戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
「だが断る!!」
自分を殺してくれと言うフィーネの懇願に対して、ナナシは即座に拒否の言葉を返していた。
「何でそんなお願いをするのか、なんていちいち聞くつもりは無い。大体察しは付く。その上で欠片も考慮してやるつもりはない。満足したなら、お前は俺と一緒に地球へ帰って一生罪を償うんだよ!」
「…罪を償う、ねぇ……ナナシちゃんは、本気で私に償わせる気があるの?」
ナナシの言葉に、フィーネは乾いた笑みを浮かべながらそう問いかけた。
「取引をしたとは言え、あなた達は月の破壊を目論んだ裏切り者の私にほとんど制限を施す事無く自由にさせていた。外出の制限こそあったけど、それも主な理由は私の生存を秘匿するためで、ナナシちゃんが“血晶”を作り出してからは碌に機能してなかった。精々監視役が数人付いて来る程度…『償い』なんて言葉で誤魔化しながら、これからもずっとそうやって私を『仲間』として扱い続けるつもりでしょう?」
S.O.N.G.はこれまで命の奪い合いを繰り広げる程に対立してきた者達を説き伏せ、引き込み、共に歩む道を模索し続けた。そんな姿を傍で見続け、時には協力してきたからこそフィーネは答えを聞くまでもなく確信している。このまま地球へ帰還した場合に自分を待ち受けているのは、過酷な断罪などではなく…これまでと変わらない、S.O.N.G.の仲間として過ごす日々だ。
「それがどうした?」
まるでその甘さを非難するかのようなフィーネの指摘に対して、ナナシは特に誤魔化す事無く…しかし何処か、空気を重くさせるような圧を放ちながら言葉を返した。
「痛みを伴わなきゃ満足出来ないか?苦しまなきゃ気が済まないか?お前の癖にケチを付ける気はサラサラ無いが…」
そう言ってナナシは、フィーネの前に“投影”で過去の出来事を映し出した。
『了子、あたしは…あたしはお前を許さない!!父さんを、母さんを、妹を、あたしの大切な家族を奪ったお前を、あたしは一生許しはしない!!!』
『だから…お前がバラルの呪詛の真相を突き止めた後は、その結果がどんなものだったかに関係なく、お前が奪ってきた命に対してできる償いを、お前の全てを掛けて、お前の残り全ての時間を使って償え!!!分かったか!!?』
『…分かった、わ』
それはかつて、フィーネと奏の間で交わされた約束だった。
「誰よりもお前を恨んで、憎んで、本当はその手で家族の仇を取りたいと願っていた奏が、それでも必死に悩んで辿り着いた『それ以外』の可能性を、他でもないお前が否定するつもりなら…お望み通り本気で断罪してやる。さっき神に披露した『ままごと』程度で済むと思うなよ」
奏の想いを否定する事に比べれば、“紛い物”にとってフィーネがこれまで積み重ねた罪など塵芥だ。故にその大罪を犯そうとするフィーネにナナシは殺意すら籠った怒気を向けながら答えを迫る。全身を貫かれるような圧迫感に晒されながら…それでもフィーネは、ナナシから目を背ける事無く言葉を紡いだ。
「別に、私の扱いに文句がある訳じゃない…寧ろ、こんな私なんかのために心を尽くしてくれている事には、感謝しかない…それでも…このまま地球へ戻れば、私はいつか…」
フィーネは一度言葉を途切れさせたかと思うと、意を決するように言葉を続けた。
「私はいつか…再びあなた達を裏切る事になる」
「……」
「きっといつか、私はあの御方に逢うためにまた動き出すわ。他の何を犠牲にしてでも…だから…」
「だから、今ここで決着を付ければ良いだけの話だろうが。そのために一旦表出ろって言ってんだ」
ナナシが苛立ちを隠さぬ様子で再びフィーネに外へ出るよう促すが、フィーネは寂しげな笑みを浮かべるだけで動こうとはしない。
「ナナシちゃんなら、本当に成し遂げてみせるでしょうね。でも、そのためにどれだけの時間をかけるつもりなの?今、シェム・ハが未来ちゃんの体を乗っ取って地球で暴れている…本当ならナナシちゃんは一刻も早く地球へ戻りたいはずよ。あの御方をここまで追い詰めたナナシちゃんと皆が力を合わせれば、きっとシェム・ハから未来ちゃんと地球を救う事が出来る。このお願いは『櫻井了子』の…あなた達の仲間としての頼みでもあるの」
そう言ってフィーネは…了子は、ナナシの顔にそっと手を添えながら、諭すような優しい声音で語り掛けた。
「月遺跡の最奥で最終防衛システムと交戦している間に、ナナシちゃんが存在を感知していた神は月遺跡から逃亡。私はそれを追いかけるために、戦闘のどさくさに紛れてデュランダルを盗んで宇宙の彼方に消えていった…例え疑われても、ナナシちゃんの言葉にならきっと皆は騙されてくれる。それで全て、丸く治まるはず…だから…」
バチィイイン!!
