戦姫絶唱シンフォギア コドクの神が求めるモノ 作:@sora@
「何故、私を止めたのですか?ナスターシャ教授」
「……」
複数設置されたモニターの光だけが室内を照らす、薄暗い部屋の中で、男が女性に問いかける。女性…マリアからマムと呼ばれていたナスターシャ教授は、男の問いに沈黙を返す。
「『ネフィリム』の覚醒に必要なフォニックゲインは、八割を超えていた。あの場に例の分裂増殖型ノイズを放っていれば、必要なフォニックゲインを集めることができたはずです」
「…状況が変わったのですよ。ウェル博士」
沈黙を保っていたナスターシャ教授は、ようやくその口を開いて、男…ウェル博士の疑問に答えた。
「こちらの装者三名が、特異災害対策機動部二課に拘束されたこの状況で、ネフィリムを覚醒させてしまえば、万が一暴走してしまった時に我々では対処することができません」
「…なるほど、それは確かにマズいですね。我々の確保している聖遺物にも限りがある以上、今の状況でネフィリムを覚醒させてしまうのはリスクがありますね」
ウェル博士は、わざとらしく肩を竦めながら苦笑を浮かべてナスターシャ教授の言葉に同意した。
「それで?これからどうするのですか?こちらの動かせる駒は、全て彼らに奪われてしまいましたが?」
「…対策を考えるまで、静観するしかありません」
「のんびりしていて良いんですか?世界にとっても…あなたにとっても」
そう言うウェル博士に、ナスターシャ教授は鋭い視線を向けた後、ウェル博士に自分の考えを伝える。
「今、いたずらに行動を起こしても、あの二課に対抗できる術がありません。我々まで彼らに捕縛されては、本当に打つ手が無くなります。ここは時間を掛けてでも、何らかの策を立てるべきです」
「…仕方ありませんね。うかうかしている間に手遅れにならなければ良いですが…では、策が練られるまで、僕はのんびり待機ってことですか?」
そう言葉にするウェル博士に、ナスターシャ教授は再び声を掛ける。
「策を練る前に、あなたには見せたいものがあります。そのために、私と一緒に『フロンティア』の元まで向かっていただきます」
「ッ!?…ネフィリムの覚醒も果たさず、装者がいない状態で『フロンティア』の封印を解けば、我々には各国の介入を防ぐ手立てはありませんよ?」
「ええ、分かっています」
数秒、二人の間に沈黙が下りた後…ウェル博士が口を開く。
「まあ、どうせ動けないんですから、お付き合いしますよ。何を見せてくれるのか楽しみにしています」
そう言って、ウェル博士は部屋を出ようとして…ふと、モニターの一つに視線を向ける。そこには、縦横無尽に血液を操りノイズを殲滅する、顔の分からない何者かが映っていた。
「…『悪夢』とは、よく言ったものですね」
「なるほど~、この『お守り』に、そんな凄い力が…流石は兄弟子ですね!」
あのステージでの騒動の翌日、二課の通路を響、翼、クリスの装者三人と奏、ナナシが歩いて進んでいた。目的地に進む途中で、“血晶”についての説明を聞いた響がナナシにそんな言葉を投げかけるが…ナナシは、片手で頭を押さえて落ち込んでいた。
「はぁ…」
「あ、あれ?兄弟子?どうしました?これって、とっても凄い物ですよね?」
「…ああ、まだまだ色々調べる必要はあるけど、それはとても役に立つはずだった…だけど、碌に説明してなかったせいで、それはさっきまでお前らにとっては本当に『お守り』でしかなかった…」
「あぁ?どういうことだよ?分かるように説明しろ」
そう言うクリスに、ナナシは説明を始める。今回、“血晶”について装者達に説明をしていなかったのは、“血晶”を作成してからまださほど検証が進んでいないため、色々忙しかった二課の面々とナナシは、下手に装者達が“血晶”に頼らないよう、本当に『保険』として渡すに留めていた。翼達にも、あのステージでの戦闘の合間に簡単に“念話”で伝えたのだが…あのステージの戦闘で、翼の“血晶”が機能しなかったことで、ナナシは自分がとんでもないポカをやらかしたことに気づいた。
