戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
第36話
装者達の隔離期間が明ける少し前
雪音クリスは机に突っ伏していた。
場所は二課の仮設本部にある談話室。クリスの周囲では奏、翼、響が苦笑を浮かべながらクリスの様子を眺めていた。特に翼は、クリスに対して憐みのような、仲間を見つけたような、そんな複雑な眼差しを向けていた。
「…んなんだよ…」
突っ伏して動かなかったクリスから何か声が聞こえたと思うと、クリスは突然ガバッと起き上がり、大きな声で叫び出した。
「一体何なんだよ!?あのご都合主義の野郎は!!?」
『おい!ご都合主義!!』
『どうしたクリス?』
『なんだよこれは!?』
『…?ただの注意喚起。『食堂はきれいに使いましょう』って書いてあるだろう?』
『何であたしが飯食ってる時の写真が使われてんだ!?しかも食堂の机全部に置かれてやがる!!』
『これ以上無いくらいピッタリな素材だったからつい…安心しろ、妥協はしないさ。月一くらいの間隔で写真は差し替えるから』
『何一つ安心する要素がねえじゃねえか!!』
『嫌なら頑張ってきれいに食べられるようになろうな?』
『てめえちょっと待ちやがれ!』
『何だクリス?何か用か?』
『てめえだよな!?あたしの荷物の近くにこんな本置いたのは!?』
『『友達と仲良くするには?』、『上手にできるスキンシップ』、『素直になって、自分』…ああ、俺の持っていた本で今のお前に必要かと思ったものを置いといた。気に入ったか?』
『あのバカに見つかってずっと抱き着かれそうになったじゃねえか!!何してくれてんだ!?』
『ああ、こんな本は必要ないと?悪かったな。余計な気遣いだったみたいだ。今度からは響の方にアドバイスするとしよう』
『そう言うことじゃねえ!!』
『~♪』
『…?音楽?ご都合主義、何の曲を聴いて…』
『“嗚呼ッ二度と…二度と!迷わない 叶えるべき夢を”』
『ッ!?お前何聴いてんだ!?』
『聴こえているだろう?お前の歌だよ。何度でも聴きたくなるくらい素晴らしい歌だな!でもやっぱり記録だと味気ないというか…また聴かせてくれないか?…お前もアイドルデビューとかどうだろう!?奏や翼と同じように世界を目指さないか!!?お前の歌なら何の心配もいらないな一人が嫌なら響にも声を掛けてユニットを組ませるのも良いそうと決まったら早速慎次にも相談…』
『ちょっと待て!?落ち着け!!?あたしはそんなものになるつもりはねえ!!あ、こら!走り出すな話を聞け!!』
「毎度毎度、人のことを笑いながらおちょくってきやがって!!何でそこのバカとあたしでここまで扱い方に差があるんだ!?」
「まあ、反応の違いだろうね…あんたは翼と一緒でからかった方が楽しいんだろう。響は一緒に騒いだ方が楽しいと思われてるんじゃないか?」
「兄弟子はよくご飯を奢ってくれます!以前も『ふらわー』でお好み焼きの早食い対決しました!」
「扱いが男子学生と同じではないか…それで良いのか?立花…奏も立ち位置としては立花に近いか?…いや、どちらかと言うとナナシと一緒に人をからかう立場だな」
「なあ、あんた!何か対策は無いのか!?何かあのご都合主義を黙らせる方法は無いのか!?」
「…歌を歌う?」
「ああ、間違いなく有効だろうね。微動だにしなくなるよ」
「映画の怪獣みたいですね…」
「そんな頻繁に歌ってられるか!!何であんな奴を喜ばせなきゃならねーんだ!!」
「随分と賑やかですね?」
四人が話していると、何かを持った緒川が近づいてきた。
「緒川さん、手に持っているのは…ファンレター?奏か私に宛てたものですか?」
「いえ、お二人のものは別で置いてあります。ナナシさんを見かけませんでしたか?」
「いや、今日は見てない…ん?それ、ナナシ宛かい?」
「奏、何をおかしなことを言っているのだ?ナナシはマネージャーで、仕事も主に裏方なのだぞ?」
「ところがそのまさかです。僕も驚きましたよ。マネージャー宛てのファンレターなんて」
「「「「!!?」」」」
「以前ナナシさんが苦情の電話でお話した方々みたいです。人生相談に乗ってくれてありがとうございました、と」
