戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
突如としてカ・ディンギルの攻撃に見舞われた月遺跡のナナシ達。その威力は不完全であっても絶大であり、月遺跡の防御機能とナナシの“障壁”で受け止めている間も、その余波が遺跡全体に甚大な被害を与えていた。
そして月遺跡の防壁とナナシの“障壁”を貫いたカ・ディンギルの攻撃は、そのまま月遺跡の中枢へと迫り…
「…なん、とか…凌いだな…了子…」
「ええ…今度ばかりは、もう駄目かと思ったわ…」
…中枢の手前に展開された、空間の裂け目の中へと消えていった。
ナナシが“障壁”を展開する直前にフィーネへと投げ渡した『聖遺物』…“収納”に保管していた『ソロモンの杖』を、ネフシュタンの鎧と融合したフィーネが使用する事でその出力を増幅させ、かつて暴走したネフィリムを隔離した時と同様にバビロニアの宝物庫に繋がる亜空間にカ・ディンギルの攻撃を隔離する事に成功したのだった。
何とか危機を脱したナナシ達が安堵したのも束の間…
『マ、ズイ(ザザッ)…!』
立体映像で表示された体をノイズで乱しながら、エンキが焦ったようにナナシ達に現状を伝えてきた。
『先程展開した防御機能によって(ザザッ)…マルデュークのエネルギーが一時的に枯渇(ザザザッ)…マルデューク自体にも甚大なダメージが…現状では、ネットワークジャマー・バラルを維持する事が…!!』
激しい攻防を繰り広げていたシェム・ハとキャロル、サンジェルマン達であったが、突如放たれた一条の光が月へと昇っていく光景に全員が動きを止めてしまった。光は瞬く間に月へと至り…しばらく経っても何の変化も起こらない事を確認して、キャロルとサンジェルマン達はフッと安堵の息を零してしまった。
しかしそんなキャロル達とは相反して…現状の劇的な変化を感じ取ったシェム・ハは、歓喜の笑みを浮かべていた。
「アハハハハハハ!分かる!分かるぞ!ネットワークジャマーが…忌々しきバラルの呪詛が消え去ったのが!!」
「「「「!!?」」」」
シェム・ハの言葉にキャロル達が目を見開いていると、遥か遠くの月ではなく自分達の周囲に異変が起き始めている事に気が付いた。
キャロル達が必死の想いでシェム・ハの気を引き、ユグドラシル本体からある程度距離を離す事が出来たにも関わらず、各地に現れたユグドラシルの端末が再び動きを見せ始めたのだ。それは即ち、バラルの呪詛から解放されたシェム・ハはもはや人類のネットワークを利用せずともその意志だけでユグドラシルに干渉が可能になったと言う事だ。
急速に成長を遂げたユグドラシル端末は、遥か上空でその先端を枝のように横へと伸ばしていくと、各地のユグドラシル同士と連結させ、瞬く間に惑星全土を包み込んでしまった。そして全てのユグドラシルからエネルギーが放出され、地球全体の空が禍々しい赤色に染め上げられてしまった。
「胸躍る!さあ、ユグドラシルにて、全ての在り方を改造しよう!!フフフフ…アッハハハハハ!!!」
バラルの呪詛と言う最大の障害を取り除き、シェム・ハが悲願を目前に高笑いを上げていると…
バァアアアン!!