「そうだよなぁ…シンフォギアを纏う前に身に着けていたら、服と一緒にコンバーターに格納されるよな…」
シンフォギアを展開する際、身に着けた衣服はシンフォギアを解除するまでエネルギー化してコンバーターに格納される。その際、“血晶”も一緒に格納されてしまい、この状態では“血晶”は機能しなくなっていた。
「いや、本当に馬鹿だよな、俺…こんな単純なことにも気づかないで、翼に怪我させるし…」
「気にし過ぎだ。怪我と言っても、ただの打ち身程度だ。問題ない」
「そうだよ。あたしのことはしっかり守ってくれたじゃないか。あんまりウジウジするんじゃないよ」
「奏!“念話”で伝えたよな!?あくまで『保険』だって!何堂々とノイズが来るのを待ち構えているんだよ!?」
「あんたが『保険』にできるくらいには調べたんだろ?ならあれくらいは大丈夫だと思ってね。実際大丈夫だったじゃないか」
「実際問題もあっただろ!どれだけ俺が焦ったと思っている!?」
「あたし達もあんたに驚かされたからお相子…いや、まだ足りないね。あの日何回ビックリさせられたか分からないよ」
そんな口論を続けるナナシと奏。そこに、響がナナシに対して声を掛ける。
「大丈夫ですよ、兄弟子!お守りとしては、充分なご利益がありました。ねえ、クリスちゃん?」
「ばっ!?お前何を言って…!?」
「ん?格納状態でも何か効果があったのか?詳しく教えてくれ」
「な、何でもねえよ!!」
顔を赤くしてそう叫ぶクリスに、ナナシは何かを察し…笑顔でさらに追及し始めた。
「何だ?何があったんだよ、クリス?“血晶”についてはどんな些細なことでもデータを集めるべきだ。できるだけ詳しく、事細かに説明してくれ!」
「くっ!さっきまで落ち込んでたのに急にイキイキし始めやがった!!」
「兄弟子が元気になって良かったね、クリスちゃん!」
「おい!このバカお前に影響されてきてねえかご都合主義!?」
「ナナシ、あまり立花に悪影響を与えるな…着いたぞ」
話しながら歩いている内に、五人は目的の部屋までたどり着いた。ノックをして部屋に入ると、そこには弦十郎と緒川、そして…囚人服のようなものを着せられたマリア、調、切歌が椅子に座らされていた。三人は部屋に入ってきた翼と奏、響とクリスを見てピクリと反応するが、ナナシを見ても特に反応を示さなかった。
「弦十郎、三人は何か話した?」
「いや、本格的な話し合いを始めていないのもあるが、簡単な問いにも口を閉ざしたままだ」
「そっか…弦十郎でも駄目なのか…一応、俺も話してみていい?」
「当然だ。と言うより、元々はナナシ君の采配の結果だろう?なら、ナナシ君が中心で進めるべきだ」
「自信は無いけど、頑張ってみる」
そう言って、ナナシは机を挟んで三人の対面にある椅子に座った。
「よう、一日ぶり。昨日はよく眠れたか?」
「…?」
ナナシの正面に座るマリアは答えないが、ナナシの言葉に疑問を感じたようだった。
「誰デス?」
「…さあ?」
そんなマリアの横で、切歌と調がコソコソ話していた。
「あれ?分からないのか?あんなことをしておいて」
「…一体、何を言っている?あなたとは初対面よ」
ようやく口を開いたマリアは、ナナシにそう告げる。
「流石は世界の歌姫!普段から何万というファンに囲まれて歌っているあんたには、腕を吹き飛ばされた程度じゃ覚えてもらえないか!」
「ッ!?腕って、まさか…!!」
「腕?この人は何を言っているデス?」
「…両方付いてる。嘘つき」
マリアは何かに気づきかけ、切歌と調はナナシの言葉に困惑していた。
「あなたは…でも…え?」
「…『悪夢』呼ばわりした相手くらい、覚えておけよ」
ナナシは笑ってそう言うと同時に、コッソリ“収納”から出した血液を背後で蠢かせた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?!?」
「デェェェス!?」
「ひっ!?」
マリアが悲鳴を上げながら二人を抱えて距離を取る。切歌は目の前の光景に驚愕し、調は短く悲鳴を上げる。
「は、話には聞きましたけど、これは凄い光景ですね…」
