れとそれを操るミラアルクを見た少女は、恐怖からその場にへたり込んでしまった。少女が自分を…怪物を見る目が気に障ったミラアルクは、衝動的に少女の首を掴み上げていた。そしてそのまま、腕の中で藻掻く少女の首をへし折らんと力を籠めて…
『殺意を煽ったのは確かに俺だ。だが、言われるがままにその手を血に染めたのはお前自身だ。こんな顔で躊躇いすらなく流血沙汰を起こすような奴が人と仲良くなりたいなんて言ったところで、誰が信じられる?』
「っ!?」
…脳裏に言葉と共に血に塗れた自分の姿が過り、ゴキリと首をへし折る音が聞こえてくる。それはミラアルクが少女の首をへし折った音ではない。かつて怒りに我を忘れて、感情に流されるままに自分達の怨敵の首をへし折ってしまった事を思い出したが故の幻聴だ。
『奪われた未来を取り戻す…御大層な事をほざいているが、お前らはただ過去の理不尽を免罪符に感情のまま暴れているだけだ。さも自分達には正当な理由があるとでも言うような態度で、全ては自分達をこんな体にした奴らが悪いと言うように怪物の力を行使する。だがな…その力を振るう事を選んだのは、紛れもないお前ら自身の意志だったはずだ』
「っ!!」
ギリリとミラアルクが歯を食いしばり、少女の首を掴んだまま動けなくなる。幻聴と共にその手に籠めていた力は無意識に緩めてしまっていた。ミラアルクはグッタリと気を失った少女にトドメを刺す事無く、しかし解放する事もしないまま、アルカノイズに指示を出す事も忘れてずっと佇んでいた。
『どれだけ強い決意や覚悟を抱いていたとしても、そこに理性が無いならそれはただの『衝動』だ。過去を根拠に衝動のままにしか現在の行動を選べないお前らの生き様はケダモノと大差無い』
(…ただ暴れ回るよりも、こうやって人質を抱えていた方があいつらは食いつくはず。だから、ウチの選択は間違っていないはずだゼ)
頭の中に響き続ける言葉によって動けない事を誤魔化すようにそう思考して自身の現状を正当化するミラアルク。するとそこに、一応はミラアルクの思惑通りに装者である翼とマリアが姿を現した。
ミラアルクを刺激しないためか、ギアを纏った翼とマリアは不意打ちなど仕掛けずに正面からゆっくりとミラアルクの元へと近づいていく。二人は行く手を阻むアルカノイズの群れの間合いギリギリまで近づくと、目の前のアルカノイズなど眼中に無い様子でミラアルクを睨む。そして、ミラアルクに首を掴まれている少女を一瞥した翼がミラアルクに剣の切っ先を突きつけながら静かに口を開いた。
「その子を放せ」
短く簡素なその一言に有無を言わせぬ感情を籠めて言葉を紡いだ翼は、一挙手一投足さえ見逃さないような鋭い視線をミラアルクへと向け続ける。それは翼の隣に立つマリアも同様であり、それはほんの僅かでもミラアルクが妙な動きを見せれば即座に戦闘の火蓋が切って落とされる事を意味していた。
「……」
ミラアルクは無言のままジッと翼達を見据えて動こうとしない。人質を救出するためミラアルクの出方を窺うしかない翼達は心の中の焦りを必死に抑えながらミラアルクを観察し続ける。徐々に緊張が高まる空気の中で、ミラアルクが取った行動は…
ブオン!!
「「!!?」」
…その手に掴んでいた人質を、無造作に放り捨てた。
翼の要求を飲んだと言うよりは、用済みのゴミを道へ投げ捨てるかのようなミラアルクの行動によって少女の体はかなりの速度で宙を舞い、そのまま固い地面へと叩きつけられる…
ボフン!!