「何をやっているのだ、あの男は…」
「兄弟子についてはまだまだ知らないことが多いですね。気が付いたら何処かにいなくなる時もありますし」
「ッ!?それだ!!」
響の言葉を聞いたクリスが、何かに気が付いたように大声を上げる。
「こっちもあいつの弱みを握れば良い!そうすれば一方的にやられることは無くなるはずだ!」
「ナナシの弱み、か?…心当たりは無いな。奏は?」
「いや、あたしも無いね。少し興味がある」
「兄弟子の弱みかぁ~…興味はあるけど、人の秘密を暴こうとするのは良くないよ?クリスちゃん」
「そうだな。そのような行いはあまり褒められたものでは…」
「甘い!甘さが爆発し過ぎてる!!そんなんだから『シンフォギア装者の歌から心象を考察する会』なんてものを開かれるんだ!!」
「「ちょっと待て(待って)、それは初耳だ(だよ)!!?」」
「そこの赤髪は参加してたぞ!」
「どういうことだ奏!?」
「いや…シンフォギアと装者の感情には密接な関係があるとかで、ナナシ本人は真面目にやってるみたいなんだ。珍しくあいつが頼るもんだから二課の連中も研究半分、微笑ましさ半分で開催することになったらしくて…意見を聞きたいってことであたしも呼ばれたんだ」
どこか遠い目をしながら奏は事情を説明する。偶然会場を見かけたクリスは、そんな奏の様子を見て乱入するのを取り止めたのだ。
「あんたは悔しくないのか!?偶にはあいつのことをギャフンと言わせたくないのか!?」
「そ、それは…」
「殴っていいのは、殴られる痛みを知っている奴だけだ!!あたし達がどれだけ屈辱を受けているか、あのご都合主義に思い知らせてやるんだ!!」
「…そう、だな…あの男にも、我々の気持ちを知らしめるべきか…」
クリスの言葉に、翼はかつてこみ上げた怒りを再燃させる。気が付けば、クリスの提案に対して乗り気な言葉を口にしていた。
「そうだ!あたし達で、あの野郎の秘密をこの目に焼き付けるんだ!!」
「ああ!!今度こそあの男に、今までの報復をさせてもらう!!」
そう言って、クリスと翼は部屋を飛び出していった。
「えっと…奏さんは、行かなくていいんですか?」
「…響、お前はあの二人の冥福を祈ってやってくれ」
「あははは、上手くいくと、いいですね…」
残された三人はそんな会話をしながら二人を見送った。
職員達に聞き込みをしたクリス達は、ナナシは今、会議室で弦十郎達と話をしていることを知り、二人は会議室の前まで向かうと、扉越しに会話を盗み聞きし始めた。
『…では、やはりネフシュタンの鎧とデュランダルは戦闘の際に完全聖遺物同士が対消滅をしたという方向で各所へは報告するということで…』
『ああ、了…フィーネと同化したネフシュタンの鎧はデュランダルと共に消滅、それによってフィーネも死亡したということに…』
『ノイズを使役する杖…ソロモンの杖の方は…』
『そっちは無事なのを公開する。こいつは万が一俺達が隠し持っていたことがバレると洒落にならない。ネフシュタンもデュランダルも、元はこっちで管理していたものだけど、幾ら後ろ暗い経緯があったとしてもソロモンの杖は元々米国が持っていたものだ。それにノイズを使役できる代物を隠し持っていたなんて知られたら他の国も黙ってはいない。まあ、落としどころだろ。情報を公開すれば向こうの方からアプローチがあるさ』
クリス達の耳に、そんな会話が聞こえてきた。
「…あのご都合主義、普段大人共の話し合いに参加してるのか?」
「ああ、あの男は基本的に二課で行う仕事の全てに繋がりがある。司令の右腕が緒川さんなら、ナナシは左腕と言っていい。主だって一つの仕事を行うことは少ないが、組織の潤滑油としてはナナシ以上の働きをできる者はいないな」
「ふーん…」
『…じゃあ、ソロモンの杖はしばらく俺が預かるってことでいいな?それじゃ、俺は一旦失礼させてもらうから』
『ああ、また何かあったら連絡する』
『よろしくお願いします』
そんな声を聞いた二人は、慌てて扉の前から離れる。少しして、ナナシが扉から外に出た後、何処かに歩いていった。
「追うぞ!」
「ああ!」