「ほ、本格的に人間やめてねえか!?このご都合主義!!?」
初めてナナシの“血流操作”を見る響とクリスも驚いていた。特にクリスは、顔を青くして震えながら、コッソリ響の後ろに隠れていた。
「あ!もしかして、アイドルって熱狂的なファンから髪の毛とか爪とか送られてくるって言うし、実際奏達にも似たようなものが届いたことはあったから、世界の歌姫にとっては腕の一本や二本は日常茶飯事なのかな?ここは覚えてもらうために目玉とか心臓でも取り出して贈呈するべきか?どう思うSAKIMORI?」
「そんな訳あるか!?我々の職業はそんなものが日常的に届くようなものでは無い!!」
「有名になったらそんなものが日常的に贈られ続けるなら、あたしもこれから外国で歌っていける気がしないね…」
「…なあ、あんたら本当に爪とかもらうことあるのか?」
「「……」」
「普段は俺や慎次が弾いているけど、偶にあるな。悪ふざけで作り物を送ってくる奴もいるけど、籠っている感情的に本気の奴も…」
「ナナシ、詳しく話さなくていい…」
「あ!兄弟子のこれ(“血晶”)もある意味同じでは!?」
「ハッ!!?…そうか、ああいう物を送ってくる人達はこんな気持ちなのか…弾かずに渡した方が良いか?」
「「やめろ!!」」
そんなやり取りをナナシ達がしている間に、マリア達は少しだけ落ち着きを取り戻す…離した距離は戻さないまま、マリアはナナシに話しかけた。
「…あなたが日本に潜むと言われる『悪夢』…容姿が分からないとはこういうことなのね」
「なあ、その『悪夢』って何?俺、そんな漫画の二つ名みたいな呼ばれ方しているのか?」
「知らないの?日本の『
「「「「「「ブフッ!!」」」」」」
マリアの言葉を聞いたナナシを除く二課のメンバーが、思わず噴き出した。ナナシはジトッとした目で笑っている翼達を睨む。
「お前ら後で覚えておけよ…」
「な、ナナシ君、そろそろ話を進めるとしよう」
「!?…そうだな!!話を聞かせてもらおう!!」
弦十郎の言葉を聞いたナナシが、急に笑顔を浮かべてそう言いだした。突然ナナシが態度を変えたことに、この場の全員が戸惑う。ナナシは座っていた椅子から立ち上がり、何も置いてない部屋の隅の方へ移動した後、“収納”から何やら高級感のあるベッドを取り出した。
「何!?」
「急にベッドが出てきたデス!?」
「どういうこと!?」
その光景に驚くマリア達。ナナシはそんなマリア達を置き去りに、悪い笑顔を浮かべながら翼に声を掛けた。
「さあ翼!準備ができた!存分にマリアから話を聞くと良い!!」
「…貴様は何を言っている?」
「翼が言ったんじゃないか」
そう言って、ナナシは“投影”を使って例の場面の映像を表示した。
『話はベッドで聞かせてもらう!!』
「「「「「「っ!?」」」」」」
翼、響、クリス、マリアの四人が顔を赤くして驚く。奏、弦十郎、緒川の三人はあの場で聞いていたため苦笑している。調と切歌は驚いているが、これは突然空中に映像が表示されたからだろう。
「まさか翼が世界の歌姫に対してこんな大胆なセリフを言うとは思わなかったよ!さあさあ、思う存分ベッドで話を聞かせてもらえよ!」
「違っ!?あれは病院のベッドで話を聞くという意味で!?」
「怪我で身動きが出来なくなったマリアのベッドに潜り込むつもりだったってこと?マリアが動けないように縛れば良いの?」
「違う!!」
「あ、あんたは何を口走ってんだ!?」
「え?え?翼さんって…」
「だから違うと言っている!!」
「あの人はマリアとベッドでお話したいんデスか?」
「マリアと一緒にお話ししながら寝たかったのかな?」
「話を聞いては駄目よ二人共!あ、あなた達は私に何をするつもりなの!?」
調達を背後に庇い、マリアは手で自分の体を隠すようにしながら顔を赤くしていた。
「それは翼に聞いてくれ。奏のことを特別に思っていて、奏に近づいた響を最初は敵視していて、仲良くなった響を含めた女四人でデートして、クリスが顔を赤く染めた可愛らしい顔の写真を欲しがった翼にな!!」
「妙な言い方をするんじゃない!!」