「くっ!!」
…寸前、何処からともなく煙と共に姿を現した緒川によって少女は無事救助された。
「やっぱり居やがったか…」
“投影”の中でナナシと肩を並べて錬金術師の拠点を攻略し、ヴァネッサの追跡から逃げ切ってみせた緒川の存在に思い当たったミラアルクは、人質を使って緒川を炙り出す事を思いついていた。
「ウチが用があるのはシンフォギア共だけだ。そいつらが逃げないならソレはもう用済みだゼ。ただ、これ以上余計なのがウチの周りをウロチョロするようなら、全部『駆除』してからシンフォギアの相手をさせてもらうゼ?」
そう言ってミラアルクが路地の影に視線を向ける。そこには装者達のサポートをするために緒川の部下達が潜んでいた。
「緒川さん、後は我々に任せて」
「人質の安全が確保されるなら、私達も安心して全力を出せるわ」
「…分かりました。ご武運を!」
そう言い残して、人質の少女と共に緒川が一瞬で姿を消す。緒川の部下達も指示に従い、大人しくその場を離れていった。
周囲から自分達以外の気配が完全に消えたのを感じ取ったミラアルクは、自ら呼び出したアルカノイズの群れに近づくと…その腕を横薙ぎに振るってアルカノイズを消滅させてしまった。
「目印のこいつらも、もう必要無いんだゼ。さあ、始めようか?」
「…随分と、大盤振る舞いしてくれるじゃない?」
「一体何を考えている?」
人質まで取って自分達を誘き寄せておきながら、自らの優位をアッサリと放棄したミラアルクに翼達は怪訝な表情をしていた。
「フン、シェム・ハから力を授かった今のウチには、もはや賢しい手段も!全血清剤も!ダイダロスエンドも!お前達を倒すのに必要無いってだけだゼ!」
それが本心なのか、都合の悪い思考を誤魔化すための言い訳なのか…自分自身でも分からぬままに、ミラアルクは煩わしい思考を放棄して翼達を排除するために襲い掛かった。
「行くゼ!」
「っ!?」
羽を広げて一瞬の内にミラアルクがマリアの懐に飛び込んでくる。強化された禍々しい腕の一撃をマリアは咄嗟に三角形のバリアを展開して受け止めるが、ミラアルクの凄まじい力によってバリアには罅が入ってしまった。
「はあっ!!」
ミラアルクの動きが一瞬止まった隙に翼がミラアルクへと斬りかかるが、ミラアルクは難なく躱してみせる。間髪入れずにマリアも短剣で追撃を繰り出すが、またもや一瞬の内にミラアルクは二人の間合いから外れてしまった。今まで部分的に肉体を強化していたミラアルクだったが、シェム・ハの力によってその制限の無くなり、高い機動力と凄まじい怪力が両立した事で二対一にも関わらず翼達を圧倒していた。
ミラアルクが速度の乗った剛腕の攻撃を繰り出し、翼がギリギリで回避する。しかしミラアルクは素早い動きで翼に接近してその足を掴むと、グルグルと体を回転させて翼を振り回し始めた。
「っ!?」
「あっはははは!トロ過ぎて欠伸が出るんだゼ!!」
笑いながらミラアルクが翼を放り投げる。翼は何とか空中で態勢を立て直して建物の壁に足をつけるが、そこへミラアルクが拳を構えながら接近してきて…その瞳が怪しく輝いた。
「っ!?」
サンジェルマン達からミラアルクの情報を聞いていた翼は即座に剣でミラアルクと自分の視線を遮り、すぐさま跳躍して攻撃を回避する。ミラアルクの拳は建物の壁にめり込んで大きな亀裂を生み出した。
「生憎と、常日頃から心乱す
「良いだろう。怪物と完成したからには、小細工なんかには頼らないゼ!」
建物から拳を引き抜いたミラアルクが翼に真っ向から接近戦を仕掛ける。縦横無尽に飛び回りながら繰り出されるミラアルクの拳を翼は防ぐので精一杯…しかし、翼は一人で戦っているのではない。
「マリア!」
「っ!?」
翼の呼び掛けに応えるように、マリアが十字架状のエネルギーを放ってミラアルクを拘束してみせた。間髪入れずにマリアは短剣を構えて身動きの取れないミラアルクへと斬りかかる。
「オープン・バッド!」
しかし短剣が振り下ろされる寸前、ミラアルクの体が無数の赤い蝙蝠へと変化して拘束から逃れ、マリアの攻撃も空振りしてしまった。
「馬鹿な!?」
赤い蝙蝠の群れは翼達から少し離れたところに集まると、合体して再びミラアルクが姿を現した。そしてミラアルクは邪悪な笑みを浮かべながら、翼へと一気に近づいてその拳を振り下ろした。
「っ!?」
ガキィン!!