縋るような了子の言葉に対するナナシの返答は、了子の頬に平手を叩きつける事だった。
「大人しく聞いていれば…ふざけた事をペラペラと!!」
憤怒の表情で了子を睨むナナシは、そのまま開いていた手を握り締めて了子へと振り下ろした。
「何が俺達のためだ!結局自分のためだろうが!!それらしい理屈を並べ立てて、失意の果てに全てを投げ捨てて逃げようとしているだけじゃねえか!!?俺が絶対に追いかけられない場所に!!!」
一切の躊躇もなく、手心もなく、罵声と共に何度も何度もナナシが了子へと拳を振り下ろす。鎧は罅割れ、四肢はあらぬ方向へ折れ曲がり、顔を歪に歪ませながら…それでも了子は、苦悶の声一つ漏らす事無くナナシの暴力を受け入れ続ける。
「お前を殺してはい終わり、全部解決で済むならとっくにやっていた!俺達が…俺が何のために!!手間暇かけてお前をここまで連れて来たか!!!分かってて言ってんのか!!?」
『俺はただ、了子に生きて欲しかっただけだ』
そのために、あらゆるものを騙し、誤魔化し、欺いてきた“紛い物”に対して、了子が自らの命を差し出してくるなど…一体どんな皮肉なのだろう。
立つ事もままならなくなり、ナナシに胸倉を掴まれながらネフシュタンの力で体を修復する了子を…ナナシは投げ捨てるよう放り出した。
「もう良い。死にたいなら勝手に死んでろ。俺は一人で引き籠りのニート神を引き摺り出しに行く」
そう言ってナナシはデュランダルを手に了子へ背を向けて歩き出してしまった。そもそもナナシの策は了子の手伝いを必要としない。対して了子はその身に融合したネフシュタンによって自ら命を絶つ事など出来ない。完全聖遺物に対抗出来るのは、同じ完全聖遺物のみ…だからこそ了子は、デュランダルを持つナナシに自分を殺すように懇願したのだ。
自分がデュランダルを持ち出してしまえば了子にはどうしようもないと判断したナナシが、強引に話を切り上げて外へ向かおうとすると…その背に了子が縋り付いた。
「歌うわ」
ナナシが無理矢理了子の体を引き剥がそうと動くよりも早く、了子がナナシにそんな殺し文句を囁いた。
「数千年間、ずっと積み重ねてきた想い…私の全てを籠めて歌う。もう二度と聴く事が出来ない、完全聖遺物の一つや二つ程度捧げても惜しくないと思わせるような歌を、歌ってみせる。だから…お願いよ、ナナシちゃん…」
「っ…!」
苛立ちを露わに、ナナシが再び了子に拳を振り上げて…結局振り下ろす事が出来ずに、項垂れるようにゆっくりと腕を降ろしてしまった。
「何でだよ…満足したなら、もう全部忘れてしまえば良いだろう…声の一つも聞かせてくれない奴なんかのために、何でそこまで…!」
ナナシにはもう嫌と言う程に伝わっている。何を言ったところで、了子の意志は揺らがない事など…それでも、問わずにはいられなかったナナシのその問いに、了子はクスリと笑って答えた。
「ごめんね。女は…いえ、人は恋をすると、皆馬鹿になってしまうの…」
「…初めてだ。知りたくないと感じる感情なんて…」
「フフッ…それでも、人を知るには避けられない想いよ…ナナシちゃんも、いつかきっと理解出来るわ…」
「……」
そのまましばらくの間動かなくなった了子とナナシであったが…ナナシが根負けするように口を開いた。
「一度だけ、チャンスをやる。その一曲で俺の心を動かせたのなら、望み通りにしてやる。だが、それで駄目だったら大人しく俺と一緒に地球へ帰れ…誓えるか?」
「ええ、誓うわ」
了子が静かにナナシから身を離し、ナナシがゆっくりと了子へ向き直る。ナナシに了子を殺すつもりなどサラサラ無い。これまでナナシの心を震わせてきたのは生きるため、生かすために歌われてきた歌姫達の歌だ。自ら死を望むために歌う了子の歌などに、屈したりなどしない。絶対に…
そんな決意を固めるナナシの前で、了子は遂に口を開き、その歌声を響かせた。
『まぼろし?夢? 優しい手に包まれ 眠りつくような 優しい日々は今も』
「!!?」
その歌に、ナナシは目を見開いて硬直してしまった。
『儚く消え まるで魔法が解かれ すべての日常が 奇跡だと知った』
それはかつて、ナナシがたった一度だけ耳にした歌。『空っぽ』だったナナシを突き動かし、初めてその足を立ち上がらせた程の想いが籠められた歌…
『曇りなき青い空を 見上げ嘆くより 風に逆らって…輝いた未来へ帰ろう』
(何で…お前は…!)