…隙だらけのシェム・ハにサンジェルマンが放った弾丸が命中して、頭部の鎧の一部が砕け散った。
「…まるで興が冷める」
ダメージの無効化によって鎧は一瞬で修復されるが、先程まで上機嫌だったシェム・ハはひどく苛立っているようだった。それは悲願達成の喜びに水を差されただけでなく…この期に及んでサンジェルマン達の瞳に宿る闘志に些かも衰えが見えないからだ。
「何故まだ抗おうとする?もはや貴様らがどれだけ足掻いたところでユグドラシルは止められぬと言うのに…」
「生憎と、絶望的な状況の一つや二つ程度で全てを投げ捨てられるような性分ではなくてな?既に数百年に渡って神の支配に抗うために足掻いてきたのだ…最後まで足掻き続けてみせるさ」
シェム・ハの圧に臆することなくそう言い切ったサンジェルマンは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「それに…どれだけ絶望が溢れかえろうとも、希望の光を見失わなければ歩み続けられるのが人間と言うものだ。あれほどハッキリと見せつけられては、立ち止まる訳にもいくまい?」
「そんな無様を晒しては、後にどんな悪戯が待っているか…考えるのも恐ろしいワケダ」
「色々お膳立てされた上でよろしくお願いされちゃったんだもの。ここで引いたら女が廃るってものよ!」
サンジェルマンに続き、プレラーティとカリオストロもシェム・ハの前に立ち塞がる。絶望の中に輝く希望…カ・ディンギルの直撃を受けたにも関わらず、変わらず在り続ける月を見上げる三人に、シェム・ハは更に苛立ちを募らせていた。
「フン、あの低俗な“
「ハン!諸々手を回した挙句に討ち損ねておいて良く吠えるワケダ」
「ミスったくせに全能アピールでマウント取るゴッドとか超ウケるんですけど~?」
ズガアアアアアアアン!!!
プレラーティとカリオストロの煽りに、シェム・ハは無言のまま光弾を撃ち放ってきた。慌てて散開しながら逃げ回る三人をシェム・ハは執拗に追い詰めていく。
「いずれにせよ、貴様らがあの“
もはやシェム・ハにサンジェルマン達を逃がすつもりもなければ、ユグドラシルが起動した今となってはこの地球上に逃げる場所などない。そもそもサンジェルマン達は自身の命と引き換えにシェム・ハと相対出来るだけの力を引き出したのだ。どう転んだところでナナシの帰還まで生き延びる事など…
「!!?」
そこまで考えたところで、シェム・ハはピタリと動きを止めてしまった。
(何だ?この違和感は…)
命と引き換えにサンジェルマン達が得た力は確かに目を見張るものだった。シェム・ハが完全に力を取り戻していない現状でも圧倒的であった力の差を、キャロルと連携する事で補い合いながら、サンジェルマン達はシェム・ハがユグドラシルを操作する上で邪魔だと思う程度には喰らいついてきていた。
そのような連携をこれまでずっと…既にそれなりの時間が経ったにも関わらず、自分の命が燃え尽きていくのを感じながら一切乱す事無く続けてきた。
(決死の覚悟…にしては、あまりに自然体が過ぎる。如何に体を作り変えて数百年を生きながらえようと、元は定命の者が差し迫る死を前にこうも心を乱さずにいられるものだろうか?)
しかし、サンジェルマン達の力は本物である。歌を奏でると同時に増大したその力は、それこそ命を引き換えにしなければ神には届かぬ程の…
(いや、待て!)
そこまで考えたシェム・ハは、ようやく自分が騙されていた事に思い当たった。
歌を奏でると同時に増大する力…それはその身が依り代とする少女にとって馴染み深い現象。歌の力で聖遺物の力を引き出すシンフォギア。そして、その力を最大限にまで発揮させる滅びの歌…『絶唱』。
「燃やしているのは、命ではない…」
本来命の危険と引き換えに行使される絶唱を、異なる代償によって自在に行使して…とある存在との出会いを切っ掛けに、その代償からも解放された者が目の前にいるではないか。
「『想い出』の、焼却…!」
キャロル・マールス・ディーンハイム…自らの研鑽した錬金術によって、たった一人で世界と渡り合った稀代の錬金術師。
もしもサンジェルマン達が扱うそれが、キャロルの奥義とも言える秘術と同じものだと言うのなら…そこから導き出される答えは…!