動揺から対処が遅れた翼にミラアルクの拳が直撃する…寸前、訃堂の屋敷から取り戻したナナシの“血晶”によってミラアルクの攻撃は無力化された。
「フン、あの男の守りか…だが!」
“血晶”の存在にミラアルクは動揺する事無く、寧ろ何故か笑みを深めて追撃を繰り出す。怪物と完成されたミラアルクの拳を二度受け止めた“血晶”は塵と化して消滅してしまった。
「くうっ!」
「翼!!」
アッサリと守りの要を破壊されてしまった翼をフォローしようとマリアが駆け寄る。しかしそこでミラアルクが急遽マリアへと狙いを定めて拳による攻撃を繰り出してきた。
「っ!!?」
ミラアルクの不意打ちを“血晶”が受け止めるが、所有者の認識外での防御でより多くの力を消耗した“血晶”はただの一撃でその力を使い果たしてしまった。
「あははははは!」
バキッ!ゴスッ!
「ぐふっ!」
「がはっ!」
“血晶”を失った翼達に、ミラアルクの攻撃が次々と命中する。翼達も必死に反撃を繰り出すが、素早い動きで回避されるか蝙蝠化によってすり抜けられてしまい、ダメージの積み重ねで動きの鈍くなった翼がミラアルクの攻撃を背後から受けて遂に倒れ込んでしまった。
「ぐ、う…!」
「翼…!」
「他人の心配をしてる暇はないんだゼ!」
「っ!!?」
ズドン!
翼が倒れた動揺でミラアルクから意識を外してしまったマリアに、上空からミラアルクが両足で飛び蹴りを叩き込む。強烈な一撃を受け、マリアも起き上がれなくなってしまった。
「か、は…!」
「あははははは!ウチらが力を授かったのは正真正銘の神様だゼ!?所詮は“紛い物”でしかないあの男の守りなんて屁でもないゼ!!」
マリアの体を踏みつけながら、自らの力を誇示するように高笑いを上げるミラアルク。シェム・ハから与えられたと言うその力は伊達ではなく、翼達は手も足も出ない程に追い込まれてしまった。
「何が『力と
まるでこれまでの鬱憤を晴らすように、ミラアルクが強者としてかつてのナナシの言葉を否定し始めた。
「御大層な事を自信満々に語っていたが、あいつがお前らと仲良しこよし出来ていたのも、全ては力を持っていたから…結局、運が良かっただけなんだゼ!」
「「!!?」」
止まらぬミラアルクの言葉に、地に伏した翼とマリアの体がピクリと震える。そんな事にも気付かないままに、ミラアルクはナナシを否定する言葉を紡ぎ続けた。
「持って生まれた力を振りかざして、何の苦労もしてこなかった奴がウチらに説教かますなんて片腹痛いゼ!何が他人への期待だ!!何がウチらのためだ!!!何でも出来る力で好き勝手に生きてきたくせに、弱く惨めに奪われ続けたウチらの事を知った風に語ってんじゃねえゼ!!!!」
ミラアルクも本心では理解している。最後まで他者を否定し続けた自分達の選択によって人間に戻れる好機を逃してしまった事を…しかし全ては手遅れであり、怪物として完成してしまった以上、もはやその道を貫く他に道は無い。ナナシに対する強い否定は、過去の過ちから目を逸らし、失った希望に対する未練を断ち切るためだ。
だが、それでも…ミラアルクは今一度、自らの行いについて考えるべきだった。自分の選択が、どのような結果をもたらすのかという事を…
ヒュン、と…強化された体の聴覚が、僅かに風が鳴るような音を捉えたミラアルクは、音に反応してほとんど無意識に体を僅かに傾けて…
ザンッ!!!