顔を真っ赤にする翼をからかうナナシに、奏はふと疑問を口にする。
「なあ、ナナシ?何であんたはベッドなんて“収納”に入れてたんだ?あんたには必要ないだろ?まさかわざわざこのためだけに買ったのか?」
「ん?いや、これは二課の大人達が泊まり込みで働いている時にデスクで突っ伏して仮眠をとっていたから、どうせ寝るならしっかり横になった方が良いと思って買ったものだ。家のベッドより寝心地が良いと評判だ。ああ、使い回すようなことはしてないから安心しろ。ちゃんと利用者の数だけ用意しているし、これは予備の新品だから気にせず使えるぞ、翼!」
「だから必要ないと言っている!!いい加減話を進めろ!!」
「え~…しょうがない。しばらくネタにできそうだし、今回はこれくらいにしておこう」
そう言って“収納”にベッドを入れて、再び椅子に座るナナシ。翼は頭を抱えて蹲っていた。
「さて、そろそろ話を聞かせてもらいたいから、座ってもらっていいか?」
「…素顔を見せられないような相手と、対話をするつもりはない」
「ああ、それはそうだな。失礼した。これでいいか?」
マリアの言葉を聞いたナナシは、すんなりと“認識阻害”を解除した。突然ナナシの顔をハッキリ認識できるようになったマリア達は驚く。
「…どういうつもり?あなたは正体を隠し続けていたのではないの?」
「まあ、あまり大っぴらになると面倒だけど、今後のことを考えるならお前らには隠さない方が良いと思ってな。これで話し合いに応じてもらえるか?正体不明の装者の情報を聞き出すチャンスだぞ?」
ナナシの最後の一言を聞き、マリアは少し考えた後…再びナナシの前の椅子に座った。切歌と調もそれに続く。それを確認してから、ナナシは再び話を始める。
「さて、改めて自己紹介だ。俺の名前はナナシと言う」
「…苗字は?」
「あー…一応、風鳴だ。そこの風鳴翼や弦十郎の遠縁ってことになっている」
「『なっている』?実際は違うということ?」
「ああ、風鳴家とは縁も所縁もない。『ナナシ』の名前も翼から貰ったものだから、どちらも本名とは違うな。俺に本当の名前なんてあったのかは知らないけど」
「「「ッ!?」」」
ナナシの話を聞いた三人は、何故か驚いたような表情を見せる。ナナシはそれに気づかない振りをしつつ話を続けた。
「色々と訳があって、俺は自分の過去を知らない。だから、俺にとっては『ナナシ』が俺の名前だ。もし仮に本当の名前が分かったとしても、俺は『ナナシ』を名乗り続けるだろうな。そう思うくらい、翼から貰ったこの名前は俺にとって大切なものだ…それじゃ、そろそろそっちの名前を聞かせて貰っていいか?それとも、偽名じゃダメ?」
「…知っているでしょうけど、マリア・カデンツァヴナ・イヴよ」
「暁切歌デス!」
「月読、調…」
三人は険しい顔をしたままではあるが、ナナシの自己紹介に対して返答してきた。
「マリアに、切歌に、調…うん、教えてくれてありがとう。さて、三人には色々聞きたいことがあるんだけど…まずは、答え合わせから先にさせて貰おうか」
「「「答え合わせ?」」」
ナナシの言葉に、マリア達が疑問符を浮かべる。ナナシはそんな三人に対して、あることを話し始めた。
「お前達三人は、米国の聖遺物研究機関『F.I.S.』が、秘密裏に確保していたフィーネの器となる可能性がある子供達…『レセプターチルドレン』だな?」
「「「「「「「ッ!!?」」」」」」」
ナナシの言葉に、弦十郎と緒川以外の全員が驚愕する。
「な、何故あなたがレセプターチルドレンのことを!?」
「お前らを集めさせた張本人から聞いたからな」
「何ですって!?」
そのタイミングで、部屋の扉が開いて一人の人物が入ってくる。その人物を見たマリア達は、驚愕で思わず立ち上がった。
「櫻井、了子…!!」
信じられないものを見たように、呆然と呟くマリア。そんなマリア達の前まで進んだ了子は、眼鏡と髪留めを外して…三人の目の前で、フィーネとしての姿を露わにする。そして、三人に対してこう問いかけるのであった。
「さて、聞かせて貰おうか?私の名を出して、貴様達は何をするつもりだったのかを…」