ナナシが向かった先は…食堂、それも厨房の中だった。またもや扉の近くに接近した二人は、聞き耳を立て始めた。
『仕込み、手伝うよ』
『ナナシちゃん、助かるわ!』
『ナナシ、こっち頼む!ここの玉ねぎ全部剥いてみじん切りにしていってくれ!』
『ハイハイ、任せて!』
二人はコッソリ扉を開けて中を覗き込むと…厨房の人達と一緒に、凄まじい速度で玉ねぎの下処理をするエプロンを付けたナナシの姿を見つけた。
「あいつ、料理するんだな…」
「雪音も食べたことがあるはずだ。私達が隔離されている間に出された食事も、私の食事と一緒にナナシが作ったものが多かったはずだ」
「ふーん…なら、非常識に美味い飯って訳では無いのか…いや、充分美味かったけどさ…」
「味に拘った料理も作れるだろうが、あいつが作る料理は食べる側の健康を気遣った上で毎日食べ続けられる料理だ…私も、奏も、いつも助けられている」
「ガッツリ胃袋掴まれてるのか、あんたら…」
「…まあ、世話になっているのは確かだ。雪音も今後はお願いしてみたらどうだ?合鍵は預けているだろう?」
「あのバカが勝手に預けたんだろ!?普通家族でもない男に合鍵なんて渡すか!?あのバカを正座させて説教するあのご都合主義が珍しく常識的に見えたくらいだ!」
「だが、最終的には所持することを許可しただろう?」
「…作っちまったもんはしょうがないだろ」
そんな会話をしている間に、ナナシは食材の下処理をどんどん終わらせていった。
『それじゃあ、そろそろ行くわ』
『助かったよ、ありがとうね!』
『ナナシ、偶には食堂で飯食べろよ!必要ないって言うけど味は分かるだろ?』
『ハイハイ、また今度頼む。ダメ出しを期待しておけ』
『言ったな!今度は文句が出ない料理食わせてやる!』
『あははは、期待している!その時はよろしくお願いします』
二人は急いで扉から離れて身を隠す。厨房から出てきたナナシは、次の目的地へ向かって行った。そのナナシの後を、二人は無言で追いかけた。
次にナナシがたどり着いたのは…
「トレーニングルーム?訓練でもするのか?」
「いや、恐らく…」
ナナシがトレーニングルームに入って行く。二人は静かに扉に近づき、中の様子を伺う。
広々とした空間に、いくつかの器具が設置されている。そこにはナナシ以外には人影はなく、室内はシンと静まり返っていた。その中心で、ナナシは集中しているのか、静かに佇んで目を閉じていた。少しの間そうやって立っていたナナシは、目をカッと見開くと何か構えのようなものを取り、叫ぶ!
「か~〇~は~め~…波ー!!」
扉から覗いていた二人は、思わずズッコケた。
「うーん、やっぱりダメか…遠距離攻撃が欲しいんだけどな…ってヤバい!試す技間違えた!?成功したら威力次第では穴空いて沈むとこだったこの潜水艦!!?」
そんなナナシの独り言を聞きながら、二人は何とか立ち上がる。
「な、何をやってるんだ?あのご都合主義は…」
「恐らく、漫画の登場人物の技を模倣しようとしたのだろう…あの男は、創作物の知識から能力を獲得することがある。ああやって試して、能力を得ようと考えているのだ」
「…これは、あいつの弱みになると思うか?」
「…いや、言うなれば、これはあの男にとって己を剣として鍛え上げる鍛錬だ。上を目指して研鑽を積む行いを、笑うことなどできない」
「…そう、だな…頑張ってる奴を笑うのはダメだな…」
…冷静に考えれば、漫画のキャラの必殺技を真剣に練習している光景はかなり滑稽なのだが、何処かズレている二人はそのことに気が付かなかった。
「フゥッ…」
しばらく奇怪な動きを続けたナナシは、一度息を吐いた後…服を脱ぎ始めた。
「ッ!?おい!?何してんだあいつは!!?」
「お、おおお、落ち着け!?動いて体が熱くなったのだろう!?」
顔を赤くして動揺する二人。ナナシは上半身の服を全て脱いで肌を露出させていた。
「下は…今回はいいか…良し!」
そう言ってナナシは、“収納”からナイフを取り出して…左腕を切り裂いた。
「ッ!!?何やってんだあいつ!!?」
「……」
その光景を見て、クリスは動揺し、翼は黙り込む。ナナシは自ら作った傷に手をかざしたり、眺めたり、舌で舐めたりと色々アプローチをしている。そうしている間に、高い再生能力を持つナナシの傷は塞がってしまった。