「っ!!?」
…そのほんの僅かな位置のズレによって、危うく自分の脳天を切り裂くはずだった剣が目前を通り過ぎ、驚愕でミラアルクは数歩後退った。
「なん…っ!!?」
その直後、足元から迫る白銀の輝きを視界の端に捉えたミラアルクは更に体を後ろに倒し、バク宙するようにその場を離れて空へと舞う。俯瞰して先程まで自分がいた場所を見た事でミラアルクはようやく…起き上がって剣を振り下ろした翼と、起き上がりながら短剣を振り上げたマリアの姿を確認出来た。
「ハ、ハハハ!まだ起き上がれたのか!苦し紛れの攻撃も、当たらなければ意味ないんだゼ!」
引き攣った笑い声を上げながら、ミラアルクはドクドクと脈打つ心臓を必死で落ち着かせていた。
強がりながらも理解している。先程の攻撃、自分の頭と喉を狙った一撃を…翼達は止める気が無かった。
「黙っていれば、聞いてもいない事をペラペラと…あまりに不快で喉を掻っ捌くところだったわ」
「神から力を授かった?逃げ惑った挙句に、転んだ先で偶々拾い上げた木の棒を振り回している程度の事を随分と都合良く捉えているのだな?頭の構造が気になって思わず開いて見たくなってしまった」
「何を…っ!?」
翼達の言葉に言い返そうとしたミラアルクが咄嗟に口を紡ぐ。思わずそうしてしまう程の凄まじい殺気が、翼達から自分へと向けられているのをミラアルクは肌で感じていた。
「何でも出来る力…?出来ない事の多さに頭を抱えて…来る日も、来る日も、何年間も…拷問紛いの方法で自らを痛めつけながら…培い続けたナナシの力を、何の苦労もなく、だと…?」
「持って生まれた力を振りかざして…?その力が、どんな結果を生み出すか分からないままに…自分の手でマムを殺して、私達に恨まれる可能性さえ受け入れて…言葉通り、心血を注いでマムの命を繋いでくれた彼の選択を…ただ運が良かっただけ、ですって…?」
ナナシが積み上げてきた努力を、抗いを、これまでの全てを否定するようなミラアルクの言葉は、これまでそれらに支えられてきた翼とマリアの心に並々ならぬ感情を湧き上がらせる。その想いは二人の胸の内を満たすだけに留まらず、逆境を覆す確固たる力を二人に齎した。
「なっ!?ば、馬鹿な!!?何でその力が!!?!?」
その光景を見ていたミラアルクが驚愕の声を零してしまう。白き鎧が漆黒へと染まり、禍々しい威圧感を放つその力は、既に失われたはずのシンフォギアの決戦機能…!
「イグナイト、だと!?魔剣の力も無いのに!!?」
ミラアルクの言う通り、魔剣の欠片をシンフォギアに組み込んだイグナイトモジュールはかつてのアダムとの決戦で失われてしまった。しかし魔剣の欠片の役割は、人が心の奥底に抱える闇を『増幅させる』だけ…例え呪いの魔剣など無くても、それに見合うだけの激情が胸に宿れば、決して不可能な事ではない。
それだけミラアルクの言葉は…翼とマリアに、魔剣の呪いを凌駕するほどの『怒り』を齎したのだ。
「はあっ!!」
「っ!?」
先程までとは比べ物にならない速度と力の籠った斬撃が翼の剣から放たれ、ミラアルクは慌てて回避に動く。しかし、それを予期していたかのように伸ばされたマリアの蛇腹剣がミラアルクを地面へと叩き落した。
「ぐあっ!?」
地面に叩きつけられたミラアルクに、翼の天ノ逆鱗が迫る。その名に相応しいだけの激情が籠められた強烈な一撃に、ミラアルクは咄嗟に蝙蝠化して数匹の蝙蝠を巻き込まれながらも何とか攻撃を凌いでみせた。そして蝙蝠が一箇所に集まり、再びミラアルクが姿を現して…
「っ!!?」
ズガァアアアアアアン!!!
