戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
何処かの荒野の上空で、緑と銀色の飛行物体が幾度も衝突しながら高速で動き回っていた。それはかつて人類を生み出した神々同士の争い…エンキとシェム・ハによる一騎打ちの光景だった。
『シェム・ハ!お前の目論見は潰えた!これ以上の抵抗は無意味だ!』
エンキとシェム・ハが腕に展開したブレードが衝突する度に凄まじい衝撃が発生し、放たれる光弾が大地へ落ちると爆撃でも起きたかのような熱と衝撃でクレーターが生み出される。そんな攻防の果てに、遂にエンキがシェム・ハを地面へと叩き落して追い詰めようとしていた。
『業腹な…だがエンキ、貴様の言う通りかもしれぬな』
『ならば!』
『故に、である!』
シェム・ハがエンキに向けて銀の光線を放つ。咄嗟にエンキが防壁を展開して光線を防ごうとするが、僅かに防壁を突破した光線がエンキの左手に触れてしまった。
『ぐああああ!』
『快哉だ!行く道を悉く阻む貴様だけは、この手で屠らねば溜飲が下がらぬ!』
光線に触れたエンキの左手が、指先から徐々に銀へと変貌し始めた。
『このままでは…!』
あっという間に肘まで銀と化した自分の左腕を見たエンキは…ブレードを使って自らの腕を切り落とした。
『腕を捨てて、命を拾うか!?』
驚愕するシェム・ハ目掛けて、エンキは一気に加速しながら降下していく。シェム・ハも最後の力を振り絞るようにブレードをエンキへと振り上げて…両者のブレードが互いの体を貫いた。
『ぐっ…!』
『ぬう…!』
エンキのブレードはシェム・ハの胸部中心を貫き、確実に心臓を穿っていた。対するシェム・ハのブレードもエンキの胸部を貫いているが、僅かに中心を外れている。深手ではあるが、ギリギリ致命傷を免れたようだ。
『ゴフッ…ならば我は、命を捨てて未来を拾おう…さらばだ、エンキ…』
そう言い残して、シェム・ハは完全に息絶えたようにパタリと動かなくなった。
『後は、ネットワークジャマーを作動させれば…』
シェム・ハの体からブレードを引き抜いたエンキは、傷ついた体を引き摺るように遠目にそびえ立つ建物へと向かって歩き出した。
『済まない、フィーネ…』
…そんな譫言を呟きながら。
『…これが、シェム・ハと相打ちとなったオリジナル・エンキが、地球からネットワークジャマー・バラルの起動命令を送った際に共に送信された、彼の最期の記録だ』
月遺跡の中枢で、ナナシの“投影”のように過去の映像を空中に表示させながら、エンキ…エンキを模した存在はフィーネに真実を伝えていた。
「そん、な…」
『済まない…シェム・ハを討ち、封印するためにネットワークジャマー・バラルを起動させた俺達には、全てを説明するだけの時間も…言語も…もはや失われて…統一言語を元に文明を築いた人類が、ネットワークジャマーによって壊滅的な被害を受ける事など予想は出来ていた…それでもシェム・ハから人類を守るには、他に方法が思いつかなかったんだ…』
茫然自失で佇むフィーネに、エンキを模した存在は懺悔のような言葉を口にした。
『千年単位でネットワークジャマー・バラルの維持するためには、機械的な対応だけでなく柔軟に状況判断が可能なシステムを置く必要があった。生き残った人類が惑星を飛び出してここまで辿り着く事や、俺達と近しい存在がこの惑星を訪れて何らかの形でシェム・ハに接触してしまう可能性があったからだ。それらの存在に対して、当事者に近い形で交渉、場合によっては対象を排除するために生み出されたのが、この俺…オリジナル・エンキの人格をほぼ完全にトレースした管理システムだ。つまり…俺はまさに今のような状況のために生み出された存在だった。君達のようにこのマルデュークを訪れた者に、シェム・ハの脅威を伝えるための…だが…』
自らの存在意義を放棄してまで、エンキを模した存在が徹底して自らの存在を秘匿した理由は…
『フィーネ…俺は、君の前に姿を現す事が出来なかった…いつか、真実を知った人類から非難を受ける覚悟はしていたはずなのに…君の姿を見た途端、どうしようもなく恐ろしくなった…他でもない君から、俺達の犯した罪を追及される事が…そして…それ以上に……』
もはやエンキを模した存在は、フィーネを見る事さえ辛い様子で、その手で顔を覆い隠してしまった。