「己の知識を…他人に譲り渡したと言うのか!?」
「ようやく気付いたのか?神とは言っても、頭の巡りはそれ程でもないのだな?」
その答えを肯定するように、キャロルはシェム・ハを嘲るようにニヤリと笑ってみせた。
「愚かな。錬金術師にとって知識は命よりも重いと宣っておきながら、それを容易く翻すなど…少々貴様の事を高く見過ぎていたようだ。所詮は人間、尊厳の一つも守れぬとはな…」
未来の記憶から、シェム・ハはそれが錬金術師にとっての禁忌である事を知っている。如何に神である自分へ抗うためとはいえ、自らの矜持を曲げたキャロルにシェム・ハは侮蔑の視線を向けていた。
「ハン!どうとでも言うが良い!貴様如きの評価など、オレには何の価値も無い!」
「!!?」
しかしキャロルは、そんなシェム・ハに対して堂々とそう言い切ってみせた。
「確かにこいつらへオレの知識をくれてやるのは忸怩たる想いであった!だが、私は誓ったのだ!今度こそ、パパの想いに沿って『世界を識る』という命題に向き合うと!そして…オレは自ら課したのだ!あの男の在り方を、必ず解き明かしてみせると!生涯に渡って解き明かすべき命題を二つも抱えた状態で、回り道などしていられるものか!」
キャロルとて、この選択に悩まなかった訳では無い。数百年に渡って守り通してきた矜持を捨てる事は、その知識を受け継いできた者…自分の父親に対する侮辱でもあるからだ。
それでも…自分が悩んだ末に選んだその選択を、パパならきっと笑って許してくれるとキャロルは思った。そう思えるようになった自分を、きっとパパは誇りに思ってくれると…その誇りを得られるのならば、これまで一人きりで守ってきた矜持など安いものだ。
「それに、貴様は勘違いしている。彼女は一方的に我々へ知識を譲り渡したのではない。我々は互いの知識を『共有』したのだ」
「何…?」
「等価交換…とは、少し異なる。パヴァリア光明結社で数百年に渡って共に研鑽を積み重ねた私達でさえ、互いに秘匿していた知識はあった。我々錬金術師にとってそう言った知識は、唯一無二の価値を持つ。そこに優劣などは付けられない。だが、共同研究を進める中でキャロルから知識提供の話が出た時、私達は誰が言うでもなく自分達の知識を開示する事を選んだ…きっとそれが、我々が望む未来に進むための正しい選択だと信じて」
そう言って微笑むサンジェルマンと、苦笑するカリオストロ、そっぽを向くプレラーティ。それぞれ異なる反応ではあるが、彼女達もキャロルと同じようにこれまでの錬金術師としての在り方を見直し、新たな道を模索しているようだった。
「下らぬ…何が望む未来だ!誇りを捨ててさえ我を僅かに留める事しか出来ぬ貴様ら如きに、一体どんな未来が描けると言うのだ!!」
サンジェルマン達の選択をそう一蹴して、シェム・ハが再び攻撃を放とうとした、その時…
『それはもう!神様の度肝を抜くようなビックリドッキリな未来に決まっているではないですか!!』
「!!?」
突如として、何処からかそのような声が響き渡ると…その直後に、空がガラスのように罅割れて砕け散った。
「何だ、あれは…!?」
『さあ!世界よ、喝采しなさい!!英雄の帰還を!!!』
砕け散った空の裂け目から、巨大な何かがゆっくりと姿を現す。名状し難い形状のそれを一言で表すなら…『ガラクタの寄せ集め』だった。
中核を成すのは、球体状の建造物…それは突如として各国機関の前から姿を消したフロンティアの一部であった。奇妙なのはその上部に、フロンティアと比較しても引けを取らない巨大な人の上半身…見間違いでなければ、レイアの妹であるレナが埋め込まれている。
そんなフロンティアに組付けられているのが、かつてバルベルデ共和国に出現した巨大浮遊戦艦…翼によって中程まで切り裂かれた断面を広げて、フロンティアを無理矢理捻じ込むようにくっ付けたかのような、歪でみすぼらしい何かが上空を漂っていた。
『我らがB.E.A.T.の本部…亜空飛行戦艦『テセウス』!神を相手にド派手な初陣を飾ってやろうではありませんか!クククク…アッハハハハ!!』
あまりに異様な姿に、神の目さえも釘付けにする船の主…ウェル博士の笑い声が、変貌しつつある世界に響き渡るのだった。
『テセウスの船』と言う、有名なパラドックスが存在する。
かつての英雄が成した偉業を称えるため、人々はその英雄が使用した船を保存して後世へと受け継いできた。しかし長い時の中で船の部品は朽ちていき、その都度部品を交換してきたその船はただの一つとして当時の部品が残されてはいなかった。果たしてその船は、かつて英雄が乗った船と同じ船だと言えるのであろうか?