…姿が戻った瞬間、咄嗟に地へ伏せたミラアルクの頭上をマリアの左腕から放たれた光線が通り過ぎた。苛烈な攻めの数々に、今度はミラアルクが防戦一方となっていた。
「「はああああああああ!!!」」
「くっ!?」
間髪入れず、翼とマリアが地に伏せて無防備なミラアルクへと斬りかかる。ミラアルクが咄嗟に強化した両腕の側面で二人の刃を受け止めるが、二人は異形の腕ごとミラアルクを斬り捨てんと言わんばかりの気迫でその手の刃を押し込み続けていた。
「ぐうううう!!」
二人の威圧感に飲まれかけていたミラアルクであったが、膠着状態の中である事を思いついた。
(そ、そうだゼ!今、
今、二人は自らの激情だけで魔剣の呪いに匹敵する力を行使している。その精神を少しでも乱してしまえば、自我を失った暴走状態に陥るはずだ。
そう考えたミラアルクは、今なお刃を振り下ろさんと力を籠め続ける二人の強い憤怒を宿した瞳に視線を合わせて…不浄なる視線を行使した。
((ブチ殺す!!!!!))
「がああああああ!!?!?」
シェム・ハによって強化されたはずの不浄なる視線でさえ、二人の心を欠片も震わせる事が出来ずにはじき返されてしまった。それは二人がそれ程までに確固たる意志を以って…ミラアルクに強い殺意を抱いている事に他ならない。
その事実に、ミラアルクの心がゾクリと恐怖を抱いたところで…遂に二人の刃が、ミラアルクの禍々しい腕へと僅かに食い込んできた。
「っ!?オ、オープン・バット!!」
再びの蝙蝠化によって難を逃れるミラアルク。それだけに留まらず、ミラアルクはこの状況を覆すため切り札の行使に踏み切った。
「調子に乗るのもそこまでだゼ!ここから先は、グランギニョールの幕開けだ!!」
蝙蝠の群れが翼達から離れた場所に群がっていく。それから間もなく蝙蝠の中から現れた『二つ』の人影…
「「そっちに代わって、こっちがユニゾン!」」
…ミラアルクに加わり、ミラアルクと瓜二つの真っ赤な分身がミラアルクと全く同じ動きで翼達へと構えを取った。
「タッグマッチバトルの始まりだゼ!」
本体と同等の力を持つ分身の作成…例えイグナイトの出力であっても、シェム・ハから力を与えられたミラアルク程の力は無い。数的優位さえ無ければこのまま押し切れるはずだと、ミラアルクは余裕を取り戻してほくそ笑んだ。そして再び追い込まれる事となった翼達がどんな顔をしているのかと、ミラアルクが視線を向けてみると…
「「ハン」」
…ミラアルクの切り札を見て、翼達は鼻で笑ってみせた。
「分身がたった一体だけか?ナナシならその百倍は余裕で出してみせるぞ?」
「着色もしてないなんて手抜きね?どっちが本体なのか丸分かりじゃない?まあ、それも仕方が無いのかしら?」
「ああ、比べるだけ酷と言うものだ」
「「所詮は『パチモノ』だからなぁ?」」
「っ!!?」
…先程の意趣返しとばかりに、ミラアルクの切り札を小馬鹿にしながら嘲笑する翼とマリア。実際には制限なく本体と同等の力を発揮出来るミラアルクの分身は、かつてナナシが目指した理想に限りなく近い能力なのだが、そんな事は知らないミラアルクはまんまと二人の挑発に乗って分身共々笑みを消して怒りを露わにしていた。
「良い度胸だ…すぐにそのニヤケ面を吠え面に変えてやるゼ!」
凄まじい勢いで駆け出したミラアルクと分身は、翼達が反応するよりも早く飛び出してその両足で二人の顔を挟み込むと、プロレス技でも仕掛けるように二人を頭から地面に叩きつけた。
「がっ!?」
「くっ!?」
その衝撃は凄まじく、二人の叩きつけられた地面は大きく亀裂が入り込んで二枚の岩が翼達を挟み込むように浮き上がった。
「はああああああ!!」