それは誰かを生かすための歌。生きて欲しいと願う歌。絶対に死なせはしないと抗うための歌…生きる事を、諦めないための歌のはずだ。
それなのに…
『きっと どこまでも行ける 見えない 翼に気付けば 悲しみには とどまらずに 高く舞い上がれ』
(何でお前は、その歌に…そんな想いを籠められる…!)
かつてナナシがその歌から感じた想いと相反する…しかし、決して劣る事のない程に強い感情。そして、それを後押しするかのような…ナナシがこれまで感じた事の無い、凄まじい力の籠った感情が了子の歌には籠められていた。きっとそれが、了子を数千年もの間突き動かしてきた…了子の胸の内に秘める想いなのだろう。
『We are one 乗り遅れないで 時は 止まってくれない』
「……」
ナナシには、了子の歌に籠められたその想いが何一つ理解出来ない。自分を拒み続ける相手に何でそんな想いを抱き続けられるのか分からない。その想いが、自分を突き動かす歌姫達が歌へ籠める想いを超えているなど、決して認める気にはなれない。
だが…それでも…ナナシはその手に持ったデュランダルを頭上へと掲げて、その刀身にエネルギーを収束し始めた。
『今を生き抜く為に 私たちは 出会ったのかもしれない』
認めない、認められない…それでも、その想いを見ない振りなど…無かった事になど出来ない。“紛い物”は…歌にだけは、嘘がつけないのだ。
『君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ 止まらずに Sing out with us』
まるで泣いているかのような…しかしそれでも、その瞳に涙の無いナナシの顔を見て、了子は歌いながら安堵したように微笑んでいた。それで良い。自分のために流れる涙など必要ない。身勝手ではあるが、涙無き“紛い物”の在り方は、了子にとってこの上ない救いであった。
『側に居る Sing out with us』
やがて了子の歌は終わり…ナナシの手には臨界までエネルギーを収束させたデュランダルが掲げられていた。
「バイバイ、ナナシちゃん」
「さよならだ、了子」
笑顔で別れを告げる了子に、ナナシは泣きそうな顔で応えて…デュランダルを振りかぶった。
大きく一歩を踏み込んだナナシが…
頭上に構えたデュランダルをゆっくりと振り下ろし…
そこに籠められた膨大なエネルギーが…
了子の体を飲み込もうとする…
『待ってくれ!!』
ゴゴゴゴゴゴゴ…
…直前、何処からともなく声が響くと同時に…固く閉ざされていた月遺跡中枢の扉が、音を立てて開き始めた。
了子とナナシが扉を通って内部へと侵入すると、そこには月遺跡のコアと思わしき模様の刻まれた巨大な球体と…その真下に佇む、半透明の人影があった。
その姿を見た瞬間、了子は…フィーネは思わずと言った様子で人影に駆け寄り、その目前で立ち止まった。
「エンキ…!」
今にも泣きそうな顔でその名を呼ぶフィーネに、人影…エンキは、フィーネと同じように泣きそうな顔で微笑んだ。もっとも、フィーネは感極まった表情なのに対して、エンキはもっと複雑な…どちらかと言えば悲痛な面持ちをしている。
『ああ…本当に君なんだね、フィーネ…っ!?』
ブォン!ズガアアアアアアアアン!!
数千年ぶりの再会に、エンキがフィーネと言葉を交わしていると、凄まじい速度で飛来したデュランダルがエンキの体を貫き…すり抜けて、コアと思わしき球体を掠めながら奥にある壁に深々と突き刺さった。どうやら内部は外壁ほど頑丈ではないらしい。
突然の事態にエンキがフィーネから視線を外し、フィーネが振り返った先では…デュランダルを投擲したナナシが、全身から怒気を振り撒きながらエンキを睨みつけていた。
「何が『本当に君なんだね』だ、白々しい…とっくに分かっていただろうが!こんな土壇場になるまでダンマリ決めこみやがって!!」
今にも飛び掛かりそうな様子でズンズンとエンキへ迫るナナシに危機感を覚え、フィーネが必死にナナシを引き止めた。
「ちょ、ちょっとナナシちゃん!?落ち着いて!!?」
「うるせえ!止めんな了子!!お前が殺される直前まで動かなかったそこのヘタレ神をとりあえず一発殴らない事には腹の虫が治まらねえんだよ!!!」
『ヘ、ヘタ…!?』
「ナナシちゃん!!」
怒りに任せて神相手にとんでもない暴言を吐くナナシをフィーネが必死に諫めようとするが、ナナシは取り付く島もない様子で拳を握り締めながらエンキを見据えていた。
「待ってって言っているでしょう!?そもそもナナシちゃん、私の思惑を察していたから『お芝居』に付き合ってくれたんじゃないの!!?」
『っ!?…やはり先程までのやり取りは、俺の出方を窺うための演技だったのか』
その可能性を察していながら、まんまと誘いに乗ってしまったとエンキが頭を抱えていると…
ガシッ!!