『君の目的が…オリジナル・エンキとの再会だと察してからは…絶対に、逢う訳にはいかないと思った…使命を放棄してでも…ここにいる俺は、偽物で…君が望んだ、本物のエンキはもういないだなんて…その真実を知って、傷つく君の姿を、見たくなかったんだ…済まない…済まない…許してくれ……フィーネ……』
「……」
遂には膝を付き、床に蹲りながら謝罪を繰り返すエンキを模した存在を前に、フィーネは感情の行き場所を見つけられないように虚ろな顔で佇む事しか出来ないでいた。そうやってしばらくの間、重苦しい沈黙が場を支配していると…唐突に、パタンとナナシが漫画を閉じる音が響き渡った。
「終わったのか?」
深く気持ちの沈んだフィーネ達に一切配慮する様子の無い淡々としたナナシの問い掛けに、フィーネ達は反応する事が出来ないでいた。するとナナシは、フィーネの顔を真っ直ぐに見つめながら再度口を開いた。
「これで終わりで良いんだな?…了子」
念を押すような…或いは、何かを探るようなナナシの問いに、フィーネは虚ろな意識の中でその答えを見つけようとしていた。
(これで、終わり…)
フィーネの脳裏に、これまでの記憶が走馬灯のように流れていく。神々によって生み出され、巫女として言葉を交わす内にその胸にかけがえのない想いを抱き、それを伝えられないままに別たれて…それでも、いつかその想いを伝えるために抗い続けた日々。
(だが…そんなものには、何の意味もなかったのだ…)
抗うと立ち上がったその時には、もう全てが遅かったのだとフィーネは知った。今日まで自分が歩んだ道筋は、想い人が必死に残した希望を踏み躙る愚かで無意味なだけの日々だったのだと悟った。そんな日々も、真実を知った今日で終わり…
(ナナシの言う通り、これでもう、全てが終わり…)
『この世界の神様って、月にいるのか?』
「ッ!!」
その言葉が脳裏に過った瞬間、フィーネがハッと顔を上げて…目の前で蹲る、エンキを模した存在を見た。
「……」
突如として、その瞳に光を取り戻したフィーネは、震えながら蹲るエンキを模した存在に対して…意を決したように言葉をかけた。
「
『!!』
真実を告げたはずなのに…それでも尚、その名で自分を呼ぶフィーネの声に、エンキを模した存在がゆっくりと顔を上げる。フィーネの言葉に、痛みを堪えるような…それでいて、極々僅かに希望を抱くようなその瞳を見て、フィーネは思わずフッと微笑んでしまった。
フィーネはかつてカ・ディンギルの完成を目前に、特異災害対策機動部二課を去ろうとした夜にナナシと交わした会話を思い出していた。
『最初は、月から降り注ぐものに籠められた感情が何か分からなかった。だけど、二課の皆と一緒に過ごしていて、あいつらの周りに溢れる感情を知ってから、これが『守りたい』とか『助けたい』に近い感情だって気が付いた』
『あの月から感じる感情と了子が月に向ける感情、全然違うはずなのに…ほんの少しだけ、同じ感情が混じっているのに気が付いたんだ』
『…『逢いたい』、だな。多分』
ナナシが…
であれば…目の前で後悔と懺悔に蹲るその存在が抱く想いは、決してただの模倣などではない。その胸の内に宿る想いは、“紛い物”が認めた紛れもない本物の感情だ。
そんな感情を抱く事が出来るならば…
『言葉も、想いも、全てに偽りが無い芝居なんて…本気と何が違うって言うんだ?』
…それはもう、本物と何が違うと言えるだろうか。
都合の良い解釈かもしれない。失意の果てに見出した、逃避と思われるかもしれない。それでも…だとしても…
「私はあなたに…伝えたい想いがあります」
…目の前にいるのは、紛れもない『エンキ』なのだと…フィーネは心から信じる事が出来た。
『フィーネ…違う、俺は…っ!?』
しかし自らを模倣と認識するエンキは、その想いを受け取る資格など無いとフィーネを拒絶しようとして…自分達の背後でデュランダルを構えるナナシに言葉を失った。
「これ以上、くだらない言い訳で了子の想いから目を逸らすなら…了子ごとお前の
『!!?』
「俺は既に、了子から命の対価を受け取った…躊躇うと思うなよ?」
「フフッ…」
躊躇なく自分と想い人の命を楯に退路を断つナナシと絶句するエンキに、フィーネは思わず笑みを零してしまった。想いを伝える事に何処までも必死で、全力で、手段を選ばないナナシの姿に呆れつつ…そんなナナシにどうしようもなく感謝していた。
そうして遂に、フィーネは意を決して胸に抱き続けた数千年越しの想いを伝えるために口を開くのだった。
「エンキ…私は、あなたの事を…」
告白の覚悟決めさせるだけに一話使ってしまったw
次回はそれなりに話が進められる…予定です。