「はああああああ!!」
「「ばちこーん!!」」
するとミラアルクと分身が二枚の岩の裏にそれぞれ回り込み、飛び蹴りを放って本当に翼達を完全に挟み込んでしまった。少しして、二つの岩が砕けた中からダメージでよろめく翼とマリアが姿を現し、それを見たミラアルクが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「あはははは!それ見た事か!どれだけ大口を叩いたところで、てめえらじゃウチには勝てないんだゼ!」
やはり自分の考えは正しかったと上機嫌に笑うミラアルク。そんなミラアルクに対して、追い詰められた翼達は…
「「はぁ…」」
「!!?」
力を抜くように溜息を一つ零すと…何故か、せっかく発現させたイグナイトを解除してしまった。
「何でイグナイトを…遂に諦めたんだゼ?」
「そんな訳あるか…ただ単に、貴様に怒りを抱き続けるのが馬鹿らしくなっただけだ」
「!!?」
「借り物の力に酔って暴れる事しか出来ない子供相手に怒りに任せて拳を振るっても格好悪いものね?ここは一つ、寂しさを拗らせて人形遊びで満足しているあなたに見せてあげましょうか?本当のユニゾン…誰かと一緒に歌う楽しさってものを!」
イグナイトまで解除してしまっては力の差は歴然、勝ち目は薄いはず…しかし、ボロボロに傷ついても立ち上がる翼とマリアは、弱弱しさを一切感じさせない力強い笑みを浮かべていた。
「思い出すな?三人で立った初めてのステージ…」
「フフッ、あの時は私も心から歌を楽しむ事が出来なかったけど…今回は、あなたの隣を奏から掻っ攫ってしまうくらいに熱唱してみせようかしら?」
「ほう?随分と大きく出たものだな…生半な歌では、その場所は小揺るぎもしないぞ?何せ我ら両翼の歌は、“紛い物”の神が認めた世界を凌駕する歌なのだからな!」
「忘れたのかしら?私の歌だって、彼が世界を救えると信じて疑わない程の歌なのよ?」
互いに微笑み、軽口を叩きながら翼とマリアはまるでこの状況を楽しむように笑いながら武器を構える。自分に追い詰められていながら、まるで自分の事など眼中に無いようなやり取りをする二人に、ミラアルクは妙な苛立ちを感じずにはいられなかった。
「見せてもらうわよ!戦場に冴える、抜き身のあなたを!!」
その言葉と同時に、翼とマリアが歌を奏でながらミラアルクへと駆ける。
「「果てなき 強い この想いは! 譲れない 強い この想いは!!」」
マリアがミラアルク本体に短剣を振り下ろし、翼が分身に鋭い斬り込みで剣を振り下ろすが、短剣はミラアルクの腕で防がれ剣は分身に躱されてしまう。
「「誰にも 負けない 不死なるメロディー 輝けTrue heart!」」
それでも諦めず果敢に攻め込む翼とマリアに、ミラアルクと分身が全く同じ動きで拳を繰り出してきた。その力に二人は押し込まれてしまい、その隙にミラアルクと分身は足を強化して一箇所に纏まった二人へ追撃を叩き込む。
「全開した全力に!捻りと螺旋とねじりを加え!させるぜ回転!」
防御に徹して動けない翼とマリアの周りを、ミラアルクと分身が足を押し付けながらグルグルと高速で回り始めた。
「更に!ヴァネッサやエルザへの想いや、怒りとか悲しみ!諸々の気持ちを全部乗せし、爆発させるぜ!破壊力!」
その言葉の通り、スパークを撒き散らす程に限界まで高まったエネルギーが大爆発を巻き起こし、翼達を飲み込んでしまった。ダイダロスエンドにも匹敵するその威力に、ミラアルクは勝利を確信して…
「「イグニッション!」」
「っ!!?」
…煙の中から、黄金の輝きと歌声と共に現れた翼とマリアの姿に言葉を失った。