「やっぱりダメか…それじゃあ今度は…」
そう言ってナナシは、今度は指を切り落とし始める。その光景を見ていたクリスは、思わず部屋の中に飛び込もうとして…翼に手を取られて止められる。
「ッ!?どういうつもりだ!?何でてめえは止めないんだ!!?」
「止めても無駄だ…何度言っても、ナナシはあれを…治癒能力の獲得を諦めるつもりはない」
「治癒?」
「…ナナシは以前から、外傷や病を治療する能力の獲得するために様々なことを試している。奏の体を元通りに治すため、そして…目の前で死を待つ命を救うために…」
「…どういうことだ?」
「奏は、二年前のライブで重傷を負った。それ以前からのLiNKERの過剰摂取による薬害もあり、その肉体はボロボロなのだ。外傷は問題ないレベルまで回復できたが、LiNKERの毒素はまだ体内に残っている。幸いなことに、これ以上毒素を蓄積しなければ肉体に問題はないらしいが…ナナシは、いつか奏の体を元通りにするため、病や毒物を除去する能力を獲得しようとしている」
「……」
「そして、奏の外傷が治った今でも、外傷を治癒する術を模索している…我々の活動では、犠牲者はノイズによる炭化だけではなく、建造物の倒壊や逃げ惑う民衆による事故などがある…もう、手の施しようが無い重傷を負った隊員が出る度に、ナナシは治癒を試し続けるのだ。譫言で「もう良い」、「もう助からない」と口にする隊員の手を取り、「大丈夫だ」、「ご都合主義を信じろ」、「生きるのを諦めるな」、そう言いながら、笑顔を向けて相手の手を握り続けるのだ…その心臓の鼓動が止まるまで、ずっと…」
「…あいつは、痛みを感じるのか?」
「ああ、ナナシの肉体の構造自体は普通の人間と変わらない。説明がつかないことも多々あるが、痛覚に関しては普通にあると、本人と櫻井女史が言っていた」
「ここの連中は、知っていて放置しているのか?」
「もちろん、過去に様々な話し合いがあった。それでもナナシは、考えを改めるつもりは無かった。話し合いの末に取り決めたこととして、検証は二課の施設内で行うことを約束させるのが精一杯だった…そうでもしないと、我々の目の届かないところで、無茶をし続けるからな…」
「……」
「せめて麻酔を使用することを提案もしたが、それも渋ってな。「もし人を相手にする時、どれだけ痛いのか知っておけば、必要以上に相手を傷つけなくて済むかもしれないだろ?」と言って、支給した麻酔は“収納”に仕舞い込んだままだ」
「痛みについては、自分から学ぼうとしているのか、あいつは…」
そう言って、クリスはナナシから視線を外すと、その場から離れだした。
「やめた。白けちまった…どうしても鬱陶しい時は…子守歌でも歌って寝かしつける」
「…恐らく、子供の様に目を輝かせて次を催促されるであろうな」
そう苦笑しながら、翼もクリスの後に続いてその場を後にした。
翌日
通路を歩いている翼とクリスが、掲示板の前に人が集まっているのを見つける。そこには奏と響、緒川の姿があり、三人と周辺の職員は、翼達に気が付くと気の毒そうな表情を浮かべた。
嫌な予感がした二人は、急いで掲示板を確認する。そこには…
『覗き!ダメ!ゼッタイ!』
…先日、二課に所属する女性二名が、同じく二課に所属する男性の着替えを覗いている姿が目撃された。この二名は犯行に及ぶ前に「あたし達で、あの野郎の秘密をこの目に焼き付けるんだ!!」などと発言していたことが確認されており、計画的な犯行であったことが…
そのような文章と共に、服をまくり上げて顔の隠れた男と、男の背後から顔を赤くして覗いている女二人が映った写真が載っている記事が貼り出されていた。女二人の顔には目線が入れられているが、正体を隠すのに全く役立っていない。そんな記事を目撃して固まる翼とクリスの背後から…
「…幾ら基地の中だって言っても、仮にも機密情報を話しているのに普通に盗み聞きできる訳ないだろ?」
…いつの間にか近づいてきた笑顔のナナシが、それだけ翼達に告げて上機嫌で離れていった。
…その後二人は、二課の様々な所に貼り出された記事を回収するために駆け回るのだった。