『「!!?」』
…突如その矛先が切り替わったかのように、ナナシがフィーネの胸倉を掴んでその体を持ち上げた。
「ぐっ…!」
「了子…確かに俺は、お前が『天岩戸』に反応して三文芝居を始めたのは分かっていた」
天岩戸…日本の神話において、そこに引き籠ってしまった天照大御神の気を引いて外へ誘い出す有名な話である。故にフィーネは、中枢に引き籠るエンキが自らの意志で扉を開く事を期待して即興の芝居を打ったのだ。ナナシならきっと自分の思惑を察してくれると信じて、万が一にも盗聴されて演技がバレないように“以心伝心”でのやり取りすら控えていた。
そんなフィーネの思惑を、ナナシは正確に読み取っていた。唯一の誤算は…
「だがな…『もし本当に殺されたとしても構わない』って想いが気に食わなかったから、俺は本気でお前の考えを蹴り倒すつもりで芝居に乗ったんだぞ?」
…演技に紛れた本心さえ、ナナシには伝わっていた事だ。故にナナシも本気でフィーネの殺害を拒絶して…本気のフィーネの想いに屈したのだ。
「言葉も、想いも、全てに偽りが無い芝居なんて…本気と何が違うって言うんだ?」
「……」
「こんな引き籠りのヘタレを引き摺り出すために、お前が命を懸ける事になった…そんなお前の想いに、俺は敗北してデュランダルを構えた…だったら…俺がお前とそこのヘタレに本気で怒って何が悪い!!」
『……』
「あんな奴のために、何でお前が…あんな奴のために……ろうは………」
「……」
尻すぼみするように言葉が小さくなっていき、最後は蚊の鳴くような声で何かを囁いたナナシは言葉を途切れさせて…能面のような無表情となったナナシは、フィーネから手を放してポツリと呟いた。
「もう良い…これ以上お前らに付き合ってられない…何でも良いからさっさと終わらせてくれ…」
そう言ってナナシはゆっくりとエンキの横を通り過ぎると、壁に突き刺さったデュランダルを回収して不貞腐れるように床へと座って漫画を読み始めてしまった。
そんなナナシの姿に、フィーネとエンキの両者はいたたまれない想いを抱いてしまった。フィーネはナナシに謝罪の言葉をかけようとして…しかし途中で意識を切り替え、エンキとの対話に集中する事にした。
(謝罪なんて後で幾らでも、一生をかけて伝え続ければ良い。ナナシちゃんのためを思うなら、一刻も早く地球へ戻る。そのためには…)
「エンキ…私はあなたに逢うため、私の想いを伝えるためにここまで来た。それをきちんと成し遂げるためにも、まずは聞かせて欲しい…あなたが何故、私を避け続けたのかを」
フィーネも流石に察していた。エンキが頑なに避けていたのは外部からの侵入者ではなく…フィーネ個人である事を。
月遺跡の役割が本当にシェム・ハの封印ならば、月遺跡を管理する神の存在を人類に秘匿する意味はほとんどない。直接的な接触はしないにしても、月遺跡からの排除が困難なら対話による交渉を試みて然るべきだ。存在を確信されている上に、シェム・ハが既に復活しているなどと言う情報を開示されては猶更だ。ナナシがイレギュラーな存在である事を差し引いても、神の対応はあまりに不自然過ぎる。
極めつけは、守護者を通じて接触した際のフィーネに対する反応…フィーネを庇うような動きをした上で対話に応じない態度を見れば、神がフィーネとの接触を避けようとしているのは明らかだ。
『…叶うならば、君が彼の提案に乗って地球へ帰還してくれる事を願っていた。俺の…エンキの事など、全て忘れて…』
真っ直ぐに自分を見つめるフィーネの視線を受けて、エンキはようやく観念したかのように口を開いた。
『ここは観測ベース・マルデューク…ネットワークジャマー・バラルの中枢。そして今、君と対話しているこの俺は、オリジナル・エンキの意志をトレースしたオペレーティングシステム…』
「!!?」
その言葉に目を見開いて硬直するフィーネに、エンキは…エンキを模した存在は、互いにとって最も残酷な真実を開示した。
『君がかつて言葉を交わした本物のエンキは、数千年前…ネットワークジャマー・バラルを起動した直後に、亡くなっている』