「「燃えなさい 人に 運命などない!飛びなさい 過去を 引き千切って!」」
アマルガムの輝きに守られた翼達は、黄金のバリアフィールドを解除するとその手の甲に黄金の華を咲き誇らせる。
「「行きなさい アツく 羽撃ち合う 響き伝う 奏で伝う 絆!」」
舞い上がった花弁が二人の手元に集うと、翼の右手には訃堂に打ち勝った蒼い炎を纏う七支刀が、そしてマリアの左腕には龍を模ったような籠手が展開された。
「「そう 涙 握りしめて!背負った全部 握りしめて!」」
翼の振り下ろした七支刀から蒼い炎を纏った斬撃が放たれ、マリアの籠手の龍の顎から赤い炎を纏った竜巻が迸り、ミラアルクと分身へと襲い掛かる。
「くっ!?オープン・バッド!!」
分身共々、再び蝙蝠と化してミラアルクが二人の大技を躱そうと試みる。
「「いま不死なる夢を羽根に 願う明日を共に飛ばないか? 天を焦がせ 歌えPhoenix song!」」
しかし、逃げ惑う蝙蝠の群れは次々と炎纏う竜巻へと巻き込まれ、逃げ延びた僅かな蝙蝠達もマリアの操る籠手や翼の斬撃に追い込まれ、最後は全ての蝙蝠を巻き込む大爆発の中に飲み込まれていった。
“至高善・薔薇X字”
爆発の晴れた後には蝙蝠一匹残っておらず、ミラアルクの消滅を確認した翼とマリアはギアを解除して互いに微笑みを向けるのだった。
そして…それを建物の影から見ていた、小さな蝙蝠と化したミラアルク本体は、ひっそりと飛び立ってその場から離れ始めた。
(クソ!クソ!!クソ!!!)
あれだけ力を誇示しながら真っ向からぶつかった結果、返り討ちにされて敗走する事となったミラアルクは心の中で凄まじい屈辱を感じていた。
(それでも、最後に生き残れさえすれば勝ちなんだゼ!力が回復するまで隠れる必要があるが、ジェムをばら撒けばエルザの援護くらいは出来るはずだゼ!)
翼とマリアに完膚なきまでに敗北したミラアルクであったが、未だに家族全員での勝利を諦めてはいなかった。
(そうだゼ!家族が無事なら、生きていればウチらは何度だって立ち上がってみせるんだゼ!!)
だから、今はどんなにみっともなくても、家族の元へと帰るためにミラアルクは逃げて、逃げて、逃げて…
「言ったであろう?その程度で、私が虚を突かれる事はないと」
「あっ…?」
物陰に隠れながら地面スレスレを飛んでいたはずのミラアルクの体は、空中で固まるようにピクリとも身動きが取れなくなっていた。ミラアルクのすぐ傍には、いつの間にか小さな剣がミラアルクの影を貫くように地面へと突き立っていた。
“影縫い”
そして、ミラアルクの前に…ギアを纏い直した翼とマリアが姿を現した。
「何で、バレて…?」
「以前のユニゾン特訓以来、偶にナナシとの実戦訓練をするようになったからかしらね?」
「ナナシと手合わせをする上で、残心を怠る事ほど愚かな事は無い。勝利を確信した時ほど注意深く周囲を探る癖が身に染みてしまっている。曖昧な終了宣言を受け入れてしまったせいで、どれだけ手酷いしっぺ返しを食らった事か…」
「本当にね…」
若干遠い目になった翼とマリアは、忌々しい記憶を振り払うように頭を振るうと、小さくか弱い蝙蝠となったミラアルクへ、冷たい視線を向けながら二人が近づいて行った。
「だから、ここでキッチリと…」
「勝敗を決めてしまわないとね?」
「ひっ!?」
剣を片手に持ち、銀の拳を握り締めて近づく翼達にミラアルクは恐怖で身を震わせてしまう。この状況はどう考えても…詰みである。
「うわああああああああ!!?た、助けて!助けてヴァネッサ!助けてエルザ!嫌だ!嫌だ嫌だ!!死にたくない死にたくない死にたくない!!!ヴァネッサ!エルザ!ヴァネッサ!!エルザ!!!」