このパラドックスは、逆説的にもう一つの問いが成り立つ事になる。
時の流れの中で朽ち果て、修理のために取り外された『船だった物』をかき集め、無理矢理にでも繋ぎ合わせて船の形に組み合わせたとしたら、どちらが『本物』の英雄が使った船だと言えるのだろうか?
B.E.A.T.の本部としてその案を見たナナシは一頻り笑った後、そのパラドックスを引き合いに出して関係者達に次のような問い掛けをしていた。
「もしこれが実話だったら、朽ちた部品をそれっぽく組み立てたところで何の役にも立たないのに、わざわざそんな事をした人達は何がしたかったんだろうな?本物だろうが偽物だろうが、そんなゴミ同然の船に乗ったところで英雄になれる訳でも無いのに…よっぽど過去の英雄が成し遂げた『かつての偉業』とやらに思うところがあったのかな?」
それは何処か、『過去の在り方に未練があるのか?』と問われているようで、誰もが咄嗟に答える事が出来ない中…
「ハン!どうでも良いですねえ!そんな事は!!」
…ただ一人、ウェル博士だけがナナシの問い掛けをそう言ってバッサリと切り捨てた。
「かつての英雄の偉業に肖ろうなどと言うのは、所詮は凡夫の発想に過ぎない!真の英雄が見据える先は常に輝かしい未来なのです!そこに至るために役立つならば、木の枝だろうがかつての廃品だろうが活用してみせましょう!分かったら貴様はとっととこの『船』を完成させるための材料をかき集めてくれば良いのです!僕の偉業を語る上で『ソレ』を後世に残すか否か…それは貴様が好きに決めれば良いのです。我が信者よ!」
そんなウェル博士に、関係者達は呆れたり苦笑する者が大半であったが…その言葉は、全員の心に残っていた僅かな蟠りを吹き飛ばしていた。
その様子を感じ取ったナナシは、恭しく自らの英雄に頭を下げながらその要求に了承しつつ、その船に相応しい名を与える栄誉を求めたのだった。
その名は過去の栄光に縋るものではない。
傷だらけの過去さえも力に変えて突き進む…未来の英雄が乗る船の名だ。
B.E.A.T.の設立と廃品を組み合わせた船の構想は割と初期から考えていたのですが、『テセウス』の名前は割と最近決まりました。途中で出てきた錬金術師の収監施設である『ダストボックス』も元々船の名前候補の一つです。
正式命名するにあたって、テセウスのパラドックスは知っていたのですが、元になる逸話が何かあるのかと調べたところ、『テセウス』とは神話に出てくる王様の名前だそうですね。そして『テセウスの船』とは、そのままその王様が乗っていた船の事だったそうです。
そして、その王様が成し遂げた偉業と言うのが『とある迷宮に潜む怪物退治』であり…その迷宮を築いたのが名工ダイダロスだと知った瞬間、この名前に即決しましたw