唯一動かす事の出来る口でミラアルクは必死にここにはいない家族へと助けを求める。しかし当然ながら、その声を聞き届けてくれる家族はその場に存在しない。
「あああああ!!助けて、助けろよシェム・ハ!ウチはお前の眷属だろ!?助けて!助けてくれ!!この際訃堂のクソジジイでも構わない!!誰か!誰か!!誰かああああああ!!!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ミラアルクは生にしがみ付くため形振り構わず必死に助けを求め続ける。そんなミラアルクに対して、翼とマリアはゆっくりと剣と拳を振り上げて…
「ああああああああああああああああ!!!!!」
死を目前に、ミラアルクの頭にこれまでの記憶が走馬灯のように過っていく。当然の報いと言われても仕方がない自分達の所業、救いの無い苦痛の日々、そして…そして……
『飼い主として、ペットが健やかである事くらいは素直に祈っておいてやる』
…ほんの束の間に過ごした、“紛い物”のペットとしての日々。
「助けて…」
剣と籠手が振り下ろされる光景が、スローモーションのように流れる中で…自分達がこんな体になって、初めて経験した安らかな時間を思い出しながら…ミラアルクは都合が良いと分かっていながら、最期の瞬間を前に心から叫んだ。
「助けて…助けて、ご主人様あああああああああ!!!!!!」
「「喧しい!!」」
ゴン!ゴン!
「ふぎゅっ!!?」
そうして遂に振り下ろされた…剣の柄と籠手の一撃は、ミラアルクの頭に大きな大きなタンコブを二つ生み出したが…それだけだった。剣がミラアルクの体を両断する事も、籠手が頭をスイカのように叩き砕く事も無く、目の中にお星様を瞬かせながらミラアルクが見た翼とマリアは、剣を肩に担ぎ拳を腰に当ててヤレヤレと呆れたような顔でミラアルクを見下ろしていた。
「な…なん、で…?」
「フン、正直斬り捨ててしまいたい気持ちはあるが…ナナシのペットである貴様らを処分してしまうのは目覚めが悪い」
「その頭を叩き砕いてあげたいのは山々だけど…あの男に報復でどんな悪戯をされるか気が気でないから、今回だけは許してあげるわ」
そう言って、ギアと影縫いを解除した翼とマリアはへたり込むミラアルクの頭に手を置いて…傷口に塩を塗り込むように、頭に出来た大きなタンコブをグリグリと撫で始めた。
「ぐおおおおおおおおお!!?」
「どうせアレが帰ってきたら、これまで離れていた反動で周りを茶化して回るに違いないのだ。無為に散るより我々の防波堤として役立ってくれ」
「きっとしばらくは新しい玩具…いえ、ペットとして弄り回されるでしょうけど、慣れればそんなに悪くな…ゴホン、いえ、諦めがつくってものよ」
…つい先程まで、イグナイトを発現させる程の怒りと殺意を抱いていたにも関わらず、全てを許して再びS.O.N.G.で自分達を受け入れる前提で話を進める翼達に、ミラアルクは痛みと安堵でポロポロと涙が止まらなくなっていた。
ようやく頭から手を放した二人が、その手をミラアルクの前に差し出して来る。力無く垂れ下がっていたミラアルクの手が、導かれるようにゆっくりと持ち上がっていき…
「…もう、手遅れなんだゼ…!」
差し出された希望から、目を背けるようにミラアルクが顔を伏せさせると…それと同時に、破滅を告げる地響きが翼達へと襲い掛かった。
シェム・ハの思惑は次回あたりで明らかに出来るかもです。
本当はエルザ同様に原作の描写を多めに軽く流すつもりだったのですが、作者が『ブチ切れイグナイト』なる物を思いついてしまったためにミラアルク戦は一万字を超えてしまいましたw